『イスラムの世界観ー「移動文化」を考える』(片倉もとこ著、岩波現代文庫)

 本の帯には、以下の言葉があります。「人生は、旅ー新しい遊牧民の時代へ!」。小社の社名の一部の「オデッセイ」ですが、この言葉にも、旅、特に、長い旅という意味があります。(もともとは、ギリシアのホメロスの叙事詩の主人公の名前です)この本を読んでいると、イスラムの人たちへの興味がどんどんどわいてきます。ボクらは移動すること、旅にでることで、たくさんのことを学んでいくんだと、ボク自身の経験から、実感しています。これまで、時には一人で、時には友達に導かれて、そして時にはビジネスの理由で、いろいろなところに行きました。これからも、そうありたいな。(海外出張に向かう飛行機の中でこの本を読みました)

『日本史の誕生』(岡田英弘著、ちくま文庫)

 学校の勉強でつまらなかったのは、歴史、物理、法律(法学部だったけど)。物理をのぞくと、今、歴史と法律は、本を読んでいてもおもしろいと思います。これは、社会に出てからの経験のおかげで、歴史や法律を、自分のこととして見ることができるようになったから。(物理だけはまだダメ)
 この本の著者はいろいろと話題になっているようですが、ものの見方にはおもしろいと思うところがたくさんありますし、今の日本を見るにもヒントになるような記述がたくさんあります。たとえば、
1 7世紀における日本の国家としての成立は、中国、朝鮮半島における政治変化に対する、倭人たちの自己防衛行為であり、「鎖国」は日本建国以来の国是であった。(→今においても、「グローバライゼーション」に関する多くのコメントを読んでいると、同じような心理状態にある人たちが多いと感じます)
2 いずれの文明でも、最初に書かれた歴史の枠組みが、人間の意識を規定してしまう。日本書紀の表現する、日本は中国とは対立する、まったく独自の正統を天からうけついだ国家であるという思想は、永く日本の性格を規定した。(→レベルは違いますが、会社などの組織においても、スタート時における目標やメンバーが非常に大切で、のちのちの組織のゆくえに多大な影響を与える)
3 日本は、先祖代々、記憶はもちろん、記録にさえ残らない、古い昔からの人間関係を、どっさりと重く背負いこんだ人間が構成している国だ。われわれ日本人にとって、歴史は、常に存在していて、目に見えない力でわれわれの考え方、ものの見方、行動を支配している。この感覚は、アメリカの空気の中には存在しない。個人が他者から自由に意思決定できるなどと信じているのは、アメリカ人ぐらいのものだ。(→シリコンバレーは、アメリカだからこそ、ありえるのかもしれない)

 著者は、歴史について、以下のように書いています。「歴史とは、人間が世界を見る見方を、言葉で表現したもので、過去の世界はこうだった、その結果、現在の世界はこうなっているのだという、書く人の主張の表現なのだ。歴史は決して単なる事実の記録ではなく、何かの立場を正当化するために書くものである。」日本の学校の歴史の授業がまったくつまらないのも、何らかの立場の押しつけであるからでしょうか?

岡田宮脇研究室
雑誌「正論」から

『サミング・アップ』(モーム著、岩波文庫)

 この10年、20年くらいの大学入学試験の英語には、どんな文章が出ているのでしょうか。僕が大学入試を受けたのは1979年ですが、参考書は、英文標準問題精講(旺文社)と新々英文解釈研究(研究社)を使いました。そのふたつともに、モームの文章が含まれていて、それもかなり重要な位置をしめていたように記憶しています。かつて、大学入試の英語には、モームは必読の作者の一人でした。
 最近は、「コミュニケーション英語」とかが重要だということになっているので、モームなんて、時代遅れなのかもしれませんが、中身はおもしろいです。かなりおもしろいです。大学入試に使われたから、ダメだなんてことは、まったくありません。(口パクで中身のない「コミュニケーション英語」なんかより、ずっとためになります。)
 本書は、64歳のモームが、自分の人生を振り返って書いたエッセイ集です。皮肉屋さんで有名だったモームですが、単に、人間を率直に観察し、描写しただけのこと。真善美を論じた結論は、ある意味、とても平凡なのですが、でも、普遍的なことは往々にして、シンプルで退屈なこともあるから。
 モームについては、もうひとつ思い出があります。一橋大学の中和寮の一階の部屋に、「『月と6ペンス』を読め。まだ人生のやり直しはできる。」という落書きがあったことを覚えています。(確かに、大学生は、やり直しはできるね。もう50近くになると、できないけどね!)『月と6ペンス』は、モームがゴーギャンをモデルに書いた小説。株の仲買人から絵描きになったゴーギャン。落書きの張本人はなにしているのかなと、その時、思ったことを、まだきのうのことのように覚えています。
 最後に。今月の岩波文庫で、『モーム短編選_上』が、同じ訳者(行方昭夫)の仕事で出ています。

『祖国より一人の友を』(海老坂武著)

 (以前、一度ご紹介したことがある)僕が大学1年のときのフランス語の先生の自伝三部作の完結編。1972年から1989年までの先生の思考と行動が描かれています。僕が大学に入ったのは、1979年。その年の4月から1年間、海老坂さんのフランス語の授業を受けました。この本の中には、海老坂ゼミに入っていた、僕の同級生3人の名前がでていて(単に引っ越しを手伝ってもらった、ということですが)、とても懐かしくなりました(そのうちの一人である香月君とは、まだ年賀状の交換をしていますが、ほかのふたり、後藤君と坂下君は、いま、なにをやっているのか?)。
 この本の中には、一橋大学で教えていたときの話はほとんど出てきません。仕事として、割り切っていらっしゃったのではないかと思います。(その頃、一橋大学にはもうひとり、鈴木道彦先生というフランス語の先生がいて、鈴木先生は、プルーストの『失われた時を求めて』の個人訳という大きな仕事を完成されます。鈴木先生のことも、この本の中には、出てきます。)
 朝吹登水子の紹介でサルトルに会った時のこと、ポール・ニザンの未亡人を訪問したことなど、ページをめくりながら、ちょっとドキドキしてしまった。タイトルは、『アンティゴネー』の中の一句からとったものだそうです。12歳で敗戦を迎えた、それまで「愛国少年」だった一人の人間にとって、「愛国」は、実にくだらなく、むなさしいものにしかすぎなかった。
 ほんの一学年、1979年P組(フランス語)の一人の学生のことなど、先生の方では覚えているはずもないのですが、僕の方は、何となく、海老坂さんの本を何冊も読んでいて、特に、この『祖国より一人の友を』を読んで、一人の人間としての海老坂武に、とても親近感と懐かしさを持ってしまいました。

『ツールドフランス_勝利の礎』の著者のスピーチ@Google

アメリカン・ブック&シネマで出しました、『ツールドフランス_勝利の礎』、おかげさまでたいへん好評発売中です。アマゾンでも、すべての在庫が売れてしまい、入手まで時間がかかる状態になっています。われわれの出版事業に、編集、発売の面でご支援いただいている英治出版の皆さんにも、感謝申し上げます。著者のヨハン・ブリュニールは、繰り返しになりますが、自身もツールドフランスで2回ステージ優勝を経験したサイクリストです。が、彼の名前が世界的に有名になったのは、ランス・アームストロングの監督として、7回ツールで優勝を遂げたからです。この本がアメリカででたあと、彼は、グーグル本社に招かれて、グーグル社員の前で話をしています。そのときの模様が、YouTubeにアップされています。ぜひ、ご覧ください。

『代表的日本人』(内村鑑三著)から

 高知県生まれだというと、坂本龍馬の名前が必ず出てきます。ですが、実は、あまり坂本龍馬のことを知りません。お恥ずかしながら、多くの人が読んだという、司馬遼太郎の『龍馬がゆく』さえも、読み通したことはありません。
 どちらかというと、西郷隆盛が好きです。「天を相手にせよ。人を相手にするな。すべてを天のためになせ。人をとがめず、ただ自分の誠の不足をかえりみよ」とした、「大西郷」が好きです。内村鑑三は、明治維新がなるためには、「すべてを始動させる原動力であり、運動を作り出し、『天』の全能の法にもとづき運動の方向を定める精神」を持っていた西郷こそが、必要な人物であったとしています。まさに、今の日本には、原動力となり、運動を作り出す力と魅力を持った、西郷のような人物の登場が望まれます。
 もうひとつ、西郷の好きなところがあります。西郷は、犬が趣味で、「届け物はすべて受け取らず断っていたが、犬に関するものだけは、熱く感謝して受け取った」そうです。日夜、犬と一緒に、山の中を歩き回ることを好んだというのも、素晴らしいです。
 西郷隆盛について知るだけでも、内村鑑三の『代表的日本人』は読む価値があります。

 

『北米体験再考』(鶴見俊輔著、岩波新書)

 なんどか黒犬通信で書いていますが、鶴見俊輔は僕にとっては、自分の考えを作っていく上で、大きな影響を与えてくれた著作家の一人。この本は、もともとは1971年に出版されました。岩波新書創刊70周年記念として、今年7月に復刊された20冊のなかの一冊です。

 もう40年近く前に書かれた本ですが、アメリカ国内における自由、人種差別の問題、そしてますます大きな問題になってきているエコロジーを考える上で、ヒントになる文章が含まれています。
 

『ツールドフランス_勝利の礎』発売!

Photo_2でかでかと、宣伝してしまいます!

 アメリカン・ブック&シネマからの二冊目の書籍です。ツールドフランスで8回チーム優勝に輝いた名将、ヨハン・ブリュニール監督の手記です。サイクルロードレースのことを知らない人も、ランス・アームストロングの名前くらいは聞いたことがあると思います。あのランスと組んで、ツールドフランス史上初の7連覇を成し遂げたのが、ヨハン・ブリュニール監督です。序文は、ランスが書いてくれています。
 ツールドフランスに興味の有る人だけでなく、なにかを成し遂げたいと思っている人、励ましの必要な人、勇気の必要な人、みんな読んでください。帯の推薦文は、トライアスロン選手でサイクリング番組のナビゲーターなども行っている、白戸太朗さんにお願いしました。白戸さん、ありがとうございました。
 来週12日頃には、全国の主要書店には並びます。アマゾンでも購入可能ですので、よろしくお願いします。

追記
表紙の自転車は、トレックのMadone 6.9 pro。トレックジャパンのご好意で使わせていただきました。ランスが乗っていたのは、もちろん、トレックの自転車です。

『成人式は二度終えております』(エドはるみ著)

「オデッセイマガジン」にご登場いただいた、今、絶好調のエドはるみさん、初の著書。さっそく10冊購入いたしました!

幸田露伴著「努力論」(岩波文庫)

正直言うと、明治の文豪、その中でも漢文でもあるまいに、漢字連発の文章を書いた文豪たちは、大の苦手です。ちょっと漢字を勉強した程度では、歯が立ちません。英語の文章を読む方が、よっぽど簡単です。

幸田露伴は、僕が苦手とする明治の文豪のひとりです。
それから、この本のタイトル『努力論』というのが、まったく時代錯誤です。さすが岩波文庫!(こんなタイトルつけていては、売れないですよ)
ところがこの本、つまらない「努力論」ではないのです。幸田露伴による、幸福論であり、仕事論であり、人間論なのです。そして現代のわれわれにも大いに当てはまることがたくさん書かれています。たとえば、以下のような文章は、まさに同時代だと思いませんか?(読みやすくするために、一部の漢字をひらがなにしました)
「ことに近時は人の心はなはだ忙しく、学を修るにもことをさくすにも、人ただそのすみやかならんことを力めて、その精ならんことを期せぬ傾がある。これもまた世運時習のしからしむるところであって、直ちに個人を責むることはできないのである。しかし不精ということは、ことの如何にかかわらずはなはだ好ましからぬことである。」(「修学の四標的」明治44年3月)これなんて、忙しさにかまけて、適当な仕事になりがちなわれわれへの警告だと思いません?!
「運命と人力」、「自己の革新」、「四季と一身と」、「疾病の説」、「静光動光」、「進潮退潮」など、明治の文豪から学べることって、結構、多くありそうです。僕が、特に気に入ったのは、「幸福三説」という文章。福が有ることもいいけど、福を惜しむ(大切にすること)、福を(まわりの人間と)分かち合う、そして福を植えていく(増やしていくこと)がたいせつだよ、という話(「福」を、「お金」と置き換えてみてもいいです)。これって、ビジネスにもあてはまるじゃないですか!
明治の文豪も、案外、おもしろいです。