「オデッセイ・デー」

昨日(2024年6月4日)、東京會舘で「オデッセイ・デー」と銘打って、MOSやアドビの世界学生大会入賞者、日本代表の発表会と、お取引先のみなさんをお招きしてのパーティを、時間をわけて行った。リアルで皆さんにお集りいただくのは数年ぶり。

お取引先のみなさんへのあいさつで、2027年夏には創業30年になるということを申し上げた。思えば、2027年夏には、ハーバード・ビジネススクールを卒業してから40年になる。卒業した1987年からの10年間、いまの事業を始めた1997年からの30年にもなろうとする時間の経過。
いまは2027年からの10年間のことを考えている。

5月

5月も今日、あしたで終わる。これから身体に厳しい夏になる。
今月は、札幌出張(5月19日、20日)、ピアノ教室に通い始め、モンテカルロ・フィルハーモニー管弦楽団のコンサート(28日)、術後1年半の病院でのレントゲンチェック(29日)などが特記事項かな。
コンサートはピアニスト藤田真央がラヴェルのピアノ協奏曲を弾くということで「プラチナチケット」。彼にとっても初めてラヴェルをコンサートで演奏するということで気負いがあったのではないか?ラヴェルのピアノ協奏曲ト長調は大好きな曲。これまでなんどかコンサートで聴いているけど、藤田真央の演奏はこれまで聴いたものとは違っていた。
ピアノはシニアの手習いでボケ防止。ゆっくりと前進。毎日10分でも練習する。

返礼品のない「ふるさと納税」

ここ数年、高知県(生まれたところ)や愛媛県(育ったところ)の市町村に返礼品ありの「ふるさと納税」をしてきましたが、今回、立川市の以下のプロジェクトを対象にした返礼品のない「ふるさと納税」を行いました。

孤独・孤立から子どもを守りたい。家でも学校でもない第3の居場所を立川市につくる
https://www.furusato-tax.jp/gcf/2757

その年には見えない

先週64の誕生日を迎えた。
しばしばその年には見えない、若く見える、と言われるのだけどそれを満額で受け取ってしまうのは少々めでたすぎるだろうと思っている。
昨日はお世話になっている歯科医の先生(ちなみにぼくよりも年下)に、「54に見えるとは言えないけど64よりは若く見えますよ」というカーブボールのような表現を投げられた。64以下に見えるということはありがたく素直に受け入れるとしても、下の60を切るところかどうかが微妙なところなのだろうと思う。残念ながら60の大台を切るほどではないということだろう。

今週、長年の知り合いのアメリカ人と昼食をした。彼の年齢を聴くといつのまにか61になっていて少し驚いた。それまでずっと独身だったのだが友人から紹介された20歳年下の日本人女性と昨年結婚、最近、女の子の父親になったと聞いた。60で初婚、61で父親になるなんて、すごいなあと感心した。

年のことは悩んでもいかんともしがたいので、64=ムシと読んで、年齢のことは無視することにした。毎週の水泳、ジム通いをこまめに行い、睡眠時間を十分とることにのみ、気をつけ、あとは仕事をしっかりとやっていくこと。それだけに気を使い、年のことは「無視」する、いや忘れるようにしよう。

10月末日

ついに10月も末日になってしまった。2023年も残り2か月。早い!早すぎる!
12月には64になる。年の割には若々しいと言われるけど、それをまともに信じるには年を取りすぎてしまった。

9月末で終わった朝ドラ「らんまん」は、主人公が高知県生まれということで見始めたのだけど、とてもいい番組だった。朝ドラに「ハマった」のは初めての体験。らんまんの流れに乗って、10月から始まった「ヴギウギ」も見ていて、この番組にもハマってしまっている。一つには、らんまんで設定していた録画がそのまま継続していたのも大きいと思う。マシンが習慣の継続に役立つ例かもしれない。

生活習慣はたいせつだ。

数日前、映画『グランツーリスモ』を観た。ゲームのチャンピョンがリアルの世界でのドライバーとなってル・マンに挑戦する物語。実話に基づいてるいるとか。友人が強く薦めるから観たのだけど、観てよかったと思った。友人に勧められなかったら絶対に観なかった映画。そもそも存在さえも知らなかった。

友人もたいせつだ。

これからはますます「時間との闘い」(という割には相変わらずつまらないことで時間を浪費している!)だから、いい番組、いい映画を厳選して観たい。この年になると残された時間は残された人生そのものだと感じる。

時間はシリアスにたいせつだ。

一日一冊

知り合いの方がFacebookに「本が好きで、一日一冊以上読んでいます」と書かれていた。すごい!いったい、どんな本をお読みなんだろう。一冊当たり何時間かけているのか?速読をマスターされているのか?
本を読むのが遅くて困っている僕からすると、うらやましい。もう一生かかっても読めないくらい本を買ってしまっていてどうしようと思っている。個人の作家の全集や作品集、大学の先生の全集を始めとして、まったく整理もできていない。
「一日一冊」はまねできないけど、ちょっとペースを上げていかないと、たいへんなことになりそう。

「年末年始」は今日でおしまい

1月も今日で終わり。年末年始、食べるもの(特に甘味!)の買い物やいただき物があって身体に余計なファットをたくさん蓄えてしまった。「年末年始」は今日でおしまい!
来月からはプール通いを再開したい。
昨日面接した方から入社希望のご連絡があり、担当者ともども、今日はハッピー!

7月末日を迎える

2022年も折り返しを過ぎました。Twitterの手軽さもあってブログを書くことが億劫になっています。Twitterの手軽さ、スピードを諜報しています。
先月には創業25周年ということもあり、朝日新聞と日経新聞にカラーの一面広告を出稿しました。かつて、日経ビジネス誌が企業の寿命は30年ということを書いていて、30年という数字が一人歩きしているようなこともありました。オデッセイコミュニケーションズが25年を迎えられたことはとてもラッキーなことだと思っています。社員、お取引先、それと商品に恵まれた結果だと思います。
創業者のぼくも数年前に還暦を迎えました。これまでお世話になったみなさんへの感謝の気持ちの上に、もっといい会社を目指していきます。社会が必要とする「知」というものを、テストの形式をとりながら、広めていくことを続けていきたいと希望しています。
日本の凋落が言われ始めてかなりの時間がたちました。なにが足りないのか、自分なりに感じるのは、「知性」「アニマル・スピリット」「グランド・デザイン(大戦略)」が日本にはない、あるいは足りていないのではないか?他人ごとではなく、まず自分のことだとここでは認めておきます。

時間の流れ

一年ぶりにブログに返ってきました。昨年6月クウ太郎が亡くなりました。17歳と半年の命でした。最後の数年は動物病院通いが続き、担当していただいた先生にはとてもお世話になりました。人間ほどではないかもしれませんが、動物たちの介護もたいへんです。時間だけでなく、金銭的にも。クウ太郎の場合は、若いころはほんとうに自己中の奴で、言うことは聴かないし、触られるのも嫌い、なんどか噛みつかれたこともありました。
おじいちゃん犬になってから、特に身体の自由がきかなくなってからはとても丸くなりました。最後の一年は毎日のようにいっしょに出社、ぼくの部屋でよたよたと歩いたり、横になったりして老犬の時間を送ったものです。おしっこやうんちの対応もしばしば。
クウ太郎がいなくなって、わが家にはもうワンコはいなくなりました。2015年8月カイ(♀の甲斐犬)がなくなり、6年後の2021年6月にクウ太郎(♂甲斐犬)がなくなりました。甲斐犬愛護会に登録されている「黒犬犬舎」は一頭も作出することなく幕を閉じました。
また犬たちとの生活を始めたいという気持ちもありますが、自分の年齢を考えたとき、最後まできちんとめんどうを見てあげられない可能性があるので躊躇してしまいます。カイとクウ太郎の思い出をかみしめているだけで気持ちは一杯!新しいワンコが心の中に入ってきたら、かれらから反対の声が聞こえてきそうなので、もう飼わないかと思います。

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写真は晩年のクウ太郎。身体を支えることもできなくなり、クッションの上に身体を預けている様子。

近況報告(セルフィー)

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札幌のSおばさんから最近ブログのアップデートがないが「大丈夫なのか?」というお声があったとお聞きしたので、近況画像をアップしました。
札幌にも行きたいな。コロナのせいで飛行機には乗らなくなり、ときどき高知に帰省するときに乗るだけ。このまま海外にも飛ばないまま2020年が終わるとするとすこし淋しい。