硬直的体質と勇気なきリーダー

昨日(2024年9月11日)の朝日新聞朝刊の辺野古基地に関する記事(「未完」の辺野古の4回目)に目が留まった。このシリーズの記事は最初から読んでいたわけではないのだけど、この記事はどうしたわけか目に留まった。
記事の趣旨は以下の通り。
1 米海兵隊太平洋基地政務外交部次長を務めたロバート・エルドリッジ氏によると、辺野古移転を評価する海兵隊員はいない
2 代替案として海兵隊で注目されていた代替案(沖縄本島中部の勝連半島沖に人工島を作り基地機能を集める)を、エルドリッジ氏の恩師でもある五百旗頭真・元防衛大学校長が当時の小泉首相に持ち込んだ。
3 2週間後くらいに、「いまさら現行案を白紙に戻すことはできない」という返事があった。
4 日本政府は一度決めたことを変えたがらず、硬直的な体質がある(五百旗頭氏)。
5 重要なときには、日本の首相は米国に正面から要求する勇気を持たなければならない(同氏)

この硬直的な体質は日本人の欠点の一つだな。政治だけでなく、社会の各所でこの硬直的体質が窮屈さの原因になっている。

大谷、円安、経済停滞、日本社会の高齢化と人口減少

大谷はあまりにも優等生過ぎる。通訳者に盗まれたとされるお金の額も20数億円と半端じゃない。大谷がホームランを打った、大谷が盗塁した、大谷が凡打で終わったと、毎日大谷、大谷、大谷。もう日本が誇りに思えるのは大谷だけ?!

7月末から一週間ほどアメリカ西海岸に仕事で行く際には、ドジャーズの試合を観戦することになっていて、ぼくも決して大谷に関心がないわけではないけど、これほどまでに大谷一色にならなくてもよかろうにと思う。

円安が止まらない。もう160円が見えてきている。そこまで行くと、ぼくの会社の輸入商品も値上げをせざるを得ない状況になる。日本のお客さんには決していい話ではない。
経済が停滞し、日本の家計は苦しくなっている。給与アップをさけび、「ええかっこ」ができるのは大企業の経営者たちだ。

日本社会の高齢化、人口減少がすべての問題の根底にある。満員電車はしんどくても、家は狭くても、人が多くて、競争がある社会がいいのだろうか。1980年代半ば、当時日本を代表するコンサルタントだった大前研一が、日本社会は人口が多く、競争がある。それが日本の強さにつながっている、という趣旨の話をしていたことを記憶している。

60半ばになる自分もまだまだ「頑張る」つもり。このコトバって、昭和おやじ丸出しかな?
20代後半から30代前半に送った日本経済のバブル時代を決して楽しんだわけではないけども、このまま日本がどんどん落っこちていくのを見ているのはいい気持ちではない。観光立国だけではつまらないよ。

スマホにお金も精力も使い果たしている日本人にどんな未来が待っているのだろうか?

前橋はおもしろいことになっている

先週末、あるサークルのみなさんといっしょに群馬県の前橋市を訪問。JINSの田中さんが前橋市中心エリアの再活性化のために古びたホテルを買い取り、大々的な改修工事を行った白井屋ホテルに一泊、その翌日アーツ前橋で12日まであった「ニューホライズン」展を観賞。地方都市の再活性プロジェクトの一部を拝見し、おもしろい体験となった。ホテルの周りには居酒屋や風俗店とおぼしきお店が多数あり、その多くは廃業となっていた。民間側でもっと前橋を盛り上げていこうとする努力を始めているとか。努力の継続と成功を期待しています。

日本経済についての認識を決定的にあらためる。

9月29日の日経新聞夕刊の二つの記事を読んで、日本経済に関する認識を根本的に改めないといけない時期にあるのだと感じた。遅すぎるのだけど。

ひとつ目は一面中ほどにある「マイクロンに1920億円補助_経産省・広島で最先端半導体」という記事。かつて、通産省(現在の経産省)は、外資系企業の日本進出を防ぎながら、日本企業が先端分野に橋頭保を築き、世界にうって出るのをサポートするのが役割だったのではないか?それが日本の産業政策として、海外の研究者にも評価されていたのではなかったか?記事によると、経産省はすでにマイクロンの広島工場に最大およそ465億円の補助を決めていたが、さらに支援を手厚くするのだそうだ。さらに記事によると、「経産省は半導体関連んお投資の補助などに2年で2兆円の予算を用意する」とか。この2兆円のうち日本企業にいく税金はあるのだろうか?一体いつから日本政府はアメリカ企業のための産業政策を実施するようになったのだ。富士通やNECはどうなったのだ。

ふたつ目の記事はマーケット・投資ページにあるコラム「十字路」に、ニッセイアセットマネジメントの社長、大関洋さんが書かれていた「円安と闘わず活用する視点を」という記事。為替相場は1980年代以来の歴史的円安水準にあるが、この基調は長期化するだろうという見方。その理由として、まず産業に占めるデジタルの役割が大きくなり、この分野の収支で米国が日本を圧倒していること。次に、モノづくりの領域で安定して外貨を稼いでいる産業が自動車と一般機械だけになっていること。そしてこのような構造変化もあって、ドル高・円安の反転を望む米国関係者が見当たらないこと。

円安の時代は始まったばかりで、これから何年続くのか?これまでの日本経済に関する認識を根本的に変えないといけない。

『資本主義の次に来る世界』(ジェイソン・ヒッケル著)

原題はLESS IS MORE.
企業経営や企業の評価において、あるいは個人のキャリアにおいても「成長」は強く求められるものになっている。成長はMUSTであり、成長に異議を申し立てることは許されないような雰囲気さえある。
上場している会社の経営者は、株主たちからは常に成長を求められていて、ご苦労さまなことだと同情も申し上げる。
個人の転職を進める会社などは、成長できる職場、会社に転職すべきだ、この会社だとおあたは成長できる、なんてことも言ったりしている。

自分が年をとったからだろうか、あなたたちのいう「成長」なんて、しなくていいのじゃないの、と思うことがある。あなたたちのいう成長って、おカネをもっと稼ぐということ以外になにが含まれているのか?なんて皮肉を言いたくなることもある。

日本は人口減少が制約になって、これから経済は縮小していくだろうけど、それはそれでいいのではないかと思っている。これまでよりも少ない労働人口で、どうやって経済を維持していくのか。労働人口は減る(less)けども、創意や工夫はもっと生まれてくる(more)だろうし、これまでよりも高い賃金(more)を企業は払わないといけなくなるだろう。それは働く人たちにとってはいいことだと思う。

この本の中で著者はこんなことを訴えている。

「結局のところ、わたしたちが、「経済」と呼ぶものは、人間どうしの、そして他の生物界との、物質的な関係である。その関係をどのようなものにしたいか、と自問しなければならない。支配と搾取の関係にしたいだろうか、それとも、互恵と思いやりに満ちたものにしたいだろうか?」

政治家も、経営者も、われわれ庶民も、みんなこの問いを考えてみた方がいい。

「一身にして二生を経る」

福沢諭吉は「一身にして二生を経る」と文明論之概略の中で記している。明治維新の前後ではすべてが変わったということだろう。変化の度合いは明治維新ほどではないのは確かだけど、ぼくたちの世代だって、二つの生を生きているのではないかと、新聞記事を読んでいて思った。日本総研の寺島会長のインタビュー記事なんだけど、以下のような数字をあげていらっしゃる。

「日本GDPは94年に世界の18%。これが日本のピーク。この年、日本を除くアジアは中国、インド、東南アジアすべてを加えても5%」
「2000年、九州・沖縄サミットが開かれた年、日本のGDPはまだ世界の15%をキープ、日本を除くアジア全体は7%」
「2010年に日本のGDPは中国に抜かれる」
「2022年の日本のGDPは世界の4%、日本を除くアジア全体は25%」

一人当たりのGDPについても、22年には台湾、韓国はほぼ日本に追いついた。
この30年あまりでなんて転落なんだ!

日銀の金融緩和が続き、昨年は一ドルあたり円の価値は110円台前半から一気に150円まで達し、現在でも130円団の後半あたりをうろついている。

ぼくが初めてアメリカに行った1976年は円は200円台の半ばだった。
次にアメリカに行った1985年にはプラザ合意があって、ドルは一気に100円割れの時代に入った。

大学に入った1979年にはJapan As Number Oneという、いま考えると「御冗談でしょう」という本が出た。
金持ち国から貧乏国への転落がこれからの日本のただる道だなどと、考えたくもないが、その可能性は大いにある。

今年64歳になる自分は、たいそう恵まれた時代背景のもとに育ち、働いてきたものだと思う。右上がりの日本を経験し、個人的にも、いなかの両親が考えられないようなキャリアを送ることができたことを幸運だったと思っている。

しかし、これからの世界の中における日本を考えると、一ドル200円、さらには300円の時代という「悪夢」もあるかもしれないと思うことがある。もうそうなると海外旅行は夢の夢だ。弱い円の国・日本には海外から働きに来る人はなく、逆に日本の若者たちが中国やアメリカに出稼ぎに行くような時代が来るのだろう。

あと30年、40年と長生きすることができたなら(100歳前後まで生きるということ!)、「一身にして二生を経る」ことになるか?いや、もう第二の生は始まっていると考えておいた方がいいのかもしれない。

黒田日銀総裁の退任に思う

新聞の記事を読むと、「黒田節 最後まで」とある。
物価目標を達成できなかったことについては、「まったく失敗だとは思っておりません」。経済の成長率低迷については、「もっと下がるものが下がらなくて済んだ」と。(2023年4月8日の朝日新聞朝刊から)
この記事の中でも紹介されていることだが、2015年の講演で「飛べるかどうかを疑った瞬間に永遠に飛べなくなってしまう」とし、「大切なことは、前向きな姿勢と確信」だと答えたという。

それは空前の超金融緩和策だけのことではなかろうにいうことだ。日銀の担当外ではあろうけども、同じことを規制緩和や構造改革についても進めていくリーダーが欲しかったと思う。構造改革を行うことで既得権を失う人たちのことばかりを考え、新しく生まれてくるであろうビジネスのことを疑い、永遠に構造改革を行えない国になってしまっているではないか?失われた30年という言葉を口にするだけで、結局、安倍総理もやりやすいことしかできなかった。悪夢の民主党政治?!経済に関して言えば自民党政治もあまり変わりないよ。政治は苦しい人を救わないといけないけども、不当な既得権を持つ人たちにはもっと競争してもらう状況を作ってもらいたい。ゼロ金利の中、いつまでゾンビ企業を生きながらえさせるつもりなのか。

国民一人ひとりが国に頼るばかりでなく、気概を持って働くように、政治家には率先してロールモデルになってもらいたい。
政治家は自分たちに都合の悪いことはなにもやらない。国会議員なんて半分にした方がいいという声を僕の周りではしばしば聞く。そう思っている国民は多数のはずだ。
黒田さんが(超金融緩和策を)やらなかったらもっと悪くなっていたという趣旨のことを言ったと聞くと、宗教関係者が不幸が続く信者に「信心しているからこの程度で済んでいるんだよ」と話しているような感じさえしてくる。頭がいいだけでなくて口も達者な方だ。

これだけの借金と大量の株式ETFの購入。10年間やりたい放題やって一体だれが責任をとるのだろうか。

日本が崩れていくのか?

日本がどうなっていくのか、多くの人が危惧しているように思います。北朝鮮がミサイル発射の実験をなんど繰り返そうが核兵器の開発に進んでいこうが、政治家は「クリシェ」(決まり文句)を繰り返すだけ。
総理就任後一年たったのに、いまだなにをやろうとしているのか明確になっていない日本のトップ。ずっと「遣唐使」(検討しますの繰り返し)と揶揄されています。
2年で結果は出るはずだと宣言して始めた超金融緩和政策を10年たっても無責任に続ける日銀総裁。就任時にはまだ若々しさを感じましたが、最近お見受けするお姿は枯れた頑迷な老人顔の印象です。(失礼な表現をお許しください)

初めてアメリカに行った1976年の夏、1ドルは290円前後でした。(過去のチャートを確認しました)。2度目にアメリカに行った1985年の夏は200円前後。(ただし秋のプラザ合意でドル高は一気に修正されます)
その後、日本の経済力の向上にともなって長期的な円高が続きました。2011年には1ドルが70円台にまで円は高くなりました。

今年前半には110円台だった円は、今週147円まで下がりました。長生きはしたいと思っていますが、生きている間に円が再び200円台に落ちていくとしたら、ほんとうに情けないことだと思っています。円が強くてこそ、われわれは留学もできたし、海外のいろいろなところに行き自分の世界を広げることができました。

「強い円は日本人のためになる」と自信をもって言い切ることができるリーダーがいません。これまでもあまりいなかった。どちらかというと円高を恐れ、「円安は輸出企業にとって円での売り上げが上がるからいいのだ」というような論調が、(いまでさえ)残っています。戦後政治を変えると口にしていた自称「保守」の政治家たちは、裏では日本から金を巻き上げる宗教団体のお先棒を担いでいました。当選しないとただの失業者になるのが政治家ですが、当選のためには反社会的行動をとってきた団体にも頭を下げる政治家は汚い表現を使うなら「政治的売春婦」とさえ呼びたくなります。

日本が貧しくなっていくことがたまらなく残念です。子ども食堂が必要な社会が残念です。


日経新聞・経済教室に法政大学大学院教授の豊田裕貴先生

オデッセイコミュニケーションズで出版している『Excelで学ぶ実践ビジネスデータ分析』をご執筆いただいている豊田裕貴先生が、10月2日付の日経新聞・経済教室に、今日本で言われている効率を上げることのみを念頭においたDXへの懸念をあげられ、価値創造のためのDXを提唱されています。
日経新聞の豊田先生の記事
豊田先生のご著書

「オーラル・ヒストリー」をめぐる攻防_御厨先生に噛み付いた輿那嶺先生

今朝の朝日新聞の文化・文芸ページで、オーラル・ヒストリー(引退後の政治家や官僚からの聞き取りをもとに現代史を叙述する方法論)をめぐっての対立があった。本人たちがそれをどれだけ自覚していたのかはわからないけど、きっと異議というか、その方法論の問題点を指摘した側は意識して異議を唱えたに違いないと思うし、新聞社側もわかった上でこの異議を掲載したに違いない。
「語る_人生の贈りもの」というちょっとした「私の履歴書」的なコーナーがあって、そこに政治学者の御厨貴先生が今日でシリーズ15回目になる話を掲載されていた。今日は、平成天皇の生前退位をめぐる天皇と政治家(官邸)の対立の話だったのだけど、御厨先生こと、このオーラル・ヒストリーという手法の「大家」。
これに「異議」を唱えるというか、問題点を指摘したのが、輿那嶺潤という「若手」(になるのかな?)政治学者。かれは毎週木曜日に「歴史なき時代」という題でエッセイを書いている。今日はオーラル・ヒストリーという手法が、政権を批判する学者に、権力者が引退後聞き書きの機会を与えるはずがなく、権力者が現役の間は(たとえ適切であろうと)厳しい論評を控えることになってしまうだろう(その結果、今若い政治学者に元気がないという状況が発生している)、またオーラル・ヒストリーの手法は国内政治には可能であったとしても国際政治には無理だろう、なぜなら中国や北朝鮮の権力者たちが聞き書きの機会を与えてくれるはずもなく、結局日本側の交渉当事者の一方的な話しか聞き取ることはできないだろうから、というものだ。
この二つともオーラル・ヒストリーという手法の限界を適切に示しているように思うのだけど、当の御厨先生はどのような反応を示されるのだろうか?それとも若手学者の戯言として無視するだけなのか。
それにしても御厨先生が語る自身の「オーラル・ヒストリー」と同じページに、その方法論の課題を(わかった上で)示している輿那嶺先生の心意気はよしとして良いのではないかと思うし、できれば御厨先生からの反論もお聞きしてみたいものだ。