歴史はこうやって変わっていくのだろうか?!

先月24日に判明したイギリスのEU離脱を国民に問う投票結果のインパクトの大きさをずっと感じています。またアメリカの大統領選挙の行方、この間起こっているアメリカ社会の安定ブロックを崩していくさまざまな動きもとても気になることです。
イギリスに関して言うと、BBCの報道番組を見たり、Financial Timesにでている離脱派の意見やこれからへの覚悟などを読んでいると、単なる気まぐれや思いつきで離脱に賛成する票を投じたのではない人たちは少数だったのではないかと思いますし、巨大な官僚組織と化していくEUへの大いなる異議申し立てに共感も覚えます。
離脱はまだ決まった話ではなく、最終的な結末が決まったわけではありませんが、イギリス国民が、またイギリスの政治家たちが、どのような行動をとっていくのか、興味津々です。
ソビエト連邦が崩壊したときにはこれほど自らのこととは感じませんでした。モスクワでのトランジット以外ではロシアに泊まったことはありませんが、ロンドンは何度も行ったことのある都市です。
歴史はこうやって変化していくのかと、感慨深く傍観しています。

Enough Is Enough.

Enough is enough! もううんざり。
アメリカで続発する拳銃乱射事件。また14人がカリフォルニアで殺されたるという事件が起こった。
感謝祭の翌日、年末商戦のスタートを飾るセールの日、一日での拳銃販売が最高を記録したという記事もある。
いったい、アメリカはどうなっているんだ!

これだけの多くの乱射事件が起こっても、全米ライフル協会は銃規制に反対。
アメリカ社会の拳銃に関する考え方だけは、絶対に受け入れられない。
護身のために拳銃を持たないといけないという恐怖にとらわれた社会には住みたいとは思わない。

アメリカ、シリア、パレスチナ、アフガニスタン、スーダン、イエメン、ウクライナ。世界は暴力に溢れている。
もちろん日本にだって暴力の目は至る所にある。
暴力に覆われる世界には住みたくない。

変えようのない「国の習慣」

アメリカのヴァジニア州で、テレビ中継中のレポーターとカメラマンが、同じ地元放送局につとめていた元同僚に射殺される事件が起こった。
殺されたふたりは白人で、殺害後自殺をした犯人は黒人。過去この放送局に勤務していた頃、人種差別に関して繰り返し行った刺激的な発言のため解雇され、そのことを恨みにもっての反抗と言われている。
銃社会と人種差別、アメリカの持つこのふたつの「宿痾」だけは救いようがないように見える。人間にどうしても変えられない「習慣」があるように、国にも、どうしても変えようのない「習慣」というものがあるということだろうか?もちろん、日本には日本の、哀しいほどの宿痾といえる「国の習慣」があるんだけども。

銃社会アメリカの持つ暴力性、破壊性が恐ろしい。

自国の立場からだけの物語はもういらない。

今日の朝日新聞夕刊に、国際政治学者の藤原帰一さんが、日本、韓国、中国ともに、過去の歴史を自国の立場(特に、犠牲者としての立場ということ)からのみ論じる状況にあること、それでは歴史問題は解決の糸口さえも見つけられないだろうという趣旨のことを書かれている。まったく同感だし、常々、この3国の政治家たち、そして政治家たちが、時には利用し、時にはおもねる対象である、偏狭的なナショナリズムあるいはナショナリズムに逃避している一部国民には、うんざりしている。

ナショナリズムや、自国のみ正しい、あるいは自国だけが犠牲者だという感情は、まったく「未来志向」じゃない。
過去の間違いを正面から見る事は決して心地よい話ではないし、しんどい思いもするのだけど、相も変わらず、自国内の矛盾や問題から目をそらさせるために歴史問題を持ち出すのは、この3国の政治家たちに共通する、自国民に対する誠実さのなさと自国民の知的能力をバカにしている証拠だとさえ思う。

藤原さんは今日の文章のタイトルとして、『歴史問題_「国民の物語」を超えて』とされていた。自国の立場からだけの歴史物語はもう十分だ。

「グローバル化」の風景

今日の日経新聞朝刊に出ていると思うのですが(まだ目を通していません。明日会社にでる予定なので、そのときチェックします)、先日、日経新聞の方にインタビューいただき、グローバル化について、すこしだけ意見を言わせていただきました。さまざまな意見が出ているこのテーマに、ボクのような浅学なものが加わる資格があるのかどうか、あまり自信があるわけではないのですが。

ちなみに、Giftという文科省と外務省が協力しているプロジェクトに、以下のような応援メッセージを出しています。ボクの「グローバル化」についての考え方の一部は、こんな感じです。http://j-gift.org/message/

大阪市長が、刺青をしている職員に対して、非常に厳しい態度で望むということを表明して以来、日本国内では刺青に関して、新たな関心が高まっているのかもしれません。海外では、ファッション、あるいは一つの自己主張として、刺青をしている人が増えたなと思います。それらは「刺青」というとちょっと違っていて、「タトゥー」というのかもしれませんが。

先日、あるホテルで、「タトゥー」をしたアジア系の人がいました。プールのジャクージで見かけたのですが、この人が日本人であったら、ホテル側はどのような対応をしたのだろうかと、ふと思いました。よく温泉や銭湯では、刺青をした人はお断りと、はり紙が貼ってあります。日本語が読めない外国人には、日本語だけでは意味をなさないわけですが、このメッセージを英語にしているところには、滅多にお目にかかったことはありません。海外の客を中心としたホテルでは、このようなはり紙を出すことは、最初からないのでしょうか。

上得意の外国人が、「タトゥー」をしていた場合、ホテルや温泉旅館などは、見てみぬ振りをしているのかなと想像するのですが、どうなんでしょうか?これも「グルーバル化」のひとつの現象で、今後、日本国内における「刺青」議論への影響も含めて、どうなるのか、興味があります。

『デフレの正体』(藻谷浩介著)

 本屋に山積みになっている昨年からのベストセラー。マスコミの有名人たちが大推薦という帯の宣伝文句のせいで、当初は逆に読む気はなかったのですが、先月だったでしょうか、日経新聞の夕刊に数日連続ででていた著者のインタビュー記事を読んでおもしろい方だと思ったので読んでみました。その記事で僕がおもしろいと思ったのは、「地方の幹線道路や新幹線などが無駄なのではなく、田んぼの間に網の目のようにはりめぐらせた道路こそが、無駄な投資になっている」という趣旨のご指摘。
 
 この本の中身は、副題に「経済は『人口の波』で動く」とあるように、日本のデフレは根本的に国内の人口動態に基づいていて、好況、不況の波によって起こされているものではないということで、それに関してはまったく反論の余地はないです。同じような指摘は、1980年代終わりか、1990年代の始めだと記憶していますが、人口減少にともなって今後地価は下がっていくと指摘していたある証券会社の創業者の発言と根本的にはまったく同じ指摘だと思います。20年たち、その証券会社の創業者(立花証券の石井久さん)の予言の正しさに感嘆するばかりです。石井さんは1993年9月日経新聞に連載された「私の履歴書」最終回に日本の人口の動向に着目していることを書かれています。

 本質的なことは時にあまりにもシンプルすぎて、それを認めたくない陣営には受け入れがたいのか。あるいは受け入れてしまうと現在の仕組みを根本的に変えていかないといけない。その結果、今持っている既得権は手放さざるを得ない。ならば、見ない、聞かないの姿勢を貫き通す?

 『デフレの正体』の著者が持っている柔らかい精神というか、押し付けられた「先入観」や「正解」ではなく自分が見て考えたことから自分の意見を組み立てていく姿勢に感心しました。

 また、民間企業は政府の景気対策に頼ることなく、自分たちで経営努力をしていくべきだというご意見にも大賛成です。

 先日、現役経産省キャリア官僚による『日本中枢の崩壊』のことを書きました。この2冊には共通する指摘が多々あります。お二人とも優秀な方々だと思いますが、同じように優秀な人たちが霞ヶ関にはたくさんいらっしゃるはずです。このお二人がかれらとなぜ違うのか。それはお二人が「王様は裸だ」と言える率直さをお持ちだからなのではないかと思います。もっと多くの霞ヶ関や永田町の若手エリートたちが、「王様は裸だ」と叫ぶことができれば、日本のどん詰まり感にもすこしは穴があくのではないかと期待しています。

石井久「私の履歴書」

北陸電力の場合

以下の北陸電力のホームページをどれだけの方がご覧になったことがあるでしょうか?僕は先日初めて知りました。
(以下、同社HPより引用)

事実関係

平成11年6月18日、志賀1号機は、第5回定期検査(平成11年4月29日停止~7月23日起動)のため停止中でした。
同日未明、原子炉停止機能強化工事の機能確認試験の準備として、制御棒関連の弁を操作していた時、
2:17 想定外に制御棒3本が引き抜け、原子炉が臨界状態となりました。
2:18 原子炉自動停止信号が発生しましたが、引き抜けた制御棒3本はすぐに全挿入されませんでした。
2:33 弁の操作により制御棒が全挿入となり、臨界状態が収束しました。
事故後に、所長以下関係者が発電所へ集まって対応を協議しましたが、約2ヵ月後に控えていた2号機着工などに影響があると考え、最終的に所長が外部へ報告しないことを決断しました。
事故に関するデータを改ざんして必要な記録を残していませんでした。

(引用、以上)

最後の文章「データを改ざんして必要な記録を残していませんでした」は、すべての電力会社の体質を表しているのか?

北陸電力HP

60代で若造と言われる国に未来はない。

今日もまた日本の政界は茶番劇。シニアのみなさんもいい加減にしていただきたい。
財界もそうだけど、日本の各界はお年寄りの皆さんがお元気すぎて、60代だとまだまだ「若造」なんて言われるんだから、狂っている。日本ではほぼすべての業界で、50代、60代はまだ若造だなんて言われているのではないか。芸術、建築、学問など、一般には実力の世界だと思われている分野でさえも、「長老」支配が見られるんだから。そんな国には未来はないし、大物はでてこないよ。だから本当に力がある人たちは、日本から出て行く。

戦後日本では成功の結果、世界でも有数の長寿国が実現した。でもいまではこの長寿が日本の最大の弱点になっている。年金、医療費問題もこの長寿の結果の一つ。政界、財界、メディア業界、長老たちが若い世代の成長を抑えていく。引き際を知らず、仕事以外の付き合いや時間の過ごし方を知らない年配者たちが、日本をダメにしていく。

誤解してもらいたいくないけど、70代、80代でも、「個人として」現役で働いている人たちを尊敬している。僕の会社でずっと仕事をお願いしているニューヨークの弁護士は80才でまだ働いている。でも彼は秘書一人の個人事務所。僕はフリーランスや個人事務所で、70になろうと、80になろうと、現役で働いている人たちは尊敬している。かれらはすべての責任を自分で受け止めながら仕事をしているのだから。

こりゃあ、日本は戦時下にあると認識した方がいい。

うちの会社が入っているビルの管理会社(三菱地所ビルマネジメント)から、節電に関する「依頼」が来た。でも実際は、「依頼」ではない。政府からものすごく強烈な要請が三菱地所はじめとするビル会社、ビル管理会社に来ているのだろう。

今年の夏の電力不足に対応していくため、首都圏は戦時下にあることを、改めて認識した。政府が率先してここまで省エネ(節電)に取り組むのは、1970年代に2度あった石油危機の時以来じゃないだろうか。

具体的には、まず事務所内のすべての照明を3割以上は節電する、個別空調は25%くらいは運転停止にする、勤務時間のシフトを変えるなどなど、かなり細かい節電依頼が来ている。これは半端な話しではなくなってきている。

もう首都圏は平時ではない。少なくとも電力に関しては、戦争状況にあると思っていた方がいい。自動販売機やパチンコ屋はなくしてしまえというようなことを、石原さんが言ったことに反発があると聞いているけども、本当にその通りかもしれないよ。これだけコンビニがあり、夜遅くまで空いているのに、本当に自動販売機が必要なのか。多数のギャンブル中毒を生み出してきたパチンコ業界だけど、これをリハビリのチャンスにしては?

まあ、自販機、パチンコ以外にも電力をバカスカ消費しているものはあるだろうから、節電のための検定試験でも始めようか?!節電するために、まずなにをやめるべきか、次になにをやるべきか?それを検定試験で学んでいくっていうのはどうでしょうか?

ネットではなく個人の力による革命。

 北アフリカ、中近東の石油産出国で凄まじいことが起こっている。原油価格は100ドルを越え、一部では220ドル説まで飛び出している。そうなると世界経済に対する影響は計り知れない。しばらく忘れられていた感のある世界経済二番底の可能性も高まってくる。
 チュニジア、エジプトで起こった「革命」が、フェースブックをはじめとするネット上のSNSによってもたらされたという言い方をする人が多い。でも僕は、「ネットの力がこの革命を起こした」というのは違っていると思うし、革命の中心にいる人たちに対して失礼な言い方だと思っている。
 インターネットが主役なんかじゃない。主役は一人ひとりの人間たちだ。現実の社会の中で長年にわたってひどい扱いを受けてきた個々人の情念が起爆剤となって起こしていることであり、やむにやまれぬ状況に置かれたひとたちの死を覚悟した行動が起こしていることだ。インターネットは彼らにとって強力な武器であり、その貢献は非常に大きなものだけど、でも、主役は一人ひとりの人間たちだと思っている。
 永田町の政治家たちは、北アフリカや中近東で起こっていることは知っているけども、自分たちの足下で起こるなんて、絶対に思っていない。でも、名古屋で起こっていることはなんだ?!保守性で知られる愛知県民、名古屋市民が河村さんたちを強力に支持している。愛知県民や名古屋市民は多くの日本国民の感情を代弁していないだろうか?!

 社会を変えていくのは、名もなき人間たちだ。Power to the people!