"$20 Per Gallon"_本当に石油危機が来たとき、どうなるの?

 アメリカで評判になっている本、"$20 Per Gallon"に目を通してみました(丁寧には読んでません)。福岡往復の飛行機の中で読んだくらいなので、読み易い本です。
 いま、一ギャロンあたり石油って、3ドルとか、4ドルくらいなんでしょうか、それが5倍くらいの値段になったら、世の中はこんな風に変化するのではないかという予測の本です。ボクらの生活って、完全に石油漬けで、自動車のガソリンだけでなく、石油化学のおかげで物質生活はなりたっているし、農業や漁業にしたって石油に支えられていることは、昨年石油価格が高騰したときに、漁業関係者が大騒ぎをしていたことを思い出せば、明白。
 この本によると、日本人の好物というか、文化そのものみたいな「すし」にしたって、安定した燃料価格が続いたおかげで、海外からのマグロをいち早く空輸することができたから成り立っているということです。もちろん、自動車産業は大打撃を受け、航空産業なども壊滅的状況になります。その結果、人間の生活や生き方は大きな変化を余儀なくされるし、変化に対応した新しい産業や企業が勃興すると同時に、恐竜のごとく死滅していく企業がでてくるということです。(今話題になっている、イスラエルのベンチャー企業、Better Place の紹介もあります)
 日本でもきっと霞が関あたりの官僚は、石油の値段が10倍になったらどうなるのかなんてシナリオはすでに想定していることでしょうが、われわれ庶民にもわかりやすいこの手の本は考えるヒントになってくれます。
 グローバリゼーションの進展はそろそろピークをうち、いましばらくこのような状況が続いたあと、人類の動きはすこしずつ反対方向に巻き返していくのかもしれません。作家の五木寛之なんかは、日本人は「躁の時代」から「鬱の時代」に入ったというような表現をしていますが、日本人だけでないかもしれません。この本によると、
転換点になるのは、われわれの生き方をささえてくれている石油の値段が、いつ高騰するのかだということになります。世界は石油の上で成り立っていると言っても過言ではないですから。
インターネット通販にしたって、宅配が安価に行われるようになっているから成り立っています。アマゾンで気軽に本を即日配送なんてしてくれていますが、そんなサービスだって安定した石油価格のおかげだと思います。
 最後になりますが、ハーバードビジネススクールの授業のひとつで、オランダのシェル石油のシナリオプランニングに関するケーススタディがあったことを思い出します。


 

『人生、意気に感ず』(藤沢秀行著)

 クロイヌは小さいころ、将棋をちょっとやったことがあるだけで、囲碁には挑戦したことはありません。碁は海外でも打つ人がいることは知っています。白と黒の石によるシンプルなルールのゲームであると同時に非常に奥が深く、知的な活動だということから、関心を持つ人が多いのかと思います。

 藤沢秀行は、今年5月に83歳で永眠された囲碁の世界の巨人。こんな破天荒な生き方をした人がいるのかと驚くと同時に、我々ビジネスマンに響く言葉をたくさん残されていたと、感心しながら読みました。(「ものごとをむずかしく考えるから、むずかしくなるのだ。何も知らないと思って学べば、人間はどんどん強くなる。」、「人間を高めなければ、生きた能力は身につかない。人間形成こそ、ほんとうの勉強である。」なんて、この人が口にするから、生きてくるのかと思いました。)

『「課題先進国」日本』(小宮山宏著)

 東大の前総長が在職中の2007年に出された本。副題には「キャッチアップからフロントランナーへ」とあります。人類に共通する課題を抱える日本は、欧米に解答を求める段階から、自らの課題を定め解決していくことで、世界に多大なる貢献をすることができるというメッセージ。「出羽の守」(欧米「では」こうだといって、外国を紹介するだけの論文=紙を書く人たち)、「誤用学者」(理論やモデルを誤用する知識人)はもう終わっているというご意見には100%同意。
 数ヶ月前だったと記憶しますが、雑誌「日経ビジネス」の巻頭インタビューで、日本人が言うと信じないのに、同じことを外国人(特に欧米人?)が言うと日本人はありがたがって聞く、というような発言をされていました。それを読んだとき、きっと何度も悔しい思いをされたのだろうなと直感的に思いました。この本では、先生の熱い気持ちのこもった「日本人に対する応援歌」を聞いた気になりました。
 あとがきに、「本質を捉える知」、「他者を感じる力」、「先頭に立つ勇気」を学生生活で獲得すべき目標にせよと、総長に就任して初めての入学式で話したとあります。この三つは、会社を経営しているすべての経営者にとっても、常に意識していないといけない必要条件でもあるかと思います。

 

『大麻ヒステリー_思考停止になる日本人』(武田邦彦著)

 新聞やラジオなどで、芸能人だけでなく、最近は大学生などにも「大麻汚染」が広がっていると読みききします。 

 クロイヌはたばこは吸いません。酒ですが、最近はビールひと缶でさえも、アップアップ状態で、時々、ワインをたしなむ程度。(ビールは減量の敵!)パチンコなどのギャンブルも興味なし。われわれ犬族は、愛犬たちと時間を過ごすだけでハッピーになれる、安上がりな人たちです。

 大麻なんて、はっきり言って興味もなし。幻覚症状も求めていないし、そんなことでいいビジネスアイディアが浮かんでくるとも思えないし、クリエイティブな人間になれるかどうかも、あまり期待できない。現実から逃避する必要もそれほどない。

 で、なんでこんなタイトルの本を読んだかというと、「大麻がどういうものか、大麻取締法がどういう経緯で成立したか」、また「そもそも痲薬とは何か」という知識が決定的にないにもかかわらず、「大麻というだけで思考停止に陥り、批判の大合唱になる」というわれわれ日本人に関心があるから。

 この先生、リサイクルやエコに関しても物議をかもしているようですが、主張になられている「自らの頭で、科学的に考える習慣をつけよ」というご意見には、大賛成です。

 選挙戦が始まりましたが、街宣車で名前の連呼と意味もないスローガンを叫ぶのは、迷惑千万。それよりも、きっちりとHPなどでご自分の主張とお約束を示していただき、それを1年後、2年後も消すことなく、いったいどれだけ実現できたのか、記録として残すことを義務づけたい。政治家の先生方にも、ぜひ「科学的に考える習慣」をつけていただきたいです。

 

 

昨年秋以来の「荒川サイクリング」と、『「大日本帝国」崩壊』(加藤聖文著)

 早朝、荒川沿いを2時間ほどサイクリングしました。風はなんとなく秋を予感させてくれるような、乾燥してちょうど心地よいもの。昨年の秋いらいの荒川サイクリングを楽しみました。おかげで、体重もちょっぴり下がりぎみ。誕生日の12月11日までに、あと6キロほど減らすことができたら、今年一年で12キロくらい減ることになります。日経平均が2万円の大台を回復することに匹敵するほど、ボクにとっては奇跡的なことです。それほどの奇跡をもとめているわけではありませんが、これまでの調子ですこしずつ脂肪を燃やしていきたいです。
 64年前の今日、1945年ですが、大日本帝国が崩壊した日です。実際の崩壊は、もっと早くから起こっていたとも言えますが、せきをきったように瓦解しはじめた日が64年前の今日。『「大日本帝国」崩壊』は、1966年生まれの学者によるユニークな視点から書かれた本です。日本、朝鮮、台湾、満州、樺太、南洋群島といった「大日本帝国」の最前線が、1945年8月15日の敗戦をどのように迎えたのを記述することによって、この帝国の本質を探ったものです。「帝国崩壊を決定づけた1945年8月15日の前後におきた歴史が、現在もなお影響を与え続けているといえ」る(231ページ)からこそ、この本の存在理由があるのかと思いました。

桃太郎の国訪問

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 昨日は午後から岡山訪問。早朝の地震の影響で新幹線ダイヤはボロボロになっていて、午後3時過ぎ、とにかく乗ることができる「のぞみ」で一番早いものに乗りました。ところが岡山到着は大幅に遅れ、着いたのは午後8時前。試験会場の皆さんとの懇親会には1時間遅れで参加。松山経由で参加した社員のHさんは影響も受けず時間通り参加できてよかった。
今日は、午前、午後と5つほどのお取引先を訪問。そのうちのひとつは初めて訪問した倉敷。残念ながら、大原美術館は前を通っただけ。またいつか来ます。
 昨晩の懇親会にご参加いただいた皆さん、本日快くお迎えいただきました会場の皆さん、ありがとうございました。

 午後6時3分岡山発の「のぞみ」は、東京駅に9時半に到着。昨日は4時間半以上かかりましたが、スケジュール通りだと3時間半で東京、岡山は結ばれているということですね。
 行きの新幹線では、
『会社は毎日つぶれている』(西村英俊著、日経新聞社刊)、帰りの新幹線では、『ヨガから始まる_心と体をひとつにする方法』(ケン・ハラクマ著)を読む。西村さんは、日商岩井とニチメンが合併してできた双日の初代社長。大企業の社長へのメッセージが多いかもしれませんが、われわれ中小企業の経営者にも参考になるメッセージ、心がまえが含まれています。ヨガの本の著者は、日本のヨガのリーダーのお一人だそうです。この方が、食事や睡眠に関して実践されていることは、ボクも、その方向に向かっています。早寝早起き、フルーツと野菜を中心とした食事。ただし、この方のレベルには、まだまだ遠いですが。

「力」なくしては、愛する人を守れない。『村田良平回想録・下巻』

 同胞二人を救うために、北朝鮮に乗り込んでいったクリントン元大統領のニュースを聞いて、力なくしては、国際社会において自国の利益、自国民を守ることはできないことをあらためて痛感します。そして、先日、アメリカから帰る機内で読み終えた、『村田良平回想録』の下巻のことを思いました。副題は、「祖国の再生を次世代に託して」。上巻については、先日このブログでご紹介しました。
 村田さんは外務省の事務方のトップである事務次官、および駐米アメリカ大使を経験され、1994年外務省から退官された方です。この本では、ご自分のご意見を非常にはっきりと述べられていて、その一部は、「身内」であるはずの外務省の方たちからも、批判的に受け止められているのではないかと想像します。事実関係の認識、人物や歴史的出来事に対する評価においても、村田さんのご意見には賛成されないかたも多いのではないかと思いながら、下巻を読み終えました。
 ボク自身も、村田さんのご意見には、必ずしも100%、賛成というわけではありません。また、お使いになられている表現や言葉使いにも、お気持ちが上滑りしているところを感じます。が、以下のようなお考えには、これまでの自分自身の経験を振り返ってみても、基本的に同意します。(お使いになられている言葉には一部、賛成しかねるところもあります)
1 日本国民が独立心と自尊心を持つこと。それらを失うことは、奴隷根性である。
2 日本の憲法の平和主義は現実からの逃避である。
3 日本の国益とアメリカの国益が類似、あるいは同一である必然性は何らない。
4 日本がこれまで平和でありえたのは、憲法9条のおかげではなく、冷戦が朝鮮半島やベトナムに留まった幸運、アメリカの戦力の存在、日本が島国であり、日本の海上輸送のシーレーンがアメリカその他の国の力のおかげで、攻撃に会わなかったことによる。
5 戦後、アメリカ軍が日本に当然のことのように駐留し、日米政府も国民も、そのことに鈍感になってしまっていることは、異常である。
6 世界経済の大きい部分を支えている日本の技術能力を維持向上すること、日本が学問分野で高度の知的業績を誇りうる人材を輩出すること、道義に支配されている信頼できる社会であり続けること。
7 アメリカは、ロシア、中国とは別の意味で、日本とは著しく異なる社会を持ち、アメリカ人は、独得の価値観を信じていることを理解するべし。
8 中国、韓国がその歴史をどう書くかについて、我々は基本的に寛容であるべきであるが、先方にも同じ精神を求めるべきである。
9 厳密な証拠のある事実は歴史の一定部分である。残りは永久に完全に究明できず解釈にとどまる。
10 自国の歴史を学ばない民族は亡びるし、他国の歴史を学ばない民族は衰えてしまう。

 64年前の今日、広島に原爆が落とされました。核兵器に関する村田さんのご意見(「英国あるいはフランスと類似の、潜水艦による極めて限られた自前の核抑止力を保有するのが最も正しい途であり、アメリカの核の傘への信頼は、北朝鮮問題の処理によってすでに地に落ちている」)は、非常に議論を呼ぶものだと思いますが、「四国ほどの大きさしかないイスラエルが、NPTに加入せず、40年以上前からフランスの協力を得て核兵器国となっていて、かつ、アメリカの最重要な同盟国である。ものごとはまず既存の前提を一度ないこととして第一歩から考えてみることが肝心だ。」という考えには、賛成します。戦略を考えるにあたっては、タブーを作らず、あらゆるシナリオを考慮すべきだと思います。
 64年前に敗戦として終わった戦争を振り返ったとき、当時のエリートたちに対して残念に思うと同時に怒りさえも感じることは、なんと井の中の蛙であったことか、なんと国際社会、国際政治を分かっていなかったのかということです。あの頃と同じ間違いをおかさないために、とかく忘れがちな歴史を、ボクらレベルでももっと勉強すべしだと、信じています。

追記
村田さんは、駐米大使のあと例外的に駐独大使も勤めていらっしゃいます。(通常は駐米大使は「あがり」のボジション。)
回想録の中にも、ドイツに関しての記述が多いのですが、日本はドイツから学ぶことは非常に多いのではないかと思います。今日本ではやりの地方の自立、地方分権のテーマにおいて、あるいは敗戦国としての立ち振る舞い方に関しても、ドイツは日本よりもずっとバランスがとれていて、また着実に責任を果たしてきているように見えます。

アメリカでも村上春樹

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泊まったホテルから歩いて10分ほどのところにあるボクが大好きな書店、Strand。ニューヨークでも最大規模の新刊と新古本を扱っている書店です。ブロードウェイと14丁目の角にあります。86年の夏、ビジネススクール在学中、ニューヨークのバンカーズトラストでインターンとしてお世話になった時、12丁目のアパートを借りた時から通っていた本屋です。
入り口に近い小説のコーナーに4、5冊の村上春樹の翻訳がありました。書店の店員の手によるメモ書きも付け加えられてありました。(写真をクリックしてください。赤枠のメモ書きです)村上春樹以外では、桐野夏生さんの作品も置いてありました。

『無印ニッポン』(堤清二・三浦展共著、中公新書)

 時差があるとどうしても夜中に起きてしまい本を読んでしまいます。『無印ニッポン』は、セゾングループの総帥だった堤清二さんと、その堤さんのセゾングループに大学を卒業して入社、雲の上の存在だった堤さんと初めて会った作家、三浦展さんのふたりによる対談。堤さん(1927年生まれ)と三浦さん(1958年生まれ)とは、親子ほどの年の差がありながら、副題にある「20世紀消費社会の終焉」とともに、現在とこれからの日本の消費と消費者について、自由に語り合っています。各章のテーマは以下の通り。
 1「アメリカ型大衆消費社会の終わり」
 2「戦後日本とアメリカ」
 3「無印ニッポン」
 4「日本のこれから」
 (ビジネスの)「24時間化が日本人の暮らしをすごくゆとりのない、貧しいものにしたと思います。これがわたしのファスト風土論のテーマの一つでもあります。(中略)正月も休まず24時間営業となると、働く方は生活が解体していく。買う方も、生活にゆとりや落ち着きが、かえってなくなっていく。生活を愛せない人が増えたと思うんです。」(三浦)
 「他人と違うということに耐えきれるのは、ごく少数の人だけでしょう。ふつう、どんな人でも、ローカリティに支えられて、その上で個性を保っていると思うんです。そのローカリティの部分が根こそぎになって、浮遊してしまっているのが、現在の日本人ではないでしょうか。ただ、根無し草では不安だから、拠り所は求めていて、それでいきなり『日本』に飛んでしまう。」(堤)
 この対談は、三浦さんの『下流社会』を読んで、新しい才能を感じたという堤さんからの依頼で実現したもののようです。読売新聞に連載されていた堤さんの「叙情と闘争」にもでてくる逸話もあり、経営者・堤清二に関心を持つボクにとっては、非常に面白い対談でした。
 

『悲しみは憶良に聞け』(中西進著)_山上憶良はボクらの同時代人

 さきほどマイクロソフトオフィス世界学生大会が明日からある、カナダのトロントに着きました。シカゴ経由で来ましたので、成田をでて16時間ほどかかったように思います。
 タイトルの本は、シカゴまでの機内で読み終えた本です。日本を代表する万葉集の研究家による、万葉歌人・山上憶良に関する一般書です。7世紀後半から8世紀前半に生きたこの歌人をとても身近な存在に感じさせてくれる本。
 山上憶良が朝鮮半島百済に生まれ、4歳で父親とともに日本に来た「在日」という生い立ちを持つという視点からの「在日・帰国子女の悲しみ」から始まって、当時の「都会人としての悲しみ」、「インテリとしての悲しみ」、「ノンキャリア公僕としての悲しみ」、「貧乏としての悲しみ」、「病気の悲しみ」、「老いの悲しみ」、「望郷の悲しみ」、「愛と死の悲しみ」などのテーマで、憶良の歌ととに、この歌人の生涯を紹介してくれます。
 この本を読むと、1000年以上も前の日本で生涯を送った人たちが、ボクたちの同時代人であることを、強く認識すると同時に、万葉集に対する興味をあらためて持つことになります