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チベットへの想い

社会人類学の中根千枝先生のインタビュー記事が面白かった(朝日新聞朝刊で9回にわたって連載された)。最終回では以下のようなお話が。
「標高3千メートルもあって、気候も厳しい。よくここで人間が生き、文明が生み出されたものだ、と感じました。チベットは弱い人をかばう社会でした。人口を維持することが難しい環境だからでしょう。日本はその点、放っておいても人口が増えたから、弱いものをいじめるわね。」
このインタビュー記事では幾度となく先生が若い学究生だった頃からのチベットへの熱い想いが語られていて、その情熱に感心した。2年前、88歳の時には、いいアイデアが浮かんで十時間ぶっ通しで論文を書き、首を痛めた、というお話もあった。「論文が書けなくなったら終わり」だとも。
日本は今人口減少社会になり、将来への悲観的な見方ばかりだけど、先生がおっしゃる通り、もっと人を大切にする社会になるのであれば、決して悪いことではないとも思う。今であればいわゆるブラック企業だし、かつては戦争で兵隊たちの命がどれだけ粗末に扱われることがあったのかということだし、一部に言われるほど日本は人を大切にしてきた国家だとは思わない。
ただ、一つ付け加えるとすれば、チベットのように中国に支配される国に、日本がなることは望まない。それこそ、人が溢れるほどいて、人の権利を大切にしているとは到底見えない国に支配されたあかつきには、これまで以上に日本人が大切にされるとは想像できないからね。

歴史はこうやって変わっていくのだろうか?!

先月24日に判明したイギリスのEU離脱を国民に問う投票結果のインパクトの大きさをずっと感じています。またアメリカの大統領選挙の行方、この間起こっているアメリカ社会の安定ブロックを崩していくさまざまな動きもとても気になることです。
イギリスに関して言うと、BBCの報道番組を見たり、Financial Timesにでている離脱派の意見やこれからへの覚悟などを読んでいると、単なる気まぐれや思いつきで離脱に賛成する票を投じたのではない人たちは少数だったのではないかと思いますし、巨大な官僚組織と化していくEUへの大いなる異議申し立てに共感も覚えます。
離脱はまだ決まった話ではなく、最終的な結末が決まったわけではありませんが、イギリス国民が、またイギリスの政治家たちが、どのような行動をとっていくのか、興味津々です。
ソビエト連邦が崩壊したときにはこれほど自らのこととは感じませんでした。モスクワでのトランジット以外ではロシアに泊まったことはありませんが、ロンドンは何度も行ったことのある都市です。
歴史はこうやって変化していくのかと、感慨深く傍観しています。

Enough Is Enough.

Enough is enough! もううんざり。
アメリカで続発する拳銃乱射事件。また14人がカリフォルニアで殺されたるという事件が起こった。
感謝祭の翌日、年末商戦のスタートを飾るセールの日、一日での拳銃販売が最高を記録したという記事もある。
いったい、アメリカはどうなっているんだ!

これだけの多くの乱射事件が起こっても、全米ライフル協会は銃規制に反対。
アメリカ社会の拳銃に関する考え方だけは、絶対に受け入れられない。
護身のために拳銃を持たないといけないという恐怖にとらわれた社会には住みたいとは思わない。

アメリカ、シリア、パレスチナ、アフガニスタン、スーダン、イエメン、ウクライナ。世界は暴力に溢れている。
もちろん日本にだって暴力の目は至る所にある。
暴力に覆われる世界には住みたくない。

変えようのない「国の習慣」

アメリカのヴァジニア州で、テレビ中継中のレポーターとカメラマンが、同じ地元放送局につとめていた元同僚に射殺される事件が起こった。
殺されたふたりは白人で、殺害後自殺をした犯人は黒人。過去この放送局に勤務していた頃、人種差別に関して繰り返し行った刺激的な発言のため解雇され、そのことを恨みにもっての反抗と言われている。
銃社会と人種差別、アメリカの持つこのふたつの「宿痾」だけは救いようがないように見える。人間にどうしても変えられない「習慣」があるように、国にも、どうしても変えようのない「習慣」というものがあるということだろうか?もちろん、日本には日本の、哀しいほどの宿痾といえる「国の習慣」があるんだけども。

銃社会アメリカの持つ暴力性、破壊性が恐ろしい。

自国の立場からだけの物語はもういらない。

今日の朝日新聞夕刊に、国際政治学者の藤原帰一さんが、日本、韓国、中国ともに、過去の歴史を自国の立場(特に、犠牲者としての立場ということ)からのみ論じる状況にあること、それでは歴史問題は解決の糸口さえも見つけられないだろうという趣旨のことを書かれている。まったく同感だし、常々、この3国の政治家たち、そして政治家たちが、時には利用し、時にはおもねる対象である、偏狭的なナショナリズムあるいはナショナリズムに逃避している一部国民には、うんざりしている。

ナショナリズムや、自国のみ正しい、あるいは自国だけが犠牲者だという感情は、まったく「未来志向」じゃない。
過去の間違いを正面から見る事は決して心地よい話ではないし、しんどい思いもするのだけど、相も変わらず、自国内の矛盾や問題から目をそらさせるために歴史問題を持ち出すのは、この3国の政治家たちに共通する、自国民に対する誠実さのなさと自国民の知的能力をバカにしている証拠だとさえ思う。

藤原さんは今日の文章のタイトルとして、『歴史問題_「国民の物語」を超えて』とされていた。自国の立場からだけの歴史物語はもう十分だ。

「グローバル化」の風景

今日の日経新聞朝刊に出ていると思うのですが(まだ目を通していません。明日会社にでる予定なので、そのときチェックします)、先日、日経新聞の方にインタビューいただき、グローバル化について、すこしだけ意見を言わせていただきました。さまざまな意見が出ているこのテーマに、ボクのような浅学なものが加わる資格があるのかどうか、あまり自信があるわけではないのですが。

ちなみに、Giftという文科省と外務省が協力しているプロジェクトに、以下のような応援メッセージを出しています。ボクの「グローバル化」についての考え方の一部は、こんな感じです。http://j-gift.org/message/

大阪市長が、刺青をしている職員に対して、非常に厳しい態度で望むということを表明して以来、日本国内では刺青に関して、新たな関心が高まっているのかもしれません。海外では、ファッション、あるいは一つの自己主張として、刺青をしている人が増えたなと思います。それらは「刺青」というとちょっと違っていて、「タトゥー」というのかもしれませんが。

先日、あるホテルで、「タトゥー」をしたアジア系の人がいました。プールのジャクージで見かけたのですが、この人が日本人であったら、ホテル側はどのような対応をしたのだろうかと、ふと思いました。よく温泉や銭湯では、刺青をした人はお断りと、はり紙が貼ってあります。日本語が読めない外国人には、日本語だけでは意味をなさないわけですが、このメッセージを英語にしているところには、滅多にお目にかかったことはありません。海外の客を中心としたホテルでは、このようなはり紙を出すことは、最初からないのでしょうか。

上得意の外国人が、「タトゥー」をしていた場合、ホテルや温泉旅館などは、見てみぬ振りをしているのかなと想像するのですが、どうなんでしょうか?これも「グルーバル化」のひとつの現象で、今後、日本国内における「刺青」議論への影響も含めて、どうなるのか、興味があります。

『デフレの正体』(藻谷浩介著)

 本屋に山積みになっている昨年からのベストセラー。マスコミの有名人たちが大推薦という帯の宣伝文句のせいで、当初は逆に読む気はなかったのですが、先月だったでしょうか、日経新聞の夕刊に数日連続ででていた著者のインタビュー記事を読んでおもしろい方だと思ったので読んでみました。その記事で僕がおもしろいと思ったのは、「地方の幹線道路や新幹線などが無駄なのではなく、田んぼの間に網の目のようにはりめぐらせた道路こそが、無駄な投資になっている」という趣旨のご指摘。
 
 この本の中身は、副題に「経済は『人口の波』で動く」とあるように、日本のデフレは根本的に国内の人口動態に基づいていて、好況、不況の波によって起こされているものではないということで、それに関してはまったく反論の余地はないです。同じような指摘は、1980年代終わりか、1990年代の始めだと記憶していますが、人口減少にともなって今後地価は下がっていくと指摘していたある証券会社の創業者の発言と根本的にはまったく同じ指摘だと思います。20年たち、その証券会社の創業者(立花証券の石井久さん)の予言の正しさに感嘆するばかりです。石井さんは1993年9月日経新聞に連載された「私の履歴書」最終回に日本の人口の動向に着目していることを書かれています。

 本質的なことは時にあまりにもシンプルすぎて、それを認めたくない陣営には受け入れがたいのか。あるいは受け入れてしまうと現在の仕組みを根本的に変えていかないといけない。その結果、今持っている既得権は手放さざるを得ない。ならば、見ない、聞かないの姿勢を貫き通す?

 『デフレの正体』の著者が持っている柔らかい精神というか、押し付けられた「先入観」や「正解」ではなく自分が見て考えたことから自分の意見を組み立てていく姿勢に感心しました。

 また、民間企業は政府の景気対策に頼ることなく、自分たちで経営努力をしていくべきだというご意見にも大賛成です。

 先日、現役経産省キャリア官僚による『日本中枢の崩壊』のことを書きました。この2冊には共通する指摘が多々あります。お二人とも優秀な方々だと思いますが、同じように優秀な人たちが霞ヶ関にはたくさんいらっしゃるはずです。このお二人がかれらとなぜ違うのか。それはお二人が「王様は裸だ」と言える率直さをお持ちだからなのではないかと思います。もっと多くの霞ヶ関や永田町の若手エリートたちが、「王様は裸だ」と叫ぶことができれば、日本のどん詰まり感にもすこしは穴があくのではないかと期待しています。

石井久「私の履歴書」

北陸電力の場合

以下の北陸電力のホームページをどれだけの方がご覧になったことがあるでしょうか?僕は先日初めて知りました。
(以下、同社HPより引用)

事実関係

平成11年6月18日、志賀1号機は、第5回定期検査(平成11年4月29日停止~7月23日起動)のため停止中でした。
同日未明、原子炉停止機能強化工事の機能確認試験の準備として、制御棒関連の弁を操作していた時、
2:17 想定外に制御棒3本が引き抜け、原子炉が臨界状態となりました。
2:18 原子炉自動停止信号が発生しましたが、引き抜けた制御棒3本はすぐに全挿入されませんでした。
2:33 弁の操作により制御棒が全挿入となり、臨界状態が収束しました。
事故後に、所長以下関係者が発電所へ集まって対応を協議しましたが、約2ヵ月後に控えていた2号機着工などに影響があると考え、最終的に所長が外部へ報告しないことを決断しました。
事故に関するデータを改ざんして必要な記録を残していませんでした。

(引用、以上)

最後の文章「データを改ざんして必要な記録を残していませんでした」は、すべての電力会社の体質を表しているのか?

北陸電力HP

60代で若造と言われる国に未来はない。

今日もまた日本の政界は茶番劇。シニアのみなさんもいい加減にしていただきたい。
財界もそうだけど、日本の各界はお年寄りの皆さんがお元気すぎて、60代だとまだまだ「若造」なんて言われるんだから、狂っている。日本ではほぼすべての業界で、50代、60代はまだ若造だなんて言われているのではないか。芸術、建築、学問など、一般には実力の世界だと思われている分野でさえも、「長老」支配が見られるんだから。そんな国には未来はないし、大物はでてこないよ。だから本当に力がある人たちは、日本から出て行く。

戦後日本では成功の結果、世界でも有数の長寿国が実現した。でもいまではこの長寿が日本の最大の弱点になっている。年金、医療費問題もこの長寿の結果の一つ。政界、財界、メディア業界、長老たちが若い世代の成長を抑えていく。引き際を知らず、仕事以外の付き合いや時間の過ごし方を知らない年配者たちが、日本をダメにしていく。

誤解してもらいたいくないけど、70代、80代でも、「個人として」現役で働いている人たちを尊敬している。僕の会社でずっと仕事をお願いしているニューヨークの弁護士は80才でまだ働いている。でも彼は秘書一人の個人事務所。僕はフリーランスや個人事務所で、70になろうと、80になろうと、現役で働いている人たちは尊敬している。かれらはすべての責任を自分で受け止めながら仕事をしているのだから。

こりゃあ、日本は戦時下にあると認識した方がいい。

うちの会社が入っているビルの管理会社(三菱地所ビルマネジメント)から、節電に関する「依頼」が来た。でも実際は、「依頼」ではない。政府からものすごく強烈な要請が三菱地所はじめとするビル会社、ビル管理会社に来ているのだろう。

今年の夏の電力不足に対応していくため、首都圏は戦時下にあることを、改めて認識した。政府が率先してここまで省エネ(節電)に取り組むのは、1970年代に2度あった石油危機の時以来じゃないだろうか。

具体的には、まず事務所内のすべての照明を3割以上は節電する、個別空調は25%くらいは運転停止にする、勤務時間のシフトを変えるなどなど、かなり細かい節電依頼が来ている。これは半端な話しではなくなってきている。

もう首都圏は平時ではない。少なくとも電力に関しては、戦争状況にあると思っていた方がいい。自動販売機やパチンコ屋はなくしてしまえというようなことを、石原さんが言ったことに反発があると聞いているけども、本当にその通りかもしれないよ。これだけコンビニがあり、夜遅くまで空いているのに、本当に自動販売機が必要なのか。多数のギャンブル中毒を生み出してきたパチンコ業界だけど、これをリハビリのチャンスにしては?

まあ、自販機、パチンコ以外にも電力をバカスカ消費しているものはあるだろうから、節電のための検定試験でも始めようか?!節電するために、まずなにをやめるべきか、次になにをやるべきか?それを検定試験で学んでいくっていうのはどうでしょうか?

ネットではなく個人の力による革命。

 北アフリカ、中近東の石油産出国で凄まじいことが起こっている。原油価格は100ドルを越え、一部では220ドル説まで飛び出している。そうなると世界経済に対する影響は計り知れない。しばらく忘れられていた感のある世界経済二番底の可能性も高まってくる。
 チュニジア、エジプトで起こった「革命」が、フェースブックをはじめとするネット上のSNSによってもたらされたという言い方をする人が多い。でも僕は、「ネットの力がこの革命を起こした」というのは違っていると思うし、革命の中心にいる人たちに対して失礼な言い方だと思っている。
 インターネットが主役なんかじゃない。主役は一人ひとりの人間たちだ。現実の社会の中で長年にわたってひどい扱いを受けてきた個々人の情念が起爆剤となって起こしていることであり、やむにやまれぬ状況に置かれたひとたちの死を覚悟した行動が起こしていることだ。インターネットは彼らにとって強力な武器であり、その貢献は非常に大きなものだけど、でも、主役は一人ひとりの人間たちだと思っている。
 永田町の政治家たちは、北アフリカや中近東で起こっていることは知っているけども、自分たちの足下で起こるなんて、絶対に思っていない。でも、名古屋で起こっていることはなんだ?!保守性で知られる愛知県民、名古屋市民が河村さんたちを強力に支持している。愛知県民や名古屋市民は多くの日本国民の感情を代弁していないだろうか?!

 社会を変えていくのは、名もなき人間たちだ。Power to the people!

Revenge of success: the longevity creates problems.

These days, in almost all the meetings I attend, the subject is this: why Japan is in such a mess with no political leadership and how we can change the situation. Tonight, I was at a dinner speech by Koichi Hori (former president of BCG Japan, and HBS graduate) and Professor Emeritus M. Yoshino at HBS (Harvard Business School). Once again the subject was "what's wrong with us"!

Frankly speaking, I am getting tired of this subject.

Tonight I concluded as following. This is the revenge of the success achieved in the post-war period Japan. What's the success? Very specifically, the longevity of the Japanese. The average life expectancy of Japanese is about 80. It is now clear to all of us that it does not mean that the longer we live the happier we become, at least not socially and politically. The longevity has created many problems, or should I say "challenges" to be politically correct. The social welfare is the biggest expense item in the government budget. The government is trying to create all kinds of arguments to increase the sales tax to support the current pension system. This system is so favorable for the elderly people. They get much more than they have paid. Our generation? We are supposed to be close to even, but I do not trust that it will be the case. I pay the pension premium not for myself but for my parents. That's how I persuade myself on this subject.

The generation battle is won by the old. More votes by the old than by the young.

The revenge of success will not be over until the top heavy population pyramid will go back to the "normal" pyramid structure. How long will it take? 30 years? 50 years? Only if Japan can continue as is. Maybe the system will break down much earlier than that.

I wish to see how our country will be in future.

羽田からアメリカに飛ぶのは1976年以来。

 初めてアメリカに行った1976年にはまだ成田空港ができていなかった。飛行機が成田から飛び始めたのは1979年だったと記憶している。昨年、JALを辞めたいとこが勤務を始めたのも1979年だったはず。
 羽田からアメリカに飛ぶのは1976年以来。だからと言って深い感慨でもあるわけではないのだけど。乗る側としては日曜日の真夜中、飛行機に乗るのもしんどい話。もちろん、サービスする側の人たちはもっとしんどいのかもしれないけど。夜中に飛行機に乗る回数が増えてくると、別段大仰なことでもなくなるのかもしれないけど、家族(うちの場合には犬たちを含むのだけど)に「おやすみ」と言って、ひとり空港に向かうのもさびしい話。カイさん(♀の甲斐犬。今月20日が12回目の誕生日)は僕が荷造りをしていると「普段とちょっと違う行動をしている」と警戒モードになる。彼女の第六感の良さにはいつも感心する。
 
 ところで日本相撲協会が春場所をキャンセルすることを発表した。解体して出直しだという声が多くの人たちから聞こえてくるけど、相撲の八百長なんてもう10年も20年も前から噂があった。お互い、持ちつ持たれつの要素があるだろうから、一部でそんなことがあってもまったく驚かない。十両以下の待遇は本当にひどいみたいで、関取(十両以上)になると急に良くなる。J1からJ2に落ちないように必死になるのと同じように、十両から落ちないように、お互い8勝7敗でぎりぎり現状維持で丸く収めようということになるのだろう。でもそんな「談合」って、相撲の世界だけの話しなんだろうか?

 別の意味でも関取たちはたいへんだ。一場所15日間、年間6場所で合計90日、ガチンコでやっていて体はぼろぼろにならないのだろうか?彼らはけがをして万が一引退なんて話しになったら、どんな待遇が待っているのだろうか?

 これだけ世の中の多くの声が彼らに「完璧さ」というか「潔癖さ」を求めていると、あなたたちはどうなの?って聞いてみたくなる。

 チュニジアやエジプトの「革命」はツイッターやフェイスブックなどのネットを使ったコミュニケーションが大きな役割を果たしているということだけど、今回の相撲界の八百長もケータイのメッセージが証拠になっている。ITのおかげでいろいろなことを隠したり、抑えつけたりすることはできなくなっている。相撲界もIT化の大きな流れの中で変化していかざるを得ないということか。

 ラウンジではもう真夜中近くだというのに一生懸命食事をしている人たちがいる。それでも太らない人たちは羨ましい。これからの数日、アメリカで食べないわけにはいかないけど、食べ過ぎないように気をつけようっと。

月額200円の躊躇

 他人の気持ちが、あまりにも透けて見えてしまうことも、時には困ったことだなあと思う。会社の経営者だったら、「今日もいやいや会社に出てきました。早く一日終わらないかな。」なんてぼやいている社員の気持ちが透けて見えると堪らない気持ちになるだろう。夫婦の場合だったら、「この人と何十年も我慢してきた。別の人と結婚した方がよかったのかもしれない。」そんな相手の気持ちは気づかない方が幸せかもしれない。
 ところが日本の総理大臣の気持ちの弱さが、われわれ国民によく見えてしまう。困ったことだなあと思う。こんなことじゃ、外国からなめられるのも当然だ。
 最近で言うと、菅
総理のぐらぐら揺れる気持ちがあまりにも透けて見えてしまう。月200円の公的年金の減額(法律では物価が一定水準を下回れば減額されることが決まっている)でさえも、高齢者の選挙での反発を恐れてなかなか決められなかった。毎年一兆円ずつ増え続ける社会保障費を背景に、菅さんは今月の10日、社会保障と税制の改革は「一刻の猶予も許されない」と言ったばかりなのに。
 月額200円の減額(基礎年金の満額受給者の場合)でさえもこんなに躊躇する人に、一体、どんな改革ができるというのだろうか。
 政治家の方々は、選挙に落ちてしまうと「ただの人」。なかには借金を抱えてしまっている人もいるから、「ただの人」ではなく、「マイナスの人」になってしまう。日本の政治家をやっても、それほどお金が貯まるわけではなさそうだから、経済的に余裕のある人でないと、たいへんだろうなと思う。どうやって次の選挙に勝つか、それが多くの政治家の頭の中にあることだ。ある政治家の方から聞いたことによると、国会議員が考えること、やることの8割が次の選挙のことじゃないだろうか、って。
 僕は基本的にノンポリなので、特定の政党を応援しているわけでもない。政治も、国というひとつの組織の経営という面から考えることが多い。経営対象となる組織はできるだけ小さい方がいいと思っている(政府は小さければ小さいほどいい!)。あれもこれもと高望みしないで、シンプルに、できるだけそれぞれのメンバーに自分で体を動かしてもらった方がいい。既得権は作らない。毎年ゼロベースで考えてみる。
 オーナー企業の経営者の立場と、たとえ日本の総理とは言え、「雇われ総理」みたいな人の立場が違うのはわかる。「雇われ」の立場では、たとえ必要なことが分かっていても、反対が強い改革は難しい。きっと月額200円程度のことで躊躇する政治家には大した改革はできないだろう。
 そして国民についてはこんなことが言えると思っている。月額200円を恨んで改革に反対するようでは、きっと近い将来に、その1000倍、あるいは1万倍くらいのしっぺ返しを食らうことだろう、と。
 

ショッキングなこと。

 最近、ちょっとショッキングなことがあった。2年くらい行っていなかった都内のレストランとカフェが、どちらも通常営業を止めていたこと。レストランは前日まで予約をしないと食事ができず、予約がないと閉店状況。店員の数も大幅に減らし、結婚式の2次会やパーティなどに会場を貸すことを中心にしているとか。カフェは僕が大好きな映画(「バベル」!)でも使われたところなんだけど、ここもイベントやパーティなどへの貸出しの場所に変わってしまっていた。どちらも人件費や在庫などの固定費を抱えてやっていけなくなったということだろう。

 街を歩くと、「すべての商品270円」「飲み放題500円」なんて居酒屋の看板や、やたら駐車場が目立ったりする。クルマに乗る若い人は少なくなっているというのに。

 これがデフレということかと、恐ろしい気持ちになった。
 
 今朝の朝日新聞に、天野祐吉さんがケータイゲームのCMがやたら多いと書いていた。「ぼくもゲームは好きだ。ゲーム歴も長いし腕も立つ。だからケータイゲームにも、よくできたものがあることは知っている。が、CMがこんなに多いのは、やはり異常だと思う」と。

 ケータイゲーム、パチンコ・パチスロ、そして低料金の居酒屋しかはやらないなんて、異常だ。まだ経済がまわっているように見える東京でさえもそうなっているとしたら、恐ろしい状況だ。いや、もしかしたら、お金を持っている中高年やシニアには関係ない話なのかもしれない。だって、丸の内や銀座を歩いていると、日本は本当に不況なのかと聞きたくなるから。

 天野さんのコラムはこんな言葉で終わっていた。「もちろんケータイゲームにも、ゲーム仲間の連帯感を生む効用はあるだろう。が、ケータイそのものが持っている人間的な可能性を、もっと面白く感じさせてくれるようなゲームやCMはできないのか。ケータイが泣いているよ」

 カネがないと言っている若い人たちに話を聞いてみても、ケータイにはそれなりのカネを毎月払っている。ケータイないと友達を確保できないし、就活もできないということなのかもしれないけど。「なにが生きていく上で大切なのか、もう一回出発点に帰って考えようよ?!」なんて言ってると親父のお説教になってしまうかもしれないけど、日本で一人であったとしてもそれは言い続けたい気持ち。

 レストランの話から始まってケータイの話になってしまったけど、いまの日本って、かなりショッキングな状況にあるかも。それに鈍感になっているとしたら、それもまたショッキング。

西麻布でお話をさせていただきました。そばの中国大使館前では大規模デモ。

 ある方が主催されている学生と社会人向けの勉強会でお話させていただきました。東大、早稲田、慶応などの学生と、幅広い年齢の社会人の方々の集まりでした。皆さん、問題意識の高い、真剣に仕事のことを考えている方々でした。
1時半に始まり、途中の休憩を交えて5時までお話と質疑応答。その後、テレビ朝日通りにあるピザ屋さんで懇親会。

 テレビ朝日通りにはなにがあるか? 中国大使館です。
 日本のマスコミでは一切、取り上げられていませんが、尖閣列島をめぐり東京でも大規模なデモが行われています。懇親会があったレストランから中国大使館まで200メートルほどの距離で、レストランの前の歩道には、1時間以上たっても切れないほどの人の列が続いていました。警察の警備がしっかりしていてかなり統制のとれた行進でした。家に帰ってネットでチェックすると、5800名程度のデモだという話があります。

 ボクは懇親会を途中で失礼しました。帰りの車で聴いたNHKラジオの7時のニュースでは、中国各地で行われた大規模デモのことを報道していましたが、中国大使館前で行われていた日本側の大規模デモについては一切報道がなされていません。
 ただし、海外メディアはこの東京でのデモのことを報道しています。
 日本のメディアの自制、政府からのコントロールもあるのかと想像します。今、中国問題において感情的になることは決して得策だとは思いませんので、メディアが自重あるいは自己規制することもわからなくはないのですが、海外では東京におけるデモのことが、かなり報道されているということくらいは、知っておいたほうがいいかと思います。

政治に不満があるのなら。

 政治に不満があるのなら、自分がすこしでも共感を持てる政治家を見つけ出し、1000円でいいので寄付してみてはどうでしょうか?きっと彼らはあなたにすごく感謝をすると思います。たとえ1000円であったとしても、ものすごく感謝してくれて、やる気になってくれると思います。だって、おカネを配れという人は多いみたいですが、見返りをもとめるわけでもなく、たとえ1000円であったとしても、サポートしてくれるひとは少ないみたいですから。
 別に政治家の味方をしたいわけではありませんが、ある意味、政治家ほど割にあわない仕事もないのではないかと思います。マスコミはすぐに「政治とカネ」のことを言いますが、「マスコミとカネ」だって、たたけばホコリはでてくるでしょう。
 確かに、それでも立候補したい人はいるので、やりがいというか、魅力というか、もしかして、うまみもあるのかもしれません。でも政治は大切だと思います。だからしっかり仕事をやってくれる人を選び、応援したいです。政治は三流でも経済は一流だなんて言ってたのは、90年代始めまで。今では経済だって三流だと海外では見られているような気がします。
 ケネディ大統領は、「国がなにをやってくれるかを求めるのではなく、自分自身が国のためになにができるかを問いなさい」と言いました。ケネディのファンは日本にも多いけど、この言葉を実行している人は少ないと思います。それが日本の現実かもしれないし、それだから日本は三等国家に落ちていっているのかもしれないです。
 クロイヌはそんな日本にはなってほしくないと思っています。ケネディの言葉は、クロイヌにも発せられていると思っています。

クーデター

 非常に不安定な世界経済、無為無策の政治。1930年代の日本のような状況にあるのではないかと思う事があります。ただ、1930年代と現在の日本の大きな違いのひとつは、軍部の突き上げの有無です。自衛隊には知り合いがいませんし、リーダー的存在がいるのか、血気盛んな中堅、若手たちがいるのかどうか、まったく知識はありません。ただ、れっきとした軍である自衛隊からは、当然と言えば当然ですが、いっさい、政治に対する声が聞こえてきません。誤解のないように書きますが、それを期待しているわけではありません。
 政治が今のような状況にあると、国によっては、軍部がなんらかの動きをとることがあります。欧米先進国ではありませんが、途上国の多くでは見られる現象です。そういう意味では、日本は先進国というべきか。
 多くの政治家は自らの損得勘定、特にポスト、選挙での当選、それらには本当に必死に見えます。落選の恐怖はものすごいものがあるのだと想像します。ですが、軍のクーデターやテロリストの襲撃を心配する必要がない日本の政治家は、ラッキーかもしれないです。

今回の口蹄疫の感染源の特定化はどうなったのか?

 櫻井よしこ著『日本が犯した七つの大罪』(新潮文庫)のなかの「狂牛病対策はなぜ遅れたか」という章の中に、いかのような文章を見つけました。ちなみにこの文章が書かれたのは、2002年1月。
 「だがこんな日本政府の後ろ向きの対応(注:BSEの感染源を特定しようとはしない後ろ向きの姿勢のこと)は初めてではない。2000年に、92年ぶりの発生をみた口蹄疫の時も、同じあやまちの構造の中で事は推移した。2000年3月に宮崎市東部の富吉地区で、珍しい症状の牛を獣医師がみつけた。約10日ほどの観察ののち、彼は口蹄疫を疑い家畜保健衛生所(家保)に報告した。」(中略)
 「正確に診断した獣医師の早い動きによって、このときの口蹄疫は、その後、北海道の牧場で発生しただけで終わった。本来なら、口蹄疫を見つけた獣医師の舛田利弘氏は大いに感謝されて然るできだ。しかし、家保はなんと舛田氏を事実上封じ込めたのだ。家畜の診療をやめて平たくいえば自宅蟄居せよということだ。彼に対しては『余計なことをした』『黙っていればよいものを』という類いの非難が集中し、診療も制限され収入も激減した。」
 「また、口蹄疫のウィルスの感染経路も調査されなかった。複数の普及員は中国産のワラが原因としか思えないと指摘する。このままでは、再び必ず日本に口蹄疫ウィルスが入ってくると彼らは警告するが、農水省も厚生労働省も、『感染源が特定されないことは大きな問題か』と述べた武部農水大臣と同じメンタリティで、感染源の特定も結果としてできず、また、しなかった。全てが同じ精神構造なのだ。」
 この文章を読んでいると、10年後、宮崎で口蹄疫被害がでたことは、決して不思議なことではないと思えます。今回も口蹄疫の感染源は特定化されずに終わり、また同じ悲劇が繰り返されるのか。科学的精神の欠如、世の中の空気で動く行政。櫻井さんに言わせると、「アマチュアのなせる無責任の極致であるといえる。」

すごいところまで来ている高齢化社会。

 ずっと「振り込め詐欺」が不思議だったけど、今回、全国各地で発覚している高齢者の所在不明の話、これも不思議。この前NHKでやっていた「無縁社会」とつながる話だし、長寿社会の基礎になっている統計が信頼できるかどうかにも発展しかねない話だ。
 100歳を超える老人の行方を、80歳になろうとしている「子ども」たちに聞いて回る自治体の人たちの話がニュースになっているけど、日本の高齢化社会って、もうすごい段階にまで行ってしまっているよね。これからどんどん「奇譚」があふれでてきそう。
 戦後の日本社会は、ずっと「死」を見えないところに押し込んできたけど、死後20年、30年、ミイラ化した死人たちが、戦後の日本社会の在り方を考えなと静かに叫んでいるかのよう。

追記
8月4日現在、100歳以上で所在不明の高齢者が全国で56人。

新入社員と総理大臣

昨日ご紹介した河合薫さんの「切りたい社員を生む、大人の勝手と新人の甘さ」を読んでいて、浮かんだこと。
新入社員を見る目で総理大臣を見ないといけないんだ、ということ。新入社員を粘り強く育てることと同じで、僕ら国民が総理大臣も育てないといけないのかも。最初から理想的な新入社員なんているはずがないのと同じで、理想的な総理大臣だっていないみたいだし、見つかりそうな気配もない。アメリカ国民が、あれだけ熱狂的に迎えたオバマをある意味バッシングしているのを聞くと、現代の民主主義って、なんて我慢強さがないのか、って思えてもくるし。
だから、新入社員を育てるように、総理大臣も育てないといけないのかもしれない。
ちょっと情けないというか、寂しい感じもするけども。

国家のリーダーの給与水準。

一億円以上の給与をもらっている上場企業の役員たちの氏名と金額が公表されるようになり、話題になっていますが、雑誌Economist におもしろい記事がでています。
首相や大統領たちの年収が、その国の一人当たりGDPの何倍あるかをグラフにしたものです。ケニヤのリーダーは別にして、一番に来たのがシンガポールの首相で、一人あたりGDPの40倍を越える、218万ドル、約2億円(!)の年収です。
日本の首相は、27万ドルで一人あたりGDPの10倍以下。
ボクは、日本の首相の給料は低いかなと思っています。日経平均2万円達成なんてことを実現してくれたなら、特別ボーナス20億円でも日本全体の経済と福祉から見ると、安いものです。夢ある社会の実現は、まず経済を良くすること。バブルの時期は、それがはかない、底の浅い夢だったとしても、いまよりかは夢があったかもしれません。

Economist 記事

あいまいさ、おおらかさ、コンプライアンス

 日本って、西洋諸国と比べると「あいまいさ」が強いとよく聞くのですが、実際はどうなんでしょうか?意思決定のプロセスが「あいまい」、判断基準が「あいまい」、自分の意志表明が「あいまい」。そんなふうに日本のあいまいさは使われるような気がします。往々にして、否定的な意味合いで。
 あいまいさと社会のおおらかさとは関係ないのでしょうか?生きていく上で、白黒はっきりさせることが難しいことが多いのも確かで、第一、自分の気持ちや考えをはっきりさせることも時には難しい。自分の気持ちがわからないということもあれば、はっきりさせることがいろいろな事情で難しいこともある。付き合いたくない人とも、いろいろな事情でつきあわないといけないこともあるかもしれない。
 こんな言葉もありました。「清濁合わせ飲む」。人物の大きさやおおらかさを形容する意味で使われることがあります。
 相撲の世界の賭博の記事を読んでいると、清濁合わせ飲むことは、相撲界においては難しくなって来たようです。「相撲界にもコンプライアンスが入って来たね!」。
 このコンプライアンスというカタカナ言葉も、日本語でちゃんと定義されているんだろうかと思います。ひどくあいまいに使っていない?!基本的に、カタカナ言葉を意味なく(あるいは元々の言葉の意味を知らないで使うことに)反対です。このコンプライアンスというのも、わかったようでわからない。
 企業社会はこの「コンプライアンス」のおかげで窮屈さを感じている人が多いのではないかと思います。日本社会はアメリカが言い出したことを表面的には素直に聞く傾向があるので、このコンプライアンスについても、実は面従腹背のくせして優等生ぶっているような気もします。「本場のアメリカ」以上に時には自分自身をがんじがらめにしたりして。そのくせ、あるところではおおざっぱさやずさんさは残っているんですけど。木ばかりに気をとられて、森の全体は見る余裕も意識もなかったり。
 相撲界も興行の世界にどっぷり浸かっている訳で、歴史的に見て、その筋の方達とのおつきあいには非常に深いものがあるはずです。熱烈なファンが多い関西発の女性だけのレビューだって、興行の世界が持つ歴史からは自由でないと聞いたことがあります。
 どちらにしろ、社会の中でいろいろなことに白黒つけないといけない(少なくとも表面的には)、建前を通さないと行けないということが増え、だんだん、おおらかさは減って来ているような気がします。ただでさせ相撲界に入る日本の若者が減っているなか、ますます減っていくのかな?

 この文章も、あいまいな、だらだらしたものになってしまいましたが、そこはおおらかさをもってお読みください。内容に関しては、特にコンプライアンスに引っかかることはないと思いますし。

政治家は四半期ごとに評価されているみたい。

小泉さん以降、日本の総理のいすは暖まることがない。海外のメディアからも、日本の総理は回転ドアのように落ち着かないというようなことを書かれています。最新のイギリスのエコノミスト誌の特集は、"Leaderless Japan"。

かつて日本企業の評価が高かった頃、日本の企業経営者や評論家たちは、「アメリカ企業がうまく行かないのは、短期的な視野しか持たないからだ。彼らは四半期ごとに株式市場で評価されるので、長期的な観点に立った意思決定ができない。」みたいなことを言っていました。
でも、今の日本って、そんな感じになっていませんか?すくなくても政治においては。各種メディアはこれでもかというほど世論調査を行い、支持率の上り下がりを大げさに教えてくれます。なんか株価の変動みたい。それがなんとなく国民意識にも影響を与えていると思うし、山本七平じゃないけど、世の中の「空気」がそうやって決まって行くみたいな感じもします。
あれだけ長期的視野に立った経営や意思決定を自慢していた日本なのに、四半期ごとに世論調査の形で業績評価を受けているのが政治家のような気もします。

この前塩野七生さんの「日本人へ_リーダー編」のことを書いたけど、その中に、日本人やメディアはもっと政治家を育てようという気持ちを持った方がいいという主旨のことを書かれていました。人間は期待されていることを知るとしばしば成長すると思うし、それは政治家の先生方だって同じだと思います。もしかして、政治家は普通人以上に、期待に応えたいという気持ちを持っているかもしれない。

中国女工哀史

中国の下請け工場で自殺が頻発したり、ストライキが発生したりしていると聞きます。背景には以下のような状況。

今日のFinancial Times 社説で紹介されていた話。

China Daily紙が報じたところによると、「中国の国内総生産GDPで、賃金への分配率は、この22年間連続して低下している。1983年の57%から、2005年には37%までその比率は低下した。」

中国国内で、地域的にも、また階級的にも富の分散があまりにもバランスを欠いているということはよく聞きます。

日本は世界でももっとも社会主義的な国で、中国はもっとも資本主義的な「人民共和国」。

外交問題評議会シーラ・スミス発言「辺野古案は無理」

先日、サッカー日韓戦のあと、ひさしぶりに見たニュース番組で紹介されていたアメリカ人外交専門家の意見。このかたの話し振り、滑らかに出てくる地名、日本人名を聞いていると、沖縄のことはかなりお詳しい印象を持ちました。こういう方の意見はマスコミではあまり紹介されません。常に鳩山首相の手際のまずさ、ぶれを叩く記事ばかり。決して鳩山さんを擁護しようなんて考えている訳ではないですが、これを機に、防衛のこと、沖縄のこと、本当に海兵隊員が沖縄に必要なのか、彼らの役割は本当はなんなのか?そんなことをもっと知りたいです。
日本が連合国側の占領から「独立」してもう60年だというのに、まだまだアメリカに占領されていた頃の仕組みを、日本人自身が唯々諾々と受け入れているようにも思います。




YouTube: シーラ・スミス女史:「辺野古案は無理」

新党を作ってもらいたいと思っている人。

 このごろ、新党設立ブームで、昨夜は舛添さんも新党設立を発表されています。坂本龍馬になりたいという方は多いようなのですが、みなさん、「私心」が透けて見える方が多いので、どうもいまひとつ心が躍りません。坂本龍馬だって、司馬遼太郎のおかげでひとつのイメージが出来上がっていますが、「風のようにさわやかな男」だったのかどうか、真実はよくわからない。まあ、それでも龍馬はいいなと思ったりもしています。
 で、僕はこの先生に新党を立ち上げてもらえればいいなと、まったく実現性ゼロのことを考えています。
90年代の前半から養老先生のファンで、本はかなり読みましたし、講演を一度お聞きしたこともあります(90年代半ば、先生が今のようなマスコミデビューを果たされる前後)。一昨年は偶然、小社のオフィスが入っている新東京ビルあたりで、よれよれのコート姿を拝見したこともあります。
 養老先生なんて、虫取りの時間の方がずっと大切で、政治にはあまり期待もされていないし、興味もお持ちではないと思うのですが、この程度の「常識」を基本理念にした政治を行ってもらわないと、本質的な社会改革(とまで言わなかったとしても改善)はできないし、本当の意味で一人ひとりの生活もよくならないと思っています。スローガンと言っても、投票する人に対しての期待というか、要求だから、投票する側に受けるかわかりませんが。きっとそんな理念を掲げる政党からは誰も当選しないでしょうね。
 党首は養老先生で、副党首は鈴木孝夫先生(慶応文学部の名誉教授で、野鳥のファン)ですかね。鈴木先生は本格的なエコロジストだから、これまで以上に、本が読まれてもいいと思うんだけど。
「甘ったれるな!中年」

A Strategy Minister With A Strategy

日本の政治家に関して、めずらしくお褒めの記事。(イギリスのエコノミスト誌)

「戦略を持った戦略担当大臣がいた!」という当然と言えば当然のことに驚いたという話。

A Strategy Minister With A Strategy

Washington Post 記事

「一国の首相に失礼だ」藤崎駐米大使が米紙のコラムに不快感(産経新聞)→このもとになっているワシントンポストのコラム記事で、「失礼な部分」は以下の通り。紙面ではできないけども、ネットであれば簡単に元記事を参照できるわけで、新聞はどんどん元記事を、元記事の言語で紹介してほしい。そうすることで、日本でも英語に直接接することができる。ニュースの元を読んでいかないとダメ。少なくとも英語であれば、そのくらいのことやらないと。原文に当たって砕けろだ!

By far the biggest loser of the extravaganza was the hapless and (in the opinion of some Obama administration officials) increasingly loopy Japanese Prime Minister Yukio Hatoyama. He reportedly requested but got no bilat. The only consolation prize was that he got an "unofficial" meeting during Monday night's working dinner. Maybe somewhere between the main course and dessert?

A rich man's son, Hatoyama has impressed Obama administration officials with his unreliability on a major issue dividing Japan and the United States: the future of a Marine Corps air station in Okinawa. Hatoyama promised Obama twice that he'd solve the issue. According to a long-standing agreement with Japan, the Futenma air base is supposed to be moved to an isolated part of Okinawa. (It now sits in the middle of a city of more than 80,000.)

But Hatoyama's party, the Democratic Party of Japan, said it wanted to reexamine the agreement and to propose a different plan. It is supposed to do that by May. So far, nothing has come in over the transom. Uh, Yukio, you're supposed to be an ally, remember? Saved you countless billions with that expensive U.S. nuclear umbrella? Still buy Toyotas and such?

Meanwhile, who did give Hatoyama some love at the nuclear summit? Hu did. Yes, China's president met privately with the Japanese prime minister on Monday.

首相小話

今朝の朝日新聞でも編集委員の星浩さんが紹介されている鳩山首相についての小話。
「日本の首相は、自分を平和の象徴のハトだと思っている。日本国民は選挙の公約が守られなかったからサギだと感じている。アメリカ人は弱虫という意味のチキンだと見ている。そして中国人は格好のカモだと考えている。」

クロイヌはサギだなんて感じていないけども、カメにいいようにやられているなとは思います。この話、つい最近、別の人からも聞きました。ちなみに、星さんが首相小話を集めているとして紹介してる吉崎さん(双日総研)は、クロイヌの同級生。

後は野となれ山となれ。

 鳩山さんも、小泉さんと同じように、自分の在任中には増税をしないとおっしゃっている。政治家の先生方は、どうしても選挙のことがあるから、厳しいことを言えないのはわかっていますが、嘘もほうべん、選挙が終わると「君子の豹変」で、ほんとうに必要なことを議論し、提案していただきたい。60年安保のとき、条約の成立後退任した岸内閣のように、やるべきことをやって退任してもらいたい。
もちろん僕だって税金が増えるのは勘弁してほしい。特にかなりの部分の税金が無駄に使われたり、乗数効果が低い事業に使われたりしていることがあきらかだから。さらに、実質的に税金と同じインフラ(たとえば高速道路、公共の駐車場)の使用料金の高いこと。それらの事業からの収益はすべてお役人たちが天下っている組織のものになる。
でも、グロスでGDPの2倍、ネットでみてもほぼ120%になろうとする日本の財政赤字を考えたとき、のばせばのばすほど問題は悪化していくことは、誰だってわかっている。
だから「自分の任期中には増税はしない。」という首相たちの発言は、「後は野となれ山となれ」とおっしゃっていることと同じだと思う。
次の選挙では、財政赤字と増税に関して、正直に問題提起する政治家、政党に投票しないか?!

青臭い議論だとわかっていますが。

青臭いことをなに言っているのか?と逆に皮肉られそうですが、こんなことをずっとやってきているから、「10年後には日本は破綻する」(今日の朝日新聞朝刊記事)というような状況になっていることを、あらためて覚えておきたいです。僕の周りでは、高負担でもいいという意見もあります。ただ、その前提は、役人天国、地元のエゴ優先政治は終わりにしてほしいということかと思います。


昨日、羽田のエアラインラウンジで読んだ東京新聞朝刊記事です。

 『全国で空港の需要予測を手掛けてきた財団法人「運輸政策研究機構」(東京都港区)の羽生(はにゅう)次郎会長(元国土交通審議官)が本紙の取材に応じ、機構自らの予測の多くが過大だったことを認めた。その背景について、空港建設を進めたい国の意図に配慮し、過大な数字を出してしまう現実があると言明した。』
東京新聞HP

 いまさら、静岡、茨城の空港は無駄だと認めるのは、もう時効だとでも思っているからでしょうか。あるいはこうして認めるだけでも、この方はその他だまってほくそ笑んでいる連中よりかは「良心的」なのでしょうか。

 土建屋も、天下り役人も、あるいは国や県に土地を買い上げてもらう農民たちにも、それぞれに言い分があって、議論には一分の理はあると思います。最近まったく報道されなくなった八ツ場ダムでさえも、100%無駄というわけではなく、いい点もあるのでしょう。でも、コストのこと、そして日本の自然への永久的な破壊を考えてほしいし、もう「たかりの構造」はいい加減にして欲しいです。
 「利益は自分、負担は税金」の構造がある限り、まじめに税金を払っているわれわれ給与所得者は救われないです。

徴兵制の復活?

以前は受験戦争という言葉があったけど、希望者は全員大学生になれる時代になり、この言葉も死語となったのでしょうか?
自民党で、徴兵制検討を持ち出そうとすると、党内から選挙に勝てなくなるということですぐに反対の意見がでて取り消しというニュースを見ました。徴兵制が復活する日は、いつか来ることはあるのか?
黒犬たちも飼い主も、戦争は大反対!だけど体を鍛え、精神を鍛えることは賛成!
それが兵役以外のことで行われるという前提であればですが。

若者たちを大切にしているのだろうか?

「スポーツ予算をムダ食いするJOCの役員メンバー」という記事を何度か読んでいて、JOC関係者たちによる「若者消費」の一例とさえ言えるようなものを感じた(石原都知事にもぜひお読みいただきたい)。一番大切にしないといけない選手たちの利害よりも、自分たちの利害を優先させているのではないか、と。
世代間においての格差は、年配者による若者たちの「搾取」とまで言わなかったとしても「消費」と言えるほどのものがあるのではないかとさえ思えることがある。年金問題はそのひとつ。あまりにも世代間の不公平感が強すぎる。失業率もある。若年層(15〜24歳)の失業率は全体平均の倍くらいあると聞く。親たちが若者たちを地元におきたがるという気持ちも、それが自分たちの老後の面倒をみてもらいたという気持ちから出ているのであれば、ある種の若者消費のようにも見えてしまう。寺山修司は書を捨てて街にでよと言ったけど、「親たちのペットになるな」と言いたくなる。

18歳に投票年齢を引き下げようとする動きに賛成する理由の一つは、若者に自分たちの未来を真剣に考える機会を与えていかないと、年配者たちの利害ばかりを優先する国になってしまうからだろう(いや、もうすでにそうなっているか。今発行されている国債発行は、将来の世代への負担を真剣に考慮していない訳だから)。投票権が与えられる年齢があるのであれば、投票権を「返上」してもらう年齢があってもおもしろいかもしれない。議論のための議論だけど、そんなことを考えてみる価値はあるのではないか?
ある意味、若い人たちはものすごく甘やかされているところもあって、少子化で経営が厳しくなっている学校は、ここまでやるのかと思えるほど、お客さんたちにへりくだっていて威厳も権威も吹っ飛んでしまっている感もある。でも、本当に若者たちを大切にしているのではなく、単に親たちといっしょにペット扱い、あるいは「消費者」扱いしているような印象もなきにあらず。
どっちにしても、若者を大切にすること、若者のことを考えることって、日本の未来を大切にすることだと思うんだけど。

『若者を喰い物にし続ける社会』(立木信著、洋泉社)

 お年寄りを大切にしないといけないのは言わずもがななんだけど、あまりにも世代間の不公平感が強くなりすぎていて、年金問題に現れている世代間格差はもう限界だとずっと思っています。そんななか、昨年買っていた本ですがようやく今日手に取って読んでみました。大きなテーマを新書で取り上げているので展開のしかたは荒っぽいところがありますが、僕より4歳下の著者の議論には同感です。
 日本が滅びていくとしたら、第三国からの攻撃だとか、資源の高騰とか、自然災害からよりも、内部矛盾から崩壊していくのではないかと思います。現在ある最大の内部矛盾が世代間格差。若者が夢を持っていない国がどうして栄えようか!
 いまの日本の状況は、JALの倒産に至るまでのプロセスがいい例なのですが、これまで恵まれていた時代に経営していた人たちが残していった負の遺産を、われわれ現役世代および若者世代が背負わされながら、国際的な競争も非常に激しくなったこの厳しい時代をサバイブしないといけないことかと思っています。戦後、焼け野原から立ち上がってきた過去の世代の方達の努力には感謝をしつつも、彼らの老後を支えていく負担があまりにも大きすぎる現状をどうにかしないと。
 現在、有権者の平均年齢が44歳、実際に投票する人間の平均年齢は50歳を過ぎているというような話がこの本の中に出てきます。政治家の方達も、老人ホームをまめにまわって票をかせごうとします。日本が活力をなくしている大きな原因のひとつは若者の声が十分政治に反映されていないことだとしたら、若者は絶対に投票すべきだし、20歳からではなく18歳から投票できるようにすることもひとつの方法かもしれません。
 以前このブログにも書いたことがあるのですが、若いうちに必要なのは苦労だと言われてきましたが、それは時代が右上がりの時の話です。それは終身雇用、年功序列でもそれなりに社会が続いていたときのこと。若いうちにへたに苦労すると折れたり、へこんだり、すねたりすることの方が多いし、マイナスの効果の方が多いのではないかと思います。それよりも、若いうちに必要なのは、いわゆるロールモデルではないかと思います。成功している人、活躍している人、いい仕事をしている人たちのそばで、彼らがどのように仕事をし、人と付き合い、どんな本を読み、どんな食事をしているのか。そんなことをすこしでも知ることができる機会を与えてあげること。ただ、ロールモデルを身近に探すことも非常に難しい時代になっていることも確かかもしれません。少しでも、後輩たちのロールモデルになれるように努力はしていきたいです。

ネットカフェ女子

 朝日新聞夕刊によると「ネットカフェ女子」(ネットカフェで寝泊まりする女子)が増えているとか(社会面の記事)。昨日、「オデッセイマガジン」の取材のためにお会いした詩人で社会学者の水無田気流(みなした・きりゅう)さんのコメントがそえられていた。「日本女性は非正規の仕事にしかつけない場合が多く、平均賃金も低い。これまでは親や夫に庇護されて貧困は見えにくかったが、庇護者自体が困窮して、職や住まいを失う女性も現れて女性の貧困が表面化している」と。
 「貧困大国アメリカ」というタイトルの本が出ていたと思うけど、「貧困大国ニッポン」という本がでてきてもおかしくない状況になってきているのか?

追記
朝日新聞の記事にも関連するけど、大学生が、日本の将来に希望を持てないというのはつらい話しだ。
ロイター記事

企業に頼りすぎていない?!

 今日お会いしたある方(女性)が、日本の企業社会において、女性社員、特に非正規雇用者が産休、育休をとることがどれだけ稀なことかという話しをされていました。いったん休んでしまうと、もう仕事がない、ポストがないということだそうです。産休はまだしも、育休に関しては、非常に難しいという話しを聞きました。ご本人も、産後一か月で職場に復帰したとか。うちの会社は、社員数50名ほどの中小零細企業ですが、もう何人もの社員が、産休だけでなく、育休もとっているし、2回とっている女性社員が複数いますというと、「なんて恵まれた!」という反応。ほかの会社の話しを聞いていると、この点に関しては、(自画自賛になってしまいますが)小社はすごくいい職場かもしれません。
 でも、産休、育休は企業側にコストがかかります。本人たちには見えないところで企業には大きなコストがかかっています。女性の社会進出や、女性が仕事を継続することをサポートすることを、政府が本気で思っているのであれば、産休、育休の社員を抱える企業に対して、目に見える支援をお願いしたいです。たとえば、ひとりの社員あたりいくらという減税のような。それでも企業の負担は十分にカバーされないのが実態です。でも、会社の経営者に対するポジティブなメッセージのひとつになるように思います。
 書いていけばキリはないのだけど、日本社会はちょっと企業に頼りすぎていないでしょうか。政府も個人も、多くのことを企業に頼っています。バブル崩壊後、企業に余裕がなくなると、日本全体に余裕がなくなってしまいました。それほど、個人も社会も企業に頼っている部分が多い。例えば、教育。これまで社会人教育は企業におんぶにだっこでした。
 あるいは、企業が行っている社員の所得からの源泉徴収。本来なら、個人が確定申告をし、自分が払っている税金をしっかり認識すべきなのに、会社側が「徴収代理人」の役割を果たし、その結果、個人も自分が払っている税金の額をしっかりと認識していないのではないかと思います。
 最初の話にかえると、女性の働き方の問題は、女性だけの課題ではなく、男性の働き方、社会全体の考え方を抜きにしては議論できないので、そのあたりのことには入っていかないです。あまりにも現実は理想とかけ離れているので。

NHKスペシャル「無縁社会〜無縁死3万2千人の衝撃〜」

これはすごい番組だった。都会でひとりさびしく死んでいった何人かの人たちの人生をたどっていく試み。あまりにすごい番組だったので言葉がない。きっと再放送があるはずなので、見ていない人にはぜひご覧いただきたい番組。
NHKスペシャル「無縁社会」
行旅死亡人

土佐派の家

 この前高知に帰ったとき、「土佐派」と名乗っている高知県の建築家のグループがあることを知りました。実際、これまで3冊、「土佐派の家」というムック版書籍を発行しています。(「土佐派の家PART I、PART II、PARTIII」)この前泊まったオーベルジュ土佐山も、「土佐派」の中心人物の一人、細木茂さんの作品のひとつ。この本の中で、土佐派の建築家たちが高知県の木を使って、100年保つ家をつくろうという心意気で仕事をしていることが紹介されています。すばらしいと思います。
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 戦後日本の家は、安かろう、悪かろう(と言っては申し訳ないのですが)の家が多くなってしまって、ハウスメーカーの家なんて、20、30年で取り壊しなんてものが多いように思います。安い海外の木材をつかってコストを下げることが多いようですが、僕は家に関しては、ちょっと「ナショナリスト」に近いので、これからの家は地元でとれた木材を使って、100年保つような家を、飽きのこないシンプルなデザインで作るのがいいのではないかと考えるようになっています。毎年訪問している秋田の国際教養大学は、秋田杉をつかった校舎や図書館を建てていて、これもすばらしいです。
 うちの近所も、20年、30年程度の家がほとんどなのですが、どんどん壊されています。後には、ばらばらのハウスメーカーの家があっという間に建つというのがパターンです。昨日も、歩いていると、そんな現場に出会いました。ちょっとドキッとするような言葉かもしれませんが、「家が屠殺」されるような感覚を持ちました。でも、家畜たちと違って、家の廃材は、産業廃棄物として、すべて捨てられていくのでしょう。古民家と言われるようなしっかりした旧日本建築の場合、立派な柱が再利用されるようなこともあるようですが、20年前、30年前、既製品として安上がりに作られたハウスメーカーの分譲住宅には、そんな資材となるようなパーツは含まれていないのかもしれません。
 このごろのデフレの話しで、安いものばかりが売れる、適正な利益を上げることが難しくなっていると、言われています。利益を上げることに関しては、企業経営における努力が必要ということはもちろんなのですが、背景として、戦後の日本がじっくりとものを考える訓練をしなくなり、肝心要の家に関しても、20年程度でスクラップになるようなものしか建ててこなかったこと、安いもの、すぐに捨ててしまうようなものばかりが身の回りにはんらんしているというような状況があります。ちょっと値段が高くても、いいものを買って、末永くおつきあいする、そんな買い物の仕方が好きです。人との付き合いも同じ、かな。
 「土佐派の家PARTIII」の中に、こんな言葉がありました。「人が家を作り、家が人を作る」。

土佐派ネットワークス

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毛利子来さんのお話

 最近、人の出入りが多いところ、たとえばビルのトイレとか、オフィスの玄関などで、抗菌アルコール製剤を置いてあるところが増えています。世界でこんなことをやっているのは日本だけだと、僕は確信しています。みんなノイローゼになっていない?!

 そんなことやるよりも、ちゃんと食事して、早寝早起き、しっかり睡眠取っていれば十分対策になるはず(少なくとも普通の健康状態であれば)。ちょっと日本全体が薬関係の会社の宣伝や脅しにおびえているような感があるし、みんな潔癖すぎるのではと思うのですが、僕が鈍感なのでしょうか。

 そんなことをずっと思っていたら、1月11日付の「日経ビジネス」の”有訓無訓”というコーナーで、小児科医の毛利子来という先生が、「過剰な医療、過剰な投薬が人間本来の免疫力を弱める」というお話をされていて、わが意を得たり!とうれしくなりました。

  • やたら国家や社会の規模でもって個人の生活に干渉を加えすぎている。その弊害の方が大きい。
  • タミフルは日本が世界の消費の8割というのは異常。
  • 厚生労働省は手洗いとかマスクとかワクチンを勧めるより先に、企業に対して過重な労働は避けるようにという勧告を出すべき。

などなど、とてもリーズナブルなお話をされています。

先生のお話、ネットにもたくさんでているようなので、ご一読を。

毛利さんに聞いたインフルエンザ騒動

自由のない国

ロイターのサイトで「自由のない国」トップ10が出ています。僕からすると、「住みたくない国トップ10」、「行きたくない国トップ10」と言い換えてもいいです。
1 北朝鮮 2 トルクメニスタン 3 チベット(これは中国かな?) 4 ソマリア 5 スーダン 
6 ウズベキスタン 7 ミャンマー 8 エリトリア 9 リビア 10 赤道下ギニア
ロイター

「消費者」となるのではなく、「生産者」に。

 オバマ米大統領がこんなことを言ったそうです。
"Encouraging young people to be makers of things, not just consumers of things."
「若者がモノを消費する人になるよりも、モノを作る人になることを奨励したい」。

 ここでいうモノっていうのは、必ずしも製造業でいうところのモノに限定して考える必要はないと思うのです。たとえば、YouTubeに自分が編集した動画をアップして、人に見てもらいたいと思う気持ちって、ちょっとした「生産者」の気持ちだと思います。それに対して、ぼけーっとテレビを見ている姿勢は、消費者そのもの。
 これをしてくれ、あれをしてくれっと、政治に陳情や不平不満を言っている姿勢は、「消費者」。それに対して、自分と同じあるいは近い価値観を持つ政治家を見つけ出し、支援者としてたとえ小額であっても寄付したり、講演会に参加するのは、「生産者」の姿勢。
 日本って、消費者の姿勢が強すぎない?
テレビ見ていても、政治にあれしてくれ、これしてくれって、そんなことばかり言っている人が多い。もしかして、テレビがどうしようもなくって、そんな人しか出さないのかな。税金をごまかす人もいる。結構いるような気がする。そんな人たちも、税金であれしてくれ、これしてくれって。われわれのように給与所得者はいっさいごまかしはできないけど。

 こうも言えるかもしれない。日本という国自体が、1945年以降ずっと、安全や防衛といった、独立国として当然の価値の「消費者」であって、「生産者」となっていない、って。別の言葉で言うと、ただ乗り、フリーライダー。
日本では自分で起業する人が少ない。本当に少ない。アメリカは(起業家にとって)世界でもっとも恵まれたマーケットだから、アメリカとの比較は必ずしも妥当ではないかもしれないけど、日本がこんな状況なのは、本当に残念。
 リストラされたり、何らかの理由でどうしても自分で会社を始めないといけなくなった人たちも、今のような時代だと出てきているでしょう。すべての起業家に幸あれ。「消費者」ではなく、「生産者」の道を歩み始めた人たち、すべてに。
 たとえ会社員であったとしても、自立した心持ちで、(やり方を教えてもらえなかったとしても)自分で解決策をさがし、実現していく人は、「生産者」。そんな「生産者」にも大きな幸がありますように。

追記
昨年後半に出版した
「経営の才覚」をお読みいただいた知人からは、「会社を始める前に、この本を読んでいたら違った展開があったかもしれない」、「現役の時に、こんな本を読んでいたら良かったのに」というような声をいただいています。
american book & cinema

Survival of the fattest

今日のFinancial Times 記事で知りました。

西側先進国の太ったおばさんを、痩せこけたアフリカの男が担いでいる彫刻。途上国と先進国の間の不平等を表すものとして、デンマークのアーティストが作ったもの。

日本の年金問題もまったく同じ構造。

Survival of the fattest 彫刻

日本の政治家に教えてあげた方がいいこと

 小沢さんが「キリスト教は排他的だ」と、仏教関係者を訪問したときに口にしたという記事を読みました。多分、仏教関係者へのリップサービスもあったのでしょうが、この発言が海外に報道されると、イスラム原理主義者の反キリスト教発言とほとんど変わらないように受けとめられるだろうなと、イヤな予感がしました。
 日本の村社会、男中心社会で育った政治家の先生たちって、西側主要国のリーダーたちが、宗教と性差別にものすごく注意していることを、頭ではわかっていたとしても、本当はまったくわかっていないのではないかと思います。今回のような小沢さんの発言は、かつて自民党の先生が言った、「アメリカには黒人がいるから民度が低い」なんていう発言と同じくらいアホなのでは?
 宗教と性差別に関しては、日本の政治家はもっと勉強した方がいい。
 オバマが黒人としてアメリカの大統領になったことは画期的です。でも、もっと画期的なことだとボクが思っていることは、アメリカの大統領に、無神論者、あるいはキリスト教者以外がなることです。仏教者、あるいはイスラム教徒が、アメリカの大統領になるようなことがあれば、それこそ、ものすごいことで、そのときには、アメリカはアメリカでなくなっているでしょう。(大統領就任演説の際、新大統領は聖書に手を置いて誓いをおこなうように)キリスト教とアメリカの国家としての成り立ちは根本のところで結びついています。アメリカを日本の同盟国として頼りにするのであれば、キリスト教に関して、半端な知識に基づいて発言するのは、危険だと思います。

平和市長会議

 このごろ、海外の知人たちと会うときには、「オバマにノーベル平和賞が与えられるのなら、日本の核廃絶運動にこそノーベル賞が贈られるべきだ」ということを話しています。うちの取引先の社長には先月このことを話したのですが、その後、周りの人たちにこの考えを伝えてくれているようです。
 ある人から、秋葉広島市長が中心になって行われている、「平和市長会議」の存在を教えてもらいました。
平和市長会議
 同じ内容が、海外に向けて英語のHPでも用意されています。
Mayors for Peace

 今日は久しぶりに皇居の周りをゆっくりとサイクリングしました。ジョギングする人たちが多数。

ドルのゆくえ

 ここ数日、冬らしい天気になってきました。今週中には衣替えをしなくっちゃ!
季節の変化は確実に起こっていますが、世界経済のゆくえはどうでしょうか。最悪期は脱したという声もあるのですが、どうなのかな。経済は来年も引き続き冬なのではないかという予感がします。
「日経ビジネス」(11月2日号)で、「ドル最終章_1ドル=50円の恐怖」という特集記事がありました。ドルが基軸通貨の時代が終わりを迎えつつあるという話です。金本位制復活の話もでていて、そうなると、1オンス=2000ドル(現在は約1000ドル)なんてこともありえます。90年代、世界の中央銀行も金を売却していた頃からは想像もつかない状況になっています。
 ボクらの世代は一ドル300円代、200円台、100円台、そして80円台も経験していますが、この間、ずっとドルが基軸通貨として世界経済の中心にありました。そのドルがいったいこれからどうなっていくのか。ボクらよりも上の世代は、アメリカ信仰の人たちが多いので、ドルに変わる基軸通貨は考えられないのではないかと思います。どちらにしろ、為替はボクらの生活をおおきく変えていくと思います。
 「日経ビジネス」の特集号の巻頭インタビューには、「帝国以後_アメリカ・システムの崩壊」の著者、エマニュエル・トッドがでていました。かれは経済学者ではなく歴史と人類学の学者ですが、経済を中心とする経済の大きな方向性を見る目には確かなものがあるように思います。彼は、ドルの大崩壊を予想しています。軍事的、経済的にアメリカに頼り切っている日本に対する警鐘とも言えます。彼もこのインタビューの中で言っていますが、アフガニスタンはアメリカ帝国の墓場となるかもしれません。
 休日の今日、これから福岡に出張です。福岡のお取引先の皆さんにお会いできるのを楽しみにしています。

本気ですか?

経済産業省がこんな試みを始めています。今のところ、あまり投稿がないようです。本気でやるのなら、期間限定でなく、永続的にトライしてください。

電子経済産業省アイデアボックス

アンチ・オバマのアメリカ人たち

 日本やヨーロッパでは人気が高いオバマですが、アメリカ国内にはオバマが大嫌いな人たちがたくさんいます。マスコミで煽動的な発言をして金儲けに励んでいる人たちがいるのは日本だけでなく、アメリカではもっとすごい規模で金儲けをしています。ユーチューブにもたくさんの動画がでているこのアメリカ人は、アンチ・オバマの急先鋒のひとりで、どちらというと貧困層、アンチインテリの白人を中心として人気があるそうです。本人は百億円単位の収入、パームビーチに豪邸、高級車のコレクションを持つとか。共和党の副大統領候補だったサラ・ペイリンが大好きと公言するこの男のラジオトークショーを毎週2千万人のアメリカ人が聞いているそうです。アメリカの病的な現象の一つにしか見えないです。

 オバマのスピーチを英語教材として出版して儲かっている出版社があるようですが、アンチ・オバマの連中のスピーチも見ては? アメリカ国内の現実は複雑だなと思います。
 最初の動画はバーバラ・ウォルターズとのインタビュー、その次は彼のラジオトークショーの様子。


YouTube: Rush Limbaugh: Barbara Walters' 10 Most Fascinating People


オバマに与えられるノーベル平和賞

オバマにノーベル平和賞が与えられると聞きました。核兵器廃絶にむけてのオバマのodeに、追い風を吹かそうというノーベル財団の意思表明でしょうか。
オバマはもうひとつ大きな挑戦を目の前にしています。それはアフガニスタンです。内戦状態にあるこの国からどのように撤退していくのか。
オバマが任期を終えるとき、ノーベル財団の応援歌は役割を果たしたのかいなか、そしてアフガニスタンがどのような状況にあるのか(いったい、何人の犠牲をはらってアメリカはアフガニスタンから撤退するのか)、過大な期待を持つことなく、悲観するばかりでもなく、見ていたいです。

『星守る犬』(村上たかし著)

 普段マンガは「読まない、買わない」ですが、数週間前に、本屋のマンガコーナーで表紙を見て買っておいた単行本。(ちなみに、その時は、めずらしくマンガを目的に本屋に行ったのです。目当ては、「パーマン」と「おばQ」。どちらも小学生の頃読んでいたマンガ)

 そのあと、新聞でこの単行本の広告を見たこともあり、昨晩、ぱっと読み、なんともいたたまれない気持ちに。弱い父親像、失業、家庭崩壊、そして自殺という話が、愛犬の目を通して描かれています。
 今日は、今年1月から8月までの自殺者が2万2千人と、最悪のペースで推移しているという記事を読みました。たまらない話です。
ロイター記事
 

国土交通省関東地方整備局 八ッ場ダム工事事務所

 50年を超える時間を費やし、幾多の過ちを重ねていったプロジェクトとして、ぜひ歴史に残してもらいたいです。過去建設に反対してきた住民が、今となっては、建設推進派となっているという、何と皮肉な展開!
 グーグルマップで長野原町の国土交通省関東地方整備局八ッ場ダム工事事務所(B)の位置を確認することができます。(軽井沢(A)からもほんの1時間程度の距離)。国家予算の壮大な無駄遣い(そのほんの一例に過ぎない!)の現場を一度見てみたいです。
大きな地図で見る

Dog Yearと考えると

 最近まったく使われていませんが、Dog Yearという言葉があります。変化の激しいインターネットビジネスを象徴する言葉として、犬の成長(老化とも言えるのですが!)において、犬にとっての1年は人間の6、7年に相当するという議論です。(我が家のクロイヌたちも、どんどん、老化しています。)
 この前の選挙結果のことを考えているのですが、戦後ほぼ60年にわたって自民党は日本の政権を担当してきました。この60年間は、日本にとって、ものすごくラッキーな時代だったように思います。(もちろん、その時代を生きてきた先輩方にとっては、ご苦労もあったとは思いますが)
 Dog Year というコンセプトを当てはめると、戦後60年間というのは、200年、あるいは300年とも言えるような長さです。この戦後の時代を、徳川幕府が日本を統治し260年ほど続いた江戸時代と考えてみると、「自民党幕府」の寿命もそろそろというタイミングであったようにも思えてきます。
 明治維新のときのような切迫感は今の日本にはないように見えます。「たった四杯で、夜も眠れず」というような差し迫った不安感もないのかもしれません。多くの人の気持ちが自分のことに集中していて、日本のことなんて考える余裕があまりないのかもしれません。
 でも、今ボクらが置かれた時代環境を客観的に見ることは必要で、そうして初めてこれからどうやって日本の発展を維持していくことができるのかということを議論できると思います。
 一度民主党にやらせてみよう、というのが今回の選挙における国民の意思でした。自民、民主問わず、政治家の先生たちには、しっかりした歴史観の上に立って、日本の将来を議論していただきたいです。

次の選挙で関心がある選挙区のひとつ

 近くある選挙で、この人がどれだけ戦うのか、興味があります。小泉さんのファンでしたが、最後の最後で裏切られた感があります。それはご自身のお子さんを後継に指名し、議席を継がそうとしていることです。僕の周りでもそう感じている人は結構多いのではないかと思います。

 (世襲にもいい面はありますが)基本的に世襲反対、親が与えてくれる教育以外、財産の相続を不可にしてもいいくらいに思っています。(子供に美田なんて残す必要なし!) 

よこくめ勝仁HP

韓国企業の野心的な農業投資

3月19日のフィナンシャルタイムスに出ていた記事ですが、韓国の大宇ロジスティックスという会社がマダガスカル(インド洋に浮かぶ島の国)で、ベルギーの半分ほどの広さの土地を99年間借款して農業事業を行おうとしていたことを知りました。ところが、これを植民地主義だとするマダガスカルの新大統領がこの契約を一方的に破棄したということです。
 韓国は世界で4番目のトウモロコシ輸入国で、マダガスカルでトウモロコシを生産しようとしていたようです。これからどうなるのかわかりませんが、韓国のある意味、攻撃的な政策には驚きます。日本の商社も同じような規模の投資を行っているのか?
FT

『日米同盟の正体_迷走する安全保障』(孫崎亨著)

 著者は1966年外務省入省、2002年防衛大学校教授に就任、そして今月退官予定。帯には「アメリカ一辺倒では国益を損なう大きな理由。インテリジェンスのプロだからこそ書けた日本の外交と安全保障の危機」とあります。著者はオバマ政権の外交も過去の政権から大きく変わることがないこと、アメリカの利害と日本の利害は必ずしも一致しないにも関わらず、日本はアメリカ一辺倒の罠に絡めとられていることを繰り返し説いています。
 北方領土に関する英米の「陰謀」(ロシアと日本の間に溝を作り、両国の間に問題を残しておこうという)、アメリカの本当の意図を理解することなくアメリカの外交政策に乗っかっていく日本、都合の悪い政治家を排除しようとする対日政策など、国際政治はボクらの理解を超えた深みがあるのかもしれません。
 大学でちょっとだけ国際関係論を勉強したボクには、おもしろい本でした。

Homeless tent city

スタインベックって、好きな作家の一人。「エデンの東」、「怒りの葡萄」、そして犬とのアメリカ国内旅行を綴った「チャーリーとの旅」の3冊がお気に入り。大不況時代のオクラホマが舞台の「怒りの葡萄」とは異なるのですが、カリフォルニアのホームレスの人たちのテント村の写真を見ていて、スタインベックのことを思い出しました。
→ロイター
"Homeless tent city in California"

辞任か自殺を(Resign or go commit suicide)

日本の新聞でも報道されていることですが、AIGのボーナス支給に関して、上院議員のグラスリー氏(共和党)が、AIG経営陣に対して、「謝罪したあと、辞任するか、自殺をしろ」という物騒な発言を行ったとか。英語でなんて言ったのか、ネットで調べてみました。「日本人は頭を下げて謝罪するじゃないか、日本人に倣え」なんてことも言っています。日本人としては、なんと反応すればいいものか。
Grassley on AIG execs: Quit or suicide


なぜアメリカは戦争を続けるのか(Why We Fight)

YouTube: なぜアメリカは戦争を続けるのか 1-12

 2005年サンダンス映画祭でドキュメンタリー賞を受賞した作品。NHKで放送されたものだと思いますが日本語訳付きですべての内容をYouTubeで見ることができます。偶然見つけましたが、非常にいい作品です。
この作品からは、アメリカが軍事主導の国であり、現代の経済植民地主義国家であることを非常に強く印象付けられます。雇用を支える軍需産業、地元の雇用を優先して考える議員、メディアや国民に事実を伝えないで都合のいい方向に持っていこうとする政府とシンクタンク。アメリカ国民にさえも嘘を平気でつくのであれば、ましてや「極東のひ弱な国」の政府や国民に嘘をついたとしてもまったくおかしくないと思っている方が健全なのではないでしょうか。
 これまでの大統領たちはすべて、いつの間にか、この産軍複合体のクモの巣に取り込まれていったように見えます。オバマはその例外になることができるのか?(この映画を見ていると、オバマもその例外にはなりえないのではないかと、悲観的な予想をしたくなります)
 日本の戦後60年の歴史を考える上でも参考になります。
NHK 

アメリカの金融危機のスケール

 雑誌「エコノミスト」の記事"America's banking crisis_Worse than Japan?" (2009年2月12日付け)の結論は、「日本の金融危機よりもひどいことになるかもしれない」というものです。「失われた10年」の期間中、さんざん日本にアドバイスして来たアメリカですが、いざ自分のことになると他人事に口出しをするみたいにはできないだろうなと思いました。日本の場合は、世界最大の債権国であり、対外的な債務はない状況で危機に直面しましたが、アメリカは世界最大の債務国であり、ドルの価値を維持していかないと借金を繰り返していくこともままなりません。オバマも含めて、アメリカの政府高官は、アメリカ経済は大丈夫だ、ドル高はアメリカが望むところだと、しきりに口先では言っていますが、本当にそうなのか?われわれ日本がアメリカの都合のいい財布としてこれからもさんざん利用されるのではないか?(それに対して中国は、日本のような弱腰ではないでしょうから、尖閣諸島の領有権の問題など、アメリカの力が弱まるに連れて、日本にとっても面倒なことになっていくでしょう。)
 これまで30年にわたって肥満と借金漬けの体質になったアメリカ社会にとって、アルコールや麻薬をたたれるのと同じような苦しみをこれから経験していかないといけないのでしょうが、そんな取引相手のおかげで成長を維持してきた日本にとってもたいへんな状況になっていることは言わずもがなです。
 今年予定されている選挙、政権交代の可能性も、国際政治の大きな展開の中で考えておいた方がいいのではないかと思っています。われわれ日本人がずっと見たくないと避けてきていることですが、大きな国際政治の中で、日本の政治は動いてきたわけで、これからもそうあるでしょうから。
 最後に、この記事に対する読者からのコメントもおもしろいです。日本も含めた世界各国のひとたちのコメントが見られます。その反応も感情的なものから皮肉っぽいものまで、いろいろとあります。
エコノミスト "Worse than Japan?"

もし松本清張が生きていたら

 
 MOS/MCASを始めとする資格制度の、アジア各国の代表が集まった会議に参加するために北京に来ました。着いたばかりの昨日は、数年前、アイセックの短期留学生として数ヶ月うちの会社でインターンシップを経験した中国人学生のチェンチェンと会い、すこしだけ北京市内を案内してもらいました。北京は二度目ですが、人や車の多さ、スモッグ、道の広さ、そして巨大都市であることが強い印象です。今回もほんの数日だけ、ほとんどホテルの中だけなので、たいした印象も持ちえず、気分転換は食事だけです。ただし、(チェンチェンに言わせると日本の中華料理は日本風の中華料理ということですが)、ボクはどうも「日本風の中華料理」でないとダメなようです。

 ところで、二日前の小沢さんの公設第一秘書の逮捕、どのような文脈で起こっている出来事なのか?北京、東京、ワシントンの大きな力関係の中で起こっていることなのか?自民党と検察、自民党と米国政府の持ちつ持たれつの関係は?なぜこの時期に、国内、国外で、さまざまな出来事、政府高官たちの発言が続くのか?松本清張が生きていたら、きっと奥深い推理を披露してくれただろうにと思います。

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「変化」の方が「ノー変化」よりもまだまし。

 今週会った海外の人たちみんなから中川昭一元大臣のことを言われました。テレビを見ないボクよりも、海外の人たちの方が中川さんの無様なカッコを見ていたようです。もう自民党は末期症状で、霞ヶ関の役人たちの支えがなくなると崩れ落ちてしまう重病人のようにも見えます。
 『エコノミスト』の編集長をやっていたジャーナリスト、ビル・エモットが、とにかく一度自民党は下野して民主党にやらせてみた方がいいという趣旨のことを書いています。(知人から記事のことを教えていただきました。ありがとうございます)自民党の若手の中にも、一度自民党は下野して体勢を立て直したほうがいいという意見の人たちがいるようです。
 日本でも、「変化」の方が「ノー変化」よりはいいかもしれません。ダメなら2、3年後に自民党に政権に帰ってもらえばいい話でしょうから。(しかし、アメリカ経済もボロボロになってしまい、オバマのリーダーシップだけで本当に経済への信頼が回復するものか?)

ビル・エモット記事

マニラの黒犬

 それほど厳重なわけではありませんが、マニラではホテルの玄関口にはセキュリティガードがたっていて、入ってくる車のチェックと出入りする人たちの簡単な荷物のチェックを行っていました。9.11やバリ島での爆破事件以来こうなっているそうです。数頭の犬たちが、警戒に当たっていました。

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「貸しはがし」と「人はがし」

 「借りたいのなら、お貸ししますよ」といっておいて、いつの間にか、「世の中が変わりましたので、金を返してください」というのが、貸しはがし。今年はこのパターンで不動産会社がバタバタと倒産していきました。責任の所在は貸し手、借り手、ケースバイケースかな。
 もう要はないから、寮からも出て行ってくれ、もちろん金はその後は払わない、というのがいまはやりの「人はがし」でしょうか。その人たちは、いったい、どこに消えていくのでしょうか。新聞を読んでいると、正社員と派遣社員がいっしょに同じところで食事をすることさえも禁じている関西のメーカーがあるという記事がありました。製造業で働いたことがありませんし、大企業で働いたことがありませんので、このようなルールがまったく理解できません。
 「はがされた」人たちは、どこに行くのでしょうか。
 
 

あたかも免罪符を得たかのように

 最近の雇用調整、特に派遣社員、期間工の人たちの人減らしのニュースを聞いていると、あたかも免罪符を得たかのように、企業は続々と首切りをやっているという印象を持ちます。社会不安がますます高まるのではないかと、心配です。(→参考記事
 うちの会社に関して言えば、こんな時こそ、コスト管理を行いつつ積極的に営業を行い、人材、特に長期に働いてくれる正社員をしっかりと鍛え、自分たちを変革していくチャンスにしたいです。危機の時こそ、人材教育、人材育成だと思います。

再び、多田富雄先生のこと

 連続で多田先生の文章のことを書きます。
自宅では朝日新聞、会社では、日経、産経、Financial Timesと、ネットのこの時代においても、新聞好きです。飛行機に乗ったときには、読売をお願いしています。(あ、それから前にも書きましたが、読売の土曜日朝刊に連載している、堤清二さんの自伝は欠かさず読んでいます。近所のセブンイレブンまで歩いていって買っています。)自宅で朝日をとっているのは、惰性と言えば惰性で、別に読売でもいいのですが、なんとなく朝日を続けています。
 本題は、多田先生でした。この前、アメリカに行く飛行機の中で読売の夕刊を開くと、文化面に、多田先生の「落葉雙語」という月一回掲載される文章に出会いました。ラッキー!11月4日のエッセイは、「病院に入った『町の原理』」というタイトルでした。一部の病院は、スタバやローソンを取り入れ、病院の概念が変わってきているということです。それでも、アメリカの一部の病院のように、夜でも家族が見舞いに行けるような病院は日本にはなく、すこしでも時間を過ぎると、患者と接触することはできない。さらには、「中央の玄関を入ると、患者がひしめき合うまるで社会主義国のような寒々としたロビーだ」と書かれています。
 うちは、犬たちも元気で、両親も寝たきりになったりということはないので、まだ助かっていますが、必ず、病院通いをしないといけない日が来ることと思っています。だって、自分だって、年を取ってきているし、いつ病気になるかわからないわけですから。
 「ここを過ぎたものすべての希望を捨てよ」なんて宣言されているような病院には入りたくないです。ディズニーランドでなかったとしても、刑務所にはしてほしくないもんね。

歴史的な日

 11月4日、歴史的なアメリカの大統領選挙の日に、アメリカに来ることになりました。オバマにとって、明日から厳しい挑戦が始まることと思います。それを彼は一番分かっているだろうし、それに立ち向かっていく勇気と知力を持っていることでしょうが、それにしても、たいへんな4年間になることでしょう。テレビでは、開票速報と結果分析の報道が続いています。金融不況に端を発しているとはいえ、ソ連崩壊後、唯一の超大国となったアメリカが自ら招いたところが多い矛盾と問題を、どのように解決していくのか。オバマはスピーチの中で、「自分一人ではできることではなく、奉仕と犠牲をいとわない気持ちをあなたたちにも発揮してほしい」と呼びかけていました。歴史を作っていくために、一人ひとりの国民に参加を求めていく姿勢は、素晴らしいです。
 
 テレビでは、オバマの支持者たちに混じって、白髪が目立つジェシー・ジャクソン(過去、民主党の大統領予備選に立候補した黒人政治家)が涙ぐんでいる姿が、なんどか映されていました。黒人の100%近くがオバマに投票したとされています。彼らにとっては歴史的な一日になったと思います。世界にとっても、もちろん、われわれ日本人にとっても、オバマがどのような大統領になるのか、決して他の国の話では終わらないです。

誰のためのボランティアなの?

 昨晩(10月28日)の「クローズアップ現代」(NHK)でみた、カンボジアの井戸水でのヒ素中毒の被害の報道には、いろいろと考えさせられました。斡旋会社の紹介を受けた、「ボランティア」の日本人が「善意」で掘っている井戸から、自然界に存在するヒ素を長年にわたって飲み続けたカンボジア人たちは、中毒となり、死亡者もでているという話です。
「善意」といっても、番組を見ていると、助けられているのは、カンボジアのひとたちというよりも、「いいことをやっている」、「生きる目標がない」、「生き甲斐を感じられない」と、贅沢なことを言っている日本人のように見えました。ちょっと辛口の言い方をすると、旅行代理店が斡旋している、「善意ごっこ」のように見えました。この井戸は、だれだれの寄付でできました、なんて看板を立てているのを見て、いったい、「お客さん」は誰なのかと疑問に思いました。
 カンボジアに行かなくても、日本国内に、困っている人、「善意」を必要とする人たちは、たくさんいるよ。それに、日本国内の地方訪問をやっていると、地方で起業すること、仕事を作り出していくこと、そして地方を活性化していくこと、これこそが、いま、ボクたちができる最高の貢献のひとつだと思います。

ギャンブル中毒症

 昨今のように、株式市場の大暴落が続くと、「株はそもそもギャンブルだから」というような物知りの人がでてくるのですが、パチンコこそ、日本最大のギャンブルだと思います。ボク自身は、大学時代をのぞけば、パチンコをやったことがなく、大学時代も、10回か、20回くらいかな?
 今年に入って、地方の取引先訪問で一泊するような時、ホテルで見るテレビに、いかにパチンコ屋のCMが多いかに驚きます。パチンコ、サラ金のCMが連続したりすると、この県は大丈夫なんだろうかとさえ、思えてきます。多くの町で、駅前の一等地やバイパスに、大きなパチンコ屋があったりします。どれもすごい建物で、町で立派な建物と言えば、役所関係、NTT、それとパチンコ屋です。地方でも、パチンコ依存症から多重債務、家庭崩壊なんて話しは、結構、多いと聞きます。全国、パチンコ屋だらけになっていて、恐ろしいくらいです。せっかく、サイクリングや山歩きなど、自然の中で、お金をかけないで楽しむことがあるのに!

 中国のマカオは、ラスベガスを抜くほどのカジノの町になりました。それまで百姓や漁師をやっていて、年収が数万円だったような貧しい人間が、カジノホテルなどで働くようになり、年収が5倍、10倍になると、生活が変わっていくそうです。カジノホテルで働く人間たちは、自分が働くホテルではギャンブルをやらないのだけど、他のカジノに出かけていって、ギャンブル漬けになっていくことが多いと聞きました。
 最近では、パチンコ屋のなかに、銀行のATMを置こうなんて動きが出始めているとも聞きます。あんまり堅いことを言ってもいけないのですが、地方に行き始めて、あらためて、日本全体に広がっているパチンコ依存症に、恐ろしいものを感じます。日本は麻薬にはこんなに厳しい国なのに、ギャンブル、特にパチンコには甘くて、いったい、どうしたものかとも思います。
 

福田総理の辞任発表を聞いて

 安倍、福田と、日本国最高のリーダーの地位を、どうしてこれだけ無責任に、投げ出すことができるのだろうかと思います。すごく残念です。
 アメリカの大統領も、きっと今の日本の総理のポジションと同じくらい、苦しい立場なのではないかと思うのです。マケイン、あるいはオバマ、どちらが大統領となったとしても、安倍、福田たちのような、無責任なまねはしないでしょう。
 ブッシュのような政治家を、8年にもわたって我慢することもたまらない話ですが、こんなに簡単に、投げ出してしまう日本の二世政治家たちがいて、どうして、大人たちは子供たちに、最後まであきらめるな、最後までやり続けろと、言えるでしょうか。
 日本が必要とする変革を起こすことについては、官僚には期待を持っていません。政治家の先生たちにこそ、頑張っていただきたいとずっと思っています。腹の据わっていない、2世、3世の政治家ばかりになっている自民党は、残念です。

クチパクなんてどうでもいいこと。もっと大切なこと。

 中国政府が北京オリンピックの開会式で、少女に「クチパク」をやらせたとか、花火がCGだったとか。そんなこと、どうでもいいことだと思うので、どうして、中国を攻める材料にする人がいるのか、よくわかりません。クチパクなんて、アメリカの音楽テレビ番組ではずっとあるし、日本だって同じでしょう。花火がCGだからといって、どうしてダメなのか?ただし、漢民族の子供たちに、少数民族のふりをさせているのは、ちょっと気になります。

 オリンピックのそんな演出の話よりも、もっと重要なことを、中国政府が隠しているという話を、FM東京の番組"Daily Planet"でとりあげていました。それは、この春、大地震があった四川省には、大規模の核施設があること(これは広く報道されています)、地震前後に、大規模の地下核爆発があった疑いがあること、中国政府は四川省における核施設の被害のこと、ウランが埋蔵されている地域に住むチベット民族を強制的に移動させていること。そういうことを、対外的にまったく公表しないこと。ラジオのあと、検索して見つけた、
IZAのこのブログ記事は、おもしろく読みました。
 最後に、FM東京のDaily PlanetのDJの、堀内貴之、最初は話し方に違和感を受けましたが、話題の取り上げ方、視点、けっこうおもしろいです。会社帰りの車の中で、よく聞いています。

 

”まさか”という坂

ある方からの残暑見舞いに、小泉元総理の言葉が紹介されていました。「人生には、上り坂と下り坂、そして”まさか”という坂がある。」 酒の席では下ネタ連発で、ダジャレがお好きだということをお聞きしたことがありますが、こういう言葉がでてくるところにも、小泉さんの人気があったのかもしれませんね。(小泉復帰待望説は、今でもくすぶっているようですし)

これからなんど中国国歌を聞くことになるのだろうか?

オリンピックで中国人選手がどんどん優勝していきます。女子レスリング72キロ級で優勝した20歳の中国人選手など、圧倒的な強さでした。13億の人口、次からつぎへと、新しい人材が湧き出てくるようです。
それに対して、同じ新興大国インドは、スポーツにはまったく価値をおいていないのでしょうか、金メダルはいまのところ、ひとつだけだと記憶しています。経済においては、BRICKsとひとくくりにされるブラジル、ロシア、インド、そして中国ですが、スポーツにおいては、ダントツで中国が強さを示しています。
残りの北京オリンピックもそうですが、次回のロンドンオリンピックにおいても、これからなんど、中国国歌を聞くことになるのでしょうか?

ガソリンは上がり、駐車場は下がる。

 ガソリンの値段がどんどんあがっています。その結果、車で遠出する人がすくなくなっているのか、高速が心なしか空いているように感じます。新聞で、時間貸しの駐車場が値下げしているという記事を見たばかりですが、今夜使った都心の住宅街にある駐車場も、写真の通り、値下げをしていました。
 ガソリンは上がり、その他の自動車関連サービスや商品の値段は下がっているのでしょうか。

Photo

年金の支払い記録をめぐる日英政府の違い

 きのうは、金融界で働き始めた頃(1980年代後半)お世話になった、某メガバンクにお務めだったNさんと昼食。お会いするのは数年ぶり。当時30代後半だったNさんも今年57歳、でも、当時とあまり変わらないかな。
 Nさん、ロンドン支店で4年ほど働いたことがあって、その間、年金掛け金を支払っていたそうです。そのままになっていたそうですが、ある方から、小額だろうけど、その掛け金に対して年金が払われるのではないかとお聞きし、イギリスに連絡したところ、きちんと支払い記録を確認し、こうすれば、これだけの年金が受け取ることができますよと、丁寧な連絡があったそうです。
 反対に、結婚まで某財閥系の企業に務めていた奥さんは、掛け金の支払い記録がまったく残っていなかったとか。
 日英政府の違いに、心底、憤慨されていました。日経新聞朝刊では、「ザ厚労省」という特集がスタートしていますが、中身を読んでいると、暗澹たる気持ちになってきます。

日曜日版の新聞各紙

2ヶ月ぶりに、お取引先のKさんと、社員のHさんの3人で、自転車。まだ風が強かったり、寒かったりする日が多いこの4月ですが、来月あたりから、少しずつ自転車に乗る回数を増やしていきます。

自宅でとっているのは朝日新聞なのですが、土曜版の読売新聞は、堤清二さんの回顧録が連載されているのでコンビニで買います。これを読むだけでも、土曜の読売新聞を買う価値はあるかな。日曜版は、読書コーナーがあるので、今日のように、複数の新聞をコンビニで買うこともあります。今日は東京新聞と、読売新聞を買ってみました。

東京新聞サンデー版で、イスラエル建国60周年の特集記事がありました。その中で、作家の広河隆一さんが、次のようなことを書かれています。「イスラエルのユダヤ人は自軍が占領地で何をしているかについて、本当に無知だ。まして1948年にパレスチナ難民がどのように発生したのか、まったく知らされていない。今、もう一度歴史を振り返り、この問題の原点となった事実を洗い出し、その記録を共有することしか、問題解決の道はないと思える。」

残念なことですが、パレスチナ事情に詳しい方のコメントなので、これが事実なのかもしれません。

イスラエルでも、中国でも、アメリカでも、そしてわれわれの国日本でも、為政者は自分たちに都合のいいことしか、われわれ一般国民に知らせようとしないということでしょうか。日本に関して言えば、破綻しているとされる財政や無駄が非常に多いと思われる税金の使い方など、実態をはっきりさせてもらいたいです。

dumbing down

あるIT系出版社の方とご面談。人そのものがメディアだというお考えには、大賛成。IT分野だけではありませんが、われわれはもっと本を読まないといけないということも同意見。アメリカも出版社のビジネスはきびしいようで、豊かな社会になり、自分を楽しませてくれるモノが増えると、人間は、「苦行」の読書からは離れていくものでしょうか?

昨日、久しぶりにお会いしたパルバースさんから教えていただいた英語表現で、dumbing down というものがあります。たとえば、今の日本のテレビがこのdumbing down の最たる例。The Japanese TV is dumbing down the audiences. (日本のテレビは、視聴者を馬鹿にしている。)その結果が日本人の「劣化」ということでしょうか?wiki にもこの言葉の解説がありますし、Dumbing Down of America というサイトがあって、自国の劣化を嘆いているのは、日本人だけじゃないなと思いました。このサイト、自国の大統領の写真も、dumbing down のサンプルとしてでています。

本を読んだからといって、必ずしも賢くなるとは思いませんが、テレビは日本人をdumbing down しています。今あるような民放であれば、無いほうがいいと思っているのは、僕だけではありません。ただし、多くの人にとって、読書は「苦行」のようで、「テレビを見るな、本を読め」というメッセージは、残念ながら、あまり人気がないことはよくわかっています。

Dalai Lama is no politician.

 3月22日付けのニューヨーク・タイムスに、パトリック・フレンチというイギリスの作家が書いた、チベット問題に関する記事があります。亡命後のダライラマと彼を支持する西側の人権活動家たちの活動が、意味ある展開につながっていないことを指摘しています。ガンジーが非暴力を訴えるだけでなく、「塩の行進」などを通して抵抗運動を進めたのに対して、ダライラマが亡命した段階で大勢が決まってしまったこと、中国政府は諸外国からの非難を聞くような耳を持っていないことなど、考えさせられる内容のエッセイです。中国とお付き合いしていくことのしんどさを考えさせられます。アメリカには「理想主義」がひとつの背骨としてありますが、中国にはそんなものはあるとは思えません。日本にとって、本当に手ごわい相手だと思います。

NY Times 記事

 最後に、僕はこのパトリック・フレンチという作家にも非常に関心を持ちました。まだ彼の作品は日本語訳がでていないようですが、アマゾンで彼の書いた本を2冊ほど注文しました。

Patrick French

韓国人ITコンサルタントとの夕食

 昨晩、韓国と日本でITコンサルティングを行なっている方と歓談。日本語もお上手。日本に暮らしながら、日本で仕事をしていて、先々は日本国籍も取ろうと考えているとか。日本への「愛情」をお持ちの方だとお見受けしました。

 この10年ほど、韓国で起こっているさまざまな変化のことをお聞きしました。何千億円も使いながらまったく実質的な前進が見られない日本政府の電子化(住基ネットなんて誰が使っているのか!)に対して、韓国はどんどん電子化が進んでいて、国民の便利さを優先して電子化をすすめているそうです。医療、教育、行政、金融のIT化が日本は遅れているというご意見でした。例えば、医療の分野では、韓国のソウル大学の病院はベッド数が1000以上あり、カルテの電子化も進んでいるそうですが、この病院を支えるIT投資は10億円以下なのに対して、東京にある某有名病院は250ほどのベッド数でIT投資費用が30億円ほどだということでした。この方のお話では、日本のITベンダーに力がないこと、クライアント側(病院)にITへの理解、ITの導入知識がなく、ベンダーの「おどし、すかし」にやられっぱなしだということでした。残念ですが、これは国と大手ITベンダーの間でも同じような関係がまだまだあるのではないかと思います。

 1962年生まれということでした(45歳)。 韓国では、どれだけ日本が素晴らしいかということを聞かされながら育ったこともあり、日本は憧れの国だったそうです。なので、1990年代半ば以降、必要とされる改革を進められない日本が残念でしょうがないということでした。

 

激動の2008年

サブプライムからスタートした金融システム、金融機関への信頼の崩壊、中国のチベット問題(かつて、モスクワオリンピックを西側諸国がボイコットしたようなことは起こらないでしょうが)、世界的な環境問題、資源の高騰、食料危機の予感。激動の2008年!

JAPAiN -英エコノミスト誌特集記事

昨日、3月12日の日経新聞で一面を使って英エコノミスト誌の日本特集記事の抄訳記事がでていました。日経新聞の記者が伝えたいことを、エコノミスト誌を代弁者にしたのでしょうか。

「なぜ日本は失敗を続けるのか」、「何も決められぬ政治家」、「やる気なくす官僚」、「有権者にも責任の一端」。見出しにでている言葉は、我々庶民の多くの気持も代弁してくれています。

ちなみに、エコノミスト誌の記事はこちらで読めます。→リンク

意味のない討論番組

 知り合いが何人かでていたこともあって、久しぶりにNHK「日本の、これから-大丈夫ですか?日本人の学力」を見ました。さまざまな視点を提供しようとしているのかもしれませんが、大騒ぎをするだけで、3時間もの長き番組の最後に、なにかが得られたという感じがまったくしませんでした。この番組だけではありませんが、多数の人間が参加するこの手のテレビ番組の作り方はずっと変っていないように思います。残念ながら、感情的なコメントを主張しあうだけになっています。

 ここ数年の変化と言えば、視聴者の声も同時中継的に反映させるために、電話、ファックス、あるいはメール(PC、ケータイ)で、投票させて、番組中に紹介するということだけのように思います。視聴者参加、民主的ですよ!というアピールでしょうか?

 昨晩の番組でも、参加者をもっと絞っていただき、政策決定に関係している方たちにもでていただきたい。また、あまり子どもたちの意見を聞いても意味はないのではないかとも思いました。(「なぜ勉強しないといけないのか、分からないのに、勉強できない」なんて発言で、大人たちがうろうろする必要はまったくない)3時間もあって、どうして議論が深まらないのか? 

 コメント内容と議論の仕方が傑出していたのは、杉並区和田中の藤原さん。実社会におけるビジネス経験、学校の実情もよくわかっていらっしゃるので、いたずらに理念的になることもなく、「べき論」と「現実」のバランスを考えていらっしゃるように思いました。

 この手の討論番組を、どのように行なっていけばいいのか。その方法論を研究されている方はいないでしょうか?テレビの力を考えると、せっかくの機会をもっと意味あるものにするためにも、研究成果を番組制作に生かしていただきたいと思います。

追伸: 同じNHKでも、教育テレビの「一期一会」の方が、30分で、ずっと中味のある討論番組になっています。

プリウスにのった「百姓」がナウくて、もてる日

 Financial TimesのGillian Tett(以前、この新聞の東京支局にいたジャーナリスト。「セイビング・ザ・サン-リップルウッドと新生銀行の誕生」の著者)のコラムをよく読みます。2月15日付けのFTで、"Forget credit and oil-the next crisis will be over food."という彼女の記事を読んで考えてしまいました。信用不安、石油危機どころか、食料危機が近づいているのではないかという話しです。(ウェブでも記事が読めます→FT

 この前、会社の女性社員に言われたことを思い出しました。今乗っている車の調子がちょっとおかしくなったのですが、そのとき、「プリウスに替えたらどうですか?これからはハイブリッドですよ!」。デート相手の車は、環境にやさしい車がいいそうです。

 で、近い将来、本当に食料危機が来たときには、食料を自給できる地方の農家で、プリウスに乗っているような男の株が一気に上がるのでしょうか?

日米の政治家比較

昨日、政治のことを論ずるような見識は持っていないと書いたばかりなのですが、選挙で勝った途端に、それまでの「持論は机上の空論でした」と宣言する知事って、一体、なんなのかと思ってしまいました。(→ヤフー・ニュース) まったく勉強も、準備もなく、言っていたことは単に無責任な発言だったと開き直っているのでしょうか?

 アメリカの大統領予備選挙の行方に関心があります。アメリカは黒人の大統領を受け入れる準備ができているのでしょうか?世界は初の黒人大統領を期待する人が多いのではないかと思うのですが、どうなのか?

 弁護士資格はもっていてもタレント業に忙しかった日本の知事。アメリカ史上初の黒人大統領を狙っているオバマは、ハーバードのロースクールを非常に優秀な成績で卒業した法律家。同じ法律家出身でも、日米で天と地ほどにレベルが違う政治家が、違う理由でマスコミをにぎわせていることが、少々、情けなくあります。

新大阪駅風景

Photo オデッセイユニバーシティのために大阪に日帰り出張。現場を担当されているPCスクールの関係者の方たちと直接にお話することが勉強になります。

 帰り、新大阪駅構内、午後7時くらいの風景です。普通の女の子たちふたりが、柱を背もたれにするような感じで地面に座っていました。以前、知り合いから、だらしがないのは躾けのなさだけでなく、筋力が衰えているからではないかという意見を聞いたことがあります。

 普通の女の子たちに見えました。日本ではこれが普通の風景になっているのかもしれません。これを普通のこととして見過ごしていく日本が、ちょっと恐ろしい気がしました。

「糞便を垂れる土偶」

「殿様やその一族は、百年の無為徒食ですっかり無力化し、国政は家老がにぎり、その家老一族も貴族化して家老の家老が実権をにぎり、それもまた、逸楽に馴れて、世のうさわではどの人物も、糞便を垂れる土偶同然になっている。」 (司馬遼太郎著『国盗り物語1』より)

 サブプライム問題へのアメリカ政府の対応が非常に早いことに感心する友人が多いです。それほど問題が深刻なのかもしれません。対岸の火事かと思いきや、日本の金融機関でも問題が噴出しつつあります。日本の政治・役人たちが内向きの議論ばかりしていることとの差が目立ちます。

 この国が、斎藤道三ならぬ、諸外国から見たとき、「糞便を垂れる土偶同然になっている」レベルまで落ちていないことを祈っています。企業も国家も、すべての組織は緊張をもって精進していかないと、いつ足をすくわれるものか。

「鉄娘子」の誇り

今朝の読売新聞の「中国細見」というコーナーで、中国の呉儀副首相(69)のさよなら宣言のことが紹介されていました。以下のような発言だそうです。

 「私は完全引退したら、政府関係であろうが、半官組織であろうが、大衆団体であろうが、どんな役職にも就きません。みなさん、私のことは、きれいさっぱり忘れてください。」

 女性副首相として日本でも有名な方ですが、こういう胆力をお持ちの方がトップ層にいらっしゃる中国のことに、この頃関心を持つようになっています。この記事によると、前首相の朱要鎔基は、「辞めたら国民にどんな首相だったと思われたいか」と問われ、「清官(清廉な官吏)だった。そう一言いってもらえれば満足」と答えたそうです。

 このふたつの話、それほど中国での政治家、官僚による腐敗が激しいということの裏返しなのかもしれません。そんな中国の現状でも、強烈な誇りをもって自分の理想を生き抜こうとする真のエリートたちの話にとても関心があります。

 日本の首相にも、お聞きしたいです。「辞めた後、あなたはどんな首相だったと思われたいですか?」と。

 そして、この質問は、僕ら一人ひとりにも返ってきます。会社を辞めた後、あるいはこの世からオサラバした後、なにを残すのか(カネ、家族、それともまったく形のないもの?)、どのように思われたいのか。

 

「田中森一」関連本と年金問題

『反転』がベストセラーになっている田中森一さんの本を続けて2冊ほど読んでみました。『必要悪』はキツネ目男・宮崎学との対談、『バブル』は夏原武(『クロサキ』原作者)との対談。2冊読むと、ほとんど繰り返しになって食傷気味になりましたが、空前絶後の日本経済バブル期に生きた一人の豪胆な男の生き様は、確かにおもしろいものがあります。

 ところで、年金問題はまったく解決のめどが立っていないようで、威勢が良かったマスゾエ先生も言い逃れに終始しているようです。勉強不足なのですが、この年金問題、被害者はわれわれ民間人だけで、公務員にとってはまったくの対岸の火事なのでしょうか?

 田中さんの本を読んだあとに今の年金問題を考えると、年金問題というのは実はバブル期のなんでもありの不動産投資や不動産融資、株式投資などと同じレベルだなという印象を持ちます。バブル崩壊から20年近く経とうとしているいま、国の滅茶苦茶な管理体制があらわになっています。80年代から90年代にかけてのバブル経済が、日本人の金銭感覚を変えてしまったというのが、田中さんの本のテーマのひとつで、この時期、一部の不動産屋たちは借りた金は返す必要もないかのような態度をとっていました。今の政府の有様を見ていると、少なくとも年金に関しては、この頃の不動産屋さんたち以上にひどいかもしれないと思うことがあります。

中国で感じる世界

20年ほど前時々会っていた勉強会仲間数名で忘年会。中の一人は、仕事の関係で北京や長春によく出かけているので、中国、北朝鮮事情を聞かせてくれました。北京にいると、アメリカの存在だけでなく、ロシア、ヨーロッパ、中東、アフリカ諸国、さらにはイスラエルからの人間たちをよく見かけるとか。圧倒的にアメリカ(人)の存在が大きい東京と比べて、北京はアメリカ人以外の存在を感じるということでした。また、北朝鮮にも、日本人以外のビジネスマンたちは、大きな音を立てることなく、関係確立のために進出しているというのが、彼の意見。中国で感じる世界は、東京にだけいてはわからないものがあるに違いない。

情報収集に始まって、対立する関係の中に入っていくことが不得意な日本人。世界は複雑で一筋縄では割り切れない中、日本はどうやって自分のアイデンティティと利害を守っていくのか。

僕も来年は中国語(マンダリン=北京語)を勉強してみようかなと思っています。昨年、オデッセイにアイセックの研修生として来ていた中国人学生のチェンチェンは、今、名古屋大学に聴講生として来ています。来年もアイセックの紹介で中国人学生を受入れる可能性があります。アメリカとだけでなく、中国にもたくさんの友人を作りたいと思います。

不思議なワンダーランド・マカオ

今週末はマカオに来ています。香港からジェットボートに乗って1時間ほどの距離にあるもうひとつの中国です(ポルトガルから返還されて7年でしょうか)。

勉強会仲間たちと来ているのですが、彼らに「強制」されないと、マカオなんて来なかっただろうと思っています。経営者仲間たちとのちょっとした「修学旅行」です。マカオは世界最大のカジノ市場になっているということですが、われわれが泊まっているホテル・ベネチアンは3000室あり、ロビーフロアーには巨大なカジノが広がっています。西洋人は非常に少なく、主な顧客は中国人(本土、香港)のようです。

僕はまったくギャンブルをしないので、このマカオの発展振りを不思議にみているだけです。ホテルベネチアンをはじめとして、米国ラスベガスにある巨大なホテルが同じようにマカオに作られ、そこにどうやって儲けたのかはっきりしない性格のお金(賄賂やピンはね!)も含めたさまざまなお金を持つ中国人たちが、夜、昼、カジノで遊び、いわゆる、「飲む・打つ・買う」を行なっているのが、この町だということのようです。

ここに20年間住んでいるという日本人ガイドさんがマカオの歴史から経済の話まで聞かせてくれましたが、とてもダイナミックな変化を遂げつつある、まさに中国バブルの「あだ花」のような町だと思います。ずっとスタンリー・ホーが経営するリスボアというカジノ付きホテルしかなかったところに、4年前、サンズというアメリカ資本のカジノ・ホテルが進出。数百億円の投資を、1年で回収するという大成功を収めたことがきっかけになって、ラスベガスのほかのホテルがマカオに進出してきたそうですから、そのきっかけを作ったサンズの経営者はたいしたものだと思います。

今日一日いて、明日日本に帰ります。

減っていく国際会議

11月22日付け日経新聞夕刊の「政界なんでもランキング」コーナーで、日本で実施開催される国際会議の数が減っているという記事がありました。2006年の国際会議の開催件数で一番多いのがアメリカで894件。以下、フランス(634件)、ドイツ(434件)、オランダ(391件)、オーストラリア(382件)がトップ5。アジア勢では、シンガポールが298件で10位。日本は、中国(204件)、韓国(185件)を下回る166件で18位。

ジャパンバッシング(bashing) ならぬ、ジャパンパッシング(passing) の一例。

今朝の朝日新聞から。

今朝の朝日新聞朝刊から。記事を読んだ後、「知らされていない」と感じたこと。

その1.日本が、ザトウクジラも「調査」対象とすることに関して、オーストラリアで日本の捕鯨反対の動きがでているそうです。日本ではほとんど報道されていない捕鯨船の出航。日本は「調査」目的の捕鯨といっているようですが、今年も1000頭を捕獲し、クジラの肉を「調査費にあてるために販売」するそうです。記事だけを読んでいると、なんの「調査」なのか、納得できなかったです。水産庁はなにかを隠しているのか?記者も知っていてはっきり書かないのか?

その2.「あしたを考える」シリーズ。南京事件から70年で、日中両国の研究者らが24日から事件に関する国際シンポジュウムを開くとか。シンポジュウムの結果は別途報道があるのだと思いますが、大会への参加者が誰なのか、主催者が誰なのかに興味があります。南京事件は、政治的な立場の違いによって、主張が大幅に異なり、議論が交わることさえも困難ですから。

頼むから税金の無駄使いはやめてくれ!

こんな記事を見ると、時々、叫びたくなります。(日経ネットから)

小沢一郎、あるいはビジネスモデルの模索

ティムオライリーが、コンテンツビジネスは、有料(購読収入モデル)か、無料(広告収入モデル)か、これからも最適なビジネスモデルを模索する時期が続くだろうという趣旨のことを書いています。("Free is more complicated than you think"。「無料は、あなたが考えるよりも複雑な話だ」)

これを読みながら、先週末、代表辞任を表明して大きな反響を呼んでいる民主党代表の小沢一郎という政治家のことを思いました。僕はノンポリで、特定の政党や政治家に肩入れしてるわけではありません。(どちらかというと、保守的な考えを持っているかもしれません。) ただ、小沢さんというのは、自民党から飛び出して以来、自分なりの理想を求めて、日本政治における「ビジネスモデル」を模索してきた人なのではないかと思います。いろいろと欠点や問題点はあるのかもしれませんが。

会社をやり始めて変わったことのひとつは、政治家に対して、好意的な考えを持つようになったことです。(その反面、役人に対しては、シビアな見方をするようになりました)日本の政治のことを糞みそに言う人たちは、自分に唾しているようなもの。自分たちのレベル以上の政治を求めても、そんなものは手に入らないよ。(投票にさえ行かない連中は、僕らが与えられている、ただ一つと言っていいほどの「平等」を捨てているとしか思えないです。)

小沢さんに関して言うと、この前の参議院選挙で、僕が小、中高通った、愛媛県の南宇和郡(現在、町村統合の結果、愛南町という名前に変っています)にまで足を運んでいたことを知り、驚きました。パーフォーマンスかもしれないけど、よくあそこまでいかれたなと思います。(それほど、僻地です!)

日本の食は危ない?!

このブログ(黒犬通信)のテーマなんて、特にこれといったものはなく、実は、誰に読んでもらうということも意識して書いていません。(しいて言えば、会社のひとたちのことは意識しているでしょうか?)その日、その日、感じたことを、自分のためにメモしているというありさまなのですが、あえて一つテーマをあげるとすれば、「日本はヤバイ!われわれ一人ひとりがなにかやらなくては。」ということかなと思います。80年代、アメリカの学校に行っていた頃、「アメリカはヤバイ。このままでは、日本にしてやられる!」という声が、アメリカ国内に多くありました。そのときには、他人事でしたが、20年経って、立場は逆転しています。

10月1日付けの日経新聞を読んでいたら、日本の食品安全基準は、まったく当てにならない、という記事がありました。(「経営の視点」編集委員・太田泰彦) この記事によると、アセアン(東南アジア)の食品加工会社の経営者の発言として、「日本は残り物の市場。食のゴミ箱と呼ぶ人もいる」とか。日本人は、国内の安全基準が、国際的にみて極めて甘いことを知らない、ということのようです。たとえば、醤油(しょうゆ)に含まれる「3-MCPD」という化学物質は、発がん性の疑いを受けて、EUが真っ先に含有量の規制策を打ち出したそうです。この基準は、0.02ppmなのに対して、日本の業界自主規制では、1ppmとなっているそうです。

全国的にビジネスを行なっている、ある製パン会社の菓子パンは、一週間経ってもカビがはえてきません。僕が時々買う、ある小さなパン屋さんのパンは、翌日にはもう硬くなります。夏場などは油断していると、2日目にはもうカビがはえています。それに対して、一週間経ってもカビがはえてこない某大手製パンメーカーの菓子パンには、一体、どれだけの防腐剤が加えられているのでしょうか?国の基準、あるいは業界の自主規制はクリアしているのかもしれませんが、そのような基準は、上記の醤油の例同様、他の国では許されているレベルなのでしょうか?(冗談半分に、この全国展開している会社の経営者は絶対にこのパンなんて食べないだろうなと、社員のひとたちと話したことがあります。)

日本は80年代のアメリカになってしまったのでしょうか?その後、アメリカは再生を繰り返し、特に、金融とIT分野においては、圧倒的な強さを誇っています。日本の再生は?昨日、ビジョンのことを書きましたが、根本的なことから考え直す時期に日本はあるのだと思います。

yaginuma.comの写真

元・マイクロソフトで、山形県在住の柳沼さんのブログからアクセスが増えているので、どうしたのかと思って久しぶりにチェックすると、黒犬通信にリンクを貼っていただいていました。(→-1℃は寒い) 柳沼さん、ありがとうございます。

柳沼さんのお撮りになられた写真を拝見していると、丸の内界隈から、つかの間でいいので、山形の大井沢町にワープしたくなります。

yaginuma.com

追記

マイクロソフトのある南新宿についで、有楽町の丸井の地下にも、話題のドーナッツ屋ができています。1時間も、2時間も待っても食べたくなるほど、ここのドーナッツはおいしいのでしょうか?柳沼さんではありませんが、1時間も、2時間も待って買うので、おいしくなるのでしょうか?そんな時間の余裕がない大人になってしまった黒犬には、1、2時間も待つ人たちは、理解できなくなりました。

相撲、柔道、教科書検定

最近の話題から。

相撲界:国内から入門する人が減り、横綱になるのは外国人ばかり。究極の体育会的シゴキで若者一人が亡くなり、ますますのイメージダウン。

柔道:国際的な協会で発言できる日本人理事は落選。日本の関係者の手から離れていくお家芸。

教科書検定:今度は中国、韓国ではなく、国内の沖縄からだけど、歴史的に本土とは異なるものを持つ人たちの反発。

それぞれ別々のことですが、共通するテーマと課題には、同じものがあるように思います。

パレスチナ・ガザ地区での人口爆発

ハワイから帰りの機内で読んだ新聞記事です。機内では普段とっていない、読売新聞などを読むようにしています。10月1日付けの一面で、エール大学のポール・ケネディ(歴史学者)が紹介していた話、二つです。

パレスチナ・ガザ地区では、1950年から2007年までの間に、人口が24万人から150万人に増加。同じようなペースでアメリカの人口が増えていたら、1億5200万人(1950年)が、9億4500万人になっていたことになるそうです。(実際は、現人口は3億100万人)。そして、ガザ地区に住む多くの若者たちは、失業などから、怒りや大きな欲求不満を抱えています。これまでと同じようなペースで人口が増え、現状に絶望している若者たちが増えていくとしたら、対立するイスラエルが、どれだけ武器をそろえたとしても、心安らかに日々を送ることは不可能だと思います。

パレスチナは日本からは遠く、日本赤軍がまだ活動していた70年代以降、ほとんどの人、特に今30代以下の人たちは、この場所の歴史や現状について、まったく無知な状態なのではないかと思うのですが、この地域が、世界にとって重要な意味を持っているのは確かで、僕らも知らぬ存ぜぬでは、済まされない日が来るのではないかと思います。

それから、もうひとつ、ポール・ケネディが紹介している話があります。アメリカには220万人ほどの囚人がいるそうです(2005年時点)。この数は、絶対数で世界一、人口比で、アメリカの囚人数は、ヨーロッパ諸国の大半よりも、7、8倍多いとのことです。

人間の歴史上、これまでない豊かさが実現されている世界があり(過去から見るとユートピアとも言えるほどの豊かさ)、同時に、鬼畜同様の人間が増えているという現実が、日本も含めた多くの国であるように見えます。

天国から地獄へ

昨年4月、新宿御苑であった、「首相と桜を見る会」に参加したとき、次期総理の期待が高かった安倍さんに対する人気は、ものすごいものがありました。(2006年4月16日の黒犬通信)それから今日に至るまでの1年半に起こったことは、安倍さんにとって、まさに天国から地獄へ突き落とされたような展開ではないでしょうか?

アメリカ海軍のHPでの情報公開

田原総一郎が日経BPのサイトで書いている文章で、初めて以下のことを知りました。

8月31日深夜放送の「朝まで生テレビ」で、橋本元首相の秘書官だった江田けんじ衆議院議員(無所属)が驚くべき資料を出してきた。それは、アメリカの第5艦隊の正式なホームページに掲載されていた情報で、「日本からインド洋に出ているイージス艦が給油をしている油の85パーセントにあたる8662万9675ガロン(約30万キロリットル)がアフガン戦争ではなく、イラク戦争に送られている」というものだった。

これが本当だとしたら、日本の新聞もテレビも、秋の国会の最重要の議題に関して、ろくな報道をしていないということになりますし、相変わらず、政府はわれわれ国民には本当のことを知らせていないということになります。アメリカ政府はおろか、韓国政府のほうが、まだ日本政府よりも情報公開が進んでいるという記事を最近よく目にします。西山元毎日新聞記者が報道した、沖縄返還に関わる日米間の密約に関しても、アメリカ政府の公文書で確認され、さらに日本側の外務省担当者も認めているにも関わらず、外務省は知らぬ存ぜぬを決め込んでいます。

アメリカ海軍のHPというものを、初めてチェックしてみたのですが、いろいろな情報が公開されています。(もちろん、不都合な事実は公開などしていないでしょうが) 給油問題に関して、どこに記述があるのか、時間があるときに、調べてみたいとものです。

会社が危機にあるとき、社員に状況をきちんと説明することが、危機に対応するための大前提のように思います。同様に、国と国民の関係も、長い目で見たときには、きちんと説明してくれたほうが、国に対する信頼が育つと思うのですが、この国の政治家や役人はそうは考えないのでしょうか。