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「まだ東京で消耗しているの?」(イケダハヤト著)

高知に帰省している時に入った本屋で見つけた本。東京から高知に移住したブロガーの体験記。
プログへのアクセス数で収入を稼ぐというネットの時代だから可能になった生き方を実行しているアイデアマン。ネットでは批判者も多いようですが、この本の中であげているアイデアの一つ二つでも実行し成功することで、著者が「事業家」になっていくことができるのかどうかに興味があります。10年後の著者に期待しています。

ぼくの帰省先は高知県の西南部なので、著者が住む県北部とは環境はかなり違うかなと思いますが、高知県を盛り上げていく意欲に溢れる人が増えることはいいこと。
「環境を変えるだけで人生はうまくいく」という副題には無責任に賛成することはできないけど、環境を変えることが袋小路にはまってしまった時には一つの解決策になるかもしれないことには賛成。

「がんとどう向き合うか」(岩波新書)「いのち織りなす家族」(岩波書店)

どちらの書籍も、医師であった額田勲さんによる書籍。
2007年に出た「がんとどう向き合うか」ではご自身も前立腺癌にかかっていることを表明されていて、ネットで調べると2012年にお亡くなりになられている。この本を読んで著者の謙虚さや患者に対する想いの深さに感動したので読んでみたのが、「いのち織りなす家族」。この本は2002年に出された本で、この本においても著者の真摯な姿勢を確認することができた。
寿命ということ、医療の限界、どのような死を迎えるべきかなど、とても重要なテーマについて自分の考えを深めていくためのヒントを提供してくれる。
先日お亡くなりになられた日野原先生も過度の延命処置は拒絶されたと聞く。与えられた時間で何をなすのか、何を目指すのか、それなくして単に生きながらえることそのものを目標とはしたくない。

エリザベス・ストラウトを読む。

アメリカの女性作家、エリザベス・ストラウトの2作品を読む。『私の名前はルーシー・バートン』と『オリーヴ・キタリッジの生活』。大きな物語はなく、小さな物語が淡々と語られていく。どちらの本も素敵な装丁だ。

岩波新書「四国遍路」(辰濃和男著)

今年に入って四国に毎月帰省しています。最寄りの空港からレンタカーして実家に帰りますが、その道中、国道を歩くお遍路さんたちを見かけます。特に、GW中には数多くのお遍路さんたちを見かけました。一人で歩く人もいれば、二人で歩く人たちもいます。国道にはトラックなども多数走っているので、ところによっては危なっかしいのではないかと思います。事故に遭うことなく志を遂げることを祈るばかりです。

「四国遍路」は朝日新聞の天声人語を書いていた名ジャーナリストが、1999年70歳を目前にしながら、何度かに分けて88カ所を歩いた体験を記したもの。ご本人にとって四半世紀ぶり、2度目となる88カ所めぐりだったそうです。「文章の書き方」(同じく岩波新書のロングセラー)の著者だけあって、とても読みやすい文章です。いつかこのような文が書けるようになりたいと思います。

空海が始めた四国という場を舞台にした小宇宙の物語。これまで数知れない名もなき人たちがその物語を一歩一歩辿りながら、新しい自分を見つけ、人の情けにふれ、自然の偉大さを発見する旅としてきたのではないかと思います。

いつかぼく自身、お遍路さんの旅に出ることもあるかもしれません。四国88カ所とは限らないかもしれませんが。

「認知症とともに生きる私」(「絶望」を「希望」に変えた20年)クリスティーン・ブライデン著

最近読んだ本で心の奥からなにかを感じた本。
超・長寿社会となり、100歳まで生きることがそれほど珍しいことではなくなってきている。長く生きていると、二人にひとりか、三人にひとりというくらいの割合で、認知症になったり、癌になったりする。その前段階で、糖尿病にかかる人はもっと多いのかもしれない。ぼくも、もしあと10年、20年、あるいは30年の時間生かされているとすると、認知症かガンか、あるいは他の病気になっているのかもしれない。その前に、腰痛で腰が曲がっているかも!そうならないために、せいぜい体を動かし、少しばかりの運動もしているつもりなんだけど、まだまだ足りていないかな。

高校生の時に使った英語の参考書の中に出ていた、「運動する時間を見つけなかったら、病院のベッドの上で過ごす時間を作らないといけなくなる」という文章は今もよく覚えている。

「認知症とともに生きる私」の著者は、4月末に京都であった認知症に関する国際会議でスピーカーとして来日していたようで、その前後に、新聞では認知症に関する記事が多く出ていた。著者は46歳の時に認知症になっていることを宣告され、それから20年間、新しいパートナーに支えられながら、認知症に関する理解を広め、認知症に苦しむ人たちを助けるための運動で先頭に立って国際的な活動を続けてきた。

パソコン、インターネット、銀行のキャッシュカードをはじめとして、個人IDとパスワードは、生活していくために、必ず覚えておく(どこかに記録しておく)必要がある。
数字やパスワードが覚えられなくなるどころか、自分の家がどこにあるのか、昨日何が起こったのか(約束したのか!)、明日のためにさっき何をしたのか。そんなことの多くが、自分の記憶の中に留まることなく、全て流れ去っていったとしたら、ぼくらは今の時代に生きていくことは不可能かもしれない。クルマが運転できなくなったら、それはそれはたいへんなことだ!

そんな不可能な状況に追い込まれた人たちが、今の社会には多数いることを覚えておきたい。


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「海岸線の歴史」(松本健一著)、「日本社会と天皇制」(網野善彦著)

日本はずっと単一民族で百姓の国だったと信じ切っている人たちもいるのかもしれませんが、ぼくはあまりそれを信じていません。
確かにアメリカやヨーロッパの一部の国のように多数の移民が国民の何割かを占めたり、さまざまな肌の色の人が歩き回っているようなところではありませんが、2000年、あるいは3000年の日本の歴史は決して日本列島の中だけで完結してきたのではなく、朝鮮半島や大陸との東アジアの国際関係は時代による程度の差はあれ、つねにダイナミックな動きをしてきたと思っています。百姓は100の姓を持つ人たちで、いろいろな手仕事や家仕事をやってきたし、日本人=農耕民族というイメージはぼくのなかでは決してすべてではない。

最近読んだ本で面白かったのがこの2冊。網野先生の本はこれまでも何冊か読んでいますが、この本は岩波ブックレットのシリーズの一冊で、講演を本にしたものでもあって、ちょっと物足りないのですが、面白い内容です。

松本先生の本は、海岸線から日本の歴史をとらえた本。ユニークな視点。「日本の海岸線をぜんぶ合わせると、アメリカの海岸線よりも長く、1.5倍、中国の海岸線よりもはるかに長く、2倍に達するのである」ところが、「現在では、日本ぜんたいの8割くらいの海岸線には防波堤が造られている印象である。(中略)コンクリートの防波堤は、津波や高波などから船や陸上の家や田畑を守るために必要なものとして造られたのではあるが、これによって海辺に住み、労働し、遊び、祈る、ということが、日本人の暮らしから遠くなって久しい」

松本先生のこの本が出たのは、2009年。3.11の2年前です。

「日本インターネット書紀」(鈴木幸一著)

一年の最後に読み終えた本。
IIJ創業者の情熱いっぱいの起業の記録。インターネットに対する熱い想いに感心しました。
著者にはお会いしたことはありません。カネもうけではもっとスマートに成功した起業家は多々いるかもしれませんが、粘り強く、信念をもってビジネスを行ってきた姿勢には心を動かすものがあります。
起業家としてぼくももっと頑張らないといけないと、発破をかけられた思いです。

2017年はこれまで以上にいい年になるようにベストを尽くします。

1941年、そして2017年。

先日、「1941 決意なき決戦 (現代日本の起源)」という本を読みました。著者は堀田江理という東京生まれでプリンストン、オックスフォードで教育を受けた方です。まず英語で書かれたこの本は、次に著者自身によって日本語訳されています。ホノルルのバーンズ&ノーブルでもこの本がありましたが、今の僕には英語で読む時間も気力もないです。

1941年、日本の指導部が開戦への意思決定を行うプロセスをたどった仕事です。300万人の日本人が亡くなる結果となるアメリカを始めとする連合国軍との戦いを決めた日本のリーダーたちが、なんと近視眼的で、感情的で、長期的プランもない、「ギャンブラー」たちであったのかを確認することができます。読者体験は決して軽いものではないです。

副題に「現代日本の起源」とあるように、著者の視野はフクシマで再度我々の目前に示された日本のエリートたちの無責任さにまでつながっています。1941年から現在まで、この国の本質的な課題は変わっていないということを改めて実感します。

実は先週二日ほど休みを取って真珠湾を見学に行きました。この本を読み始めたことが動機の一つにあります。アリゾナメモリアルが1941年の開戦の象徴だとすると、すぐそばに停泊している戦艦ミズーリ号は1945年9月2日の日本降伏を現在に伝えています。時の重光外相がサインした降伏文書は調印式が行われたデッキで展示されていました。歴史の教科書で見たあの写真の場所です。1945年9月2日、ミズーリ号は東京湾に停泊していましたが、「引退」した今は、真珠湾で静かに余生を送っていました。

数日間で往復したのでしんどかった旅行ですが、これまでのハワイ体験とはちがった意味ある旅行でした。

あと数日で2017年。来年は、会社の事業の柱となっているオフィスの資格試験をはじめて20年、ビジネススクールを卒業して30年になります。2017年はあらたな気持ちを持って迎えたいと思っています。

「ピアニストは語る」(ヴァレリー・アファナシエフ著)

現代ピアニストの一人。ロシア出身で亡命したベルギー在住。ぼくはこの人の音楽を聴いたことはなかったけど、書評を読んでおもしろそうだったので買ってみた。一気に読んだけどもとてもいい本だった。
この本を読んで、彼の演奏も聴いてみることにしたし、彼の先生でもあったエミール・ギレリスの演奏も。
リヒテル、グールド、ミケランジェリ、ラフマニノフ、マルゲリッチなどに関する彼の意見はとてもおもしろかった。特にぼくが好きなリヒテルについて。

アファナシエフは文筆業も行っているそうで、彼の言葉や人生哲学もおもしろかった。例えば、以下のような話。

「プラトンの『メノン』などの対話編によれば、知識とは想起、すなわち自分がすでに自らの裡に持っているものを想い起こすことだということです。あなたの心は、すでにすべてを持っている。(中略)ほんとうの知識は、外から来るのではないのです。これがとても重要です。なぜならそれは、すべてはすでに自分の裡にあるということなのですから。あなたが外に出て行くのは、ふたたび自分に帰るため、自分自身からスタートし、正反対のものまで行き、しかる後に再び自分自身へと還ってくる。それが創造という行為なのです。正反対に行くことによっていったん自分を否定して、しかる後にその、自分とは正反対のものまでをも自らの一部となした上で、再び自分へと還っていく。この往還の行為こそが、ヘーゲルが口を酸っぱくして言っていた弁証法なのです。」

書籍「見て見ぬふりをする社会」(マーガレット・ヘファーナン著)

非常にいい内容の本です。2011年に日本でも翻訳出版されています。日本語版の刊行にあわせて「はじめに」が加えられていて、そのなかで福島原発に関連して東京電力経営陣に関する言及があります。ただ、この本を読んでいると、「見て見ぬふりをする」のは、日本人だけではありませんが。

著者に関心をもったのは、彼女がTEDで行ったスピーチを偶然みてからです。スピーチのなかで紹介されたアリス・スチュアート医師は、この本の中でも登場します。

この本の中で印象に残った文章を、以下、紹介します。

私は厳しいことで悪名高い教授、マイケル・タナーの許でヘーゲルを学んだ。教授は革のジャケットとレコードのコレクションで、研究室の床が覆われていることで有名だった。レコードの大半はワーグナーだった。教授にヘーゲルの「歴史哲学」に関する私の分析を朗読したあと、私はこんなにも難解で曖昧なテクストを読みこなしたことをほめてもらえるのを期待して彼を見た。それはありえなかった。「いいだろう」教授は特に感心した様子もなくいった。「それで、ヘーゲルの誤っている点は?」これが私にとっての教育のはじまりだった。

「規制の虜」(黒川清著)

副題は「グループシンクが日本を滅ぼす」。グループシンクはgroup thinkのこと。
この本はどういう本かと簡潔に言うと、「日本を代表するエリートによる、既得権を守ることに四苦八苦するエリートへの批判と絶望の書」というところか。
著者は国会が作った福島原発の事故調査元委員長。その経験をもとに書かれた本。東大医学部卒、カリフォルニア州立大学医学部教授、東大医学部教授、日本学術会議会長、等々の経歴。

まっさきにこんな文章で始まるのだから絶望的になってくる。

「志が低く、責任感がない。自分たちの問題であるにもかかわらず、他人事のようなことばかり言う。普段は威張っているのに、困難に遭うと我が身かわいさからすぐ逃げる。これが日本の中枢にいる『リーダーたち』だ。政治、行政、銀行、大企業、大学、どこにいる『リーダー』も同じである。日本人は全体としては優れているが、大局観をもって『身を賭しても』という真のリーダーがいない。国民にとって、なんと不幸なことか。福島第一原子力発電所事故から5年が過ぎた今、私は、改めてこの思いを強くしている。」

この本のなかにはふたりの例外的な日本人があげられている。朝河貫一、山川健次郎。彼らの残した業績はもっと広く紹介され勉強されるべきでは。特に隣国との関係が悪化し、過去と同じ蹉跌を歩もうとしているかに見えるいまの時代、1909年に出された朝河貫一の日本への警告(「日本の禍機」)はもっと読まれるべきでは。

日本のシステムが変わらない限り、これから本当に優秀な日本の若い人たちは東大なんかにはいかないのではないかと思う。あるいは日本の大学を卒業したとしても、活躍の場を日本以外に求めていくのではないだろうか。

問題はいまのシステムを変えるにはどうすればいいのかということになる。
そのためには、この本のなかで、何度も先生が使われている「独立した個人」が日本に増えていくことに尽きるように思う。group thinkではなく、independent think。

「日本海(その深層で起こっていること」(講談社ブルーバックス)

著者は長野の上田生まれらしいので、生まれは山国といっても間違いではないのに、専門は化学海洋学。
太平洋側で生まれ育ったぼくだから一層感じたのかもしれないけど、日本海の歴史(日本列島の誕生と同時進行であった日本海の成立)、日本の歴史、気候、文化への影響など、読んでいてとても関心を惹かれるテーマの連続。
富山県が作った『環日本海・東アジア諸国図(通称:「逆さ地図」)』 (B1判、1/450万)の紹介があって、さっそくこの地図を注文することにした。

日本人論というとすぐに農耕文化とか、百姓根性だとか、士農工商の話になって、ぼくはちょっとうんざりしている。なぜ、漁師は「士農工商」に含まれていないのか?明治以降、太平洋側の発展ばかりが話題になるけど、日本の歴史に「裏日本」が果たしたい役割を正当に評価しているのか?

日本海というテーマで読んでみたいなと思った本をアマゾンからリストアップしてみると、結構な数になった。例えば以下の通り:

1日本海繁盛記 (岩波新書)
2 日本海学の新世紀〈6〉海の力
3 日本海と北国文化 (海と列島文化)
4 古代の日本海文化―海人文化の伝統と交流 (中公新書)
5 海の史劇 (新潮文庫)
6住まいからみた人と神の生活 (シンポジウム・古代日本海域の謎)

日本海側の町といえば、今年は山形の酒田にも行ってみたいし、山口県の萩にも行ってみたい。体調が良くなってまたサイクリングできるようになったら、能登半島や佐渡島のセンチュリーライドにも参加してみたいものだ。

"Finish Big"

2016年1月も今日で終わり。今月は自社の新年会も含めて、2、3の集まりに参加。
録画していたBBCのお気に入り番組"HardTalk"で、ナイジェリア出身で英語で作品を発表している作家 Ben Okri を知った。
去年から週末は図書館によく通っているのだけど、今日、彼の本を図書館で借りる。"HardTalk"はもしかしてNHKの番組、「クローズアップ現代」のヒントにもなっているのではないかと勝手に想像。ただ、NHKと違って、"HardTalk"では、インタビュアーは政治家たちに厳しい質問をしても、クビになるようなことはなさそう。

イギリスでは評価が高い作家だけど、Ben Okriの本は日本では、2作品しか翻訳されていない。

今年はAmerican Book&Cinema で一冊本を出すことになっている。これまで2冊出したボー・バーリンガムによる"Finish Big"。今日の午後は翻訳の下読み。過去出版した同じ著者による「Small Giants」「経営の才覚」以上にいい本だと思う。今回も翻訳は上原裕美子さんにお願いしている。

この本のテーマは起業家にとって、「エグジット」(出口戦略)はどうあるべきかというもの。ボク個人にとってもとても大切なテーマだ。
日本語で「終わりよければすべてよし」というけども、まさにFinish Bigのテーマはこれ。

明日からは2月。今年1年をFinish Bigで終えるためにも、毎月毎月の時間を大切にしていきたい。

"Finish Big"
「Small Giants」
「経営の才覚」


追伸
ラジオでPatti Smith の"Because The Night"を久しぶりに聴く。YouTubeで見つけた10,000 Maniacsのカバーがいい。

今年読んだ最高の小説「コレクションズ」(ジョナサン・フランゼン著)

BBCのお気に入りインタビュー番組「HardTalk」にゲスト出演してくれたおかげで初めて知った著者、Jonathan Franzen。インタビューはそれほど面白いとは思わなかったのだけど、六本木の青山ブックセンターで目つけたことで買ってみたこの小説「コレクションズ」は今年読んだ小説、あるいはここ数年で読んだ小説の中で一番面白かった!

老いた母親は、認知症の夫との戦いの中、それぞれが問題を抱える、家から離れていった子供3人たちがクリスマスには帰ってきてくれることを期待している。ちょうどクリスマスを迎えたこの日に読み終えることができてよかった。

小説は文庫本で上下2冊で、それぞれが500ページ近くの長さの長編小説。
作者の人物描写、事物の描写は詳細にわたっていて、ストーリー展開もパワフル。現代のアメリカ家族の病理を描いたなんて評もあるけど、日本人のぼくが読んでも他人事とは思えないテーマだった。

ジョナサン・フランゼンが出たBBCの「ハードトーク」は録画していて、本を読み終える前だったけども、もう一度視てみて、最初の時よりもずっと著者の言葉に共感を持った。

今年彼の新しい作品(「Purity」)がでている。残念だけど、ぼくの英語力では到底彼の作品を読みこなすことはできないから(576ページの英語で書かれた小説なんて、読む気力もない!)、翻訳がでてくることを楽しみに待っていよう。
「コレクションズ」に継ぐ作品「フリーダム」を買ってあるから、新年の読書はこの本から始めようと思っている。

品川正治著「戦後歴程」(平和憲法を持つ国の経済人として)

著者は、2013年8月亡くなった経済人(1924年−2013年)。
日本を代表する損害保険会社の社長、会長として企業経営にあたり、同時に経済同友会の終身幹事として、財界においても活躍した方。
この本は、2013年、岩波の月刊誌「世界」に連載されていた。自伝とも言えるものだけど、残念ながら食道がんによる死去のため、絶筆となっている。
「戦後歴程」
この本の中には、以下のような文章が何度も繰り返される。

「岸内閣の安保改定を阻止することは、あれだけの大動員、民衆参加の闘争にもかかわらず、できなかった。この敗北がもたらした、対米従属から抜け出せないこの国の姿、日米安保から日米軍事同盟に深化していった歴史、全土の基地化、さらには沖縄の人たちをアメリカ軍の奴隷のような状態に置きつづけたこの国の非情を考える時、あの60年安保闘争での敗北の責任の重さを否定しえない」(68ページ)

「アメリカの意向を汲む、アメリカの指示に従う、アメリカには逆らえない、と、日常聞かされ、読まされて60年以上が経った。その言葉はいまも、沖縄の基地問題やオスプレイ配備の問題、さらには日中間の尖閣問題、日韓の竹島問題、さらには脱原発、TPPと、挙げればキリのないほど聞かされている。そのどれもが国民の生活、生命に関わる大問題であるにもかかわらず、政治家・官僚から返ってくる言葉は、『アメリカが承知するだろうか』『アメリカにはたてつけない』である。そのアメリカが金融資本の意のままになる国であるとすれば、日本国民はそんな説明を納得して聞き得るであろうか」(97ページ)

ボクも数年前から経済同友会に入れてもらって、時々夕食会や講演会などに参加させてもらっているけども、いまの経済同友会には、品川さんのような考えや価値観を持つ、あるい共感を覚える会員がどのくらいいるのだろうか?それとも、品川さんのことなど聞いたこともない人たちの方が多くなっているのだろうか?

いま、政治も経済も、あるいは官僚の世界も、恐ろしいほどアメリカへの傾斜をすすめ、バラスのとれた状況からはほど遠い状態になっている。それでもって本当にアメリカといい関係ができているかというと、そうとも言えないところが、日本の危ういところではないのか?

品川さんが、いまのようにお祭り騒ぎとなる前のダボス会議に10年以上にわたって参加されていたこと、シュミット元ドイツ首相とも個人的なおつきあいをお持ちになっていたことなど、視野の広さ、おつきあいの広さ、ご自身の戦争体験に基づいた歴史観など、とても参考になった。

自粛ばかりして権力に何も言えない状況のなかで、このような経済人がいたことは覚えておきたい。

「遺骨_戦没者三一〇万人の戦後史」(岩波新書)

若い自民党の代議士が、安保法案に反対する若い学生たちのグループについて、「戦争がいやだと言って反対するお前たちは自分勝手で無責任だ」という趣旨の発言をしたらしい。
企業広告を絞ることで報道機関を兵糧攻めにすべしとなんども繰り返し発言する自民党議員もいる。彼らは安倍総理の親衛隊?安倍総理から始まって、どうして国民の間で彼らの評価が急激に下がっているのだろうか。もちろん、彼らを根強く支持するグループもあるのだろうけど、ぼくが彼らの言っていることを今ひとつ信じられない理由はとても単純。「あの人たちは、決して国のために戦争に行く意志は持っていないだろうな。」と、思っているから。戦争になった時、議員の職を辞して、率先して国防にあたるような人なら別だけど、そうでない限り、勇ましいことを発言し、戦争に行きたくないと叫ぶ若者たちを「非国民」と決めつける議員たちは、決して、われわれ国民のリーダーだとは思えない。

今年は戦後70周年ということで、安倍総理も特別の談話を発表されるようだけど、われわれ国民も特別の国民談話を出した方がいいのじゃなかろうか?国民の2割か、3割かの支持で権力を握った政党にだけ、任せておくわけにはいかないだろうし。

今月は衛星放送の多くのチャンネルで、70周年特集の番組も多く、これまで作られた代表的な戦争映画も放送されるようなので、楽しみにしている。
書籍も、戦争を振り返るものがたくさんでているけど、表題にある「遺骨_戦没者三一〇万人の戦後」を読むと、国のために亡くなり、異国であるいは日本国内で骨となっていった人たちが、国からどのような扱いを受けてきたのかを知るに便利な本だ。

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勇ましいことを口にする政治家たちにはまずこのような本を読んでもらい、戦没者に対するこれまでの政府の対応を勉強してもらいたい。そして率先して自分が日本のために骨となる覚悟を持っていることを示してほしい。そしたら、あんたたちの言うことを信じる国民はもっと増えるだろうに。(戦争に行かないためにも、彼らは必死になって選挙に勝つことだけに集中するのだろうか?)

戦後の日本はアメリカの軍事力、核の傘の中で、とても幸福な時代を過ごすことができた。そんな時代が終わってしまったことは僕らも十分分かっていることで、防衛の気概を持つ必要があることだってわかっている。でも自分たちは安全地帯にいる政治家たちに言われて骨となることはいやなこった。(神様、仏様!)戦争を起こさないための知恵と勇気と行動力を与えたまえ。


アーシュラ・K・ル=グウィン著「ファンタジーと言葉」(岩波現代文庫)

普段あまりSFやファンタジー小説を読まないので、アーシュラ・K・ル=グウィンのことは全く知らなかった。彼女の代表作の「ゲド戦記」の題名くらいは知っていたけど、手に取ることもなかったし、彼女が作者であるということも知らなかった。
なぜ彼女の本を手に取ったかというと、購読しているアメリカのメルマガ(小説や哲学をおもに扱ったもの)で彼女のエッセイが紹介されていたから。このメルマガは、Brain Pickings という名前で、マリア・ポポヴァ(Maria Popova)という女性がひとりで運営しているのだけど、このサイト自体とても素晴らしい内容で、とても感心している。
「ファンタジーと言葉」は、アーシュラ・K・ル=グウィンのエッセイを集めたもので、小説、文学についてだけでなく、社会における偏見や男女の関わりについてなど、幅広いテーマで彼女の考え方を知ることができる。もしかしてこのエッセイはここ数年読んだ本の中でもとても大切だなと思った本のひとつかもしれない。それほどこの本に収められたすべてのエッセイがいいものだった。

この本の中で、「星の王子さま」が取り上げられている。特に、王子さまに向かってキツネが話した言葉が引用されていて、それを読んで決して他人事とは思えなかった。
「きみは、なつかせたもの、絆を結んだものには、永遠に責任を持つんだ」。これを読んだ時、人間はすべてのペットたちに持つ責任を決して忘れてはいけないということを強く言われたように思った。我が家のカイ(♀の甲斐犬、16歳)に対するボクの責任も含めて。

キツネはこんなことも言っている。「きみのバラをかけがえのないものにしたのは、きみが、バラのために費やした時間だったんだ」。
カイはありふれた甲斐犬の一頭に過ぎないのだろうけども、彼女と過ごしてきた時間がカイをボクにとっては特別な甲斐犬にしてくれている。

時間をかけないでは得られないものがある。「いますぐに」の時代、忙しすぎるボクらは、そんな大切なことも忘れてしまっているけども。

今週末、あらためて「星の王子さま」を読んでみたけども、今回ほど感動したこともなかったように思う。「星の王子さま」との新しい出会いを導いてくれただけでも、「ファンタジーと言葉」には感謝。(「星の王子さま」は、3つの異なる翻訳本を持っているほどなのに、いったい、これまでどんな読み方をしていたのだろう)

もうひとつこの著者との出会いに偶然とは言えないものを感じたのは、彼女の父親が文化人類学者で、アメリカ最後の野性インディアンとも言われたイシとの関わりを持ち、そのことがアーシュラ・K・ル=グウィンにも影響があったと思われること。イシはボクが大学生だったころからずっと気になっていた存在だったから。

彼女のエッセイは同じく岩波現代文庫からもう一冊出ているので、こちらも読んでみようと思っているし、彼女の代表作のひとつである「ゲド戦記」も読んでみるつもり。
もしかして一番好きな作家の一人になるかもしれない。それほど彼女の考えには共感するところが多かった。

鶴見俊輔を取り上げたNHKの番組、「絶望の裁判所」の著者への影響。

先日NHKのEテレであった番組「鶴見俊輔と思想の科学」。「知の巨人たち」のシリーズ2回目。数ヶ月前に、ブルーレイレコーダーを買ったこともあってテレビ番組を録画して見ることができるようになった。

鶴見俊輔は僕が一番読んできた日本の「哲学者」。哲学者と言っても、とても平易な日本語で文章を書いてくれるので、僕のような人間にもわかる。
NHKのこの番組はとてもよくできているので、見逃した方には、7月19日(土曜日)午前0時からある再放送をご覧いただきたい。番組に関するTwitter集は、以下のサイトで確認できます。(→番組ツイッター集

80歳を過ぎてなお、彼のように、シャープな話ができるようになっていたい。(もしそれまで生きていることができれば)

今日は「絶望の裁判所」(講談社現代新書)という、元エリート裁判官だった方の本を読んだ。反響をよんでいる本のようだけど、内容にはあまり驚かなかった。日本の裁判官と司法制度にはさまざまな問題があるということは感じていた。それでも面白いなと思ったのは、ご自身も狭い裁判官たちの世界の中で、精神的におかしくなり、そこから抜け出すことによって、日本の司法制度やそれを動かす司法官僚たちの異常さを冷めてみることができるようになったことを、率直にお書きになられているから。

この本の著者にも、鶴見俊輔が大きな影響を与えていることを知ったのが、この本の中で一番の驚きだった。以下、著者の言葉。

「当時の私が、自分を知りたい、自分の内面にさかのぼってみたいと考えて始めたのが、関根牧彦という筆名になるエッセイ、創作、評論等の執筆であった。執筆を始めた契機は、日本のプラグマティズムの代表的存在である鶴見俊輔氏に何通かの手紙を書き、大阪高裁勤務時代にお会いして、執筆を勧めていただいたことによる(後略)」

NHKの番組の中でも、映画評論家の佐藤忠男さんが、鶴見俊輔からもらった手紙がどれだけ励みになったかということを話されていた。鶴見が後輩たちの育成にも尽力されたことを裏付けるエピソードで、それを番組とは別に読んだ本でもそれを確認することができた。

今日はそういうことで鶴見俊輔で始まって、鶴見俊輔で終わった一日だった。

Wカップ期間中、「オシムが語る」を読む。

Wカップが始まってからテレビを見る時間が増えています。普段はほとんど見ないのに。
日本以外で応援しているのは、初出場のボスニア・ヘルツェゴビナ。今日のナイジェリア戦はボスニア・ヘルツェゴビナにとってはまったく不幸な試合でした。
オフサイドとして無効になったゴールは、ビデオ判定があったならば有効得点になっていただろうから。そうであったなら、ナイジェリアに1−0で勝って、ベスト16に進む可能性が残っていたかもしれない。でも結果は、0−1でナイジェリアに負けってしまった。

今回、ボスニア・ヘルツェゴビナが出場できた背景には、日本代表監督も務めたボスニア出身のオシムの尽力があったからだと言われています。旧ユーゴスラビアが分裂したあと、内戦の中でお互いに傷つけあい、殺しあった人たちの間にたち、どうにかこうにかサッカー協会をはじめとする関係各位の同意を取りつけここまで持ってくるには、さぞかし忍耐強い交渉などがあったのではないかと想像します。

オシムが日本に滞在していたころ、実はなんどか彼に会ったことがあります。一度は年末の天皇杯でだったように記憶しています。もう一度は町の中華料理店で。
そんなこともあり、また彼のアフォリズム溢れる発言に惹かれたこともあり、オシム関連の本は数冊読んでいます。

「オシムが語る」は、「オシムの言葉」に続く本ですが、オシムのサッカー観だけでなく、故郷への思い、戦争、「サッカーと資本主義」、ナショナリズムなど、幅広いテーマでのインタビュー集となっています。

いつか仕事に一区切りがつき、1年くらい旅行をするような時間ができたときに行ってみたいところの一つが旧ユーゴスラビアあたりです。(ずっと行ってみたいと思っているアフガニスタンには、もしかして、僕が生きている間には安心して旅行できるような平和は来ないのかもしれない)

日本の政治は、戦争ができるような方向に持っていこうと、前のめりになっています。アメリカからの強烈な圧力のせいか、またその圧力を利用してこれまでずっと狙っていた本格的な再軍備を目指しているのか。

Wカップは国家間の代理戦争だと例えられることがあります。サッカーで足の蹴り合いをしている程度ですむのなら、どんどん周辺諸国とも競い合ってほしいです。

25日の対コロンビア戦はきっと厳しい試合になるだろうと想像します。
前回の南アフリカ大会で、守りを中心としたチーム戦略でベスト16に残りましたが、それではつまらないということで、もっと攻撃的なサッカーを目指してきたのが、この4年間の日本代表だったと理解しています。しかし、コートジボワール、ギリシアとの試合を観ていると、日本のチームには攻撃的なサッカーは向いていないのではないかと思いました。そもそもそれだけの力はチームとしても、個々人の能力としても、ない。それならば、たとえエキサイティングではなかったとしても、自分たちの現実にあったチーム作りをすればいい。強いチーム相手に、おもしろい攻撃サッカーを展開できるような力はないのだから。

たとえつまらなくてもいいので、国際舞台の試合では日本代表には勝ってほしい。負けたあとにいつも聞かされる、「気持ちを切り替えて次の試合に臨みます」というフレーズはもう聞き飽きました。

いまの日本政治の権力者にも、Wカップでの日本代表チームの状況をよく見てもらいたい。権力者には、身の程をわきまえた国際政治、外交関係をお願いしたいです。逆立ちしても勝てない国を仮想敵国として挑発するような発言を繰り返すよりも、たとえエキサイティングではなかったとしても負けない試合(ということは、そもそも戦いに入らないということ!)を展開する方が、賢いのだから。

『原点は夢_わが発想のテクノロジー』(佐々木正著)

もとシャープ副社長。日本のITベンチャーの育成という意味で、最大の貢献者のひとりなのではないかと思います。
今年100歳になられる方。戦前1938年に京大を卒業されたあと、ドイツ留学をされ、戦後はアメリカで幅広い人脈とビジネス経験を広げていかれた、いま風に言うと、まさにグローバルな人材。こういうスケールの大きな方が、「サラリーマン経営者」にもいたのかと、感心しました。
この本は14年前の2000年に出版された著者80代半ばの頃の本ですが、いま読んでも非常に的確かつ建設的な分析と提案が含まれています。「出る杭は打たれる、出ない杭は腐る」という言葉を紹介されていますが、まさに出まくって、何度も打たれながらも結果で、まわりの批判するだけの連中をギャフンと言わせてきた方と拝見しました。
日本企業や日本社会の問題点に関する指摘には、まったく同感のご意見ばかり。著者のこれら指摘は、この本が出た頃以上に当てはまるところもあり、日本の問題の根深さをあらためて感じます。(硬直化した日本人、日本の制度!)

アマゾンで古書を買いましたが、このような本が絶版になっていることはとても残念だと思いました。

『反転授業』講演会

昨日、オデッセイコミュニケーションズから今月発売開始した書籍『反転授業』の共著者のひとりである、Aaron Samsによる講演とワークショップがありました。講演、ワークショップとも、多数の方に参加いただき、共催者としてはとてもうれしい結果でした。
東大の山内先生および関係者の皆さんにはたいへんお世話になりました。感謝申し上げます。

講演会のあとには、写真にあるように、Aaron Sams さん(左から3人目)、山内先生(右から2人目)たちと、赤門からすぐのところにある料理屋で、夕食で打ち上げ会。今回、山内先生たちには、監訳とともに、反転授業に関する案内の文章もお願いしました。
反転授業打ち上げ会。

書籍『反転授業』

蛇足ですが、奇遇にも、山内先生とは出身地が同じ(正確に言うと、僕が小中高を過ごした愛媛県南宇和郡で、山内先生は郡内の隣町の出身)!

『累犯障害者』(山本譲司著、新潮文庫)

アマゾンでも圧倒的に高い評価をしている読者が多いようですが、とても中身のある本でした。
著者は国会議員時、秘書給与の流用事件受けた実刑判決に潔く服し、433日にわたる獄中での体験を『獄窓記』に表します。この本は2008年2月に読みました(→2008年2月3日)。
そのあと『続・獄窓記』、さらに『累犯障害者』とつづきます。

何億円も借りていたことが表に出たあとでも、しらばっくれている新党党首がいるかと思えば、著者のように(多くの国会議員が大なり小なりやっているであろう)議員秘書給与を流用したという「犯罪」を潔く認め、長く刑務所内で命の洗濯をおこない、出所後は素晴らしい仕事を続けている方がいることに、いろいろな「先生」がいるものだなと思います。著者の逮捕および実刑判決にはちょっと理不尽さも感じるのですが、その理不尽さにも潔く服し、また理不尽さに負ける事なく、ご自分がライフワークとされていた福祉の仕事に、国会議員在職中以上に全身全霊を傾けている姿に感動さえ覚えます。

東京・山谷で「ホスピス」をやっている山本さん(別の山本さん!)という方がいます。ポッドキャスティング(「アイデアエクスチェンジ」)にもでてもらったことがあります。ボクは毎年1、2回、山谷の山本さんの「きぼうのいえ」を訪問して、いろいろな話を聞いて帰ります。山谷というのはうちの会社のオフィスがある丸の内からクルマで20、30分程度の距離にあるところですが、かつて日雇い人夫の町として有名だったところで、ぶらぶら歩く年配の男性を通りで見かける事が多く、山本さんのホスピスにも、身よりもなく、病気がちな年配男性が暮らしています。
元国会議員だった山本さんの『累犯障害者』を読むと、刑務所の中でも高齢化はどんどん進んでいることがよくわかりますし、刑務所が日本の福祉政策の足りないところを一部補っている実態もわかってきます。山谷の山本さんと、『累犯障害者』の山本さんの距離は近いのです。

セカンドチャンスをもらってもう一度権力の座に返り咲き、独りよがりの政策をごり押ししようとする権力者がいるかと思えば、著者のように、謙虚さをわすれることなく、暗闇の中に生きる人たちへの支援に費やす人がいるということで、いろいろな「先生」がいるものだと思います。

国会議員という華々しい地位から、刑務所入り。刑務所の中では年配の障害者などの「しもの世話」を行い、出所後はライフワークである福祉の活動を地道におこなっていく。ボクにはそんな勇気も粘り強さもないのではないかと思います。逆境が著者を逞しく成長させたというなのかもしれませんが、あえて逆境を求めていく勇気も気力もいまは持ち合わせていないです。

「人生は自ら創る」(安岡正篤著、PHP文庫)

安岡正篤(やすおかまさひろ)の読者はいまどれほどいるのか?昭和58年(1983年)の死から30年です。

東洋学の泰斗として、昭和の政界、財界で陰に陽に影響力を持ったとされる安岡正篤ですが、僕は彼の本は何冊かしか読んだことはなく、それほど影響を受けた著者ではありませんが、先週、出張先の札幌駅構内の本屋で偶然見つけたこの本の帯にあった以下のようなコピーが、最近考えていることとまったく同じだったこともあってすぐに買い求めました。

「本当に知るとは、創造すること」

古代ギリシアに、「汝自身を知れ」という格言があります。大学生の頃から考えてきた言葉の一つです。
いまでは、「自分を知るということは、自分自身を創造していくことである」と、僕は解釈しています。すでに出来上がった自分があって、固定的な自分というものを「知る」のではなく、いまこの一瞬も変化しつつある自分自身を、自らの意志で作っていくことが知るということではないか、と気づくまでとても時間がかかりました。これから先、「自分自身を知る」という言葉に違った解釈を加えていくかもしれませんが、「いま、ここでとる一瞬一瞬の選択を通して、自らを創っていくこと」が、自分自身を知るということにつながることだと考えています。
同じことは、会社についても言えます。

自社のことを知るとは、創造することであると思っています。なにを、どう創造するのか、それは簡単な問いではないのですが。

『がんと死の練習帳』(中川恵一著)

今年12月の誕生日で54歳になります。先日は、大学卒業30周年記念の集まりの知らせもありました。すこしずつですが、自分に残された時間があとどれくらいなのか、そんなことも考えるようにしています。健康を維持しながら(病院のお世話になることもなく)、毎日規則正しい仕事時間を持ちながら、時には夜遊びにも出かけられるような、「気力、体力、知力」を、どのくらい維持できるのか。

僕がいつも立派だなと思っているニューヨークにいるアメリカ人弁護士は、80なん歳になろうとしていますが、ガンも克服し、自宅をオフィスにしながらまだ仕事をしていますし、週一回のテニスも秋から復活させると聞いています。
彼に初めて会って(1996年か97年のはず)食事をする際に、彼がレストランのウェーターに、「こちらのオレンジジュースは、絞り立てか?」と確認したうえで、「オレンジジュースには氷をいれないでくれ」と注文していたことを覚えています。その後、何回と彼とは食事をしてきましたが、相変わらず、「オレンジジュースには氷をいれない」というルールを守っています。体の内蔵を冷やすことはしないということです。

『がんと死の練習帳』の著者は、東大病院の先生で、1960年生まれということなので、僕とほぼ同い年です。もともとこの本は、2010年5月、『死を忘れた日本人 どこに「死の支え」を求めるのか』というタイトルで出されたものを、今回、文庫本で出すにあたって改題、修正したもの。あとがきは、東日本大震災を経験した日本人へのメッセージにもなっています。

死を考えることは、まさに人生と人間存在の本質を考えることだと思います。
できるだけ、本質的なことを考えていく「練習」を継続していきたいです。

『「世界で戦える人材」の条件』(渥美育子著)

日経ビジネス(2013年8月12・19日号)の書籍紹介のページで知った本。グローバル人材に関する議論にはウンザリしていることもあって、はじめはこの書籍紹介のページもはしょって読んだのだけど、著者の以下のような発言を読んで、強く関心を持った。

「(日本の)経営者が人材育成にあまり興味がないことが気がかりです。人事部門に任せきり。人事も自分の任期中には変化を起こしたくない人が多い。海外赴任前に少しグローバル人材教育をするだけでお茶を濁しているように思います。」

すぐに同じビルにあるクロイヌ御用達の本屋でこの本を買ってみた。PHPビジネス新書。岩波新書じゃないよ、PHPビジネス新書。

期待以上の本だった。学者の本ではないので(岩波じゃないよ!)、文章や論理には荒さはあるかもしれないけども、グローバル化が進行する現在の世界のルールも、なにをすべきかということも、ほとんどの日本人はわかっていない、という彼女の言っていることには同意する。

この本の中で、僕の中で強く残ったいくつかの言葉ある。
そのひとつは、「大きな器」と「日本サイズの心」。

「私たちは、日本で生まれ、育ち、教育を受け、仕事に就くことで、自覚症状がないままに日本の現実を受け止めるのにちょうどよいサイズの心、日本サイズの心を育ててしまっている。」(103ページ)

以前、シリコンバレーで長く働いていたある知人(日本人!)がこんなことを言っていた。「金魚鉢のなかにいる限りは、金魚にしかなれない。」 確かに美しい金魚もいいだろうけども、僕は「大きな器」を持ちたいとずっと希望してきたように思う。問題はもっと強くそう願い、その実現のために、もっと行動していくこと。

この「大きな器」ということばは、以下のようなメッセージでも使われていて、それは日本の大学教育にもヒントになるようなメッセージだ。

『大事なのは、「大きな器」をもつことなのだ。一番大きな器をまず獲得し、そのあと徐々に知識や知恵の詰まった引き出しをたくさん作っていく。日本の大学では、こうしたリベラルアーツをほとん学ばない。体系的に学ばないために単なる知識として終わっている」(154ページ)

著者は人材育成に関するコンサルティング業を、アメリカで長年にわたっておこなってきたという実績がある。世界中の人たちといっしょに仕事をしてきたようだから、単にアメリカではこうですよ、って話ではない。

若い頃、アイオワ州立大学のクリエイティブライティングのコースに参加したことがあると本の中で紹介されている。もともとは、文学を目指していたのだろうか?アマゾンでチェックすると、同じ著者名で、『シルヴィア・プラスの世界』なんてタイトルがあるけど、同じ著者なのだろうか?

グローバル化というような話の中で、以下のような表現がとても新鮮に思えた。

「グローバリゼーションが持つパワーは、内から拡張していく力、つまり自国から外に出ていき他の国と関わりを持つ拡大する力expansion と、宇宙から見た地球という微細な存在の認識、つまり考えられないほど広大な宇宙の中に無数に存在する天球の一つが地球であるという理解が同時存在するところにあると、私は個人的に捉えている。」(72ページ)

僕は政府や企業が先導しようとする「グローバリゼーション」は信じていない。グローバリゼーションは、一人ひとりのこころや姿勢からスタートするものだと思っている。それが個人主義ということでもあるだろうし。

あまり期待していなかったからということもあるけど、この一冊の本をさかなに、日本のグローバル化についてさまざまな議論ができる、いい意味で、controversialな本。多くの人に読まれることを期待。

宇野千代と瀬戸内寂聴。

世界学生大会もあって、一週間ほどアメリカに行きましたが、行く前から調子が悪かった耳鼻が、いっそう悪くなり、ひどい風邪のまま帰国。
ここ数年、冬の間に必ず一度はお世話になっている丸の内の某耳鼻咽喉科で薬をもらってきた。
ここの耳鼻咽喉科の女医さん、歳のほどは70半ばとお見受けしますが、現役で働いていらっしゃいます。あまり愛想がよくないのがたまに傷ですが、まだまだお元気に働いていることは素晴らしい。

ずっと公私のおつきあいがあるニューヨークのアメリカ人弁護士は80歳を過ぎた今も、現役で働いている。数年前、がんの手術もしたけども、まだテニスをやっている。さすがだと思う。

今週末、宇野千代の『行動することが生きることである』というエッセイを読了。すごい日本女性!若い頃の写真をネットで拝見すると、とても魅力的。「人生は死ぬまで現役である。老後の存在する隙はない」なんてことを口にしても、実態が伴っているから説得力がある。
この本で印象に残ったことは、宇野千代がドストエフスキー全集を自分の気力の源としていたということ。
「東京と那須と岩国とに、私は三軒の家を持っている。どの家にも、同じくらいの大きさの本棚をおいて、その中に豪華本のドストエフスキー全集だけを列べている。」「机の前に坐るたびに、その全集を見上げ、『あるな』と思う。その全集を観ただけで、私は勇気を感じる。」

もう一人、すごい日本女性といつも感心しているのは、こちらはまだ「現役」でご活躍中の、瀬戸内寂聴。去年だったかな、東京国際ブックフェアの基調講演でお話をお聞きして、とても感動した。
昨晩、久しぶりにテレビをつけてみたら、NHK教育テレビで、瀬戸内さんと、ExileのAtsushiの二人が対談をしていた。眠くなったので、途中で寝てしまったけど、おもしろかったのは、瀬戸内さんが、Atsushiの質問に答えて、「読んでいて面白いのは外国の翻訳小説。新しい動きに遅れないためにも、もっと読みたい」という趣旨の回答をしていたこと。この辺、宇野千代のドストエフスキーに通じるものがある。

そういえば、瀬戸内寂聴は、1996年6月に亡くなった宇野千代と親交があったようで、『わたしの宇野千代』という本まで出している。この本は、宇野さんが亡くなったあとの1996年9月にでている。弔辞も含まれているということだけど、古本を買って読んでみようかな。

宇野千代も、瀬戸内寂聴も、若い頃は男たちとの恋愛に生き、そばにいるとこちらが火傷してしまいそうな存在だったのかもしれないけど、「生涯現役」を貫く気力、体力はすばらしい。「青春とは心の持ちようだ」なんていいながら、ひたすら地位を維持しようとしている権力亡者の政治家たち、サラリーマン重役たちとは、まったく違う。

彼女たちは組織人ではない。一人で、自分の力で生きてきた、職人たちだ。
生きている限り、本当の意味で、現役で居続けたい。異性を思う気持ち、おカネを稼いでいくという意欲。
最後のページで、宇野千代がこんなことを言っている。
「私たち人間が、その生活している間に儲けた金、というのは、銀行預金の利子や、人に貸した金の利子であってはならない。必ず、自分の体力または能力を駆使して、昨日まではなかった金を、新しく儲けた場合でなくてはならない。」「これが私の、金というものに対する持論なのであった。これが私の、金というものに対する健康な解釈なのであった。」
会社や国に、老後のめんどうをみてもらうことが難しくなった今の日本で、厳しくもあるけども、文字通り「生涯現役」を貫くための覚悟がここにはあると思う。

(写真は動物病院で爪切りをしてもらっているカイ。彼女は宇野千代や瀬戸内寂聴とは違って、♂犬と関係することなく歳をとってきた、14歳のおばあちゃん犬。緑内障で視力を失ったカイですが、甲斐犬の世界の宇野千代になってもっと生きてほしい。)
カイの爪切り

モーガンライブラリーで。

18日お昼の飛行機で成田からニューヨークへ。到着してホテルでシャワーを浴びて、今年、アメリカン・ブック&シネマで発行することになっている「ハイライン(High Line)」を訪問したあと、モーガンライブラリー訪問。写真は今日の午後、同行してくれたジョン・オダネルさん(ソニーアメリカで最初のアメリカ人正社員、現在は会社経営)が撮影。

明日は今回の出張の目的であるASTD(American Society for Training & Development)のカンファランス参加のため、ダラスに移動予定。

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『四千万歩の男・忠敬の生き方』(井上ひさし著)

今日からアメリカに来ています。機内で読み終えた本です。

「忠敬」というのは、伊能忠敬のこと。井上ひさしは、『四千万歩の男』という歴史小説で伊能忠敬のことを取り上げています。小説は講談社文庫で全5巻もあり、ちょっとしんどそうなので、買うかどうか決めかねています。代わりに、井上ひさしがこの小説と伊能忠敬について書いたり、話したことを集めたこの本で済ませようかと思っています(作者と出版社には申し訳ないのですが!)

伊能忠敬は50歳で隠居するまで、下総の名家(そこに婿養子で入った)の旦那として、たんまり金を稼ぎ、また篤志家として、地元に貢献もしたようですが、隠居した後は、星学暦学の勉強をはじめ、56歳から72歳までの17年間で3万5千キロを歩いて日本地図を完成させています。

平均寿命が伸び、セカンドライフでの生き甲斐を見つけないといけない現代人に、ひとつのロールモデルとして、伊能忠敬の存在を、小説を通して教えてくれています。

ボク自身53歳になり、伊能忠敬の人生から学ぶことは多いと思っています。

この本の中に含まれる、「素晴らしきかな伊能忠敬的セカンドライフ」(井上ひさしが、1991年11月、佐原の『伊能忠敬シンポジウム』で行った基調講演)を読むだけでも価値がありました。

伊能忠敬のモットーは、「目の前のことに集中せよ」ということだったそうです。彼が若いころからモットーにしていたことは、まず目の前のことを処理しろということ。井上は以下のように続けています。

「これは実務家の心得かもしれませんが、それが一歩一歩進んでいくときに役に立った。目の前の問題を本当にきちっとその日その日にやっていって、しかも遠くからも大きくとらえる目をもって、小さなことを十数年間も積み重ねていくとあんなすごいことができてしまう。これは時代ということを除いてもやっぱりわれわれ五十歳を過ぎた人間にとってたいへんな勇気を与えてくれることです。」

伊能忠敬記念館に行ってみようと思います。(→伊能忠敬記念館HP

『挫けない力』(石田淳、白戸太朗著)

アイデアエクスチェンジにも出ていただいたことがある、トライアスロンで有名な白戸太朗さんの新著をいただきました。副題には、「逆境に負けないセルフマネジメント術」とあります。本の帯には、「不況時代を生き抜く、30代、40代のビジネスパーソンへ。走れば心身が強くなり、ストレス低減!」と。

僕はもう40代でもありませんが、昨年半年間のダイエット経験も振り返りながら、共感をもって読み終えました。

この本の中には、強く同意する、いくつかのご意見や提案があります。

1野生の感覚を取り戻すことの必要さ

2夜型の体から朝型の体にすること

3食事、運動、睡眠のバランスをとること

4(ランニングの場合)距離ではなく、時間で日々の運動量を管理すること

5いいサポーターを付ける(見付ける)

6運動(ランニング)の成果の「見える化」は、「累積方式」のグラフにする(これは特にいい提案!達成感が得られやすい。)

7ほんの少しずつ、日々自分を更新し続けようとする意思と行動が、ビジネスや人生全体の質を高めていく。

昨年半年で6、7キロ減量できたのですが、11月以降、「停滞曲線」になっています。

白戸さんのアドバイスに沿って、これから次の6、7キロ減量を目指します。

白戸さんに感謝!

『「慰安婦」問題とは何だったのか』(大沼保昭著)

先週後半に風邪を引いてしまい、この3連休はほぼ家で自制状況。スキーに行く元気全くなし!

本書は、何年か前に買って、「積ん読」状況になっていた本。仕事でも韓国や台湾の人たちとの付き合いがあります。彼らとは歴史的な出来事について、大っぴらに議論したことはありませんが、「この人は、われわれ日本人に対する警戒心を持っているのだろうな」と感じた人も中にはいます。僕の知り合いの人たちは、多くが日本に来たことがあり、日本のこういうところが好きだと言い、なかには「尖閣諸島は日本に分があるよ」という中華系の友人もいます。そして、「日本には行ったことがない。日本にはいくつもりもない」という知り合いもいるのです。

大沼先生は、アジア女性基金の呼びかけ人のお一人で、このアジア女性基金について、この本を通して、あらためて理解を深めることができました。この基金の呼びかけ人の中には、個人的に存じ上げていた方もいますし、その著書をかなり読んでいるという方もいます。「左から右」まで、かなりの幅の方々が呼びかけ人に含まれています。

このアジア女性基金は2007年3月末にその活動を終了し、その年の6月に、大久保先生はこの本をだされています。かなり急いで書かれたのかなと思われるところもあり、この本に対する感想は多々あるかもしれませんが、この本が取り上げているアジア女性基金は、もっと「正当な評価」を受けていいのではないかと思いますし、関係者の努力には敬意を払いたいです。

慰安婦への補償を巡って各国のNGOの対応に大きな差があったこと(ナショナリズムに結びつけて日本側の気持ちを最後まで受け入れようとしなかった国もあれば、年老い、経済的にも恵まれていない個々人の要望を優先させた国もあった)、法的責任と道義的責任を巡る議論、先入観と自分のイデオロギーにとらわれてしまっているメディアやNGOの話など、勉強になりました。そして、正義観ほど取り扱いが難しいものはないと、あらためて感じました。

戦争に関わる「償い」には一気の解決策などないでしょう。だから、さまざまな意見や理想を持つ人たちがいて、大きな制約があるところで、all or nothingの議論になってしまうことなく、少しでも前進していくが大切なのでは?

英語ももちろん大切なのだけど、それと同時に、おつき合いしようとする国々との歴史をしっかりと認識しておくことは非常に大切だと思います。「グルーバル化の前に必読の100選」なんて名前で、読んでおかないといけない歴史本のリストを、どなたか作っていただけないものでしょうか?その中の一冊として、大沼先生の本は含まれていて、いいのではないかと思いました。

2013年最初の読書。

あけましておめでとうございます。今年最初の読書は、新年1月に放送されるNHK教育テレビの番組『100分de名著』のテキスト『般若心経_「見えない力」を味方にする』。著者の佐々木閑先生(花園大学)には数年前、オデッセイコミュニケーションズで出していた「オデッセイマガジン」の巻頭対談でお会いいただきました。「日々是修行_現代人のための仏教100話」(ちくま新書)以来の先生のファンです。

「般若心経」は釈迦が唱えた仏教とは異なる大乗仏教のメッセージであること、般若心経の最大の特徴は神秘であること。先生は「はじめに」で、「日本で一番人気のお経の新しい見方」を示したいとされています。

先生のご説明に、般若心経のファンの人たちがどのように反応するのかわかりませんが、佐々木先生の以下のようなメッセージを味わい、もう一度、このテキストを読み返そうと思っています。

「大なり小なり、合理的な論理性をもって判断すべきことがらは、意志でしっかり判断します。そして、判断したことに対して自信を持って進んでいくためには、いわば”後押し”として、神秘の力を求めるということです。私はこういった生き方が一番、人生の苦しみを軽減してくれるのではないかと考えています。」

2013年が平和な一年でありますように!

『なぜあなたは、間違った人を採ってしまったのか?』(佐藤文男著)

以前も著者の本をご紹介したことがありますが、著者は僕の大学時代からの知人です。本を出すたびに、わざわざ届けてくれるマメな人です。なので、僕のコメントは、決して客観的な立場の人間のものではないということを事前に書いておきます。

他人事ではないのですが、すべての会社、そう、すべての会社において、人に関わる問題や課題をかかえていないところは、ひとつとしてないのではないかと思います。いや、「思います」というよりも、確信しています。優秀な人間が集まっているということになっている霞ヶ関の中央官庁から始まって、飛ぶ鳥を落とす勢いで成長している会社、伝統ある高値安定の有名企業も含めて。人が集まるところには、人に関わる問題、課題がないところは絶対にない。

なので、著者のような人材ビジネスのベテランがこのような本を出す意味があるのだろうと思います。アマゾンの読者のコメントを見ると、同意せざるを得ない厳しい指摘もあるのですが、この本が取り上げている、「どのような人材を採るべきか、どのような人材は絶対に避けるべきか。もしできない人を採用してしまったならば、どのような対応をしていけばいいのか」というテーマは、非常に難しい課題です。この課題に悩んでいない会社は皆無だと思います。

著者の基本的な考え方で大きく同意することがふたつあります。一つは、「人間は感情で動く」ということ。もう一つは、「人間は自分の『窓』を通してしか他人を見ることができない」ということ。自分自身の人生観を作り上げていく真剣勝負の繰り返しの結果として、他人を見る眼が養われていくのかと思います。

経済が右上がりだったころは、会社も成長し、今年よりも来年はいい年になるだろうという漠然とした期待がありましたから、年功序列、終身雇用の制度のなか、多少の不満はあったにしろ、いまから思うと、それなりに安定感がありました。その頃は、社会全体がいまよりももうすこしおおらかだったかもしれません。

バブル崩壊後、特に2000年以降、BRICsや韓国、台湾の台頭と反比例するように日本企業の力は沈下してきました。90年代後半には、絶対に倒産しないだろうと思われた大手企業(例えば山一証券、北海道拓殖銀行)が倒産し、今年2012年には、常に日本のトップ企業でありつづけるだろうと信じられてきたパナソニックやシャープといった世界的な家電メーカーが危機的状況に陥っています。

不安定になればなるほど、人間観、歴史観が重要になってくるはずです。

著者のことで感心するのは、自分なりの人間観を作り上げていこうとする意志を持ち、努力を続けていることです。著者の最新刊が、人間観に関わる非常に難しいテーマを取り扱うにあたって、成功しているかどうか、それは読者の判断に任せますが、著者がこれからも真摯な姿勢でこのテーマに取り組み続ける限り、いい仕事を残すことができるのではないかと思います。来年もご活躍になられることをお祈りしています。(数ヶ月前にご本をいただきながら、黒犬通信でご紹介するのが遅れました。ごめんなさい!)

『100の基本_松浦弥太郎のベーシックノート』(マガジンハウス刊)

「オデッセイマガジン」にもでていただいたことがある松浦さんの新刊。友人がいま熱心に読んでいると言って見せてくれたのは、松浦さんの別の本でした。友人にプレゼントしようと思って買った本。

自らの行動原理、自己を律するための100のルールをまとめたものです。以下のようなルールにはとても共感を覚えます。

1「100冊の本を読むよりも、よい本を100回読む。」

2「限界は自分で作らない」

3「財布は雑に扱わない。低いところには置かない」

4「いろいろなジャンルの最高と最低を知る」

5「一年に四度、旬のごちそうをいただく」

6「何があろうとあきらめない」

7「ただのものには近寄らない」(カードのポイントなども含む)

8「家族を大切にする」

9「机の上には何も置かない」

10「階段は一段ずつ上がること」

松浦さんの、静かだけど、うちに秘めた情熱を感じさせるルール。おカネの大切さをきっちりと指摘しているところにも注目。僕がまったくできていないのは、9の「机の上には何も置かない」ということ。これについては反省!

『I DESIGN』石岡瑛子著

社員のYさんから「この本は社長が気に入る本だと思います」と、薦められた本。お借りしたのは、もう半年も前になろうかと思いますが、今週末集中して読み終えました。そしてYさんには、「ええ、本当に面白かったです」と、明日会社でお返ししようと思っています。

石岡さんは、今年の1月、お亡くなりになられています。ウィキペディアをご覧になると、どのような方か、基本的なことはわかります。
また、この本に関しては、石岡さんと交流があった松岡正剛さんが、詳細な紹介をされていますので、そちらもご覧ください。(松岡正剛の千夜千冊

こういう日本女性には脱帽します。この前、東京国際ブックフェアで聴いた瀬戸内寂聴の講演会のことを書きましたが、フリーランスとして活躍する日本女性(企業に属さない作家やデザイナーたちは皆、フリーランス)の声には、男からは聞こえてこない強さ、しなやかさを感じることが多いです。ダイバーシティなんて口にしながらも、あまり変わっているようには見えない政界、財界相手に仕事をしていくことが、いかに大変なことか。彼女たちは大きな声で叫ばなくとも、男尊女卑の日本社会にするどい矢を放っています。

この本で僕が付箋をつけた文章は以下の通り。

「本当のところ、日本とアメリカ、あるいは日本とヨーロッパの関係は、文化のレベルで言えば、深いところでは何も触れあっていないのではないかという感じが強い。最近では、皆簡単にイースト・ミート・ウェストなどという表現を使っているけども、それはただの出会いがあっただけで、メイク・ラブもしていなければ結婚なんてとんでもないし、結婚できるような相手だと、深いところでは認めあっていない。何も一線を越えていない。だからこそ今、憎しみあい、愛しあうような深い触れあいの中から、結びつく何かを創っていかなくてはならないと私は考える。」(P45)

「ポールは『MISHIMA』製作のとき三十代の後半だったが、『自分のエクスキューズをしてはいかない年齢に来た』と言っている」(p47)

「私はこの仕事をやってみてはじめて、日本人は戦後、西洋人に助けられながら今日の繁栄がもたらされたにもかかわらず、自分たちだけでやってきたのだという錯覚と思い上がりを持っていることを知り、びっくりさせられた。そういう意味で、私がこれから将来のことを考えていくうえで、映画『MISHIMA』への参加は実にいい勉強になった。ポールが日本語で映画を創って達成しようとした血の滲むような努力、アメリカ人と日本人が一緒になってポールの夢を実現しようと、汗と涙の努力を惜しまず提供したその結果など、日本の誰も見ようとしなかった、その事実だけが今も重くよどんで残っている」(p50)

「レニ(レニ・リーフェンシュタールのこと)は生きることに最も大切な情熱を三つあげている。自然を敬う情熱、創造への情熱、そして男性への情熱である。この情熱のトライアングルの中心点に位置するのが、人間の肉体とその意志、自然の一部としての人間の肉体とその意志である」(p146)

「私は『忠臣蔵』を、日本という特殊な国の昔の物語として閉じ込めてしまわないようにしたい、現代人である観客に強くフックする何か強いアイディアがほしいと考えていたので、ヴェルナーのオープニングとエンディング案は生々しいけど、料理を上手にすれば絶対にいけると考えていた。その案を採用するかどうかの是非の差は、西洋で創作活動を行っている私と、日本で表現を考えている三枝や島田との大きな違いかもしれないのだ」(p262)

「私は日本人に生まれてほんとうによかったと誇りを持って生きている人間のひとりです。日本の伝統文化は、世界の文化遺産として尊敬を集めているし、世界でも特別にすぐれた文化のひとつだと声を大にして自慢できる文化です。しかし私は、伝統文化を伝えるためのメッセンジャーとしてここに来ているのではないく、ひとりの表現者としての私の価値を、デザインという言語を通して伝えるためにここに来ているのです」(p292)

「何度も書いたことだが、私は日本人であることに誇り(プライド)を持っている。私の誇り(プライド)は昔のサムライに共通しているほど強い。しかし、日本人を売りものにしたくない。だからと言って、西洋人になりたいわけではけっしてない。何々風という見られかたから解放されて、自由になりたいだけだ。評論家たちによって、私をある型にはめられてしまうのが面白くない」(p307)

「現在のように情報が発達してくると、ますます文化は画一化して地域色を失い、面白くなくなるのではと心配する人もいるようだが、私の意見では全く逆さまだ。私の感じるところ、今は地球全体がハイブリッド文化の実験場になってきている。地域色を失うまいと意固地になっている頑な精神を自由に解放させることで、表現の可能性は無限のひろがりを見せていく」(p393)

「はっきり言えることは、これからは、ますます個人のアイデンティティを問われる時代になっていくだろうし、人種を超えて、国を超えて、個人レベルでの価値が出会い、スパークし、溶けあい、新しい価値を生み出していくだろう」(p394)

「私が、自分で自分のデザインが正しい答えになっているかどうかをチェックするときに、マントラのように唱える言葉があります。それは、Timeless, Originality, Revolution の三つです」(p407)

「スポーツに関するビジネスを主とする企業が、デザインに保守的であることによるメリットはあるのだろうか?スポーツとは、革新そのものが主題なのではないだろうか?むしろそこに”最も”という言葉をつけ加えてもいいくらいに」(p426)

以上、ながながといくつかの文章を引用しましたが、「グローバル化」の時代、なぜ日本がずっと停滞したままなのか?それを「考えるヒント」がこの本にはあると思います。

歪狭な国粋主義、保守主義、団体主義が強くなりそうな今の日本で、石岡瑛子の声にもっと多くの人が耳を傾けるべきなのではないか?
われわれ日本人と同じように、感情的で、偏狭な考えに陥りがちの隣の国の人たちにも、是非読んでもらいたいとも思います。

蛇足ですが、ビジネススクールに行っている頃、1985年から86年頃だと思いますが、ハーバード・スクエアの映画館で映画『MISHIMA』が上映されていたことを思い出します。その時逃してしまったこの映画は、日本ではさまざまな理由で上映されていません。本当の意味での表現の自由がまだまだ日本にはないことが恥ずかしいです。

寂聴さん、ありがとう(「恋と革命」に生きよ!)

昨日、松山に用事があって久しぶりに「帰りました」。生まれは高知県ですが、小学校から高校まで愛媛県南宇和郡御荘町(現在の愛南町)で育ち、大学のころも、東京から松山経由で帰省していましたので、愛媛、そして松山には「帰る」という感覚です。今回は時間がなかったので、お会いしたい方々にもお目にかかることができませんでした。

それというのも、今日から始まったブックフェアにでるため。今朝、朝一番の飛行機で松山から羽田に「帰り」、到着するとすぐに東京ビックサイトで開催されている東京国際ブックフェアに行きました。お目当ての10時半から始まった瀬戸内寂聴の基調講演を聴くために。

もうこの「おばあちゃん」、すごい!
最初から感動の連続で迂闊にも涙がでてきちゃった。

最近では、東京新聞夕刊に連載された「この道」(青鞜や大逆事件に関連する女性たちの生き様を紹介するエッセイ)を愛読していましたが、この連載は「烈しい生と美しい死を」というタイトルで新潮社から最近発刊されています。
今日の講演では、この本のことも含めて、ご自身のお仕事のお話がたくさんあったのですが、なんと言っても、最大のメッセージは、「恋と革命」に生きよ、ということでした。出版業の変遷、電子ブックへの期待などのお話はあったのですが、でも、やっぱり、「恋と革命」。

「恋と革命」に生きる。この言葉って、われわれ男性が口にすると、なんとなく様にならない気がする。それって、ボクだけの「照れ」かな?きっとわれわれ男たちは、たとえ「恋と革命」に生きたとしても、決して自らの口から、「俺は恋と革命に生きる(生きた)」と言えない。

でも女性が「恋と革命に生きる」という時、なんとも言えない潔さと、ひたむきさと、大胆さと、強烈な魅力を感じる。

今年の5月で90歳になったという寂聴さん、10時半から始まった講演では11時40分までずっと立ったままでお話になられました。お話の口調もしっかりされていて、ハートも、体も、とても若々しい方でした。ステージに立たれる前の寂聴さんを至近距離で拝見しました。きっともう近くで拝見する機会はないと思いますが、その存在自体がとても「有り難い」ものに思えました。ご本人も、講演の中で、自分はあと2、3年でいなくなるだろう、きっと皆さんとお会いするのは、これが最後だろうと数回おっしゃっていました。

でも、ぜひとも100歳まで健康にお仕事を続けていただきたいと切に願っています。
100歳になっても、「恋と革命に生きなさいよ」って、叱咤激励していてほしい。

ナイチンゲールと統計学、そして「権力の病理」

午後に都内のある大学の先生(統計学)を訪問。先生からひとつ勉強になることを教えていただいた。クリミア戦争で兵士たちの看護にあたり、「白衣の天使」としてのイメージしか持っていなかったナイチンゲールが、実は、統計学を勉強し、統計学者の協力を得て統計分析をおこなった『英国陸軍の健康,能率及び病院管理に関する諸問題についての覚書』を発表、王立統計学会初の女性会員に迎えられた、バリバリの統計学の徒であったことを。「世界の偉人伝」のひとりとして、小学校あたりで伝記を読んだはずだから、その中で、ナイチンゲールと統計学の話もでていたかもしれませんが、そんなことはまったく覚えてもいませんでした。

ある本の中には、以下のような文章もあるようです。「人間社会をも含めた宇宙は、神の摂理に従って進展していて、この摂理を理解しようと努力し自己の行為を摂理に一致するように導くのが人間の仕事である、と彼女は考えていた。神の本質はあくまで神秘のままであるが、神の意思を理解するには統計を勉強しなくてはならない。なぜなら、統計は神の摂理を測るからである」(『知の統計学2』福井幸男著 共立出版)

「神の意思を知るには統計を勉強しなくてはいけない」。統計学の「広告」として、これ以上のコピーはないのではないかと思います。

それから、今週日曜日(17日)の書評コーナー(朝日新聞)には、「21世紀のシュヴァイツァー」とも呼ばれる医師であり人類学者でもある、ポール・ファーマー(ハーバード大学教授)の「権力の病理_誰が行使し誰が苦しむのか 医療・人権・貧困」(みすず書房)が紹介されていました。かれにはきっといつの日か、ノーベル平和賞が与えられると思うのですが、世界の貧困地域で、三大感染症の治療にあたっています。

この本の紹介文の最後で、評者の渡辺靖は、「日本の論壇などではなかなかお目にかかれない、スケールの大きな、真のリベラルの勇姿を、私は著者のなかに見いだす」と言っています。

ナイチンゲール、ポール・ファーマー、ともに医療に従事し、その分野にとどまらない大きなスケールの仕事を展開している(した)二人。

小林秀雄 on 論語

小林秀雄の発言を発信しているツイッターで、いかのようなことを小林秀雄が書いていたことを知りました。

「古典とは、私達が、回顧の情をもって近づく生きて考えた優れた人間の姿なのであって、分析によって限定する過去の一思想の歴史的構造ではない。従って、古典とは、理解されるものというより、むしろ直覚されるものだ」

昨日の『生きるための「論語」』(安富歩著)の追記として。

『生きるための論語』(安富歩著)

『原発危機と「東大話法」」(明石書店)によって話題になっている著者による「論語」紹介。先輩研究者たちの解釈にとらわれることなく、生きていくための知識として、どのように論語を読み込んでいけばいいかという意図のもとに書かれた「論語」の解説。読み終えたばかりですが、もう一度読み返してみたいと思っています。

論語を非常に権威的に解釈しがちな、学校のお勉強。それからはほど遠いところにあるのが著者の論語解説。孔子の人物像も、謙虚さにあふれ、かつダイナミックに時代を生きた、柔軟性に溢れる人のように思えてきます。

「現代の日本社会が、企業といわず、政府といわず、大学といわず、民間組織といわず、ありとあらゆる組織において、耐え難いほどの閉塞感に苦しんでいるのはなぜか。それは制度の問題でも、仕組みの問題でも、法律の問題でも、慣習の問題でも、文化の問題でも、グローバリゼーションの問題でも、途上国の台頭の問題でも、少子高齢化の問題でも、何でもない、と私には思えるのである。それはひとえに我々の社会が君子を欠いており、経営者が小人によって占められているからであり、「和」が失われて「同」と「盗」とに覆いつくされているからではないだろうか。」

著者がいう「君子」とは、どのような人物なのか、それは本書を読んでみてください。

古典を自らの権威づけに使っている学者や評論家の先生たちからすると、著者の議論は、粗の多いものとして片付けられるのかもしれませんが、僕自身は、「久しく枯渇して歴史文献とされている『論語』を、再び精神的源泉としての古典に蘇らせようとする試み」(北京大学教授・橋本秀美)として評価しています。

ちょうど先月、岩波新書から『論語入門』(井波律子著)がでています。次はこの本を読んでみようと思っていますが、著者は、「『論語』がいずこにおいても色あせない大古典として、長らく読み継がれてきたのは、単に教訓を記した無味乾燥な書物ではなく、読む者の心を揺り動かす迫力と面白さに富むためだと思われる。『論語』の魅力、面白さは、その中心をなす孔子という人物の面白さ、魅力に由来する」と序で書かれています。

そう言えば、井上靖の晩年の大作に『孔子』がありましたね。

扇子にみる日本と韓国

以前、「縮み志向の日本人」という本を、韓国人女性が書いていたように記憶しています。

先週、用事があって韓国に行ったのですが、そのとき、ある場所でもらった扇子をみて、この本のことを思い出しました。というのは、日本の扇子よりもあきらかに大きいからです。アマゾンで「縮み志向の日本人」をチェックしてみると、講談社学術文庫に入っていて、表紙には扇子が使われていました!

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タテにしみても、

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ヨコにしてみても、


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開いてみても、日本の扇子は一回りどころか、ふた回りくらい「縮み志向」になっている。

「35歳から出世する人、しない人」(佐藤文男著)

著者は僕の大学時代の同級生で、ヘッドハンターとして成功しています。いつものことですが、新著を出されるたびに、わざわざ本を持って挨拶に来てくれるマメな人です。ポッドキャスティング「アイデアエクスチェンジ」にもでてもらっています。→アイデアエクスチェンジ「佐藤文男さん編」

以上、著者との個人的な関係があることをお断りしたうえで、ご本を紹介しますが、僕のようにもうとっくの昔に35歳を過ぎてしまった人間でも、まだまだ「出世したい」「出世しないといけない」とプレッシャーを自分にかけている人には、読んで学ぶことが多い本です。

ただ、「出世」と言っても、昔よく言った「立身出世」とは少々意味合いが異なります。著者が問うているように、「自分なりのオリジナルな生き方を目指しているか」「自分なりの美学や信念を持っているか」ということからすると、「出世」がどういうことを意味するのか、それは読者によって違ってくるのではないかと思います。

これら以外で、著者の言葉で共感した点をあげておきます。

1気配りというのは意識して身につけるべき一種のスキルだ。

2「キャリア」の定義は、「他社でも通用する専門性」。他社でも通用するかどうかを考える際には、漠然とした社内の評価ではなく客観的に判断できる数字で表せる実績(成果)を基準にすることがポイント。

3日頃からの整理整頓、清掃が大切。ため込んでいる物を捨てることが、変なこだわりや先入観を捨てることにもつながり、心のリセットができる。

4会社の看板がなくても食べていける人間になれ。

5普段会えない人に会いに行っているか。

以上、著者に対するひいき目もあるかもしれませんが、若い人たちはもちろんのこと、まだまだ働かないといけない中高年にも役立つアドバイスに満ちた本です。

「日本海軍」から「フクシマ」まで。

最近読んだ本で記憶に残った本、2冊。

一冊は「日本海軍400時間の証言_軍令部・参謀たちが語った敗戦」(NHK スペシャル取材班、新潮社)。
そして二冊目は、「裸のフクシマ_原発30km 圏内で暮らす」(たくき よしみつ著、講談社)。

前者は70年前の話で、後者はここ1年ほどの話。でも、両者に共通するテーマがある。

無責任さ、目先の自己の利益追求や保身、科学的思考の弱さ、自由な発言が許されない上下関係。残念だけど、このふたつの本から見えてくる権力者たちの姿はほとんど変わっていない。裸になった権力者たちの姿は、あっけないほど、情けない。どうしてこの程度の連中が権力を持っていたのか、不思議に思えてくる。

「日本海軍400時間の証言」はNHKスペシャルの制作にあたったチームによる、「メイキング本」。中味がある本だったので、テレビ番組のDVDも購入。

「裸のフクシマ」の著者は趣味で狛犬の写真集を出していたり、パソコン、デジカメ、オーディオ関係も、ユニークな視点から取り上げている。テレビにも時々出ているようだけど、おもしろそうな人。狛犬の写真集も含めて、4.5冊、著書を購入済み。

"SMALL GIANTS" 著者によるアンカー・ビール紹介

アメリカン・ブック&シネマが発行している書籍のひとつに、”"SMALL GIANTS"という本があります。最近、日本語版の"Wired"誌でもご紹介いただき、新たな読者を獲得できていることを、とてもうれしく思っています。
ユーチューブに、著者 Bo Burlingham が"SMALL GIANTS" の中でとりあげている14の会社のひとつ、アンカー・ビールを紹介しているビデオがあります。


YouTube: BNET Book Brief: Small Giants


その他にも著者が登場するビデオがありますので、Bo Burlingham で検索してみてください。

『采配』(落合博満著)_野球界のオシム。

今シーズンからのにわか野球ファンです。過去10数年、サッカーばかり見ていたので、野球に関心を持ったのは小学校低学年以来ではないかと思います。1960年代後半、まだ野村が現役だったころ、南海ホークスの春のキャンプを、高知の大方町に、なんどか見にいきました。とは言え、いまでもサッカーのファンです。今年の天皇杯にも、うちの会社はスポンサーで入っていますよ。

この本の中でなんどかでてくる、2007年の日本シリーズ、完全試合ペースで進んでいた先発投手を9回に替えたという話も、お取引先で中日ファンのKさんから聞くまで知らなかったほど、ずっと野球には見向きもしていませんでした。今シーズンは、ちょっと考えがあって、野球のこと、野球ビジネスのことをもっと知りたいという気持ちもあり、東京ドームのシーズンシートを買い、かなりの試合を観に行きました。が、必ずしも熱心なジャイアンツファンという訳ではありません(投手・澤村のファンです。2年目も、あの面構えで、堂々と打者に立ち向かってほしいです)。

『采配』を読んで、「野球界のオシムを見つけた!」と、勝手に喜んでいます。ずっとオシムのファンですが、落合の考えの中に、オシムと共通する所をいくつも見たように思います。(あくまでもボクの勝手な感想です)

両者ともに、非常にストイックに自分の仕事に全身全霊を捧げており、理(合理主義)と情を併せ持った職人的監督かと思います。また両者とも個人主義者かと思います。しっかりと「個人が立っている」からこそ、他の人たちへもしっかりと配慮ができる人たち。そして歴史を学んでいる点もすばらしい。

落合の言っていることでボクが非常に共感した指摘が2、3あります。

ひとつは、「すべての仕事は契約を優先する」というタイトルの文章。日本社会は、「国のため」、「世界一になるため」などどいう大義名分があると、組織図や契約を曖昧にして物事を決めようとする。しかし、選手たちは球団と契約している個人事業主なのだから、WBCに参加するかどうかは、まず本人、さらには各チームの同意が必要だという指摘。

二つ目は、日本の野球界は、「野球協約の見直し」が必要だという指摘。1951年に制定された野球協約(野球界における憲法)は、根本からの見直しが必要なのではないか、また野球界の最高責任者であるコミッショーナーは、これまで法曹界の出身者が多いにもか関わらず、お飾り的存在になっていて、なにも仕事をやっていないという指摘。

この2点は、野球界だけの話ではないです。日本の政治、ビジネス全般にも言える課題です。

そしてもう一つ、感心し、共感するのは、本の一番最後にでてくる、「人生を穏やかに生きていくことには、名声も権力も必要ないと考えている。要するに、仕事で目立つ成果を上げようとすることと、人生を幸せに生きていこうとすることは、まったく別物と考えている。(中略)一度きりの人生に悔いのない采配を振るべきではないか」という考え。

この最後の文章にいたるまで、あれだけ野球(仕事)でどうやって勝つのか、結果を残すのか、そのためにどれだけ一心不乱に仕事にのめり込むのかということを滔々と語った後に、この発言。そんなクールさがすごい。

この前、長年ジャイアンツファンだと言う方が、「落合の野球はだめだ」と語気を強めて話されたので、ちょっと圧倒されました。にわか野球ファンのボクなので、まだまだわからないことばかりなのですが、この本の中で語られる落合の言葉には共感を覚え、また見倣いたいと思うところが多々ありました。

来年も東京ドームでのシーズンシートを買います。監督・落合はいませんが、解説者・落合を期待しています。東京ドームで、ラジオの実況中継で落合の解説を聞きながら、野球をもっと理解できるようになりたいです。

本日より全国主要書店に『MBAの誓い』が並びます。

オデッセイコミュニケーションズの100%子会社、アメリカン・ブック&シネマから 『MBAの誓い』(原題:MBA Oath)が翻訳出版されました。本日より、全国主要書店に並びます。ビジネスを志す、すべての人たちにお読みいただけるとうれしいです。

エンロン、リーマンと、2000年以降のアメリカはさまざまなスキャンダルが続いています。日本だって対岸の火事ではありません。この数ヶ月に表面化しているいくつかの事件(大王製紙、オリンパスなど)は企業経営者のモラルに関わる問題です。
今回出版した『MBAの誓い』は、ビジネススクール在校生、若き卒業者たちのビジネスリーダーとして生きていくための誓いです。でも、若いビジネスマン、ビジネスウーマンたちだけでなく、経団連に所属するような大企業の経営層のかたたちにこそ、読んでいただきたいと思っています。

ボク自身、ビジネススクールを卒業して来年2012年夏で25年になります。来年10月にはボストンで卒業25周年を祝う集まりに出席する予定です。日々、新たな気持ちでビジネスに取組んでいきますよ!

アメリカン・ブック&シネマ

歴史家・渡辺京二のアドバイス、水森亜土と愛犬(東京新聞夕刊から)

今日の東京新聞夕刊の文化欄に、津田塾大学の三砂ちづるさんが、渡辺京二の言葉を紹介していた。ゼミ生たちを連れて、熊本に住む渡辺を訪れた時の彼の言葉。すべての学生、そしてかつて学生だったすべての大人に励ましになる言葉だ。

 「自己実現?それは出世主義のことでしょう。人生は無名に埋没するのがよいのです。でも、あなたがたは卒業論文を通じて、知の世界にひらかれた。その問いをずっと抱えていくことです。一生、本を読んでいきなさい。」

 「社会がどうであろうと、自分は生きたいし生きてみせる。人は社会から認められるから生きているのではない。社会に貢献なんかしなくてよろしい。まず自分がしっかり生きること。社会全体がお前は死ねと言ったって、嫌われたって、自分は生きる。生きていっていいんだ。そのことを肯定すること。そうやって生きているひとりひとりがなんとか関係を作らなければならないから、社会というものができていくる。」

 「社会は正義の権化ではなく、もっとでたらめでいいかげんなものだ。社会が立派なものでないからこそ就職難もでてくる。人類としての問題も出てくる。人間がどうやって生きていけばよいのか、問いがでてくる。あなたがたは大学でその知の扉に立った。だから、一生、その問いを手放さないことです。」

 そう一生、問い続けること!

追伸
東京新聞のとなりのページには、愛犬・ムクといっしょに写った水森亜土さんの写真が。ムクは♀の17歳。「甲斐犬の血が入っているらしく、野性的な性格でね」って。ここにも甲斐犬仲間!

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バルザック!

このごろ全く読んでいないけど、好きなフランス作家の一人、バルザック。
先週ベルギーからパリに帰ってきて泊まったホテルのそばで偶然見つけたバルザックの銅像。バルザックってこんなにハンサムだったの?背が低くて、ちょっとデブのおじさんの印象があったんだけど。1799年生まれ、1850年に51歳で死亡。現在の僕の年齢。モームはバルザックのことを「確実に天才とよぶにふさわしい人物」と言ったとか。
久しぶりに彼の小説も読んでみたくなったよ。
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朝日新聞朝刊"be Saturday"でABCの書籍が紹介されました。

8月27日付け、朝日新聞朝刊の"be Saturday" で、アメリカン・ブック&シネマ発行の『ランス・アームストロング ツールドフランス_永遠のヒーロー』(マット・ラミー著)が、記者のおすすめの一冊として紹介されました。この本は、イギリスのサイクルスポーツという雑誌の記者だった著者に、僕の方で直接コンタクトして、7連覇後のランスについて新たに書き下ろしてもらった本なのです。
ご紹介くださった朝日新聞の担当記者の方、ありがとうございます。

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ABC

『ロングトレイルという冒険』(加藤則芳著)

ヤマケイ(山と渓谷)やビーパルなどの雑誌読者を越えると、著者の名前はあまり知られていないのかもしれませんが、著者はロングトレイルの日本における一人者です。僕がこの方のお名前を知ったのはつい最近。今年始め、まだ入会金を納めただけで特になんらの活動をしているわけではないのですが、信越トレイルクラブという団体の「メンバー」になりました。長野県北部と新潟県の県境にある、関田山脈の山稜部にある80キロのトレイルのガイド組織が、NPO法人信越トレイルクラブで、その理事として、著者である加藤さんが入っていらっしゃいます。この団体のHPや資料でお名前を拝見したのが最初です。信越トレイルを少しずつ歩いてみたいと思っています。

先日、お盆休みでスローな雰囲気のオフィスから抜け出して、有楽町の三省堂で見つけたのが、この『ロングトレイルという冒険』(技術評論社)と、少し前に出版された同じ著者による『メインの森をめざして_アバラチアントレイル3500キロを歩く』(平凡社)。2冊まとめて買いました。

半年かけて、ジョージア州からメイン州までの3500キロを歩くコースがあるなんて知りませんでした。毎年500人程度の人が全コースを歩き、きっとその何倍もの数の人たちが一部コースを歩いているようなので、それだけでもアメリカ人はすごいなと思います。彼らのチャレンジ精神、それだけの人間が時間をとって挑戦することを可能にする社会のふところの広さ、コースを大切に守り育てる環境保護の意識。

『メインの森をめさして』は640ページの長さなので、ちょっと簡単には読めそうもありませんが、3500キロを半年かけて歩くことを考えると、そのくらいの厚さがあってもいいかなとは思います。

ただひとつお気の毒なことがあります。
『メインの森をめざして』のあとがきに告白されていますが、著者は難病であるALS(筋萎縮性側索硬化症)を発病されていて、ブログによると、外出するには車いすを必要とされているようです。
これまで実に活発に体を動かしてきた方が、このような病気になるなんて、実に残酷な話だと思います。病気の進行がすこしでも遅くなることをお祈りしています。

加藤則芳公式サイト
加藤則芳ロングトレイルを行く(管理者は加藤さんの奥様)
NPO法人信越トレイルクラブ

『人の子イエス』(カリール・ジブラーン著、みすず書房)

僕はキリスト教徒ではありませんが、イエスには関心を持っている人間のひとりです。仏教徒でもありませんが、ブッダには興味を持っています。

この本はイエスが行ったとされる奇跡をことさらに取り上げることもなく、イエスと会った(はずの)70数名の人間たちの声を借りて、ジブラーンの考える人間イエスを示したものです。

「あのナザレ人は、人々にとって医者だった。あのナザレ人ほど、人体と、その構成要素や特性に精通していた者はいなかった」(ギリシアの薬売りフィレモンが見た、医者・イエス)
「イエスは、天と地の驚異について、夜に咲く天の花々について、日が星々を覆い隠すときに大地に咲く花々について語りました」(カナの花嫁、ラフカが見た、ナチュラリストとも言えるイエス)
「イエスが語る神は、あまりに広大でどんな人間にも似ていないし、全知ゆえに人を罰することをしない」(ペルシャ人哲学者が見た、新しい神を提示したイエス)
「私が認めるイエスは、強大な狩人であり、難攻不落の聳え立つ霊に他ならない」(ナタニエルが語る、権威と力を持っていたイエス)

この本の中で、僕がもっとも好きなイエス像のひとつは以下のようなもの。
「イエスが教えたのは、いかにして人々を束縛する過去のしがらみの鎖を断ち切り、いかにして人が自由になるかということだ」(アンティオキアのサバが語る、自由人イエス)
「あの方が私たちとともにいたとき、あの方は私と世界を驚異に満ちた目で見つめた。あの方の目は、何千年にもわたる伝統によって曇らされておらず、さまざまな古くからの堆積物にも妨げられていなかった。あの方は、若々しい明るさをもってあらゆるものを明晰に見た」(ある哲学者が語る、明晰な観察者としてのイエス)

そしてこの本の中のイエス像が「立体的」であるのは、イエスを嫌い、イエスに反対した人たちのこのような声も含まれているから。

「あの男は、この国の立派な国民ではなかった。保護されるべきローマ帝国の市民でもなかった。だからこそあの男は、ユダヤ王国もローマ帝国も侮蔑した。空を飛ぶ鳥のように、義務も責任もなく自由に生きたいとあの男は望んだ。だから狩猟者が彼を矢で射落とした」(論法家エルマダムが語る、はぐれ者イエス)
「もし、アブラハムの種を継いだユダヤの子孫が繁栄するのが神の御心であるならば、その基盤となる土壌は汚されてはならない。そしてあのイエスという男は、汚染者であり、堕落させる者である」(大祭司カヤバの語る、汚染者イエス)

本書にあるカリール・ジブラーンの略歴を簡単に紹介すると以下のとおり;
1883年レバノン山間部の村で生まれ、1895年貧困の中渡米、ボストンで初等教育を受け、英語を習得。
1898年レバノンに帰国、アラビア語を納め、高等学校で文学と宗教学を学ぶ
1902年再度渡米、1908年から2年間パリでロダンの師事。
1931年にニューヨークで死去するまでに、合計7冊の英語著作。

『人の子イエス』を読むまで、この人のことはよく知らなかったけど、ジョン・レノンが「ジュリア」にこのひとの言葉を引用しているそうだし、神谷美恵子さんが、ジブラーンの詩集『預言者』を抄訳しているとか。
確かに、ジョンのイマジンからはジブラーンのイエスが聞こえてきそう。

『ドッグマン』、信濃毎日新聞でも取り上げられました。

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アメリカン・ブック&シネマの『ドッグマン』、信濃毎日新聞(長野県を代表する新聞)の書評コーナーでも取り上げていただきました(7月17日付け)。評者はノンフィクション作家の中村安希さん。先日、朝日新聞でも彼女の『Be フラット』の紹介記事を読みましたが、非常におもしろい作品のようなので、ぜひ読んでみようと思っています。(→『Be フラット』
「荒野が”現代生活の便利さや快適さに対する解毒剤”であるなら、本書は読者にとって解毒への第一歩になるだろ」というコメントをいただきました。ありがとうございます。

『日本の未来について話そう_日本再生への提言』(小学館)

コンサルティング会社のマッキンゼーが責任編集者としてでた本。マッキンゼーはアメリカ国内であった大がかりなインサイダートレーディングにパートナーが関与していて逮捕者もでたということで、FT(フィナンシャルタイムス)に大きな記事が先日出ていたばかり。「マッキンゼーの未来について話す」ことの方が先のような気もするけど、この本の企画自体は、マッキンゼーの日本法人からでているようなので、アメリカのことはこれ以上書かない。

会社でアシスタントのSさんが、第9章「文化の継承と発展」の中に、『ドッグマン』(アメリカン・ブック&シネマ最新刊)の著者であるマーサ・シェリルさんが、「秋田犬の系譜」というエッセイを書かれていることを教えてくれた。エッセイのタイトルは「秋田犬の系譜」となっているけども、ちょっと誤解を与えてしまうような気がする。彼女が書いているのは、秋田犬を絶滅の危機から救った『ドッグマン』の主人公、澤田石守衛がどれほど個性的な日本人であったのか、彼が秋田犬の中に見つけ、もっとも大切にした「気性」とは、「エネルギーであり、バイタリティであり、強さであり、勇気である」こと、その「気性」こそ、澤田石さんが身につけたいと願い、日本の近代化に伴って失われつつあると憂えた精神だったこと。この「気性」が社会の繁栄と力強さの柱であること。そんなことがこのエッセイのメッセージなのに。

発行人の僕が言うと自画自賛になってしまうけど、『ドッグマン』こそ、震災で傷ついた東北の方々に読んでいただきたいと強く思っている。(東北エリアのお取引先には一冊ずつ贈呈済み)。秋田犬に関心がない方でも、きっと読んで良かったと思っていただけるという自信作です。

『日本の未来について話そう』を読まれた方にも、『ドッグマン』(アメリカン・ブック&シネマ発行、英治出版発売)を読んでいただければ、うれしい。

アメリカン・ブック&シネマ

『「律」に学ぶ生き方の智慧』(佐々木閑著)

今日は愛知県犬山市にある名古屋経済大学を訪問。日頃のご愛顧に心より感謝申し上げます。

行き帰りの新幹線の中で読んだ本が、『「律」に学ぶ生き方の智慧』。著者は、昨年オデッセイマガジンにもご登場いただいた花園大学の原始仏教の先生。
仏教における出家とはどんなことなのか、出家集団のルールである「律」とは何か、科学者や政治家と出家など、佐々木先生の愛読者のひとりとしては楽しみながら読ませていただきました。特に、自然界の真理探求にのめり込む科学者たちも出家者と言えるのではないかというご意見には納得。
俗世界で仕事をするわれわれにも参考になる本。

特集「3.11後を考えるために」

6月19日(日)の東京新聞書評コーナーが、特集「3.11後を考えるために」で取り上げていた本。まったく知らなかった著者と本もあるので、ちょっと読んでみたい。村上春樹を上げていた人が二人いた。

イザベラ・バード著『イザベラ・バードの日本紀行』

永原慶二著『富士山宝永大爆発』

武者小路実篤著『或る男』

イバン・イリイチ著『生きる意味』

若松丈太郎著『福島原発難民_南相馬市・一詩人の警告』

Rクラーク、Rネイク著『世界サイバー戦争』

村上春樹著『神の子たちはみな踊る』

鴨長明著『方丈記』

村上春樹著『アンダーグラウンド』

ポール・ヴィリリオ著『アクシデント事故と文明』

長井彬著『原子炉の蟹』

吉田茂著『回想十年』

戸川幸夫著『高安犬物語』

飯塚訓著『墜落遺体_御巣鷹山の日航機123便』

ホルクハイマー、アドルノ著『啓蒙の弁証法』

もうひとりの「ドッグマン」。

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6月17日の東京新聞夕刊一面に、忠犬ハチ公の研究の第一人者といわれた林正春さんの記事がでていた。一昨年末、80歳で急逝した林さんが集めた大量のハチ公関連の資料が、渋谷区郷土博物館・文学館で活用されることになったとか。

この方も、もう一人の「ドッグマン」だ。

ドッグマン

写楽展、新しいテレビCMの撮影、パルヴァースさんの講演。

昨日は上野の国立博物館であった写楽展の最終日。朝一番に上野へ。西洋美術館では、「レンブラント・光と陰」も最終日。こちらは時間がなくてパス。

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今日は、お昼から、川崎市宮前平のスタジオで新しいテレビCMの撮影。今年は、昨年とほぼ同じ予算で、全く異なる指向のテレビCMを2シリーズ作ります。先週土曜日は当世オフィス事情編、今日は外人モデルを使った会話編。新しいCMは7月から公開予定です。乞うご期待。

夕方に都内に帰ってきて、有楽町にあるThe Foreign Correspondent Club of Japan であったRoger Pulversさん(東工大の世界文明センター所長)の新著「The Dream Of Lafcadio Hearn」についての講演。彼とはもう10年くらいのおつきあいかな。放浪者としてのラフカディオ・ハーンにとても関心があります。かれは、rootless cosmopolitan の一人だった。あ、それから90人ほどの参加者のなかに、旅行番組で有名だった兼高かおるさんも!もう80歳をこえていらっしゃるのに、すばらしいスタイル、姿勢、そしておしゃれに感動。

帰るとき、廊下に飾ってあった最近のスピーカーたちの写真の中に、映画「ノルウェーの森」にでていた女優、菊池凛子と水島希子を発見!ふたりのファンとしては超ハッピー。忙しい一日でしたが、素敵な出会いがあり大感謝。


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『デフレの正体』(藻谷浩介著)

 本屋に山積みになっている昨年からのベストセラー。マスコミの有名人たちが大推薦という帯の宣伝文句のせいで、当初は逆に読む気はなかったのですが、先月だったでしょうか、日経新聞の夕刊に数日連続ででていた著者のインタビュー記事を読んでおもしろい方だと思ったので読んでみました。その記事で僕がおもしろいと思ったのは、「地方の幹線道路や新幹線などが無駄なのではなく、田んぼの間に網の目のようにはりめぐらせた道路こそが、無駄な投資になっている」という趣旨のご指摘。
 
 この本の中身は、副題に「経済は『人口の波』で動く」とあるように、日本のデフレは根本的に国内の人口動態に基づいていて、好況、不況の波によって起こされているものではないということで、それに関してはまったく反論の余地はないです。同じような指摘は、1980年代終わりか、1990年代の始めだと記憶していますが、人口減少にともなって今後地価は下がっていくと指摘していたある証券会社の創業者の発言と根本的にはまったく同じ指摘だと思います。20年たち、その証券会社の創業者(立花証券の石井久さん)の予言の正しさに感嘆するばかりです。石井さんは1993年9月日経新聞に連載された「私の履歴書」最終回に日本の人口の動向に着目していることを書かれています。

 本質的なことは時にあまりにもシンプルすぎて、それを認めたくない陣営には受け入れがたいのか。あるいは受け入れてしまうと現在の仕組みを根本的に変えていかないといけない。その結果、今持っている既得権は手放さざるを得ない。ならば、見ない、聞かないの姿勢を貫き通す?

 『デフレの正体』の著者が持っている柔らかい精神というか、押し付けられた「先入観」や「正解」ではなく自分が見て考えたことから自分の意見を組み立てていく姿勢に感心しました。

 また、民間企業は政府の景気対策に頼ることなく、自分たちで経営努力をしていくべきだというご意見にも大賛成です。

 先日、現役経産省キャリア官僚による『日本中枢の崩壊』のことを書きました。この2冊には共通する指摘が多々あります。お二人とも優秀な方々だと思いますが、同じように優秀な人たちが霞ヶ関にはたくさんいらっしゃるはずです。このお二人がかれらとなぜ違うのか。それはお二人が「王様は裸だ」と言える率直さをお持ちだからなのではないかと思います。もっと多くの霞ヶ関や永田町の若手エリートたちが、「王様は裸だ」と叫ぶことができれば、日本のどん詰まり感にもすこしは穴があくのではないかと期待しています。

石井久「私の履歴書」

『日本中枢の崩壊』(古賀茂明著)

経済産業省在籍のエリート官僚による、どんづまり日本への問題提起、警告、そして励まし。おすすめの一冊です。

ただし、元「エリート官僚」と言った方が正確かもしれない。というのは、「改革派官僚」の著者はここ数年霞ヶ関村で完全に村八分状況ということですから。あとがきによると、数年前に大腸がんの手術を受け、リンパに移転があるがんだったと告白されています。移転の可能性があるということなので、これからもご無事でいらっしゃることを心よりお祈りしています。

この本で初めて知ったということはそれほど多くないのですが、かなりのページにポストイットを貼りました。
その中から、心から同意、共感を覚えたご意見をご紹介します。

1「福島原発の事故処理を見て、優秀なはずの官僚がいかにそうではないか明白になった。いや、無能にさえ見えた。専門性のない官僚が、もっとも専門性を要求される分野で規制を実施している恐ろしさ」(37ページ)
2「手がかりがほとんどない状態で新しいものを創造するというのは役人がもっとも苦手とするところだ」(63ページ)
3「消費税増税だけでは財政再建はできないが、日本国民は悲しいまでに真面目だ。消費税増税はもはややむを得ないものと思い始めている」(86ページ)
4「ここで強調しておきたいのは、こんな細かな細工をほどこして国民の目を欺くことは、官僚にしかできない、ということだ」(102ページ)
5「私を霞ヶ関の『アルカイーダ』と呼んで悪評を立てようとする幹部もいると聞く」(108ページ)
6「日本の中小企業政策は、『中小企業を永遠に中小企業のままに生きながらえさせるだけの政策』になってしまっている可能性が高い。しかも、それによって強くて伸びる企業の足を引っ張っている、ということさえ懸念されるのである」(118ページ)
7「霞ヶ関の官僚の多くは、目は曇り、耳は遠くなっている。聞こえてくるのは、政府に頼って生きながらえようとするダメ企業が集まった団体の長老幹部の声や、政治家の後援者の歪んだ要請ばかりだ。政府に頼らず本当に自分の力でやっていこうとしている企業は経産省などにはやってこない」(132ページ)
8「一部に退職金を2回取るのが問題だという話もあるが、それは本質的な問題ではなくて、重要なのは、無駄な予算が山のようにできあがる、あるいは癒着がどんどんできる。これが問題だ」(138ページ)
9「結局、民主党には政治主導を行う実力がなかったということだろう。(中略)国民に幻想を振りまいた『政治主導』は最初からどこにもなかったのだ」(166ページ)
10「最大の問題は民主党が何をやりたいのか、それがはっきりと見えてこない点である。マニフェストを熟読しても、民主党が目指している国家像が伝わってこない」(177ページ)
11「連結決算は読み解くのが難解で、大蔵省にはそれがわかる人間が3人しかおらず、人材育成もたいへんだし、税の徴収も面倒になるという理由が一つ。世界中で普及していた制度なのに、なんとお粗末な話だろうか。官僚は優秀でもなんでもないことを示す典型だ」(234ページ)
12「私は、このときの橋本大臣こそ、政治主導の見本だと思っている。政策に関する緻密な検討は役人が担当する。その結果を、最終的に閣僚がリスクを取って政治判断する。その際、絶対に信頼できるスタッフを持っている。これが政治主導である」(245ページ)
13「この独禁法改正が、いまのところ私の官僚人生で、もっとも大きな仕事である」(251ページ)
14「電力会社の社長が経団連や他の経済団体の会長に推されることが多いのはなぜか。電力会社は日本最大の調達企業だからだ。電力会社は、鉄をはじめ、ありとあらゆるものをそこらじゅうから大量に買う」(259ページ)
15「法務省のキャリア組には、自分たちの天下り先を増やそうなどというよこしまな考えはない。法務省で刑法の改正などを担当するのは、司法試験に合格した検事が中心で、法務省を退官しても弁護士になる道があるので、天下り先を作る必要などないからだ」(270ページ)
16「役人の政策が浅はかになるのは、利益の誘導もさることながら、現場をほとんど知らないからだ」(295ページ)
17「真実は、『なんとか成長しないと破綻への道から抜け出せない』というところにある」(302ページ)
18「過去、各国が不況から抜け出すために打ったマクロの経済政策や、危機に陥って財政再建した歴史の教訓を見ると、増税中心で成功している国はほとんどない。政府の収入があればあるほど支出が緩くなってしまうからだ」(304ページ)
19「いまだに財務省の天下り先確保のために、JTの株を持っている」(305ページ)
20「いまほど霞ヶ関を超える目を持って、全体を動かすことのできる政治家の能力が問われているときはない」(308ページ)
21「私が考えているのは、まず、『平成の身分制度』の廃止である。いまの日本には、努力なくして手に入れた地位や身分がいっぱいある」(331ページ)
22「これまで私が挙げた政策を政府にやってもらおうと思ったら、国民のみなさんも日本人特有の金持ちを妬む気持ちを捨てなければならない」(352ページ)
23「民主党にはその場その場でもっともらしい話をする人はたくさんいた。特に弁護士出身の人たちに多い。しかし、よく聞いていると、その場しのぎの理屈が多かった。理屈が得意なだけではだめだ」(354ページ)
24「国を引っ張る政治家がまず、正直に現状を国民に訴えることが大事だ。(中略)姑息な手段を使わず、総理が堂々と、いまの財政はこれほどひどい状況になっていると、国民に真正面から訴えてほしかった。そして国民に選択肢を示し、自らの決断を問う」(357ページ)
25「東日本大震災の後、もう一つ悪いパターンが見えてきた。震災対応を理由とした大連立構想だ。連立にあたっては具体的政策の議論をまずしなければならないのに、菅総理は政局を優先し、中身のない連立を打診した。自民党も公共事業の配分に関与しようと、守旧派の長老たちが前のめりになった」(358ページ)

『地震の日本史』(寒川旭著)

縄文時代から現代まで、地震で綴る日本の歴史。この本を読んでいると、よくもこれだけ地震がおこることよと思う。地震を中心に日本史を見ていくと、教科書でとりあげられるような出来事は、頻繁に日本列島を襲う地震の間、間に行われる日本人の政治的、経済的、文化的活動ということになる。

2007年に初版が出て、東日本大震災後の4月、増補して新たに出版された本。

著者が言う通り、「地震がなければ、日本という島々が存在しないこともまた事実」であり、「活断層が起伏に富んだ美しい地形を造り、地盤運動で沈降し続ける広い空間に砂や粘土が堆積して東京、大阪、名古屋などの大都会が発達した」のであれば、日本という国そのものが地震の産物であるとも言える。地震とは日本の誕生の秘密そのものであり、これからも頻繁に起こりうるものだということだとすれば、国の政治でも、個人の生き方でも、地震を大前提として考えていかざるを得ない。すくなくとも今回の東日本大震災で、10年以上住んでいる町が被災地となった僕には、切実なテーマになっている。

首都圏機能の分散化や原発の議論において、これまで反対運動側の意見はずっと軽視され続けてきたけども、今後起こるであろうあらゆる地震被害を想定しないことは無責任だ。日本の歴史は地震の歴史だし、揺れない場所(これまで揺れていない場所)は、ないのだから。

各紙でご紹介いただき、本当にありがとうございます。

秋田魁新報、河北新報の書評コーナーで、アメリカン・ブック&シネマの新刊『ドッグマン』が紹介されたことをご報告したばかりですが、この2紙以外の多数の新聞でもご紹介いただいたことがわかったので、あらためてご報告いたします。以下の地元有力紙でこれまでご紹介いただいています。各紙のご担当者には心より感謝申し上げます。

岩手日報 5月15日、下野新聞 5月15日、山梨日日新聞 5月15日、新潟日報 5月22日、北日本新聞5月15日、北國新聞5月15日
神戸新聞 5月22日、山陰中央新報 5月22日、徳島新聞 5月15日、大分合同新聞 5月22日、熊本日日新聞 5月22日
宮崎日日新聞 5月22日

アメリカン・ブック&シネマ

『ドッグマン』、河北新報でも取り上げられました。

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アメリカン・ブック&シネマの新刊『ドッグマン』。先日ご報告した秋田魁新報に続いて、宮城県エリアの主要紙、河北新報(2011年5月16日付け)の書評コーナーでも取り上げていただきました。ありがとうございます。

『ドッグマン』が秋田魁新報で紹介されました。

秋田県を代表する新聞・秋田魁新報で、アメリカン・ブック&シネマの新刊『ドッグマン』が紹介されました。5月15日(日曜日)付けの書評欄(8ページ)にでています。ご紹介ありがとうございました。

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「ドッグマン」@アマゾン

アメリカン・ブック&シネマ

『ネットで生保を売ろう!』(岩瀬大輔著)

今日はネットライフの岩瀬さんを訪問。今年の夏か秋に、アメリカン・ブック&シネマから翻訳出版予定の"MBA Oath"の監訳をお願いした。(快諾いただき、ありがとうございました。岩瀬さんには、以前、小社のリレーエッセイにもご登場いただいたことがあります。→小社HP

『ネットで生保を売ろう!』は、副題に「’76生まれ、ライフネット生命を立ち上げる」とあるように、1976年生まれの岩瀬さんと、元・日本生命のエリート社員だった出口さんが、インターネットで生命保険を販売するベンチャーを立ち上げる物語で、起業を目指している人たちにはきっと参考になる本だと思う。このふたりを結びつけたあすかアセットの谷家さんは僕もちょっとおつきあいがある。30代の岩瀬さんと、50代の出口さんを結びつけたのが、ベンチャー投資やヘッジファンドを経営している40代の谷家さんというわけで、優秀な人たちが、世代を超えて結びつくというすごくおもしろい話。

起業と言えば、来週から丸の内起業塾がスタートする。塾長の須賀さんが頑張っているので、副塾長の僕も微力ながらサポートしないといけない。(→丸の内起業塾HP

「秋田犬保存会」会報

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アメリカン・ブック&シネマの新刊「ドッグマン」の広告を、社団法人秋田犬保存会の会報(平成23年3・4月号)に出稿したこともあり、会報誌を一部いただきました。ありがとうございます。

我が家の犬たちが甲斐犬ということで、我が家は甲斐犬愛護会の会員ですが、甲斐犬愛護会の会報よりも、秋田犬保存会の会報はサイズが一回り大きく、カラー写真がたくさん使われていて、ちょっと立派です。

ちなみに我が家の長男・クウ太郎君は、甲斐犬愛護会の展覧会に参加したこともありますよ(幼犬の部で入賞!)。

あ、先日、NHK「小さな旅」で、秋田犬のふるさと、大館市が紹介されていました。秋田犬といっしょに過ごす方たちが紹介されていました。とてもいい番組でした。

秋田犬保存会
アメリカン・ブック&シネマ

『変容』(伊藤整著、岩波文庫)

いま、伊藤整 (1905-1969) の作品を読む人がどれだけ残っているのか知らない。昔々読んだ、『若い詩人の肖像』からずっと気になっている作家。小樽出身、一橋大学を中退されたということも気に留まっている理由のひとつ。商売人(ビジネスマン?)を作る学校からはそれほど多くの文学者は出ていないけど、案外、文学好きは多いのではないかと思う。(僕もその末席にいる一人かもしれない)

『変容』、今回初めて、じっくり味わいながら読んだ。やはりまとまった時間がないと、いい小説は読めない。GWは本を読むためにある?

60になろうとする画家と彼を巡る同年代の男女たちの話し。今風に言うと「シニア」。この作品が発表された1968年には、シニアなんて言葉は使われていなかっただろうけど、今の「シニア」たちのために書かれた小説かと思いながら読み進んだ。この小説に書かれた世界や時間は、今年52歳になろうとする僕にとっては近未来でもある人生におけるひとつのステージ。

渡辺淳一の小説は、伊藤整のこの小説に源流があると言ったら、言い過ぎだろうか。手を替え品を替えながら『変容』のテーマに向き合い、そしてもっとエロチックな要素で読者を楽しませてくれるのが渡辺淳一かと思う。

戦後東京の交通機関が発達していく様子や新しいビルが建っていく様子も書かれていて、都市空間の小説としても読んでしまった。

久しぶりに読んだ小説らしい小説。また繰り返し読みたいと思う。

『平成幸福論ノート』(田中理恵子著)

 著者には、小社から出していた『オデッセイマガジン』の取材の際、昨年、お会いさせていただきました。1970年神奈川生まれの詩人・社会学者。以前、このグログでもご紹介した『黒山もこもこ、抜けたら荒野』(光文社新書)では、水無田気流という筆名で出版されていましたが、今回同じく光文社新書で出されたこの本では、田中理恵子という筆名(ご本名?)を使われています。どのような理由があるのか、お聞きしてみたいです。

 著者によると、『黒山もこもと、抜けたら荒野』と本書は、「昭和の鎮魂」を裏テーマとするということです。なぜ「昭和の鎮魂」が必要なのか?それは、現在の「内向き」「懐古趣味」「過度の安定志向」「保守化」という現象は、昭和が怨念化し、人々や組織にとりついているからで、その結果、幸福は遠ざけられているから。(第5章「昭和の鎮魂」から「つながりの再編」へ)

 昭和の時代、それは日本にとって歴史的にあまりにも幸運な時代環境を提供してくれた時代で、その時代環境は一変してしまった(日本をリードしてきたアメリカの凋落、右あがりの経済とピラミッド型の人口構成を前提とした年金や健康保険制度の崩壊、グローバル化の変化に取り残された日本の雇用制度などなど)にも関わらず、あるいはそうだからこそ、ますます、日本人は昭和の時代の夢から覚めようとしない。

 「昭和の鎮魂」という言葉が適当なのかどうか?1959年、昭和34年生まれの僕は、まさに昭和の時代の人間だなと、この本であらためて認識した次第ですが、僕たちから上の世代は、まだまだ昭和の時代を生きているのかもしれません。昭和の時代に区切りを付け、新しい現実の中で、新しい目標を見つけ、平成の時代にあった幸福論を作っていくことを、「昭和の鎮魂」というのであれば、まさに「昭和の鎮魂」は必要とされている作業でしょう。

 このような大きなテーマを新書で論ずるということで、浅くなりがちというところはありますが、著者のセンスやスピード感ある言葉の使い方、断定の仕方が好きです。もし機会があれば、僕のやっているポッドキャスティング「アイデアエクスチェンジ」に出ていただきたいくらいです。

『若き芸術家たちへ』(佐藤忠良、安野光雅著)

 3月30日、98歳でなくなった彫刻家・佐藤忠良と、画家・安野光雅の対談集。今月初め、中公文庫の一冊として出版された。もともと、『ねがいは「普通」」というタイトルで2002年に出版されたものを、文庫化するにあたって改題したもの。
奇をてらわず、ゆっくりと時間をかけながら、本質を極める仕事を求めつづけた「職人」の言葉。ストイックさに敬服する。

 ちなみにシベリアに3年間抑留された佐藤忠良は、その経験のことを、「彫刻家になる苦労を思えば、あんなことはなんでもないですよ」と言ったそうだ。

佐藤忠良館(佐川美術館)
佐藤忠良記念こどもアトリエ@札幌芸術の森

『グローバルキャリア_ユニークな自分の見つけ方』(石倉洋子著)

 一橋大学の大学院(国際企業戦略研究科)でずっと教えていらっしゃった石倉先生からお贈りいただいたご本。今年の4月から一橋を退職され、慶応の大学院(メディアデザイン研究科)に移られたということがお手紙に書かれてありました。

 「グローバルなキャリア」も、「ユニークな自分」も、言葉ではなんとなくわかったような感じがするけど、多くの人にとっては実感が持てないことなのかもしれない。でも、この二つとも、今に始まったことではなく、何十年も前から、日本国内にとどまらず世界に飛び出した人たちは大勢いたし、ユニークな自分を作っていくという強い意欲を持っていた人たちもいた。今だって、きっとたくさんいる(そんな若い人たちが何人かこの本の中に紹介されている)。僕だってその一人だとちょっとは自負している。だからあまり難しく考える必要なんてない。

 この本の中で石倉先生が書かれているように、最初から完璧を求めすぎないことだと思う。この本で良かったのは、石倉先生ご自身の経歴を振り返っていらっしゃる箇所。1985年、先生はハーバードビジネススクールのDBA(博士課程)を卒業し、マッキンゼーに入社されたはずだけど、その時、写真週刊誌(今はなきフォーカス?)に出ていた記事を思い出します。女性で初めてハーバードビジネススクールのドクターコースを卒業した才媛がマッキンゼーに入社、なんて記事だったような記憶。同じ年、ハーバードビジネススクールに入学する前拝見したはずです。

 この本の前には、石倉先生と黒川清さんとの共著で『世界級キャリアのつくり方』という本もあります。新著ともども、大学生、20代前半で、まだ会社人間になりきっていない若い人、海外志向の方がたに、おススメ。

『転職のバイブル2012年版』(佐藤文男著)

 著者は大学の同級生です。さらには著者である佐藤君がわざわざ僕のオフィスまで来てプレゼントしてくれた本です。なので「中立」的なご紹介ではありませんが、この本は転職だけでなく、これからのキャリアを考えているすべての社会人に参考になる情報と考え方が書かれていると、心から思いました。

 この『転職のバイブル』は2006年、2008年、2010年、そしてこの2012年版とでています。これだけよく続けて出すなと感心しています。(「継続は力なり!」)

 全体を通して、著者は率直です。

 「転職あるべき論」には以下の5つがあげられています。

1今の会社で仕事がうまくいない人は、転職先でもうまくいかない

2転職は、年齢よりも実力

3年収が高い仕事はそれだけ高い成果を求められる

4人間関係がうまくいかないから転職するという人は、転職先でもうまくいかない

5仕事に対するプロフェッショナリズムが必須。

 また、「チャンスを活かす転職成功26の鉄則」(第5章)というのがあって、このなかには、「会社に退職の意志を伝えたら、決して撤回しない」(鉄則12)とか、「引き継ぎができないなら辞めてはいけない」(鉄則13)なんていうのがあって、これらは入社前編。入社後編としては、「一事が万事!初日が肝心」(鉄則16)、「フラッシュバック症候群に負けない心」(鉄則19)、「ホームランはいらない。着実なヒットを狙え」(鉄則22)などなど、これらの鉄則も非常に参考になります。

 しばらくお休みしていますが、昨年末に行ったポッドキャスティング「アイデアエクスチェンジ」にもでてもらっています。こちらもぜひお聞きいただければ幸いです。

 著者と僕のベクトルは、在学中から続く時間軸のなかで、何年かごとに交わってきました。これからもお互い、健康で、しっかりと働き続けることができればいいなと心から思っています。

アイデアエクスチェンジ

 

 

「はやぶさ」式思考法(川口淳一郎著)

 久しぶりに心の底から共感し、同感し、また称賛する本に出会った。副題には「日本を復活させる24の提言」とあるけども、日本の復活の前に、まず個人の力の復活が必要で、ここにある24の提言はまず我々個々人の復活のために重要な提言だと思いながら読んだ。

 僕自身、日本の学校教育の産物の一人だと自覚している。その結果として、減点法の思考の罠に陥りがちだし、教科書に書かれた過去のことを学ぶことを良しとしてきたのかもしれない。そんな風に自分自身のことをずっと感じ、自分自身の「バカの壁」はそんなところにあるとも思ってきた人間なので、この本を読みながら著者の提言には心から同感もし、著者の提言をどう自分の日々の仕事の中、生き方の中に生かしていくべきかを考え続けていきたいと思っている。

 はやぶさプロジェクトのことなど、昨年新聞等で騒がれるまで一切知らなかった。最近、著者である川口さんが新聞に書かれたエッセイやコメントを読んで非常におもしろい方だなと思い、この本を読んでみたが、期待以上の内容の本だった。社内でも非常におススメの本として紹介している。

 今朝、同じ著者による別の本(『はやぶさ、そうまでして君は』)という本を買った。この本の副題は、「生みの親がはじめて明かすプロジェクト秘話」とある。この本もすごく楽しみ。

『シンプルに生きる』(ドミニック・ローホー著)

 シンプルに生きるというのは、ずっと憧れていることのひとつだけど、なかなか実行できてこなかった。つまるところ、単なる憧れ程度にしか思っていなかったから、実行してこなかったのかと反省してる。でも、51歳にもなり自分の人生の時間がもう永遠ではないことも実感するようになると、そういつまでも引き延ばしていくことはできなくなってきている。
 そもそもシンプルに生きるということが具体的にどういうことか、それを考えることが大切。そんなこともあって、いま話題になっているフランス人女性による本を読んでみた。

 アマゾンとかのコメントをチェックしてみると、この本に対して否定的なコメントが多い。でも、僕はこの本に書かれていることにはすごく共感を持つし、本当に大切なことは実行してみることだと思う。「ものを過剰に所有することをやめると、ものに対して使っていた時間が減り、自分自身にかける時間が増やせる」こと。「シンプルにすることは、暮らし全体の風通しを良くすること。ものを減らすことからはじめて、時間の使い方やひとづきあい、自分との向き合い方までシンプルにすると、心が豊かになる」こと。
 ファッションや美容のことにも具体的に触れていて、これらの章は女性を対象に書かれているのかもしれないけど、われわれ男にとっても参考になる考え方だと思った。

 各文章の最後に、先人たちの言葉、小説からの引用などがあるのだけど、クンデラの小説からは以下のような引用がある。「私は質素を私の存在の統一原則とした。必要不可欠な基本的なもののみを取っておくことに徹した。この禁欲的かつスパルタ的な方法にはどこか天の恵みが秘められていて、私はこの恵みが自分のものとなるようにこれについて瞑想した。」残念ながら、まだ僕にはこの天の恵みの後ろ姿さえも見えていない。

 この本の中にはすごく目新しいことが書かれているわけではないけども、何度も繰り返し読んでみる価値があることが書かれている。何度も読み返し、すこしずつ実行していくこと。それが一番大切。実行してみないとわからない。

石原慎太郎著『再生』

 昨日は我が家の愛犬・カイ(♀の甲斐犬)の12回目の誕生日だった。本当にこの日がカイの誕生日なのかどうか、それはわからない。1999年の4月、ある雑誌で見つけた山梨の売り主からカイをもらってきた。その売り主によると、カイを含めた4匹の犬たちは2月20日生まれだということだった。それが本当なのかどうか、確認することはできないのだけど。

 そのカイも一昨年の夏に右目を、その3ヶ月後には左目を緑内障で失明した。右目の光をなくしたとき、僕はその理不尽さに大人げない反応を動物病院で示して、獣医を困惑させてしまったのだけど。

 『再生』は、大学の同級生で、昨年末「アイデアエクスチェンジ」にでてくれた佐藤君が薦めてくれた石原慎太郎の短編小説。光だけでなく、音の世界からも隔絶されてしまった少年の再生の物語。この小説には実際のモデルがある。マスコミでなんども取り上げられたので有名になっているが、現在は東大の先生をされている。石原さんはどうしてこの小説を、この時点で書かれたのだろうか?

 目が見えないということがどれだけたいへんなことか。さらに耳も聞こえないとしたら?

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(昨日、カイの誕生日に。エリザベスカラーは頭や顔を守るため)

『ぼくが見てきた戦争と平和 』(長倉洋海著)

 先月10日の朝日新聞朝刊の写真特集記事で、フォトジャーナリストの長倉さんの作品を見てちょっとショックを受けた。それはアフガニスタンの英雄・マスードが、山の上で地面に横になりながらひとり静かに本を読んでいる写真だった。本を読んでいる青年がマスードだと知らなければ、ハイキングで山に来たひとりの青年が、美しい自然の中で読書に熱中しているだけの写真に見えるかもしれないけど、それが戦火のアフガニスタンの兵士のひとときだと知った時、その写真はまったく異なる意味合いを持ってくる。マスードと同年代の長倉さんはマスードに同行しながら、このアフガン兵士の英雄の日常生活をカメラに収めていた。その中の一枚の写真。
 時には睡眠2時間で朝から晩まで闘い、住民の苦情を聞き、兵士たちを鼓舞し、作戦を練り、そしてまた闘っていた男が、3000冊の本を持ち、限られた時間の中で本を読み、詩を詠んでいたという話に驚いた。夜は真っ暗な部屋の中、ろうそくの明かりを頼りに、マスードは本の世界に入っていった。だから平和な日本に住む僕らが、本を読む時間がないと言い訳しているなんて、ちゃんちゃらおかしいこと。
 『ほくが見てきた戦争と平和』は、長倉さんがカルチャーセンターで行った講演に写真を加えたもの。お話の内容もいいし、もちろん写真も素晴らしい。アフガニスタンだけでなく、コソボ、アマゾン、エル・サルバドルで撮った写真も紹介されているけど、アフガニスタンのマスードの写真が特にいい。
 山の上でひとり本を読むマスードの写真は本当にいい。この写真が含まれる写真集を入手したいと思っている。

サラ・パレツキーと福岡正信

 年末に読んだ本2冊。
『沈黙の時代に書くということ』(サラ・パレツキー著、原著は2007年)、『自然農法・わら一本の革命』(福岡正信著、1975年に出版されている)。
 ひとりはV.I.ウォーショースキーという女性探偵を主人公とするシリーズの著者。1947年アイオワ州に生まれ、カンザスで育ち、カンザス大学卒業後、シカゴ大学で政治学の博士号を取得後、以来シカゴ在住。
 もう一人は1913年愛媛県伊予市生まれ。1933年岐阜高農農学部(現在の岐阜大学応用生物科学部)卒後、税関植物検査課、農業試験場などの勤務を経て、1947年帰農。以来、自然農法一筋に生き、2008年逝去。
 まったく異なる二人なんだけど、現代社会で生きるということを真剣に考えつづけている(いた)人たちが書いた本。
 サラ・パレツキーの本を読むと、50年代のアメリカ中西部で問題意識の高い少女として育つことが決して楽なことではなかったと知ることができるし、アメリカが男女等しい権利を認めるまでかなりの時間がかかったことがわかる。保守的な宗教観を持ったひとたちは今でも決して男女の同権を根本的には認めていないようでもある。
 僕は彼女のV.I.シリーズをまだ読んだことはなかった。この本は、タイトルと帯にある彼女の素敵な笑顔に引かれて買ってみた。彼女は1960年代、まださまざまな差別があったとはいえ、その差別を解消していこうとして多くの人たちが闘った時代のアメリカ社会で10代、20代を送った人なので、商業化、保守化していくアメリカ社会に、心の底から怒りややるせなさを持っている人だ。たとえばこんな文章に彼女の人柄や現在の気持ちが表れている。
「V.I.に自惚れはない。世界を救おうとはしない。できないことがわかっているからだ。しかし、自分の周囲の小さな世界で、リンカーンがやったように、”傷口に包帯を巻き、戦いに赴いた者の世話をし、その未亡人と遺児の世話をする”ことを心がけている。いまの時代、リンカーンのように偉大なヒーローが見つかるなら、わたしは多くをさしだすだろう。ワシントンへ行くたびに、リンカーン記念館に寄って氏の坐像を見あげ、悲しげで、聡明で、やさしそうな顔をみつめる。この世にもどってきてアメリカ合衆国を救ってほしいと祈る。歳月が流れるなかで、多くの人々が同じことをしているのを知った。」
 もう一人の福岡正信は、もしかして、日本国内よりも海外においての方が評価が高いのかもしれない。昨年、広島市長の秋葉さんが受賞したマグサイサイ賞(アジアのノーベル賞と言われている)の「市民による公共奉仕」部門賞を受賞されているそうだ。去年、フィナンシャルタイムスのコラムで、エコロジストとしての福岡さんを高く評価するエッセイを読んだこともある。
 『わら一本の革命』の中で、なんども科学を否定すると書かれているけども、実はしっかりとした実証実験に基づいて自然農法の議論を展開されている。「自分は科学を否定しますが、科学の批判にたえられるような農法、科学を指導する自然農法でなければいけない、ということも言っているわけなんです。」福岡さんの科学批判は、都合のいい前提条件、限定された条件のもとでのみ成立するような「科学的真理や理論」に向けられている。
 この本の中には驚くような話がいくつもでてくる。僕は以下のような話は本質をついた話だと思うし、本当に羨ましい考え方だとも思う。
 その1:「農林省の役人は、ただ一つのことを知る努力をすればいいと思うんです。それは、日本人は何を食べるべきかということです。この一つのことを、追究し、何を日本では作るかといことを決定すれば、それでほとんど事足りると、私は思うんです。(中略)農林省の役人なんかはですね、春でもくれば、すぐに野山になんかへ出かけて、春の七草、夏の七草、秋の七草みたいなものをつんで、それを食べてみる、というようなことから始めて、実際の人間の食物の原点は何であったのかということを、まず確認する必要がある。」
 その2:「村の小さな神社の拝殿を掃除しておりましたら、そこに額がかけられておるんですよ。それを見るというと、おぼろげながら、俳句が数十句、短冊のような板に書かれているんですね。このちっぽけな村で、二十人、三十人の者が、俳句をつくっていて、それを奉納していた。多分、百年か二百年ぐらい前だと思うのですけど、それだけの余裕があったんです。そのころのことですから、貧乏農家ばっかりだったはずですが、それでも、そういうことをやっていた。現在は、この村で一人だって、俳句なんかつくっている余裕はないわけです。(中略)いわゆる農業が、物質的には発達したように見えて、精神的には貧弱なものになってきている一例といえるわけです。」
 その3:「私は、実は、国民皆農っていうのが理想だと思っている。全国民を百姓にする。(中略)一反で、家立てて、野菜作って、米作れば、五、六人の家族が食えるんです。自然農法で日曜日のレジャーとして農作して、生活の基盤を作っておいて、そしてあとは好きなことをおやりなさい、というのが私の提案なんです。」
 福岡さんは老荘思想に大きな影響を受けている。多くの人は「老人の戯言」と片付けてしまうのかもしれないけど、僕の中では学生の頃からずっとあこがれている世界だ。
 こんな方が愛媛にいらっしゃった。愛媛の小中高に通ったのに、残念ながらその存在を習った記憶がない。学校なんかで教えてもらえないことの方がずっとおもしろいし、本質的なことなのかもしれない。

『永遠の〇(ゼロ)』(百田尚樹著、講談社文庫)

 先日、ビルの中にあるトイレですれ違った人がこの本を手にしているのを見ました。ちょうど僕も読んでいるところだったので一瞬声をかけたくなりました。文庫化されてベストセラーになっているのではないかと思います。数ヶ月前、新聞の書評コーナーで知って買っておいたのですが、週末にかけて読み終えました。うまいストーリー・テリングで、とても「酔わせてくれ」「泣かせてくれる」小説です。
 「エンターテイメント」としてすごくよく書かれた小説。「エンターテイメント」と言っても、物語の中身は特攻隊員として死んでいったシャープな頭脳と深い情を持った、最高に「クール」な男の話で、決して軽いテーマではありません。『永遠の〇』は、『虜人日記』(小松真一著)の著者が指摘した日本軍敗戦の理由を小説化したとも言えます。(→10月11日
 この小説の中で、著者は、日本軍のエリートたちの多くが、部下には死を命じながら自分は生き延びようとした卑怯な人間たちの集団だったとしています。それは今の日本社会でも、エリートと呼ばれる人間たちの多くがそうなのではないかと、著者はそのことをわれわれに考えさせよう、気づかせようともしています。自分たちの失敗は隠し、お互いかばい合う体質なんて、戦争のときと現在の政府、企業のありさまとほとんど変わっていないのでは?!
 この小説であげられていることで、現在につながる問題の一つをあげておきます。この本の中で、海軍のエリートたちが好機であるにも関わらず、リスクを冒して米軍を攻めて行こうとしなかった理由として、彼らの胆力のなさと同時に、勲章に目がくらんでいたのではないかという指摘があります。勲章の査定ポイントで最も大きいものは、海戦で敵の軍艦を沈めることだった反面、艦艇を失うことは大きなマイナスになったそうです。その結果、攻めないといけない時であるにも関わらず、攻めきらないことが幾度もあった。
 同じことが今も指摘されています。それは大企業の経営者たちが、勲章欲しさに、必要なことをやろうとしないという話です(日経新聞に出ていた、コーポレートガバナンスの専門家である若杉東大名誉教授のインタビュー記事)。大企業の経営者が勲章をもらうには、在任中、赤字を出さない、雇用を減らさないなどの暗黙の条件があるとか。その結果、やるべきリストラや(失敗したら困る)大胆なM&Aはやりたがらない老人経営者がいるというのです。
 日本の課題は根が深いなと思いながら、この物語を読みました。それはつまるところ、日本の教育の問題だからです。多様性を認めず、言われたことを忠実に行っていく人間を育てる、という目的の教育が行われ続ける限り、過去の失敗から学び、複数の視点から物事を客観的に見る訓練を受けた個人や組織が育ちにくい風土は、なかなか変わらないから。
 アメリカの教育、アメリカのやり方がすべて正しいとは決して思っていませんが、日本人ノーベル賞受賞者の多くが、アメリカで研究を続けた結果であることを、もうすこし謙虚に考えてみる必要はないでしょうか。

『ツール・ド・ランス』が二宮清純さんのご紹介で日経夕刊に!

 日経の「エンジョイ読書」という紙面(11面)、「目利きが選ぶ今週の3冊」というコーナーで、アメリカン・ブック&シネマ(当社の出版社)発行の『ツール・ド・ランス』が紹介されています。選んでくれたのは、スポーツ・ジャーナリストの二宮清純さん。二宮さん、ありがとうございます。(彼、愛媛県の出身だったはず)

『ツール・ド・ランス』

 あ、もうひとつ今日の日経夕刊で目に入ったのは、58億円含み損の記事。

 ついこの前、地方自治体でもデリバティブ取引で含み損を抱えているところがあるという記事が一面にでていた記憶。リーマンショック以降、学校法人の多くが同様の含み損を抱えているとさんざん報道されましたが、また今日の夕刊にも、名古屋の学校法人が58億円の含み損を抱えているようだと言う記事。

かつて金融分野で働いていたので言いますが、アマチュア(自治体や学校法人)が、ダウンサイド・リスク(意図せぬ方向に市場が動いたとき、被るリスク)が限定されていないような投資商品を買うなんて、ご法度の最たるもの。少々のえさ(普通よりも高めの金利)につられて、「ドルが90円切ることないですよね」「日経平均が9000円割ることなんて考えられないですよね」、だからこんなリスクとってみませんか?、なんて話に飛びつくなんて、金融機関にはめられていると同じ。

学校法人にはさまざまな税制上のメリットや生徒ひとりあたりの補助金などがあるはずなのに(つまり税金で支援を受けている!)、そんなところが「財テク」でちょっとでも多く金稼ごうという姿勢は疑問。

『なぜ韓国は、パチンコを全廃できたのか』(若宮健著)

本の帯にはこう書かれています:「韓国にできて、なぜ日本はできないのか!?政界、官界、マスコミ。パチンコ問題に日本の病理がすべて集約されている」。アメリカの麻薬問題に匹敵するほどの社会問題であるにもかかわらず、政治家も、マスコミも見て見ぬ振りをしている日本の社会問題。
「(大麻が)依存症になるから危険だと司法当局は主張しているけど、ほとんどこじつけだね。そんなこと言ったらパチンコのほうがよほど危険だ」(村上春樹『IQ84』)この本の中で紹介されている、村上春樹の小説の一節。
地方に出張したとき、たまにホテルのテレビをつけてみます。地方の民放にどれだけパチンコのメーカーやホールのCMがでていることか!タバコのテレビCMがだめで、パチンコのCMはどうしてOKなのか?

『趙紫陽・極秘回想録』

 サンフランシスコであるWeb 2.0 Summit に来ていますが、それについてはまた別途書きます。今日、ホテルで読み終えたのが、天安門事件(1989年)でデモ学生たちへの対応が甘いとして失脚した、当時中国共産党総書記だった趙紫陽が、生前残していた回想録。共産党の指導者たちの間での権力闘争のすさまじさをかいま見ることができる本です。
 晩年の趙紫陽(2005年自宅監禁のまま北京で死去)は、西側民主主義政治制度を高く評価していたようです。(「二十世紀に、世界にさまざまな政治制度があったが、やはり西側の議会制民主主義に生命力があることが明らかに示された。この種の制度は、現在、実現しうる中では比較的いいものであり、民主を具現化し、現在の要求にかなった、成熟した制度ではないかと思う」)
 これからはアメリカだけでなく、中国のことももっと勉強しておかないといけないかと思っています。中国語(北京語)もすこしぐらいは理解できるようになりたいもの。

『大地の咆哮』(杉本信行著)

 副題は「元上海総領事が見た中国」。2006年末期肺がんにかかっていることが分かった著者が、遺書のつもりでお書きになられたであろう本。尖閣諸島問題についての言及も含み、中国の国内問題、日中関係、靖国問題、ODAの意義などを考えるに参考になりました。
 「咆哮」=猛獣などが、ほえたけることだそうですが、咆哮するのは中国の大地?

『梅棹忠夫語る』(聞き手・小山修三)日本経済新聞出版社

『知的生産の技術』(岩波新書)で広く知られる民族学・比較文明学の大家が、お弟子さんに語った生き様と哲学。ご本人は今年7月に逝去されています。
 
 目次をご紹介すると、きっと多くの人は読んでみたくなるはずです。そして読んでみると、閉塞感でいっぱいの我が国の霧をはらしてくれるような爽快感があります。

 第一章 「君、それ自分で確かめたか?」
 第二章 「文章は誰が読んでもわかるように書く」
 第三章 「メモ/スケッチと写真を使い分ける」
 第四章 「情報は分類せずに配列せよ」
 第五章 「空想こと学問の原点」 
 第六章 「学問とは最高の道楽である」
 第七章 「知識人のマナー」 
 第八章 「できない人間ほど権威をかざす」
 第九章 「生きることは挫折の連続である」
 エピローグ 「つねに未知なるものにあこがれてきた」
 
 ビジネスマンにも参考になるヒントや励ましがいっぱい。なによりもこういう生き方がありうること、それに勇気づけられる。

『貧困の僻地』(曽野綾子著)

 雑誌「新潮45」に連載されていたエッセイをまとめたもの。2006年12月から2008年8月まで連載されていた。曽野さんのエッセイは結構読んでいる。産經新聞に書かれている「透明な歳月の光」も毎回読んでいる。小説はそれほど読んでいるわけではないので、いい読者とは決して言えないと思うけど。

 曽野さんの行動で心から立派だなと常々思っていることがある。それは彼女が始められた海外邦人宣教者活動援助後援会(JOMAS) が資金援助された現場を、ご自身の足で訪問されご自身の目で確認されていることだ。エッセイにでてくる援助の現場というのは、半端なところではない。アフリカの貧しい国、その国の首都からクルマで何十時間もかかるような、途中で事故にあったら生きて帰ることができるのかとヒヤヒヤするようなところ。そんなところに、日本人シスターたちが献身的に働いているということはもっとすごいことなんだけど、お金を出すだけでなく、実際の現場を見に行くという曽野さんの行動力にも同じように感心する。(援助の現場をよくご覧になられているからか、こんなことも書かれている。「私は最近、国連と名のつくところへの寄付は一切しないことにしている。使い道が正確にわからないのと、膨大な数の国連職員が、世界各地で特権階級の暮らしをしているのを見ているからだ。あれは世界的な失業救済事業ではあろう。」)

 曽野さんがなんども繰り返し書かれていることのひとつ。日本に住むわれわれの生活は、世界の貧しい国と比べると物質的、制度的には天国のような状態にあるのだけど、自己憐憫のかたまりになっている人が多いものだから、悪い結果はすべて他人や社会のせいにして自分の責任を受け入れようとしない人があまりにも多くなっている。それは一昨日お会いした服部文祥さんとの対談の中でも出た話だった。
 
 週末によく行く本屋には、曽野さんの『老いの才覚』という新書が、複数のコーナーに置かれていた。どれだけの読者がいるのかは知らないけども、老いることを受け入れていく覚悟のようなものを彼女の本から得ようとしている人たちがいるのかと思う。
 塩野七生さんもそうだけど、曽野さんもご自分の目で見たことを、ご自分の頭で考えられている。そしてご覧になられている世界の幅はかなり広く、深い。そこが二人に共通する魅力かなと思う。

『サバイバル登山家』(服部文祥著)

 今日は日帰りで大阪。東大阪にある近畿大学を訪問。近畿大学の関係者の方々には日頃からご愛顧いただき、たいへん感謝申し上げます。
 帰りの新幹線で読み終えたのが、『サバイバル登山家』。
 こんな文章に共感を覚えながら読み進めました。
 『「野生生物のようにひっそり生まれて、ひっそり死んでいく。死んだことすら誰にも確認されない」それは僕が山登りで究極に求めているものの一つだった』
 あとがきで、登山のこんな役割について言及されています。
 『登山はまだ大きな役割をもっている。地球のサイクルから離れた現代文明人に、もう一度、身体感覚をとり戻させ、地球規模の視点を与える役割である。人が自分を地球の小さな生命体として意識したとき、社会を見る目が変わってくる。その視点こそ、バランスを失ったこの文明社会を元に戻す力になると僕は考えている。人間の地球に対するかかわりが問われるいまの時代、登山で体験できる自然感や、登山そのものがもつ環境に対して人を謙虚にさせる効果は、今後ますます重要になるのではないだろうか』
 明日、オデッセイマガジンの巻頭インタビューのために著者の服部さんに初めてお会いさせていただくことになっています。楽しみにしています。

『なぜ、あの人だけが採用されるのか?』(佐藤文男著)

 大学の同級生、佐藤人材・サーチ株式会社社長の佐藤文男さんの本。副題には「失業しても、すぐ仕事に就ける法」とあります。「出口のないトンネルはない。あなたに合う仕事は必ず見つかると信じて前進し続けましょう」という著者からのメッセージも。

 自分を客観的に見つめてみること、自分のプライドや意地を横において素直な気持ちで現状を分析すること。まずそこからスタートしないと前には進めないのではないかと思います。自分の姿を鏡に映して視ることは、言うほど簡単ではないのですが。

 現役のヘッドハンターからの有益なメッセージやヒントで一杯の本です。

『国家の命運』(薮中三十二著)

 著者は今年外務省事務次官を退任された方。本のタイトルは大仰ですが、なかみは非常に読みやすい、手軽な本です。たくさんアンダーラインは引いたのですが、その中から一部紹介すると、

1 「マスコミはアメリカの御用聞きかマッチポンプ、日本へ向けて懸命に火種を吹き起こしているようなものだった」(マスコミについて)
2 「日米交渉を思い出しても、日本側の出席者からは、何度となく「ご理解いただきたい」(please understand) というフレーズが聞かれたものだった。日本の事情は特殊なのだと相手にくどくど説明し、結びにこのフレーズが口を突いて出るのだ。」(日米交渉について)
3 「国内に政府を批判するマスコミがあるわけでもなく、野党もなく、国民の生活状況もおかまいなし、こういう国が相手の交渉はほんとうにやりづらい」(北朝鮮に関して)
4 「交渉妥結は国内でも好感をもって迎えられた。一呼吸おく、という昔からの知恵が日本では大事なのだな、とあらためて感じたものだった」(日韓漁業協定)
5 「日本ぐらい、きちんと約束を守ってくれる国はない。技術移転や投資など、これからも日本には大いに期待している」(タンザニアのキクウェテ大統領)

 そして、ボクが一番共感したのは、この点。
6 「当然ながら、言語とともに、話の中身が大事である。文化や習慣、育ちも思考形態も違う相手と話す場合、ロジックがないと話がかみ合わない。ロジック、というのは、私なりの理解でいえば、『世界共通用語』ということになる。(中略)国際社会での交渉ごとは、世界共通用語としてのロジックを用いた説明と主張が決定的に重要になる」

 ロジックは、日本国内での共通用語でもあると思う。「不言実行」「腹芸」なんていうことは、いまの日本にはもう当てはまらないのではないか。

『ケースで学ぶ実践起業塾』(日本経済新聞出版社刊)

 友人というか先輩の須賀さんが共著者のお一人として参加されている本。帯には「身の丈にあった事業の興し方を伝授!」なんてありますが、中身はかなりハイレベルの本です。この手の本は、実は一度起業したあとに読んでみると、中身がよくわかります。経験前と経験後(進行中も含む)とでは、理解度は天と地くらいの差があります。
 それでも、スタートする前に、このような本を読んでおくべき。
須賀さんは第5章を担当していますが、第1章、第6章を担当している瀧本さんにもなんどかお会いしたことがあります。おふたりとも経験豊富な起業家向けアドバイザーです。
 ちなみに、アメリカン・ブック&シネマから出している『経営の才覚 ― 創業期に必ず直面する試練と解決』。アイティメディアを創業された藤村さんには、「会社を始める前にこんな本を読んでおきたかった」と言ってもらいました。

経営の才覚
アメリカン・ブック&シネマ

『中堅・新興&地方大学から内定を勝ち取る方法』(高田茂著)

 小社の試験会場にもなっていただいている敬愛大学キャリアセンター長の方が書かれた就活を控えた学生へのアドバイス。副題には「ブランド大学と同じ就活では勝てない!」。中堅、新興、地方大学、そして女子大をまとめて、「発展途上大学」と呼ばれています。

 なかのアドバイスは、かなり具体的で、「発展途上大学」の学生以外も覚えておいた方がいいと思います。

 54あるアドバイスから記憶に残ったのは以下のようなもの。

29 何も知らずに毛嫌いするな。営業ほど楽しい仕事はない。

32 産業界には、知られざる優良業界・業種がたくさんある。

33 必ず発見がある。業種の「川上」から「川下」までをたどれ。

48 不快感さえ与えなければ、細かいマナーはどうでもいい。

53 語るべきはバイト経験ではなく、稼いだお金で何をしたかだ。

「社長の器が企業成長を決める。発言を徹底調査せよ。」(37)というアドバイスには、身を引き締められる思いをしながら読みました。

歴史を学ぶ、歴史から学ぶ。

 昨日は動物病院に行く以外、どこにもいかず家で本を読んだり、映画を見たり。映画は、ブルーレイで黒澤の「影武者」を観た。
 この前も書いたけど、仲代達矢は好きな俳優のひとりだ。「影武者」は黒澤の絵コンテそのもので、美術・装飾がすばらしい。
本はなんさつか並行して読むのが常で、今朝読み終えたのが、『昭和・戦争・失敗の本質』(半藤一利)。半藤さんの本は読み物として気軽に読めるので忙しい身にはありがたい。
 いつも太平洋戦争前後のことを読むと、当時のリーダーやエリートたちはどうしてこんなにアホで世界のことを知らなかったのかと、哀しくなってくるけども、決して上の連中だけでなく、国民レベルでも勇ましい、感情的なことを言っていたのは確かだろう。
 尖閣列島を巡る中国政府とのやりとりをみていると、日本の対外交渉の基礎知識と方法論の欠如は太平洋戦争のころだけでなく、現在にも続いていることかもしれない。

 太平洋戦争で米軍の捕虜になった人が書いた本でおもしろい本がある。『虜人日記』という本で、小松真一さんという方が著者。1911年東京日本橋生まれ、32年東京農業大学卒。科学者として台湾でブタノール工場創設、1944年にフィリッピンに軍属としてブタノール生産のため派遣され、敗戦とともに46年まで捕虜生活。戦後は会社経営。1973年逝去。死後筑摩書房から出版された本書『虜人日記』によって毎日出版文化賞。

 この方は、ご本の中で「なぜ日本が負けたのか」ということを以下のように書かれている。

1 精兵主義の軍隊に精兵がいなかった事。然るに作戦その他で兵に要求される事は、総て精兵でなければできない仕事ばかりだった。武器も与えられずに。米国は物量に物言わせ、未訓練兵でもできる作戦をやってきた。
2 物量、物資、資源、総て米国に比べ問題にならなかった。
3 日本の不合理性、米国の合理性。
4 将兵の素質低下(精兵は満州、支那事変と緒戦で大部分は死んでしまった)。
5 精神的に弱かった(一枚看板の大和魂も戦い不利となるとさっぱり威力なし)。
6 日本の学問は実用化せず、米国の学問は実用化する。
7 基礎科学の研究をしなかった事。
8 電波兵器の劣悪(物理学貧弱)。
9 克己心の欠如。
10 反省力なき事。
11 個人としての修養をしていない事。
12 陸海軍の不協力。
13 一人よがりで同情心が無い事。
14 兵器の劣悪を自覚し、負け癖がついた事。
15 パアーシー海峡の損害と、戦意喪失。
16 思想的に徹底したものがなかった事。
17 国民が戦いに厭きていた。
18 日本文化の確立なき為。
19 日本は人命を祖末にし、米国は大切にした。
20 日本文化に普遍性なき為。
21 指導者に生物学的常識がなかった事。
順不同で重複している点もあるが、日本人には大東亜を治める力も文化もなかった事に結論する。

 以上、恐ろしいのは、小松さんがあげている21の敗因は、われわれのなかに、ほとんど変わらず見られるということだ。バブル崩壊後のわれわれを見ればいい。政治も、ビジネスも同じ。

外交専門誌『外交』

知人が教えてくれた外務省発行の専門誌です。
アマゾンでも購入できますし、時事通信社出版局でも発売しています。
時事通信社出版局で、創刊号から6号まで注文しました。

外務省

関西日帰り訪問と行き帰りの新幹線での読書。

 試験を採用いただいている京都、大阪の大学、短大、それからお世話になっているお取引先訪問。日頃のご愛顧に心より感謝申し上げます。京都では夕食をお取引先の社長とごいっしょし、東京駅に夜11時前着の新幹線で帰ってきました。自分自身に「お疲れさま」。
 
 行き帰りの新幹線の中で読んだのが、『日本人のための戦略的思考入門_日米同盟を超えて』。著者は『日米同盟の正体』を書かれた元外務省高官の孫崎享氏。驚いたのは、戦略的思考を学ぶために、マイケル・ポーターなどの経営理論も勉強した方がいいと、外交、防衛の専門家が書かれていること。その理由のひとつは、この本の中でも紹介されている、ベトナム戦争の責任者のひとりでもあったロバート・マクナマラ(『ベスト&ブライテスト』の主人公!)が、国防省に移る前、ハーバードビジネススクール卒業生で、フォードの社長として活躍したということもあるかな。
 
 「日米同盟」とは、「従属関係における虚構の同盟」がその本質であるとされていて、これまで、日本がノー天気に戦略もなく金儲けに集中する事ができたのは歴史的な幸運にすぎないこと、中国が台頭し、アメリカにとってのアジアの最重要パートナーが中国にとって代わっていくなか、日本は「誰が」「なぜ、いかなる方法で日本を脅かすのか」「どう対処するのか」を考えつづける必要があるとされています。
 
 本書の中で紹介されていることで驚いたのは、1960年代、外務省の主流派と思われるような方々の間で、対米従属路線を良しとしない考えの方たちがまだ健在だったこと。もうそのような考え方をする人は、外務省にはいなくなっていて、対米従属を続けていくことしか考えていないのではないかと、少々悲観的なコメントも。

 孫崎さんは最近ネットメディアでの発言回数を増やしているようで、この前は、Uストリームで1時間ほどのインタビューを拝見しました。尖閣諸島問題でもツイッターでかなり発言されています。

 京都でお取引先の社長さんからは、大学関係者も現状認識があまい方が多く、これから倒産する大学がでてくるのではないかという話がありました。さらには、日本全体がゆでカエル状況にあって、目にはっきりとは見えなくても、すこしずつ落ちている、その様子は5年、10年単位で見た時によりはっきりとしてくる。一気に落っこちるのであれば、人は対応するけども、そうでないとただ現状の中で漫然と時間を使っていく。日本の将来に非常に不安を持つ、さらには「孫の世代はだいじょうぶだろうか?」とさえおっしゃっていました。
 孫崎さんの本の中で繰り返し出てくる、日本人は長期的戦略思考をいっさいしてこなかったという話に通じるものを感じます。日本全体で、戦略もふくめた経営力がますます必須になっています。

海老坂武の「私の収穫」(朝日新聞夕刊)

 朝日新聞夕刊文化ページの「私の収穫」というコラムに、大学1年生のときのフランス語の先生だった海老坂先生の連載が始まった。(海老坂先生に関しては、なんどかこのブログで書いた)
 
 一回目の今日は、ピカソが晩年を過ごした南仏のシャトー訪問時に感じた事を書かれている。このシャトーは、セザンヌがなんども描いたサント・ヴィクトワール山の真ん前に位置し、テラスからはその山と対峙することができるそうだ。「そうか、生活のあらゆる虚飾を捨ててこうやってセザンヌと向かい合っていたのか…ピカソの精神の姿勢に触れる思いがした。どうやって裸になるか。捨てられるか。裸になったとてピカソに近づけるわけではないのだが。」
 去年、今年と、海老坂ゼミだった同級生と会い、食事をすることができたのはうれしかった(その一人は、卒業以来の出会い)。
 
 今週は、新訳がでたサルトルの「嘔吐」(人文書院)を注文した。海老坂先生はサルトルの研究者の一人で、「自由への道」の新訳を岩波文庫で出されたけど、この「嘔吐」は鈴木道彦先生の訳。鈴木先生も僕が大学在学中にはフランス語の授業を担当されていたお一人。

華人のことわざと『孤独のチカラ』(斎藤孝著)

 この前上海を訪問した際に朝食をご一緒したコンサルタントの方が、「日台合併の真価」というニュースレターを書かれていました。その中で紹介されていた華人のことわざが、「寒さが骨身にしみる時期を経ずに、梅の花がどうして濃厚な香りを発するというのか」。味わいのある、いい言葉だと思いました。何度も読み返してみたいことわざです。(ちなみに、このニュースレターの中では、中国市場で一番成功しているかに見える台湾企業たちも、骨身にしみる失敗を乗り越えて来たところが多いという話が紹介されています。)
 言葉と言えば、「声に出して読みたい日本語」の斎藤孝さんの『孤独のチカラ』という本が、新潮文庫の最新刊としてでています。この本は、若い人たちにおススメしたいです。生きていく過程では、必ず一度や二度は孤独の時期があります。そんな時期を持ったことがないなんて人は、よっぽどオメデタイ、薄っぺらな人です。また事をなすには、ただ一人で、水底に向かって深く、深く沈んでいき、そしてもう一度、水上に跳ね上がっていくようなプロセスを、どうしても経ないといけないのではないかとも思います。その孤独と恐怖を克服していくことが、必要になってきます。
 「和して同ぜず」という言葉も好きです。表面だけでも同じことを言っていないと仲間はずれにされるような社会からは、飛び抜けて優れた人材は育ってこないです。これからの世界で、日本がこれまで同様に豊かで平和な国であるためには、もっともっと優秀な人材が必要になるはずです。たとえ「同ぜず」とも、きっと友人は見つかると思います。その友人がたった一人であったとしても、それだけでもきっと生きていく勇気になるような気がします。
 最初の華人の言葉に返りますが、「寒さが骨身にしみる時期を経ずに、梅の花がどうして濃厚な香りを発するというのか」。とてもいい言葉です。

本づくりの大変さ。

今月の「私の履歴書」(日経新聞)は哲学者の木田元さん。あと数日で終わってしまうけど、今朝の回ではこれまでお世話になった編集者の方たちへのお礼の気持ちを表されている。僕の好きなみすず書房(小尾俊人さん!)、そのほか青土社、平凡社などの担当編集者のお名前がでてくる。

木田先生の「ひどく汚い原稿」を、徹夜で清書しなおして印刷に回す編集者の心配り。表にでてくるのは、スターの名前だけど、実は裏方さんたちの支えがあって作家(それは音楽家だって、スポーツ選手だってそうだろうし、会社経営における社長の立場もそうです)は仕事を進めていくことができる。

僕らの会社も、文字通り細々とですが、翻訳出版事業を行っていて、年に2冊程度、自転車や経営に関する書籍を出しています。本の選定の一番楽しい部分は僕がやらせてもらっていますが、そのあとの販売に至るまでの仕事は、一人の専任社員が汗をかいています。翻訳者の仕事もそうですが、本づくりと本の販売ほど、単純にカネのことを考えると、割に合わない仕事もないかもしれないです。

それでもやっていきたいと思うのは、魅力もあるから。

ネットと本は違う。Digital Native (生まれた時からのネット世代)もいいけど、本を買う、本を読む、本を持ち歩く、そんな楽しさを知らないなんて、ものすごい損をしていると思うけどな。

アメリカン・ブック&シネマ

『遺し書き_仲代達矢自伝』(仲代達矢著)

 今年7月にでた中公文庫からの一冊です。
2年ほど前にも黒犬通信で書いたことがある仲代達矢の自伝です。(→バックナンバー

 日本を代表する俳優の一人。彼が奥さん(元女優の宮崎恭子)といっしょに作った無名塾もすばらしいと思います。この本を読んで演技とは別のところでも彼のファンになりました。先に逝ってしまった奥さんの存在の大きかったこと!

『奇縁まんだら』(瀬戸内寂聴著、横尾忠則画)

 日経新聞日曜日版に連載されいている傑作エッセイ集、第一弾。今日はどこにもでないで、犬たちと遊びながらこの本を読んで過ごした。(夜は、レイソル対ジェフの千葉ダービーをテレビで観戦)
 
 作家たちの付き合いの内幕、作家たちの個性の一部を伺うことができる。この巻で取り上げられている作家たちは、島崎藤村、間正宗白鳥、川端康成、三島由紀夫、谷崎潤一郎、佐藤春夫、舟橋聖一、丹羽文雄、稲垣足穂、宇野千代、今東光、松本清張、河盛好蔵、里見弴、荒畑寒村、岡本太郎、檀一雄、平林たい子、平野謙、遠藤周作、そして水上勉。豪華絢爛!
 このエッセイだけとりあげると、瀬戸内寂聴は文壇レポーターかと、思えてくる。内容は滅茶苦茶おもしろい。そして横尾忠則の絵がいいのだ!
 続編を読むのも楽しみ。

『経営の才覚』(原著名:Knack)著者の紹介

株式会社アメリカン・ブック&シネマの出版作品のひとつ、『経営の才覚』。著者のひとりであるノーム・ブロドスキーは、起業家向け雑誌として有名なInc. 誌でコーナーを持っています。アメリカでももっとも有名な起業家アドバイザーです。ご参考までに。
株式会社アメリカン・ブック&シネマ「経営の才覚」
Inc. 誌上のノーム・ブロドスキーのコーナー

『問題は、ビジネスセンスを磨くことだ!』(吉越浩一郎著)

 副題に「資格とスキルに頼るな!」とあって、ちっと気になって読んでみましたが、合理主義者(であると、著者のことを想像しています。お会いしたことがありませんが)らしい、またいい意味での常識人である、結果を残された経営者のお話です。(著者はトリンプインターナショナルの、それこそ、「伝説的な」経営者。2006年に退任)

 資格に関しては以下のようなことを述べられています。

・日本のビジネス社会で案外役に立つのが「資格」です。

・「資格」は、転職先に自分を売り込むときにも、有利に働きます。

・社内においても、資格を持っていることが昇進の際に有利に働くことはありうることです。

・世の中には疑問符の付く資格もありますが、TOEICなど、自分の知識レベルの証明になるようなものは活用してみてはどうでしょうか。

・職務経歴書に書ける専門性を身につけにくい日本のビジネス社会では、資格は自分のチャンスを広げていく上でかなり有効です。

・ないよりはあったほうが得をすることが多いですから、知識のベンチマークのつもりで、資格取得を目指してみるのも一つの方法だと思います。

 お会いする機会があれば、小社で行っている資格についてもご紹介させていただきたく存じます。

『いま戦争と平和を語る』(半藤一利著、井上亮編)

 1961年生まれで、『「東京裁判」を読む』を半藤一利、保坂正康と共著した日経新聞の記者が、1930年生まれで昭和史をライフワークとする著作家・半藤一利に質問するインタビューをまとめたもの。
 この本で半藤一利が語る日露戦争から太平洋戦争にいたるまでのリーダーたちの話を読んでいると、本当に暗い気持ちになってきます。どうしてこれだけ愚かで無責任な軍人や政治家たちが日本のトップに立っていたのか、と。それは日露戦争の勝利が危ういものだったという事実を覆い隠し、自らが作りだした「神話」と「ウソ」にのめり込んでいき、リアリズムから遠ざかっていったプロセスでもありました。

 それが過去の事だけではなく、もしかして、それは現在も進行中なのではないかと思うと、さらにぞっとしてくるのです。

 各章のはじめに、半藤一利の発言の引用があるのですが、以下のような言葉があります。
 「戦後は戦争というものが日本人の意識からなくなっちゃった。あるのはただ悲惨とか悲劇であるとかそういうことばかりです。そこから来る平和というのは観念なんです。本当の平和論というのはそうじゃない。」(第10章平和主義こそ日本の基軸)
 「近代日本は外圧によって無理やり国をこじ開けられた。日本人は一度押しつぶしされて、はい上がって、この国家を作ってきたんだという思いがあるみたいですね。そういう思いから脱却しているのは、漱石や荷風などごく少数でした。」(第8章作家たちの歴史観)

 すべての章において共感する指摘を見いだしましたし、原爆投下(6日、9日)、ポツダム宣言受諾による終戦(15日)の8月に読んでおく価値のある本でした。本の帯にあるように、「大切なのはリアリズムと常識。歴史を知ることは日本人を知ること。」まったく同感です。

『日本人へ_国家と歴史篇』(塩野七生著)

 雑誌「文藝春秋」に連載された巻頭エッセイ43本を集めたもの。
この中に、「拝啓 小沢一郎様」という昨年の衆議院選前に書かれた文章があります。この文章は、現在の政治状況を見通したもので非常に正確な予測になっています。安定した政権を確保しない限り大胆な改革ができないだろうこと、民主党と自民党の大連立が必要だろうこと(両党から一部党員が脱落することを想定)、そしてそれを実現できるのは小沢一郎しかいないだろうことを言っています。
 来月の民主党党首選びがどうなるのか、興味をもって見ていきたいです。

アメリカン・ブック&シネマの新刊「ツール・ド・ランス」9月発売予定

 アメリカン・ブック&シネマ(ABC)の最新刊ですが、来月にはいって『ツール・ド・ランス』を発行します。今年のツールドフランス期間中の発行は間に合いませんでしたが、商品の価値にはいっこうに影響はありませんので、ご安心してお買い求めください。著者はビル・ストリックランド。以前、ABCで出しました『ツールドフランス_勝利の礎』の著者でもあります。アマゾンで予約受付を開始しています。

アマゾン予約ページ

 表紙の写真とデザイン、かっこいいでしょう?!ABCの本の装丁は、会社のロゴも制作してくれた10inc. の柿木原さんに引き続きお願いしています。
 ところでABCのブログですが、担当のSという社員が書いています。彼も、僕同様、もうすこしスリムになる必要性があるようで、週末には自転車に乗っているみたいです。

アメリカン・ブック&シネマ

茨木のり子回顧展

 昨夜の朝日新聞夕刊に、詩人茨木のり子初の回顧展が開かれているという記事。群馬県高崎市の県立土屋文系記念文学館で、9月20日まで。ぜひ行ってみようと思う。
 死後発見された挽歌40編のなかから。
「ふわりとした重み/からだのあちらこちらに/刻されるあなたのしるし/ゆっくりと/新婚の日々よりも焦らずに/おだやかに/執拗に/わたくしの全身を浸してくる/この世ならぬ充足感/のびのびとからだをひらいて/受け入れて/じぶんの声にふと目覚める」
 同じ詩人は、こんな言葉でも知られている。
「自分の感受性くらい/自分で守れ/ばかものよ」
茨木のり子展

『水と緑と土_伝統を捨てた社会の行方:改版』(富山和子著、中公新書)

 全国のお取引先を訪問するようになって、改めて日本の歴史と自然に興味を持つようになりました。人を大切にすることは、歴史と自然を大切にすることでもあると思います。ちょっと大げさに言うと、「人、自然、歴史」、それがこのごろの僕のテーマです。
 『水と緑と土』は1974年に出された本ですが、取り上げられているテーマはいっさい古びていません。この本を読みながら、いろいろなことを思い起こしました。その1:僕が育った田舎の家の裏には、近くの湾に流れる川が流れていて、保育園や小学校低学年のころにはこの川でよく泳いだ記憶がありますが、洪水を防ぐためでしょうか、護岸工事が行われ、家庭の汚水が流される汚い川に変わっていきました。(今、どうなっているのか?)その2:この前、岐阜の郡上八幡にある高校を訪問した時の校長先生との会話。当地はかつて林業で栄えたはずですが、今は山を管理する人も少なくなり、山は荒れ放題だということ。でも林業では食っていけないので、都会に若い人は出て行く。
 この本を読んでみて、川と山、森はつながっていて、日本の自然も「複雑系」のひとつであることをあらためて認識しました。また、作者の八ツ場ダム工事への考えを聞いてみたいと思います。
 新書ですが、中身は濃い内容です。至る所にマーカーを引きまくりました。そんなマーカーを引いた一節に以下のような文章があります。
 「伝統を切り捨てることは、明治新政府の国策であった。この乱暴な政策こそ、富国強兵・殖産興業への近道であった。そしてこの国策を背景に日本の科学が出発したことは、日本人にとって不幸なことであった。というのはそれが、自然を商品化し掠奪していく資本の強力な武器となったからである。自然から自己につごうのよいものだけを引き出し、単純化して扱うというその目的、方法において、両者は合致したのである。」
 この本は1974年に初版が発行され、今年7月に改版が発行されました。本の帯には、「環境論のバイブル」とありますが、読み応えのある本です。今年の夏読んだ本の中でもおススメです。

Books I bought in the US

I bought the following books in San Francisco, just before I left the US.
"Why architecture matters" by Paul Goldberger
"TINY Houses" by Mimi Zeiger
"Buddha" by Deepak Chopra
"The Demon-Haunted World_Science As A Candle In The Dark" by Carl Sagan
"Guns, Germs, And Steel_The Fates of Human Societies" by Jared Diamond
"Lapham's Quaterly" (Sports & Games) Summer 2010

『イーグルに訊け―インディアンの人生哲学に学ぶ』(天外伺朗、 衛藤信之著)

上海往復の機内で読み終えた本です。先日ご紹介した『神話の力』と共通するテーマが取り上げられています。この本は2、3年前に買った本で、ベッドの横に積んだ本の中に埋もれていましたが、『神話の力』を読んだこともあってこの本を手に取ってみました。
天外伺朗は、 ソニーの技術者で、ロボット犬「AIBO」の開発責任者として知られる一方、ニュー・エイジ系の著作も多い方です。
 
「お年寄りと子どもを離してはいけない。彼らを引き離すことは、過去と未来を断つことと同じだ」(ラコタ族長老の言葉)
この言葉だけでも、この本を読んでみる価値があるのではないかと思わせてくれるはずです。
僕は飛鳥新社からのハードカバーで読みましたが、ソフトバンクパブリッシングから文庫もでているようです。

iPad on Business 出版記念パーティ

知人の大木さんが今月末、iPad on Business という本を出版します。もちろん僕はアマゾンで予約をいれていますよ。長くソフトバンクに勤務された経験を持つ、ITと人材育成の専門家の方です。8月4日小社の会議室で、出版記念セミナーを開催します。
詳細は大木さんのブログをご覧ください。
「走れ!プロジェクトマネージャー!」

大木さんのお話、僕は楽しみにしています。

『神話の力』(ジョーゼフ・キャンベル、ビル・モイヤーズ著)

 神話学者のジョーゼフ・キャンベルに、ジャーナリストでキャンベルの熱烈な読者でもあるビル・モイヤーズが行ったインタビューを一冊の本にしたもの。現在まだ読書の途中ですが、非常にすばらしい本です。資本主義が大きな曲がり角を迎え、自然・環境との共生、生物多様性を根本から考えないといけない地点に人類がたつなか、考えるヒントが詰まった一冊と思います。

 「科学が信仰を大掃除」(ソール・ベロー)してしまっても、人類は新しい神話を必要としていること、その新しい神話は、地球という惑星とその上のあらゆる人間について語ったものであるだろうこと。しかし、その神話は、これまでのすべての神話とまったく同じように、「個人の成長ー依存から脱して、成人になり、成熟の域を通って出口に達する。そしてこの社会との関わり方、またこの社会の自然界や宇宙との関わり方」を、新しい神話も語らなくてはならないこと。ただ、一つ違いがあるとすると、新しい神話が語る社会は、この惑星全体の社会でなくてはならないこと。

 第一章の終わりに、これまで僕が読んだ中でもっとも美しい手紙のひとつと言える手紙が紹介されています。それは、1852年頃、先住民部族であるインディアン部族の首長であるチーフ・シアトルに、合衆国政府が土地購入の話を持ちかけた時の返答です。

 「ワシントンの大統領は土地を買いたいという言葉を送ってきた。しかし、あなたはどうして空を売ったり買ったりできるだろう。あるいは土地を。その考えはわれわれにとって奇妙なものだ。もしわれわれが大気の新鮮さを持たないからといって、あるいは水のきらめきを持たないからといって、それを金で買えるものだろうか?この大地のどの一部分も私の部族にとっては神聖なものだ。きらきら光る松葉のどの一本も、どの砂浜も、暗い森のどの霧も、どの牧草地も、羽音をうならせているどの虫も。あらゆるものが私の部族の思い出と経験のなかでは尊いものだ。われわれは血管に血が流れているのを知っているように、木々のなかに樹液が流れているのを知っている。われわれは大地の一部であり、大地はわれわれの一部だ。香り高い花々はわれわれの姉妹だ。クマ、シカ、偉大なワシ、彼らはわれわれの兄弟だ。岩山の頂き、草原の露、ポニーの体温、そして人間、みな同じ家族なのだ。」

 「われわれが自分の土地を売るとしても、大気はわれわれにとって貴重なものであることを、大気はそれが支えるあらゆる生命とその霊を共有していることを、忘れないでほしい。」

 「あなたがたは、われわれが自分の子供たちに教えたのと同じことを、あなたがたの子供たちに教えるだろうか。大地がわれわれの母だということを?大地に降りかかることは大地の息子たちみんなに降りかかることを。」

 「われわれはこのことを知っている。大地は人間のものではなく、人間が大地のものだということを。あらゆる物事は、われわれすべてを結びつけている血と同じように、つながりあっている。人間は生命を自分で織ったわけではない。人間はそのなかでただ一本のより糸であるにすぎない。」

 「最後のひとりになったレッドマン(インディアンのこと)が未開の原野といっしょにこの世から消え去り、彼の思い出といえば、大平原を渡る雲の影だけになってしまったとき、これらの海岸や森林はまだここにあるだろうか。私の部族の霊が少しでもここに残っているだろうか。」

 「われわれが土地の一部であるように、あなたがたも土地の一部なのだ。大地はわれわれにとって貴重なものだ。それはまたあなたがたのためにも大事なものだ。われわれはひとつのことを知っている。神はひとりしかいない。どんな人間も、レッドマンであろうとホワイトマンであろうと、おたがたいに切り離すことはできない。なんといっても、われわれはみな確かに兄弟なのだ」

 冒頭から最後の一節まで、一部略しながらご紹介してしまいました。この手紙を読んでいて、チーフ・シアトルの偉大な思想に心を揺さぶられました。そして資本主義や物質主義が行き詰まった時、彼の思想が何世紀かのときをへて蘇る日がきっと来るだろうという予感がします。

『落葉隻語_ことばのかたみ』(多田富雄著)

昨日に引き続く多田富雄先生のご著書。あとがきは今年2月、そして4月にお亡くなりになられました。
母校の千葉大学で最後のご講演となった(はずの)「若き研究者へのメッセージ_教えられたこと、伝えたいこと」を読むだけでもこの本の価値があるかと思います。この講演の中で、多田先生は、恩師のひとりである石坂公成教授から教えられたこととして、以下のようなことをあげています。
1競争の激しい一流の主題に取り組みなさい。それは万人にとって大切なことだから人が集まる。それを避けて競争の少ない主題に逃げると、一生、落穂ひろいのような研究しかできない。
2実験をやるときは、必ずうまくいくと思ってやれ。どうなるかわからないと自分があやふやに思っていてはうまくいくはずがない。
3どうしてもだめだと思ったときには、一度実験を止め、撤退する勇気を持つこと。これが一番難しい。
多田先生は、これらを、恩師から教えられた「研究者の三つの勇気」だとされています。
ビジネスにもかなり当てはまる「三つの勇気」ではないかと思います。
能にも造詣が深かった多田先生には、白洲正子さんと共著の『花供養』という本があります。次はこの本を読んでみようと思っています。

『残夢整理_昭和の青春』(多田富雄著)

岐阜県の郡上高校訪問の帰りの新幹線の中で読み終えました。免疫学者、多田先生の最後のご著書。今年4月、ガンのためにお亡くなりましたが、それまでのほぼ10年間、脳梗塞のため声を失い右半身付随のまま、不屈の魂で執筆活動をされていました。一般向けに書かれたエッセイ等を愛読してきました。
最後のご著書となったこの『残夢整理』は、旧制中学の同級生のN君、画家・永井俊作、従兄弟・篠崎裕彦、千葉大学医学部での恩師である岡林先生、能楽師・橋岡久馬たちの思い出を綴った6つのエッセイです。彼らの思い出を語ることで、著者は自身の青春をたどっていきます。「彼らを思い出すことは、彼らを復活させることにもなります。それも限りなくやさしいやり方で」(著者から編集者への手紙)
恩師・岡林先生のお話を特におもしろく読ませていただきました。

吉良俊彦著『1日2400時間発想法』(プレジデント社)

 「アイデアエクスチェンジ」にご登場いただいたこともある、元電通社員でメディアコンサルタント、大学教授の著者の最新著作。僕は吉良さんのお書きになられた『ターゲットメディア主義_雑誌礼賛』のファンです。この本を読んだあと、ぜひ吉良さんにお会いしてみたいと思い、共通の知人経由でお願いして「アイデアエクスチェンジ」にご出演いただきました。(吉良さんとの「アイデアエクスチェンジ」

 最新のご本の副題は、「他人の時間を盗めばアイデアは生まれる!」と軽いノリなのですが、中身はいたってマジな本です。ただし、読みやすさは抜群です。僕自身、共感することがたくさんありました。また、吉良さんが提案されている「1日を2400時間にする13箇条」の一番にあげられている「画一的な生活からの脱却」は、ここ数年僕も意識して心がけていることです。たとえば、自分で勝手に「新日本紀行」と銘打っている全国各地のお取引先訪問。3年ほど前から、各地でお世話になっている学校、企業の方々を訪問していますが、自分の脳の中を活性化するのに役立っていると、自分では感じています(大した脳ではないので、効用は限られているかもしれませんが)。13箇条には以下のようなことが続きます。

2 自分の常識が人の常識ではない。

3 学ぶことの蓄積がないとアイデアは生まれない。

4 同一視点発想からチャンネル変換型発想へ。

5 5W1Hで考えよう。5W1Hは万国共通の状況設定語。

6 自己評価をするな。他人からの評価を素直に受け止める。

7 「難しい言葉」は自尊心の表れ。だから「簡単な言葉」で話す。

8 ポジティブシンキング。

9 自分自身は何割バッター?(目標達成率の認識)。

10働かなければ失敗しない。

11自分の会社、学校、家族の悪口を言うな。それは自分に対しての悪口。

12上流に戻れ。

13仕事や学業のレベルは必ず上がっていく。だから難しいことにチャレンジ。

このなかのいくつかは読めばわかりますが、他のものは本を読んでいただかないとわからないでしょう。だからぜひお読みいただきたい。

 各章にはさまざまな本や人物の発言からの引用があります。僕の心にずっと残っているのは、清原和博の2000本安打達成を祝す、イチローの以下のような言葉。

「2000本という表に出ている結果よりも、4000とか5000とか、数字は分からないですけど、多くの失敗を繰り返してきたと思います。その数だけ悔しさがあったと思いますし、それに対して共感します。」

 努力した者だけ、チャレンジした者だけが、同じように努力し、チャレンジした人間のことを理解しうるのではないかと思います。

『考えよ!_なぜ日本人はリスクを冒さないのか?』(イビチャ・オシム著)

 ワールドカップ開催中の今こそ、読んで損はない本。日本の試合を楽しむためにも。それに各紙が競ってオシムのコメントを掲載していることもあるので、オシムが日本代表に関してどのように考えて来たのかを背景として知っておくこともプラス。
 副題にもなっている「なぜ日本人はリスクを冒さないのか?」という問いに対して、オシムはこのような答えを自答しています。
「かつて東洋の小国だった日本は、太平洋戦争においてハワイを先制攻撃するというリスクを負った。そして何者でもなかった者が、何かになりたいことを望む経験をした。だが、その太平洋戦争において日本は敗戦を味わう。おそらく想像するに、そこが歴史的に日本人のメンタリティの転換期になっているのだろう。リスクを負うということが、日本人にとっては深層的なトラウマになっているのではないか。」これはボクが日本の歴史に関して、特に太平洋戦争に負けたことに関心を持っているからもあってここに引用します。
 他にも、この本の中で、赤線を引いた文章や言葉はたくさん。オシムがなぜ日本人(ボクも含めた)に人気があるかというと、彼の言葉選び、表現方法が僕らが求めているもの、受け入れやすいものだからか。それとボクは、オシムがカネの魔力を自覚している、大金が人間(もちろん、サッカー選手を含む)を簡単にダメにしてしまいがちだということをわかっていることも、オシムのファンである理由のひとつかな。
 「おわりに」にオシムがこんなことを言っています。
「人生で起こりうることすべてがサッカーに集約されていて、サッカーで起こりうるすべてのことが私の人生にも起こってきた。」僕ら日本人の人生においては、まだサッカーはそれだけの位置を占めていないかな

岡山訪問、それから塩野七生著『日本人へ_リーダー編』

 今日は岡山に日帰り出張。午後お取り引き先の方々との会合のため。高松や鳥取からもお越しいただいた皆さん、ありがとうございました。率直なご意見等、感謝いたします。羽田から飛行機に乗り岡山空港を初めて利用しました。山の上を切り開いて作ったようなところで、広島空港を思い出しました。広島空港よりか市内に近いでしょうか。
 行き帰りの飛行機で、塩野七生さんがずっと雑誌「文藝春秋」に連載されているエッセイをまとめた本を読みました。このごろはもう文藝春秋の読者ではなくなっているので、40のエッセイのうち読んだことがあるのはほんの2、3でした。
 この中で、僕がとても感心したのは、「拝啓 小泉純一郎様」という一文。この中で、塩野さんは、郵政選挙で大勝した小泉さんにこんなことを書かれているのです。
 「しかし、盛者は必衰であり、諸行は無常です。今回の大勝が、政治家としてのあなたの「終わりの始まり」にならないとは、誰一人断言できないでしょう。」さらに、「私があなたに求めることはただ一つ、刀折れ矢尽き、満身創痍になるまで責務を果たしつづけ、その後で初めて、今はまだ若僧でしかない次の次の世代にバトンタッチして、政治家としての命を終えて下さることなのです。」
 なんてすごい予言なんだ!と思ってしまいました。まさにこの通りに小泉政治は終わり、郵政改革は中途半端なまま、いままた過去の状況に引き返されようとしているかに見えます。
 塩野さんのエッセイは読んでいておもしろいです。どうしてこのくらいの、まっとうなことを考え、そして正々堂々とお書きになられる評論家やエッセイスト、文筆家が多くいないのか。
 もうひとつこの本の中でうれしかったことがあります。それは最近僕もその存在を知り、半自伝も読ませていただいた、石井米雄先生のことが紹介されていたから。(→
「道は、ひらける」石井米雄著)塩野さんの石井先生評がまたいい。
 「この人のインタビューを読んで感心した。まず、ユーモアがある。ユーモアのセンスは臨機応変のセンスとイコールな関係にあるから、政党や省庁の抵抗をかわしながら目標に到達せざるをえない組織の長としては最適な資質である。」
 「第二に、歴史という怪物を、この方はよく後存知。」そして石井先生がインタビューの中で言われた以下のような発言に特に注目されています。「最近、歴史認識という言葉が跋扈していますが、これは要注意です。たとえば、韓国人と日本人が同じ歴史認識を共有できるわけがありません。しかし、歴史事実は共有できる。アーカイブの意味と価値は、まさにそこにあるのです。」
 引用していると、止めどがなくなるのであとひとつでやめておきます。「自己反省は、絶対に一人で成さねばならない。決断を下すのも孤独だが、反省もまた孤独な行為なのである。」これはリーダーの条件としてあげられているのですが、組織のリーダーでなかったとしても、一人ひとりがこのような孤独な作業を重ねていかないといけないのではないかと思います。
 

「ドル終焉」(浜矩子著)

浜先生、最近よくマスコミに登場されます。朝のNHKラジオ等でもしばしばお声を拝聴。

この本の帯には、「二番底どころの話ではない。暴走と転落を繰り返す恐ろしい世界へ!」なんて、それこそ映画エクソシストか、ヘルハウスかというようなコピーがあります。内容は、かいつまんで戦後の国際金融のたどった道を案内してくれています。

「グローバル恐慌は、ドルの最後の舞台となる!」と本の表紙にあります。浜先生はドル弱気派なのかもしれません。確かにアメリカ経済もめちゃくちゃかもしれませんが、贅肉と成人病、生活習慣病の経済運営は、ヨーロッパも日本もかなりのものなので、これから一体全体、どうなっていくのか、誰にも予想がつかないのではないかと思います。中国を筆頭とする新興国経済はどのくらい強いものなのか。中国の不動産マーケットのバブルはどうなるのか?

それから、ヘッジファンドが悪者だという誤解をしている人が多いというご指摘は正しいと思います。

僕はそう簡単にはアメリカ帝国、「IT+金融帝国」は崩壊しないのではないかと思っています。アメリカの金融ビジネスの規模は大幅に縮小するかもしれません。でも、ドル終焉と言っても、ドルに代わってリーダーシップをとる通貨、そして国家経済はどこなのか?実はアメリカに人口が流入し、国内でも人口が増え続ける限り、アメリカはある意味、「永遠の新興国」なのではないかと思います。

最後に、「ザ・シティ 金融大冒険物語」よりかは、こちらのご著書の方がいいかなと思いました。

『勝負師と冒険家』(羽生善治、白石康次郎著)

 この前、あるところで海洋冒険家・白石康次郎さんの話をお聞きする機会があったことを書きました。この本を買ったのは、お話をお聞きする前だったと記憶しています。実は高校生の頃、ヨットで世界一周することにあこがれを持っていました。そんなこともあって白石さんに興味を持っていました。
 先日お聞きしたお話から、白石さんはとても情熱的な方だと思いましたし、お話は単にヨットのことだけでなく、彼の真摯な生き方についてでもありました。この本でも、友人である羽生善治を相手に、非常におもしろい話が展開します。もちろん、羽生さんの話も含蓄に富み、味わい深い内容です。
 白石さんの師匠の故多田雄幸さんは天才的なヨットマンだったそうですが、白石さんは論理的な勉強家だと思います。非常にバランスがとれた方だと思います。ヨットもご自身で作られるそうですが、自分でものを作っている人は現実、現場をしっかりと理解されているなと感心します。白石さんは単に情熱的なヨットマンであるだけでなく、現実主義者だと思います。
 また彼は視野が広いです。例えば、こんな発言から、彼が良い意味での国際主義者の側面も持っているなと想像します。
「スキーでもジャンプで日本人の成績がいいと、対戦国はルールをどんどん変えてくるでしょう。でも僕は、逆に健全だと思うこともある。日本人が憎いんじゃなくて、独走を許さないんだよ。強いのが出てきたら、またルールを変えるわけ。だけど、日本の場合はちょっと外国と違う。あまりルールを変えたかがらない。」
 彼のような人が、たとえば柔道の世界で上にいると面白いのではないかと思います。
 アマゾンの書評でも好意的なコメントがありますが、いい対談だと思いました。この前、お話をお聞きしたときの声の調子がよみがえってくる感じでした。 

『2020年_10年後の世界新秩序を予測する』(ロバート・シャピロ著)

第5章「ヨーロッパと日本はこのまま衰退するのか」ページ301から。

「ITから得られる利益は、企業や国がどれだけそこに資金を投入するかによって決まるのではなく、いかにITを活用するかにかかっているということだ。」

「さまざまな補助金や保護政策が市場からの圧力を鈍化させ、競争と変革を阻んでいる。これと対照的に、米国では、市場の圧力が企業にビジネス手法の革新を迫り、ITへの投資からも最大限の効果を引き出すよう迫っているのだ。」

「いかにITを活用するか」。この点で貢献していかないと、お取引いただいているIT教育、ITトレーニングで生業をたてている皆さん同様、われわれも存在することはできないと思っています。

また、高齢化、少子化が進み、変化への姿勢が守りばかりになり、また子どもたちに厳しさを教えることを避けていては、「課題先進国」日本の将来は赤信号かなとも思います。

『2012年、世界恐慌』(朝日新書)

 「百年に一度の不況」の結末を、まだわれわれは見ていないのではないかとずっと思っています。1989年をピークとする日本のバブル経済の崩壊は日本だけの問題でしたが、今回の先進国同時不況は相当重い状況なのではないかという印象がずっとあります。著者は、大学の先生とメガバンクの銀行員。かなり悲観的な内容になっていて、「われわれ庶民はどうすりゃいいの?!」となってしまいます。田舎に農地を買って(あるいは借りて)、自給自足ができるようにでもしましょうか?
 アメリカもヨーロッパも、そして日本も、すべて政府部門の赤字が第二次世界大戦中くらいの水準になってきているわけですが、民主主義の制度下において劇的に国民の生活水準を下げるようなことは、なかなか強制できるはずもありません。ギリシアはどうなるのでしょうか。脆弱な基盤の上に築かれてきたEUが今回の不況を克服することができるのか。カネの切れ目が縁の切れ目になるのか。またアメリカの資本主義、特に金融業界の制度が変わっていくのかどうかにも興味があります。
 この本にかえると、破綻した財政(=大量に発行された赤字国債)をチャラにするには、インフレしかないのではないかということになります。最悪1945年8月に帰っていくのかなと、ぼんやり思ったりしています。

『あなたの若さを殺す敵』(丸山健二著)

 以前ご紹介した『田舎暮らしに殺されない法』に次ぐ、朝日新聞出版からのエッセイ。丸山さんのような作家は、強烈なファンと、生理的に受け入れられないという人に大きく分かれるのではないかと思います。僕は強烈なファンではありませんが、群れたがる人間を軽蔑し、集団に埋没することを良しとしない姿勢をずっと貫いてきたことには敬意を表します。それは決して日本社会においては容易いことではないから。
 この本でも、著者は読者にも自己に厳しい生き方を要求しています。きっと反発を覚える方もいることと思います。でも、反発をするような読者は始めっから丸山さんの本なんて買わないのでしょうね。

サンフランシスコ映画祭、そして禅僧の話

アメリカで仏教がのびているという話をいろいろな方からお聞きしたことがあります。昨年、オデッセイマガジンにでていただくためにお会いした花園大学の佐々木先生もおっしゃっていました。San Francisco Zen Center のメルマガで、今開催されているサンフランシスコ映画祭で、いかのような映画が上映されていることを知りました。
THE PRACTICE OF THE WILD
詩人で禅の修行のため日本にも長く滞在していたGary Snyder を取り上げた映画。
ついでに、こんな映画も上映されているようです。
THE INVENTION OF DR. NAKAMATS
デンマーク人の監督のようですが、なんでまたドクター中松に関心を持ったのか、ちょっと観てみたい映画です。

で、「禅僧の話」です。この前一度ご紹介した河合隼雄先生の「ユング心理学と仏教」のなかにこんな話が紹介されています。

 二人の僧が旅に出て、川に行きあたります。その川は誰も歩いて渡るほかはありません。そこに美しい女性がきて、川の中にはいるのを嫌がっているように見えます。すぐさま、一人の僧は彼女を抱いてその川を渡りました。向こう岸で彼らは別れ、二人の僧は旅を続けました。しばらく黙って歩き続けましたが、一人の僧が口を開きました。「お前は僧としてあの若い女性を抱いてよかったのかと、俺は考え続けてきた。あの女性が助けを必要としていたのは明らかにしてもだ。」もう一人の僧は答えました。「確かに俺はおの女を抱いて川を渡った。しかし川を渡った後で、彼女をそこに置いてきた。しかし、お前はまだあの女を抱いているのか」と。

 含みのある話でおもしろいなと思います。

『道は、ひらける』(石井米雄著)

 昨夜、『20歳のときに知っておきたかったこと』があまり面白くなかったと書きましたが、決して悪い本ではありません。ただ20歳のひとには、代わって薦めたいのが、この本。去年8月27日付けの日経新聞夕刊で拝見した記事がおもしろかったので、買ってみた本です。著者は、タイ研究の一人者で、経歴からするとすごいエリートのようですが(外務省→京大東南アジア研究所センター所長→上智大学アジア文化研究所所長などなど)、ご本を拝見すると決して近寄りがたい学者ではなく、大学(東京外大)中退、外務省もノンキャリアというかたで、ご自分の関心あることを、ゆっくりと根気づよく勉強されてきた方。1929年のお生まれなので、現在80歳か81歳でしょうか。
 日経新聞の記事で僕がいいなと思ったお話が法学の問題点のご指摘。「法学はある枠組みがあって、その中で論理的な整合性を考える。枠そのものについては疑いを持たない。外務省は東大法学部をはじめ法学を学んだ人がたくさんいますから、法学的思考にはいやと言うほど遭遇しました。」そして「学問は柔軟性や自由な発想が不可欠。予算や評価制度を含めてそれを縛りつけているのが今の日本です。大きな成果には大きなリスクが伴う。大きな判断をするには腹がすわっていないとだめです。日本全部が係長になってしまってはいけません」。また、記事の見出しとなっている、「定説はまち針、縛られるな」という言葉もいいなと思います。
 役所も含めてですが、このようなご経歴の方が存在しうる社会(それは懐が深い社会ということでしょう)であってほしい。カネを持っている人間がえらそうにしている社会はつまらない。

『20歳のときに知っておきたかったこと_スタンフォード大学集中講義』

もう僕が年を取りすぎたのか、それともこの本が楽観主義のアメリカのエリート大学に通っている、恵まれた学生たち相手の講義をもとに出来上がった本でなんとなく深みを感じられなかったからなのか、期待したほどこの本には引かれませんでした。自画自賛になるかもしれませんが、僕の最初の出版プロジェクトになった、『グラデュエーションデイ』の方が、ずっといい本だと思います。→『グラデュエーションデイ』
今振り返ってみても、20歳のときに知っておきたかったことは、その時点においても、かなりのことを「知っていた」ように思います。問題は、それらのことが肚に落ちていたのか、行動を起こしたのか?答えはノーということが多いかもしれません。裏を返すと、実のところは「知っていなかった」ということなのかもしれません。あるいは自分は十分勇気を持っていなかった、ということか。
もう20歳の頃のことなんて言っていられません。50歳にもなれば、人生の終わり方を考えて行かないといけない年齢ですから。

ある仏教説話_「エゴ」あるいは「われ」ということ

今読んでいる『ユング心理学と仏教』(心理療法コレクションV、河合隼雄著、岩波現代文庫)で、河合先生が紹介されている仏教説話。子供のときに読んで記憶に残っているお話だとか。

 ある旅人が一軒家で一夜を明かすことになりました。夜中に一匹の鬼が人間の死骸をかついで来ました。すぐ後にもう一匹の鬼が来て、その死骸は自分のものだと争いますが決着がつきません。そこで二匹の鬼は旅人に判断を仰ぎました。旅人が最初の鬼のものだと言うと、後から来た鬼は怒って旅人の手を体から引き抜きました。それを見た先の鬼は死骸の手を抜きとって代わりにつけてくれました。他の鬼はますます怒り、もう一方の腕を引き抜くと、また先に来た鬼が死骸のを取ってつけてくれる。こんなことをどんどんやっているうちに、旅人と死骸の体はすっかり入れ代わってしまいました。二匹の鬼はそうなると争うのをやめ、死骸を半分ずつ食べて行ってしまいました。驚いたのは旅人です。自分の体は鬼に食われてしまったのですから、今生きている自分が、いったいほんとうの自分かどうかわからなくて困ってしまいます。(中略)
 旅人は困って坊さんに相談しました。坊さんは「あなたの体がなくなったのは、何も今に始まったことではないのです。いったい、人間のこの「われ」というものは、いろいろの要素が集まって仮にこの世に出来上がっただけのもので、愚かな人達はその「われ」に捉えられいろいろ苦しみもしますが、一度この「われ」というものが、ほんとうはどういうものかということがわかって見れば、そういう苦しみは一度になくなってしまうのです。」

ゼロ年代の50冊

朝日新聞の読書コーナーで取り上げられていた「ゼロ年代の50冊」。この10年間で出版された本のうちから50冊を選んだもの。1位から10位までのなかで読んでみたいと思っている本は以下の通り。
1位 「銃・病原菌・鉄」(ジャレド・ダイアモンド著)
4位 「磁力と重力の発見」(山本義隆著)→これはかってあるけどまだ読んでいない
5位 「遠い崖」(萩原延壽著)
7位 「木村蒹葭堂のサロン」(中村真一郎著)

『提督伊藤整一の生涯』(吉田満著)

 香港からの帰りの機内で読み終えた本。著者の吉田満さんは、『戦艦大和ノ最期』の著者。1923年生まれ、44年東京帝国大学法学部繰り上げ卒業、学徒出陣で海軍に入隊、45年4月副電測士として戦艦大和に乗り込み、沖縄特攻作戦に参加するも生還。戦後は日本銀行に入行、1979年日銀監事在職中に亡くなられたという方。
 主人公である伊藤整一は、日本海軍最後の艦隊出撃、沖縄特攻作戦の戦艦大和の司令長官。
 この本のあとがきで、著者は以下のように述べています。「われわれはあの戦争が自分にとって真実何であったかを問い直すべきであり、そのためには、戦争の実態と、戦争に命運を賭けなければならなかった人間の生涯とを、戦後の時代を見通した展望のもとで見直すことが、緊急の課題だと考えたからである。戦後の出発点にあたって、この課題を軽視し看過したことが、今日の混迷につながっているというのが、わたしの認識であった。」
 この言葉は昭和48年(1973年)から49年(1974年)にかけて発表された、戦艦大和とともに亡くなられたふたりの青年の短い評伝に関連して書かれたものですが、現在の日本においてもまったく同じ混迷は続き、もっと深刻になっていると言えます。
 その混迷は、もう一度、戦後の出発点に返ってみないかぎり、解決することはできないのではないかと思います。でも、戦後、安直に金儲けをすることをずっと追求してきた日本人には、原点に返りもう一度愚直に歴史の教訓を学び返してみるという仕事は、我慢できない作業なのではないかと思います。
 組織の長たる人間の責任の取り方、戦略的な意思決定のあり方(日本の組織においてそのような意思決定がなされてきたのかという反省!)に関する「歴史の教訓」だけでなく、武人の心のうちに秘められた柔らかな部分を教えてくれる本でした。
 ちなみに、この本の著者の吉田満さんの長男、吉田望さんには、「アイデアエクスチェンジ」に出演いただいてます。
アイデアエクスチェンジ「吉田望さん」

さかはらさんの『サリンとおはぎ』(講談社)を応援する!

 アイデアエクスチェンジにでてもらい、またこの黒犬通信でもご紹介したさかはらあつしさんの半生を描いた自伝『サリンとおはぎ』。さかはらさんと知り合って何年かになりますが、これまで知らなかった彼の過去もこの本の中では紹介されています。特に、彼が一時結婚していた女性が、彼を襲ったサリン事件を引き起こしたオウム真理教に入っていたということ、たいへんな結婚生活だったことなどはまったく知りませんでした。また彼のおじさんが京都大学理学部に入学するも法学部に転部して、8年在学後ヨーロッパにわたったあと、いつにダイヤモンド商人になったことなども、以前さかはらさんから聞いていたとは思うけど、詳細を知ることになりました。電通の入社面接の話などもおもしろくて、はったりをかましながら難関を突破したさかはらさんの行動力には感心しました。
 こんなに人生にまともにぶちあたって生きてきた人は、僕の周りでも本当に珍しく、「天然記念物」のような人です。なので、彼を助けるためにも、ぜひ多くの方に彼の本を買ってもらいたいし、ぜひ彼のメルマガ「Team Oscar」の購読者になってもらいたいと、こころからお願いします。

TeamOscar ブログ(ビデオブログも始まっています)
アイデアエクスチェンジ「さかはらあつしさんの巻」

『群衆_機械のなかの難民』(松山巖著、中公文庫)

20世紀の日本を主題に、「一体となった感情を有し、ときには怒り、苛立ち、ときには哀しみ、泣き叫ぶ」群衆という現象について、「だらだらと述べる」作品。日露戦争以後の日本、夏目漱石、石川啄木、大杉栄、夢野久作たちが見た新しい群衆。この本は1996年、〈20世紀の日本〉の12巻目として出版されたもので、読売文学賞(評論・伝記部門)受賞作。
この1996年は日本においてもインターネット社会が本格的に始まる頃。この本の中にはインターネットが作りつつあるバーチャル世界が取り上げられてはおらず、著者がネット社会における日本の「群衆」をどのようにとらえているのか、たいへん興味がある。

河野道代「犬の言語」

3月4日の日経新聞夕刊文化欄で、詩人で小説家の小池昌代が、「詩の魔力」というテーマで詩を紹介するコーナーが始まっています。クロイヌは、お恥ずかしいのですが詩を読む習慣を身につけることができませんでした(これからでも遅くないでしょうか?)。
このコーナーで紹介されていたこのような詩の冒頭を読むと、詩もいいなと思いました。

河野道代「犬の言語」冒頭:
黒犬が一頭
火山上の杭に繋がれて日を浴び
黙々と
半径二・五メートルの鎖を
張って旋回している。
労働とも遊戯とも無縁な
粉塵の真昼を
彗星のように孤独に。

ちなみに河野道代は今日これから行く福岡の出身。この詩が含まれる詩集『花・蒸気・隔たり』をアマゾンで注文しておきました。

『不幸な国の幸福論』(加賀乙彦著、集英社新書)

作家加賀乙彦の幸福論。以下、本の見出しからです。
第一章:幸福を阻む考え方、生き方(考えない習性が生み出す不幸、他者を意識しすぎる不幸)
第二章:不幸増幅装置ニッポンをつくったもの(経済最優先で奪われた安心とつながり、流され続ける日本人)
第三章:幸福はしなやかな生に宿る(不幸を幸福に変える心の技術、幸せを追求する人生から、幸福を生み、担う生き方へ)
第四章:幸せに生きるための老いと死(人生85年時代の豊かな老いの過ごし方、死を思うことはよく生きること)

実は今日からMOSを運営しているアジア各国の代表の集まりがあってマカオに来ています。マカオはアジアのラスベガスとも言える都市で、僕は2度目ですが、あまり好きになれない場所です。仕事の必要性がなければ、絶対にこない場所かと思います。加賀さんの「幸福論」で説かれているような考え方、生き方とは正反対の位置にあるようなところです。そんなところに来る機内、そしてホテルでの自由時間に読み終えました。
この本で書かれていることは、自分の人生を真剣に考えよ、他人の目を気にすることなく自分をしっかりと持て、他人と比べて自分は幸福かなんて比較をする必要はない等々、当たり前のことが書かれているのですが、それら当たり前のことをずっと忘れてきたのが我々日本人のように思います。80歳になられようとする加賀さんのご意見には賛成することばかりです。

さかはらあつしさんの「サリンとおはぎ」アマゾンで予約開始。

「アイデアエクスチェンジ」に出演いただいた、さかはらあつしさんの体験談「サリンとおはぎ」が来月講談社から出版されます。予約がアマゾンで開始されています。僕はもう予約しましたよ。さかはらさんは僕の知り合いの中で、もっともユニークな人生を生きてきた人のひとりで、いつも感心しています。ぜひ「アイデアエクスチェンジ」をお聞きいただいき、本もお読みいただけると、ありがたいです。

アマゾン
アイデアエクスチェンジ「さかはらあつしさんの巻」

イチゴ離れ

 夜、事業仕分けで有名になられた加藤さんが代表をされている構想日本のフォーラムにお伺いし、「ゆずりは」の田中陽子さんの司会で、北東北の職人さんたちのお話をお聞きしました。みなさんの、東北弁を交えながらのお話にたいへん感動しました。「キャリア」なんて横文字はいっさい出てきませんが、生きるということ、働くということについて、地に足の着いた考えを持った人たちのお話でした。東京で毎日気ぜわしく働いているわれわれの仕事が本当に薄っぺらなものに思えてなりませんでした。
 田中陽子さんのお話で、「イチゴ離れ』という言葉を知りました。野イチゴの季節(7月初め)、子グマが夢中で野イチゴを食べているうちに親グマがそっと姿を消す。子グマがふとわれに返って周りを見回しても、そこには親グマの姿はない。いつか必ず来る親離れ、子離れ。そんな熊の親子の別れを東北の人たちは、イチゴ離れと呼ぶそうです。親子の切ない別れを、なんて素敵な言葉で表現しているのかと思いました。(「ゆずりはの詩」田中陽子著)
ゆずりは

『歴史と外交_靖国・アジア・東京裁判』(東郷和彦著、講談社新書)

 駐オランダ大使を最後に2002年外務省を退官した1945年生まれの元外交官によるエッセイ。「どうしてわが国は、一連の歴史問題に、日本人としての答えを出し、みずから納得できるメッセージを世界に発出し、世界との調和をつくりだし、日本人の優れた能力とエネルギーを、さらに、創造的な問題に使っていけないのだろう。」という問題意識を持つ著者の、「体験的思索の書」。

 ビジネスの席で宗教と政治の話はしてはいけないと言われますが、僕はアジアのビジネスマンとも、あるいは欧米のビジネスマンとも、酒の席や食事の席で歴史や政治の話をすることがあります。もちろん、大仰な話になるまでやったことはありませんが、相手の考えや価値観を勉強させてもらう、いいチャンスになります。

 

『貴流・心氣体』(貴乃花光司著)

 次号のオデッセイマガジン巻頭インタビューにご出演いただくために、貴乃花親方と昨日お会いしました。1時間強、率直な意見交換をさせていただきました。平成の大横綱との対談、たいへん刺激になりましたし、光栄でした。次号のオデッセイマガジンは、「今年はやる」というテーマです。
 『心氣体』は、昨年扶桑社から出版された本で、事前に拝読。サブタイトルは、「相撲の心でつくる美しい体」。イラスト入りでストレッチの仕方などが詳しく解説されています。昨日、僕は親方直々に四股の踏み方を教えてもらいました。(ただ、四股はプロのもので、われわれアマチュアは、腰を落とし、ゆっくり、ゆっくりと腰をあげていくストレッチで十分だということです。)実際に横で親方の四股を拝見しましたが、これは迫力がありました。
 来月下旬にできあがります。お楽しみに。

城さん、中央職業能力協会の理事長に応募されてはいかがですか?

先日日経新聞記事で、厚労省がこれまで天下りでトップが決まっていた外郭団体の理事長を公募するという記事を読みました。厚労省がどれだけ本気なのかわかりませんが、「若者はなぜ3年で辞めるのか」、「3年で辞めた若者はどこへ行ったのか」、そして「7割は課長さんになれません」著者の城さんのような方をトップにすえられると面白いと思います。ブラックユーモアではなく、本気です。
城さんには、2年前、「アイデアエクスチェンジ」にご出演いただいきました。城さんの本を読んでいると、共感するところがすごく多いです。
「アイデアエクスチェンジ」城繁幸さんの巻

『「野生」の哲学』(町田宗鳳著、ちくま新書)

 さきほどシアトルに着きました。機内で読み終えた本です。(今日、明日とミーティングがあって水曜日の飛行機ですぐに東京に帰ります)
 著者はユニークな経歴の持ち主。14歳で出家、34歳のとき渡米し、ハーバードの神学部で修士、ペンシルバニア大学東洋学部で博士をとった方。友人がこの方のファンで薦めてくれました。
 この本の副題には、「生きぬく力を取り戻す」とあります。自分の心と体に元々備わっている根源的な生命力を大切にしながら、創造的な生き方を模索しよう、と。織田信長の決断力、坂本龍馬の行動力、円空の造形力、宮澤賢治の想像力、そして松下幸之助の直感力が紹介されています。この本で書かれていることには共感を覚えます。(この本で円空が木地師の血を引いていたこと、木地師は中世からの木工技術者たちで、トチやブナなどを求めて移住生活を続けていて、蔑視や差別の対象とされていたことを知りました。)
 日本の閉塞感を打ち破るひとつの考え方がここには書かれていると思います。

町田宗鳳ホームページ

『若者を喰い物にし続ける社会』(立木信著、洋泉社)

 お年寄りを大切にしないといけないのは言わずもがななんだけど、あまりにも世代間の不公平感が強くなりすぎていて、年金問題に現れている世代間格差はもう限界だとずっと思っています。そんななか、昨年買っていた本ですがようやく今日手に取って読んでみました。大きなテーマを新書で取り上げているので展開のしかたは荒っぽいところがありますが、僕より4歳下の著者の議論には同感です。
 日本が滅びていくとしたら、第三国からの攻撃だとか、資源の高騰とか、自然災害からよりも、内部矛盾から崩壊していくのではないかと思います。現在ある最大の内部矛盾が世代間格差。若者が夢を持っていない国がどうして栄えようか!
 いまの日本の状況は、JALの倒産に至るまでのプロセスがいい例なのですが、これまで恵まれていた時代に経営していた人たちが残していった負の遺産を、われわれ現役世代および若者世代が背負わされながら、国際的な競争も非常に激しくなったこの厳しい時代をサバイブしないといけないことかと思っています。戦後、焼け野原から立ち上がってきた過去の世代の方達の努力には感謝をしつつも、彼らの老後を支えていく負担があまりにも大きすぎる現状をどうにかしないと。
 現在、有権者の平均年齢が44歳、実際に投票する人間の平均年齢は50歳を過ぎているというような話がこの本の中に出てきます。政治家の方達も、老人ホームをまめにまわって票をかせごうとします。日本が活力をなくしている大きな原因のひとつは若者の声が十分政治に反映されていないことだとしたら、若者は絶対に投票すべきだし、20歳からではなく18歳から投票できるようにすることもひとつの方法かもしれません。
 以前このブログにも書いたことがあるのですが、若いうちに必要なのは苦労だと言われてきましたが、それは時代が右上がりの時の話です。それは終身雇用、年功序列でもそれなりに社会が続いていたときのこと。若いうちにへたに苦労すると折れたり、へこんだり、すねたりすることの方が多いし、マイナスの効果の方が多いのではないかと思います。それよりも、若いうちに必要なのは、いわゆるロールモデルではないかと思います。成功している人、活躍している人、いい仕事をしている人たちのそばで、彼らがどのように仕事をし、人と付き合い、どんな本を読み、どんな食事をしているのか。そんなことをすこしでも知ることができる機会を与えてあげること。ただ、ロールモデルを身近に探すことも非常に難しい時代になっていることも確かかもしれません。少しでも、後輩たちのロールモデルになれるように努力はしていきたいです。

『女装する女』(湯山玲子著、新潮新書)

 京都からの帰りの新幹線の中で読み終えた本。
 なんどか本屋では目にしていたけど、まったく食指をそそられなかった本でしたが、この前読んだ、『無頼化する女たち』(水無田気流著、洋泉新書)で知った著者がこの湯川玲子ならぬ、湯山玲子さん。読んでみると、とてもおもしろかった。林真理子の小説を別のかたちで楽しんだような読後感。
 このひと、クロイヌとほぼ同年代なこともあって、懐かしい名前や話しがでてきました。帯には、「10のキーワードで現代女性を読み解く。」とあります。女性たちがこの本を読んで、共感を覚えるのか、これは違うよと感じるのか、聞いてみたいです。
 あとがきにこんな文章があります。「高度消費情報社会の状況下では、女性を女性たらしめていたいろいろな幻想の鎧がひとつひとつ外されていくわけで、外された後にむき出しになった本体そのものは実は思ったよりもたくましく、自由で、どんでもない個性と欲望が普通に存在したというだけだ。しかし、そこのところが肥大しすぎると今度は社会の方がおじ気づいてしまう。そうなると、コミュニケーションであるとか、生きていくこと自体に問題が生じてしまうので、女性たちは”意思”として、あらためて、鎧を付け直す、というような面倒くさい行為にも手を染めている。」
 われわれ男は、母親から始まって、一生をかけて女性たちを理解しようとしているのかと思うことがあります。でも、女性たちはわれわれよりも一枚も二枚も上手のような存在かなと思わせる著者の語り口です。

湯山玲子ブログ

『太らない病気にならない体のつくり方』(川嶋朗著、実業之日本社)

 見出しをたどっていけばだいたい内容は理解できる本です。たぶん、医師である著者の先生がお話になったことを、ゴーストライターがまとめた本でしょう。この本の中で、温泉療法が紹介されていて、秋田の玉川温泉、鳥取の三朝温泉があげられています。一昨年でしょうか、田沢湖に行ったとき、玉川温泉の近くまで行きましたが、残念ながら時間がなく、行けませんでした。また、昨年初めて鳥取を訪問したとき、鳥取市から米子市までの電車が、倉吉に停車したことを覚えています。この倉吉からちょっと行ったところにあるのが、三朝温泉のようです。
 最高の贅沢って、こんな温泉町に、安い旅館でいいので、本を持っていって、1、2週間湯治にでかけることのように思います。

土佐派の家

 この前高知に帰ったとき、「土佐派」と名乗っている高知県の建築家のグループがあることを知りました。実際、これまで3冊、「土佐派の家」というムック版書籍を発行しています。(「土佐派の家PART I、PART II、PARTIII」)この前泊まったオーベルジュ土佐山も、「土佐派」の中心人物の一人、細木茂さんの作品のひとつ。この本の中で、土佐派の建築家たちが高知県の木を使って、100年保つ家をつくろうという心意気で仕事をしていることが紹介されています。すばらしいと思います。
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 戦後日本の家は、安かろう、悪かろう(と言っては申し訳ないのですが)の家が多くなってしまって、ハウスメーカーの家なんて、20、30年で取り壊しなんてものが多いように思います。安い海外の木材をつかってコストを下げることが多いようですが、僕は家に関しては、ちょっと「ナショナリスト」に近いので、これからの家は地元でとれた木材を使って、100年保つような家を、飽きのこないシンプルなデザインで作るのがいいのではないかと考えるようになっています。毎年訪問している秋田の国際教養大学は、秋田杉をつかった校舎や図書館を建てていて、これもすばらしいです。
 うちの近所も、20年、30年程度の家がほとんどなのですが、どんどん壊されています。後には、ばらばらのハウスメーカーの家があっという間に建つというのがパターンです。昨日も、歩いていると、そんな現場に出会いました。ちょっとドキッとするような言葉かもしれませんが、「家が屠殺」されるような感覚を持ちました。でも、家畜たちと違って、家の廃材は、産業廃棄物として、すべて捨てられていくのでしょう。古民家と言われるようなしっかりした旧日本建築の場合、立派な柱が再利用されるようなこともあるようですが、20年前、30年前、既製品として安上がりに作られたハウスメーカーの分譲住宅には、そんな資材となるようなパーツは含まれていないのかもしれません。
 このごろのデフレの話しで、安いものばかりが売れる、適正な利益を上げることが難しくなっていると、言われています。利益を上げることに関しては、企業経営における努力が必要ということはもちろんなのですが、背景として、戦後の日本がじっくりとものを考える訓練をしなくなり、肝心要の家に関しても、20年程度でスクラップになるようなものしか建ててこなかったこと、安いもの、すぐに捨ててしまうようなものばかりが身の回りにはんらんしているというような状況があります。ちょっと値段が高くても、いいものを買って、末永くおつきあいする、そんな買い物の仕方が好きです。人との付き合いも同じ、かな。
 「土佐派の家PARTIII」の中に、こんな言葉がありました。「人が家を作り、家が人を作る」。

土佐派ネットワークス

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『痩筋力_確実にやせる筋トレ術』(石井直方著、学研新書)

 1年かけて5キロほど痩せたかと思ったら、年末、年始、外で食事することが多くなると、いつの間にか2.5キロ「リバウンド」。「貯金」を使い果たしそうです。食事の量が増えがちなので要注意。昨日は20代の社員の人たちと、夜、シュラスコ料理を食べにいくのに、お昼はリンゴ一個で我慢。どうにかこうにか現状維持です。
 さて、『痩筋力』というのは、著者の造語。身体運動科学、筋生理学を専門とする東大大学院の先生。「痩せたいなら筋トレから初めなさい」。バレリーナの筋肉を分析すると、一見スリムな外見からは想像もできないほど筋肉の発達がすごかったそうです。

『戦略の断層_その選択が企業の未来を変える』(古我知史著、英治出版)

著者は僕の知人で、いわゆるベンチャーキャピタルの専門家。ご本人は、自らのお仕事をビジネスインキュベーションと呼ばれています。あとがきにあるこんなお考えに強く共感を覚えます。

 「ビジネスは断続的にリスクを取ることである。リスクを取らなければ未来に対して受動的になる。未来に対して受動的であるのは自然であるかもしれないが、そこには主体者や当事者の意志が無い。リスクをとることは即ち未来に能動的に意志を持って働きかけるということだ。しかもそれは一度ではなく数限りなくある。」

 またこんなことも記されています。

 「筆者が職業人としてずっと標榜し続けていることがある。『力への意志』と『自由なる精神』だ。(中略)『力への意志は』とは、人間は内在する意志を顕在化して行動に移すべきだということ。(中略)『自由なる精神』とは、経営者や事業家の前にひとりの人間として、心と時間を解放して世の中の森羅万象に対して感受性をみずみずしく豊かにしよう、という意味だ。」

 著者の古我さんとの「アイデアエクスチャンジ」、今月中には配信が始まりますのでお楽しみに。

『無頼化する女たち』(水無田気流著、洋泉新書)

以前ご紹介した『黒山もこもと、抜けたら荒野デフレ世代の憂鬱と希望』の著者。(→バックナンバー)「みなした・きりう」という、女性にしてはちょっと摩訶不思議なお名前(ペンネームですよね)。
本の帯には、「負け犬」、「おひとりさま」、「カツマー」¨…これがニッポン女子の無頼道!とあります。
ご本業は、詩人(第11回中原中也賞受賞)、そして社会学者。
この本で、社会学的に分析されたニッポン女子のことをちょっと勉強させてもらいました。
文章や選ばれた言葉もリズム感やスピード感があって、読みやすいし、気持ちがいいです。
この方、将来は上野千鶴子さんの後を継ぐ、代表的女性学研究者になるのでは?なんて期待しています。

『怒らないこと_役に立つ初期仏教法話1』(アルボムッレ・スマナサーラ、サンガ新書)

わかってはいるけど難しいのが、この「怒らない」ということ。

松本清張著「昭和史発掘1」(文春文庫)

 今日は仕事始めということで出勤。(ただしうちの会社は明日からスタートです)
お正月、今年最初に読んだ本は松本清張。この人って、学歴はないかもしれないけど、本当に勉強家だと思います。よくこれだけ古代史から現代史まで勉強されているなと感心します。アカデミックな世界の人たちからの評価は知りませんが、司馬遼太郎と並ぶ国民作家の一人だと思います。
 ところで今日の丸の内、銀座エリアはちょっと賑やかな、華やいだ雰囲気でした。いつまでも少子化だ、デフレだと言って下向いていてもしょうがない。まっすぐ前をむいていこう!

『若さを伸ばすストレッチ』(伊藤マモル著)

平凡社新書です。ストレッチの基本をわかりやすく解説してくれています。イラストもリアルな感じがとてもいいです。
著者は、順天堂大学大学院体育学研究科卒。この本の中で紹介されているストレッチの全部ではありませんが一部を、今年の初夏くらいから毎日行っています。少しずつですが、必ず効果が出てきます。(自分の体で実証済み)

「超人高山宏のつくりかた」(NTT出版)

先週あった松岡正剛の「連塾」で話を聞いた博覧強記・高山宏のユニークな自叙伝。耳に残る力強い声、リズム感あふれる饒舌を思い起こしながら読みました。80年代大学生だった頃、彼が翻訳した本になんども遭遇していたことに気づきました。それから、お父さんが高知大学で哲学を教えていたようで、何人かの従兄弟たちも通った土佐高校の話もでてきて、わけもなく親しみを感じたりも。
この本で紹介されている高山宏の仕事(彼自身の著作と翻訳書籍)を読んでみようと思います。

British Library Business & IP Centre

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British Museum から独立したBritish Libraryの中に、Business & IP Centreという部門があり、起業家向けの情報を提供しています。HPのコーナーをチェックしてみました。どのくらい成功しているのかはわかりませんが、日本の国会図書館が起業家支援のコーナーを持つようなものでしょうか?(国会図書館がそんな活動をしているかどうか、知りません。)
 昨日から実質2日間の滞在スケジュールでロンドンに来ています。こちらで会うビジネスマンが予約を取ってくれたホテルが偶然、British Library の横にあります。マグナカルタ(大憲章)、サミュエル・ジョンソン博士、シェイクスピアはもちろん、ビートルズの手書きの歌詞なども展示されている立派な博物館でもあるようです。
BL Business & IP Centre

久しぶりの六本木・青山ブックセンター

 六本木にある一番好きなレストラン(と言っても、食堂みたいなところです)が、エリアの再開発の可能性があるため、今月末で閉店になると聞き、久しぶりに行ってみました。うわさでは、第二六本木ヒルズの話があるとか。だとすると森ビルの積極的なビジネス展開には感心します。
 そのあと、大好きな本屋のひとつ、青山ブックセンターに立ち寄ってみると、新潮社のyonda!panda君を発見。ケータイのカメラなので、この程度の画質です。
 この前亡くなったレヴィ=ストロースの作品を集めたコーナーがあったので、「悲しき南回帰線」の文庫本上下(講談社学術文庫)、「レヴィ=ストロース講義」(平凡社ライブラリー)を買ってきました。レヴィ=ストロースの言葉にこんなものがあります。「地球は人類なくして始まり、人類なくして終わるだろう。」大学の時から好きな言葉に、「自然の中には、喜びも悲しみもない。」というものがあります。表現は異なりますが、本質的には同じことを言っていると思います。

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起業家教育ひろば

大学・大学院起業家教育推進ネットワーク」のウェブサイト。経産省の委託事業のひとつ。須賀さんが推薦図書として、ABC(American Book & Cinema)の『経営の才覚』を挙げてくれました。須賀さん、ありがとうございます。

起業家教育ひろば

「経営の才覚」推薦ページ

ABC

『予習という病』(高木幹夫+日能研)

 著者は日本を滅ぼそうとしている病いとして、「予習病」をあげています。それは、「すでに定められたカリキュラム、学んできたことに固執し、未知の事柄を『まだやったことがない』ゆえに無視、否定する精神の傾向」としています。
 本文中に次のような記述があります。
 「なぜ大学が学生の学力低下に悲鳴を上げているかといえば、それは分数もできないからではなくて、予習というやりかたでしか学びと出会ったことがなく、しかも、向かい合った量が極端に少ないこと、質に出会えていないことによります。大学に進学したら、当然ながら制限も予定もない量にぶつかるわけです。本来の大学での学びに、これだけやっておけばいいよというような制限はありません。ある決められた範囲内での予定できる一定量にたいする予習、という構えしかもたない子たちが、量も範囲も時間も無制限の状況にぶつかったらどうなるか。」
 この大学を会社とし、学生を社員と置き換えてみてください。日本の大学が抱えている課題とまったく同じ構造の問題を、多くの日本企業は抱えているように思います。なぜなら、大学は、著者が言う「予習病」を治療することなく、学生を社会に送り出しているからです。日本の会社の多くは、言われたことしかやろうとしない、教えてもらわないとやろうとしない社員を多数抱えてしまっているように見えます。もしかして、予習病から卒業することなく、一生を終えようとしている日本人が多数になっているのでしょうか?

日本に関する英文図書100冊

日本財団が日本紹介のためにリストアップした100冊の英文図書。

海外の知人たちに、こんな本があるよと薦めるのに便利。

日本財団

『成功は一日で捨て去れ』(柳井正著)

 著者は、ご存知、ユニクロの創業者。ボクが尊敬している起業家、経営者です。このブログでも以前からなんどか書かせていただきました。(→バックナンバー1、→バックナンバー2バックナンバー3
 この本自体は、ユニクロのPRのひとつとも言えるのでしょうが、それを割り引いても、経営者、起業家にとっては参考になる本です。アパレルの小売業は、うちの会社のビジネスとは性格がかなり異なるため、簡単に比較したり、真似たりできるわけではありませんが、柳井さんの姿勢、考え方、またその勉強熱心さは非常に参考になります。
 1「企業の目的は顧客の創造である」(ドラッカー)。企業は自分たちがなにを売りたいかよりも、お客様が何を求めているかを考え、お客様にとって付加価値のある商品を提供すべきである。
 2「企業の目的は、それぞれの企業の外にある。」(同じくドラッカー)。本来、我々がターゲットにすべきなのは、まだお店に足を運んでくれていないお客様、つまり潜在的な需要をつかまえることだ。
 3 顧客を創造するためには、付加価値を持った商品を開発するということ以外に、テレビコマーシャルや雑誌などを使ったイメージ戦略や企業の姿勢を伝えていくPR活動が大切だ。
 もうひとつ響いたこと。ボクらのビジネスは、顧客にある程度努力(それをボクはよく「苦行」と言っているのですが)をしていただかないといけない性格を持っています。そんなビジネスを行っているボクには、次のような柳井さんの言葉がとても響いてきました。
「よく、先行している商売人が流行を作り出すとか、お客様の心理を作り出すといった類の話があるが、そんなことは実際にはあり得ない。こちらから心理状態を変えるなんて滅相もないことだ。重要なのは、お客様の心理状態に合わせて商品を作り出すことなのだ。」
 実は、昨日福岡のセミナーでお話させていただいたとき、ITビジネス、あるいはITのトレーニング、資格ビジネスは、売りたいものを一方的に売ろうという姿勢が強すぎるのではないか、という発言をしました。そういうこともあって、福岡からの帰りの飛行機で読みはじめ、自宅に帰って読み終えたこの本の中の柳井さんのさまざまな言葉に、とても共感したのかもしれません。

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(写真は、昨日、福岡であったセミナー会場のAIビル9階から見た夕方の百道の海の景色。とてもきれいな眺めでした。)

"The First Billion Is The Hardest" (T. Boone Pickens 著)

 アメリカからの帰りの飛行機の中で読みはじめた本です。『どん底から億万長者』というタイトルの本は、この本の翻訳本かもしれませんが、表紙のデザインはちょっと安っぽくなっている印象を受けました。
 日本では、80年代、ピケンズが小糸製作所の株を買ったことでマイナスの記憶を持っている人も多いかもしれませんが、日米問わず、大企業のサラリーマンとはまったく違う価値観と生き方をしてきた人です。まだ読み終えていませんが、印象は決して悪くないです。自分でリスクをとり、体を張って生きてきた人かと思います。
 ピケンズは、アメリカが海外(中東)の石油に依存することが、外交、防衛において危機的な状況を作り出していることを、身銭を切ってキャンペーンしています。石油マンのキャリアを持ちながら、代替エネルギー(風力、ソーラー)の開発に投資をしています。現在すでに80歳をこえていますが、そのバイタリティには敬意を表します。
 YouTubeにも彼の動画がかなりアップされています。


『正座と日本人』(丁宗鐵著)

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 今回アメリカに来る飛行機の中で読んだ本。「正座」の歴史を、医師である著者がたどったエッセイ。この本によると、正座が日本に広まったのは明治維新の時、国民意識を広めるためのようです。正座の歴史は案外短かったのだ!
 さらに、著者によると、正座は適度に時間を区切って行った場合、肉体および精神にとって効用があります。(例えば、集中力を高める、眠気が覚める、内蔵の負担が軽くなる、消化力が高まる、肥満を防ぐなどなど。)正座を「エクササイズ」として考えるべきだという提案です。
 腰痛のために始めたストレッチですが、出張先のホテルでも毎朝行っています。せいぜい10分程度ですが、いつも終わりは正座で締めくくります。
 この本を読むまで、ボクの短足、胴長は子供の頃の正座が原因かと思っていましたが、必ずしもそうでもないようです。

アメリカでの桐野夏生

 もうひとつ書籍の話題を書いておきます。日本の作家では、村上春樹に次いで、桐野夏生さんが知名度を上げていると思います。彼女の作品のファンとしては、うれしい展開です。

サンフランシスコ空港の書店で見た店員によるコメントです。
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読みづらいと思うので、書き出しておきます。

"After reading this book, Kirino has become my favorite author of modern-day Japanese thrillers. An absolutely awesome read! Highly recommended to read this and her others. "OUT" and "GROTESQUE".

かなり目立つところに置いてありました。

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ユタ訪問

 サンフランシスコ2泊後、昨晩は取引先訪問のためにユタに移動。サンフランシスコからの飛行機が2時間遅れたので、ユタのホテルに着いたのは真夜中を過ぎていました。われわれビジネスマンは体力勝負です。明日土曜日の飛行機で帰ります。日曜日の夕方に成田です。移動は週末に、そして月曜日から仕事。これからもしばらくは、こんなペースで仕事ができればありがたいです。
 今日は取引先の方たちとのミーティングのあと、ちょっと時間が空いたので、ホテルのそばの書店(Barnes & Noble)に連れて行ってもらいました。ここでは車なしではまったくなにもできません。写真は町と町を結ぶ道路。車に頼り切るここの人たちにとって、ガソリンの値段が上がることは生活から安定を奪っていくことを意味します。

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 どの町に行っても本屋にだけは足を運びます(自分でも書店中毒という病気だと思っています)。来月American Book & Cinema で発行することになっているビジネス本は、Knackという本です。今年発行したSmall Giants の著者による新刊です。日本語訳は、『経営の才覚』というタイトルになります。(→American Book & Cinema
Barnes & Noble でも、ビジネスコーナーにありましたよ!

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 同じくAmerican Book & Cinema で出した『ツールドフランス_勝利の礎』。ここの本屋でもサイクリングコーナーにはありました。
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サンフランシスコのボーダー書店で

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サンフランシスコのボーダーズ(本屋)の中で見かけたラブラドール。
2階に上がるエスカレーターに無理やり乗せられたときにはどうなるかなと後ろから見ていて心配になりましたが、写真の通り無事に上がることができました。(下りは大丈夫だったかな?)

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『ツールドフランス_勝利の礎』(アメリカン・ブック&シネマ刊)の英語版もちゃんとありました。

『公務員大崩落』(中野雅至著、朝日新書)

 長崎出張の行き帰りの機内で読みました。

 ポッドキャスティング「アイデアエクスチェンジ」にもご登場いただいたことがある、兵庫県立大学大学院教授、中野雅至先生による、われわれ一般向けの本。前後して、論文『天下りの研究』(明石書店)も出されていますが、これはじっくり読まないといけない本。

 帯には、「奴隷化する公務員」、霞が関、地方自治体、特殊法人、三セク、全公務員必読!とあります。

 テレビのニュースをより深く理解するために読んでおいた方がいい本です。僕は公務員志望の学生たちと、その親御さんたちにこそ、薦めたいです。公務員、特に地方公務員ですが、自宅通勤で安定した人生を送ろうなんて思っている学生と親たちに、「喝!」。

アイデアエクスチェンジ「中野雅至さんの巻」

『日本人はなぜ日本を愛せないのか』(鈴木孝夫著)

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 3、4年前に新潮社からでている本です。言語社会学者である鈴木先生の一般向けの書籍はほとんど読んでいるファンの一人です。神戸往復の飛行機の中で読み終えました。このブログでも以前書いたのですが、偶然、ある食堂で鈴木先生がご家族と食事されているのを拝見したことがあります。とても愉快なおじいちゃまという感じでの方でした。
 この本でもこれまでの鈴木先生のご意見が繰り返しでてきますので、まだ鈴木先生の本をお読みになられていない方には入門書としてオススメします。
 ボクが一層鈴木先生に親しみを感じたのは、以下の文章です。
「私は昭和のはじめ、小学生だった頃に、クロという名をつけた小型の甲斐虎(日本犬の一種)を飼っていました。私はこの犬を近くに住む桝富(ますとみ)さんという老婦人から頂いたのですが、この方は書家であった私の父のお弟子さんでした。」なんと、鈴木先生も我が家の黒犬たちと同じ甲斐犬を飼っていらっしゃったのだ!鈴木先生のファンとしてはうれしいお話。

『がんと闘った科学者の記録』(戸塚洋二著、立花隆編)

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 お取引先の皆さんとの会合のために高松訪問。ご参加いただいた皆様、ありがとうございます。相変わらず日帰り、空港と市内の往復。もう少し時間があれば、四国村に行きたかったのですが、次の機会まで待ちます。
 写真は、高松駅前のビル29階のがら空きのレストランで撮った写真。窓の向こうは、瀬戸内海です。
 先日から読みはじめた『がんと闘った科学者の記録』を高松で読み終えました。昨年お亡くなりになられた日本を代表する物理学者のお一人がブログに書かれた文章を、生前からお付き合いがあった立花隆が編集した本。
 ご自身のガンの分析やニュートリノの研究のために20年も過ごされた奥飛騨の神岡鉱山周辺の植物の紹介、ご自宅の庭で育つ花々の写真の他、神の存在に関する思索(マザーテレサは、ミッションを始めた直後から死ぬまで、神は存在しないのではないかという懐疑の念を持ち続けていたのか?)、佐々木閑先生(先日紹介した『日々是修行』の著者)との交流、科学者という人種のこと、科学者の仕事についてなど、感動しながら読み終えました。
 ご自分が到達したいと努力している人生の終末として、正岡子規の言葉を紹介されています。「悟りといふ事は如何なる場合にも平気で死ぬる事かと思って居たのは間違ひで、悟りといふ事は如何なる場合にも平気で生きて居る事であった。」(『病牀六尺』)
 先週、『病牀六尺』を含む正岡子規の本(すべて岩波文庫)を三冊買ってあります。

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『星守る犬』(村上たかし著)

 普段マンガは「読まない、買わない」ですが、数週間前に、本屋のマンガコーナーで表紙を見て買っておいた単行本。(ちなみに、その時は、めずらしくマンガを目的に本屋に行ったのです。目当ては、「パーマン」と「おばQ」。どちらも小学生の頃読んでいたマンガ)

 そのあと、新聞でこの単行本の広告を見たこともあり、昨晩、ぱっと読み、なんともいたたまれない気持ちに。弱い父親像、失業、家庭崩壊、そして自殺という話が、愛犬の目を通して描かれています。
 今日は、今年1月から8月までの自殺者が2万2千人と、最悪のペースで推移しているという記事を読みました。たまらない話です。
ロイター記事
 

Microsoft Press とオライリー出版の提携

マイクロソフトの出版部門であるMS Press が、オライリー出版と提携するようです。
ティム・オライリーのブログ

『小林多喜二_21世紀にどう読むか』(ノーマ・フィールド著)

 その人の作品がでると必ず買って読む著者のひとりが、この本のノーマ・フィールド。『天皇の逝く国で』、『祖母の国』、『へんな子じゃないもん』、すべて素晴らしい翻訳者の手によって日本語で読むことができる、この日米混血の著者による作品です。先週小樽に行ったことを書いたばかりですが、この『小林多喜二_21世紀にどう読むか』は、この本がでた今年の始めにすぐ買っておいたままになっていて、札幌への行き帰りをはさんで読み終えました。ノーマ・フィールドが英語ではなく、日本語で書いた本です。
 小林多喜二に「プロレタリア作家」とレッテルを貼る人たちに、抵抗を感じます。そんなレッテルだけで彼を論じないでくれ、と。青春のうちに死んでしまった、躍動し、正義感にあふれた精神が、「プロレタリア作家」とだけ決めつけられるなんて。昨今の格差問題に関連付けてブームになっていますが、彼を読むきっかけがそうであったとしても、彼の作品はもっと広がりを持っていると思います。
 ノーマ・フィールドの本を読むと、なぜか故・須賀敦子さんを思い出します。須賀さんも、作品がでるたびに必ず読んだ著作者のおひとり。

『脂肪と言う名の服を着て』(安野モヨコ著)

 毎週朝日新聞の日曜版にでている「オチビサン」という漫画を楽しみに見ています。主人公のオチビさんの仲間には「ナゼニ」という黒犬の友人がいます。いつも本を持ち歩いていて、調べるのが好きです。(誰かさんみたい!)
 (世の中の常識なのかもしれませんが)この前、「オチビサン」の作者の安野モヨコさんが、「働きマン」の原作者であることを知りました。そしてオデッセイマガジンの巻頭インタビューに菅野美穂さんが出てくれたとき、「働きマン」のテレビドラマが日本テレビ系列で放送されようとしていたことを思い出しました。
 オチビサンの世界を作り出している安野さんが、いろいろな漫画を書いていることを知り、ブックオフで偶然見つけて買った(100円で買いました!)のが、『脂肪と言う名の服を着て』。オチビサンの世界がユートピアとすると、『脂肪』の世界はストレスといじめのグロテスクな社会でした。
 ボクはオチビサンの世界で生きていきたいです。ちなみに、オチビサンの単行本は2巻まででていて、明日にはアマゾンから届くことになっています。
オチビサン

『たった一人の正論が日本を変える?』(吉永圭著)

 著者は、立教大学法学部法哲学の若き研究者。本の副題(「出でよ!現代の石橋湛山」)とあるように、開戦前、雑誌「東洋経済新報」に、「大日本主義の幻想」、「一切を捨つるの覚悟」の論陣をはった石橋湛山について、ゼミの学生たち、恩師である東大法学部教授・北岡伸一さん、ジャーナリスト・櫻井よしこさんとのインタビューを収録したもの。

 この本の冒頭に、日本人の特徴を表す言葉として、「村八分」、「隣百姓」という二つの言葉が紹介されています。残念ながら、現在もあてはまる言葉でしょうか?

"$20 Per Gallon"_本当に石油危機が来たとき、どうなるの?

 アメリカで評判になっている本、"$20 Per Gallon"に目を通してみました(丁寧には読んでません)。福岡往復の飛行機の中で読んだくらいなので、読み易い本です。
 いま、一ギャロンあたり石油って、3ドルとか、4ドルくらいなんでしょうか、それが5倍くらいの値段になったら、世の中はこんな風に変化するのではないかという予測の本です。ボクらの生活って、完全に石油漬けで、自動車のガソリンだけでなく、石油化学のおかげで物質生活はなりたっているし、農業や漁業にしたって石油に支えられていることは、昨年石油価格が高騰したときに、漁業関係者が大騒ぎをしていたことを思い出せば、明白。
 この本によると、日本人の好物というか、文化そのものみたいな「すし」にしたって、安定した燃料価格が続いたおかげで、海外からのマグロをいち早く空輸することができたから成り立っているということです。もちろん、自動車産業は大打撃を受け、航空産業なども壊滅的状況になります。その結果、人間の生活や生き方は大きな変化を余儀なくされるし、変化に対応した新しい産業や企業が勃興すると同時に、恐竜のごとく死滅していく企業がでてくるということです。(今話題になっている、イスラエルのベンチャー企業、Better Place の紹介もあります)
 日本でもきっと霞が関あたりの官僚は、石油の値段が10倍になったらどうなるのかなんてシナリオはすでに想定していることでしょうが、われわれ庶民にもわかりやすいこの手の本は考えるヒントになってくれます。
 グローバリゼーションの進展はそろそろピークをうち、いましばらくこのような状況が続いたあと、人類の動きはすこしずつ反対方向に巻き返していくのかもしれません。作家の五木寛之なんかは、日本人は「躁の時代」から「鬱の時代」に入ったというような表現をしていますが、日本人だけでないかもしれません。この本によると、
転換点になるのは、われわれの生き方をささえてくれている石油の値段が、いつ高騰するのかだということになります。世界は石油の上で成り立っていると言っても過言ではないですから。
インターネット通販にしたって、宅配が安価に行われるようになっているから成り立っています。アマゾンで気軽に本を即日配送なんてしてくれていますが、そんなサービスだって安定した石油価格のおかげだと思います。
 最後になりますが、ハーバードビジネススクールの授業のひとつで、オランダのシェル石油のシナリオプランニングに関するケーススタディがあったことを思い出します。


 

『人生、意気に感ず』(藤沢秀行著)

 クロイヌは小さいころ、将棋をちょっとやったことがあるだけで、囲碁には挑戦したことはありません。碁は海外でも打つ人がいることは知っています。白と黒の石によるシンプルなルールのゲームであると同時に非常に奥が深く、知的な活動だということから、関心を持つ人が多いのかと思います。

 藤沢秀行は、今年5月に83歳で永眠された囲碁の世界の巨人。こんな破天荒な生き方をした人がいるのかと驚くと同時に、我々ビジネスマンに響く言葉をたくさん残されていたと、感心しながら読みました。(「ものごとをむずかしく考えるから、むずかしくなるのだ。何も知らないと思って学べば、人間はどんどん強くなる。」、「人間を高めなければ、生きた能力は身につかない。人間形成こそ、ほんとうの勉強である。」なんて、この人が口にするから、生きてくるのかと思いました。)

『「課題先進国」日本』(小宮山宏著)

 東大の前総長が在職中の2007年に出された本。副題には「キャッチアップからフロントランナーへ」とあります。人類に共通する課題を抱える日本は、欧米に解答を求める段階から、自らの課題を定め解決していくことで、世界に多大なる貢献をすることができるというメッセージ。「出羽の守」(欧米「では」こうだといって、外国を紹介するだけの論文=紙を書く人たち)、「誤用学者」(理論やモデルを誤用する知識人)はもう終わっているというご意見には100%同意。
 数ヶ月前だったと記憶しますが、雑誌「日経ビジネス」の巻頭インタビューで、日本人が言うと信じないのに、同じことを外国人(特に欧米人?)が言うと日本人はありがたがって聞く、というような発言をされていました。それを読んだとき、きっと何度も悔しい思いをされたのだろうなと直感的に思いました。この本では、先生の熱い気持ちのこもった「日本人に対する応援歌」を聞いた気になりました。
 あとがきに、「本質を捉える知」、「他者を感じる力」、「先頭に立つ勇気」を学生生活で獲得すべき目標にせよと、総長に就任して初めての入学式で話したとあります。この三つは、会社を経営しているすべての経営者にとっても、常に意識していないといけない必要条件でもあるかと思います。

 

『大麻ヒステリー_思考停止になる日本人』(武田邦彦著)

 新聞やラジオなどで、芸能人だけでなく、最近は大学生などにも「大麻汚染」が広がっていると読みききします。 

 クロイヌはたばこは吸いません。酒ですが、最近はビールひと缶でさえも、アップアップ状態で、時々、ワインをたしなむ程度。(ビールは減量の敵!)パチンコなどのギャンブルも興味なし。われわれ犬族は、愛犬たちと時間を過ごすだけでハッピーになれる、安上がりな人たちです。

 大麻なんて、はっきり言って興味もなし。幻覚症状も求めていないし、そんなことでいいビジネスアイディアが浮かんでくるとも思えないし、クリエイティブな人間になれるかどうかも、あまり期待できない。現実から逃避する必要もそれほどない。

 で、なんでこんなタイトルの本を読んだかというと、「大麻がどういうものか、大麻取締法がどういう経緯で成立したか」、また「そもそも痲薬とは何か」という知識が決定的にないにもかかわらず、「大麻というだけで思考停止に陥り、批判の大合唱になる」というわれわれ日本人に関心があるから。

 この先生、リサイクルやエコに関しても物議をかもしているようですが、主張になられている「自らの頭で、科学的に考える習慣をつけよ」というご意見には、大賛成です。

 選挙戦が始まりましたが、街宣車で名前の連呼と意味もないスローガンを叫ぶのは、迷惑千万。それよりも、きっちりとHPなどでご自分の主張とお約束を示していただき、それを1年後、2年後も消すことなく、いったいどれだけ実現できたのか、記録として残すことを義務づけたい。政治家の先生方にも、ぜひ「科学的に考える習慣」をつけていただきたいです。

 

 

昨年秋以来の「荒川サイクリング」と、『「大日本帝国」崩壊』(加藤聖文著)

 早朝、荒川沿いを2時間ほどサイクリングしました。風はなんとなく秋を予感させてくれるような、乾燥してちょうど心地よいもの。昨年の秋いらいの荒川サイクリングを楽しみました。おかげで、体重もちょっぴり下がりぎみ。誕生日の12月11日までに、あと6キロほど減らすことができたら、今年一年で12キロくらい減ることになります。日経平均が2万円の大台を回復することに匹敵するほど、ボクにとっては奇跡的なことです。それほどの奇跡をもとめているわけではありませんが、これまでの調子ですこしずつ脂肪を燃やしていきたいです。
 64年前の今日、1945年ですが、大日本帝国が崩壊した日です。実際の崩壊は、もっと早くから起こっていたとも言えますが、せきをきったように瓦解しはじめた日が64年前の今日。『「大日本帝国」崩壊』は、1966年生まれの学者によるユニークな視点から書かれた本です。日本、朝鮮、台湾、満州、樺太、南洋群島といった「大日本帝国」の最前線が、1945年8月15日の敗戦をどのように迎えたのを記述することによって、この帝国の本質を探ったものです。「帝国崩壊を決定づけた1945年8月15日の前後におきた歴史が、現在もなお影響を与え続けているといえ」る(231ページ)からこそ、この本の存在理由があるのかと思いました。

桃太郎の国訪問

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 昨日は午後から岡山訪問。早朝の地震の影響で新幹線ダイヤはボロボロになっていて、午後3時過ぎ、とにかく乗ることができる「のぞみ」で一番早いものに乗りました。ところが岡山到着は大幅に遅れ、着いたのは午後8時前。試験会場の皆さんとの懇親会には1時間遅れで参加。松山経由で参加した社員のHさんは影響も受けず時間通り参加できてよかった。
今日は、午前、午後と5つほどのお取引先を訪問。そのうちのひとつは初めて訪問した倉敷。残念ながら、大原美術館は前を通っただけ。またいつか来ます。
 昨晩の懇親会にご参加いただいた皆さん、本日快くお迎えいただきました会場の皆さん、ありがとうございました。

 午後6時3分岡山発の「のぞみ」は、東京駅に9時半に到着。昨日は4時間半以上かかりましたが、スケジュール通りだと3時間半で東京、岡山は結ばれているということですね。
 行きの新幹線では、
『会社は毎日つぶれている』(西村英俊著、日経新聞社刊)、帰りの新幹線では、『ヨガから始まる_心と体をひとつにする方法』(ケン・ハラクマ著)を読む。西村さんは、日商岩井とニチメンが合併してできた双日の初代社長。大企業の社長へのメッセージが多いかもしれませんが、われわれ中小企業の経営者にも参考になるメッセージ、心がまえが含まれています。ヨガの本の著者は、日本のヨガのリーダーのお一人だそうです。この方が、食事や睡眠に関して実践されていることは、ボクも、その方向に向かっています。早寝早起き、フルーツと野菜を中心とした食事。ただし、この方のレベルには、まだまだ遠いですが。

「力」なくしては、愛する人を守れない。『村田良平回想録・下巻』

 同胞二人を救うために、北朝鮮に乗り込んでいったクリントン元大統領のニュースを聞いて、力なくしては、国際社会において自国の利益、自国民を守ることはできないことをあらためて痛感します。そして、先日、アメリカから帰る機内で読み終えた、『村田良平回想録』の下巻のことを思いました。副題は、「祖国の再生を次世代に託して」。上巻については、先日このブログでご紹介しました。
 村田さんは外務省の事務方のトップである事務次官、および駐米アメリカ大使を経験され、1994年外務省から退官された方です。この本では、ご自分のご意見を非常にはっきりと述べられていて、その一部は、「身内」であるはずの外務省の方たちからも、批判的に受け止められているのではないかと想像します。事実関係の認識、人物や歴史的出来事に対する評価においても、村田さんのご意見には賛成されないかたも多いのではないかと思いながら、下巻を読み終えました。
 ボク自身も、村田さんのご意見には、必ずしも100%、賛成というわけではありません。また、お使いになられている表現や言葉使いにも、お気持ちが上滑りしているところを感じます。が、以下のようなお考えには、これまでの自分自身の経験を振り返ってみても、基本的に同意します。(お使いになられている言葉には一部、賛成しかねるところもあります)
1 日本国民が独立心と自尊心を持つこと。それらを失うことは、奴隷根性である。
2 日本の憲法の平和主義は現実からの逃避である。
3 日本の国益とアメリカの国益が類似、あるいは同一である必然性は何らない。
4 日本がこれまで平和でありえたのは、憲法9条のおかげではなく、冷戦が朝鮮半島やベトナムに留まった幸運、アメリカの戦力の存在、日本が島国であり、日本の海上輸送のシーレーンがアメリカその他の国の力のおかげで、攻撃に会わなかったことによる。
5 戦後、アメリカ軍が日本に当然のことのように駐留し、日米政府も国民も、そのことに鈍感になってしまっていることは、異常である。
6 世界経済の大きい部分を支えている日本の技術能力を維持向上すること、日本が学問分野で高度の知的業績を誇りうる人材を輩出すること、道義に支配されている信頼できる社会であり続けること。
7 アメリカは、ロシア、中国とは別の意味で、日本とは著しく異なる社会を持ち、アメリカ人は、独得の価値観を信じていることを理解するべし。
8 中国、韓国がその歴史をどう書くかについて、我々は基本的に寛容であるべきであるが、先方にも同じ精神を求めるべきである。
9 厳密な証拠のある事実は歴史の一定部分である。残りは永久に完全に究明できず解釈にとどまる。
10 自国の歴史を学ばない民族は亡びるし、他国の歴史を学ばない民族は衰えてしまう。

 64年前の今日、広島に原爆が落とされました。核兵器に関する村田さんのご意見(「英国あるいはフランスと類似の、潜水艦による極めて限られた自前の核抑止力を保有するのが最も正しい途であり、アメリカの核の傘への信頼は、北朝鮮問題の処理によってすでに地に落ちている」)は、非常に議論を呼ぶものだと思いますが、「四国ほどの大きさしかないイスラエルが、NPTに加入せず、40年以上前からフランスの協力を得て核兵器国となっていて、かつ、アメリカの最重要な同盟国である。ものごとはまず既存の前提を一度ないこととして第一歩から考えてみることが肝心だ。」という考えには、賛成します。戦略を考えるにあたっては、タブーを作らず、あらゆるシナリオを考慮すべきだと思います。
 64年前に敗戦として終わった戦争を振り返ったとき、当時のエリートたちに対して残念に思うと同時に怒りさえも感じることは、なんと井の中の蛙であったことか、なんと国際社会、国際政治を分かっていなかったのかということです。あの頃と同じ間違いをおかさないために、とかく忘れがちな歴史を、ボクらレベルでももっと勉強すべしだと、信じています。

追記
村田さんは、駐米大使のあと例外的に駐独大使も勤めていらっしゃいます。(通常は駐米大使は「あがり」のボジション。)
回想録の中にも、ドイツに関しての記述が多いのですが、日本はドイツから学ぶことは非常に多いのではないかと思います。今日本ではやりの地方の自立、地方分権のテーマにおいて、あるいは敗戦国としての立ち振る舞い方に関しても、ドイツは日本よりもずっとバランスがとれていて、また着実に責任を果たしてきているように見えます。

アメリカでも村上春樹

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泊まったホテルから歩いて10分ほどのところにあるボクが大好きな書店、Strand。ニューヨークでも最大規模の新刊と新古本を扱っている書店です。ブロードウェイと14丁目の角にあります。86年の夏、ビジネススクール在学中、ニューヨークのバンカーズトラストでインターンとしてお世話になった時、12丁目のアパートを借りた時から通っていた本屋です。
入り口に近い小説のコーナーに4、5冊の村上春樹の翻訳がありました。書店の店員の手によるメモ書きも付け加えられてありました。(写真をクリックしてください。赤枠のメモ書きです)村上春樹以外では、桐野夏生さんの作品も置いてありました。

『無印ニッポン』(堤清二・三浦展共著、中公新書)

 時差があるとどうしても夜中に起きてしまい本を読んでしまいます。『無印ニッポン』は、セゾングループの総帥だった堤清二さんと、その堤さんのセゾングループに大学を卒業して入社、雲の上の存在だった堤さんと初めて会った作家、三浦展さんのふたりによる対談。堤さん(1927年生まれ)と三浦さん(1958年生まれ)とは、親子ほどの年の差がありながら、副題にある「20世紀消費社会の終焉」とともに、現在とこれからの日本の消費と消費者について、自由に語り合っています。各章のテーマは以下の通り。
 1「アメリカ型大衆消費社会の終わり」
 2「戦後日本とアメリカ」
 3「無印ニッポン」
 4「日本のこれから」
 (ビジネスの)「24時間化が日本人の暮らしをすごくゆとりのない、貧しいものにしたと思います。これがわたしのファスト風土論のテーマの一つでもあります。(中略)正月も休まず24時間営業となると、働く方は生活が解体していく。買う方も、生活にゆとりや落ち着きが、かえってなくなっていく。生活を愛せない人が増えたと思うんです。」(三浦)
 「他人と違うということに耐えきれるのは、ごく少数の人だけでしょう。ふつう、どんな人でも、ローカリティに支えられて、その上で個性を保っていると思うんです。そのローカリティの部分が根こそぎになって、浮遊してしまっているのが、現在の日本人ではないでしょうか。ただ、根無し草では不安だから、拠り所は求めていて、それでいきなり『日本』に飛んでしまう。」(堤)
 この対談は、三浦さんの『下流社会』を読んで、新しい才能を感じたという堤さんからの依頼で実現したもののようです。読売新聞に連載されていた堤さんの「叙情と闘争」にもでてくる逸話もあり、経営者・堤清二に関心を持つボクにとっては、非常に面白い対談でした。
 

『悲しみは憶良に聞け』(中西進著)_山上憶良はボクらの同時代人

 さきほどマイクロソフトオフィス世界学生大会が明日からある、カナダのトロントに着きました。シカゴ経由で来ましたので、成田をでて16時間ほどかかったように思います。
 タイトルの本は、シカゴまでの機内で読み終えた本です。日本を代表する万葉集の研究家による、万葉歌人・山上憶良に関する一般書です。7世紀後半から8世紀前半に生きたこの歌人をとても身近な存在に感じさせてくれる本。
 山上憶良が朝鮮半島百済に生まれ、4歳で父親とともに日本に来た「在日」という生い立ちを持つという視点からの「在日・帰国子女の悲しみ」から始まって、当時の「都会人としての悲しみ」、「インテリとしての悲しみ」、「ノンキャリア公僕としての悲しみ」、「貧乏としての悲しみ」、「病気の悲しみ」、「老いの悲しみ」、「望郷の悲しみ」、「愛と死の悲しみ」などのテーマで、憶良の歌ととに、この歌人の生涯を紹介してくれます。
 この本を読むと、1000年以上も前の日本で生涯を送った人たちが、ボクたちの同時代人であることを、強く認識すると同時に、万葉集に対する興味をあらためて持つことになります

ツールドフランス2009の終わり

先週末で、今年のツールドフランスが終わってしまいました。復帰したランス・アームストロングも3位で表彰台にのぼり、二人の日本人選手も完走。おかげさまで、American Book & Cinema から出版されている2冊のツール関連本(「ツールドフランス_勝利の礎」と「ランス・アームストロング_ツールドフランス永遠のヒーロー」)も、多くの方々にお読みいただいています。
ツールが終わったので、ようやく早寝、早起きに復帰できそうです。
American Book & Cinema

『「ふるさと」の発想』(西川一誠著、岩波新書)

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 カイは右耳の中が汚れてしまって炎症気味。今回2回目の治療。薬を入れてもらい、掃除。かなりよくなりました。
動物病院開店1時間前に行ってしまったので、そばの公園の芝生の上でカイをそばに、本を読みました。西川一誠著『「ふるさと」の発想_地方の力を活かす』。著者は自治省の役人から、福井県副知事を経て、現在知事をなさっているかた。
「ふるさと納税」の提案者として知られる方です。
 昨年初めて福井を訪問したので、興味を持って読ませていただきました。この本のなかで書かれていることで、驚いたこと。
1 明治時代初期の国税収入のおよそ三分の二(多いときには九割)は、地租であった。そして、その最大の納税地域は、新潟県と北陸地方(富山、石川、福井)であった。1887年(明治20年)には、この地方の納めた国税は、東京が納めた税の約四倍であった。
2 1965年には、太平洋地帯にある五都県(東京、千葉、神奈川、静岡、愛知)に約一兆円、当時の国家予算の四分の一を超える額が投資されている。これに対して、日本海側(新潟、富山、石川、福井、鳥取、島根)は、全体予算の一割弱(約2700億円)が投資されたに過ぎない。
3 1965年から10年間の累計では、太平洋ベルト地帯への総投資額は約24兆円、日本海側への投資額の四倍以上である。
4 明治期の人口統計によると、1873(明治6)年当時に最も人口が多かったのは約140万人の新潟県。当時、東京府は約110万人で五番目である。
5 人口82万人の福井県では、毎年約3000人の若者が進学や就職などにより県外に出て行く。そのうち戻ってきてくれるのは約1000人。毎年約2000人が減ってゆく計算である。福井県で成長する若者が出生から高校卒業までに受ける行政サービスの総額は、一人当たり約1800万円。ざっと計算して数百億円規模の公的支出が、大都市へと流出しているのと同じことである。

 これらのことを読まされると、地方の活性化は、地方のこととしてほったらかしておくのではなく、国家プロジェクトとして取り組むべきと思いました。現在の東京の繁栄は、東京の人間の努力の結果ではなく、国家政策、そして上京していった地方人の活躍の結果とも言えることかもしれません。これまで、首都圏を優先した投資方針を考え直し、地方を復活させるための投資を行っていかないと。
 表日本、裏日本という、ちょっと嫌な言い方がありますが、これは一種の地域差別だなとさえも感じました。裏表は実は反対になっていてもおかしくないはずですから。
 この2年ほど、東京をでて、さまざまなエリアを訪問していますが、地方の衰退を強く感じています。ボク一人ができることなどたいしたことはありませんが、これは本当にたいへんな課題だと思っています。
 西川知事、頑張ってください。

『村田良平回顧録上巻_戦いに敗れし国に仕えて』(村田良平著)

 最近読んだ本の中で、もっとも骨があり、かつ著者の信念を強く感じた本です。週末、上巻を読み終えましたので、今週から下巻に取りかかろうと思っています。日本の政治家や高級官僚の方たちの中で、しっかりした回顧録をお書きになられる方が非常に少ない印象を持っていて、いつも物足りなく思っていましたが、この本は例外中の例外です。作者が、日本とわれわれ日本人に残そうとする遺書なのだろうと思いながら、ボクは読んでいます。
 一般にはそれほど知られていない方かもしれませんが、日本の代表的な外交官のお一人で、80年代から90年代にかけて、外務省事務次官、駐米大使、駐独大使を歴任されました。まさに戦後の日本外交を、事務方において支えていらっしゃったトップのお一人です。最近、日米間の核兵器持ち込みに関わる密約の存在に関して、マスコミの取材に応じてオープンにされています。実際、この上巻において、以下のように明記されています。
 「実は、核兵器を搭載する米国感染の日本への寄港と領海通過には事前協議は必要としないとの『密約』が日米間にあった。つまりこの点については、政府は国会答弁において、『米国からの事前協議がない以上、日本へ寄港ないし日本の領海と通航する米国艦船に核兵器を積んでいるはずはありません』との一貫した説明を続け、国民を欺き続けて今日に至っているといえる。」(上巻ページ263)
 政治家、学者、同僚たちの人物評価も非常に面白く読ませていただきました。下巻を楽しみにしています。

古森義久さんの『村田良平回顧録』評
47 News
岡崎久彦さん(村田さんと外務省同期)の本書に関するエッセイ

 

『日本国の正体』(長谷川幸洋著、講談社刊)

 一部で話題になっている日本の権力構造分析の書。著者は、東京新聞論説委員。政治家、官僚、メディア、いったい誰が本当の権力を持っているのか? あらためて、利益集団としての官僚たちの強さを感じました。つまるところ、日本の政策を作り、実行してきたのが彼らであり、政治家やメディアは、官僚の「ポチ」(著者の言葉)にすぎなかったということが何度も強調されます。
 大学の頃、一時、就職先として新聞社を考えたこともあるのですが、そちらの分野にいかなくてよかったなと思っています。この本を読んでいても、決して魅力を感じません。また、申し訳ありませんが、この本で描かれている霞が関の現状にも尊敬の念を持つことは難しい。この本の中で実名であげられている一部の政治家にいたっては、哀れみさえも感じてしまいました(例:アル中で、あの無様な記者会見のあと、辞任した大臣)。
 政治家やメディアの人間が、どうして官僚の「ポチ」になってしまうのか?いろいろと理由はあると思うのですが、頭の悪くない官僚たちに対抗するだけの勉強の時間や調査していくだけの組織力を持たないこと、情報が官僚たちに集中しがちであることなど、基本的なところで大きなハンディキャップがあるように思います。
 外務省の秘密文書を、外務官僚たちが隠蔽し、さらには秘密裏に廃棄していたことが今週の各紙で連日報道されています。この動きの背後に、どのような思惑があるのか、なぜ外務省の元高官たちがこのことを新聞各紙に認めつつあるのか、来る選挙での政権交代の可能性との関連は?などなど、ボクのようなノンポリでもちょっと関心を持っています。
 
『日本国の正体』にかえると、著者は、新聞は速報の役割は通信社にまかせ、もっと分析に注力するように提言しています。それは、自分の頭で、しっかり考えよということもあります。ビジネスでも思うのですが、孤独に耐え、自分の頭でしっかり考え続ける人が、日本には少ないように思います。他人事ではなく、自分にとって、大きな課題としてずっと感じていることでもあります。村社会の付き合いの中で、自分の考えを持つことは、決して容易いことではないのですが、それなくして、オリジナルなこと、普遍的なことを考えたり、実行していくことができるのか?
 それから、この本のひとつの問題提起は、
「税金は、誰のものか?」ということです。今回の不況対策としての補正予算14.7兆円のうち、減税に代わるものとして実行された定額給付金は2兆円。これ以外は、基本的に直接われわれ国民に「還元」されるのではなく、官僚たちのさまざまなフィルターを通してばらまかれるお金です。決して多額の金額ではないかもしれませんが、ボクもバカ正直に税金を払ってきています。この国で生まれ育ち、生命の危険もそれほど感じることなく、日々安全なうちに経済活動を行っていくことができるのは、日本という国家のおかげかと思っています。そうとはいえ、税金はもともとわれわれ国民のために使われるべきであって、特定の利益集団のために使われるべきものではないはずです。
 そういう意味で、著者が「定額給付金は決してばらまきではない。もっとも公平にすべての国民に分配されたもので、もっと大きな金額であるべきだった」という意見に、ボクは目からウロコでした。
 政権交代がかかる選挙まで、あとわずかの時間しか残されていませんが、選挙前に一読する価値はある本かと思いました。

『大変!_その原因と対応』(大武健一郎著)

 ある昼食会で著者のお話を拝聴。著者は、1970年に旧大蔵省入省、主税局長、国税庁長官を歴任。税金のプロ中のプロ。
と言っても、今日のお話は税金のお話ではなく、最新の著書である『大変!』からのお話。この「大変!」というのは、「大きな変化」の略で、この20年近くの間に起こっている変化の原因、内容を理解し、新しい状況に対応していこうということ。
 内容は雑誌にお書きになられたようなことをまとめていて、気軽に読み通すことができます。
中国、ベトナムでも教鞭をとられ、日本においては、大塚ホールディングス副会長、TKC全国界筆頭副会長。メチャクチャ、話題の豊富な方でした。
 しなやかな発想と行動力をもち、粘り強いこと
 「現場」を大切にすること
など、企業経営にもヒントになるお話満載でした。
 もっと自信と勇気を持て、というメッセージ、大賛成!(そして現場を知らないマスコミの流す悪い話ばかりに振り回されるな、とも。)

今年のツールドフランスを楽しむために

 昨日今年初めてと言っていいくらいなのですが、家のまわりを自転車で20分ほど走りました。まだ腰痛がひどいので、本格的に走ることはできないのが残念です。仕事のスケジュールもあって、過去3年参加しているホノルルセンチュリーライドは今年はあきらめています。
 今年のツールドフランスには、7連覇を果たしたランスアームストロングが復活したことだけでなく、別府選手と新城選手というふたりの日本人サイクリストが参加していることもあって、これまで以上に日本でも関心が高まっているように感じます。
 ツールを楽しむためにも、期間中に、ぜひ『ランスアームストロング〜ツールドフランス永遠のヒーロー』をお読みください。なんと言っても、ボクらの企画でイギリス人ライターによって書かれた本です。まず日本語訳が、そしてこれから英語版の出版が予定されている書籍です。世界に先駆けて日本で読むことができる、引退から復活までのランスの物語です。
 早寝早起きのボクとしては、最後までみることができないのですが、J Sportsのツール実況放送も見るようにしています。

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J Sports Cycle

「ランス・アームストロング」_ツールドフランス永遠のヒーロー

 
 ちょっと長いタイトルになっていますが、アメリカンブック&シネマの次回作品です。(タイトルが長いのは、担当しているSの趣味か?!)
 この本は、実は日本オリジナルなんです。イギリスのサイクリング雑誌で読んだランスアームストロングの記事を書いたライターに、ボクがお願いして書いてもらったのがこの本なんです。ちょっと贅沢というか、すごいでしょう!(自画自賛です)。
著者のマット・ラミーとは、去年、フランクフルトブックフェアからの帰路、ロンドンに一泊して面談。事前にメールでやり取りはしていましたが、会ったのはもちろん初めて。引退してから復活を宣言するまでの時期を中心としてランスの本を書いてほしいというリクエストをしたのです。ホテルのそばの安カフェでココアをすすりながら話をしました。
 7月4日に始まるツールドフランスにあわせて、翻訳家の井口耕二さんにも頑張っていただきました。また、ツールドフランスのTV中継のナビゲーターでもあるシラトタローさんにも監修いただきました。ツールファン、ランスファンの皆さんには、きっとご満足いただけるはずです。アマゾンではすでに予約注文ができますし、本屋では7月3日前後から店頭にならびます。よろしくお願いします。

 
American Book & Cinema
ランスアームストロング@amazon
井口耕二さんのお仕事

松本健一著『日本の失敗』(岩波現代文庫)

 先月、松岡正剛さんの「連塾」で、著者である松本健一さんの話をお聞きする機会があり、その場で買った本がこの『日本の失敗』。副題は、「第二の開国」と「大東亜戦争」。著者は、第一の開国が明治維新、第二の開国が大東亜戦争戦後、そして第三の開国は90年代以降現在進行中。現在日本で議論になっている、どれだけ外に開かれた国になるべきなのか、海外諸国との関係構築のありかた、政治と自衛隊の関係、政治家の役割、天皇の位置づけなど、さまざまな論点を考えていく上でヒントになる本です。
 大東亜戦争(太平洋戦争)への過程における日本の政治家の情けなさに今の政治を見る思いをすると同時に、石橋湛山、斎藤隆夫というふたりのすごいジャーナリスト、政治家が、正確な状況分析と自分の信じる議論を展開していたことに、われわれが誇りに思える先輩たちがいたことを改めて思いました。また、アメリカのスチムソン国務長官の日本分析(シビリアンコントロールの欠如が日本の内政の問題であり、それがアメリカをはじめとする諸外国との衝突につながる)の正確さにも感心しました。

二つの書籍、二つの裁判

一日中ゴロゴロしながら読書2冊。偶然どちらも裁判に関連する本。
一冊は、山崎豊子著『運命の人』の第三巻。外務省機密漏洩事件に関わる山崎さんの力作。主人公は、一審で無罪、控訴審で有罪、そして最高裁への上告が棄却され、執行猶予つきの有罪が確定します。元外務省職員で、主人公である新聞記者に機密を漏洩する女性に対する山崎さんの視線には厳しいものがあります。(女性のずるさを浮き立たせています)この小説の終わりを飾る第四巻が楽しみです。
もう一冊は、『比島から巣鴨へ』(武藤章著)。副題は、「日本軍部の歩んだ道と一軍人の運命」。著者は東京裁判において、A級戦犯として死刑判決を受け、1948年処刑されます(享年56歳)。処刑された唯一の中将。歴史における評価が難しい人物のひとり。一部からは武闘派と言われるも、合理主義者でもあったのか。
どちらの裁判も勝者あるいは権力者の政治的判断下にあったもの

アメリカン・ブック&シネマのHP

株式会社アメリカン・ブック&シネマのHPを立ち上げました。
URLは、http://kabc.jp。kabcのkは、株式会社のkです。
アメリカン・ブック&シネマ

『負けに不思議の負けなし』(野村克也著)

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 先日ご報告した通り、愛犬も飼い主も体調不良で、だるい週末を過ごしました。カイは夜になると昨年以来完全に占領したソファの上で、写真のような格好で休養をとっています。飼い主は貧乏性でじっとしていることができないのですが、我慢してベッドの上で本を読んでいます。

 応援しているJリーグのチームがさっぱり勝てません。レイソルもアビスパも、よくても引き分けで、負けが続いています。アビスパはユニフォームスポンサーとして応援させていただいておりますので、勝ってほしいです。
 この両チームだけではないのですが、Jリーグは歴史が浅いせいもあるのでしょうか、野球と比べると、指導者層での人材が乏しいのではないかと勝手に想像しています。Jリーグのチームの監督経験者がしばしばテレビの実況解説に出てきますが、その人たちの話を聞いていても、失礼ながら、この程度の精神論しか言わないようじゃ、たいしたことないなと、素人ながら思ってしまうことが多いのです。

 もしかして、きちんと技術的なこともお話されているのかもしれません。ただ全体から受けるお話の印象に深みがないのです。でも、そもそもテレビの解説なんていうものは、そういうものかもしれませんが。
 その点、野球は歴史が長いからか、論客が多いように思います。日経新聞にコラムを持っている元西鉄の豊田泰光さん、そしてこの『負けに不思議の負けなし』の野村克也さんなど、すごいベテランがいるなと感心します。お二人とも勉強家だし、人間観察がすごく、文章を読んでいて勉強になります。(知り合いの方からお聞きしたのですが、ザスパ草津の廣山選手のブログが面白いそうです。今度ゆっくり読んでみようと思っています)
 ボク自身は、もう野球には興味を失っていて、新聞のスポーツ欄でも野球記事にはまったく目がいっていません。もっぱらサッカー、サイクリング、そしてボクシングです。日本のサッカー界にも、野村克也のような指導者がでてきて、試合のレベルを上げてくれないものかと思います。ボクは何度かこのブログで書いたとおり、オシムの大ファンです。彼が日本を去ったことはとても残念に思っています。野村監督の「ぼやき」を聞いていると、オシムを思い出してしまいます。お二人とも苦労人なのが共通点でもあります。
 最後になりますが、この本のタイトルは、
「勝ちに不思議の勝ちあり 負けに不思議の負けなし」からとったものだそうです。スポーツだけでなく、ビジネスにも当てはまる箴言です。

『日清戦争_「国民」の誕生』(佐谷眞木人著)

 講談社現代新書なので、手軽に読めます。内容も、それほど重くありません。先週、海外の勉強会の連中に聞いてみても、100年ほど前、日本が中国、ロシアと戦争をして勝ったなんてことは、ほとんど知りませんでした。我々日本人でも、きちんと歴史教育を受けていない人が増えているようなので、日清戦争、日露戦争を知らないという人が、もしかしているのかもしれません。

 おもしろかったのは、日清戦争を経て、初めて「日本国民」の意識が広まったという指摘。また、当時、東京の銀座は、新聞街で、「大通りだけでも読売、新朝野、自由、東京日日、中央、毎日の諸新聞社がある。(中略)都と二六を除くの外は、あらゆる新聞社が銀座界隈に集まっていた」とか。また、作者によると、「日清戦争という強烈なコンテンツは読者を熱狂させ、新聞や雑誌によって世界を認識する習慣を社会に定着させた。こうして、メディアが社会の風潮を増幅し、人びとを単一の価値観に染め上げていく危険性をもつ、大衆社会が成立した」。CNNをはじめとする映像メディアが、湾岸戦争を世界にライブで中継し、お茶の間に戦争が入ってきたことを思い出します。

 今、崩壊過程にある新聞事業ですが、このころは、成長産業だったのかと思います。新聞に代わって、世界を認識する手段となり、人々を同じ価値観に染めていったのは、戦後はテレビでした。そしていまその役割は、インターネットが担いつつあるのでしょうか?

『Small Giants』が日経ビジネス5月18日号で紹介されました

 「日経ビジネス」最新号の書評コーナー(「仕事に生かすならこの一冊」)で、アメリカン・ブック&シネマの『Small Giants』が紹介されています。評者の岡部弘さま(デンソー相談役)、および日経ビジネスには、心より感謝申し上げます。

 金融界の強欲がひとつのきっかけとなったこの世界不況の中、評者の方が書かれているように、「企業は誰のためにあるのか」という問いから、もっと根源的な、「企業はそもそも何のためにあるのか」という問いに、議論は深まっていくべきなのかもしれません。

 マレーシアからの帰りの機内で、『代表的日本人』(内村鑑三著)を再度読んだのですが、二宮尊徳、中江藤樹、あるいは上杉鷹山といった先人たちの考えのなかに、僕らが求めている答えのヒントがあるのではないかと思います。

『運命の人1、2』(山崎豊子著)

 外務省機密漏洩事件を小説にした山崎豊子の最新作。沖縄返還をめぐって、今に至っても日本の外務省が否定し続け、アメリカ側では公的文書が公表され、その存在が広く知られている密約。それをスクープした毎日新聞の西山記者を巡るフィクション。政治家たちも含めて、登場人物たちの名前は変えられていますが、誰のことか簡単に分かります。
 日本政府はアメリカとの対等の関係を口にしますが、残念ながら、現在にいたるまでアメリカの僕(しもべ)としての関係はずっと続いています。戦後60年以上もたつというのに、実質的な
アメリカの日本占領政策はまだまだ続き、われわれ日本人も防衛をアメリカに任せきって金儲けに集中することで、自立した国家としてのとても大切なものを失ったままになっています。ボクら国民も、無意識のうちにアメリカの指示を求め、その枠内で行動することで安心してしまっています。
 この事件が起こった1972年前後、ボクは中学生だったように思いますが、この事件はその後の展開も含めて、ボクにはとても大きな戦後の出来事のひとつです。毎日新聞の西山記者は、社会的な地位も家族もすべて失い、福岡の実家にお帰りになったまま、ずっと自分の名誉回復のための裁判闘争を続けてきたようにお聞きしています。取材方法に問題があったとはいえ、彼が行った問題提起は、今も日本の存在のありかたへの問いかけをボクらに突きつけているのに、この事件を覚えている人、関心を持っている人は少なくなっているのではないかと思います。
 『運命の人』3、4巻目の発売を楽しみに待っています。
 →ウィキ
西山事件
 

新潮社からのプレゼント

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 さっき、サン・ジョルディの日のことを書いたのですが、ボクには、新潮社からこんな素敵なプレゼントがありました。Yonda Pandaのキャンペーンで、30冊の新潮文庫のシールを送るともらえる、Yonda Panda君。これ、大好きです。以前のキャンペーンパンダの人形もオフィスの部屋に飾ってあります。今日届いたのですが、そう言えば、サン・ジョルディの日である今日届くように、新潮社も準備していたのでしょうか?だとしたら、粋な計らいが素敵です。ますます新潮文庫のファンになってしまいます。

サン・ジョルディの日

 今日4月23日は、大切な人に本や花を贈る、スペイン・カタリューニャ地方の伝説に由来する日。日本でも広がってきたのかなと思っていたのですが、今日の新聞記事によると、スポンサーが撤退して、実行委員会が解散になったとか。バレンタインのチョコレートもいいけど、本のプレゼントは、それ以上に素敵だと思うのは、少数派かな?

希望

 サルトル最後のインタビュー記事は、「いま、希望とは」というタイトルだったと記憶しています。日本にはすべてのモノはあるけども、希望が足りないのかもしれません。
 
 この前、山形に行った時買った地元の山形新聞でも紹介されていた本
、「希望学1_希望を語る」(東大出版会)。地域再生のカギは「対話」という大見出しの書籍紹介記事でした。「希望とは、行動によって具体的な何かが実現するという強い願い」と、この本では定義されています。
 昨日、ある国会議員の方と、グループでお会いする機会がありました。政治、そして自分のやっている仕事には、常に希望を持ちたいと思っています。

『グローバル恐慌』(浜矩子著、岩波新書)

 金曜日、山形でも失業者が増えているという話をお聞きしました。日本中、特に地方において、多くの人が働きたいと思うような仕事が少なくなってきています。(ただし、贅沢を言わなければ、仕事がないわけではない、という声もよくお聞きします)日本にも、グローバル不況の波が押し寄せています。
 浜先生は新聞、雑誌等にもよく文章を書かれていますが、先日、NHKラジオで話をお聞きし、「ズバッ!」と物事の核心に迫っていこうとする話し方が気に入って、この本を読んでみました。文章もハキハキしていて、読みやすいです。
 副題は、「金融暴走時代の果てに」とあります。当初、モノについていたカネが、次第に一人歩きし、カネが独自の力学で動きはじめたこと、さらには、ヒトとさえも関係を絶つところまで来てしまったこと。ところがカネはモノの世界にも、ヒトの世界にも大きな影響を持ち続けていることを考えさせられます。
 ボクが金融の世界で働いていた1980年代後半から90年代半ばにおいても、カネの世界、特にアメリカのカネの世界の話はダイナミックで、ものすごい力を持っているものだなと感じていました。今振り返ってみると、あらためて感心します。(80年代の後半、ジャンクボンドのマーケットを作り上げたドレクセルバーナム証券のミルケンは、ある年に、600億円近くの年収があったように記憶しています。愕然とする金額です。)そのアメリカのカネの力が、経済のグローバル化にともなって、世界に広がっていったのが90年代半ば以降の10年間かと思っています。そのアメリカのカネの力を、後ろから支えてきたカネの大口の出所のひとつが日本で、アメリカの僕(しもべ)としての日本を思うと、これまた悲しくなってきます。
 現在の世界不況がどのような展開を示していくのか、凡人のボクには予想もつきませんが(浜先生はじめ、多くの賢い先生たちもご存じないようです)、このあたりで、一度カネの動きをスローダウンした方がいいんじゃないかと思います。政府の規制強化はあまり賛成しないのですが、ゴールドマンを始めとするウォールストリートの強者の議論を聞いていると、「いったいいくらカネをためればあんたたちは満足するのか?」と言いたくなります。10億も、あるいは100億もボーナスを取り、先々はメトロポリタン美術館やカーネギーホールに大口の寄付を行って偽善者、いや慈善活動家として偽りの名を残したいのか。
 うちの犬たちを始め、動物たちは「足ることを知る」ということを知っているようで、その点、人間よりか、犬たちの方が高等かなと思います。

『養老猛司の旅する脳』(小学館)

御存じ、養老先生のエッセイ集。JALの機内誌「SKYWARD」に連載されていたものを一冊に集めた本。JALに乗ったとき、いつも楽しみにしていたコーナー。最新の4月号からはこのコーナーがなくなってしまい、飛行機に乗る楽しみが、ちょっと減ります。

『生物と無生物の間』(福岡伸一著)

 本屋ではもう何度も目にしていて、でもなぜか手が伸びなかった本。ところが、先週土曜日の早朝のNHKラジオ(「土曜あさいちばん」内「著者に聞きたい本のツボ」6:15-6:24放送)で著者のインタビューを聞いて興味を持ち、早速買って読んでみました。
 生物は、物理、化学、さらには地学と並んで、ボクがまったくダメな科目(こうやってみると、理科系の科目はすべてダメだということになります)。この本を読んでいても、生物学の話よりもボクが興味を持つのは、発見や研究を巡る人間模様。特に、ロザリンド・フランクリンという、DNAの構造発見のきっかけとなるX線解析(と書いていても、このことが何をさすのか、よくわかっていませんが)の研究者の話には、哀れさを感じてしまいました。
 著者が研究者としてどれだけの実績をお持ちなのか、それはまったくわかりません。が、生物学のライターとしては、たいへん優れた方なのではないかと思いました。

『無趣味のすすめ』(村上龍著、幻冬舎刊)

 雑誌「ゲーテ」に連載されたエッセーに3つの文章を加え単行本にまとめたもの。3年前、「ゲーテ」の創刊号にでていた「無趣味のすすめ」についての、このブログで書いたコメントをご覧いただいた幻冬舎の編集部の方から献本いただきました。(だからと言って以下に書いたことに遠慮はありませんよ!)
 村上龍の小説はほとんど読んだことはありません。高校生の頃、「限りなく透明に近いブルー」を読んだことがあるくらい。それにテレビ番組「カンブリア宮殿」で見る村上龍は、ゲストにちょっと遠慮というか、こびるようなところがあって、村上龍らしくない気もします。でもこの『無趣味のすすめ』のようなエッセイでは、遠慮しない村上龍がいるので好きです。
 この単行本の中でも、好きな文章と言葉をいくつか見つけました。
「小規模で孤独な環境から出発し、多数派に加入する誘惑を断固として拒絶すること、それがヴェンチャーの原則である。」(→これはまさに、ボクらが発行した「Small Giant(スモールジャイアンツ)」そのもの!)
「恋人のときはお互いを見つめ、結婚後は共に未来を見つめる、という言葉がある。(中略)その言葉はビジネスパートナーについても当てはまる。」(→ビジネスパートナーとの関係は、ときには夫婦関係同様、だましだまされ?!)
「目標は、あったほうがいいという程度のものではなく、本当は水や空気と同じで、それがなければ生きていけない。目標を持っていなければ、人は具体的にどういった努力をすればいいのかわからない。」(→残念ながら、目標を持っていない人や会社は多い)
「情熱について語ることと、情熱という概念を自らの能力の一部とすることは、まったく違う。」(→情熱を口にする人は数多いても、情熱を持って生きている人は少ない)
「充実した仕事のためには心躍るオフの時間が必要だというのは、無能なビジネスマンをターゲットとして、コマーシャリズムが垂れ流し続ける嘘である。」これと同じようなものとして、「アイデアというものは常に直感的に浮かび上がる。しかし直感は、長い間集中して考え抜くこと、すなわち果てしない思考の延長線上でしか機能してくれない。」そして、これらの言葉は、この本の一番最初の文章であり、雑誌の創刊号にでていた「無趣味のすすめ」に還っていくのです。(「真の達成感や充実感は、多大なコストとリスクと危険感を伴った作業の中にあり、常に失意や絶望と隣り合わせに存在している。つまり、それらはわたしたちの「仕事」の中にしかない。」)

 でも、今回、この本の中で、ボクが一番納得している文章は以下のようなものです。
「そもそもたいての人は、挑戦する価値のある機会に遭遇できない。何に挑戦すればいいのかもわからない。挑戦する何かに出会うのも簡単ではない。(中略)出会うことに飢えていなければ、おそらくそれが運命の出会いだと気づかないまま、すれ違って終わってしまうだろう。」残念だけど、ほとんどの人間は、運命の出会いを生かすことができないまま、この世での生を終えてしまっているような気がして、こう書いている自分もその一人なのではないかと、心細くまた焦りを感じてくるのですが。
 村上龍は、「日本には何でもある、希望以外のすべてがある」という趣旨のことを言ったと記憶しています。その通りなのでしょうが、ボクは今の日本の悲劇は、豊かな社会ができあがり、日本人が飢えを、そして渇望することを忘れてしまったことなのだろうと思っています。
 幻冬舎編集部のIさん、ありがとうございました。
 

『日米同盟の正体_迷走する安全保障』(孫崎亨著)

 著者は1966年外務省入省、2002年防衛大学校教授に就任、そして今月退官予定。帯には「アメリカ一辺倒では国益を損なう大きな理由。インテリジェンスのプロだからこそ書けた日本の外交と安全保障の危機」とあります。著者はオバマ政権の外交も過去の政権から大きく変わることがないこと、アメリカの利害と日本の利害は必ずしも一致しないにも関わらず、日本はアメリカ一辺倒の罠に絡めとられていることを繰り返し説いています。
 北方領土に関する英米の「陰謀」(ロシアと日本の間に溝を作り、両国の間に問題を残しておこうという)、アメリカの本当の意図を理解することなくアメリカの外交政策に乗っかっていく日本、都合の悪い政治家を排除しようとする対日政策など、国際政治はボクらの理解を超えた深みがあるのかもしれません。
 大学でちょっとだけ国際関係論を勉強したボクには、おもしろい本でした。

仕事と恋愛の違い

 仕事でお付き合いがある方(アクセンチュア出身のキャリアコンサルタント)が、本を出されたということでお贈りくださいました。羽方さん、ありがとうございます。タイトルは、羽方康著『SEの転職力』(日本実業出版社刊)。

 この本の中でおもしろかったたとえ話がひとつ。恋愛の場合には、「この人と別れたいからあの人(新しい人)とつき合いたい」ということはない。ところが仕事の場合には、「この会社がいやになったから、新しい会社に入りたい(転職したい)」という人がわんさか。

 「あの会社に入りたいからこの会社を辞める」というのが自然なのであって、「この会社を辞めたいからあの会社に入りたい」というのは不自然だ、と。

 どちらにしろ、恋愛はなくても((カレ、カノジョがいない時期はあっても)生きていけるけど、仕事はないと生きていけないものだというのが、根本にある違い。

"Mojo" by Marshall Goldsmith

 アメリカン・ブック&シネマの最新刊『Small Giants』のキーワードのひとつは、Mojo。辞書などで調べると、magic とか、magical spiritというような意味になるかと思いますが、『Small Giants』で取り上げられている14の企業のハートの部分に存在する大切な価値観であり、存在意義を意味しています。
 
以前、ご紹介した世界的なexecutive coachのMarshall Goldsmithの近刊のタイトルが、"Mojo: How to Get It, How to Keep It and How to Get It Back When You've Lost It. "だということを知りました。発売は今年の8月を予定しているようですが、ちょっと読んでみたいなと思っています。

1万時間の努力

 『ティッピングポイント』で有名な作家Malcolm Gladwellは、著書「Outliers」の中で、分野はなんであれなにかに秀でる(outperform)ためには1万時間それに集中しないといけない、と書いてあるそうです(まだこの本を読んでいません)。Financial Times でよく読むコラム(Luke Johnsonというイギリスのベンチャーキャピタリスが担当)で見つけました。
 一日10時間として、1000日、3年ほどの努力です。これだけの努力である程度の成果が見えてくるのであれば、考えようによっては、ラッキーなのではないでしょうか?それであれば、人生、そんなに悪くないと思うのですが。

村上春樹のエルサレム文学賞受賞スピーチ

 黒犬お気に入りの作家(特にエッセイですが)のひとり村上春樹が、最近エルサレム文学賞を受賞した際に行ったスピーチ。 壁(村上春樹によると、人間が創りだしたシステム)にぶつけられ、無惨に壊れていく卵は、パレスチナ人だけでなくイスラエルの人たちも含んでいるのかもしれません。
 日本でも、官僚制度という壁で粉々にされている卵の中には、一部の役人たちも入るのかもしれないことを覚えておいてもいいのではないかと思います(霞ヶ関に自殺が多いことは十分報道されているのか?)。
 →
村上春樹スピーチ(Salon.comより)

『ビジネス<勝負脳>_脳科学が教えるリーダーの法則』(林成之著)

 昨日からマニラに来ています。昨年から始めたアジアの若手ビジネスマンたちとの定期的な勉強会に参加するためです。こちらに来る飛行機の中でみた週刊新潮の結婚ゴシップページに、偶然ですが、先週G1サミットでお会いしたOさんの結婚のことがでていました。彼女の結婚相手は水泳の北島選手のコーチなのですが、この記事の中でOさんの結婚相手の方が、「Oさんの目力の強さにピンと来るものを感じた」というコメントが紹介されていました。確かに、Oさんは非常に生き生きとした表情でした。
 で、この『ビジネス<勝負脳>』の著者ですが、北島選手も含む「北京オリンピックの競泳代表チームに講義を行い大きく結果に貢献した」という方です。(現在、日本大学総合科学研究科教授の脳外科医)。
生き残るリーダーの条件として、以下のようなことをあげています。

1自分のチームの弱点を明確にして期限つきで対策を立てる
2つねに自分の限界に挑戦する
3目的と目標をつねに正しく区別して作業する
4目的のためには自分の立場を捨てること
5決断・実行を早くする
 また、指導者がカリスマ性を身につけるためにやらないといけないこと、独創的なアイデアを生み出すためにしないといけないこと(例:たくさんの文化にふれる、自分の考えに執着しない、否定語を使わない)、人間力をつけるために気をつけないといけないことなどなど、われわれビジネスマンにとって参考になるお話を集めた本です。
 簡単に読むことができる本ですが、この本の中に書かれていることを血肉にするためには、何度も何度も繰り返し読む必要があるかと思いました。
 

『まぐれ』(ナシーム・ニコラス・タレブ著)

 原題は、"Fooled by Randomness_The Hidden Role of Chance in Life and in the Markets"。日本語の副タイトルには、「投資家はなぜ、運を実力と勘違いするのか」とあります。日本語の『まぐれ』というタイトルでいいのか、少々疑問です。ボクだったら『偶然』というタイトルにするかな。
 内容は金融における確率(あるいは偶然性)を取り上げているようで、本当のテーマは、理性と懐疑をもって生きることです。サブプライムで世界経済をメチャクチャにした金融界で働くすべての人たちは、この本を読んだ方がいいのではないかと思います。
 この著者のことは、2007年、ハーバードビジネススクールのリユニオン(同窓会)に参加した際、金融の先生が特別授業の中で紹介してくれました。この『まぐれ』に次ぐ最新作品である"The Black Swan"を非常に高く評価されていました。この最新作も、ダイヤモンド社から翻訳出版される予定のようですから、楽しみにしています。
 2度繰り返して読んでみようと思うビジネスの本はそれほどないのですが、この本は再度読んでみようと思っている一冊です。
 最後にもうひとつ。著者はあとがきで、「私たちは、目に見えるものや組み込まれたもの、個人的なもの、説明できるもの、そして手に取ってさわれるものが好きだ。私たちのいいところも悪いところも、みんな、そこから湧いて出ているように思う」と記しています。ボクたちの会社が扱っている「資格」というサービスは、形のない目には見えないもので、個人的なものでもあり社会の中で認知されるものでもあり、時にその不思議さを想うことがあります。

小説『後藤新平』

 ここ数年、白州次郎が中高年の間でブームになっているかなと思うのですが、白州よりもずっと前にいた、ある意味もっとすごかったのが、この後藤新平。ボクがよく読む作家の鶴見俊輔さんのおじいさん。白州次郎は会社経営者の経験もあるけども、吉田茂のブレーンのひとりだったということでどちらかというとコンサルタント的なイメージが強いのですが、それに対して、後藤新平は、東京市長(現在の東京都知事)、植民地経営(台湾や満州鉄道)、内務大臣、外務大臣などを経験していて、当事者として明治後半から大正時代の政治の渦中にあった人。
 白州さんも、後藤さんもいいなと思うには、閥をつくったりしないで、一匹オオカミ的な存在だったこと、地位に恋々としなかったこと、自分の信念を強く持っていたこと。(白州さんはその上、金持ちのボンボンでかっこいいから今に至っても人気があるのでしょうが)
 解説を読んで知ったのですが、この「小説」の著者、郷仙太郎が青山東京都副知事と知り驚きました。そのことを知った後では、関東大地震後の東京の都市計画に携わった後藤新平への著者の評価や思いには深いものがあるのではないかと思いました。
 後藤新平は、薩長の藩閥や政党に属する訳でもなく、学歴があるわけでもなかったのに、よくあれだけの地位に就けたものだと思います。後藤は東北岩手の水沢の出身。同じく水沢出身の政治家として民主党党首の小沢一郎さんがいます。結局首相になれなかった後藤新平ですが、小沢さんは今年総理の椅子につくのかどうか。

Cliff Bar (Small Giantsの一社)

 好評発売中の書籍「Small Giants(スモールジャイアンツ)」(アメリカン・ブック&シネマ発行、英治出版発売)ですが、この本の中で取り上げられている会社の一つが、食品会社のCliff Barです。代表的商品はグラノーラ・バー。写真にあるように、絶壁を登るクライマーがこの会社のトレードマークです。(ちなみに、袋は破いて、中のバーはすでに食べてしまっています!)
 この会社の商品は日本に入ってきていないと思うのですが、ボクがこの会社の商品に出会ったのは、3年半前、2006年9月、初めてホノルルセンチュリーライドに参加した時。20キロか30キロごとにあるエイドステーション(休憩所)で配っていた食糧の一つが、このCliff Bar。160キロのサイクリングの間、何本かのCliff Barにお世話になったことを覚えています。
 そのときには、この商品を製造する会社を取り上げたビジネス本を翻訳出版することになるなんて、夢にも思いませんでしたが。この会社の創業者も、サイクリングや山登りなどを愛するスポーツマンで、彼の体験に基づいて開発したのが、Cliff Barです。そのあたりのこと、会社を大きくするにあたってのさまざまなドラマについては、Small Giantsをぜひ読んでください。

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日本のランス・アームストロングは銀行員だった!_『がん六回人生全快』(関原健夫著)

 日本のランス・アームストロングといってもサイクリストではありません。ランスと同じように、がんと闘って、奇跡の復活を遂げたかたです。この本は、かつて日本を代表する銀行だった日本興業銀行の社員の方による、16年間の闘病記です。
 1984年、39歳の時、ニューヨークで最初の大腸がん手術。その後、86年から90年までの間に5回のがん手術、そして96年には心臓バイパス手術の計7回も手術。手術の回数も驚きなのですが、さらにすごいのは、この間、ずっと現役で仕事を続けたということ。もちろん、手術の後には、数週間、あるいは一ヶ月ほどの休みをとられていますが、手術前の入院中にも、スーツを着て出社し、できるだけ日常生活を継続される努力をされています。それも信じられない話です。
 前向きな姿勢、人間関係を大切にされたこと(病気と闘うこと、病気を治すことは、自分一人ではできない!)、周りの人たちを説得し、その気にさせ、動かしていく情熱を持ち続けたこと、つねにスポーツを続けたこと。16年の長きにわたってがんと闘った姿は、もしかして、ランス以上かもしれないです。
 ボクのまわりには、おひとかた、がんと闘い続けた方がいらっしゃいました。1997年の今月亡くなられた、TOEICの創案者北岡靖男さんです。(北岡さんのことは以前も書いたことがあるのですが、今の会社を始めることになったのは、北岡さんのおかげです。)北岡さんも、67歳で亡くなられるまでに、7回前後の手術を経験されたと記憶しています。
 北岡さんにしろ、この関原さんにしろ、信じられない忍耐力を示されたと思います。関原さんについては、2007年のインタビュー記事をネットで拝見しましたが、現在もお元気でいらっしゃることをお祈りしています。

Yonda?Doll

新潮文庫のYonda? Club。大好きです!新しいYonda?Dollをゲットしますよ!

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『日本の優秀企業研究_企業経営の原点6つの条件』(新原浩朗著)

 優秀企業とそうでない企業を分ける一般法則は、所属する業界の差に関わりなく見られ、以下のような6つの共通点が見られる、とする研究結果を書籍にしたもの。
1 分からないことは分けること
2 自分の頭で考えて考えて考え抜くこと
3 客観的に眺め不合理な点を見つけられること
4 危機をもって企業のチャンスに転化すること
5 身の丈に合った成長をはかり、事業リスクを直視すること
6 世のため、人のためという自発性の企業文化を埋め込んでいること

 まとめて言えば、「自分たちが分かる事業を、愚直に、まじめに自分たちの頭で考え抜き、情熱をもって取り組む」こと。

 この本の中には、ボクが尊敬している企業、企業家が紹介されています。任天堂(山内前社長)、信越化学(金川千尋現社長)、ヤマト運輸(故小倉社長)、マブチモーター、ホンダ、トヨタ、シマノなどなど。任天堂の山内さんにとっても、最初の30年は苦労の連続だったこと(トランプや花札事業にかわる新規事業として、タクシー事業、インスタントライスの製造にトライした)が紹介されています。また、マブチモーターの製品標準化の話も、おもしろかったです。
 任天堂やマブチモーターは、Big Giants になっていますが、"Small Giants"たちと同じなにかを、共有していると思います。

伊那食品工業_日本のSmall Giants(スモールジャイアンツ)

 アメリカン・ブック&シネマの新刊本「Small Giants」。おかげさまで、日本経済新聞の書評欄でも取り上げていただきました(1月18日付)。この本の中で紹介されているのは、アメリカの企業ばかりですが、日本に、Small Giantsがないわけではありません。それどころか、たくさんあるはずです。

 で、そのような日本のSmall Giantsのひとつが、この伊那食品工業なのではないかと、ロイターのHPに掲載されていた、雑誌「プレジデント」の記事から思った次第です。しっかりした哲学をお持ちの社長に感心しました。事業の深堀、地元に根付いた経営などが印象的です。

(→伊那食品工業記事

木下敏之著『なぜ、改革は必ず失敗するのか』

 今日は、この本をずっと読んでいました。
 著者の木下さんとは、数年前からお付き合いさせていただいていますが、この本を読んで、あらためて立派な方だなと感心しました。また、おつきあいいただき、たいへん光栄だなとも思います。
 39歳の若さで佐賀市の市長になられ、6年半の市長時代、さまざまの改革に挑戦され、成功と失敗を経験されたそうですが、そのときの経験がこの本の中に、率直に書かれています。政治、特に地方政治は理屈ではなかなか行かないものだとあらためて認識します。
 この本の副題には、「自治体の『経営』を診断する」とあるのですが、木下さんは、これからの政治家、特に自治体の政治家には、経営センス、富を創造していく力が必須だとされています。残念ながら、役人にはその経験も、力もないと。ちなみに、ご自身も、農水省の中央官僚だった方です。(「ビジネスの経験も、儲けなければ潰れるというプレッシャーも経験したことがなく、地域振興に失敗しても自分の給料は下がらない。そんな役所や政府が地域振興を考えても、いまの時代に合う策は出てこないのではないでしょうか」)
 また、地方都市が経済的に自立し構造にならなかった理由に関する木下さんの指摘は、鋭いと思います(「私は、小泉純一郎元首相の構造改革路線により格差が拡大したというよりも、地方側が長期間にわたり公共事業中心の地域振興策に依存してきたことに原因があると考えています。地方側から出てくる提案は、残念ながら税収を都市部から地方に移転させよ、という提案ばかりです。」)
 木下さんは、われわれ市民、国民の側にも、現実を直視し、「不都合な真実」から目をそらしてはいけないとはっきり書かれています。そこがまた木下さんのいいところだなと思います。
 現在は、講演活動、コンサルティングなどをなさっていらっしゃいますが、いつか国政レベルで活躍になられることを心から期待しています。木下さんのような方を生かせないとしたら、日本もダメだなとも思います。
 われわれ選挙民こそ、この本を読んだ方がいいというのが、ボクの意見です。
木下さんには、昨年、ボクのポッドキャスティングにもご出演いただきました。お聞きいただければ、うれしいです。
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アイデアエクスチェンジ

日経新聞の書評で『 Small Giants』が取り上げられました。

まったく予想していなかったのですが、昨日の日経新聞の書評欄(18ページの中ほど右)で、アメリカン・ブック&シネマの書籍『Small Giants』が紹介されました。たいへん光栄です!ありがとうございます。

『奇跡のリンゴ』のDVD

 先日ご紹介した書籍『奇跡のリンゴ』のDVDを見ました。NHK番組『プロフェッショナル』からです。
絶対に無理だと言われてきたリンゴの無農薬に成功したお話ですが、主人公の木村さんの話でヒントになったこと、感心したことが何点か。
1 他の果物で無農薬に成功していた例を見ていたので、リンゴでもできるのではないかと思ったこと。
2 自分がやめてしまったら、無農薬でリンゴを育てることは不可能と決めつけられてしまうという危惧。
3 途中、あきらめようと思ったとき、「いったい、これまで我慢してきた貧乏はなんのためだったの」という子供の声。
4 土壌にカギがあるのではないかという、目のつけどころの変化。
5 心がこもっていないと、どうしても手抜きをしてしまう。だから一見、非効率と見えることも、コツコツとやっていくこと。

 DVDはテレビ番組で放送されなかった部分もでています。(放送は見ていませんが、ボクは)
木村さんご自身は言わずもがなですが、ご家族も立派だなと思いました。お嬢ちゃんの言葉(「ここでやめたら、これまでの貧乏はなんのためだったの」)には、特に心を動かされました。
 奥様とご自身でチャレンジしてきた無農薬リンゴですが、もし、人を雇っていたとしたらどうなっていたのか?社員に給料も払えないというような状況の会社が、今のような時期は、たくさん出てきていると思うのですが、家族だけでやっていたから、苦節10年の我慢もできたのでしょうか。
 ちなみに、DVDの値段は、アマゾンで2912円で販売されていますが、定価は3675円です。NHKも、視聴料で番組を作り、さらにDVDが売れると、いい商売だなと、これにも感心しました。

『アメリカの黒人演説集』(岩波文庫)

 アメリカは演説集をたくさん出版する国だなと思います。記念講演の類も多いように思います。ボクが、2年前出版した『グラデュエーション・デイ』も、アメリカの大学の卒業式で行われる記念講演を集めたものです。

 岩波文庫から最近でたこの本には、アメリカの黒人リーダーたちが行った21の演説が含まれています。マーチン・ルーサー・キングの有名な演説、「私には夢がある」("I have a dream")も含まれています。そして21番目には、今月大統領に就任するオバマが、2005年6月4日、イリノイ州にあるノックス大学(Knox College) の卒業式で行ったスピーチも含まれています。Change という言葉は出てきませんが、Challengeはたくさん出てきます。人生の焦点をカネ儲けだけに合わせるのでなく、「国家が直面している挑戦を、あなたがたの挑戦と捉える」こと、「あなたがた自身への義務があるから、挑戦を引き受けねばならない」、「あなたがた自身の可能性を認識するのは、自分より大きなものに関与したときです」と訴えています。

 このときは、前年に連邦上院議員になったばかりですが、現在につながるビジョンを繰り返し提示しています。

 講演の録音は、英語のテキストとともに、以下のサイトで聞くことができます。

American Rhetoric: Barack Obama

書籍『奇跡のリンゴ』(石川拓治著)

 あけましておめでとうございます。2009年もよろしくお願いします。
『奇跡のリンゴ』は、2009年最初に読み終えた本。昨晩からずっとこの本を読みながら、新年を迎えました。
 無農薬農法によるリンゴ作りに成功した木村秋則(あきのり)さんの物語です。一人の人が、生きている間に取り組むべき仕事とは、どういうことなのか、考えてしまいます。この方のように、金も、名誉にもまったく興味を持たず、ひたすら自分が使命と信じることをやり通していく方を尊敬します。
 2008年中訪問した場所の中で、ひときわ記憶に残っているのが青森の弘前です。この木村さんがリンゴ作りに励んできたのが、この弘前の岩木山ふもと。弘前には、ほんの4時間ほどしかいませんでしたが、もう一度、きっと訪問するだろうなと思っています。青森空港からバスに乗って弘前市内に向かう途中目にした岩木山とリンゴ農園が忘れられません。
 この本を読むと、現在の農業が農薬漬けになっていて、安全なリンゴを作ることと、安全にリンゴを作ることのどちらもできていないこと、いまのようなリンゴ作りに疑問を持っている方も多いこと(自分にはできなくても、10年以上も苦節を重ねた木村さんを陰ながら応援している人たちがいた)、木村さんが自分のりんご園から学んだことが非常に普遍的な価値を持つこと、木村さんがリンゴ作りから「システム発想」をどんなシステム発想の研究者よりも体現していることを知りました。
 「人が生きていくために、経験や知識は欠かせない。(中略)けど人が真に新しい何かに挑むとき、最大の壁になるのはしばしばその経験や知識なのだ。」「パイオニアは孤独だ。何か新しいこと、人類にとって本当の意味で革新的なことを成し遂げた人は、昔からみんな孤独だった。それは既成概念を打ち壊すということだから。過去から積み上げてきた世界観や価値観を愛する人々からすれば、パイオニアとは秩序の破壊者の別名でしかない。」「岩木山で学んだのは、自然というものの驚くべき複雑さだった。その複雑な相手と、簡単に折り合いをつけようとするのがそもそもの間違いなのだ。」
 われわれ人間も、その複雑な自然の一つでしかないのだから、自分を、そして他人を理解することも、簡単なことではないということも、この本を読んで感じることの一つです。
 この本の表紙にある木村さんの顔写真から、パイオニアとしてのご苦労を想いました。たいへん立派な方だと思います。
 

『新聞再生_コミュニティからの挑戦』(畑仲哲雄著)

 この本を読んで初めて、戦前の日本には、1200以上もの日刊新聞があり、週刊や旬刊の新聞を含めると、7700もの新聞紙があったことを知りました。それが、1930年代後半から、40年代前半にかけて、新聞統合と呼ばれる業界再編が行われ、少数の全国紙と、各県に地方紙一紙を配置するという「一県一紙」政策がとられたそうです。このときできあがった業界地図が、戦後70年も保存されています。野口悠紀夫先生が、日本経済の基礎的枠組みとして、戦中経済体制からの脱皮ができていないことをしばしば書かれていますが、新聞業界もそのひとつだということでしょうか。
 先日、大分を訪問した際、大分合同新聞を訪問しましたが、この新聞社は、40年代前半、県内の複数の新聞社が合併して出来上がった新聞社で、大分県における、「一県一紙」です。
 さて、『新聞再生』ですが、共同通信に勤務する著者が、大学院に通いながら書いた論文を、新書用にまとめたもの。地方紙の挑戦と挫折をレポートしながら、新聞なるもののこれからの姿を探っています。
 以前紹介した
新聞社_破綻したビジネスモデル(河内孝著、新潮新書)とあわせて読むとおもしろいです。

書籍『Small Giants(スモール・ジャイアンツ)』 (yes, small is beautiful!)

アメリカン・ブック&シネマから今年最後の本です。
この本は、2006年、フィナンシャルタイムスのビジネスブックオブザイヤー最終選考に選ばれた本です。
サブタイトルにあるように、事業規模の拡大よりも、自分たちの信じる価値を守ろうとしてきた企業14を紹介しています。
日本でもファンが多い、『ビジョナリーカンパニー』の著者、ジム・コリンズは、『本書は、私たちに大切な真実を思い出させる。「偉大」と「ビッグ」は、等価値ではないということを」という推薦をしてくれています。
 日本ではとかく大きさを誇る経営者が多いように思います。業界団体などでも、大企業であることが、その業界を代表する条件になっています。でも、規模は必ずしも、素晴らしい会社の条件ではないかもしれません。すくなくとも、十分条件では。
 かつて、ある経済学者は、Small is beautiful. という本を書きました。大企業は、beautifulなのか、さらにはgreat なのか?ボクはsmall で、simpleであることが、これからの組織には大切なポイントになるのではないかと思っています。
著者のボー・バーリンガムは、アメリカの各種ビジネス雑誌に関わってきた非常に著名なジャーナリストです。2006年グーグル社員向けに、Small Giantsというテーマで、講演を行っています。その模様は、YouTubeで見ることができます。ぜひ、ご覧ください。
 また、数ヶ月前、アメリカで発売された彼の新刊"Knack"を、来年、アメリカン・ブック&シネマでは発売する予定です。この本は、最高の起業ガイドブックです。ご期待ください。
アマゾン『Small Giants』

『松下幸之助発言集・第一巻』(PHP文庫)

 今日もベッドの上でゴロゴロしながら、本を読んでいます。(腰痛のおかげで、普段以上に本が読めます)
この前、イトーヨーカドー創業者の本のことを書きましたが、今回は、「経営の神様」松下幸之助。松下幸之助は、1989年4月に亡くなられたので、来年で没後20年になろうとしています。松下電器産業は、社名をパナソニックとかえ、大きな変革を目指していらっしゃるようです。ボクはどちらかというと、ソニーブランドがずっと好きだったのですが、ここ数年、パナソニックブランドを見直しています。大型テレビ、DVD、ハイビジョンカメラ、この3点セットが欲しくて、暇なときに、会社の近所のビックカメラでぶらぶら見てあるくことがあります。日進月歩の家電製品で、なかなか踏ん切りがつかず、いつもwindow shopping ばかりです。以前であれば、ソニー商品しか検討しなかったのですが、このごろは、パナソニック商品にも、目がいくようになっています。ボクの中では、パナソニックブランドの株は、かなりあがっています。
 で、松下幸之助です。本のサブタイトルには、「商売は真剣勝負」なんてありますが、昭和35年から38年にかけて、企業主催の研修会やセミナーなどに招かれて行った講演を集めたもので、松下幸之助の非常に合理的な考え方を、わかりやすい言葉で理解することができます。ヨーカドーの伊藤さんもそうですが、松下さんのお話も、基本に忠実で、合理的、かつ実践的です。昭和35年というのは、ボクが生まれた翌年で、1960年代前半、今から50年近くも前の話になるのですが、会社経営に関して、ほとんどすべての発言は、われわれにも参考になるものばかりです。企業や資本が社会的な存在であり、社会や国家に対する責任を持つという考え方は、現在のCSRに通ずるものがあり、また金融不況の原因の一つであるモラルハザードに関しても、松下幸之助が生きていたら、きっと鋭い発言をされていたことだろうと思います。
 また、こんな発言もあって、現在の政治を考える上でも多いに参考になります。政府支出に関して、昭和38年(1963年)、長野で行った講演で以下のような発言をされています。
 「昭和10年(1935)の時分に日本は軍備をもってましたですね。国費の少なくとも35%前後を使っとったわけです。そのほかに、まだ大きな国費を使っとった。それは何かというと満州国の建設です。あれだけの軍事費を支出し、あれだけの満州国を建設する金を国費から出して日本はやっていた。だから税金が高かったかというと、今日と比べますと非常に安いんであります。」「今日は、そういうものはいっさい要らんようになったんです。にもかかわらず、税率は倍になりました。納税者が三倍になっています。何に金を使っているんでしょうか。これはやはり行政費と申しますか、国家運営費と申しますか、そういうものに余計な費用がかかっているということではないかと思います。」「経費が国によけい要るかたちにおいて、物が安く売れるかというと私は売れないと思います。われわれのお互いの会社を、十分健全な姿に直すということに成功したといたしましても、まだ不十分である。国の経費を少なくとも昭和10年程度まで切りつめるよう合理化する。そうすれば日本はもう限りないと申していいくらい繁栄していくだろうと思うんです。」
 松下幸之助は、松下政経塾を建て、多くの政治家を輩出していきましたが、政経塾の出身者で総理大臣になったかたはまだ出ていないと思います。現総理の麻生さんは、ご自身も会社経営に携わったことがあり、経営感覚のある総理だということですが、松下幸之助のような人に、ぜひ、総理大臣を務めていただきたかったです。

『私の履歴書_人生越境ゲーム』(青木昌彦著)

先週読んだ本の中で面白かったもう一冊。昨年日経新聞連載中には、途切れとぎれにしか読んでいなかった、経済学者による「私の履歴書」。日本とアメリカの大学の間を、「越境」しながら、アカデミックな分野のみならず、実務分野においても、いくつかの「ベンチャー」を立ち上げられたお話。学生時代(60年前後)の学生運動の話が特におもしろかったです。→著者日本語ホームページ

『建築家・安藤忠雄』(安藤忠雄著、新潮社刊)

ご存知日本を代表する建築家のお話。これまで安藤忠雄の本を何冊か読んでいる読者(ボクも含めて)には、特に新しいお話はそれほどありませんが、それでもおもしろい。昨日は腰痛でずっと寝込んでいたので、ベッドの上で、一気に読みました。
 「人生に”光”を求めるのなら、まず目の前の苦しい現実という”影”をしっかり見据え、それを乗り越えるべく、勇気をもって進んでいくことだ。情報化が進み、高度に管理された現代の社会状況の中で、人々は、『絶えず光の当たる場所にいなければならない』という強迫観念に縛られているように見える。」(中略)何を人生の幸福と考えるか、考えは人それぞれでいいだろう。私は、人間にとって本当の幸せは、光の下にいることではないと思う。その光を遠く見据えて、それに向かって懸命に走っている、無我夢中の時間の中にっこそ、人生の充実があると思う。」
5年くらい前かと思いますが、あるところで、安藤忠雄のプレゼンテーションを聞いたことがあります。それ以来のファンで、ほとんどの本は読んでいますが、まだ安藤忠雄を読んだことのない人たちにもおすすめの一冊です。
 安藤忠雄のポートレートは、アラーキーが、建築作品の写真は松岡満男。たくさんある写真のページも素敵な本です。

『商いの道_経営の原点を考える』(伊藤雅俊著)

 今のような経済環境においてこそ、変わらない価値を持つ本を読み返していきたいです。この本は、イトーヨーカ堂の実質的創業者が、経営、ビジネス、さらには生き方に関する指針を示してくれた本です。10年前に出された本ですが、まったく色あせない内容です。非常にやさしい、分かりやすい言葉で、経営の本質を語られていると思いました。さらに、著者がマクロ経済に関して書かれている考え方は、現在にも完全に当てはまります。具体的には、政府との関係が深い産業に競争力がなく、供給過剰の問題を抱えていること、バランスを欠いた短期的な株価至上主義が健全な会社の成長の妨げになっていること、好不況の波があることは必然で、「森が山火事で焼けると新しいものが生えてくる」こと。
 ダイエーの中内さんと好対照なのが、伊藤さんだったと思います。中内さんが男性的で荒っぽかったのに対して、伊藤さんは女性的で非常に手堅かった。中内さんが、松下幸之助と大げんかをしたのに対して、伊藤さんは松下幸之助を尊敬し、師としていたこと、中内さんが不動産投資にのめり込んでいったのに対して、伊藤さんは非常に慎重だったことも面白いほど正反対のおふたりでした。
 経営という意味では、伊藤さんにはたいへん見習うところがあると思っています。(ただ、ボクは中内さんには、伊藤さんとは違った意味で魅力を感じています。佐野真一さんが書かれた『カリスマ』に対して、中内さんは一時名誉毀損で訴訟をされていたように記憶していますが、ボクはこの本を読んで中内さんのファンになりましたから。)

『寡黙なる巨人』(多田富雄著、集英社刊)

 先日、ご紹介した『露の身ながら』共著者のお一人である免疫学者・多田先生のエッセイ集。アメリカから帰ってくる飛行機の中で、読み終えました。脳梗塞で倒れられてからの、動かない身体と、発することのできない声という、悲劇的な身体、精神状況の中で、自殺の誘惑に耐えながら、無様な姿をさらしてでもリハビリとともに生きていき、自分の中での新しい「巨人」の誕生と成長を、喜びとともに、綴っています。今年読んだ本の中で一番心に残った本の一冊。

『露の身ながらーいのちへの対話』(多田富雄、柳澤桂子著)

 多田先生は世界的な免疫学者として活躍されていたのに、2001年、突然脳梗塞におそわれ、右半身不随と声を失います。もう一人の著者である柳澤さんは遺伝学の研究者として活躍中、31才にして原因不明の難病に倒れ、この40年近く、病と闘ってきました。そんなお二人による、まさに、命をかけた闘いの中で行われた往復書簡集。心からオススメします。

 追記 この本を読むと、身障者にとって、パソコンがいかに重要なコミュニケーションツールとなりうるのかということを、改めて、認識することができます。

Studs Terkel の死

 昨日、シカゴのラジオDJで著作家でもあったスターズ・ターケルが死んだことを、在日米軍向けのラジオ放送で知りました。96歳。ボクが20歳代によく読んだアメリカ作家の一人です。『死について』、『仕事』、『アメリカン・ドリーム』、『インタビューという仕事』、『よい戦争』など、翻訳された本は、かなり読みましたし、英語の本も何冊か読みました。
 彼は、ボクが思うアメリカの素晴らしい価値観を、ずっと、表現し続けた人でした。人種差別やマッカーシズムなどの赤狩りには、大反対だったので、生きてオバマが初の黒人大統領となるところを見て欲しかったようにも思います。
 でも、4日の大統領選挙で、本当に、オバマが大統領に選ばれるのかどうか。アメリカに黒人の大統領が生まれたら、それは本当に歴史的なことだと思います。
 YouTubeのスタッズ・ターケルは、2003年に、カリフォルニア州立大学バークレー校での講演からです。すでに90歳を越えた年齢で、これだけの滑舌なのには、驚きます。


『恐慌前夜』(副島隆彦著)

 先日、この本を買ったと書いてしまったので、お断りしておきます。読後の感想ですが、いい本とは思いませんでした。決して、オススメしません。自分自身を超能力者だと言う著作家は、マスコミにしばしばでていた女性占い師同様、凡人のボクには、理解できません。
 ひとつだけ、この著者が何度も言っていることとはまったく異なる展開となっていることを指摘しておきます。今年、大勝負にでて大きく儲けたファンドがあります。 Bill Gross (ビル・グロス)というファンドマネージャーが共同経営者であるPimcoというファンドですが、『恐慌前夜』の著者が繰り返し紙切れになると言い切っている、ファニーメイやフレディーマックの債券を、損切りする他の投資家たちから大きなディスカウントで買い集めます。9月、米国政府がこれら住宅金融公社の債券を保証すると発表し、ビル・グロスの賭けは大勝利に終わりました。(→
FT記事)この本が出版された直後くらいの展開ではないかと思います。
 今年の、FT/ゴールドマン主催の「ビジネスブックオブジイヤー」ですが、受賞作品は、"When Markets Collide" 。現在進行中の信用不安をたどり、どのようにこの危機を乗り越えればいいかについて書かれています。著者は、偶然ですが、ビル・グロスの会社のパートナーであるMohamed El-Erain。この本の翻訳が待たれます。(→
FT記事

対馬に行ってみたい

 今週産經新聞が一面で、「対馬が危ない」という特集記事を連載していました。韓国資本が、対馬の土地を買い集めていて、防衛の観点からもかなり危ない状況ができつつあるという話です。韓国の観光客の方が、日本人観光客よりも多くなっているそうですし、韓国人ツアーガイドの中には、対馬は韓国に属すべき領土だと、韓国人観光客に話しているものもいるということです。
 この記事を読む前から、一度、対馬には行ってみたいと思っていました。残念ながら、対馬には、弊社のお取引先はないのではないかと思いますが、ぜひ、一度、行ってみたい場所の一つです。(MOSバーガーのお店はあるようですが!)
 そんなこともあって、以下の本をアマゾンで注文しました。『誰も国境を知らない_揺れ動いた「日本のかたち」をたどる旅』(西牟田靖著、情報センター出版局刊)。書評などでも評判がたいへんいい本です。

『イスラムの世界観ー「移動文化」を考える』(片倉もとこ著、岩波現代文庫)

 本の帯には、以下の言葉があります。「人生は、旅ー新しい遊牧民の時代へ!」。小社の社名の一部の「オデッセイ」ですが、この言葉にも、旅、特に、長い旅という意味があります。(もともとは、ギリシアのホメロスの叙事詩の主人公の名前です)この本を読んでいると、イスラムの人たちへの興味がどんどんどわいてきます。ボクらは移動すること、旅にでることで、たくさんのことを学んでいくんだと、ボク自身の経験から、実感しています。これまで、時には一人で、時には友達に導かれて、そして時にはビジネスの理由で、いろいろなところに行きました。これからも、そうありたいな。(海外出張に向かう飛行機の中でこの本を読みました)

『日本史の誕生』(岡田英弘著、ちくま文庫)

 学校の勉強でつまらなかったのは、歴史、物理、法律(法学部だったけど)。物理をのぞくと、今、歴史と法律は、本を読んでいてもおもしろいと思います。これは、社会に出てからの経験のおかげで、歴史や法律を、自分のこととして見ることができるようになったから。(物理だけはまだダメ)
 この本の著者はいろいろと話題になっているようですが、ものの見方にはおもしろいと思うところがたくさんありますし、今の日本を見るにもヒントになるような記述がたくさんあります。たとえば、
1 7世紀における日本の国家としての成立は、中国、朝鮮半島における政治変化に対する、倭人たちの自己防衛行為であり、「鎖国」は日本建国以来の国是であった。(→今においても、「グローバライゼーション」に関する多くのコメントを読んでいると、同じような心理状態にある人たちが多いと感じます)
2 いずれの文明でも、最初に書かれた歴史の枠組みが、人間の意識を規定してしまう。日本書紀の表現する、日本は中国とは対立する、まったく独自の正統を天からうけついだ国家であるという思想は、永く日本の性格を規定した。(→レベルは違いますが、会社などの組織においても、スタート時における目標やメンバーが非常に大切で、のちのちの組織のゆくえに多大な影響を与える)
3 日本は、先祖代々、記憶はもちろん、記録にさえ残らない、古い昔からの人間関係を、どっさりと重く背負いこんだ人間が構成している国だ。われわれ日本人にとって、歴史は、常に存在していて、目に見えない力でわれわれの考え方、ものの見方、行動を支配している。この感覚は、アメリカの空気の中には存在しない。個人が他者から自由に意思決定できるなどと信じているのは、アメリカ人ぐらいのものだ。(→シリコンバレーは、アメリカだからこそ、ありえるのかもしれない)

 著者は、歴史について、以下のように書いています。「歴史とは、人間が世界を見る見方を、言葉で表現したもので、過去の世界はこうだった、その結果、現在の世界はこうなっているのだという、書く人の主張の表現なのだ。歴史は決して単なる事実の記録ではなく、何かの立場を正当化するために書くものである。」日本の学校の歴史の授業がまったくつまらないのも、何らかの立場の押しつけであるからでしょうか?

岡田宮脇研究室
雑誌「正論」から

『サミング・アップ』(モーム著、岩波文庫)

 この10年、20年くらいの大学入学試験の英語には、どんな文章が出ているのでしょうか。僕が大学入試を受けたのは1979年ですが、参考書は、英文標準問題精講(旺文社)と新々英文解釈研究(研究社)を使いました。そのふたつともに、モームの文章が含まれていて、それもかなり重要な位置をしめていたように記憶しています。かつて、大学入試の英語には、モームは必読の作者の一人でした。
 最近は、「コミュニケーション英語」とかが重要だということになっているので、モームなんて、時代遅れなのかもしれませんが、中身はおもしろいです。かなりおもしろいです。大学入試に使われたから、ダメだなんてことは、まったくありません。(口パクで中身のない「コミュニケーション英語」なんかより、ずっとためになります。)
 本書は、64歳のモームが、自分の人生を振り返って書いたエッセイ集です。皮肉屋さんで有名だったモームですが、単に、人間を率直に観察し、描写しただけのこと。真善美を論じた結論は、ある意味、とても平凡なのですが、でも、普遍的なことは往々にして、シンプルで退屈なこともあるから。
 モームについては、もうひとつ思い出があります。一橋大学の中和寮の一階の部屋に、「『月と6ペンス』を読め。まだ人生のやり直しはできる。」という落書きがあったことを覚えています。(確かに、大学生は、やり直しはできるね。もう50近くになると、できないけどね!)『月と6ペンス』は、モームがゴーギャンをモデルに書いた小説。株の仲買人から絵描きになったゴーギャン。落書きの張本人はなにしているのかなと、その時、思ったことを、まだきのうのことのように覚えています。
 最後に。今月の岩波文庫で、『モーム短編選_上』が、同じ訳者(行方昭夫)の仕事で出ています。

『祖国より一人の友を』(海老坂武著)

 (以前、一度ご紹介したことがある)僕が大学1年のときのフランス語の先生の自伝三部作の完結編。1972年から1989年までの先生の思考と行動が描かれています。僕が大学に入ったのは、1979年。その年の4月から1年間、海老坂さんのフランス語の授業を受けました。この本の中には、海老坂ゼミに入っていた、僕の同級生3人の名前がでていて(単に引っ越しを手伝ってもらった、ということですが)、とても懐かしくなりました(そのうちの一人である香月君とは、まだ年賀状の交換をしていますが、ほかのふたり、後藤君と坂下君は、いま、なにをやっているのか?)。
 この本の中には、一橋大学で教えていたときの話はほとんど出てきません。仕事として、割り切っていらっしゃったのではないかと思います。(その頃、一橋大学にはもうひとり、鈴木道彦先生というフランス語の先生がいて、鈴木先生は、プルーストの『失われた時を求めて』の個人訳という大きな仕事を完成されます。鈴木先生のことも、この本の中には、出てきます。)
 朝吹登水子の紹介でサルトルに会った時のこと、ポール・ニザンの未亡人を訪問したことなど、ページをめくりながら、ちょっとドキドキしてしまった。タイトルは、『アンティゴネー』の中の一句からとったものだそうです。12歳で敗戦を迎えた、それまで「愛国少年」だった一人の人間にとって、「愛国」は、実にくだらなく、むなさしいものにしかすぎなかった。
 ほんの一学年、1979年P組(フランス語)の一人の学生のことなど、先生の方では覚えているはずもないのですが、僕の方は、何となく、海老坂さんの本を何冊も読んでいて、特に、この『祖国より一人の友を』を読んで、一人の人間としての海老坂武に、とても親近感と懐かしさを持ってしまいました。

『ツールドフランス_勝利の礎』の著者のスピーチ@Google

YouTube: Authors@Google: Johan Bruyneel

アメリカン・ブック&シネマで出しました、『ツールドフランス_勝利の礎』、おかげさまでたいへん好評発売中です。アマゾンでも、すべての在庫が売れてしまい、入手まで時間がかかる状態になっています。われわれの出版事業に、編集、発売の面でご支援いただいている英治出版の皆さんにも、感謝申し上げます。著者のヨハン・ブリュニールは、繰り返しになりますが、自身もツールドフランスで2回ステージ優勝を経験したサイクリストです。が、彼の名前が世界的に有名になったのは、ランス・アームストロングの監督として、7回ツールで優勝を遂げたからです。この本がアメリカででたあと、彼は、グーグル本社に招かれて、グーグル社員の前で話をしています。そのときの模様が、YouTubeにアップされています。ぜひ、ご覧ください。

『代表的日本人』(内村鑑三著)から

 高知県生まれだというと、坂本龍馬の名前が必ず出てきます。ですが、実は、あまり坂本龍馬のことを知りません。お恥ずかしながら、多くの人が読んだという、司馬遼太郎の『龍馬がゆく』さえも、読み通したことはありません。
 どちらかというと、西郷隆盛が好きです。「天を相手にせよ。人を相手にするな。すべてを天のためになせ。人をとがめず、ただ自分の誠の不足をかえりみよ」とした、「大西郷」が好きです。内村鑑三は、明治維新がなるためには、「すべてを始動させる原動力であり、運動を作り出し、『天』の全能の法にもとづき運動の方向を定める精神」を持っていた西郷こそが、必要な人物であったとしています。まさに、今の日本には、原動力となり、運動を作り出す力と魅力を持った、西郷のような人物の登場が望まれます。
 もうひとつ、西郷の好きなところがあります。西郷は、犬が趣味で、「届け物はすべて受け取らず断っていたが、犬に関するものだけは、熱く感謝して受け取った」そうです。日夜、犬と一緒に、山の中を歩き回ることを好んだというのも、素晴らしいです。
 西郷隆盛について知るだけでも、内村鑑三の『代表的日本人』は読む価値があります。

 

『北米体験再考』(鶴見俊輔著、岩波新書)

 なんどか黒犬通信で書いていますが、鶴見俊輔は僕にとっては、自分の考えを作っていく上で、大きな影響を与えてくれた著作家の一人。この本は、もともとは1971年に出版されました。岩波新書創刊70周年記念として、今年7月に復刊された20冊のなかの一冊です。

 もう40年近く前に書かれた本ですが、アメリカ国内における自由、人種差別の問題、そしてますます大きな問題になってきているエコロジーを考える上で、ヒントになる文章が含まれています。
 

『ツールドフランス_勝利の礎』発売!

Photo_2でかでかと、宣伝してしまいます!

 アメリカン・ブック&シネマからの二冊目の書籍です。ツールドフランスで8回チーム優勝に輝いた名将、ヨハン・ブリュニール監督の手記です。サイクルロードレースのことを知らない人も、ランス・アームストロングの名前くらいは聞いたことがあると思います。あのランスと組んで、ツールドフランス史上初の7連覇を成し遂げたのが、ヨハン・ブリュニール監督です。序文は、ランスが書いてくれています。
 ツールドフランスに興味の有る人だけでなく、なにかを成し遂げたいと思っている人、励ましの必要な人、勇気の必要な人、みんな読んでください。帯の推薦文は、トライアスロン選手でサイクリング番組のナビゲーターなども行っている、白戸太朗さんにお願いしました。白戸さん、ありがとうございました。
 来週12日頃には、全国の主要書店には並びます。アマゾンでも購入可能ですので、よろしくお願いします。

追記
表紙の自転車は、トレックのMadone 6.9 pro。トレックジャパンのご好意で使わせていただきました。ランスが乗っていたのは、もちろん、トレックの自転車です。

『成人式は二度終えております』(エドはるみ著)

「オデッセイマガジン」にご登場いただいた、今、絶好調のエドはるみさん、初の著書。さっそく10冊購入いたしました!

幸田露伴著「努力論」(岩波文庫)

正直言うと、明治の文豪、その中でも漢文でもあるまいに、漢字連発の文章を書いた文豪たちは、大の苦手です。ちょっと漢字を勉強した程度では、歯が立ちません。英語の文章を読む方が、よっぽど簡単です。

幸田露伴は、僕が苦手とする明治の文豪のひとりです。
それから、この本のタイトル『努力論』というのが、まったく時代錯誤です。さすが岩波文庫!(こんなタイトルつけていては、売れないですよ)
ところがこの本、つまらない「努力論」ではないのです。幸田露伴による、幸福論であり、仕事論であり、人間論なのです。そして現代のわれわれにも大いに当てはまることがたくさん書かれています。たとえば、以下のような文章は、まさに同時代だと思いませんか?(読みやすくするために、一部の漢字をひらがなにしました)
「ことに近時は人の心はなはだ忙しく、学を修るにもことをさくすにも、人ただそのすみやかならんことを力めて、その精ならんことを期せぬ傾がある。これもまた世運時習のしからしむるところであって、直ちに個人を責むることはできないのである。しかし不精ということは、ことの如何にかかわらずはなはだ好ましからぬことである。」(「修学の四標的」明治44年3月)これなんて、忙しさにかまけて、適当な仕事になりがちなわれわれへの警告だと思いません?!
「運命と人力」、「自己の革新」、「四季と一身と」、「疾病の説」、「静光動光」、「進潮退潮」など、明治の文豪から学べることって、結構、多くありそうです。僕が、特に気に入ったのは、「幸福三説」という文章。福が有ることもいいけど、福を惜しむ(大切にすること)、福を(まわりの人間と)分かち合う、そして福を植えていく(増やしていくこと)がたいせつだよ、という話(「福」を、「お金」と置き換えてみてもいいです)。これって、ビジネスにもあてはまるじゃないですか!
明治の文豪も、案外、おもしろいです。

出版が楽しみな「日本語が亡びるとき」(水村美苗著)

きのうに続いて今日も荒川沿いで40キロサイクリング。これからすこしずつ距離を延ばしていって、今月中には100キロ以上、走ってみようと思っています。

ところで、先日ご紹介した、水村美苗さんの長編評論「日本語が亡びるときー英語の世紀の中で」(新潮9月号掲載)。雑誌に掲載されているのは、全七章のうちの冒頭三章分。非常におもしろい評論で、今年秋の出版が楽しみです。「普遍語」となった英語と、「現地語」でしかありえない日本語を含むその他の言語。三章読んだだけでも、現代のラテン語として普遍的な力を持つようになった英語に関するさまざまな議論がうまくまとめられていると同時に、これからの世界の動きを考えていく上でのヒントが含まれている評論となっています。日本の政治家こそ、読む必要があるのではないかと思います。→水村美苗HP
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「日本語が亡びるときー英語の世紀の中で」(水村美苗著)

『新潮』9月号に掲載されている280枚の長編評論。水村美苗さんの著書、「続・明暗」、「From Left to Right」、そして「本格小説」は、すべて拝読しています。ずっと関心を持ってきた作家のおひとりです。
明日は、20年ぶりに訪問する岩手県。新幹線の中で読むのを楽しみにしています。

「いしぶみ」(文:小山薫堂、絵:黒田征太郎)

Library by Odyssey でお世話になった小山薫堂さんが、またまた素敵な絵本を出されました。映画「おくりびと」(脚本が小山さん)から生まれたそうです。ほのぼのとする内容の絵本です。小山さん、ありがとうございました。(もうひとつの素敵な絵本は、「まってる」)

大学生協おすすめの海外文学

  仕事で大学キャンパスを訪問することがあります。生協の売店に立ち寄るのが好き。どんな本がおいてあるのか、その生協オリジナルの商品をチェックしたりするのもおもしろい。で、この前、京都の京都橘大学に訪問した際に生協で見つけたチラシで、「大学生のための100人100冊ー海外文学編」(製作:大学生協文系委員会/東京事業連合)というのがあったので、もらってきました。必読の23人と、おすすめの77人にわかれていて、必読作品は以下のようになっています。
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1 ダンテ(神曲)
2 ボッカッチョ(デカメロン)
3 ラブレー(ガルガンチュア)
4 セルバンテス(ドンキホーテ)
5 シェークスピア(マクベス)
6 ゲーテ(ファウスト)
7 バルザック(ゴリオ爺さん)
8 ポー(黒猫)
9 ドストエフスキー(カラマーゾフ)
10 トルストイ(アンナカレーニナ)
11 ランボー(ランボウ詩集)
12 プルースト(失われた時を求めて)
13 トーマスマン(魔の山)
14 ジョイス(ユリシーズ)
15 カフカ(城)
16 フィッツジェラルド(グレートギャッツビー)
17 フォークナー(八月の光)
18 ヘミングウェー(老人と海)
19 ナボコフ(ロリータ)
20 ボルヘス(伝奇集)
21 サンテグジュペリ(星の王子さま)
22 カミュ(ペスト)
23 サリンジャー(ナインストーリーズ)

 僕が大学生だった頃にも、こんなリストが出回っていたように思うし(特に、岩波文庫を中心として)、これらの本は20年、30年前にも、必読リストにあがっていたと思います。でもこれらの本を読んだ方がいいのは、大学生でなく、われわれ大人たちじゃないかな?今でこそ言えるけど、僕なんて凡人だから、学生の頃はこれらの本の中身の10分の1くらいしか、理解できなかったと思う。恋愛や人間関係、食っていくことのたいへんさを経験して、ようやく、古典の良さがわかり始めてきたと思う。
 今時の大学生の話を聞いていると、これからの日本ってヤバいなと思うのですが、彼らは実は親の世代の鏡でしょう。高齢化社会になって、古典の時代以上に生きられる時間が長くなっているわけですが、学生たちに読めという前に、まず、大人であるわれわれが古典をしっかり読んだ方がいいのでは?と思っています。
 

中国人作家に芥川賞

 中国人作家のヤン・イーさんに芥川賞決定の記事。この方が書かれた「ワンちゃん」は以前芥川賞候補になっていたと記憶していますが、とてもおもしろい小説でした。うちの会社にインターンとして中国から来て、一度北京に返った後、今は名古屋で勉強しているチェンチェンに送ってあげたら、「おもしろくておもしろくて徹夜して読んだ」と言っていました。今回、芥川賞を受賞した作品も読んでみたいです。

『ジェネラルパーパス・テクノロジーー日本の停滞を打破する究極手段』(野口悠紀雄、遠藤諭共著)

 僕が大学生の頃、マクロ経済学の入門書が多いに売れたNという先生がいます。いまでもしばしばテレビや新聞に出る方で、経済学者からいつの間にか経営学者になっています。この先生のお話を小さなサークルでお聞きする機会があったのですが、「私はアメリカに洗脳されていた。日本にはアメリカのような市場主義経済は合わないし、アメリカや中国のような、二枚舌の政治はできない。日本のリーダーシップは歴史的にみても、徳治主義でないといけない。」というような話をきかされ、あきれました。(洗脳されていたうんぬんは、サービス精神から、おもしろおかしく発言されているのかと思いますが)日本国内の政治や財界には、二枚舌のおえらさんたちはいないのだろうか?!単に、役者の違いで、アメリカや中国の政治家相手に大芝居をうつことができないだけじゃないのか?「先祖帰り」してしまったこの有名タレント教授の話には、あきれてしまいました。
 それに引き換え、野口先生は徹底的にシリコンバレーのビジネスモデル、経営手法や哲学を日本の大企業や政府に対比させながら、日本の経営層(公的部門の経営層も含め)が既得権を守りながら、新しい環境に対応しようとしないという批判を続けています。日本社会が、IT革命がもたらした新しい情報、通信システムに適合しようとしていないことを、繰り返し述べています。このあたりのことは、ここ数年の野口先生のすべての著書に共通しているテーマです。
 野口先生は僕が大学在学中に一橋で教鞭をとっていました。先にあげたN先生も、他大学を経由して、一橋で教えていらっしゃいました。野口先生も、学者からいつの間にか、ベストセラー作家になられていますが、先祖がえりのN先生と違って、少なくとも現状に対する批判精神を維持されているところは評価しています。

東京国際ブックフェア2008

 東京国際ブックフェア2008がビックサイトで開催中。オデッセイコミュニケーションズでも、ユーキャン、日経BPソフトプレス、そして翔泳社と共同で、ブースを出展しています。
 このイベント、出展している出版社が、通常価格の2割引で本を売ってくれるので、週末は個人客も多く集まります。本日午前中あった特別講演「どうする!出版産業のビジネスモデル」を聞いたあと、展示コーナーへ。みすず書房、勁草書房などのちょっと高額な本を買ったので、2割引が助かりました。

『考える人』(新潮社刊)

 小社で提供していたラジオ番組、Library by Odysseyで、パーソナリティをお願いしていたノンフィクション作家、最相葉月さん。最新の季刊誌『考える人』(伝記、評伝、日記特集)にインタビュー記事がでていたので、久しぶりにこの雑誌を買いました。鶴見俊輔さんの自伝『期待と回想』に関連して、「人がちゃんと生きてきたということが伝わってくることほど、人生に役立つ教えはない」。僕が自伝を読むのが好きな理由でもあります。

『大いなる看取りー山谷のホスピスで生きる人々』(中村智志著、新潮社刊)

 以前紹介した山谷のホスピス「きぼうのいえ」そこで晩年を過ごしたひとたちの人生の断面を、週刊朝日の記者が本にしたもの。死を遠ざけ、死を見ないふりをすることが多いわれわれですが、死のことを考えてはじめて、よく生きることもできるのではないかと思います。僕の場合は、仕事でお世話になった北岡さん(TOEICの創案者)の死から教えられることが多かったです。残された北岡さんの奥さんの由美子さんは宝塚出身で、あるホスピスで時々歌っていらっしゃいます。1年に一度はお会いしますが、これからも歌い続けていただきたいと思っています。
 この本の中で、紹介されている、以下のような素敵な言葉があります。
Bach gave us God's word. (バッハは私たちに神の言葉を与えた)
Mozart gave us God's laughter. (モーツアルトは私たちに神の笑いを与えた)
Beethoven gave us God's fire (ベートーベンは私たちに神の熱情を与えた)
God gave us music, so that we can pray without words. (言葉がなくても祈れるように、神は私たちに音楽を与えてくださった)
 音楽のユニークさを表している言葉かと思います。

『田舎暮らしに殺されない法』(丸山健二著、朝日新聞出版刊)

 ちょっとドキッとするタイトルですが、中身を読むともっとドキッとします。定年退職後、田舎暮らしに淡い夢と希望を持っている人たちに、冷水どころか、ハンマーで殴り掛かるくらいショックを与えると思います。厳しいリアリズムに基づく忠告の連続です。丸山さんはストイックな生き方をされてきた作家なので、あまっちょろい団塊世代には我慢もならないのでしょうか。(団塊世代だけでなく、ペットのような人間すべてに我慢がならないのでしょうが)

 これから田舎暮らしを始めようとする人たちだけではないと思います。ちょっと真剣に生きることを模索しているひとすべてへのメッセージかと思います。参考までに、各文章のタイトルだけあげておきます。
- その前に、「自立」しているかを問え
- 確固たる「目的」を持て
- 「自然が美しい」とは「生活環境が厳しい」と同義である
- 年齢と体力を正確に把握せよ
- 「田舎暮らし」を考えるなら、まず酒と煙草をやめよ
- 「孤独」と闘う決意を持て
- 「妄想」が消えてから「現実」は始まる
- 田舎は「犯罪」の巣窟である(これはショッキングでしたが、ほかの方の話を聞いていても確かなようです)
- 田舎に「プライバシー」は存在しない(これは僕の育った田舎もそうですね)
- 「付き合わずに嫌われる」ほうが底が浅く、「付き合ってから嫌われる」ほうが数倍も根が深い
- 「第二の人生」について冷静に考えよ
- 「老後の現実」を直視せよ
- あなたを本当に救えるのは、あなた自身である (以上)
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『ルイス・カーンとはだれか』(香山壽夫著、王国社刊)

先日(6月10日)ご紹介した映画の主人公で建築家であるルイス・カーンのもとで勉強した東大名誉教授によるルイス・カーン論。引用されているカーンの言葉にははっとし、感動するものが多々あります。
 「自然は、夕焼けのいかに美しきかを知らぬ。」(Nature does not know how beautiful the sunset is.) 
 「あったものは、常にあったものである。今あるものも、常にあったものである。いつかあるであろうものも、常にあったものである。」(What was has always been. What is has always been. What will be has always been.)

 
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『ビジネスに「戦略」なんていらない」(平川克美著、洋泉社刊)

 実際に会社を経営されてきた「実務家」の書かれた本。論を深めるという点では、不満に思う読者も多いかもしれませんが、机上の空論とは違い、実体験から生まれた考えが書かれています。僕も共感する点が多い本です。

 友人に内田樹(神戸女学院大学教授、「私家版・ユダヤ文化論」で小林秀雄賞受賞)がいて、彼との対談もこの本には含まれています。内容は、大きな視点からビジネスをとらえ、人間の営みとしてのビジネスのおもしろさを説いています。ビジネスの始まりには、「交換」=コミュニケーションがあること、モノであれ言葉であれ、交換過程のはじめにあるのが「与える」ということ、それに対する返礼、反対給付が続いていくことがコミュニケーションの基本であること。さらに、ビジネスにおいて交換されるものはモノやサービスとお金であり、さらに、技術や誠意といったものが満足や信用といったものと交換されていること。その二重の交換が、ビジネスであることを熱心に説いています。
 大学生の頃読んだ文化人類学、経済人類学の本を思い出させてくれました。会社の経営者は、顧客や社員などの「ステークホールダー」と、商品やメッセージ(言葉)を通して対話を進めていかないといけないこと、対話そのものが実はビジネスの大きな目的であり、その中にいきがいや、やりがい、あるいは自己実現といったものが見つけられるのではないかと思いながら、本を閉じました。

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『自転車をめぐる冒険』(文:疋田智、絵:ドロンジョーヌ恩田、東京書籍刊)

 来月、丸の内インターネットラジオ「アイディアエクスチェンジにご出演いただくことになっている、TBS報道局勤務で、「自転車ツーキニスト」の疋田智さんの本。絵と「つっこみ」を担当しているのが、女性サイクリストのドロンジョーヌさん。この人の絵がケッコウいけます(ちょっと色っぽいのがいい!)
 文章は、疋田さんが雑誌に書かれたエッセイを中心に集めたものです。自転車に乗っているとポジティブな考えや気持ちが浮かんでくる、自転車が「独立マインド」を育ててくれるなど、大賛成というか、諸手を上げて賛同したくなることが、たくさん書かれています。
 自転車ファンだけでなく、自転車に乗ると太ももが大きくなってしまうから「イヤ!」と、思っているすべての人におすすめ!(←これって、大きな誤解ですよ)

 
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『「心の傷」は言ったもん勝ち』(中嶋聡著、新潮新書)

 一昔前(と言っても、20年、30年前ですが)の日本だと、問題にならなかったようなことが、この頃は大事になります。なかには時代が変わってよかったと思うこともありますが、どうも、「へー、その程度のことが、ハラスメントだとかになるの?!」ということもあります。ハラスメントなんて言葉が一般的に使われるようになって、日本が窮屈になってきているという気もします。(85センチ以上のお腹周りは「メタボ」だとなると、急に「病人」が増える!)

 で、この本の著者ですが、精神科医です。「心に傷を受けた」と言って、出社拒否する無責任社会人に対して、うんざりされているようです。これまで何度も診断書や意見書を書いてくれと頼まれて、つらい立場に立ったことがあるようです。過剰な被害者意識の患者たちには、もううんざりされているのではないかと思います。

 以前書いたことがありますが、ある日本を代表するネット企業のひとつで、企業内の産業医が、社員の愚痴や不平不満をさんざん聞かされた結果、自分自身が精神的な病気になって休むようになったという話を聞きました。この本の著者も、このような本を書かないと、ご自身の心のバランスが取れないのではないかと想像します。
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 一部、「ちょっと言いすぎじゃないの?!」というところがありますが、大筋では同意!「精神力を鍛える七つのポイント」(第7章)の最初に挙げられている、「1.何事も人のせいにしない。」これに尽きるかと思います。

 この方、東大医学部を卒業され、エリート医者のように見えつつも、実はご自身も過去において挫折を経験されているようです。大学卒業後アメリカに渡ったとき、「成績が著しく悪い」ということで、半年でクビになったそうです。日本に帰るため、サンフランシスコ空港から飛行機に乗るとき、またアメリカに来ようと思ったが、そのチャンスは2度と来なかったと書かれています。若い人へのメッセージとして、「与えられた短いチャンスの間に、全力を尽くしてください。」とあります。

 お話の内容を、筆記者がまとめたものかもしれません。文章は時に感情的でもあり、荒っぽい議論も見られるのですが、さきほど書いたとおり、大筋では賛成です。

 著者は僕よりも4年先輩のようですから、たぶん、同じ世代です。ちょっと、「巨人の星」っぽい価値観の影響を、お互い受けているかな?!

『トヨタ語録』(石田退三著)

 「トヨタ中興の祖」とされる石田退三(1979年没)の発言を集めた本。このかたは、松下幸之助からも敬愛されていたということです。会社の経営者でなかったとしても、すべてのビジネスマン、ビジネスウーマンにためになると思います。ビジネスの話だけでなく、生きていくことのヒントもここにはあります。英語のタイトルは、The Philosophy of Toyota。
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文春新書『ポスト消費者社会のゆくえ』(辻井喬/上野千鶴子)

 毎週土曜日の読売新聞朝刊に連載されている、辻井喬/堤清二による「回顧録」とあわせてこの本を読むと、経営者としての堤清二さん、作家としての辻井喬さんのことをよりおもしろく知ることができます。ちょうど、今朝の読売新聞朝刊には、三島由紀夫が市ヶ谷で自殺したときのことが紹介されています。ほぼ同じ話が、この本の中にもでてきます。三島は辻井さんの2歳年上のようですが、親しくされていたことを知りませんでした。

 大学時代の友人の一人は、堤清二が作り出したセゾングループの文化事業への関心から、西武百貨店に就職しました。1983年、セゾングループが躍進していた頃です。作家(辻井喬)でもある経営者(堤清二)は、バブルの崩壊とともに消えていきましたが、挑戦した事業はおもしろかったし、その視線は高いものを見ていたのではないかと思います。今では、作家・辻井喬が残っています。
 上野千鶴子さんが、この本の中で、非常に鋭い質問者、コメンテーターの役割を果たしています。新書でも900円ですが、320ページほどの充実した対談で、非常におすすめです。

YouTubeに、セゾングループ(堤清二)に関するおもしろいプレゼンテーションが出ています。



YouTube: セゾングループの歴史(西武セゾン パルコ 西武百貨店 堤清二物語)コンテキストグラフィー Presents

ポール・ニザン著『アデン・アラビア』(晶文社刊)

 大学生の頃、読んだ本です。久しぶりに冒頭の、あまりにも有名な一節を読み返してみました。最初の一文が、紹介されることは多いようです。(「僕は20歳だった。それが人の一生でいちばん美しい年齢だなどとだれにも言わせまい。」)

 その後に続く文はそれほど紹介されませんが、以下のように続きます。「一歩足を踏みはずせば、いっさいが若者をだめにしてしまうのだ。恋愛も思想も家族を失うことも、大人たちの仲間に入ることも。世の中でおのれがどんな役割を果たしているのか知るのは辛いことだ。」(篠田浩一郎訳)

 人それぞれ感じるところは違うかもしれませんが、ポール・ニザンの言葉は、今の僕らにもストレートに響いてきます。恋愛や家族を失うことの痛手は分かったとしても、失うことを恐れるほど、思想にコミットすることは、今の時代、大半の人からすれば理解不可能ということでしょうが、ポール・ニザンの友人のひとりはサルトルでした。

 この本は、日本では1966年に発行されています。→aoten store

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野村克也著『野村ノート』(小学館刊)

 野球の野村監督による、一流のリーダー、一流の人間になるためのアドバイス。そして、裏話を交えながらの、一流の野球選手とはなんぞやというお話。野村さんは勉強家だなと感心します。もう日本の野球にはまったく関心がなくなった僕ですが、この本に関して言えば、われわれビジネスマンにもジーンと来る話が満載です。

 第一章に以下のような言葉が紹介されています。(この言葉はよく紹介されますが、久しぶりに出会いました。)

心が変われば態度が変わる。態度が変われば行動が変わる。行動が変われば習慣が変わる。習慣が変われば人格が変わる。人格が変われば運命が変わる。運命が変われば人生が変わる。

 南海ホークスの選手兼監督だったころ、僕はまだ小学生だったのですが、ホークスの春キャンプが、高知の大方であったことを覚えています。野村さんにもサインをもらったような記憶があります。この人の奥さんだけは、理解できないのですが、悪妻のおかげもあって、野村さんは、大活躍なのでしょうか?!

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寺脇研著『官僚批判』(講談社刊)

 生涯教育とゆとり教育で有名だった元文部省官僚が、役人時代を振り返った本。以前、ご紹介した高橋洋一さんの『さらば財務省』もそうですが、キャリア官僚として、組織の中でかなりのポジションにまでのぼりつつも、ユニークなキャラクターが故に、組織からはじかれていった元官僚が、部分的とは言え、今の官僚制度を批判する本を書き始めたことを、僕は歓迎しています。
 寺脇さんがマスコミによく出ていたとき、このかたは「ゆとり教育」を積極的に広報されていたように記憶しています。ゆとり教育は、このごろではさんざん批判されています。でも、学力低下も含めた子供を巡るさまざまな問題に関しては、学校教育に頼り切っている親、子供を金儲けとセックスの対象にしてしまっている一部のビジネスと大人たちの自制心のなさが、もっと大きな根本問題としてあるのではないかと思っています。(ケータイ業者は、フィルタリングの問題に関して、イノベーションを阻害するだとか、言論の自由だとか、表現の自由なんて、言っていますが、僕はふざけた戯言だと思います。どうやって株価に影響を与えないようにしようかという下心が、衣の下から、透けてみえます。)

 寺脇さんも、役人時代には言えなかったことを、退官されてからは発言できるようになったのでしょう、次のような文章を書かれています。
「安倍前首相は、『私の内閣』という言葉をしばしば口にしていた。私は、あの言葉を耳にするたび、憤りを禁じ得なかった。総理大臣といえども公務員である以上は国民全体の奉仕者であり、その立場にある人が『私の内閣』などと言っていいはずがない。」
 他省庁との仕事を通じて感じた省によるカルチャーの違い、福岡県、広島県への出向の経験談、率直に語られるご自身の欠点など、おもしろく読ませていただきました。役人時代には、抑えないといけなかった、お持ちの多才さを、自由奔放に、存分に発揮されますように。

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『たった三行で会社は変わる』(藤田東久夫著)

昨年いただいたままになっていた本。今週ようやく読ませていただきました。著者は、もともとは、日本航空のサラリーマンだったのですが、義理のお父さんの会社を継いで社長になった経験から、この本を書かれています。この本の中で、サラリーマンと企業家の違いを以下のようにまとめていらっしゃいます。サラリーマンも、永遠にサラリーマンのまま終わるだけでなく、企業家に変身できるということは、この著者自身が証明していることです。

(→アオテンストアby amazonで購入!)

1 企業家は会社をかけて仕事し、サラリーマンは自分をかけて仕事をする。
2 企業家は週末をうらみ、サラリーマンは喜ぶ。
3 企業家は同じことをくり返し言うが、サラリーマンは一度言えば済むと考える。
4 企業家は変化を起こすが、サラリーマンは変化を嫌う。
5 企業家は課題に対して自ら行動を起こすが、サラリーマンは他人事だと考える。
6 企業家にとって経営理念はものすごく大切であるが、サラリーマンにとってはどうでもいい文言の羅列である。
7 企業家は物事を簡単に言うが、サラリーマンはサラリーマンはむずかしく言う。
8 企業家は会社は倒産するものだと心得るが、サラリーマンは考えたこともない。
9 企業家は失敗談を多く語るが、サラリーマンは成功談ばかりくり返す。

『理解されないビジネスモデル-消費者金融』(時事通信社)

あまり普通の人は読まない本かもしれません。ただ、日本社会の病理を理解するには、この業界のことを理解しておく必要があると思います。先日ご紹介した、『反貧困』(岩波新書)とも関連してきます。(もうひとつ、理解すべき業界の一つとして、パチンコ業界もあります。)

この本は、貸金業法の改正に関して、消費者金融業界の人たちの意見や反省を集めたものです。すべての業界には、光と陰があります。消費者金融ももちろん例外ではありません。それどころか、多重債務者問題のように、恐ろしいほどの陰が一部では存在しています。80年代後半のバブル時期大ベストセラーになった、漫画『ナニワ金融道』を読めば、ものすごい勉強になります(漫画を読まない僕ですが、この作品は全巻読みました)。

もうひとつ、面白い話がこの本にあります。貸金業法の改正にあたった金融庁の担当の方が、インタビューにでています。借り手のリテラシーの低さが、多重債務者を生んでいる背景にあるとされています。ご自身も、2%の金利でも、長期の住宅ローンの返済において、奥様から指摘されるまで、金利負担の大きさをよく考えていなかったというお話をされています。ある意味、監督にあたる役人の方々が、金利感覚をお持ちになられていない、あるいは実務に基づいた感覚をお持ちではないことが、滑稽であると同時に、恐ろしいことだと思いました。(株式投資をやらない方が、証券ビジネスの監督にあたることと同じように。) 頭のいい人たちであればあるほど、現場の感覚が大切ですから。

アオテンストアby amazonに、黒犬通信で取り上げた本をまとめてあります。

『ほんとうの環境問題』(池田清彦、養老猛司著)

 先日東京ビッグサイトであったWeb2.0のイベントにいったら、来客者の名刺と交換に、エコバッグを配っている会社がありました。去年は、有名なイギリスの鞄デザイナーによるエコバッグを買うために、伊勢丹の前に早朝から並んだ女性たちが大勢いて、買えなかった成金女が店員にくってかかったという話を聞いた覚えがあります。
 環境のことを本当に考えているのなら、エコバッグなんてまず作らないこと!だって、バッグを一つも持っていないなんて人は、もう、いないんだから。ものを作ると、エネルギーを新たに消費し、環境の破壊につながっていきます。無駄なものは買わない、作らない、買わせない。広告代理店のひとたちには申し訳ないけど、つまらないキャンペーングッズなんかも、できるだけ作らない方がいいと思うんだけど。
 この本『ほんとうの環境問題』は、主義主張のため、ロマンチシズムのため、ブームに乗るため、意識が高くて優しい人と思われるため、そんな理由から、環境問題を口にしている、そんな人たちが読んでみるといい本。
 地球温暖化のことがいろいろと話題に出ますが、実は、事実関係がまだよくわかっていないということを最初に押さえておいた方がいいと思います。本当に温暖化が進んでいるのかということからして、科学者の間でも議論が分かれていること、マスコミは温暖化など進んでいないという議論をあまり伝えようとはしないことを、覚えておくべき。今の時代、温暖化が進んでいるという記事の方が売れますからね。

 それから、8月の洞爺湖サミットで、環境問題に関して、つまらない約束をしないことを祈っています。京都議定書で自分の首を絞めるようなCO2削減のコミットメントを行いましたが、再度、議長国ということで、大盤振る舞いをするのではないかと危惧しています。そして、マスコミの多くは、それをよしとするのではないかと。

 

『反貧困』(湯浅誠著、岩波新書)

決してODAの本ではありません。日本国内の貧困問題の話です。日雇い労働者の過酷な話がいくつか出てきます。

 この本は、現在の日本社会の一面を正確に描写しているのかと思います。僕らのオフィスが入っている新東京ビルの周り、東京駅京葉線地下には、たくさんの中高年、老人のホームレスたちが存在しています。毎日、彼らの姿を目にしています。一見華やかになった丸の内ですが、地下にはそのような人たちが多数存在しているのが、現実です。

 気軽に転職やフリーターになることをそそのかすような人材紹介会社の広告などをみるたびに、若いひとたちに、どのような影響を与えているのかと思います。就職しなくても、「家にいればいいよ」という物わかりのいい親も増えていると聞きます。これまで当然だったことが、当然ではなくなりつつあるのでしょうか?

『アイラブエルモ』が雑誌で取り上げられています

アメリカン・ブック&シネマの出版プロジェクト第一弾の『アイラブエルモ』。女性雑誌で取り上げられています。日経ウーマン6月号104ページ、GLITTER6月号の142ページ。このGLITTERという雑誌、初めて知りました。

アイラブエルモの購入は、こちらから→アオテンストアby amazon

『秋田犬の父ー澤田石守衛』(木楽舎)

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先日ご紹介したDog Man こと、澤田石守衛さんを紹介した日本語の本を、本日、アマゾン(古書)で入手。こちらの表紙は、澤田石さんの笑顔と秋田犬が、表紙を飾っていて、まったく違った雰囲気になっています。Dog Man の表紙に使われた写真も、この『秋田犬の父ー澤田石守衛』の中に含まれています。同じ人物を取り上げた二つの本の作り方、伝えようとするものの違いが、表紙に現れているように思います。

"Dog Man" by Martha Sherrill

アメリカ人の作者によって初めて僕は、澤田石守衛さんという、秋田犬の保存につとめられた方の存在を知りました。この本は、秋田県の人たち、秋田犬を愛する人たちだけでなく、日本犬が好きなすべての日本人が読むべきだと思いました。そして、生きること、家族、自然、動物、そんなことを考えたい人すべてが。

この本は、以下のような、すばらしい文章で始まります。
There are mountain villages and green valleys throughout Japan, and very few people live in them. The cities teem and buzz with life-each year with increasing speed and sophistication, more crowds and smaller cell phones and a dizzying parade of man-made pleasures. But far away, the snow country world moves quietly, almost forgotten except as a dream This is the story of that dream. It's about one man's devotion to a place and way of being, however preposterous it may seem to others, and how he gently, and not so gently, steers his life there.
もうひとつ、こんな文章も強く記憶に残りました。
In the morning when the dogs bolted from their kennels and followed Morie into the woods, it seemed as though they were disappearing to a magical land, to another time. Their territory seemed boundless, miles and miles of green meadows, forests of towering cedars, and mountain peaks with sheer cliffs. The dogs craved the wild, Morie always said. It kept their instincts sharp, their spirits strong. It kept them from complacency and spiritual decline. Being in the wild reminded them who they really were-and the amazing deeds they were meant for. It was an antidote to the convenience and comfort of modern life. Kitako wondered if people didn't need the wild too.

僕はこの原作に基づいて、映画が作られないものだろうかと思います。澤田石さんは、三菱グループの会社に勤めながら、終戦から退職まで、ずっと東北地域で発電所の建設プロジェクトに関わられてきたそうです。現在では、年齢も90歳を越えた方です。自然とその一部である秋田犬をこよなく愛した人生に、乾杯!

朝日新聞記事(澤田石さん紹介)Dog_man_book_cover

『会社の値段』(森生明著、ちくま新書)

 やさしい言葉で、会社の価値や企業統治に関して、考えるヒントを提示してくれている本です。書かれたのは、2005年末のようですが、この本のなかで提示されている著者の意見や疑問は数年後の今も日本の現状には当てはまります。

 

 例えば、普段なにげなく使っている、「企業価値」と「株主価値」の違いを説明できる人、これらについて、自分なりの考えを持っている人がどれだけいるでしょうか?  著者の指摘の通り、日本で使われる「企業価値」は漠然と使われています。「株主価値」のように、数字で明確に示しうるものではないように思えます。そのあいまいさの陰に日本の経営者たちは逃げ隠れ、株価で表される企業の価値を上げていく努力を怠ってきたと言えます。隠れた価値を見つけだし、安く買い高く売ろうとする「ハゲタカファンド」に対する感情的反発からは、自信のなさと努力不足をそのままにした「嫉妬」を感じます。

 

 先日、外資企業が、本国の株式を使いながら、日本にある子会社を通して日本企業を買収する、いわゆる三角合併は、法律で可能になって以来、まだ一件しか成立していないという記事を読みました。日本の資本市場の閉鎖性の一例でしょうか。

『3年で辞めた若者はどこへ行ったのか―アウトサイダーの時代 』(城繁幸著、筑摩新書)

 前著『若者はなぜ3年で辞めるのか』からの読者です。本書も共感を持って読ませてもらいました。
 
 (著者もそのひとりですが)東大卒業の人間が、学歴社会を批判的に論ずると、必ずでてくるのが、「東大卒の人間に学歴社会の問題を指摘する資格があるのか」というような反応。東大でたからと言って、ビジネスの世界で成功している人は少ないなと、これまでの経験から思います。特に、自営業や起業の分野で、成功している人は絶対的に少数です。逆に、東大卒のプライドが、起業や自営にはマイナスになることが多いかもしれません。日本社会が、圧倒的にサラリーマン社会になってしまっていることが、議論の閉塞感の根本にあると僕は思っています。サラリーマン(含む公務員)として生きていくことが唯一の選択肢と思い込んでいる日本の悲しさ。議論もすべて、その枠の中で、生涯賃金がどうのこうのという、現状が永遠に続くという前提にたち、かつ、夢のないレベルでの話になっています。会社説明会などでも、安定しているから公務員志望などという学生の話を聞くと、君はもう棺桶に入っているね、と言ってあげたくなります。

 著者には、弊社のポッドキャスティング、「アイディア・エクスチェンジ」に登場していただく予定になっています。お話をお聞かせいただくことを、非常に楽しみにしています。

 

『危ない格言』(榎並重行著、洋泉社新書)

3年ほど前に出た本です。チューリップや白鳥たちを意味もなく殺していく人間がいることを新聞記事で読んだとき、この本の中のこんな言葉を思い出しました。

「われわれに、われわれ自身を止める能力がどうにかして備わるように」-人間への祈り。

インターネットで匿名のまま他人を攻撃するひとたちには、このような言葉が用意されています。(すこし長い引用になります)

匿名で、特定の相手を口汚くののしり、中傷し、人格や性質に至るまで全否定するような文章を、情報技術媒体などに載せる者たちは、何よりも彼ら自身が注目されることを求めている。他のやり方では、ついにそれを得ることがかなわなかったという恨みに基づく、復讐心の発散のために。しかし、もっとも醜い憎悪と嫉妬をさらけ出すことでしか、それを行うことができないということを見透かされる恥辱を先廻りして逃れるためには、彼らは匿名の陰にうずくまる以外にない。

著者は高校時代から、ニーチェやフーコーの読者だそうです。ビジネスのご経験があるのかどうか、そんなことは本からはまったくわかりませんが、以下のような言葉は、ビジネスマンの僕も非常に同意することで、なおかつ、成功する起業の本質をとらえていると思います。

その内容がどんなに貧弱でも具体性を備えたものに惹かれる者たちは、事業家に向いている。その内容の尽きせぬ豊富さ故に抽象性に誘惑されるものたちは、計画のひたすらな立案者にしか向かない。

編者からの挨拶のなかに、「痛烈な批判と諧謔に彩られている」、「格言集としては類を見ない毒気に満ちたものになっている」とありますが、少々、誇張が入っているように感じました。それは僕が、鈍感な読者だからかもしれませんが。

最後に、すべての人、特に若いひとたちには以下の著者の言葉を贈りたいと思います。

君が君の人生に何を求めるにせよ、一度は君の人生に君が何を与えたかを点検してしかるべきだろう。

・自分を探すくらいなら、自分をつくればいい。

黒犬通信で取り上げた本

黒犬通信で取り上げた本の一部ですが、アオテンストアby amazonにまとめてみました。

よかったら、こちらもご覧ください。タンタンのシリーズはすべてリストアップしています。タンタンは子供のための絵本ではなく、大人のための絵本です。内容は大人が読んでこそ、理解できるものになっています。騙されたと思って、一冊、読んでみてください。

アオテンストア by amazon

北アイルランドで始まるセサミストリート

僕がセサミストリートを好きな理由のひとつ。それはセサミストリートが、紛争の場に飛び込んでいって、子供たちへの平和のメッセージを伝えようとしているから。ニューヨークで僕が親しくしているセサミのプロデューサーは、パレスチナとイスラエルの子供たちのためのセサミストリートを製作していました。

そして、今回、カトリックとプロテスタントが対立してきた北アイルランドで、北アイルランド版のセサミストリート、"Sesame Tree"が始まりました。

American Book & Cinema で発行したアイ・ラブ・エルモもそんなセサミストリートのスピリットを伝えてくれる本です。最寄の書店、あるいはYahoo! Booksなど、普段お使いのネット書店でご注文ください。

→Financial Times 記事("Muppets on a mission")

Sesame Workshop Press Room

『カラシニコフ自伝』(エレナ・ジョリー聞き書き、朝日新書)と『失われた手仕事の思想』(塩野米松著、中公文庫)

カラシニコフは、世界で一番有名な銃の名前であり、それを作ったロシア人の名前。流刑農民の子供で、兵卒あがりの独学の人間が、自らの人生を語ったもの。ひとつの人生哲学と美学を持った頑固者で、まさに職人そのもの。

『失われた手仕事の思想』は、消えていく日本の職人たちを惜しむ作者の、職人仕事への考察。真の意味での創造や生産ということを考えるヒントがこの2冊にはあるかもしれません。「グーグル」では決して得られない、なにかが。

「新・知的生産術-自分をグーグル化する方法」(勝間和代著)

イーグルスの歌に、"Life In The Fast Lane"という歌があって、歌の内容はよく覚えていませんが、タイトルだけはずっと記憶に残っています。この本の著者も、必死にFast Lane の上を走っているひとりでしょうか?

 著者に共感する点がいくつか。「自転車での移動」、「テレビを見ない」、「睡眠は大切」、「PCやネットの活用」、「読書のすすめ」など。このあたりは僕もまったく同じ意見。でも、反対にちょっと感心しないのは、強烈な自己宣伝。また、「賢くない人が、賢い人からどんどん搾取される危険な時代」(本文中の言葉)の中で、勝者であることを宣言するかのような姿勢には、違和感を感じます。

 著者は3人のお子さんのお母さんでもあるとか。僕の周りを見ていると、実家が近くにあって、子供の面倒を一部ご両親にお願いしているというお母さんたちもいます。著者はこれまでどうされてきたのかな?「知的・育児術」は次の商売のネタでしょうか?あと、ご主人も同じように、自分自身の「グーグル化」(この言葉の意味はわかったようで、よくわかりません)に励んでいるのでしょうか?

IT時代のモーレツ・セールスウーマン」だなという印象を持ちました。

 

『アイ・ラブ・エルモ』イベント@紀伊國屋書店

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R0010442豊洲のららぽーと内にある紀伊國屋書店にて、『アイ・ラブ・エルモ』(アメリカン・ブック&シネマ発行、英治出版発売)の発売記念イベントを行いました。エルモとの無料撮影会に子供たちが、大喜び!英治出版のブログにも早速、たくさんの写真がでています。→Eijipress Blog

「さらば財務省!- 官僚すべてを敵にした男の告白」(高橋洋一著、講談社)

 ある方からも非常に優秀な方だとお聞きしていた財務省(旧大蔵省)の方です。小泉改革の実質的な「コンテンツ・クリエーター」。東大理学部数学科出身の、異色の元・大蔵官僚。

 僕は数学コンプレックスがあって、大学のころ、数学を勉強しておけばよかったといつも後悔しています。金融の世界にいたころは、オプション理論の本(ブラック=ショールズ)が読めなくて、情けない思いをしました。政治やビジネスの世界で、数学や物理を勉強した人間が、もっと上に立つような社会にならないかと、よく思います。アメリカは数学を勉強した人間が、結構、ビジネスの世界(といっても、僕が知っているのは、金融ですが)には多くいます。法律や経済なんかの勉強も悪くないのですが、数学みたいな自分の頭だけで勝負する学問をやった人間に、もっと出てきてもらいたいし、会社はそんな人間をもっと活用すべきだと思っています。日本社会の弱点のひとつは、法学部出身者が偉そうに権力を握っていること。でも、そんな時代ももう終わりつつあるのでしょうか。

 で、高橋さんの本ですが、たくさん売れることを希望します。われわれ庶民というか、税金を真面目に払っている人間たちは、もっとここで書かれていることを知り、そして真剣に考えるべきだと思います。この本の中で、高橋さんが書かれていることで、一番大切なメッセージのひとつは以下のものです。

 「アメリカでは、「政府は間違える」という前提に立って、三権分立を考えだし、政府の暴走を抑止している。しかし、どうやらこうした性悪説は日本人には馴染まないようで、多くの人が性善説的な考え方に立って、むやみやたらに信じたがる。私はこれが日本国の最大の欠陥だとさえ思っている。とりわけ日本人のお役所に対する信頼は、過信を飛び越えて異常である。」

 1955年生まれでまだ50代前半。これからもご活躍いただきたいです。

『公務員クビ!論』(中野雅至著、朝日新書)

 ちょっと、オチャラケの書名ですが、中味は非常にマジメに書かれています。ひとくくりにされることの多い公務員を、キャリア官僚、ノンキャリア、地方公務員にわけ、マスコミ、政治家、そしてわれわれ国民への、バランスの取れた距離を保ちながら、複数の視点から評しています。公務員の過去、現在、そして未来を、分かりやすい言葉で、偏ることなく、説明してくれているという感想を持ちました。

 国民、特に中間層のニーズを把握するために、ITと図書館が有望だという意見には特に関心を持ちました。図書館をもっと人が集まりたいと思うような場所に変えていく、たとえば(アメリカの図書館のように)起業する人に知識を提供したり、経験者の話を聞くことができるなど、「総合的な知識コンサルテーションの場」にするというのは、すごくいいアイディア!

 著者自身が、地方公務員、キャリア官僚の経験者で、現在は大学教授ということもあり、公務員仕事の実態、意義をよくわきまえた上で、是々非々で議論していることに非常に好感を持ちました。

 著者写真

 著者ブログ

注目!『アイラブエルモ』(ABC発行、英治出版発売)

Elmo 全国主要書店で、アメリカン・ブック&シネマ初の出版商品、『アイラブエルモ』が本日から発売されています。セサミストリート、特にエルモが大好きな皆さん、是非買ってください!

発売は、アメリカン・ブック&シネマの出版パートナー、英治出版から。

それから、今週日曜日には、東京・豊洲の紀伊國屋書店で、エルモと一緒の写真撮影会もありますよ。お楽しみに!このイベントの情報は、こちらのサイトまで。→紀伊國屋書店英治出版ブログ

それから、セサミストリートパートナーズジャパンのサイトでも買うことができます。先着5名さまに、エルモと著者(ケビン・クラッシュのサインつき写真をプレゼントしています)→SSPJサイト

社員からのプレゼント

Books 今日で退職した女性社員のSさんから、プレゼントをいただきました。内村鑑三著『代表的日本人』、『後世への最大遺物 デンマルク国の話』。「我々は何をこの世に遺して逝こうか。金か。事業か。思想か。何人にも遺し得る最大遺物-それは高尚なる生涯である。」内村鑑三はそのような言葉を残しています。

 Sさん、ありがとうございました!

『なぜ日本は没落するか』(森嶋通夫著)

カゼをひいてしまい、家でごろごろしています。カゼをひいたのは数年ぶりですが、カゼをひくことにもいいことはあります。まず第一に、食欲がなくなります。おかげで数キロ体重が落ちました。でもこれは気をつけないとまたすぐに帰ってきます。第二に、ゆっくりと本が読めます。何冊かまとめて読んでいますが、その中の一冊が、日本を代表する経済学者だった故・森嶋通夫による『なぜ日本は没落するか』。(ちなみに、カゼをひいて困ることもあります。黒犬の散歩です。カイからすると僕がカゼをひこうとそんなことは関係ありません。こっちが38.6度の熱があっても、カイには散歩が必要です。)

 森嶋通夫は日本の大学に嫌気をさしてイギリスに渡ったまま、イギリスでなくなった人でした。そのように、「日本を捨てた」人は、どうも日本人の間で評判が悪いようです。でも、「日本を捨てた」からと言って、愛国心がないとは限りません。(つい最近まで、会社を辞めた人間は「裏切り者」だとするようなところが日本社会にはありました。)

 個人で太りやすい体質があるように、国も偏狭なナショナリズムに陥りやすい体質があると思います。特に日本は、日本語という壁の中で暮らし、外国の意見や考え方に、直接、接することもほとんどありませんから(英語の新聞でも読んでいれば別でしょうが)、どうしても議論に多様性が乏しい上に、感情的になりがちだということもあります。だから、僕は「日本を捨てた人」の「苦言」にも耳を傾けるべきだと思っています。

 この本の中での森嶋先生のお話は、端的に言って、戦後教育のもとで育った日本人が「劣化」しているということです。今の日本の大学生の大半は、大人としての成熟度、思考力などの面から見て、一昔前の高校生と同等と見なしていいのかもしれません。あるいはそれよりもひどいのかもしれません。(ひとつの「極端な例」かもしれませんが、ある席で、20名程度の大学生に、今の日経平均と、過去最高レベルのときの日経平均を聞いてみたことがあるのですが、まともに答えられる学生は一人もいませんでした。)僕が大学に入った30年ほど前にも、「かつての一橋大学の学生はこんなことはなかった」と、英語の先生に小言を言われたことを覚えています。日本の大学生の劣化はその頃からもう始まっていたのかもしれません。

 悲観論連続のこの本の中で、夢のある話は、東アジア連合の構想です。中国、朝鮮半島の統一国、そして日本が連合的な組織を作るという、壮大というか、夢のような話です。21世紀から22世紀、どうやって日本は存在していくことができるかと考えたとき、近隣諸国との関係を抜本的に改善していき、EU的な関係を築いていくことではないかというアイディアです。USA=United States of Asia!

 日本の村社会、封建社会の論理と、西洋社会により強くある普遍主義のせめぎあいが、明治維新以来の日本では、ずっと続いているのだと思います。その中で、森嶋先生のような方は日本社会でははじかれてきたのでしょう。でも、いつまでも村社会の論理を守っていけるほど、日本は独立国家ではないはずです。食料にしても、防衛にしても、教育さえも(この本の中で、森嶋先生も書かれていますが、東大の先生たちも、大学院教育にはアメリカに行けと生徒に指導していたという話があります)、海外、特にアメリカにおんぶにだっこです。

 森嶋先生のこの本は、最初に英語で書かれたのではないかと思います。英語でのタイトルは、Japan at a Deadlock. 「行き詰まった日本」この本が出たのは、99年のことです。残念なことに、10年ほど経った今、日本の行き詰まり状況は一層悪化しているように思えます。そういう意味で、この本の中で指摘されていることは依然として日本に当てはまります。

London Times の森嶋先生への追悼記事もあります。

 

『非属の才能』(山田玲司著、光文社新書)

 マンガを読まないので著者の名前さえも知らなかったのですが、新聞の読書コーナーの紹介で関心を持って読んだ本。すべての若い人が読んだらきっとヒントになるのではないかと思います。

 「みんなと同じ」が求められる日本で、「みんなと違う」、自分が望む生き方をどうすれば送ることができるのかを考えている本。言い古されている言い方をすれば、「和して同ぜず」ということ。著者によると、「和して属さず」ということ。

 単に抽象的なことだけでなく、とても具体的なアドバイスが気に入りました。たとえば、「独創性は孤立が作る」(第6章)、だから、引きこもりは人生のジャンピングチャンスだ、テレビは見るな、消費社会から距離を置け、ケータイも捨てろ、ネットも見るな、孤立は孤独ではない、人の意見を聞くと駄作になる(創る、そして人に見せるな)というようなアドバイスには大賛成。

 同時に、「非属」の人が陥ってはいけない「独善」をさけるためには、同調しないのはいいが、協調は必要だとしています。自分のなかの変っている部分をむやみに主張するな、自分が正しいかどうかはわからないという自覚を持て、ヒットされていようが無視されていようが、評価は自分でする、プライドなんてものは一刻も早くトイレにでも流せ、自分を認めてほしければまず他人を認めろなど。

 若い引きこもりたちだけにでなく、ビジネスマンにも参考になる本です。著者のマンガも読んでみます。

 

タンタンとチベット

オデッセイコミュニケーションズで使っているキャラクターのタンタン。実は、タンタンは、チベットと深い関係があります。日本でも、チベットに関心を持つ人が増えると思いますが、『チベットのタンタン』を読んでみてください。

福音館書店

ダライラマ法王日本代表部事務所

ゆれる世界の中の日本

これまでも、北京オリンピックが終わったあとの中国経済に懸念の声がありましたが、始まる前からその懸念が現実のものとなってしまいました。チベット問題、サブプライムの影響、環境問題。サブプライムはベア・スターンズ証券が救済される事態になり、昨年夏に表面化したサブプライム問題の深刻さをあらためて示しています。10年以上も前になりますが、ロシア債務危機があったとき、僕がビジネススクール卒業後にお世話になっていたバンカーズ・トラストも危機に陥り、ドイツ銀行に買収されました。同様のことが起こっています。

 日本は、いつものことですが、ゆれる世界の中で、右往左往しているように見えます。先週から、東大の小島毅さんの本を2冊ほど読みました。『足利義満-消された日本国王』(光文社新書)、『義経の東アジア』(勉誠出版)。どちらの本も、日本の歴史を、日本国内だけの現象でとらえる(日本一国歴史主義)ことの過ちを指摘し、平安、鎌倉、足利の時代の日本を、東アジアの文脈でとらえないといけないとしています。

 現在、グローバリズムとナショナリズムが相対して議論されることが多いですが、かつての日本の歴史の中でも、東アジアの文脈の中における日本と、国内事情からみた日本とが、時には重なり混ざり合い、時には反発しあってきたことを覚えておいたほうがいいと思います。1000年以上も前から、世界(当時は東アジア)の動きの中で、日本が単独で存在してきたわけではないことを覚えておけば、今現在の日本を考える上で、すこしは気が楽になりますから。

「パラダイス鎖国」(海部美知著、アスキー新書)

Kaifu 大学の同級生が初めての出版。シリコンバレーから今週帰国していて、今晩は彼女の出版記念パーティを同じ勉強会のひとたちと、如水会館で。池田信夫さんと梅田望夫さんが本の帯で応援メッセージ、さらに、梅田さんの解説付き。応援団は強力!いまのままでは、日本国内の「パラダイス」状況が終わる日は、案外近いか?

「お金は銀行に預けるな-金融リテラシーの基本と実践」(勝間和代著)

最近話題の著者の本。金融リテラシーは著者も書いているとおり、なかなか簡単に身に付くものではありません。この本もあくまでもきっかけにしかならないと思いますが、著者が紹介している書籍などを読み進んでいくことによって、少しずつ考え方が身に付いていくかもしれません。金融リテラシーの重要性は強調してもしすぎることはないと思います。「金融は私たちが生活していくうえで欠かせないもので、社会をよりよくする、生活の大事な基礎」という意見にも100%賛成。

 個別の論点では、住宅ローンを組むな、生命保険には注意しろ、海外株式・海外債券にも目を向けろというのも同意です。

 著者へのリクエストがひとつ。是非、税金のリテラシーに関する本も書いてもらいたいです。「タックス・リテラシー」こそ、われわれがもっともっと考えないといけないことだから。

ローレンツ、カール・ポランニー、マルクス

昨日某所で、ここ数年、ベストセラー作家として新聞・雑誌で活躍している、佐藤優さん(休職中の外務省事務官)のお話を拝聴。インテリジェンスの話からスタート(イスラエルのモサドと中近東情勢について)。 さらに、現在の世界をとらえる視点として、マルクス(「資本論」)、カール・ポランニー(「人間の経済」)、レーニン(「帝国主義」)などが有効ではないかというご意見。

 このうち、ポランニーは、大学生の頃、経済史の授業で「大転換」を読んだこともあり、経済人類学の代表的学者として記憶に常にあった著者なので、懐かしくもあり。

 インテリジェンスを学ぶには、動物行動学(コンラード・ローレンツ)を学べとか。イスラエルのモサド長官になった人物から直接教わったことだそうです。

 お話はたいへんおもしろく拝聴。テレビ、講演によって、目先の安易な金儲けに陥ることは注意されているとか。ただ、さまざまなところで大量の原稿をお書きになられているので、勉強したり、考えを深められる時間は確保していただきたいと僭越ながら思いました。

「すべては夜明け前から始まる」から

韓国の新大統領となる元・ソウル市長、李・明博氏の伝記的作品である『すべては夜明け前から始まる-大韓民国CEO実用主義の大統領、李・明博の心の軌跡』という本に、気になる表現がありました。以下のようなものです。

”韓流に接しながら感じる感動は、韓国の若者たちが無秩序のように見えながらも、あふれる創意力をもっているという点です。今のところ、まだ画一的な思考が残っている中国や、社会構造が出来上がって隙のなくなった日本に比べ、韓国ははるかにクリエイティブな力をもっています。”

 僕は韓国がクリエイティブな力を持っているのかどうかが気になるのではありません。日本が上記のように見られていることが、大変気になるのです。

 最近同じように気になっている言葉があります。それは、「ぬるい」という言葉です。仕事を適当にやったり、厳しさが足りないことを自覚している若者が、「うちの会社はぬるいですから」とか、「ぬるくやっていました」とか平気で使います。やらないといけないことに立ち向かっていかない、適当にその場しのぎの生き方、仕事への取り組み姿勢しか持たない。いまあることを当然の権利としている。それは出来上がってしまって、変れない、変ろうとしない社会の中での、消極的なサボタージュなのか?と想像することさえあります。

 さらに、この本の中には、以下のような言葉が含まれています。

”堂々としなさい。直視しなさい。正面から突破せずに勝利はない。”

”成功とはほかの人たちが諦めたことを最後までやり遂げることである。”

”職業が未来なのではない。未来はその職業をもった人にある。”

”大きな機会を求めるなら、より大きな問題に挑戦せよ。”

”変化の速度よりも、より速い速度で変化しなさい。”

”ビジョンとは見える1パーセントから、見えない99パーセントを探し出す力である。”

 

 日本の政治におけるリーダーの方々が、われわれを奮起させるような言葉を発してくれることを期待していますが、それはかなわぬ期待なのでしょうか?

「シモネッタのデカメロン-イタリア的恋愛のすすめ」(田丸公美子著、文春文庫)

著名なイタリア語通訳者による、イタリア的恋愛の進め。(僕は10年以上前に、この方とお会いしたことがあります)今日はバレンタインデーですが、以下のような記述を見つけました。

 「中部イタリア、テルニの神父さんにちなんだ愛の日ヴァレンタインデーも、本国イタリアでは男性が女性に贈り物をする。中でも、花はもっとも多用されるプレゼントで、レストランでは女性連れの男性を目当てに、高価なバラ一輪をテーブルに売りつけにくる。(中略)日本の男性も上手に花が贈れるようになれば、くどきのテクニックの初級合格である。贈る花の数は奇数で、13と17という数はタブーというルールも忘れないでほしい。」

 上手に花が贈れる男になるように、田丸さんのエッセイで、せっせと勉強してみようと思っています。

 

「そうか、もう君はいないのか」(城山三郎著、新潮社刊)

 城山三郎の死後、「小説新潮」(2008年1月号)に掲載された、妻・容子との思い出を記したエッセイの原稿。名古屋での出会いと再会の話が映画を観ているようだった。

 城山三郎が好きだったという言葉、「静かに行く者は健やかに行く 健やかに行く者は遠くまで行く」。 運命的な同伴者をなくした後、一人で歩き続けることは、きっと苦しかったに違いないと思いました。

 この本からも感じたこと、それは人生で大切なものは3つあるということ。健康、仕事、そして家族。この3つに恵まれたなら、すこしばかりおカネが足りなかったとしても、たいした問題じゃない、ってこと。

「黒山もこもこ、抜けたら荒野-デフレ世代の憂鬱と希望」(水無田気流著)

シアトルから帰りの飛行機の中で読み終えた本。1970年生まれの詩人(2006年中原中也賞受賞)・社会学者による、戦後社会論。1990年代前半に大学を卒業、就職氷河期に社会に押し出された世代の悲劇が繰り返し説明されていて、経済構造の大きな変化と変化の起こるタイミングが社会のみならず、個人に与える影響のことをあらためて考えました。(僕も、そのような変化の中で生きてきたのですが)

 でも、これが経済の現実、厳しいけど。個人の努力では変えようもない大きなトレンドがあることは確かで、そのトレンドにどうやって乗っていくのかがポイント。

 内容だけでなく、ちょっと硬質な表現や言葉の使われ方にも共感を持ちました。(「私の作品の乏しさは、郊外の乏しさそのものである。平準化された均質的な生活、歴史や教養の欠落、そのなかで人工的に促成栽培された野菜のような乏しさである。」 「あらゆるものが、すさまじい速度で書き換えられ、同時に書き換えられたという事実それ自体もまた消去されていっている。」) ご自身の生き様を中心とされた話がとてもよくて、そこから離れたときの話の展開には少々不満もあるのですが、最近読んだ本の中で非常に好感を持って読んだ本です。→作者のHP

「獄窓記」(山本譲司著、新潮文庫)

国会議員であった著者に秘書給与疑惑が発覚したとき、マスコミの報道は辛辣で下世話なものだったのを覚えています。僕のご本人に対するイメージは、マスコミの色眼鏡を通して得たものでした。マスコミの無責任さと恐ろしさをあらためて感じます。

 今日は雪ということもあり、午後はずっと部屋の中でこの本を読みました。久しぶりに感動的な本でした。国会議員から受刑者へ。それがどれだけ屈辱的なことかは、経験者にしか分からないのではないかと思いました。ご家族、特に奥さんの献身的な存在がどれだけ著者にとってささえとなったことか。この本は、さまざまな問題を提起しています。障害者と刑務所のありかた、日本の司法制度の問題、国策捜査などは、その一例です。

 議員辞職だけでなく、一審判決を潔く受入れ、刑務所内でも障害者たちの下の世話までしていた著者の真摯さに本当に頭が下がる思いがしました。

 話は飛びますが、先日、仕事でお付き合いのある、ある読書好きの方からお聞きした話です。明治から昭和にかけて大きな仕事をした経済人が、「人間は苦境に陥ったとき、初めて自己と対峙する。左遷される、大病をする、刑務所に入るというようなときに、初めて自分と向き合う。」という趣旨のことを言っていたそうです。国会議員から服役者へ。あまりにも大きな犠牲を払われましたが、その代わりに得たものは、もう誰も奪うことができない確固たる「自己」のように思いました。

「新・学問のすすめ」(和田秀樹著)

灘中・灘高、東大医学部、そして執筆者としても大活躍というような方が、「勉学は自分を信じる者を救う」なんて本を書くと、世間的にはどのような反応があるのかわかりません。が、僕はこの方の書かれていることのほとんどに賛成です。

 「まずは、自分を信じよ。できなければやり方を変えよ。必ずいつか成功の道にぶつかる。あとは、失敗から学べ。」学問を身に付けることだけでなく、ビジネスにおいても同じです。

 また、小学校から大学まで、私立の一貫校に通い、受験勉強で鍛えられたこともなかった人間に、一国のリーダーとしての知的闘争心や知的戦闘能力を期待するなんて、所詮無理だという意見にも、そのリーダーの責任放棄の仕方を見ていると同意せざるを得ないところがあります(この本は、安倍総理の辞任前に書かれています)。

 僕のまわりにおいても、小さい頃から競争にさらされていない若い人たちの自己保身と根拠のないプライドを見ていると、あっという間に年をとっていくこの人たちは、この先どうなるのだろうかと思うこともあります。(この前NHKの「一期一会」で見た東大中退のたくましい若者もいるわけで、一括りにはできないのですが・・・)

 ゆとり教育に賛成した人たち、学校内における競争を悪だと決め付けている人たち、努力するものと努力しないものの間に生まれる格差さえダメだとする人たち。その人たちも、世界の中での日本の位置を知れば、もうすこし違った考えを持つのではないかと思います。(その人たちが、日本もどこかの国の植民地となって、単純労働、低賃金で平均寿命50歳でも、「自分らしく生きることが出来ればいい」という考えならば別ですが) 国民レベルで、世界の競争の現実を知らない、あるいは知ろうとしていないのは、この本の著者ではありませんが、日本と北朝鮮くらいかもしれません。そのくらい、情報鎖国状態に日本はなっているかもしれないです。

 20年後、あるいは30年後、僕は1ドル=300円になっている可能性があると最近思うようになりました。日本の国力が今の三分の一になるということです。そのくらい近年のゆとり教育と、少子化による過保護の弊害が目に付きます。

 うちの会社は資格を商売にしているわけですが、資格取得のメリットのひとつは、目標に向かってすこしでも努力することだと思います。おせっかいな話かもしれませんが、そういう意味もあって、多くの若い方たちにわれわれの試験に挑戦いただきたいと希望しているしだいです。

 そして日本の総理には、「教育、教育、教育!」ともっと叫んでいただきたいです。日本の国力の唯一、最強の源泉は、国民の教育だけですから。

「夜の時間」の復活

松岡正剛さんが中心になって行なっている連塾。この数年、毎回通っているのですが、この前、赤坂の草月ホールでありました。東大名誉教授の清水博先生のお話がおもしろく、早速、中公新書からでている2冊、『生命を捉えなおす-生きている状態とは何か』と、『生命知としての場の論理-柳生新陰流に見る共創の理』を読み始めています。

 当日(22日)の先生のお話しで印象に残ったのは対して、「昼の時間」というのが、対立したり競い合ったりするような時間なのに対して、「夜の時間」はお互いを包み込むような、お互いを認め合うような、そんな時間なのではないか。家で家族とゆっくりと過ごす「夜の時間」をもっと大切にしたほうがいいのではないかということ。 

 現実の世の社会は、「夜の時間」を短くしようという方向にずっと動いてきました。いつも動き回っている「昼の時間」で24時間を覆い尽くそうというように。ファーストフードの店も(マクドナルド24時間営業の店を始めようとしています)、コンビにも、都会の店は24時間営業に突き進んでいます。でも、そのひずみは、人のこころの問題として表れてきています。

 社会がそうであったとしても、個人としては、「夜の時間」の復活を望んでいますし、「夜の時間」を大切にしていきたいです。

最高のぼけ防止策

曽野綾子さんの『平和とは非凡な幸運』(講談社)というエッセイ集を読んでいたら、ぼけ防止に最高のこととして、「いわゆる掃除、炊事、洗濯などの家事」を上げられています。「なぜかというと、それらの仕事にはすべて『段取り』が必要とされているから。」

 この前、都内のある美術館のベテラン学芸員のお話をお聞きしていたら、そのかたも掃除・洗濯、片付けが大好きだそうで、一日の中の楽しみになっているとか。ちょっとこのおふたりを見習わないといけないと思っています。

 曽野さんのご本は、産経新聞などに連載されたエッセイをまとめたものです。今年亡くなられた作詞家・阿久悠さんと、曽野さんのエッセイは、産経新聞で僕が好きなコーナーでした。曽野さんの活動でひとつ感心していることは、海外邦人宣教者活動援助後援会というNGO活動を30年以上にわたって実行されていることです。アフリカなどのかなり危険な場所も含めて、ご自身で訪問され、実際に寄付金が生かされているかどうかを確認されるそうです。小説家としての曽野さんの作品はあまり読んでいませんが、曽野さんのエッセイは大人の日本人、常識ある日本人のご意見として、同感、同意することが多いものです。

「2015年の日本」(野村総合研究所・著)

近未来の日本へのガイドと、予想される困難にどう対処していくべきか、野村総研が基本的な考え方を提示した本。知り合いが著者の一人に含まれていることもあって、購入。

 大学の同級生で、在米の海部さんの言葉「パラダイス鎖国」がこの本の中でも紹介されています。そのほか、黒犬通信でも12月15日に取り上げた「ガラパゴス化現象」。記憶に残ったのは、70年代には意味を持っていた1億人という日本の国内市場の大きさが、21世紀においてはたいした規模ではないという事実。つまり日本国内だけではわれわれ生きていけないよって、話し。

 僕らを取り巻く環境の変化に関して、「グローバルスタンダードは気にくわない」という前に、その変化が必然的に起こっているものなのかどうかを理解する必要があると思うのです。日本国内における議論と日本国外で起こっていることの「格差」があるのかどうか、それにまず気づくことが出発点のように思います。ネットの使い方、お金の使い方、ケータイ電話の使い方、教育の内容(大学入試を中心とした日本の教育)、いろいろな面で、世界との「格差」があることにまず気づくことが出発点なのでは?その上で、「日本も悪くないじゃない!」という点に気づくこともあるだろうし、「やっぱり日本って、おかしいよね!」ということもあるのではないかと思います。

 この本の中で取り上げられていること(「ガラパゴス化現象」の諸事例、グローバル化先進企業のケーススタディ、イギリスの改革の例など)は、日本の経済や政治を考えていく上で参考になりました。明治維新、敗戦に次ぐ、第三の開国が避けられないものであるなら、自らのイニシアティブでそのプロセスを進めていったほうが、市場から加えられる「断罪」を待つよりも、苦痛の度合いは緩和されるのではないかというのが、僕の考えです。

祝・最相葉月さん大佛次郎賞受賞

Library by Odysseyでお世話になったノンフィクション作家、最相葉月さんが『星新一・1001話をつくった人』で今年の大佛次郎賞を受賞されました。昨日、お祝いのメールをお送りしたのですが、すぐにお返事をいただきました。ありがとうございます。

 今朝の朝日新聞の読書欄に、大佛次郎の以下のような言葉が紹介されています。

 「本を読むということは、その本を書いたひとを自分の友人とすることだ。同じ時代に生きていても離れていて顔も知れない著者を自分の友人として親しむことも出来れば千年二千年前に死んでしまっている著者も、本さえ手もとにあれば同じように自分の友人の輪の中に加えられる。これが大きなことなのだ」。

 一番安上がりで、一番楽しいのが読書だと思います。

 

 

「椅子とパソコンをなくせば会社は伸びる!」(祥伝社)

 2005年に発売された本。買ったまま、ずっと床の上に置いたままだったのですが、新聞で文庫本になったことを知り、ようやく読みました。すぐに読めますが、中身は実体験に基づいたもので、参考になるところが多い本です。著者は、本日現在もキャノン電子の社長さん。内容には少々荒っぽさがありますが、お忙しい実務家の方だと思いますので、それは仕方のないこと。メッセージは、日本電産の永守会長に通ずるものです。おふたりとも、たいへん優れたメーカーの経営者。

 キャノン時代に、ネクストコンピューターを立ち上げたスティーブ・ジョブスと仕事をされたようですが、ジョブスのことをもうすこし書いていただければおもしろかったのにと、個人的には思いました。

 傑作なのは、アマゾンのレビューアーたちによる書評。心配しなくても、このレビューアーさんたちが、酒巻社長の下で働くことはないでしょうし、酒巻社長もこの方たちを採用したいとは思わないことでしょう。

「会社は頭から腐る」(冨山和彦著)

グロービスのカンファランスでお話をお聞きする機会があり、その後立ち話をしたこともあり、せっかくなので、著書を拝読。今年読んだビジネス書の中で一番歯ごたえもあり、また著者の熱意も感じた本でした。僕は、会社の存在意義を問い続けることは、自分の生きる理由を問い続けることと同じだと思っています。それ以外にも、冨山さんと考えをともにする点が多かったので、僕はとても共感を持って読み終えました。

『会社の品格』(小笹芳央著)

人材コンサルティングで成功している会社社長の本。「品格」という言葉は、流行り言葉になっていますが、本当に品格を重んじるのであれば、この言葉を軽々しく使っていいのだろうかと思います。が、近々、IPOを控えている会社としては、この本の出版もひとつのIR活動でしょうか?

内容にも、本のタイトルに沿わない箇所があります。たとえば、「今のような変化のスピードの激しい時代にふさわしいのは、『変革』『創造』『一攫千金』といったキーワードです」(135ページ)。一攫千金と品格。ちょっと相並ぶのは、難しい気がします。

と、同時に、いくつも著者に同意する点がありました。仕事に使命感を持たせること、どの会社でも通用する普遍的なスキルを身につけるべきであること、辞めにくい会社から辞めやすい会社に変るべきこと(年功序列や退職金などの制度で、社員を長く引き止めるような仕組みをやめる)、正解があった社会から正解を創り出す社会に変らないといけないこと、など。

また、同じ売上げや利益を、100人で出している会社と1000人で出している会社を比較したとき、株式市場では当然のことながら、前者をより高く評価するわけですが、多くの雇用を生み出しているという意味で後者ももっと評価していいのではないかという意見にも共感する点があります。著者の会社がIPOしたあと、株式市場が同じような目で著者の会社を見てくれるのかどうか、それにも関心があります。

「辞める選択もあったけど、結局(この会社に)30年いた」というのが理想だと、著者は何度か繰り返しています。男女関係と同じようなものでしょうか?「山あり、谷ありだったけど、ずっと一緒だったね!」という感じで。

冬のサイクリング

朝8時から荒川沿いの土手で、お取引先のKさん、オデッセイ社員のHさんのふたりと、2時間ほどのサイクリング。風がどれだけサイクリングを左右するのか感じる一日でした。川を上っていくときは風のせいでまったくスピードがでないのですが、下りはスムーズでまた風が吹いていることさえも感じないほど。

午後は、秋葉原であった毎日パソコン入力コンテストの表彰式に参加。オデッセイでも入力コンテストの優秀者、優秀校に、商品をご提供しています。

行き返りの電車で雑誌「Voice」(PHP発刊)を読む。鶴見俊輔が、50年前、上坂冬子に言った言葉が、「自分の思想に忠実に生きなさい」。テレビや雑誌で見る上坂さんの発言には、あまり感心しないのですが、1959年に「思想の科学」新人賞を受賞した「職場の群像」は読んでみたいと思いました。鶴見さんが発掘した上坂さんは、鶴見さんとは思想的にはまったく対立する立場にありますが、おふたりの会話はおもしろく読めました。これと、一橋大学の伊丹先生のエッセイ(「哲学なき経営者の危機」)もうなずきながら読みました。哲学もなく、挫折することもない無難な経営者(それは企業だけでなく、国家の経営者である総理大臣も含めてかもしれません)を選択し続けた結果、「目に見えるような挫折は起きないかもしれないが、その背後でより大きなものが隠微に失われている危険がかなりある」、「時には目に見える挫折が起きかねない挑戦をしないことの貧しさを、われわれは憂えるべきではないのか。」

100 Great Businesses And The Minds Behind Them

邦訳タイトルは、「100 Inc.」。オーストラリアのジャーナリスト、エミリー・ロスとアンガス・ホランドによる「世界の100の偉大な企業とそれを作った企業家」を紹介してくれる本。日本企業、あるいは日本人による会社で取り上げられているのは、ソニー、ノブ(料理)、任天堂、ユニクロ、ヤクルトの5社。僕が愛用している商品を作っている会社としては、ダイソン、ケロッグ、ポスト・イット、ケイト・スペード、コカ・コーラ、ギャップ、サムソン、アディダス、スターバックス、アマゾン、マイクロソフ、マクドナルド、デル、ナイキ、リーバイス、アップル、グーグル、アレッシィなどが含まれています。

著者たちの前書きの終わりには、「現代の億万長者の多くが、生まれついてのリーダーだったわけでもなければ、成績抜群のセールスパーソンだったわけでもない。むしろ彼らの真骨頂は、リスクに立ち向かい、片腕になってくれる優秀な人物を的確に雇い入れ、成功するために身に着けなければならない能力をよく見きわめていたことにある。チャンスが訪れるその足音を聞き分けるのだ。」「偉大な企業の数だけ、ビジネスで成功をおさめる道筋もまた存在する」とあります。僕らの時代の「偉大な企業」を知るには、手っ取り早い1冊。

「理系思考」(元村有希子著)

本の帯の、「エース記者がおくる人気の新聞コラム」に引かれて買ったら、読んだことがある『理系白書』の著者であることが判明。

この本の中に、経営にも大いに関連するおもしろい話がありました。「ある金融機関でバブル期に入社した社員の『その後』を追跡したら、全体の一割ほどしかいない理系出身者が、人事考課で上位に集中していた」とか。科学を勉強した経験は、ビジネスにもいきるということか。

『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』、そして「バベル」(DVD)

知り合いと村上春樹の話をしていて、「ずっと前、『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』を読み終えたあと、翌朝までずっと泣いていた」という話を聞き、買ったままで手をつけていなかったこの本を読み始めました。それだけの感動を与えた作品よりも、それだけの感動を覚えた知人の感受性に、興味を持ちました。

昨日は、11月2日に発売になったばかりの映画『バベル』のDVDを買いました。

数回、この映画のことを書いたのですが、菊池凛子は、この映画一本で、世界の多くの人たちの記憶に残る仕事をしたと思います。

英文で読む村上春樹のインタビュー

先月、村上春樹のエッセイ『走ることについて語るとき』のことを、2度書いたら(メモった程度です)、村上春樹、あるいは本のタイトルとの組み合わせで、黒犬通信にいらっしゃる方たちが大勢いて、村上春樹の人気の高さを感じます。

日本での村上春樹の顔だけでなく、海外、特にアメリカでの村上春樹自身の発言を読むと(もちろん、英文で、ということになりますが)、日本であまり知られていない村上春樹を知ることが出来るのではないかと思います。僕の印象では、日本の村上春樹ファンの多くが、村上春樹は政治にあまり関心を持たない、非政治的な作家としている人が多いように思うのですが、間違いでしょうか?ところが、アメリカの雑誌などでの村上春樹の発言は、日本人の歴史認識(あるいは日本人の歴史忘却)に関しても、及んでいることが多々あります。

数ヶ月前になりますが、文芸誌『文学界』(「ガク」という字は、本当は、旧漢字です)という、昔はよく買っていた雑誌の7月号で、「村上春樹の知られざる顔」という文章がでています。海外雑誌などのインタビューに答えた村上春樹の発言をたどっていったもので、日本の雑誌では読めない村上を知ることができます。このエッセイの終わりに、引用元が掲載されていますので、英文で読んでみるとおもしろいかもしれません。僕自身は、海外での村上春樹の発言を、どちらかと言うと、好意的に読んでいます。

ちなみに、グーグルで、"haruki murakami" interview と単純に検索しただけでも、結構の数のインタビュー記事がでてきます。

「反骨のコツ」(朝日新書)

1913年生まれ、今年93歳になる元・最高裁判事であり、日本の刑事訴訟法の大家である團藤重光と、65年生まれで、音楽家でもあり、東大大学院情報学環准教授でもある伊藤乾(「東大式絶対情報学」著者)の対談。團藤先生が熱心な死刑廃止論者であることを知りました。陽明学を支えとする先生が、勧める反骨のコツ。法学部でありながら、まじめに法律を勉強しなかった僕が、今頃、團藤先生の本を買うなんて、夢にも思っていなかったです。

なお、以下のブログには、東大式絶対情報学の読者ブログに、著者の伊藤氏からのコメントが届き、こういう形で、著者と読者が結びつきうるのかと、おもしろく拝見しました。→40代真面目気分

「暴走老人!」(藤原智美著)

10月8日号の日経ビジネス(「著者に聞く」のコーナー)で、ノンフィクション作家・藤原智美さんの話しを読みました。

今の世の中、老人にとって暮らしにくい社会になっている。それはITを使いこなせているかどうかが原因のひとつだ。携帯電話やパソコンは単なる便利な道具ではなく、生活の基盤になりつつあり、この事態に対応できない老人は焦りを抱えているのではないか?情報難民となっていることが、老人の暴走につながっている。こういう趣旨のお話でした。

老人がITを使えること、あるいは老人にも使えるITであること。子供や学生だけにとってのITリテラシーではなく、老人にとってこそ、ITリテラシーは切実な話しだとあらためて思いました。

「NYブックピープル物語」

副題は、「ベストセラーたちと私の4000日」。講談社アメリカの社長として、活躍された浅川港さんの、アメリカの出版界における奮闘記。一橋大学の卒業生で、出版の世界でこのような活躍をされている方を知って、驚きました。アメリカの出版ビジネスのことも勉強になりました。

ところで、名前にNTTとある会社は、イノベーションとは遠い、官僚的な組織が多い印象がありますが、この本の出版元であるNTT出版は、とてもおもしろい、イノベーティブな内容の本をたくさん出しています。先週アマゾンで買った、池上英子著「名誉と順応(サムライ精神の歴史社会学)」も、NTT出版の本です。

zadig & voltaire

0049 仕事で久しぶりに六本木ヒルズへ。

これまでずっと気になっていたヒルズに入っているアパレルショップの名前が、zadig & voltaire. ヴォルテールはもちろん、フランスの哲学者・作家ですが、zadigというのは、そのヴォルテールの作品の主人公の名前だということを知りました(wikipedia 参照)。ヴォルテールの別の小説に、キャンディード(Candide)という作品があり、こちらは日本語訳もでていて、岩波文庫で読んだ記憶があります。また、レナード・バーンスタインがヴォルテールの小説から作った「キャンディード」があり、このCDの最後に入っているMake Our Garden Grow という歌は、名曲です。

zadigのほうは日本語訳も出ていないようですので、一度、英訳を読んでみようと思います。ウィキペディアには、「キャンディードに次ぐ、ヴォルテールの評価作品だ」とあります。

再び「走ることについて語るときに僕の語ること」について

村上春樹のこのエッセイ(彼はこの本のことを、ランニングという行為を軸にした一種の「メモワール」として読んでもらっていい、と言っていますが)には、村上春樹の「哲学」のようなものが含まれていて、それがこの本の魅力のひとつになっています。たとえば、こんな文章があります。

  • 真に不健康なものを扱うためには、人はできるだけ健康でなくてはならない。それが僕のテーゼである。つまり不健全な魂もまた、健全な肉体を必要としているわけだ。(中略) 健康なるものと不健康なるものは決して対極に位置しているわけではない。対立しているわけでもない。それらはお互いを補完し、ある場合にはお互いを自然に含みあうことができるものなのだ。往々にして健康を指向する人々は健康のことだけを考え、不健康を志向する人々は不健康のことだけを考える。しかしそのような偏りは、人生を真に実りあるものにはしない。

あと10年、いや、あと5年でも、僕がサイクリングを継続することができたなら、村上春樹にならって、サイクリングという行為と自転車という道具との付き合い方を主題としたエッセイを書いてみたいと思います。

村上春樹著「走ることについて語るときに僕の語ること」

司馬遼太郎もそうだけど、僕は村上春樹についても熱心な小説の読者ではありません。20年ほど前、「羊をめぐる冒険」と「ノルウェーの森」のほか、一、二冊読んだかどうかです。でも、村上春樹のエッセイ、特に走ることに関して書かれた文章を読むのは、大好きです。99年6月1日号の雑誌『ブルータス』にでていた村上春樹の特集は、走ることでどのように文体が変わってきたかについて彼が語っていたことがとても印象に残っていて、今でも本棚のどこかにしまってあるはずです。

村上春樹には勝手に親近感を感じている点がいくつかあります。彼も一人っ子であること、早寝早起きの、かなりストイックな生活を継続していること。

この本は昨日、いつもお世話になっている新東京ビル地下一階の大手町書房で、表紙だけをみてぱっと買った本。今日一日で読み終えてしまいそうなほど、共感を覚えています。蛇足ですが、この本の中に、「筋肉はつきにくく、落ち易い。贅肉はつき易く、落ちにくい」という言葉がでてきます。人間の体だけでなく、会社組織にも当てはまります。

梶山季之『ルポ戦後縦断』

45歳の若さで1975年になくなった作家が、おもに1950年代終わりから60年代にかけて、雑誌(中央公論、週刊文春、文藝春秋など)に書いた記事を集めたもの。「丸ビル物語」(昭和33年、1958年5月発表)に引かれて買ったのですが、もちろん、この丸ビルは今の丸ビルではなく、初代の丸ビルのこと。今にも共通する丸の内界隈の勤め人の様子が伝わってきて、おもしろく読みました。そのほか、「ブラジル勝ち組を繰った黒い魔手」(昭和41年、1966年発表)というのも、本当にこんな荒唐無稽の話があったのかと、ちょっと信じられない話です(上海で、日本の軍票や紙幣を集めていたユダヤ系ビジネスマンが、予想よりもはやい日本軍の降伏のため、無価値になったそれらのお金を、ブラジルにいる日本人移民に、日本軍が勝ったことにして、大量に売りつけていたという話)。

そのほか、14の話が収められていて、どれもおもしろい話ばかりです。さすが、「トップ屋」といわれて、スクープ記事を連発した作家です。

小尾俊人著「出版と社会」

9月27日の朝日新聞(朝刊)に、「本を世に送り出す人たち」(シリーズ・肖像)という、4ページの広告特集がありました。出版に関わってきた4人のベテランたちが紹介されています。それらは、松居直(児童文学者)、大岡信(詩人)、永井伸和(今井書店会長)、そして、僕が好きなみすず書房共同創業者である小尾俊人(編集者)の4名。

ちょうど今、小尾さんがお書きになられた『出版と社会』(幻戯書房)を読んでいます。定価9500円(税別)の大きな本で、一体、どれだけの人が読むのだろうか、僕みたいな物好きが読むのかなと思いながら、八重洲ブックセンターで買った本です。関東大震災後、昭和前半の出版業界の歴史をたどったものですが、出版(事業)に関して考えるための、さまざまなヒントが含まれている本です。アマゾンにあるこの本に関するコメント(「出版関係者の必読書」)には、同意です。以前、同じ著者による『本は生まれる。そしてそれから』(幻戯書房)という本も読みましたが、素晴らしい内容の本でした。

朝日の特集記事のなかで、小尾さんは以下のように話されています。

  • 本とは、人間であることを証明する唯一の遺産。そうした本は人格を育てます。「地の子らの最高の幸福は人格である」とはゲーテの言葉。18歳の時に読んで、感銘を受けたのですが、これまで生きてきてその言葉は本当であったと思います。

実は昨日からハワイのホノルルに来ています。こちらの日曜日朝6時15分からスタートするホノルル・センチュリーライドで昨年同様160キロ(100マイル)を走るつもりです。夜、ひとりホテルの部屋で、小尾さんの本を読みながら、静かな時間を過ごしています。贅沢な時間に感謝しています。

司馬遼太郎のこと

昨日、高知県出身の方とお会いしました。僕が高知県生まれだということを、黒犬通信でご覧になられて、一度会いたいということでご来社されました。ビジネスのことを話し終えると、いつの間にか、高知の話になっていました。僕は、子供の頃の大半を愛媛県側で過ごしたとは言え、生まれは高知県なので、高知県という、日本の歴史、特に明治維新に多大なる貢献をしつつも、そのあと、表舞台からは消え去ってしまったようなこの県のことを、時々考えます。高知県といえば、坂本龍馬ですが、坂本龍馬の最大の「ファン」というか「プロモーター」が、作家の司馬遼太郎さんでした。

新潮文庫で、「司馬遼太郎が考えたこと」というシリーズが、全15巻でています。司馬さんが書かれたほとんどすべてのエッセイが収録されています。僕は今第5巻を読んでいるのですが、すこしずつ、時間をかけながら全15巻を読み終えるつもりで、もうすでに、このシリーズの本をすべて買っています。今読んでいる文章は、司馬さんが今の僕と同い年くらいに書かれたもので、同じ年代の頃、どのような問題意識をお持ちになられていたのかにも、とても興味があります。時代的にはだいたい1970年前後、日本の高度成長期のまっさかり、敗戦から15年くらい経った頃です。

司馬さんは、ご自分ではエッセイが好きでない、あまり書きたくない、というようなことを書かれています(第4巻)が、僕は司馬さんのエッセイが小説よりも大好きです。実は、高知県生まれでありながら、「龍馬がゆく」は第1巻目で挫折してしまいました。どうも歴史小説は苦手です。でも、司馬さんのエッセイは大好きです。お人柄や日本という国に対する想い、この国で生きて死んでいった人たちへの司馬さんの愛情を、とても強く感じさせてくれます。きっと、僕のような読者は、司馬さんの読者の中では、決して、いい読者ではないのかもしれません。

司馬作品を愛読書に上げる、政界、財界の「エライ人」が多くいらっしゃいます。多くの「エライ人」たちは、坂本龍馬が好きだと言われるのですが、やってらっしゃることは、なんとなく、徳川家康だなと思います。そんなこともあって、司馬さんをずっと敬遠していて、司馬遼太郎の読者になったのは、ほんの数年前からです。でも、司馬遼太郎という一人の作家と出会って、とても良かったなと思っています。だから、これから、何度も、黒犬通信で、司馬さんのことを書くだろうなと予想しています。

昨日、今年入社してくれた新人たちに、司馬さんのこのシリーズを売り込んだのですが、いつの日か、彼女たちも、日本の歴史に興味を持つようになって、司馬遼太郎のエッセイを読んでくれればいいけどなと思っています。

「自己啓発本」の必要がない中国

Dsc_0017 今朝は、オデッセイの社員のHさんと8時から荒川沿いの土手を、葛西臨海公園からスタートして、河口から20キロ強のところにある北区志茂あたりまで走り、再び、葛西臨海公園までサイクリング。荒川の河口から、埼玉県の和光市あたりまで、30キロ強くらいなので、往復できない距離ではないなと思いました。実際、今日、引き返した地点から10キロほどで埼玉県でしたので、あと30分ほど走ればいいところまで来ていました。自転車は、一人ではなく、仲間といっしょに走ることで、遠いところまで楽しく行くことができます。

ところで、先週会った出版関係の方からお聞きしたのですが、中国では、いわゆる自己啓発本は、売れないそうです。なぜなら、自己啓発なんて、他人から言われなくても、みんなが、ハングリー精神の塊みたいになっているので、技術的な本であり、経営の本であり、もっと実際的で、即役に立つ技術の本などが求められているということでした。アメリカの本屋でもSelf-improvement とか、Self-helpというようなカテゴリーの本を集めたコーナーが、どこでも見られますし、日本もこの手の本が多いなと思います。

今年、オデッセイで出版したGraduation Dayも、広い意味では、自己啓発の本です。どちらにしろ、今の中国人ほど、燃えている状態だと、他人から激励や叱咤など、まったく必要なくて、反対に、日本人のように、「なんのために、生きているのか?」とか、「なんのために勉強しないといけないの?」と、贅沢な悩みを持っている国民は、ユンケルじゃないけど、滋養強壮剤(=自己啓発本)でも飲まないと、やる気がでないということでしょうか?

小林秀雄「ゴッホについて/正宗白鳥の精神」

新潮社からでている小林秀雄の講演CD第七巻「ゴッホについて/正宗白鳥の精神」を何度か聴いています。本当の個性とはどういうことなのか、「考えるヒント」を与えてくれる、小林秀雄の話です。車の中で、今週、繰り返し、繰り返し聴いています。10回くらい聴いていると、すこしずつ、小林秀雄の言っていることが見えてきます。

小林秀雄を崇拝する人には、ちょっと失礼かもしれませんが、小林秀雄の話し方を聴いていて、スリムドカンで有名な「カリスマ中卒」の斉藤一人さんの話し方を思い出しました。

「なぜ日本人は劣化したか」(香山リカ著)

マスコミでも常連の精神科医による本(講談社現代新書)。帯には、「緊急提言! 日本と日本人の学力・知性・モラルの崩壊が始まっている!」とあります。

新聞や雑誌などで読んでいるようなことではありますが、まとめて読んでみると、あらためて愕然とする内容。僕はこの本の翻訳がでて、外人が読むようなことがないことを祈っています。まだ多くの外人が、日本人は勤勉でまじめだと思っていると想像しますが、この本に書かれていることを読んだ外人は、日本経済の将来に一気に悲観的になるのではないかと思うからです。反対に、日本株に下がってもらいたい人は、この本を英訳して外人投資家に配ることです。10年後、あるいは20年後の日本を考えると、ぞっとします。

『娘に贈る12の言葉』(ジム・ロジャーズ著)

ジョージ・ソロスと立ち上げたヘッジ・ファンド、クォンタムファンド以降の成功で世界的に有名な投資家が、60歳にしてできた娘に向けて書いた、「人生と投資で成功するために」という副題を持つ本。決して奇抜なことは書かれてませんが、それを継続的に、実行できるのかどうかが、成功する投資家(ビジネスマン)を、その他の投資家(ビジネスマン)から際立たせるのかと思います。12の言葉は以下のとおり。

  1. 他者に流されてはいけない 
  2. 大好きなことに情熱のすべてを注ぎなさい 
  3. 常識はそれほど常識ではない 
  4. 世界を自分で見ておいで
  5. 哲学を、つまり「考える」ということを学びなさい 
  6. 中国の時代、中国語を身につけてほしい 
  7. 歴史を勉強しなさい 
  8. 汝自らを知ること 
  9. 変化をとらえ、そして受け入れなさい 
  10. 未来を見つめなさい 
  11. 大衆に逆らいなさい 
  12. 幸運の女神は努力を続けた者に微笑む

著者のジム・ロジャーズは、一度はバイクで、もう一度は改造したベンツで、世界一周を二度おこなっている、行動的な投資家です。僕の好きなビジネスマンの一人。

最相葉月さんの「読書日記」

今年前半、オデッセイコミュニケーションズで提供していたラジオ番組、Library by Odyssey でパーソナリティをしていただいた、ノンフィクション作家の最相葉月さんが、今日の日経新聞・夕刊「読書日記」のコーナーで、ご自分の読書体験を書かれ始めています。最相さんの「星新一・1001話をつくった人」は、第29回講談社ノンフィクション賞を受賞されています。僕はこの本を読んで、星新一のさまざまなことを初めて知りました。お薦めの本です。