円安の根本的な問題

円安が止まらない。周辺のアドバイザーたちの言うことしか聞かず、彼らは「リフレ派」ばかりだという高市早苗が首相になってから、円安が止まらない。日銀は彼女の脅しに「ビビり」、植田総
裁は病院に逃げ込んだというような「噂」さえでている。(←本当なのか?)

日本の実質金利はいまだマイナスレベルで、日米の金利差がある限り円は当面弱いとみなが口にしている。短期的(半年、1年単位の意味で使っている)にはそうなのだろうが、長期的(10年単位で使っている)理由はもっと根本的なところにあるのではないかと思う。
世界競争で見た時の日本企業の競争力の低下(アメリカと中国の企業の圧倒的存在)、デジタル分野での日本企業の存在感のなさとその結果としての「デジタル赤字」、企業の海外投資や個人の(NISAを通しての)海外株式投資。日本からどんどんお金が出ていくばかり。そしてそれらのお金の多くは、円になって返ってくることはないだろう。まさに、「縁の切れ目」!

構造的な要因、要素を見ていくと、1ドル100円前後の「円高」の時代はもう終わり、これからは1ドル150円から200円の「円安」時代に入ったと言えるのかもしれない。この「円安」というコトバは、100-120円くらいの数字になれてしまった人間が使うコトバであって、そういう人間(自分!)は、その慣れをきれいさっぱり捨て去らないといけない、と考えるようになってきた。この20年ほど慣れていた為替相場、相対的日本企業の強さの見方、モノやサービスの価格に関する感じ方を大きく書き換える必要があり、いま起こっている変化がこれから続く「現実」になるのだということ。

気軽に使っている「Unlearn」というコトバ。自分の感覚、自分のアタマの中の常識。
それらを書き換えるのは簡単ではない。

2026年後半のはじまり

2026年も7月が始まった。今年の前半はほんとうにいろいろなことがあった。
まず株式市場、日本株の活況。日経平均は7万円の大台を超えた。自分個人の持ち株でいうと2月をピークにそのあとは下がってきていて含み益の合計はしぼんできているけども、それでもこの数年の株価の高騰はすごい。

NISAで海外株を買う人たちが多いと聞くが、その人たちも日本株に投資していたらもっと利益を上げることができた。

一方、困った話は円安だ。ついに1ドルあたり160円まで円安が進んできた。高市政権は円安についてまったく問題だとは考えていないように見える。アベノミクスからスタートした「超」がつくほどの金融緩和政策をいまだ継続している。それほどしないといけない日本経済なのか?いつまでも退院させない病院、術後なん日もたっているのに、いつまでも患者をベッドに縛り付けたままにする病院のようなものだ。

10年後、あるいは20年後、2025年に誕生した日本で初めての女性首相は、どのような評価を受けることになるのだろうか?決して好意的な評価を得られないように思うのだが、運にも左右されるのかもしれない。本人がどのような評価になろうといいのだけど、日本という国が引き続き「運をもった国」であってもらいたいと思う。

自分の2026年後半に関しては、考え、行動し、運を良き寄せる努力は怠らないようにしたい。

996

昨晩勉強会でお聴きした話。
ある日本を代表する家電IT企業から中国企業に転職した方がスピーカー。この10年ほどで大躍進をした中国企業での働き方をお聴きした。
タイトルにある996というのは、朝9時から夜9時まで勤務、週のうち6日働く。
かつて多くの日本人が996という働き方をし、日本の多くの企業はそうやって戦後の高度成長を実現したはずだ。
いまは、「働き方改革」「ワークライフバランス」「働きやすさ」を日本社会は口にし、経営者はそれらの声を無視することができない。

日本人も中国人も、優秀な人もいれば、普通の人もいて、能力に違いがあるとは思えない。
違いというのはやる気が多い人間がどれだけいるのか、ということだろう。昨日中国企業の働きかたを聴いていて、これじゃあ日本企業が負けていくのはしかたないなという印象を持った。

それから日本企業が何十年たっても変わらないこと、変えられないことを、昨晩もお聞きした。
それは意思決定の遅さ、スピード感のなさ、相手のペースに合わせながらキャッチボールができない官僚的な組織。いったい、どれほどチャンスを逃してきたことだろうか。
JTCというコトバを数年前に知った。Japanese Traditional Company。日本の伝統的企業。悪い意味で使われている、日本の大企業を揶揄するコトバ。

スピーカーに、「アメリカにも、中国にも勝てない日本企業はどうやっていけばいいと思うか」というぼくの質問への彼の回答は、「大企業は、社員数を半分以下にしてみるのはどうだろうか?」というのが彼のアイデア。人がいるからどうしても仕事を作ってあげないといけない、というのはよく聞く話だ。

2025年を振り返る(2)

今年も円安が続いた。数日前に日銀が0.25%の利上げを発表したが円安を続いている。利上げをめぐっては大騒ぎをしているけども、他の主要経済とくらべても日本の実質金利の低さは際立っている。

先日、経団連が主催した経済セミナーで、高市政権の経済ブレーンと言われている3名のエコノミストのプレゼンとパネルディスカッションを聴く機会があった。2時間ほどの時間のなかで為替に関する議論はほとんどされなかった。「責任ある積極財政」がいかに正当なものであるかという話ばかり。ステージ上の3名は所属する組織は違えど、「同じ穴のムジナ」と言っては失礼だが、現政権の経済政策のアドバイザーと言われている人たちだ。

彼らから為替の話がほとんどなかったことはどう理解すればいいのか?彼らは世の中で一定の評価がある人たちであり、経済政策が国内だけで完結しているわけではなく、国際経済の中で日本経済があること、円安がいまの物価高の最大要因のひとつであることをよくわかっている人たちだ。そして現政権にとって物価高対策は優先事項の一つのはずだ。

いまのような状況が続く限り、来年以降も円安は続くだろう。円安が加速し、止められなくなるかもしれない。あるいはヘッジファンドがさらに円安を加速させるような動きを強めることで一ドル200円というような水準にさえ近づくことが来年はあるのかもしれない。

日本経済の停滞はもう30年になろうとしている。これまでさんざん財政政策、金融政策を繰り出してみても、根本的な経済の改善にはつながっていない。日本株が4万円、5万円と上がってきたのは、政府の経済政策のおかげではなく、個別企業の努力であったり、いわゆるコーポレート・ガバナンスや東証の改革の成果によるのではないかと思うのだが、どうだろうか。

アベノミクスからはじまりいまの高市政権の経済政策を好意的に見ている人たちも、海外旅行に行くだろう。海外の物価が日本とは比較にならないほど高く、円が現地通貨に対して悲しいほど弱いことを体験してどう考えるのだろうか。アベノミクスがいまのような円安を招いた原因だとは考えないのだろうか。

ぼくが初めてアメリカの高校に留学した1976年は一ドルあたり290円から300円前後。その次にアメリカに留学した1985年から1987年は240円前後から145円前後と、プラザ合意を経て大きく円高に動いた時期だった。

最高値だったときには一ドル78円前後まで上がった円の価値はいまその半分になった。

来年も引き続き円安がつづくのだろうか。

知らない人と議論すること

小学校から高校卒業するまですごした町が、東京で行う「友の会」という昼食会に参加した。11時からスタートし2時までのイベント。昨年も参加。
いろいろな地方自治体は同じようなイベントを大都市圏で行っているのではないかと想像する。
思ったことを何点かメモしておきたい。

1 票のために参加している政治家、特に国会議員(政治家本人は出席しない。「公務多忙」だそうで秘書がいやいやでている)。かれらの出席は意味なし。
2 出席者にはいろいろな仕事をしていたり、それなりの地位にある人たちがいるのに、かれらの体験や出身地への提案を聴く機会が確保されていないのがもったいない。
3 こういうイベントの目的は何か?懇親会?いなかの関係者の東京めぐり?
4 町の関係者たちがひとつのテーブルに集まっている。もったいないなと思う。町会議員や役場の職員たちは、バラバラにすわって普段会えない人たちと同じテーブルに座って話をすべき。

3連休のなか日、せっかく時間をあけて参加しているのに残念だと思った。
知らない人たちと同じテーブルになって話をする、議論をすることに、慣れていない人が多い。
せっかくの出会いを自分の成長につなげ、所属する組織にとってすこしでも役立てることができる情報やアイデアを見つけることにつなげていくこと。

いちばんの取引先との関係

いちばんリスクがあると思っているのなら、その相手がいちばんの取引先になっている状態を早急に解消しなくちゃ。政治と経済をわけて考えましょうなんていうのは、都合のいい話だ。
取引をすること、取引ができることは、「だれにも邪魔されない権利」ではないのだから。
お互いの立場のちがいは言わないでもわかっていること。それをマジな顔して口にするから大ごとになる。あいまいにしておく方がいいことはたくさんある。勇ましいことを口にして、それで留飲をさげる人たちが支持者に多いのは問題だ。嫌いでもいちばんの取引先とはけんかしないのがいい。けんかをするのなら覚悟をきめ、国民にきちんと説明をし、多数のなっとくを得てから行ってほしい。国のリーダーが個人の「信念」で発言することの危うさを感じる。

「縮小均衡が間違いのもと」

2025年もまだ半分が終わったところだけど、CEO Of The Year という賞が贈られるとしたら、きっと日本製鉄の橋本英二会長だろう。US Steelの買収にかけた執念には感動した。もちろん、この「世紀の買収」が成功するかどうかは、10年後を見てみないとわからない。日本製鉄の株主として損した得したは二の次として、経営者の信念がどのように結実するのかをぜひ見てみたい。

今日の朝日新聞朝刊に橋本さんのインタビュー記事が出ていた。以下、印象に残った彼の発言。

*政府が鉄鋼業に関与するのは、1破綻した時の影響が大きいこと、2生産が余剰になりやすい構造であること(生産過剰をコントルールする必要があっても政府は税収や雇用への影響を考える。いまの中国)

*ビジネスは、国際的なルール、貿易のルールを見極め、その作り手に寄り添わないと負けてしまう。米国シフトはその結果である。

*新日本製鉄は、かつて日本一の製造企業だったが、トヨタ自動車に売上高で逆転された。トヨタへの営業を担当していた自分は、逆転されたのは自動車メーカーが海外事業にどんどん挑戦したきたからだ、と思い至った。

*「縮小均衡」が間違いのもと。縮小すると人材力は落ち、活力が下がり、さらなる縮小を生む。会社は、リスクを取って成長にチャレンジしないといけない。

*(日本製鉄にとって)海外事業の拡大と国内事業の維持は、車の両輪である。

時代の転換の過程

140円台の前半になると「円高」だという表現を聴くようになった。ほんの数年前には、120円台だったことをみんな忘れたのだろうか?!輸出企業、とくに自動車産業が大きな存在であることはわかっているけど、円安がいいという人たちは、自動車産業をはじめとする輸出企業の目先の売り上げのことばかりを口にする。

この為替水準でも海外旅行に出かける人たちは多い。みんなどのくらいの予算で旅行にでかけているのかな?

これほど時代が転換過程にあることを実感することはめずらしいと思う。1945年の無条件降伏を受け入れて以来、日本はずっとアメリカの庇護下、いや管理下にあった。いまもそうだろう。1980年代、Japan As Number One なんて日本人が口にしたわけではないけども、そういうタイトルの本をアメリカ人が出してくれて日本人が悦に入っていたのは確か。でもそれはある意味身の程知らずの話だった。防衛も、経済も、ずっと日本はアメリカの庇護下あるいは管理下にあって、「楽園」の中にあったことを忘れるべきではなかったのに。

いま、トランプになって楽園から追放されそうになって大慌て!

日本は、あるいはわれわれ日本人は、Grand Strategyを作り出す。考え出すのが不得意だ。そういう訓練を受けていないし、鍛えられていない。それは霞が関や永田町の住人達も同様のように見える。(いまのアメリカにもGrand Strategyを持っている人はいるのだろうか?!)

アメリカの指示に従いながら、これからも日本国の経営戦略は作られていくのだろうか。大転換点にあって、自分たちの意思と決意で、どれだけやっていけるのだろうか。

PS
この前、兵庫県養父市の市役所に電話をして、「やぶ医者大賞」について市役所のご担当者からお話をお聞きした。今年はお休みにして来年以降のことを考えるようにと、市長から指示されているとか。

各所で値段が上がっている

公的な発表のインフレ率は2%前後みたいな数字が出ているけども、到底そんな低いものじゃないという気がする。コンビニのおにぎりだってこの1年の間にいくら値が上がったと思っているのだ。会社がはいっているビルにある中華のお弁当をこの前久しぶりに買ってみたら、1000円以下で買えてみそ汁の素がついてきていたものが、値段はあがり中身は相当レベルダウンしていて驚いた。きっとお店もたいへんなんだろうと思う。

5月22日の日経新聞(「商品」ページ)におもしろい記事があった。「自動車教習、10年で15%高」という記事。『価格は語る』というシリーズものかと思う。
・指導員の高齢化で引退が多くなっていて指導員の獲得のために人件費が上がっている
・人手不足で教習生の受け入れを絞っていて、しわ寄せはトラックドライバー(こちらも不足)など職業運転手の育成が遅れがちになっている
・マンツーマン指導が労働生産性を低く固定しているので、場内での教習をデジタル化しようとする動きがある。指導員不足の解決策としてAIの活用が模索されている。

この前、超長期(20年、30年)の国債の買い手が不足して日銀が慌てふためているという記事があった。これまで長期の資金繰りで大きな問題がなかった日本も、これからどうなるのだろうか。手に負えないほどの円安になり、これまで経験したこともないようなインフレになったとき、この国の信用や経済的安定はいっきに落ちていくのだろうか。

「巨額の政府債務と利上げ」日経新聞2025年4月18日記事より

日経新聞に興味深い記事があった。日銀出身で現在みずほリサーチ&テクノロジーに在籍する門間一夫氏が書いた記事。

マクロ経済学の教科書では、「利上げは景気を冷やし、インフレを抑える方向に作用するということになっているけれども、ほんとうにそうなるだろうか?」という問題提起がされている。

無借金経営の企業が増え、家計の金融資産も増えているいま、利上げの効果は昔とは違って、景気刺激的に働く可能性があるのではないかというもの。IMFが2024年に米国経済について指摘したことがあるようで(そのレポートを読んでみたい)、米国では2022年から23年にかけてほぼ0%から5%超までの利上げを行ったけども経済は減速しなかった、その一因は政府の利払いにあったのではないかということらしい。

米国政府の債務はGDPの100%近くに達していて、日本はさらに高い150%を超えている。
中身が給付金であれ利払いであれ、政府から民間にお金が流れればその分だけ人々の所得は増え、自動的な財政拡張効果によって景気や物価を刺激する面がある、ということだ。
金融政策の波及経路には、為替や株価などもあるので、これまでは全体として利上げは物価抑制効果を考えられてきたが、政府債務残高が巨額になった今、政府の利払い増による総需要押し上げ効果は、昔よりもずっと大きくなっているだろう。

時代は変わってきた。学校で学んだ経済学はそのままではもう通用しないの時代になっている気がする。