いわゆる「大手」とか「名門」とか、なのぼのものなの?

生まれてからずっとこの方、いわゆる「大手」とか、「名門」と呼ばれる会社や組織と、あまり縁がありません。卒業した大学、ビジネススクールは、いちおう「有名」どころに入るのかもしれませんが。

ずっと感じていることですが、日本で言うところの「大手企業」とか「名門企業」って、なんぼのものなのでしょうか?
案外せこい商売やっていたりするし、なりふり構わずというような行動をとることもあるし。あるいは意思決定者の腰が座っていなかったり、信じられないほど穴があいていたりすることもあります。

「最低限、法律に反していなけりゃいいでしょう」なんて、「名門企業」「大手企業」に言われると、「でも、法律以上のことをやるから『名門企業』って言われるのでは?」なんて思ったりもします。

でもほとんどの人は「大手企業」や「名門企業」と言われるところに対して、かなりの安心感や信頼感を持っていたりします。あそこの商品だから、まあ問題はないだろう。なにか問題があったとしてもちゃんと対応してくれるだろう、って。

問題が起こったとき、実態が見えてくることがあり、また懐の深さがわかったりします。平時、特別大きな問題が起こらず、大きな変化が発生しない限り、「大手企業」や「名門企業」の「なんとなくクリスタル」なブランドはそれなりに輝いているのですが、ちょっと問題が起こると案外もろいものだな、平気で裏切るんだな、まったくプライドなんてないんだな、というようなことが。

昨年の東日本大震災は、「大手企業」「名門企業」と言われてきたところで、どこがホンモノで、どこがニセモノかの、ひとつのリトマス試験紙だったように思います。

国内経済が右下がりになり、個々の企業でも余裕が無くなってくると、ホンモノとニセモノがこれまで以上に見えてくるだろうと想像します。うちの会社は吹けば飛んで行くような零細企業ですが、やっぱりニセモノだった、と言われたくないので、やせ我慢してでもホンモノをめざします。

メガバンク合併を巡る当事者の裏話。

1月16日朝刊の朝日新聞「再編を生き抜く」というシリーズで、住友信託銀行前会長の高橋さんが興味深い「証言」をしている。日本の銀行界に関するおもしろい記事はすくないけど、これは珍しく興味深い記事だと思った。

どういう内容かというと、2004年のUFJ(旧三和銀行)の三菱東京による吸収合併に関して、その前からUFJ側は、「三菱は相手としてありえない。やるなら関西同士で、住友だ」と言っていたのに、どうして三菱といっしょになったのか、その疑問が最近出版された三井住友フィナンシャルグループの西川社長(2004年当時)の回顧録「ザ・バンカー」で解けた、というもの。

はしょって結論だけ書くと、UFJからアプローチを受けた西川さんが、部下の幹部行員たちの意見を聞いて、UFJとの話を進めなかったということが、その本の中に書かれているらしい。西川さんは、「正直に申せば、大魚を逸した」と総括されているとのことで、高橋さんは、三井住友フィナンシャルグループは大局観を欠いていたことが今もって悔やまれるとまで記事の中で発言されている。

日本は、アメリカやヨーロッパと比べると、首相を始めとする政策決定者の回顧録でまともな内容のものが少ないようにいつも思っている。歴史を大切にし、過去のケースをしっかり勉強してそれらから学んでいくためにも、当事者には詳細な回顧録を残してもらいたいと思う。ビジネス書も同様で、「私の履歴書」程度のものしかない。西川さんの本も読もうとは思っていなかったのだけど、昨日の朝日新聞の記事を読んで、ちょっと興味を持った。

ところで、UFJと三菱東京の合併に関して、いつも思うことがある。それは、うちの会社が入っているビルには、旧三菱銀行のATMがあるのだけど、隣のビルにある旧UFJのATMと比べると、スピードが遅い。それもかなり遅いように思う。いまでは同じ、三菱東京UFJという看板を掲げていても、旧銀行のシステムが別々に動いているのか(詳細はまったく知らないので勝手な想像)、旧UFJのATMの方に好感をずっと持っている。ところが、吸収合併された側の悲哀で、システム全体をUFJ側にそろえることなく、バラバラのままになっているのだろうか。日本のメガバンク同士の合併で本当に理にかなった意思決定とその後の統合作業が行われたケース(たとえ合併される側であろうと、優れたシステムや人材をそろえていたとすると、それらの資源が十二分に活用されることを含め)があるのか、疑問だ。

ビジネス関連の書籍(回顧録)というと、「私の履歴書」程度しか思いつかないというのもちょっとさびしい話で、内容を伴った回顧録を、渦中の当事者がしっかり残してくれるようになるといいのにと思う。それがハーバードビジネススクール風に言うと、ケーススタディのための好材料になるわけだから。

追記
本当に蛇足ですが、新潮新書ででている某元総理の回顧録を読むと、よくもまあ、こんな軽い人が一時期とは言え、日本の総理大臣を務めていたものだと思ったことがあります。戦後の政治家で、まともな回顧録を残した人って、だれでしょうか?(吉田茂?)

格付け会社「ヴィジオ」

今朝の朝日新聞(オピニオンページ)の「ザ・コラム」というコーナーで、大野編集委員が、ヴィジオというフランスの格付け会社を紹介している。90年代半ばまで10年間金融業界で働いたボクも初めて聞いた社名。

この会社は、SRI(社会的責任投資)に参考となる格付けを提供している会社だという。採点には、財務データよりも、コーポレートガバナンスや環境、雇用への取り組みを評価基準としている。この会社の格付けで、東京電力は2年も前からかなり低い評価を受けていて、とりわけ評価が低かったのが企業統治部門。100点満点中、たったの2点だったという。3.11以降の東電を見ると、この格付け機関の「宣託」のあまりにも正確な「先見性」に驚く。環境部門も悪く、07年の柏崎原発の放射能漏れ事故後の情報公開があまりされていない、自然エネルギーへの熱意がないということで、7点しか与えられていないとか。

記事によると、ヴィジオから情報を買っているのは100機関、欧州勢が大半で、日本からは2社のみ。

今年改めて思ったことだけど、日本はまだまだ「発展途上国」モデルから卒業できていないのかもしれない。多くの企業は、目先の利益、利害を優先し、個人や家族、コミュニティの利益に配慮することが不十分に思う。理念も持たず、ただ大きなものに流されていくだけ。理念では食えないと思っている人が多いけど、理念がないから付和雷同になり、利益率も低い企業活動しかできず、ある程度の豊かさを達成しているのに幸福度が低い社会になっていると言えるのではないだろうか。

もしドラッカーが日本赤十字の社長だったら。

 ドラッカーはマネジメント(経営)は、企業だけでなく、非営利事業団においても重要だと言っていた。いや、非営利団体においてこそ、マネジメントは大切だとまで言っていたような記憶がある。

 今回の東日本大震災にあたって、多額の義援金が国内、国外から集まっていると聞いている。うちの会社も、社員の提案で、「あなたのがんばり、被災地へ届け」というキャンペーンを行っている。(→キャンペーンHP)

 でも「いいこと」を実行することは、実はものすごく難しい。英語でもこんな言葉がある。Good will does not always lead to good results. (善意は必ずしも、いい結果につながっているわけではない。)善意を、いい結果につなげるには、マネジメント力が必要だ。この部分を僕らは忘れがちだし、見落としがちだ。気持ちだけでは、いい結果にはつながらない。知恵、そして人間の本性というか、人間の性(さが)を見通す力が必要になってくる。いつまでも援助モードでいるのではなく、適当なところで『自立支援モード」に移っていかないと、人はいつの間にか「依存モード」から抜け出せなくなってしまう。気仙沼の魚市場の再開を漁業組合の人たちが話し合っている風景をテレビで見たけど、海の男たちの心意気を感じて、僕は「勇気をもらった」。

 うちの会社でも、ふたつの奨学金制度をやっている。ひとつは「オデッセイIT奨学金」、もうひとつは「オデッセイコミュニケーションズ奨学金」。前者は、AFS高校留学の支援、後者は一橋大学の学生への奨学金。当然、善意でスタートしているのだけど、こちらが意図するような人に、有効にお金を使ってもらうような結果につなげていくのは、簡単なことではない。チャリティやボランティアというのは、「マネジメント力」が必要なのだ。(でも、それをしっかりと認識している人は、本当に少ない)

 僕のビジネススクールのクラスメイトで、アメリカの赤十字に勤務している人がいた。2007年にボストンであった卒業20周年パーティで会ったとき、「民間セクターで働いた後、公的な事業に貢献したくて、いまは赤十字にいる」と言っていた。彼はまだアメリカの赤十字にいるのだろうか。

 いま、日本赤十字をはじめとする各種団体には、多額の義援金が集まっていると聞く。彼らにマネジメント力があることを心から願っている。

萎縮する必要はないよ。

 東北3県でパソコンスクールを展開されているお取引先の方と電話で会話。まだまだ復旧作業が終わらない模様。皆さんを元気づけるためにも、一席設けたいと思っていますが、数ヶ月先になりそうです。
 
 今日午後、ちょっと用事があって銀座に行きましたが、震災前にはあふれ返っていた海外(特に中国)からの観光客の姿がまったく見られず!銀座の大通りがなんとも寂しい風景でした。丸の内界隈のレストランでもお客さんの入りが3、4割減ってしまっているようだし、タクシーの運転手の話では売り上げが2割以上落ちたとか。

 これまでのライフスタイルを見直す、いいチャンスだと思っているけど、世の中の雰囲気に呑まれて自粛というか、「萎縮」してしまうのは、反対!

 社会の雰囲気や空気にいつの間にか、自らの「気」を抜かれていくのは気をつけようよ。

あきず、あせらず、あきらめず。

 家で食事をするときには、時々玄米を炊いて食べているけども、今読んでいる本によると、玄米食で体にいい変化が起こり始めるまでには一年くらい続けないといけないと書いてある。努力しているけど物事がよくならない、結果がでないとぼやく人は多いけど、案外本人が思っているほどは努力をしていないし、継続できていないのかもしれない。
 
 基本的なことをきちんと積み重ねていくことが結構難しい。結果が出始めるまで、時間がかかることが多いので、忍耐が続かないのだ。本のタイトルを見ても、一週間で結果がでる「なになに法」なんてハウツー本ばやりだし、ダイエットや美容にしたってすぐ効果が出るという宣伝文句ばかり。食事だってでてくるまで待つことができない。スピードばやり。

 でも、自分自身を変えること、ビジネスにおいて結果を出すこと、どちらも時間がかかる。

 それに同じビジネスを5年も、10年もやっていると、あきてしまう人が多い。小社がマイクロソフトオフィスの資格試験を始めた1997年、98年頃、パソコンスクールを始めたところは多かったけど、一体そのうち何カ所が現在もスクール事業を行っているだろうか。また現在も続けていたとしても、飽きることなく、同じような熱意でビジネスを継続できているところはどのくらいあるだろうか?

 自分が自分のビジネスや人生に飽きて(あるいは厭きて)しまったら、危ないよね。少々努力しているようでも結果がでるまでにはそれなりの時間がかかる。一年やそこらの努力ではまだまだ足りていないのだろう。「石の上に3年」って昔の人はよく言ったもの。昔の人が言ったことって、案外本質的だなって思うことが多い。
 
 「あきず、あせらず、あきらめず」。今年はこれを口癖のように言い続けるよ。

「東京には獲物が跳ね回っている」って。

 某地方都市で起業し、現在は地元だけでなく東京にも拠点を構えて、全国展開している企業を顧客としてビジネスをされている方と、昨日、昼食をした。その方によると地方都市にはビジネスの獲物が少ない。見つけるための努力がたいへんだ。そもそも獲物がいないのではないかと思うことさえもある。ところが東京に来ると、ここにもあそこにもという感じで獲物がいる。地方に閉じこもっていないで東京にでてくるべきだ、とおっしゃっていた。
 また東京の未来の姿は地方にあるかもしれない。その主旨は、東京もどんどん高齢化が進んで、いまの地方都市のように老人ばかりが目立つ、活気のない街になっていくのではないか、と。
 僕もこの数年全国各地のお取引先を訪問しているけども、東京以外の町はたいへんそうなところが多い。高知や松山に帰ると、こんな感じだったかなと思うことがある。小さい頃、もう30年以上も前のことなのだけど、子どもの僕の目にはもっと松山や高知は輝いていたような記憶がある。
 東京以外の方が生活の質はいいのかもしれない。でも金を稼ぐという意味では、東京は日本で一番いい市場だろう。ただ、東京も人材の面からは案外だめだ。人材の幅、深さ、専門性、まだまだ十分ではない。東京でさえもそうだから、地方ではいい人材を見つけていくのはたいへんだと思う。それが起業を一層難しくし、企業の発展の大きな障害になっている。東京でも起業時の人材募集はたいへんなんだから地方はもっとたいへんだろう。

 それでも前に進んでいかないといけないのだけど。

John Sculley On Steve Jobs

かつて一時期アップルの社長だったジョン・スカリーが語ったスティーブ・ジョブス。
John Sculley On Steve Jobs

以下、オライリーのメルマガでの紹介文。

"the full interview text is fascinating reading. Sculley gives Jobs full respect, and his insights make for very interesting reading. It’s okay to be driven a little crazy by someone who is so consistently right. What I’ve learned in high tech is that there’s a very, very thin line between success and failure. It’s an industry where you are constantly taking risks, particularly if you’re a company like Apple, which is constantly living out on the edge. Your chance of being on one side of that line or the other side of the line is about equal."

『これを見ればドラッカーが60分で分かるDVD』(PETER DRUCKER: AN INTELLECTUAL JOURNEY)

 ほとんどの経営者は、自社が永続性を持った強い組織であり、社員、取引先、そして社会にとって価値ある組織でありたいと希望しているはずです。ボクもそんな経営者の一人です。多くの経営者にとって、経営(=マネジメント)を考えつづけていく上で多くのヒントを与えてくれるのか、ピーター・ドラッカーです。ドラッカーについては、これまで何度も書いてきました。(→一番最近ドラッカーについてかいたものは、2009.11.29 ドラッカー生誕100周年記念の国際会議
 DVDのタイトル、少々安直な感じがする日本語タイトルですが、英語の原題は、"PETER DRUCKER: AN INTELLECTUAL JOURNEY" という真面目なものです。
 このDVDの中には、ドラッカー自身の発言と、彼から多大な影響を受けた主にアメリカの経営者たち(GEのジャック・ウェウルチを含む)のコメントが紹介されています。たとえば、ドラッカーはこんな発言をしています。「長過ぎた成功は、新陳代謝の妨げになる」(バブル崩壊後20年にもなろうとする日本のことでしょうか?)。あるいはこんな言葉があります。「中国ではかつては自動車は贅沢だったが、今では人々は必需品と見なしている。これがグローバル化だ。それは経済現象ではなく、心理現象だ」。
 60分の短いビデオですが、あらためてドラッカーの魅力を認識します。
 僭越ですが、ぜひ現在の日本政府の中枢にいらっしゃる政治家の皆さんに、ドラッカーを勉強していただきたいです。労働運動、学生運動のご経験はお持ちの方々は多いようですが、起業やビジネス経験をお持ちの方は少ないようにお見受けします。政府関係の方々は、ビジネスを「商売」として、官の仕事には劣るものであるとお考えの方が多いように思いますが、国益といわれるものは実はその大部分が経済的な利益のことです(特に、戦後日本において)。「雇用、雇用」と叫ぶのはいいのですが、雇用を作り、雇用を増やしていくために、どのような考え方があり、なにをしないといけないのか、ぜひドラッカーから「マネジメント」について学んでいただきたいです。かれには、非営利法人のマネジメントについても数多くの発言と著作があります。

学び続ける組織。

『ザ・トヨタウェイ』(日経BP)の著者、ジェフリー・ライカーが、「日経ビジネス」(2010年10月18日号)の巻頭インタビューで以下のような発言をしています。

1 「トヨタの強みは規模の大きさにあるのではありません。問題点を発見して、『カイゼン』を続ける企業文化にあると考えています。」

2 「米国は転職社会ですが、トヨタは長期雇用を前提に、従業員を雇っています。ベテラン社員が若手を熱心に指導して育てる。だからトヨタが重視する価値観や技能が伝承される。この文化があれば、時間がかかっても、トヨタの収益力は再び高まるでしょう。」

こういうことが、「学び続ける組織」ということだと思います。
当社も、見習いたいと思っている点です。