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今日から何を変えていきますか?

 日本・パラグアイ戦、ボクもPKの終わりまで見ました。90分ぷらす延長前後半30分で決められなかったことが残念です。前半はボールを支配されていて、選手の身体能力でもかなり相手が上かなという印象だったので、無得点に抑えたDFを讃えたいです。
 朝、いつもの通り5時すぎには起き、寝不足のままテレビをつけると、20代の若い人たちが、「勇気をもらった。最後まであきらめない姿勢がすばらしかった。」と言っていました。その気持ちをずっと持ちつづけてほしいと思います。
 テレビで涙をながしていた人たち、興奮気味に「感動した」と話していた人たち、彼らに聞いてみたいです。「今日から何を変えていきますか?」って。またケータイでゲームをやる毎日に帰っていきますか?
 すくなくともJリーグのファンがすこしでも増え、スタジアムに足を運ぶ人が増えることを心から希望しています。
 それから、いつもスポーツ選手たちばかりが「勇気をもらった」と言われるのは、ちょっとしゃくに障ります。僕たちビジネスマンだって、政治家だって、あるいは官僚たちだって、「勇気をもらった」って言ってもらえるように、ここぞという時には、かっこよく仕事をしていきたいと思います。

国際教養大学でのIC3

すべての授業を英語で行い、海外の大学とも積極的に交流をすすめている大学として評価が高まりつつある秋田の国際教養大学。ボクは、毎年冬に、須賀さんの授業にコメンテーターとして参加するために訪問しています。

国際教養大学では、英語版のIC3に取り組んでいただいています。IC3の公式サイトに、情報教育担当のウェイ先生にでていただきました。

IC3公式サイト

オチビサンの世界に遊びたい。

今週末はこの人とずっといっしょでした。
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世の中には変わった姿かたちの生き物がたくさんあるものだと感心します。

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木の緑が新鮮な、生き生きとした気持ちにしてくれます。

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なんとなく、オチビサンの世界に入っていきそうです。
オチビサン

名古屋訪問

お取引先の皆さんとの会合のために名古屋訪問。(オデッセイユニバーシティ@名古屋にご参加いただいた皆さん、ありがとうございました)今日は、名古屋に向かうにつれ、空が青くなっていたような気がしました。
名古屋の派遣会社の方の話では、すこしずつ求人が増えつつある、とか。ただ、企業の要求レベルの2、3割高めの人材を提供していかないと仕事にならないということなので、おちおちしていては仕事を見つけることは簡単ではなさそうです。
写真は、奈良の遷都くん。結構気に入っているチャラクターです。名古屋駅構内で発見。

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『考えよ!_なぜ日本人はリスクを冒さないのか?』(イビチャ・オシム著)

 ワールドカップ開催中の今こそ、読んで損はない本。日本の試合を楽しむためにも。それに各紙が競ってオシムのコメントを掲載していることもあるので、オシムが日本代表に関してどのように考えて来たのかを背景として知っておくこともプラス。
 副題にもなっている「なぜ日本人はリスクを冒さないのか?」という問いに対して、オシムはこのような答えを自答しています。
「かつて東洋の小国だった日本は、太平洋戦争においてハワイを先制攻撃するというリスクを負った。そして何者でもなかった者が、何かになりたいことを望む経験をした。だが、その太平洋戦争において日本は敗戦を味わう。おそらく想像するに、そこが歴史的に日本人のメンタリティの転換期になっているのだろう。リスクを負うということが、日本人にとっては深層的なトラウマになっているのではないか。」これはボクが日本の歴史に関して、特に太平洋戦争に負けたことに関心を持っているからもあってここに引用します。
 他にも、この本の中で、赤線を引いた文章や言葉はたくさん。オシムがなぜ日本人(ボクも含めた)に人気があるかというと、彼の言葉選び、表現方法が僕らが求めているもの、受け入れやすいものだからか。それとボクは、オシムがカネの魔力を自覚している、大金が人間(もちろん、サッカー選手を含む)を簡単にダメにしてしまいがちだということをわかっていることも、オシムのファンである理由のひとつかな。
 「おわりに」にオシムがこんなことを言っています。
「人生で起こりうることすべてがサッカーに集約されていて、サッカーで起こりうるすべてのことが私の人生にも起こってきた。」僕ら日本人の人生においては、まだサッカーはそれだけの位置を占めていないかな

初めてサッカーをみた作家の感想。

産経新聞に曽野綾子さんが書かれているエッセイ、「透明な歳月の光」をいつも楽しんでいます。必ずしもこの作家のファンというわけではないのですが、なぜか共感することが多くあります。今日の産経新聞に「サッカー素人初観戦の印象」というタイトルで以下のようなことを書かれていました。

・ワールドカップ日本の第1戦、対カメルーン戦を見た。

・実は生まれて初めて見るサッカーの試合であった。この無知は特になじられることでもないだろう。恐らくサッカー選手やサポーターたちの中で、小説など一度も読んだことがない人もいるのと立場を変えれば同じなのだから。

・試合そのものも、深く誤解していた。スポーツは文学の世界と同じで、実生活とは一線を画した、いい意味で架空の世界のものだと思い込んでいたのだ。

・(日本が攻撃をやめて相手に点を入れさせないことに集中していることに)何かに似ている、と感じた。そうだ、霞が関の官僚の世界とそっくりだ。自分の任期中には、ひたすら失点がないように定年を迎える、あの守りの戦法そのものだ。

曽野さんは70歳を越えていらっしゃると思うのですが、初めてサッカーをご覧になられた感想がおもしろいです。作家のユーモアとシニカルなところが好きです。

メガバンクの株主総会、国立訪問

 午前中、みずほフィナンシャルグループの株主総会が、当社オフィス前の東京国際フォーラムであったので、ちょっと顔を出してみました。2階席まで出席者。さすがメガバンクと言いたいところですが、中身は多くの株主総会同様、おもしろくありませんでした。日本の大企業の経営者はもっと堂々とすればいいのにといつも思います。国会の質疑応答みたいな、模範解答の繰り返しばかりで、自分の言葉で語る役員はほぼ皆無。形式主義の日本なのでしょうがないのかもしれませんが、まるくおさめて早くこの時間を終わらせたいという意思が露骨にでているのが、株主総会。
まあ、株主の中にも、「ちょっとおじいちゃん、それは質問なの、それとも単なる愚痴?」という方が結構いるので、議長の社長もじっと我慢しながら対応。
この前、「ディベートは勝ち負け、ダイアローグは自分が変わる可能性を楽しむこと」みたいなことを書きました。株主総会の質疑応答は、ディベートとも言えないし、ダイアローグとも言えない。一体、なんと言えばいいのか?時間をかける価値のある応答を期待したいです。
 午後は、母校の一橋大学の国立キャンパスを訪問。マーケティング担当の社員といっしょだったのですが、主目的は今回新たに作った「オデッセイコミュニケーションズ奨学金」の授与式のため。杉山学長、盛副学長、金田副学長同席のもと、奨学金の対象となった4名の学生さんたちとお会いしました(一名は病気欠席)。詳細については別途ご報告します。
 国立訪問は何年かぶりですが、国立ICからキャンパスに直行、直帰。残念ながら、国立駅の周辺には一歩も進まず。でも大学通は相変わらずきれいな町並み。国立南口は素敵な街です。

マイクロソフトオフィス学生大会の日本代表表彰式

今日は午後から世界学生大会の日本代表と入賞者の表彰式を、小社からすぐのところにある東京国際フォーラムで行いました。日本代表はこれまでワード、エクセルの代表として2名を大会に派遣していたのですが、今年はちょっと張り切って5名アメリカに送ることにしました。(代表に関しては、こちらをご覧ください。→世界学生大会
代表の学生たちはもちろんのこと、入賞した学生とご父兄、学校関係者
の皆さんにもお集まりいただきました。全国各地からご出席いただきました皆さんに心より感謝申し上げます。

書き換えるのは未来ではなく過去。

ツイッターのホームに、ワールドカップ期間中の広告として、Nikeが「未来を書き換えろ」っていうメッセージを出しています。でもこれは間違いだと思う。
未来はまだ書かれてなんていない。未来はこれから僕らが当事者のひとりとして参加しながら書かれていくもの。
書き換えるのは、過去の出来事が作り上げた「常識」、「潜在意識」、あるいは「偏見」。

Learn how to be a good loser.

 政権交代後の自民党を見ていると、野党としてどのような存在であればいいのか、どのような時間を過ごせばいいのか、わかっていないのかなと思います。ずっと権力の座にあった人たちが負けるとこんなにも混乱してしまうのかという感じもします。
 日本の同時通訳の先駆者、村松増美さん(以下、先生)がお元気な頃、good loser であることを学ばないといけないという主旨のことをしばしばおっしゃっていました(現在健康を害されて療養中)。ボクが先生の既知を得たのは、10年ほど前で、先生のほんの一面しか存じ上げませんのでこれはボクの勝手な想像ですが、ご自分が作ったサイマルという、同時通訳派遣、通訳養成、そして出版を行っていた会社を失った影響が大きかったのかもしれません。
 名前は「勝つなり」なんてなっていますが、結構負けも多いクロイヌのボクからすると、Learn how to be a good loser というのは、生きていく上での大切なテーマのひとつです。人生の中で起きるさまざまな出来事と、どう折り合いをつけていくのかを学ぶ、失敗の経験を生かす、次回は同じ失敗は繰り返さないようにする、同じ立場の人達への思いをはせる。そんなことをgood loser として学んでいかないといけないと思っています。
 自民党は、2世、3世の苦労知らずの先生方が半分以上になってしまい、挫折をしらない人達の集まりになってしまっているのでしょうか?50年以上も天下をとっていたわけだから、good loserと言われても、まったく余裕もないのかなとは思います。でも、まずgood loser とならないと、再び政権を取ることは難しいのではないかな?
 それから村松先生は、ユーモアの大家でもありました。会話の中に、英語、日本語を行き交いながら、ユーモアが飛び交っていました。自民党にはこのユーモアも必要なような気がします。あるいは日本人全体かな?

ディベートとダイアローグ

 今日の朝日新聞朝刊で哲学者の鷲田清一さんがいい話を紹介してくれています。演出家の平田オリザさんの定義らしいのですが、ダイアローグとディベートの違い。
 「ディベートというのは話し合いの前後で自分の考えが変わっていたら負け、でもダイアローグでは逆に変わっていなければやる意味がない」
 ディベートとダイアローグを組み合わせながら、自分を変えていく、自分が変わっていくというのが、面白いように思います。
 

あいまいさ、おおらかさ、コンプライアンス

 日本って、西洋諸国と比べると「あいまいさ」が強いとよく聞くのですが、実際はどうなんでしょうか?意思決定のプロセスが「あいまい」、判断基準が「あいまい」、自分の意志表明が「あいまい」。そんなふうに日本のあいまいさは使われるような気がします。往々にして、否定的な意味合いで。
 あいまいさと社会のおおらかさとは関係ないのでしょうか?生きていく上で、白黒はっきりさせることが難しいことが多いのも確かで、第一、自分の気持ちや考えをはっきりさせることも時には難しい。自分の気持ちがわからないということもあれば、はっきりさせることがいろいろな事情で難しいこともある。付き合いたくない人とも、いろいろな事情でつきあわないといけないこともあるかもしれない。
 こんな言葉もありました。「清濁合わせ飲む」。人物の大きさやおおらかさを形容する意味で使われることがあります。
 相撲の世界の賭博の記事を読んでいると、清濁合わせ飲むことは、相撲界においては難しくなって来たようです。「相撲界にもコンプライアンスが入って来たね!」。
 このコンプライアンスというカタカナ言葉も、日本語でちゃんと定義されているんだろうかと思います。ひどくあいまいに使っていない?!基本的に、カタカナ言葉を意味なく(あるいは元々の言葉の意味を知らないで使うことに)反対です。このコンプライアンスというのも、わかったようでわからない。
 企業社会はこの「コンプライアンス」のおかげで窮屈さを感じている人が多いのではないかと思います。日本社会はアメリカが言い出したことを表面的には素直に聞く傾向があるので、このコンプライアンスについても、実は面従腹背のくせして優等生ぶっているような気もします。「本場のアメリカ」以上に時には自分自身をがんじがらめにしたりして。そのくせ、あるところではおおざっぱさやずさんさは残っているんですけど。木ばかりに気をとられて、森の全体は見る余裕も意識もなかったり。
 相撲界も興行の世界にどっぷり浸かっている訳で、歴史的に見て、その筋の方達とのおつきあいには非常に深いものがあるはずです。熱烈なファンが多い関西発の女性だけのレビューだって、興行の世界が持つ歴史からは自由でないと聞いたことがあります。
 どちらにしろ、社会の中でいろいろなことに白黒つけないといけない(少なくとも表面的には)、建前を通さないと行けないということが増え、だんだん、おおらかさは減って来ているような気がします。ただでさせ相撲界に入る日本の若者が減っているなか、ますます減っていくのかな?

 この文章も、あいまいな、だらだらしたものになってしまいましたが、そこはおおらかさをもってお読みください。内容に関しては、特にコンプライアンスに引っかかることはないと思いますし。

ひと安心_一勝だけでもできてよかったです。

昨晩は我慢してオランダ・デンマーク戦の間も寝てしまわないように努力して11時を待ちました。日本代表、3敗して日本に帰ってくることを危惧していたので、一勝挙げることができ本当に良かったです。

ただ、次のオランダ戦が日本代表の力をはかる本当の試合になるような気がします。昨晩活躍した川島、松井、そして本田たちがどれだけ動くことができるのか。それにカメルーン選手のシュートがゴールポストにあたってくれたような「運」が味方してくれるのかどうか。蹴らないと運が巡ってくるかどうかわからない、Just Do It! みたいな話になりがちですが、そのJust Do It の機会がないのか、強豪との戦いなのかと思います。

東京本社版の各社新聞には、日本が白星を飾った記事が一面にありましたが、各県版にはハーフタイムまでの結果しかでていません。本社版は原稿締め切りの時間を試合終了まで延ばしたのでしょう、印刷、配達の人たちもご苦労様でした。

政治家は四半期ごとに評価されているみたい。

小泉さん以降、日本の総理のいすは暖まることがない。海外のメディアからも、日本の総理は回転ドアのように落ち着かないというようなことを書かれています。最新のイギリスのエコノミスト誌の特集は、"Leaderless Japan"。

かつて日本企業の評価が高かった頃、日本の企業経営者や評論家たちは、「アメリカ企業がうまく行かないのは、短期的な視野しか持たないからだ。彼らは四半期ごとに株式市場で評価されるので、長期的な観点に立った意思決定ができない。」みたいなことを言っていました。
でも、今の日本って、そんな感じになっていませんか?すくなくても政治においては。各種メディアはこれでもかというほど世論調査を行い、支持率の上り下がりを大げさに教えてくれます。なんか株価の変動みたい。それがなんとなく国民意識にも影響を与えていると思うし、山本七平じゃないけど、世の中の「空気」がそうやって決まって行くみたいな感じもします。
あれだけ長期的視野に立った経営や意思決定を自慢していた日本なのに、四半期ごとに世論調査の形で業績評価を受けているのが政治家のような気もします。

この前塩野七生さんの「日本人へ_リーダー編」のことを書いたけど、その中に、日本人やメディアはもっと政治家を育てようという気持ちを持った方がいいという主旨のことを書かれていました。人間は期待されていることを知るとしばしば成長すると思うし、それは政治家の先生方だって同じだと思います。もしかして、政治家は普通人以上に、期待に応えたいという気持ちを持っているかもしれない。

岡山訪問、それから塩野七生著『日本人へ_リーダー編』

 今日は岡山に日帰り出張。午後お取り引き先の方々との会合のため。高松や鳥取からもお越しいただいた皆さん、ありがとうございました。率直なご意見等、感謝いたします。羽田から飛行機に乗り岡山空港を初めて利用しました。山の上を切り開いて作ったようなところで、広島空港を思い出しました。広島空港よりか市内に近いでしょうか。
 行き帰りの飛行機で、塩野七生さんがずっと雑誌「文藝春秋」に連載されているエッセイをまとめた本を読みました。このごろはもう文藝春秋の読者ではなくなっているので、40のエッセイのうち読んだことがあるのはほんの2、3でした。
 この中で、僕がとても感心したのは、「拝啓 小泉純一郎様」という一文。この中で、塩野さんは、郵政選挙で大勝した小泉さんにこんなことを書かれているのです。
 「しかし、盛者は必衰であり、諸行は無常です。今回の大勝が、政治家としてのあなたの「終わりの始まり」にならないとは、誰一人断言できないでしょう。」さらに、「私があなたに求めることはただ一つ、刀折れ矢尽き、満身創痍になるまで責務を果たしつづけ、その後で初めて、今はまだ若僧でしかない次の次の世代にバトンタッチして、政治家としての命を終えて下さることなのです。」
 なんてすごい予言なんだ!と思ってしまいました。まさにこの通りに小泉政治は終わり、郵政改革は中途半端なまま、いままた過去の状況に引き返されようとしているかに見えます。
 塩野さんのエッセイは読んでいておもしろいです。どうしてこのくらいの、まっとうなことを考え、そして正々堂々とお書きになられる評論家やエッセイスト、文筆家が多くいないのか。
 もうひとつこの本の中でうれしかったことがあります。それは最近僕もその存在を知り、半自伝も読ませていただいた、石井米雄先生のことが紹介されていたから。(→
「道は、ひらける」石井米雄著)塩野さんの石井先生評がまたいい。
 「この人のインタビューを読んで感心した。まず、ユーモアがある。ユーモアのセンスは臨機応変のセンスとイコールな関係にあるから、政党や省庁の抵抗をかわしながら目標に到達せざるをえない組織の長としては最適な資質である。」
 「第二に、歴史という怪物を、この方はよく後存知。」そして石井先生がインタビューの中で言われた以下のような発言に特に注目されています。「最近、歴史認識という言葉が跋扈していますが、これは要注意です。たとえば、韓国人と日本人が同じ歴史認識を共有できるわけがありません。しかし、歴史事実は共有できる。アーカイブの意味と価値は、まさにそこにあるのです。」
 引用していると、止めどがなくなるのであとひとつでやめておきます。「自己反省は、絶対に一人で成さねばならない。決断を下すのも孤独だが、反省もまた孤独な行為なのである。」これはリーダーの条件としてあげられているのですが、組織のリーダーでなかったとしても、一人ひとりがこのような孤独な作業を重ねていかないといけないのではないかと思います。
 

レトルトカレーのランキング

日頃、レトルトカレーを重宝しています。6月5日の日経プラス1にでていたレトルトカレーのランキング。この中でよく食べるのは、中村屋。

1 ヤマモト「タイカレーグリーン」

2 鈴音「霧笛楼フレンチカレー」

3 中村屋「インドカリースパイシーチキン」

4 中村屋「インドカリービーフスパイシー」

5 エム・シーシー食品「小野員裕の鳥肌の立つカレーキーマカレー」

6 小岩井農場商品「厳選素材カレー 小岩井クリームチーズ」

7 タンゼン・テクニカル・プロダクト「札幌スープカリー木多郎チキン」

8 吉田ハム「飛騨牛ビーフカレー」

9 江崎グリコ「LEEキーマカレー」

10ハウス食品「麻布十番ビーフカレー」

「人生は忍耐」。

昨日から朝日新聞夕刊「人生の贈りもの」のコーナーに、建築家の安藤忠雄さんのインタビューが出ています。この前、槙文彦先生の講演を拝聴したことを書きましたが、もう6、7年前になるはずですが、安藤さんのプレゼンもお聞きしたことがあります。関西人のプレゼン上手とはこのことだと思ったことを記憶しています。
2回目の今日の話から。
「建築の美というのは数学です。目をつぶって唐招提寺の形を思い起こすと、その向こうにぽーっと幾何学が浮かんでくる。」
「みんなが生きることに真剣でした。喧嘩の原因はみんな生活のことです。毎日の暮らしのために真剣に喧嘩する人々の中で育ち、他人の気持ちを考えるようになりました。人生は忍耐だと思ったのも、このごろです。」
人生は忍耐だなんて、辛気くさい話ではあるのですが、それが現実かなと思います。単純に我慢していればいいとは思いませんが、そう簡単には結果はでませんし、「継続は力なり」というように、継続していてこそ、初めて力がついてくるのではないかとも思います。勉強も、ビジネスも。

東京都戦没者霊苑

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カイ(♀甲斐犬)の緑内障をみてくれた動物病院に行く途中に、東京都戦没者霊苑があり、ずっと気になっていました。先日初めて苑内に入りました。この前の戦争のことをときどき考えます。どうして日本のリーダーたちはあんな馬鹿なことをし、明治以来築いた国内、海外の資産を全部失うことになったのか。また多くの日本国民もたとえ一時的にせよ、熱狂したのか。

中国女工哀史

中国の下請け工場で自殺が頻発したり、ストライキが発生したりしていると聞きます。背景には以下のような状況。

今日のFinancial Times 社説で紹介されていた話。

China Daily紙が報じたところによると、「中国の国内総生産GDPで、賃金への分配率は、この22年間連続して低下している。1983年の57%から、2005年には37%までその比率は低下した。」

中国国内で、地域的にも、また階級的にも富の分散があまりにもバランスを欠いているということはよく聞きます。

日本は世界でももっとも社会主義的な国で、中国はもっとも資本主義的な「人民共和国」。

槙先生のプレゼン風景

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昨晩、学士会館で建築家・槙文彦先生のプレゼン風景。スライドは、ペンシルバニア大学の図書館。

ATMの発明家、84歳で死亡。


YouTube: In Memoriam May 23, 2010

先週末のFinancial Timesを読んでいたら、世界中で使われている銀行のATMの発明家が、5月15日、84歳でなくなったという記事。1965年、お風呂に入っていた時に思い浮かんだそうです。バークレー銀行が最初に取り組んでくれたそうですが、アメリカに売りにいったら、誰も相手にしてくれなかった、そして日本に持っていったら、「アイデアありがとう。ロイヤルティを払うから、自分たちで開発したい」と言われたとか。(なんとなく日本の会社がいいそうなこと) →NewsScotsma.com記事

MOSのホームページを変更いたしました。

本日、MOS(マイクロソフトオフィススペシャリスト)のホームページを変更いたしました。ちょっとレトロな写真も出てきます、ご覧いただけますでしょうか?

MOS試験公式サイト

リスクと労を嫌うようになった結果。

夜、MITとハーバードクラブの集まりで、建築家・槙文彦先生の講演を拝聴する機会がありました。というか、先生を迎えての講演があるということで、参加しました。場所は竹橋の学士会館。一橋大学の如水会館の前です。
日本では先生の仕事では代官山のヒルサイドテラスが一番有名かもしれませんが、NYのワールドトレードセンター跡地の建物のひとつは先生の最新のお仕事になります。MITの人たちが先生に講演をお願いしたのは、MITメディアラボが先生の設計によるものだから。
これまでの作品の写真を多数見せていただきながらのプレゼンで、たいへん面白かったです。お話の中で印象に残ったのは、1950年代、世界の最高峰だったアメリカの建築業界がだんだん落ちていった理由として、
1組合が強くなり、組合の枠を超えた仕事をしないなど、硬直化が進んだ
2弁護士が強くなり、訴訟などを嫌うようになった
3他の業界に優秀な人間が移っていった(たとえば、宇宙産業やハイテク)
ということをあげていらっしゃったこと。
つまるところ、リスクと労を嫌うようになり、人材も集まらなくなったということです。
コンプライアンスでがんじがらめになり、失敗したときの失脚を恐れてすこしのリスクもとりたくない人間が増えている日本と同じだと思いませんか?さらに、人材の流出ということも、教育水準が落ち、全体的に人材に問題があると言われるようになっている今の日本のことかなと思ってしまいました。
槙先生は81歳ということですが、1時間の講演中ずっと立ったままですし、その後の懇親会でも講演参加者の質問に丁寧に答えていらっしゃいました。実際そうだとお聞きしていますが、紳士的な方でした。

「ドル終焉」(浜矩子著)

浜先生、最近よくマスコミに登場されます。朝のNHKラジオ等でもしばしばお声を拝聴。

この本の帯には、「二番底どころの話ではない。暴走と転落を繰り返す恐ろしい世界へ!」なんて、それこそ映画エクソシストか、ヘルハウスかというようなコピーがあります。内容は、かいつまんで戦後の国際金融のたどった道を案内してくれています。

「グローバル恐慌は、ドルの最後の舞台となる!」と本の表紙にあります。浜先生はドル弱気派なのかもしれません。確かにアメリカ経済もめちゃくちゃかもしれませんが、贅肉と成人病、生活習慣病の経済運営は、ヨーロッパも日本もかなりのものなので、これから一体全体、どうなっていくのか、誰にも予想がつかないのではないかと思います。中国を筆頭とする新興国経済はどのくらい強いものなのか。中国の不動産マーケットのバブルはどうなるのか?

それから、ヘッジファンドが悪者だという誤解をしている人が多いというご指摘は正しいと思います。

僕はそう簡単にはアメリカ帝国、「IT+金融帝国」は崩壊しないのではないかと思っています。アメリカの金融ビジネスの規模は大幅に縮小するかもしれません。でも、ドル終焉と言っても、ドルに代わってリーダーシップをとる通貨、そして国家経済はどこなのか?実はアメリカに人口が流入し、国内でも人口が増え続ける限り、アメリカはある意味、「永遠の新興国」なのではないかと思います。

最後に、「ザ・シティ 金融大冒険物語」よりかは、こちらのご著書の方がいいかなと思いました。