「理論的な洞察力」
posted at 2010.07.14
今朝の日経新聞のコラム「大機小機」にいい言葉が紹介されていた。1976年2月特別号の文藝春秋からだが、下村治の以下のような言葉だ。
「転換期を説明するには過去のデータに基づくモデルではだめで、転換期をつかむことができるのは理論的な洞察力だ。」
これは起業あるいはビジネス一般にもあてはまる。起業やマーケットを作っていくには、過去のデータを参考にしつつも、「理論的な洞察力」、あるいは「動物的な知的感覚」が必要だ。
posted at 2010.07.14
今朝の日経新聞のコラム「大機小機」にいい言葉が紹介されていた。1976年2月特別号の文藝春秋からだが、下村治の以下のような言葉だ。
「転換期を説明するには過去のデータに基づくモデルではだめで、転換期をつかむことができるのは理論的な洞察力だ。」
これは起業あるいはビジネス一般にもあてはまる。起業やマーケットを作っていくには、過去のデータを参考にしつつも、「理論的な洞察力」、あるいは「動物的な知的感覚」が必要だ。
posted at 2010.06.03
YouTube: In Memoriam May 23, 2010
先週末のFinancial Timesを読んでいたら、世界中で使われている銀行のATMの発明家が、5月15日、84歳でなくなったという記事。1965年、お風呂に入っていた時に思い浮かんだそうです。バークレー銀行が最初に取り組んでくれたそうですが、アメリカに売りにいったら、誰も相手にしてくれなかった、そして日本に持っていったら、「アイデアありがとう。ロイヤルティを払うから、自分たちで開発したい」と言われたとか。(なんとなく日本の会社がいいそうなこと) →NewsScotsma.com記事
posted at 2010.05.30
カイ(♀甲斐犬)とドライブに行ったのですが、帰り高速のパーキングエリアで富士重工がレガシーの新シリーズのプロモーションをやっていました。僕が好きな女優の一人、石田ゆり子を使ったCMが目を引くのですが、追突をさける自動ブレーキングシステム、Eye Sight を売りにしている新シリーズです。
高速道路のパーキングエリアで自動車のセールスプロモーション(SP)をやるのは非常にいいアイデアだと思いました。特に自動車関連。これからもパーキングエリアではいろいろなSP活動を見かけることになるような気がします。
それから今日の富士重工のSPに関しては、ちょっとしたアンケートに答えると、レガシーのミニカーをもらえるのもうれしい話でした。
posted at 2010.05.20
僕らの会社はパソコンの資格試験を生業として、社会の中で、ほんの少しかも知れませんが本業を通して社会貢献させてもらっていると思っています。MOS試験だけでいうと過去10年間で250万人の方に受験いただきました。多くの方にとって、就職、転職などの人生での転機、あるいは日頃のパソコン仕事において、小社で行っている資格がお役にたっていると信じています。
僕らのやっていることは、あくまでもパソコンソフトの使い方、パソコン・リテラシーの向上に貢献することが中心で、決して情報リテラシーというわけではありません。そのあたりのことを、日経BPの記者の方が日経ビジネスオンラインに書かれていて、良い記事だったと思うので、社員のひとたちやうちの試験会場になっていただている全国のパソコンスクールの方たちにもお読みいただければいいなと思っています。
パソコンリテラシーを身につけること、それをお手伝いすること、それは情報リテラシーを身につけることとは違ったレベルで、大切なことだと思っています。
ドラッカーは、仕事をする上でパソコンを使わず、道具はファックス、電話、そしてタイプライターだけだったそうです。でも、それはドラッカーがパソコンが存在しなかった時代に育った世代だったからです。いま彼が20代、30代、あるいは40代くらいまでであれば、好奇心の固まりのドラッカーは、パソコン、デジカメ、ケータイなどの仕組み、使い方、将来性をとことん考え、使いこなしていたのではないかと想像します。経営に関する彼の仕事の中身は変わったかもしれないし、変わらなかったかもしれない。どちらにしろ彼が考えたことは人間の本質に関わることだったと思います。
情報リテラシーというのは、そう簡単に教えられるものではなく、そう簡単に測れるものではないと思います。情報リテラシーというのは、その人の生き方、好奇心、周り(他人)に対する配慮、心配り、感度の良さなど、生まれてから経験したことの蓄積の上に出来上がった、人物そのもののようにも思います。情報リテラシーと書くと、正直言って、すごく薄っぺらいものに聞こえます。
カタカナ言葉(たとえば「リテラシー」!)は便利ですが、軽いなあと思います。もうすこしカタカナ言葉を減らして、ふわふわとした頭の中をもっと地に足の着いた議論をしたいです。
posted at 2010.05.18
4月14日のFT記事で読んだスペインのネット企業。
山で生活し続けたいという希望を持った起業家が起こした山岳用品販売の会社。お金よりも自分のライフスタイルを作っていきたいという希望が原動力。好感を持った。
posted at 2010.04.08
クラウドコンピューティング、無料化の流れが、マイクロソフトオフィスの販売戦略にどのような影響を与えていくのか。われわれも高い関心を持っています。
posted at 2010.04.06
以下、語学の問題に関して、ちょっと「乱暴な議論」。
英語を「公用語」にしようという提案に対しては必ず反論、反発がでてくる。当然の議論もあるけども、反論の中には自分たちの英語力のなさへのコンプレックスを根っこに隠し持っているような印象を受けることがある。英語を勉強したから日本語ができなくなるとか、日本文化を知らない日本人になってしまう、というような「雑な議論」を聞いていると、結局自分の力のなさを隠した言い訳ではないかと感じてしまうことさえある。。
かくいうクロイヌだって、大して英語ができるわけじゃない。ビジネススクール卒なんて箔をつけてもらっていたって、自分では全然駄目だなと思うことの方が多い。英語がずっと続くとしんどいなと思うし、英語での議論についていけないこともしばしばだ。でも、このごろの日本の内向き議論の多さにはうんざりする。世界の競争を見よ!
日本人が英語ができないことで海外で失っているものが多いことは、自分の体験からもよくわかっているつもりだけど、それに加えて、もうひとつ大きな問題があることを最近感じる。それは、英語ができない日本は、日本国内で受け入れる外国人に、日本語を話すことを強要する、あるいは過大に期待するということ。その結果、日本語ができない外国人は受け入れようとしないこと。
たとえば、看護師。彼らに要求する日本語レベルは妥当なのだろうか?
たとえば、研究者や専門家。それぞれの専門分野での知識や経験に加えて、日本語まで期待していて、どれだけ世界で活躍する専門家が日本に、あるいは日本企業に来てくれるのか?(残念だけど、特に理科系の日本人研究者や専門家の多くは英語が苦手だという話をよく聞く。)そのような外国人と接する日本人はTOEICで何点ですなんて言っているレベルではもうまったくだめなのに、そのTOEICレベルでさえ、800点だ、900点だと言って汲々している人が多い。
韓国との比較で言えば、明治維新前後に置ける日韓のメンタリティの違いが、まったく逆転してしまっているのではないかと思う。なぜ李朝は近代化に遅れ、新興国である日本に併合されるようになってしまったのか。日本は司馬遼太郎のマジックに酔ってしまっているので、明治維新の一面ばかり見ることが多いけど、僕が興味があることのひとつは、どうして朝鮮が日本に遅れてしまったのかということで、それは現在、なぜ日本が国際競争の中で遅れてしまっているのかということにつながってくるように思う。
韓国はアジア通貨危機のとき、IMFの管理下に置かれ彼らからすると国辱的な思いをした後、ものすごい勢いで「国際化」と海外進出をはかっている。ほんの十数年前の話だ。それに引き換え、どうも日本は「お公家さん」になってしまっている。今年、中国にGDPで抜かれるということが話題になっているけど、このままだと1人あたりのGDPで韓国に抜かれる日さえも、来るのではないか?
語学(英語)の議論はある意味物事の表面のことなんだけど、今の日本にとっては、ものすごく大きな問題だなと思う。僕が無理してでもできるだけ海外のビジネスマンたちとつきあう努力をしているのは、彼らの動きを知ることで自分をできるだけ客観視するようにしたいから。語学(英語と言ってもいいけど)への姿勢は、つまるところ、世界の競争へ向き合う姿勢の反映かなと思う。もしかして、「世界の競争」だけでなく、「競争の世界」への姿勢も含めて。(小学生の運動会で、みんなで仲良くゴールしましょうと指導しているのは、みんなで仲良く談合しましょうと教えているようなものでは?)
posted at 2010.04.04

クロイヌもしばしば使う東京駅。
その駅構内にできた「エキナカ』の「東京ステーションシティ サウスコート」。先月28日にオープンしたからということもあると思いますが、たいへんな賑わいでなかに入っていく気がいっきに失せるほどでした。JRは小売業者としてものすごい地の利を持っているなと思います。百貨店もがんばってほしいです。
→サウスコート
posted at 2010.03.23
『日経ビジネス』2010年3月15日号の「今週の焦点」という巻頭インタビュー。成城石井の社長で、かつてユニクロや無印のコンサルタントとして結果を残している、大久保恒夫さんが、デフレ中毒ともいうべき経済を作った責任は小売業者にもあると、発言されています(「小売り業界は苦しくなると、すぐに価格を下げてしまう」)。
そして最後のところで、「小売りはヒトがヒトにモノを売る仕事ですから、人材の成長が、そのまま企業の成長につながる。デフレのいまこそ人材の成長を。」と発言されています。 この点は、小売りよりも、われわれのように目に見えない商品である資格というものを取り扱っている業界により強くあてはまるように思う。
社内でよく言うことだけど、資格取得のためには、お金も払っていただかないといけないし、勉強もしていただかないといけない。世の中の大半の人たちは、そんなことに時間もお金も使いたいと思っているはずがない。ディズニーランドに行く方がずっといいと思っているだろうし、どうしても何らかの資格が必要だということになると、できるだけ簡単にとれる、できるだけ安い、それでちょっと履歴書にかける、そんな資格があればいい、というのが多くの方たちのホンネかと思う。でも残念ながら、達成感や充実感を得るためには、苦しい時間がちょっと必要になる。苦しい時間なくして人は成長なんてしない。企業の中でも人材が育つためには、夏ばかりではだめで、冬がないと絶対にダメだ。
僕らの資格をより多くの方たちに理解し、「買っていただく」ためには、われわれ関係者がまず成長していくことだと思う。