昨日、都内のホテルで関原健夫さんをお送りする会があり出席しました。
昨年12月に入って、関原さんのケータイになんどかメールや電話をしたのですが、まったく音沙汰がなく、どうしたことかと心配になって調べたところ、対がん協会のHPで、11月24日にお亡くなりになったことを知りました。
10年以上前でしょうか、関原さんがお書きになった「がん6回 人生全快」を読んだことがきっかけで、ぜひお会いしたいと思いました。その後、ある知人の紹介で、関原さんにはぼくがポッドキャスティングを熱心にやっていたころご出演いただいたこともありました。
2017年父ががんだいうことを知った時、一番最初に電話したお1人が関原さんでした。関原さんが電話先でやさしく、落ち着いたお声で、「あたなのような理知的な人でも、みんな、がんということを聴いた瞬間、気が動転してしまって、それまでなにも考えていなかったことを知るんだよ」というようなことをお話になられたことを記憶しています。(ぼくは決して理知的な人間ではありません)
ぼくがお世話になった何人かの方は、がんで亡くなられています。関原さんが6回がんの手術を受けられたように、北岡さん(北岡靖男、TOEICの発案者)も、同じくらいの数の手術を受けられた後、70歳に届くことなく、1997年2月に亡くなられました。
関原さんは晩年対がん協会の常務理事として大いに活躍され、全国の多くの方に勇気と希望を与えてこられた。昨日あった「送る会」には本当にたくさんの方がいらっしゃっていました。とても立派な人生を送られたと思います。
→関原さんのメッセージ
→関原さんとの「アイデアエクスチェンジ」