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『いま戦争と平和を語る』(半藤一利著、井上亮編)

 1961年生まれで、『「東京裁判」を読む』を半藤一利、保坂正康と共著した日経新聞の記者が、1930年生まれで昭和史をライフワークとする著作家・半藤一利に質問するインタビューをまとめたもの。
 この本で半藤一利が語る日露戦争から太平洋戦争にいたるまでのリーダーたちの話を読んでいると、本当に暗い気持ちになってきます。どうしてこれだけ愚かで無責任な軍人や政治家たちが日本のトップに立っていたのか、と。それは日露戦争の勝利が危ういものだったという事実を覆い隠し、自らが作りだした「神話」と「ウソ」にのめり込んでいき、リアリズムから遠ざかっていったプロセスでもありました。

 それが過去の事だけではなく、もしかして、それは現在も進行中なのではないかと思うと、さらにぞっとしてくるのです。

 各章のはじめに、半藤一利の発言の引用があるのですが、以下のような言葉があります。
 「戦後は戦争というものが日本人の意識からなくなっちゃった。あるのはただ悲惨とか悲劇であるとかそういうことばかりです。そこから来る平和というのは観念なんです。本当の平和論というのはそうじゃない。」(第10章平和主義こそ日本の基軸)
 「近代日本は外圧によって無理やり国をこじ開けられた。日本人は一度押しつぶしされて、はい上がって、この国家を作ってきたんだという思いがあるみたいですね。そういう思いから脱却しているのは、漱石や荷風などごく少数でした。」(第8章作家たちの歴史観)

 すべての章において共感する指摘を見いだしましたし、原爆投下(6日、9日)、ポツダム宣言受諾による終戦(15日)の8月に読んでおく価値のある本でした。本の帯にあるように、「大切なのはリアリズムと常識。歴史を知ることは日本人を知ること。」まったく同感です。

政治に不満があるのなら。

 政治に不満があるのなら、自分がすこしでも共感を持てる政治家を見つけ出し、1000円でいいので寄付してみてはどうでしょうか?きっと彼らはあなたにすごく感謝をすると思います。たとえ1000円であったとしても、ものすごく感謝してくれて、やる気になってくれると思います。だって、おカネを配れという人は多いみたいですが、見返りをもとめるわけでもなく、たとえ1000円であったとしても、サポートしてくれるひとは少ないみたいですから。
 別に政治家の味方をしたいわけではありませんが、ある意味、政治家ほど割にあわない仕事もないのではないかと思います。マスコミはすぐに「政治とカネ」のことを言いますが、「マスコミとカネ」だって、たたけばホコリはでてくるでしょう。
 確かに、それでも立候補したい人はいるので、やりがいというか、魅力というか、もしかして、うまみもあるのかもしれません。でも政治は大切だと思います。だからしっかり仕事をやってくれる人を選び、応援したいです。政治は三流でも経済は一流だなんて言ってたのは、90年代始めまで。今では経済だって三流だと海外では見られているような気がします。
 ケネディ大統領は、「国がなにをやってくれるかを求めるのではなく、自分自身が国のためになにができるかを問いなさい」と言いました。ケネディのファンは日本にも多いけど、この言葉を実行している人は少ないと思います。それが日本の現実かもしれないし、それだから日本は三等国家に落ちていっているのかもしれないです。
 クロイヌはそんな日本にはなってほしくないと思っています。ケネディの言葉は、クロイヌにも発せられていると思っています。

『日本人へ_国家と歴史篇』(塩野七生著)

 雑誌「文藝春秋」に連載された巻頭エッセイ43本を集めたもの。
この中に、「拝啓 小沢一郎様」という昨年の衆議院選前に書かれた文章があります。この文章は、現在の政治状況を見通したもので非常に正確な予測になっています。安定した政権を確保しない限り大胆な改革ができないだろうこと、民主党と自民党の大連立が必要だろうこと(両党から一部党員が脱落することを想定)、そしてそれを実現できるのは小沢一郎しかいないだろうことを言っています。
 来月の民主党党首選びがどうなるのか、興味をもって見ていきたいです。

「新たな言葉を習得する事は、新たな魂を持つこと」

 タイトルの言葉は、シャルルマーニューが言った言葉だそうです。(Charlemagne proclaimed that "to have a second language is to have a second soul.")正確には、「二つ目の言葉を習得する事は、二つ目の魂を持つこと」。
 Wall Street Journal の記事ですが、言葉の違いが人間の認識に大きな影響を与えるという話です。その一例として、日本語やスペイン語では、「花瓶が割れた」という言い方をするが、英語の場合には、誰が割ったのか、割った人間が主語になるという例が挙げられています。
 1960年代、チョムスキーの登場によって、言語の文法の違いは大きくは存在しないという意見が強くなったが、その説とは反対に、根本的な言語の違いを認識し、その違いが人間の現実認識の違いにまでつながっていることを発表している研究者の話を紹介しています。
 記事のタイトルがいいなと思いました。"Lost in Translation"。コッポラの娘が東京を舞台に作った映画のタイトル。いくら完璧に翻訳をしたとしても、指の間からすり抜けていく砂のように、なにか失われるものがあるのか。それは、翻訳されようとしている言葉が持つ、目に見えない魂のようなものかもしれない。
Lost in Translation (Wall Street Journal 記事)

クーデター

 非常に不安定な世界経済、無為無策の政治。1930年代の日本のような状況にあるのではないかと思う事があります。ただ、1930年代と現在の日本の大きな違いのひとつは、軍部の突き上げの有無です。自衛隊には知り合いがいませんし、リーダー的存在がいるのか、血気盛んな中堅、若手たちがいるのかどうか、まったく知識はありません。ただ、れっきとした軍である自衛隊からは、当然と言えば当然ですが、いっさい、政治に対する声が聞こえてきません。誤解のないように書きますが、それを期待しているわけではありません。
 政治が今のような状況にあると、国によっては、軍部がなんらかの動きをとることがあります。欧米先進国ではありませんが、途上国の多くでは見られる現象です。そういう意味では、日本は先進国というべきか。
 多くの政治家は自らの損得勘定、特にポスト、選挙での当選、それらには本当に必死に見えます。落選の恐怖はものすごいものがあるのだと想像します。ですが、軍のクーデターやテロリストの襲撃を心配する必要がない日本の政治家は、ラッキーかもしれないです。

金とドル。

 8月24日付けのWall Street Journal で読んだ記事です。 
しばしばインフレ・ヘッジとして買われる金(ゴールド)ですが、あるアメリカの調査会社が1978年からのデータを調べたところ、インフレと金の相関関係は思われているほど強い関係がないようです。正の相関関係の場合、1、負の相関関係の場合、−1。0はばらばらの動きで関係なし。調査によると、金とインフレの相関は、0.08ということなので、かなり弱い関係。
 インフレと関係ないとなると、金の価格に影響をあたえているものはなにか?それはドルだそうです。過去30年、ドルと金の相関関係は、−0.65だそうです。つまりかなり強い負の相関関係があります。一方が上がると片一方は下がり、一方が下がると片一方が上がるという関係。
 もしこれが正しいとすると、今後の金価格はドルに対する信任次第。
 
 われわれ日本人にとって問題なのは、たとえ金価格が上がったとしても、金の値段がドルベースだということ。金価格の値上がり分は、ドルの値下がりで帳消しになりがち。

世界学生大会エクセル2007チャンピョン、読売新聞記事に。

昨日の読売新聞朝刊で、先日、アメリカのユタ州であった「マイクロソフトオフィス世界学生大会」のエクセル2007部門でチャンピョンになった佐志原 美潮さん(早稲田大学理工学部1年)紹介の記事がありました。
読売新聞記事紹介
佐志原さん、あらためて、おめでとうございます。

アメリカン・ブック&シネマの新刊「ツール・ド・ランス」9月発売予定

 アメリカン・ブック&シネマ(ABC)の最新刊ですが、来月にはいって『ツール・ド・ランス』を発行します。今年のツールドフランス期間中の発行は間に合いませんでしたが、商品の価値にはいっこうに影響はありませんので、ご安心してお買い求めください。著者はビル・ストリックランド。以前、ABCで出しました『ツールドフランス_勝利の礎』の著者でもあります。アマゾンで予約受付を開始しています。

アマゾン予約ページ

 表紙の写真とデザイン、かっこいいでしょう?!ABCの本の装丁は、会社のロゴも制作してくれた10inc. の柿木原さんに引き続きお願いしています。
 ところでABCのブログですが、担当のSという社員が書いています。彼も、僕同様、もうすこしスリムになる必要性があるようで、週末には自転車に乗っているみたいです。

アメリカン・ブック&シネマ

Jリーグの経済学。

 今日はある方にお会いさせていただくために午後都内へ。大学生のころからファンだったかたなので、お会いできてうれしかった。

 その後、柏まで行ってレイソルとヴァンフォーレのJ2一位、二位対決を見た。アウェー側には、写真のとおり、山梨から大勢のファンが来ていて力の入れようがしっかりと伝わってくる。甲府は甲斐犬たちのふるさとということもあり、甲斐犬愛護会の展覧会にもなんどか参加している我が家としてはひいきにしているチームというか、フランチャイズのひとつ。

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試合はレイソル楽勝ムードだったのに、一人退場者がでてからは完全にヴァンフォーレに試合は傾き、終わってみると2−2。最後の10分程度でやられてしまった。終了後はヴァンフォーレ勝利のムードが漂っていた。
ナイターの試合としては最高の天気で空には写真のような月が。

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 ところで、Jリーグは、一体、なんのためにやっているのだろうか?
というのは、最近発表された昨年度の各チームの収支報告を見ながら、これだけ赤字でいいのだろうか?!という素朴な質問があるからだ。これだけの規模で行われている活動であればおカネの帳尻があわないものは長続きできない。厳しい言い方をすると、黒字でないものは社会から求められていないのかもしれない。

 一見黒字になっているチームも、広告収入の比率が異常に高いところは、株主となっている企業や自治体からの実質的な補助金で支えられているということだろう。そんなところは、親の考えが変われば(日本テレビ)、子どものサッカーチームはたいへんなことになる(ヴェルディ)。

 カネの亡者なんて大嫌いだけど、カネの帳尻があっていない人間の活動は、継続できない。カネのことを忘れていられるのは子どもの特権で、大人になるとそういうわけにはいかないよ。

 J1チームの中で感心するのは山形。ここは入場料収入(3億39百万円)が、広告収入(1億94百万円)を上回る。僕の会社がユニフォームスポンサーになっている福岡よりも、入場料は多い(福岡は入場料収入2億1百万円、広告収入4億24百万円)。人口でいうと圧倒的に大きな福岡のチームが、絶対金額でも、山形のチームよりも少ないとは、残念な話だ。福岡のみなさん、もっとレベスタに行って下さい。(そして当社の資格試験も受けて下さい!)

 入場料収入>広告収入となっているチームは、山形以外では、仙台、東京Vしかない。

 プロ野球チームの経営はどうなっているのだろうか?野球の場合には、チーム名の一部に、株主企業の名前をつけることができ、それが大きな広告効果を生んでいるのだろうし、株主側には大きな満足感もあるのかもしれないが、Jリーグの場合、背中や胸にスポンサー名が入ったりする程度。アビスパの場合も、福岡市がかなりの資金援助をしてきたとお聞きしている(それは公表されていることだけど)。
 
 Jリーグの理念は立派だと思うけど、あまり「清貧の思想」にとらわれていると、継続できないし、考える事、やる事のスケールも小さくなってしまう。

 もう一度、最初の質問にかえるのだけど、Jリーグは一体なんのためにやっているのだろうか?

 土曜日の夜、満月の夜空のもと、「そこそこのレベル」の試合を楽しみ、なんとなくハッピーな気持ちなって家路に着く人達は、もしJリーグの試合がもう見られなくなったとしたら、どうするだろうか。スペインやイタリアでは、サッカーは人生の一部になっているといわれるけど、日本ではどうなんだろうか?日本にはバレーもあれば、バスケットもあり、柔道、相撲、野球などなど、遊びというか、楽しませてくれるものが、実に多い。だからサッカーがなくなると、ちょっと寂しくはあるけど、他のもので代替できるだろうか?

 試合後、グループで来ているサポーターたちの楽しそうな話に耳を傾けながら、日立のグラウンドから駅近くの駐車場まで歩いている間、そんなことを考えていた。

今週の写真から。


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今週小社ロビーであったスキルアップ講座。70名近い方が熱心に元インストラクターの小社社員の話をお聞きくださいました。


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「歴史的建造物_先日あったセレブの結婚式があった家」。Financial Times にでていた不動産物件。これって、クリントン大統領の娘の結婚式のこと?

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家の前のコンクリートの割れ目から、地上に出てくる雑草。モノは言わないけど、この頑固さ、強さ、ねばり、たくましさ。


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我が家のお気楽さんたち。

茨木のり子回顧展

 昨夜の朝日新聞夕刊に、詩人茨木のり子初の回顧展が開かれているという記事。群馬県高崎市の県立土屋文系記念文学館で、9月20日まで。ぜひ行ってみようと思う。
 死後発見された挽歌40編のなかから。
「ふわりとした重み/からだのあちらこちらに/刻されるあなたのしるし/ゆっくりと/新婚の日々よりも焦らずに/おだやかに/執拗に/わたくしの全身を浸してくる/この世ならぬ充足感/のびのびとからだをひらいて/受け入れて/じぶんの声にふと目覚める」
 同じ詩人は、こんな言葉でも知られている。
「自分の感受性くらい/自分で守れ/ばかものよ」
茨木のり子展

クルーグマンの「斬り捨て御免」

ノーベル賞受賞者は、紹介されるときには必ずそのことが枕詞になる。クルーグマンも、名前の前に「ノーベル経済学賞受賞」あるいは「ノーベル賞経済学者」がつく。この記事によると日銀なんてけちょんけちょんにされていて、ノーベル賞経済学者になると、「斬り捨て御免」なのかね。

http://gendai.ismedia.jp/articles/-/994

このなかで、ひとつ共感する点がある。それは以下の文章。

 「今の景気停滞は、特に若い人々をひどく傷つけている。日本だけでなく、アメリカでも大学を卒業した若者たちに仕事がない。実証的に言えることですが、これは彼らの一生をねじ曲げてしまいます。卒業後、長期間にわたって就職に失敗し続けたら、その後遺症からは一生回復できない。」

 一生回復できないかどうかはわからないけど、最初につまずくと、面倒なのは確か。だからこんな言葉も紹介しておきたい。

 「人生でもっとも輝かしい時は、いわゆる栄光の時でなく、落胆や絶望の中で人生への挑戦と未来への完遂の展望がわき上がるのを感じたときだ。」(ナイチンゲール)

経済記事以外の日経新聞記事

日経新聞の「本流」の方たちには申し訳ないのですが、社外の方たちが書かれている経済記事(囲み記事)、それとスポーツ面、社会面の記事がおもしろいです。最近では以下のシリーズがおもしろかった。

1「駆ける魂」で紹介されていた白山、森の管理人の乾靖さん紹介記事(3回分)。日本3大連峰のひとつ、白山。「40歳でサラリーマンを辞め、これからどうやって暮らしていこうか、もんもんとしていたとき、白山でご来光を拝んだ。何度も見ているはずなのに、そのときばかりは、ありがたいと自然に涙がこみ上げてきた。」「太陽の光が山頂にいたすべての人を分け隔てなく照らし、観音経にある『無垢清浄光、普明照世間(汚れのない光があまねく一切のものを照らす)』というお経を実感した」。
 この前、岐阜の郡上高校を訪問した時、校長先生から白山信仰の話をお聞きしたばかりだったので、この記事は特に印象深かった。いつか白山に行ってみたいと思う。(2010年8月16〜18日の夕刊)

2 「戦争と言論人」の5回シリーズ(2010年8月7、8、10、11、12日)。石橋湛山、桐生悠々、清沢洌、菊竹六皷、徳富蘇峰の発言を紹介。特に共感をもって読んだのは、清沢洌。「詰め込み教育の危険なのは、物を批判的に見ず、ある既成概念を固守する結果、社会的に討議して、漸進的進歩の道をとるということが困難だ」。彼が指摘したことは、100%、今の日本の教育にもあてはまる。その結果が、「元来が、批判なしに信ずる習癖をつけてこられた日本人」。

Five hallmarks of the great CEOs.

From the FT article by Robert Sutton ("Separating the best CEOs from the dolts")

1 They have what psychologist John Meacham calls "the attitude of wisdom"-the courage and confidence to act on what they believe, in concert with the humility and self-doubt.

2 Good bosses do not deny or gloss over their own weaknesses.

3 They devote seemingly compulsive attention to how others respond to their words and expressions.

4 They know how to lead and join a good fight. Good bosses "fight as if you are right, and listen as if you are wrong."

5 Regardless of how well their company is doing, good leaders keep challenging their assumptions.

Tesla Motors のプレゼンを聞いた。

 久しぶりに、新丸ビルに入っている東京21Cクラブの集まりに久しぶりに出席、電気自動車のベンチャー企業、テスラ・モーターのアジア代表の方の話をお聞きした。テスラについては、昨年か、一昨年、サンフランシスコであったWeb 2.0 Summit でも創業者の方の話をお聞きする機会があった。かっこいいスポーツカーが完全に電気自動車となっているのに、ちょっと驚いた。
 トヨタが出資するとかしないとかの話もあり、引き続き話題を呼んでいる自動車メーカー。
 テスラが日本で成功するのかどうかもそうだけど、本国のアメリカでどれだけ売れるのか?でも、日本で買うと1500万前後のようなお金がかかるみたい。どちらかというと、その10分の1で買えるHONDAのフィットのハイブリッドの方に興味がある。ずっと前から言っていることだけど、トヨタがプリウスワゴンを出してくれて、後ろの荷台に犬のケージが入るようだとすぐにでも買いたい。犬たちのことさえなければ、通勤や週末のスーパーへの買い物には、HONDAフィットで十分だよね。
 だから、僕はテスラには縁がないだろうけど、試乗とかはしてみたいし、この会社の車が自動車産業にどんな影響を与えうるのか、関心はとてもある。
 テスラのあとは、ケータイ広告の会社のお話をきいたけど、こっちはもうチンプンカンプン!ケータイの広告ビジネスが拡大しているのはもちろんわかっているけど、自分自身がケータイの広告などまったく見ないし、ゲームにもまったく関心がないので、日本のケータイ・ユーザーの層がどれだけ大きいか、その結果、ケータイ広告ビジネスも大きい、なんて話にどうしても関心が持てない。
 このケータイ広告配信会社、日本の会社ではなくって、アジア発の会社。ヨーロッパ、アメリカでもビジネスを行っているそうだけど、国際比較のデータを聞いていると、日本人の特定のケータイサイトへのアクセス数はもう異常なくらいの規模になっている。みんなケータイ・ゲームの中毒になっていない?!こんなことを言っていると、「クロイヌはもう年だね!」って、反論されそうだけどね。
Tesla Motors

「実体を変えない仕事は意味がない」

 タイトルの言葉は、今日の日経新聞「インタビュー_領空侵犯」にでてた三菱ケミカルホールディングス社長・小林善光さんの言葉。「マネーの世界にはスイッチ一つで、もうかった、もうからないというビジネスがある。楽ですよ。私は自然科学で育った人間ですから、実体を変えない仕事は意味がないと思います。仮想的なものは体質的にウソっぽく見えてしまうんです」
 そのほか、メモした言葉。
「経営に二面性はやむを得ない。高い理想を掲げながら、現実の問題に対処しているわけです」
「今の経営学は企業のやっていることを、後から整理するだけでしょう。何が面白いのですか」
「後講釈の経営学は要りません。(中略)いまだに欧米の学説を翻訳しているような学者が多いのではないですか」
「MOS(=Master of Sustainability、時間軸、永続性を考えた経営)の理念に基づく日本発の経営学をぜひ発信してもらいたい」
 理学博士でもある経営者の発想はおもしろい!

夏の記憶

家のそばの公園で見つけた夏の記憶。
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今回の口蹄疫の感染源の特定化はどうなったのか?

 櫻井よしこ著『日本が犯した七つの大罪』(新潮文庫)のなかの「狂牛病対策はなぜ遅れたか」という章の中に、いかのような文章を見つけました。ちなみにこの文章が書かれたのは、2002年1月。
 「だがこんな日本政府の後ろ向きの対応(注:BSEの感染源を特定しようとはしない後ろ向きの姿勢のこと)は初めてではない。2000年に、92年ぶりの発生をみた口蹄疫の時も、同じあやまちの構造の中で事は推移した。2000年3月に宮崎市東部の富吉地区で、珍しい症状の牛を獣医師がみつけた。約10日ほどの観察ののち、彼は口蹄疫を疑い家畜保健衛生所(家保)に報告した。」(中略)
 「正確に診断した獣医師の早い動きによって、このときの口蹄疫は、その後、北海道の牧場で発生しただけで終わった。本来なら、口蹄疫を見つけた獣医師の舛田利弘氏は大いに感謝されて然るできだ。しかし、家保はなんと舛田氏を事実上封じ込めたのだ。家畜の診療をやめて平たくいえば自宅蟄居せよということだ。彼に対しては『余計なことをした』『黙っていればよいものを』という類いの非難が集中し、診療も制限され収入も激減した。」
 「また、口蹄疫のウィルスの感染経路も調査されなかった。複数の普及員は中国産のワラが原因としか思えないと指摘する。このままでは、再び必ず日本に口蹄疫ウィルスが入ってくると彼らは警告するが、農水省も厚生労働省も、『感染源が特定されないことは大きな問題か』と述べた武部農水大臣と同じメンタリティで、感染源の特定も結果としてできず、また、しなかった。全てが同じ精神構造なのだ。」
 この文章を読んでいると、10年後、宮崎で口蹄疫被害がでたことは、決して不思議なことではないと思えます。今回も口蹄疫の感染源は特定化されずに終わり、また同じ悲劇が繰り返されるのか。科学的精神の欠如、世の中の空気で動く行政。櫻井さんに言わせると、「アマチュアのなせる無責任の極致であるといえる。」

『水と緑と土_伝統を捨てた社会の行方:改版』(富山和子著、中公新書)

 全国のお取引先を訪問するようになって、改めて日本の歴史と自然に興味を持つようになりました。人を大切にすることは、歴史と自然を大切にすることでもあると思います。ちょっと大げさに言うと、「人、自然、歴史」、それがこのごろの僕のテーマです。
 『水と緑と土』は1974年に出された本ですが、取り上げられているテーマはいっさい古びていません。この本を読みながら、いろいろなことを思い起こしました。その1:僕が育った田舎の家の裏には、近くの湾に流れる川が流れていて、保育園や小学校低学年のころにはこの川でよく泳いだ記憶がありますが、洪水を防ぐためでしょうか、護岸工事が行われ、家庭の汚水が流される汚い川に変わっていきました。(今、どうなっているのか?)その2:この前、岐阜の郡上八幡にある高校を訪問した時の校長先生との会話。当地はかつて林業で栄えたはずですが、今は山を管理する人も少なくなり、山は荒れ放題だということ。でも林業では食っていけないので、都会に若い人は出て行く。
 この本を読んでみて、川と山、森はつながっていて、日本の自然も「複雑系」のひとつであることをあらためて認識しました。また、作者の八ツ場ダム工事への考えを聞いてみたいと思います。
 新書ですが、中身は濃い内容です。至る所にマーカーを引きまくりました。そんなマーカーを引いた一節に以下のような文章があります。
 「伝統を切り捨てることは、明治新政府の国策であった。この乱暴な政策こそ、富国強兵・殖産興業への近道であった。そしてこの国策を背景に日本の科学が出発したことは、日本人にとって不幸なことであった。というのはそれが、自然を商品化し掠奪していく資本の強力な武器となったからである。自然から自己につごうのよいものだけを引き出し、単純化して扱うというその目的、方法において、両者は合致したのである。」
 この本は1974年に初版が発行され、今年7月に改版が発行されました。本の帯には、「環境論のバイブル」とありますが、読み応えのある本です。今年の夏読んだ本の中でもおススメです。

Books I bought in the US

I bought the following books in San Francisco, just before I left the US.
"Why architecture matters" by Paul Goldberger
"TINY Houses" by Mimi Zeiger
"Buddha" by Deepak Chopra
"The Demon-Haunted World_Science As A Candle In The Dark" by Carl Sagan
"Guns, Germs, And Steel_The Fates of Human Societies" by Jared Diamond
"Lapham's Quaterly" (Sports & Games) Summer 2010

モノの消費時代からの卒業。

 アメリカ滞在中、ホテルのテレビでCNNの株式情報をみていたら、コメンテーターが「アメリカは消費経済。皆さんが消費しないと経済は良くなりません!」と叫んでいた。確かに、日本企業もアメリカの皆さんにモノを買ってもらって助かっているのはわかっているけど、「アリとキリギリス」の話に例えて言うと、キリギリスの役を続け過ぎではないかと思う。またわれわれ(日本、ドイツ、中国など、過剰貯蓄、過剰生産の国々)も、過度なほどにアリであり続けることを良しとしてきた面もあるかもしれないし、アメリカの消費市場に頼りすぎたし、アメリカの消費社会を「容認」し過ぎてきたと思う。アメリカと日独はどちらもバランスがとれていない。
 アメリカで買って来た本の一冊は、"TINY Houses" (RIZZOLI 発行)という本なんだけど、この本は世界中の「小さな家」(100平方メートル以下の家で、7平米の家なんてのも含まれている)を紹介した写真集で、この本の前書きに著者がこんなことを書いていた。
 "It seems that given an economy that runs on consumption, even the consumption of green products, there is a general feeling that it is miserly and judgmental, somehow against the American Dream, to reduce how much we take in and how much space we take up. According to the National Association of Home Builders, the average home size in the United States was 2,330 square feet in 2004, up from 1,400 square fee in 1970."
 「消費社会のアメリカで、モノや空間を節約しよう、もったいないなんて言葉は、アメリカン・ドリームに反するって言われるかもしれない。アメリカの家の平均的な広さは1970年には130平方メートルだったのに、2004年には216.5平方メートルになっている。」
 日本の平均的な家の広さは、100平方メートルにも達していないのではないか?
 多くのアメリカ人にいくら説教しても消費社会からは抜け出せないだろうなと思う。アル中、麻薬中毒にかかっているようなものだから。(日本のパチンコ中毒やギャンブル中毒、ケータイ中毒みたいなもの?!)特に、一部の裕福な連中の消費行動にはあきれる。だからアメリカ人お得意の言い方をすれば、市場が強制しない限り、アメリカの消費社会は変わらないのだろうと思う。
 もうすでに「消費から投資」の時代をさけんでいるアメリカの金融関係者はいるので、すこしずつ変わっていくことを期待しているけど、アメリカも日本同様、「ポピュリズム政治」(投票権者に厳しいことは言わず、聞きたいことだけを約束する政治、別名、増税なしのばらまき政治)だから、2012年の大統領選挙に向けて、どのような展開になるのか。
 国や他の人たちのことはいいとしても、すくなくとも我が家というか、クロイヌたちと僕はモノの消費時代から卒業しつつある。「モノよりもサービス、モノよりも経験、思い出」!
"TINY Houses"

マイクロソフト世界学生大会2010。

 マイクロソフト世界学生大会に今年は5名の学生たちを連れてきました。結果ですが、早稲田大学理工学部1年の佐志原美潮さんが、エクセル2007部門で世界チャンピョンに!おめでとうございます。
 でも他の4名の学生たちも頑張ったよね。今回のようなさまざまな国から同年代の人達が集まるイベントで、「がちんこ勝負」を重ねて欲しいです。そして小さな成功や失敗を重ねながら、すこしずつ自分を鍛えていき、自分自身を作っていってください。
 写真は今回来ているユタ州パークシティの市内で見つけたスキーヤーの銅像。ユタでも有名なスキーリゾートのひとつで、町の中心部は一本の坂道の両側にお店が並んでいる小さな町です。
昨日同じユタ州で、日本人観光客が乗ったバスが事故に遭い、数名の方が死傷したようですが、われわれは無事ですので、関係各位はご安心ください。

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Living simply will be a blessing.

A friend of mine from college and from HBS brought this article to my attention. I have always dreamed of simple living. I put experiences above materials. I have been lucky to have unforgettable experiences with my friends, been to so many places with the loved ones.
It is hard to forecast how the economy in the developed markets will be affected if the people change their life styles and value systems. But I think it is an experiment we should try. It has been too long of a period that people continued to buy things one after another. Why do we need to have a digital camera every two years? Let's think deeply why we need all of these things to become a happy person.

Consumers Find Ways to Spend Less and Find Happiness from NYT

Park City is a tough place to adjust my body!

Yesterday I arrived in Park City, to attend the MOS World Wide Competition and the conference hosted by Certiport, our business partner. Today (Monday, August 10) is the first day of the event and I believe that our Japanese students (five of them) have already taken exams this morning. The winners will be announced tomorrow morning.

I have been to Utah many times but this is my first time to be at Park City. The city is located above 8,000 feet above sea level. About 2,400 meters! The air is thin and many people in their first visit become sick, I heard. My body needs time to adjust to this high altitude. It is not a friendly place for the first time visitors. And I am afraid that by the time my body gets used to it, I will have to leave!

日本政府にも、Gov 2.0 を。

Web 2. 0のコンセプトやテクノロジーを、政府セクターにも当てはめていこうとする動きが、Gov 2.0。
Web 2.0 を言い始めたO'Reilly Media が中心になって提唱しています。
日本の政府の方たちって、アメリカでのこういう動きをどなたかフォローしているのでしょうか?9月にワシントンD.C.でカンファランスがあるようですが、日本政府の関係者の方にもご参加いただきたいです。日本国内のITゼネコンからの情報ばかりに頼ることなく、ぜひアメリカ政府がどのようにWeb2.0を取り込もうとしているのか、直接に見ていただきたいです。
Opening the doors of government to innovation by Tim O'Reilly

映画『フェアウェル』_人は、希望で動く。

 今週、久しぶりに映画を見た。『フェアウェル』。副題に「さらば、哀しみのスパイ」とある。ポスターやパンフレットにつかわれているのが、「人は、希望で動く。」というコピー。そして、この後には、「歴史は信念で動く。」とある。「人は希望で動く。歴史は信念で動く。」歴史が信念で動くものなのかどうか、あるいはそういうこともあるのかどうか。それはこの映画を見てください。
 1981年、ソ連崩壊のきっかけをつくった、ひとりの男(父親)の物語。事実に基づいているということです。祖国と家族の未来を思い、金銭的な見返りを求めることもなく、西側にソ連の極秘情報を流した男の物語。パンフレットには、「祖国と息子のために死のリスクを冒した実在の男フェアウェルの孤高の魂に触れたとき、誰もが涙する」とあります。
 重いテーマですが、とてもいい映画です。ハリウッドではなく、フランス映画。監督は「戦場のアリア」のクリスチャン・カリオン。

「フェアウェル」
「戦場のアリア」

ツイッターは「首相動静」だね。

 移動したり、行動したりするたびにツイッターに書き込みをしている人が多い。どこで誰に会ったとか、どこのレストランで食事したとか。こんなことをずっと公表してきた人が日本には一人いた。それは日本国総理大臣。いったいいつから始まったのかしらないけど、主要新聞では、もう何十年と(だと思う)、総理大臣の前日の行動を追っている。

 朝日新聞の場合だと、朝刊に「首相動静」というコーナーがあって、何時に誰と官邸で会った、どこどこのレストランで誰々と会食したなんてことがでている。例えば、昨日、菅総理は「午前7時38分、宿泊先の広島市南区のグランドプリンスホテル広島発。寺田首相補佐官同行。49分、同市中区の平和記念公園。」から始まり、「午後7時12分、東京・永田町の日本料理店、『つきじ植むら』で、江田前参議院議長、荒井国家戦略相ら、菅首相を支持する同党国会議員の会合に出席し、あいさつ。8時13分、公邸」で終わっている。

 こちらの情報発信は一日遅れ、すべて過去形。対してツイッターで自分の行動を発信している人たちは、現在進行形という違いはある。ツイッターでwhere, who, why, what, when, how を公開している人たちは、「首相動静」と同じことを自発的に発表している。もちろん、すべての行動ではないだろうけどね。(そう言えば、田中康夫はペログロ日記で、プライベートのことも露出していた記憶)
 
 みんなが総理大臣になってしまったのだ!
 
 僕もツイッターをやってみてはいるけど、「分刻みの行動」をとっているわけでもないし、著名人とそうそう会うわけでもない。それに大したレストランで食事したりすることもあまりない。残念ながら、それほどドラマチックな毎日を送っているとも思っていない。どちらかというと、一日一日、すこしずつでいいから人間として成長していければいいと思っている。
 
 「誰々に会った、どこどこで食事をした、どこどこに移動中」というツイートは一時的にはフォローしたとしても、だいたい数日もしないうちにフォローしないことにしている。自分のことを他人にさらけ出す必要もないけど、他の人が誰と会ったとか、どんな食事したとかにも、あまり興味がない。好きなタレントやアーティストの日常生活さえもあまり興味がない。(伊藤由奈のブログもほとんど見ない。それよりも、コンサートをやってほしい。木村多江が電通社員と結婚していようが関係ない、映画でいい演技を見せてくれればそれで満足)そんなことをフォローしていると、あこがれの気持ちがなくなってしまうもの。すべての人間関係、適度な距離感というか、付かず離れずがいいような気がする。カイ(11年以上おつきあいの♀の甲斐犬)とさえも、お互いに一定の距離感を保っているもの!

 総理大臣は公人だからいやでも行動を監視される。公人はつらいよね。でもツイッターで自分の行動を公表している人たちは、公人になりたいのかもしれない。

ツイッターをやってみて子どもたちの気持ちがちょっと分かった、気分。

 今の子どもたちって、ちょっとかわいそうだなって、ツイッターをしばらく続けてみて思った。
単純なメールから始まってSNSにいたるまで、人に嫌われないように、敵をつくらないように、そんなことにものすごいエネルギーを使わないといけないんだから。小学生や中学生の段階から。
 小学生のころだったかな、学校ですごく嫌なことを記憶している。毎年だったか、2年に一度か忘れたし、小学校だったか、中学校だったかも覚えていないけど、「クラスの中であなたが友人だと思う人を記入して下さい」という、行動調査というか、人間関係調査というか、そんなアンケートに答えさせられた記憶がある。ある意味、これと同じことを、SNSやツイッターを通して、陰に陽に、子どもたちは経験しているのではないかな?
 昨日、母校の関係者の方がいらっしゃって、「大学での起業家育成教育はどうあるべきか?」なんて話題になったけど、日本みたいな集団の内向き圧力が強い社会で、人と違うことをやるのは結構しんどいんじゃないかなと思う。僕の場合は、もう名前から変わっていて、同一化しようにもしようがないくらいだった。名前って大切だと思う。だって、小学校に上がったときから、ずっと呼ばれるんだから。その名前が、学校にただ一人、さらには町にもうちの家だけなんだから、僕の場合は。他の人と同じでいたいと思っていても、もう出発点から違う存在なんだよね。
 「出張」って別に外国人の名前でもなく、うちの家系は海外から来たなんて話はないけど、珍名さんなのは確かで、かつてテレビ番組で珍名コーナーがあったとき、同じ名字の人が紹介されていたもん。
 で、ツイッターの話に返ると、もう50人以上フォローすることなんてできない。特にメディア関係のツイートをフォローしていると、数が多い。だから知り合いからのフォローとかに、義理を欠いたりすることも出てくる。こんなことを子どもの頃から気にしないといけないとしたら、今の子どもたちはちょっとかわいそうだなと思ってしまう。
 そんな集団の同一化圧力が強いところからは、なかなか起業家はでずらいかもしれない。どうだろうか?

企業価値向上の長い道

 日経新聞夕刊に連載されている「人間発見」、今週はフィデリティ・ジャパンの蔵元康雄さんのインタビュー記事が続いているが、おもしろい。ご紹介されている企業、たとえば京セラ、丸井、ニトリ、キーエンス、イトーヨーカ堂、しまむら、コメリなどがまだ地方の知る人ぞ知る優良企業として、全国的に名を知られるまえからアナリストとして訪問され、各社の経営者とのお付き合いの中から気付かれたことを、インタビュー記事の中でお話になられている。

 各社とも、真の企業価値向上のために、地道な努力を継続された結果が、現在見る姿につながっているかと思います。参考にさせていただきたいです。

すごいところまで来ている高齢化社会。

 ずっと「振り込め詐欺」が不思議だったけど、今回、全国各地で発覚している高齢者の所在不明の話、これも不思議。この前NHKでやっていた「無縁社会」とつながる話だし、長寿社会の基礎になっている統計が信頼できるかどうかにも発展しかねない話だ。
 100歳を超える老人の行方を、80歳になろうとしている「子ども」たちに聞いて回る自治体の人たちの話がニュースになっているけど、日本の高齢化社会って、もうすごい段階にまで行ってしまっているよね。これからどんどん「奇譚」があふれでてきそう。
 戦後の日本社会は、ずっと「死」を見えないところに押し込んできたけど、死後20年、30年、ミイラ化した死人たちが、戦後の日本社会の在り方を考えなと静かに叫んでいるかのよう。

追記
8月4日現在、100歳以上で所在不明の高齢者が全国で56人。

「タンタンの冒険」がテレビ放映されています。

小社がキャラクターとしてずっと使っている「タンタンの冒険」。来年はスティーブン・スピルバーグのプロデュースで映画化されるので、日本でもこれまで以上に知名度が上がると思うのですが、先月からCartoon Networkで放映されていることを知りました。今週末、僕も家で見てみようと思っています。

→「タンタンの冒険」番組紹介

カイ近況

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エリザベス・カラーは歩き回るときに頭や顔をぶつけないため。目が悪くなったカイの必要な道具の一つになっています。
カイのこともあって、先々月、自分自身の目をみてもらうために眼科訪問。緑内障にだけはなりたくないと思っていましたが、今のところ問題ないと言われ一安心。緑内障はカイだけで十分です。
パソコンの困ったところは眼精疲労の大きな原因になること。お互い気をつけましょう、皆さん。

なぜ人は山に登るのか。

先週上海で手にした7月29日のInternational Herald Tribune (The Global Edition of The New York Times) に、戦火のイメージしかない母国にエールを送るためにエベレストに挑戦しようとする、アフガニスタン出身の男の、ひとつの答えが紹介されていました。とても素敵な答えだと思ったので、メモしておきます。
"Mountaineering is the most primitive expression of liberty in the land that belongs to you."  登山は、自分に属する土地において表現しうる、最も原初的な自由の表現だから。そう、山に登る行為は、忍耐を知る人間が自由を求めて行う、崇高な意志表明の活動なのかもしれない。

記事はこちら→Afghan climber aims for Everest.

Polly Morgan

この前、Financial Times (2010年7月10、11日版)の記事で知ったアーティスト。動物のはく製を使った作品を発表していて、イギリスで注目を集めているそうです。記事に使われている本人の写真も、ちょっと挑発的。モデルを一時やっていたとか。

taxidermy=はく製、という意味だと知りました。

Polly Morgan

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Peace Hotel

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Peace Hotel、中国語で、和平飯店。占領と戦争の時期が長かった上海の歴史を思うとこのホテルの名前の重さを感じます。

『イーグルに訊け―インディアンの人生哲学に学ぶ』(天外伺朗、 衛藤信之著)

上海往復の機内で読み終えた本です。先日ご紹介した『神話の力』と共通するテーマが取り上げられています。この本は2、3年前に買った本で、ベッドの横に積んだ本の中に埋もれていましたが、『神話の力』を読んだこともあってこの本を手に取ってみました。
天外伺朗は、 ソニーの技術者で、ロボット犬「AIBO」の開発責任者として知られる一方、ニュー・エイジ系の著作も多い方です。
 
「お年寄りと子どもを離してはいけない。彼らを引き離すことは、過去と未来を断つことと同じだ」(ラコタ族長老の言葉)
この言葉だけでも、この本を読んでみる価値があるのではないかと思わせてくれるはずです。
僕は飛鳥新社からのハードカバーで読みましたが、ソフトバンクパブリッシングから文庫もでているようです。