戦時下の動物園を思い出しました。
posted at 2009.05.03
ブロンクスの動物園が不況の影響を受けて、いくつかの動物たちが「リストラ」対象になっている話を読みました(ロイター記事)。戦時下の上野動物園でも動物たちに悲劇があったように記憶しています。
http://jp.reuters.com/article/topNews/idJPJAPAN-37830120090502
posted at 2009.05.03
ブロンクスの動物園が不況の影響を受けて、いくつかの動物たちが「リストラ」対象になっている話を読みました(ロイター記事)。戦時下の上野動物園でも動物たちに悲劇があったように記憶しています。
http://jp.reuters.com/article/topNews/idJPJAPAN-37830120090502
posted at 2009.04.27
昨日のベルマーレ戦開始前に、ピッチ上から場内の皆様にご挨拶をさせていただきました。アビスパのサポーターの皆さんからは、小社へのご声援をたくさんいただき、感謝申し上げます。「デバリコール」もあったようですが、本人は「上がっていた」せいか、まったく気づきませんでした。5月は福岡にお伺いする時間がないかもしれませんが、6月はCross FMの取締役をやっている知人といっしょに試合を観戦するとともに、ラジオでも皆さんに自己紹介させていただく機会があるかもしれませんので、よろしくお願いします。
福岡の熱いハートのサポーターの皆さんといっしょになって、選手たちを応援していきたいです。
posted at 2009.04.24
先日、「希望」のことについてちょっと書きました。(「希望とは、行動によって具体的な何かが実現するという強い願い」。)今の日本にはすべてのモノがあるけども、希望は少ないのではないか、とも書きました。希望と違って、今の日本に十二分にあるものは、皮肉や嫉妬かと思います。希望の反対と言えば、絶望というのが言葉の意味では正解なのかもしれませんが、今の日本にはその絶望さえもないように思います。あるのは、皮肉や嫉妬ばかり。希望もなく、深い絶望もない。そんなところからは、なにか素晴らしいものが生まれてくる予感があまりしません。
マスコミが今の世の中の鏡であるとすれば、「他人の幸せを妬み、他人の不幸を喜ぶ」、「他人の不幸は蜜の味」という風潮が強まっているようにも見えます。テレビを見なくなった理由は、テレビがこの風潮の窓口になっているからかもしれないです。あまり関わりたくないです。
結果が成功であろうと、失敗であろうと、どちらにしろ、This is my life. 他人に迷惑をかけない限り、とやかく言われる必要もないし、結果を受け止め、受け入れるのは自分自身。嫉妬や皮肉からは、誰にとっても、建設的なことはなにも生まれないでしょう。一人ひとりが、「希望」を持ちつづけることが大切なのではないか。
ビリージョエルの歌に、Honestyというヒット曲がありました。今の日本のために、Hopeという歌を作ってくれないでしょうか。
posted at 2009.04.13
うちの会社が入っている新東京ビルの同じフロアーにあるローソン。ちょっとした食事コーナーがありますが、早朝、そこで勉強をしている会社員の人たちの姿をよく目にします。この前は、六法全書を開いている若い人を見かけました(司法試験の勉強でもしているのでしょうか?)。始業時間の1時間も2時間も前から、こつこつと自分に投資している若い人たちに声援を送ります。ボク自身は、会社勤めをしていた頃は、いつも遅刻ぎりぎりで会社に飛び込んでいた朝に弱い会社員だったです。
posted at 2009.04.01
今朝は丸の内界隈でも新入社員を見かけました。スーツが体に馴染んでない感じが、新人らしい。彼らはまだ学生顔だけど、あと1、2年経つと、すこしは厳しい顔になっていくのかな。
ところで「田中角栄語録」という古本をぱらぱらめくっていて、なんとなく、角栄の時代の日本が懐かしくなってきました。ボクが中学生の時、田中角栄の列島改造論や自伝が出たことを覚えています。一般大衆の家庭の一つであった我が家でも、田中角栄は、「今太閤」でした。最近新聞で見た、昭和を代表する日本人は誰かというアンケートでは、一位が昭和天皇、二位が田中角栄。天皇は別格として、一般人の中では田中角栄はダントツかな。
最近、植物系の男が増えているみたいなことを聞きますが、そんな淡白な人間では政治は務まらないでしょう。逆に言うと、今の政治に夢やビジョンを感じないのは、淡白で苦労していない二世や三世のお坊ちゃんばかりになってしまったからか。脂ぎっていたけど、度胸とはったりがあって、行動力もあった田中角栄の時代が、なんとなく懐かし気がします。もう一度あの頃の活力を取り戻すことはできないのでしょうが、あの頃は、戦後日本の青春だったのかとも思えてきます。
今日入社式を迎えた新人たちは、これからの10年、20年、そして30年をどのように過ごすのか。10年後のボクは60歳直前、20年後は70歳直前。30年後は、なんと80歳直前です。「ゲー!」って叫び出してしまいそうです。
posted at 2009.03.24
今日はWBCで日本が韓国に勝って優勝したので、なんとなく元気が街に溢れています。丸の内、有楽町界隈でも、午後は街頭でテレビを見ている人たちがたくさん。
日本って、もっと自信を持った方がいい。野球のことだけでなく、ボクらの国について。別に急に国粋主義者になったのではないけど、去年さまざまな地方を回ってあらためて思ったことは、日本の自然の多様性、美しさ(ただし、雄大さにはかける)、繊細さ。北海道から九州まで、日本って、観光立国に本気になれば、ものすごい可能性があるはずと、感じました。でも、それに気づいていないのは、ボクら自身だし、美しい自然をダメにしてきたのも、ボクらの都会への憧れであったり、つまらない娯楽施設やうるさいだけの街頭看板だったり。
どんな国でありたいのか、どんな社会を作りたいのか。もっとボクらは自分の頭でしっかり考えつづけていくことだと思う。モノを作ってアメリカに買ってもらうことばかりやっていても、結局、「アッシー君」として使われ、「貢君」扱いされるだけ。ボクみたいなアメリカ大好きでも、アメリカ政府になんでも決められて、自主性のない日本が残念でしょうがない。
日本人って、もっと力を発揮できるはず。もちろん、アメリカやEUとは違う力の発揮の仕方で。彼らには彼らの力の発揮の仕方があって、戦略も異なるはず。ボクらはボクらの力をもっと客観的に見てみると、きっと、新しい可能性が見えてくるはず。
posted at 2009.03.10
不況がいいとは思っていませんが、不況にも効用はあるかと思います。
無駄の見直し、不要なモノを買わないとか。でも一番の効用は、思考停止状況から一気にエンジンがかかって思考開始状況になることか。もちろん、さびついたり、バッテリーが上がってしまったエンジンでは手遅れですが。
ハワイとかマニラもいいのですが、冬のない場所では長くは暮らせないです。冬、結構好きです。あまりの寒波は確かにこたえるのですが、冬も時にはいいし、必要。
経済の冬(不況)は、仕事や生活を見直すいいチャンスだと思っています。
posted at 2009.03.02
ずっと晴れない気分にさせてくれる経済状況が続いています。きっとこの状況は今年一杯続くと考えておいた方がいいようにも思います。もしかして来年夏くらいまでこんな感じかも知れません。どのくらいこれが続くのか、FTなどを読んでいても誰も答えを持っていないように思います。Wall Street でも占いに頼る人が出ているという記事を読みました。
ボクがこのごろよく思うのは、1920年代、30年代の世界不況のとき、時代の雰囲気、人々の生活はどうだったのかということ。そして、第2次大戦の間、負け戦を必死に闘っていたボクらの祖父母たちの世代はどんな気持ちで生きていたのかということ。あの頃は、いまほどマスコミが発達しておらず、ラジオや新聞でニュースを知るしかなかったのでしょうが、いまのように連日皮肉屋さんたちのコメントを聞かされていると、素直に希望を持つことさえも難しく感じられることがあります。だからかもしれませんが、ここ数年、ボクはあまりテレビを見なくなりました。
どんなに経済の状況がひどくなっても、戦争になるよりかはましだと思っています。ずっとましだ、と。この混沌と混乱の解決策として、世界規模の戦争だけは起こしてほしくないです。それさえも避けることができなければ、人類には地球上でリーダーとして生きていく資格がないだけでなく、存在していく資格さえもないのかもしれません。
ボク自身としては、こんな時代こそ、自分が今働いている現場で、知恵と勇気をしぼりだして問題解決にあたっていかなくてはと、思っています。そんな気持ちさえもなくなってしまったら、オ・ワ・リ。
posted at 2009.02.08
この前読んでいた本に、健康法のひとつとして体を温めることがあげられていました。その本によると、体温が一度下がると免疫力が30%下がるそうです。体温一度程度でもそれだけの影響があることに驚きました。
話は飛んで経済のことなのですが、週末の銀座を歩いていて、本当に日本は「百年に一度の不況」なのかどうか、わかりませんでした。話題のH&Mをみて、そのあと、zara、ユニクロとのぞいてみました。普段、定点観測しているわけではないので、今日の銀座が普段からすると人通りが少ないのかどうか、モノが売れていないのかどうかよくわかりません。
もしかして、体温が1度下がると、免疫力が30%も低下するのと同様、現在の「不況」レベルは1度程度の低下の結果、30%ダウンなのかもしれません。ただ、これをもって「百年に一度の不況」というのでしょうか?少なくとも東京に関しては、まだまだ「百年に一度の不況」とは言えないのではないかと感じています。
銀座と言えば、ブランド品ですが、シャネル始め、高級ブランド品の売上げは、「3割、4割ダウンは当たり前」となっていると聞きます。(黒犬はそんなブランド品にはもともと縁がないので、売れようと売れまいとどうでもいいのですが)
百年に一度の不況は、こんなレベルではないと想像しています。これからさらに体温が2度、3度下がることだって、あるのではないかと危惧しています。言葉に酔っている暇があれば、ビジネスを伸ばすため、もっと知恵を出し、もっと体を動かすべきだと思っています。われわれはわたりのお役人さまたちと違いますから。
posted at 2009.02.01
いつか、「地方」でもっと時間を過ごしたいと思っています。東京にはなんでもあるようで、実は「本当のこと」や「本当のモノ」はすくないのではないかと、しばしば、強く感じます。なんというのか、東京では、いろいろなことがバーチャルに思えるのです。
この前、日経新聞では、経済記事よりも文化やスポーツのページをよく読むと書いたのですが、1月14日の夕刊の文化欄に、愛媛の宇和島市在住の画家・大竹伸朗さんのインタビュー記事が出ていました。宇和島はボクが小中高までいた南予(愛媛県の南西部の呼び名)の町で、子供の頃、映画を見たり病院に通ったりするために、バスに1時間ほど乗ってこの町に行ったことをよく覚えています。
日経の記事では、東京出身の大竹さんがどうして宇和島に移住したのか書かれていませんが、ボクの記憶が正しければ、大竹さんの奥さんが宇和島出身だったからだったはずです。このインタビューの中で、大竹さんの次のような言葉が印象的です。
「東京だと一日がすぐに過ぎる。夕日に浮かぶ東京タワーを眺めていれば時間がたつ。思い出は自動的に生まれる。」
「何もない場所で何もしないでいると、自分が消えてしまう。それを食い止めるために何かする。昨日はなかったものを自分で創るしかない。芸術家は理不尽な状況に身を置く方がいいこともある。」
まあ、ボクは芸術家でもなんでもないのですが、東京はあまりにも娯楽が多すぎるかなと思っています。地方に行くと、なにもやることがなんくて、パチンコにのめり込んでいる人が多いようですが、地方のよさを一番大切にしていないのは地方の人のような気がして、それが残念です。ボク自身、地方から都会に憧れて出てきた人間の一人なので、どちらかがいいと、決めつけているわけではありませんが、東京の生活では大切なものが抜け落ちていることは強く実感しています。