健康、そして家族

 今日は某所にお見舞いに。
海外の知人たちと話をしていても、人生で大切なものとして必ず上がってくるのは、まず健康、そして家族。仕事、お金、平和、正義、民主主義、神、そんなことも大切だけど、他のことを引き離してまず健康と家族(あるいは家族のような存在の人たち)。
 これまで一度も、入院しないといけないほど健康を害したことがないだけでも感謝。

 
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こんな車もかわいい。

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ブタをCIにしたサンドウィッチ屋さん。世界で一番有名なテーマパークには、ネズミをモチーフにしたバスが走っていて、あれを見るたびに一台欲しいなとよく思います。イノシシ年生まれにとってブタは小さいころからの友達。

サンドウィッチ屋さんのHP

幸せの閾値(いきち)

「閾値」、日頃聞き慣れない言葉ですが、以下のような意味です。

1 ある反応を起こさせる、最低の刺激量。2 生体の感覚に興奮を生じさせるために必要な刺激の最小値。  

弊社が提供していたラジオ番組、「ライブラリーby オデッセイ」でお世話になった小山薫堂さんが、今回の経済不況が、人が幸せと感じる閾値をさげてくれればいい、というような発言をされていることを聞きました。大賛成!  昨日のニューヨークで、4月の小売りが期待を下回ったということで、株が大幅に下げ、円高に傾いています。先日、アメリカで知り合いたちと話をしていても、生活を慎ましやかにしないといけないという人たちが多く、実体経済はまだまだ厳しいのではないかと思っています。ここ数ヶ月で、アメリカ株が3割以上上がっていることのほうがおかしいいのでは?(これからアメリカは巨額の財政赤字の問題が大きくクローズアップされてきます。日本も同様の問題を抱えていますが、ボクはアメリカの格付けがAAAからいつ落っこちるのかと、ちょっと期待しながら、興味津々で見ています) 最近はあまり聞かれなくなった「百年に一度の不況」という言葉。言葉の持っている力が一人歩きすることには注意をしないといけませんが、「百年に一度の不況」なんて大仰なことを言っていた割には、一年もたたないのに、あの言葉はどこに行ってしまったのか? どちらにしろ、今回の経済不況が、小山さんが言っているように、ボクらが幸せだと感じる閾値をさげてくれる結果になればいいなと思っています。松下幸之助ではありませんが、「好況よし、不況もまたよし」ということにするためにも。  

戦時下の動物園を思い出しました。

 ブロンクスの動物園が不況の影響を受けて、いくつかの動物たちが「リストラ」対象になっている話を読みました(ロイター記事)。戦時下の上野動物園でも動物たちに悲劇があったように記憶しています。

http://jp.reuters.com/article/topNews/idJPJAPAN-37830120090502

「アビスパ」サポーターの皆さん、ご声援ありがとうございました。

 昨日のベルマーレ戦開始前に、ピッチ上から場内の皆様にご挨拶をさせていただきました。アビスパのサポーターの皆さんからは、小社へのご声援をたくさんいただき、感謝申し上げます。「デバリコール」もあったようですが、本人は「上がっていた」せいか、まったく気づきませんでした。5月は福岡にお伺いする時間がないかもしれませんが、6月はCross FMの取締役をやっている知人といっしょに試合を観戦するとともに、ラジオでも皆さんに自己紹介させていただく機会があるかもしれませんので、よろしくお願いします。
 福岡の熱いハートのサポーターの皆さんといっしょになって、選手たちを応援していきたいです。

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希望の反対にあるもの

 先日、「希望」のことについてちょっと書きました。(「希望とは、行動によって具体的な何かが実現するという強い願い」。)今の日本にはすべてのモノがあるけども、希望は少ないのではないか、とも書きました。希望と違って、今の日本に十二分にあるものは、皮肉や嫉妬かと思います。希望の反対と言えば、絶望というのが言葉の意味では正解なのかもしれませんが、今の日本にはその絶望さえもないように思います。あるのは、皮肉や嫉妬ばかり。希望もなく、深い絶望もない。そんなところからは、なにか素晴らしいものが生まれてくる予感があまりしません。
 マスコミが今の世の中の鏡であるとすれば、「他人の幸せを妬み、他人の不幸を喜ぶ」、「他人の不幸は蜜の味」という風潮が強まっているようにも見えます。テレビを見なくなった理由は、テレビがこの風潮の窓口になっているからかもしれないです。あまり関わりたくないです。
 結果が成功であろうと、失敗であろうと、どちらにしろ、This is my life. 他人に迷惑をかけない限り、とやかく言われる必要もないし、結果を受け止め、受け入れるのは自分自身。嫉妬や皮肉からは、誰にとっても、建設的なことはなにも生まれないでしょう。一人ひとりが、「希望」を持ちつづけることが大切なのではないか。
 ビリージョエルの歌に、Honestyというヒット曲がありました。今の日本のために、Hopeという歌を作ってくれないでしょうか。

ローソン午前7時

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 うちの会社が入っている新東京ビルの同じフロアーにあるローソン。ちょっとした食事コーナーがありますが、早朝、そこで勉強をしている会社員の人たちの姿をよく目にします。この前は、六法全書を開いている若い人を見かけました(司法試験の勉強でもしているのでしょうか?)。始業時間の1時間も2時間も前から、こつこつと自分に投資している若い人たちに声援を送ります。ボク自身は、会社勤めをしていた頃は、いつも遅刻ぎりぎりで会社に飛び込んでいた朝に弱い会社員だったです。

田中角栄の時代が懐かしい

 今朝は丸の内界隈でも新入社員を見かけました。スーツが体に馴染んでない感じが、新人らしい。彼らはまだ学生顔だけど、あと1、2年経つと、すこしは厳しい顔になっていくのかな。
 ところで「田中角栄語録」という古本をぱらぱらめくっていて、なんとなく、角栄の時代の日本が懐かしくなってきました。ボクが中学生の時、田中角栄の列島改造論や自伝が出たことを覚えています。一般大衆の家庭の一つであった我が家でも、田中角栄は、「今太閤」でした。最近新聞で見た、昭和を代表する日本人は誰かというアンケートでは、一位が昭和天皇、二位が田中角栄。天皇は別格として、一般人の中では田中角栄はダントツかな。
 最近、植物系の男が増えているみたいなことを聞きますが、そんな淡白な人間では政治は務まらないでしょう。逆に言うと、今の政治に夢やビジョンを感じないのは、淡白で苦労していない二世や三世のお坊ちゃんばかりになってしまったからか。脂ぎっていたけど、度胸とはったりがあって、行動力もあった田中角栄の時代が、なんとなく懐かし気がします。もう一度あの頃の活力を取り戻すことはできないのでしょうが、あの頃は、戦後日本の青春だったのかとも思えてきます。
 今日入社式を迎えた新人たちは、これからの10年、20年、そして30年をどのように過ごすのか。10年後のボクは60歳直前、20年後は70歳直前。30年後は、なんと80歳直前です。「ゲー!」って叫び出してしまいそうです。

 

もっと自信を

 今日はWBCで日本が韓国に勝って優勝したので、なんとなく元気が街に溢れています。丸の内、有楽町界隈でも、午後は街頭でテレビを見ている人たちがたくさん。
 日本って、もっと自信を持った方がいい。野球のことだけでなく、ボクらの国について。別に急に国粋主義者になったのではないけど、去年さまざまな地方を回ってあらためて思ったことは、日本の自然の多様性、美しさ(ただし、雄大さにはかける)、繊細さ。北海道から九州まで、日本って、観光立国に本気になれば、ものすごい可能性があるはずと、感じました。でも、それに気づいていないのは、ボクら自身だし、美しい自然をダメにしてきたのも、ボクらの都会への憧れであったり、つまらない娯楽施設やうるさいだけの街頭看板だったり。
 どんな国でありたいのか、どんな社会を作りたいのか。もっとボクらは自分の頭でしっかり考えつづけていくことだと思う。モノを作ってアメリカに買ってもらうことばかりやっていても、結局、「アッシー君」として使われ、「貢君」扱いされるだけ。ボクみたいなアメリカ大好きでも、アメリカ政府になんでも決められて、自主性のない日本が残念でしょうがない。
 日本人って、もっと力を発揮できるはず。もちろん、アメリカやEUとは違う力の発揮の仕方で。彼らには彼らの力の発揮の仕方があって、戦略も異なるはず。ボクらはボクらの力をもっと客観的に見てみると、きっと、新しい可能性が見えてくるはず。

不況の効用

 不況がいいとは思っていませんが、不況にも効用はあるかと思います。
無駄の見直し、不要なモノを買わないとか。でも一番の効用は、思考停止状況から一気にエンジンがかかって思考開始状況になることか。もちろん、さびついたり、バッテリーが上がってしまったエンジンでは手遅れですが。

 ハワイとかマニラもいいのですが、冬のない場所では長くは暮らせないです。冬、結構好きです。あまりの寒波は確かにこたえるのですが、冬も時にはいいし、必要。
 経済の冬(不況)は、仕事や生活を見直すいいチャンスだと思っています。