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『地震の日本史』(寒川旭著)

縄文時代から現代まで、地震で綴る日本の歴史。この本を読んでいると、よくもこれだけ地震がおこることよと思う。地震を中心に日本史を見ていくと、教科書でとりあげられるような出来事は、頻繁に日本列島を襲う地震の間、間に行われる日本人の政治的、経済的、文化的活動ということになる。

2007年に初版が出て、東日本大震災後の4月、増補して新たに出版された本。

著者が言う通り、「地震がなければ、日本という島々が存在しないこともまた事実」であり、「活断層が起伏に富んだ美しい地形を造り、地盤運動で沈降し続ける広い空間に砂や粘土が堆積して東京、大阪、名古屋などの大都会が発達した」のであれば、日本という国そのものが地震の産物であるとも言える。地震とは日本の誕生の秘密そのものであり、これからも頻繁に起こりうるものだということだとすれば、国の政治でも、個人の生き方でも、地震を大前提として考えていかざるを得ない。すくなくとも今回の東日本大震災で、10年以上住んでいる町が被災地となった僕には、切実なテーマになっている。

首都圏機能の分散化や原発の議論において、これまで反対運動側の意見はずっと軽視され続けてきたけども、今後起こるであろうあらゆる地震被害を想定しないことは無責任だ。日本の歴史は地震の歴史だし、揺れない場所(これまで揺れていない場所)は、ないのだから。

もともとないカネを、必要もないモノに使う。

今日の朝日新聞朝刊、「神話の陰に_福島原発40年」の4回目を読んで、カネの誘惑にはそう簡単に勝てないのだなと思った。内容は、福島県双葉町が原発マネーのおかげでうるおい始め、いつしか「小さな町なら負担の重さにためらうような」投資を行い、「どんどん生活はよくなった」のだけど、「原発バブル」はいつまでも続くわけではなく、「いったんタガの緩んだ財政規律は戻らず」。ついには、第二の夕張になることを避けるために、再度「原発マネー」を引き出すために、原発増設要望決議を町議会は可決(91年)、というようなこれまでの歴史を紹介した記事。

この記事の中で、前福島県知事の佐藤さんは、原発マネーに依存し、原発の増設を繰り返す自治体を、「麻薬中毒者のようだ」とも言っている。

福島の原発の話ほど大きなことではなくても、それまで質素に暮らしていた農家が、公共事業のために田畑を売って入った現金を、パチンコやら飲み食いやらに使い果たし、借金そして家族崩壊なんて話は、全国至る所で聞く話だ。

朝日の記事を読みながら、この前Financial Timesで、We spend money we do not own on things we do not need. というような表現を読んだのを思い出した。

東京電力の肩を持つつもりはないし、今、他府県の避難所でたいへんな思いをしている原発地元の人たちをせめるようなことを言う意図ではまったくないけども、東電の地元対策を行ってきた担当者たちは、カネの力で変わっていく人たちを見てきたことだろうから、いまは口にしなくとも肚には言いたいことがあるのではないかと想像する。原発を誘致した市町村のひとたちも、当初は危険に敏感であっただろうに、カネがもたらしてくれる「豊かさ」に、その感覚もだんだんなくなり、いつの間にか、「依存症」になっていったのかもしれないなと想像する。

「カネと色」がすべてだとは決して思っていないし、それだけの人生ではないと思っているけども、われら凡夫の人生は「カネと色」が原因になった事件や事故が多いと思う。原発をめぐる人間模様にも、「カネと色」の話はたくさんありそうだし。

だから、自分が仕事をして稼いだカネならまだしも、もともとないカネを、特別必要もないモノに使うなんてことはやらないことだとあらためて思う。いつかきっと身を滅ぼすから。

「日本語で読む中東メディア」

東京外大による非常におもしろいプロジェクト。中近東メディアの記事を日本語に翻訳してくれている。
僕も英語でしか外国の情報を得ることができないので、きっといつの間にか、英米メディアのものの考え方に大きく影響されていることだろうと思います。
北アフリカや中近東の情勢、イスラエルと周辺国の対立、アフガニスタンやパキスタンで起こっていること、それらについて、アラビア語、ペルシア語、トルコ語のメディアがどのように伝えているのか、彼らはどのように考えているのか。たとえ日本語翻訳を通してであったとしても、直接に読むことができるのはすばらしい。(今さらアラビア語やペルシア語を習得するなんて、ゲーテじゃあるまいし!)

東京外大関係者の努力に敬意を表したい。
→「日本語で読む中東メディア」

天は時には二物も三物も与える。

「かなり前にはやった歌じゃない?」と言われながら、今夜ずっと聞いている歌です。
天は特定 の人には、二物どころか、三物も、四物も与えるのではないかと思えてきます。歌作りの才、歌唱力、ルックス、それらを自覚して最大限に活用していく力。


YouTube: Alicia Keys - Empire State Of Mind (Part II) Broken Down LIVE @ AOL Sessions

各紙でご紹介いただき、本当にありがとうございます。

秋田魁新報、河北新報の書評コーナーで、アメリカン・ブック&シネマの新刊『ドッグマン』が紹介されたことをご報告したばかりですが、この2紙以外の多数の新聞でもご紹介いただいたことがわかったので、あらためてご報告いたします。以下の地元有力紙でこれまでご紹介いただいています。各紙のご担当者には心より感謝申し上げます。

岩手日報 5月15日、下野新聞 5月15日、山梨日日新聞 5月15日、新潟日報 5月22日、北日本新聞5月15日、北國新聞5月15日
神戸新聞 5月22日、山陰中央新報 5月22日、徳島新聞 5月15日、大分合同新聞 5月22日、熊本日日新聞 5月22日
宮崎日日新聞 5月22日

アメリカン・ブック&シネマ

哲学者_五月蝿いけど必要な存在

 5月17日付けの東京新聞夕刊に、哲学者・中島義道のインタビュー記事が出ていた。彼の問題提起は、震災直後、被災者たちの忍耐力が世界から称賛され、それは素晴らしいのだが、震災に対して、「なぜ?」という問いや絶望の言葉がもっとあっていいのではないかということ。

 美談が覆う真実がたくさんあるのではないか?たとえば、学校が大嫌いな子、いじめにあっていた子もいただろうに、マスメディアではすべての子が学校や勉強や友だちが大好きだという「神話」ばかり。家族に関しても、「心温まる家族間の話」ばかりで、「健全な」家族の美談以外は取り上げられることはない。「日本は言論が自由な国とされていますが、この点ではまったく違う」としている。

 また「震災後、さまざまなイベントや行事が自粛され、それは他人にも同様の自粛を求める『他粛』の風潮になっていて、互いに自粛し合い『いい人』しか出てこない今のような言論状況は、不気味な感じさえします。」

 そして最後にこのように言っている。「今回の大震災で日本人の良い面、悪い面がすべて出たのではないか。被災者たちの品格ある穏やかな態度、全国からの励ましの声などにあらためて日本の良さを確認する一方で、日本人の『哲学的にものを見る目』はまったく育っていないように思われる」、と。

 哲学者というのは、面倒なこと、五月蝿いことを、自分にも、そして他人にも問い続けるという存在で、毎日いっしょにいるとこちらも気が滅入ってきそうだけども、社会の中でとても必要な存在だ。特に日本のように、画一的な思考、感情的な思考に社会全体が陥りがちな国においては。

『ドッグマン』、河北新報でも取り上げられました。

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アメリカン・ブック&シネマの新刊『ドッグマン』。先日ご報告した秋田魁新報に続いて、宮城県エリアの主要紙、河北新報(2011年5月16日付け)の書評コーナーでも取り上げていただきました。ありがとうございます。

『ドッグマン』が秋田魁新報で紹介されました。

秋田県を代表する新聞・秋田魁新報で、アメリカン・ブック&シネマの新刊『ドッグマン』が紹介されました。5月15日(日曜日)付けの書評欄(8ページ)にでています。ご紹介ありがとうございました。

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「ドッグマン」@アマゾン

アメリカン・ブック&シネマ

大人になんかなるな。

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「つまらない大人になんかなるな。」と書き換えてくれると、大賛成!

アイデアエクスチェンジ「内海潤さんの巻」

もう5、6年前になるかな、リクルートが持っているケーブル向けのテレビ番組に、小社の資格を紹介するための番組を作ったことがある。そのとき、リクルート側の担当者としてお世話になったのが、今回アイデアエクスチェンジにご登場いただいた内海さん。(ちなみに、この番組に2回でてくれた田中千絵さんは、台湾に行って大ブレークしている。)

彼から送られてきた「これが男の痩せ方だ!」というダイエット本を見たとき、「あのボッチャリしていた内海さんが!」と、僕は愕然としてしまった。
以下の写真をご覧いただきたい。


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半年で20キロの減量!
その秘訣というか、なにが起こったのか、ぜひお聞きいただきたい。

アイデアエクスチェンジ「内海潤さんの巻」

『ネットで生保を売ろう!』(岩瀬大輔著)

今日はネットライフの岩瀬さんを訪問。今年の夏か秋に、アメリカン・ブック&シネマから翻訳出版予定の"MBA Oath"の監訳をお願いした。(快諾いただき、ありがとうございました。岩瀬さんには、以前、小社のリレーエッセイにもご登場いただいたことがあります。→小社HP

『ネットで生保を売ろう!』は、副題に「’76生まれ、ライフネット生命を立ち上げる」とあるように、1976年生まれの岩瀬さんと、元・日本生命のエリート社員だった出口さんが、インターネットで生命保険を販売するベンチャーを立ち上げる物語で、起業を目指している人たちにはきっと参考になる本だと思う。このふたりを結びつけたあすかアセットの谷家さんは僕もちょっとおつきあいがある。30代の岩瀬さんと、50代の出口さんを結びつけたのが、ベンチャー投資やヘッジファンドを経営している40代の谷家さんというわけで、優秀な人たちが、世代を超えて結びつくというすごくおもしろい話。

起業と言えば、来週から丸の内起業塾がスタートする。塾長の須賀さんが頑張っているので、副塾長の僕も微力ながらサポートしないといけない。(→丸の内起業塾HP

こりゃあ、日本は戦時下にあると認識した方がいい。

うちの会社が入っているビルの管理会社(三菱地所ビルマネジメント)から、節電に関する「依頼」が来た。でも実際は、「依頼」ではない。政府からものすごく強烈な要請が三菱地所はじめとするビル会社、ビル管理会社に来ているのだろう。

今年の夏の電力不足に対応していくため、首都圏は戦時下にあることを、改めて認識した。政府が率先してここまで省エネ(節電)に取り組むのは、1970年代に2度あった石油危機の時以来じゃないだろうか。

具体的には、まず事務所内のすべての照明を3割以上は節電する、個別空調は25%くらいは運転停止にする、勤務時間のシフトを変えるなどなど、かなり細かい節電依頼が来ている。これは半端な話しではなくなってきている。

もう首都圏は平時ではない。少なくとも電力に関しては、戦争状況にあると思っていた方がいい。自動販売機やパチンコ屋はなくしてしまえというようなことを、石原さんが言ったことに反発があると聞いているけども、本当にその通りかもしれないよ。これだけコンビニがあり、夜遅くまで空いているのに、本当に自動販売機が必要なのか。多数のギャンブル中毒を生み出してきたパチンコ業界だけど、これをリハビリのチャンスにしては?

まあ、自販機、パチンコ以外にも電力をバカスカ消費しているものはあるだろうから、節電のための検定試験でも始めようか?!節電するために、まずなにをやめるべきか、次になにをやるべきか?それを検定試験で学んでいくっていうのはどうでしょうか?

「秋田犬保存会」会報

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アメリカン・ブック&シネマの新刊「ドッグマン」の広告を、社団法人秋田犬保存会の会報(平成23年3・4月号)に出稿したこともあり、会報誌を一部いただきました。ありがとうございます。

我が家の犬たちが甲斐犬ということで、我が家は甲斐犬愛護会の会員ですが、甲斐犬愛護会の会報よりも、秋田犬保存会の会報はサイズが一回り大きく、カラー写真がたくさん使われていて、ちょっと立派です。

ちなみに我が家の長男・クウ太郎君は、甲斐犬愛護会の展覧会に参加したこともありますよ(幼犬の部で入賞!)。

あ、先日、NHK「小さな旅」で、秋田犬のふるさと、大館市が紹介されていました。秋田犬といっしょに過ごす方たちが紹介されていました。とてもいい番組でした。

秋田犬保存会
アメリカン・ブック&シネマ

動物としての能力と「想定外」

金曜日(5月6日)は休みをとったので、僕にとってのGWは明日で終わり。
昨日、長野県の安曇野に私用があって訪問(安曇野のことをもっと知りたいと思っている。できればここに長期滞在してみたい)。お会いした方と安曇族の話題になって、昔の人は現代人と違ってよく歩き回ったし、われわれからは想像もできないほどの体力があったという話になった。(安曇族は北九州から、いま、安曇野と言われているエリアに来て開拓した海人たち)安曇族は1000年、2000年というような過去の存在かもしれないけど、江戸時代の松尾芭蕉だって、ものすごい歩行力だった。

現代の秀才たちは、北九州から安曇野まで船と足で移動した人間たちが持っていた「動物としての能力」が、完全に退化してしまっている。それは、秀才たちだけでなく、すべての現代人なんだけど、秀才たちの場合には特にそれが問題になる。彼らは、霞ヶ関や東電のような巨大権力組織の上に立ち、われわれ庶民の生活を左右するような意思決定をする立場にあるから。

今回の東日本大震災のような自然相手の闘いの場合を見ればよくわかる。自然と闘っていくには、予定調和の世界でいくら優秀であろうと、まったく歯が立たないことを今回ほど示しているケースはない。(アメリカと対峙するにも、日本の学校でお勉強ができる程度では張り合っていけないけども)

小さい頃から温度調節された人工空間で、答えがあるお勉強を行ってどれだけ優秀であっても、自然相手には手も足も出なかった。想定外のことが続き、自分たちが作り出した原子力という手強い相手との闘いは、いつ、どのようにして終わるのか、その結末はまったく見えてこない。

僕の勝手な意見なんだけど、正解のない問題、先生のいない状況の中で、どうやってベストと思われる解を求めていくか。それには、動物的能力を持っていないといけないのではないかと、ずっと思っている。だからエリートの人たちには、ここちよい大手町や霞ヶ関の空間だけでなく、電気も水道も通っていないような空間、野生の空間で自分を鍛えてほしいと希望している。

動物としての能力は、体力的なことの他にも、暗闇の中や出会いがしらで危機を察知する力、想像力、現場感覚などいろいろとあるはずだ。それらと、学問的な能力というか知識というか、その両者を持たないと、これからのビジネスも政治もだめなんだろうと思う。(敗戦直後の人たちは、僕らよりも、ずっとそのような力を持っていたのではないか)

「想定していませんでした」という言葉を聞くたびに、人工空間で育った日本のエリートのひ弱さを感じる。あるいはひ弱さだけでなく、知的体力のなさから来る怠惰かもしれない。東京の平和で快適な空間から一歩もでないような人たちから、安心してくれと言われても、まったく信用も信頼もできない。

 原子力に関して言えれば、それなしで本当にやっていけるのか、懐疑的に思っている。少々危険であったとしても、快適な生活は捨てがたいという意見は、そう簡単にはなくならないのではないか(すべての電力消費には「三部の理」があるようだから、どれだけ人間を堕落させるだけのビジネスや商売であったとしても、電力消費の権利はあるのだろう)。だからこそ、原発推進派の政治家や財界人たちには、「想定外」なんて言っている暇があれば、福島の現場に飛んでいって動物的な現場感覚を磨いてほしい。利権を嗅ぎ付ける感覚を磨くのと同じくらいの熱意で、お願いしたい。

『変容』(伊藤整著、岩波文庫)

いま、伊藤整 (1905-1969) の作品を読む人がどれだけ残っているのか知らない。昔々読んだ、『若い詩人の肖像』からずっと気になっている作家。小樽出身、一橋大学を中退されたということも気に留まっている理由のひとつ。商売人(ビジネスマン?)を作る学校からはそれほど多くの文学者は出ていないけど、案外、文学好きは多いのではないかと思う。(僕もその末席にいる一人かもしれない)

『変容』、今回初めて、じっくり味わいながら読んだ。やはりまとまった時間がないと、いい小説は読めない。GWは本を読むためにある?

60になろうとする画家と彼を巡る同年代の男女たちの話し。今風に言うと「シニア」。この作品が発表された1968年には、シニアなんて言葉は使われていなかっただろうけど、今の「シニア」たちのために書かれた小説かと思いながら読み進んだ。この小説に書かれた世界や時間は、今年52歳になろうとする僕にとっては近未来でもある人生におけるひとつのステージ。

渡辺淳一の小説は、伊藤整のこの小説に源流があると言ったら、言い過ぎだろうか。手を替え品を替えながら『変容』のテーマに向き合い、そしてもっとエロチックな要素で読者を楽しませてくれるのが渡辺淳一かと思う。

戦後東京の交通機関が発達していく様子や新しいビルが建っていく様子も書かれていて、都市空間の小説としても読んでしまった。

久しぶりに読んだ小説らしい小説。また繰り返し読みたいと思う。