歴史から学ぶー過ちを繰り返さないためには
posted at 2010.03.10
アメリカでは公開されているのに、ずっと日本側が知らぬ存ぜぬで通してきた非核三原則と沖縄返還に関する密約にいつての調査結果が今朝の新聞各紙にでていた。最初に思ったことは、「日本って、哀しい国だな」ということ。われわれ国民はいつまでたっても政府や政治家たちと、対等な立場で議論することができない(主権は誰にあるの?)、「知らしめず、寄らしめるべき」存在でしかないのかということがひとつ。役人や政治家たちの行動から、われわれ国民にオープンでないだけでなく、自分たちの意思決定のプロセスや論理を歴史の審判にゆだねる謙虚さと誠実さを持たず、歴史の暗闇の中でこそこそと行い、葬ろうとする姿勢であることが見えることがふたつ。(アメリカ政府が一定の時間を公文書を公開していくのに、日本政府は自分たちに都合の悪いことは消していく。)
もしかして、このような調査がおこなわれたことだけでも大きな進歩で、「革命的」なことなのかもしれないから、悲観しているばかりではなく、「未来志向」で考えないといけないのかもしれない。これも政権交代があったことでの日本の政治の進歩というこだろう。
でも、今日読んだFinancial Times の記事を、密約に対する日本政府の態度と照らし合わせて考えたとき、なんとも言えない残念な気持ちになってしまった。John Kayのその記事は、Regrets? Everyone should have a few. (後悔?きっと誰もひとつやふたつはあるはず。)というタイトルで、後悔してもしつくせない過ちは誰にもあるはずだけど、それにどう向き合うかで、その人が成功するかどうかが決まるというものだった。それほど長い文章でもないから、英語の文章をぜひ読んでいただきたいけど、バフェットにしろ、ソロスにしろ、自分の過ちを認める度量とその過ちから学ぼうとする姿勢があったからこそ、ここまで成功したのではないかという話には、僕のように何度も失敗をしてきているような人間には、考えさせられるところが大いにあった。
僕を筆頭に凡人は、何度も同じような間違いをしでかす。それどころか、失敗したのは、自分のせいではない、親の責任だ、先生の責任だ、上役の責任だ、あるいは時代の責任だ、日本の責任だなんていう人さえもいる。(そういうことを自分が言っているということに気づいていない人も多い)
John Kay はニーチェのこんな言葉も紹介している。“ ‘I have done that,’ says my memory. ‘I cannot have done that,’ says my pride, and remains inexorable.” (私の記憶は、私がそれをやってしまったと言っている。私のプライドが、わたしがそんなことをやったはずがないとがんこに言い張る。)そしてJohn Kay はこう続けている。We do not acknowledge our mistakes because we have genuinely persuaded ourselves we did not make them. (われわれは自分たちの間違いを認識しないのだ、なぜなら、われわれは自分たちが間違いを起こさなかったと心から自分たちを説得してしまったから。)このニーチェの言葉は、どこかの国の役人たちのことではないかと思ってしまった。同時に、我々国民の多くも、「お上意識」がなかなか抜けず、国のことを盲目的に信じている人もいる。
これまでどれだけ多くの過ちが僕ら国民の目から隠されてきたことか。その結果、日本はどれだけ多くの、生きた歴史の教材を捨ててきたことか。ハーバードビジネススクール風にいうと、どれだけ多くのケーススタディの材料を捨ててきたことか。
John Kayの記事は以下のような一節で終わっている。
Throughout the credit crunch, mistakes were made, by bankers, politicians, regulators. But not by me. George Santayana, the Spanish philosopher, famously remarked that “when experience is not retained, infancy is perpetual. Those who cannot remember the past are condemned to repeat it.” If we learn no other lesson from the events of the past decade, we will be fated to learn that one.
ざっと訳すと、『この金融危機を通して、多くの間違いが、銀行家、政治家、役人たちによっておかされた。(でも「僕は間違わなかったよ」)スペインの哲学者のジョージ・サンタヤナが言った有名な言葉に、「過去の経験を忘れずに持ち続けないと、幼児のように無知のままの状況がずっと続くことになる。過去を記憶することができない人間たちは、過去の過ちを繰り返すことになる」というものがある。もしわれわれが過去10年間の金融市場における出来事から学ばなければ、われわれは同じ間違いを繰り返すことになるだろう。』
日本の学校の歴史教育から変えていってもらわないと、「知らしめず、寄らしめるべき」存在の国民が再生産されるだけで、そんな国民しかいない国では、同じ間違いを繰り返すしかないのかなと思う。そしてこの20年間、日本がまったく経済成長することなく、どんどんと地盤沈下していっていることこそ、その「間違いを繰り返している」ことのひとつの現れだと考えた方がいいのではないかと僕は思っている。間違いはいまも目の前で繰り返させれている、と。