ジャパンハートの吉岡医師とワタナベさん。

久しぶりに国内のベンチャーの集まりに参加しました。今週京都で行われているInfinity Venture Summitというベンチャー・カンファレンスに初めて顔を出してみました。
ビジネスの話はもちろん面白いのですが(ドローンの話には引き込まれました!)、一番感動したのは、ミャンマーやカンボジアで小児医療にあたってきたジャパンハートの吉岡医師のプレゼンテーションでした。(→ジャパンハート代表のメッセージ

これらの国々の貧しい人たちの多くは適切な医療サービスを受ける事ができず、毎年何千人という子供たちが命を失っているということでした。心臓病を持って生まれたり、小児がんにかかった幼児たちとその親たちには悲劇的な結末が待っていて、その結末をどうにか変えようと闘っている吉岡医師の姿には感動しました。
吉岡さんの行動力やリアリズムには感心しましたし、お話をお聴きしながら、近しいひとたちの死を通して(のみ)、ぼくたちは成長するということをあらためて感じました。
また、カンボジアの医療水準が低い理由として、ポルポト政権が多くの医師を虐殺したことにあることを知り、あらためてポルポトが行った史上稀に見る残虐な行為を思い出しました。
プログラムの最後のいくつかには参加せず、京都から少し早く帰京したのですが、帰宅後夕刊をみると、月間140時間もの残業を行った末に自殺した娘さんのご両親と当時の社長だったワタナベさんが和解に同意したという記事を読みました。
ミャンマーやカンボジアの親たちが、町から遠い、遠いところにある村々から、ときには半日あるいは一日もかけて、不治の病の子供を連れて吉岡医師のところに、まさに神にもすがる気持ちでやって来る。でも多くの場合、医師には子供たちを救ってあげる事ができない。そんな話を(子供たち、家族たちの写真を見せられながら)お聴きした日に、いわゆるブラック企業に圧し潰されて亡くなっていった娘を持つ日本の親御さんの話を読み、子の健康と成長を思う親の気持ちはどこの国でも同じという普遍的な「真理」を想いました。

ワタナベさんも、吉岡さんも「強い人」だと思います。
でもその強さは、まったく違う向きに発揮されているように見えます。一方は「自分の子供」である企業の発展のために(ご自身のブログで会社と自分の関係は親と子の関係のようなものだとされています)、もう一方は貧しい国の厳しい環境の中で生きざるをえない、「他人の子供」とその母親たちのために。
政治家の仕事はとても大切だと思いますが、ワタナベさんは権力や名誉とは離れたところでご自身の強さと能力を発揮されると、もっと立派なのになと思います。