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小国ではダメですか?

Wカップが始まってからは、普段ほとんど見ないテレビで、朝5時からの試合を観戦しています。
昨日のコスタリカ対オランダ戦は、今回の大会の試合の中でももっとも熱くなった試合でした。英語でいうところのunderdog(日本語では、勝ち目の薄い人、勝利の見込みがない人)を判官びいきする傾向のある僕は、コスタリカを応援しました。

コスタリカって、大会前の試合で、日本に負けましたよね?!でも、大会が始まってからは、堅守の中、着実に得点を重ねベスト8まで進み、とても印象に残りました。GK以外では特に印象に残った選手はいないのだけど、チームとしては記憶に残る活躍。

新聞記事の見出しには、「コスタリカ_無敗の敗者。番狂わせの主役、120分守り抜いた」。

日本人の好きな言葉に、「身の程を知れ」っていうのがあると思うのですが、日本チームって、自分たちの強さ、弱さをよくわかっていたのだろうか?サッカーは、自己の記録を競う体操や水泳とは違って、柔道やバスケットボール同様、相手との取っ組み合いの中で勝負が決まるわけで、「自分たちのサッカーができない」のは、どのチームにとっても大なり小なり当てはまるはず。だからこそ、「身の程を知った」上で、相手相手によって、戦い方を変えていくことが必要になる。

まあ、素人の僕がこんなことを言ってもしょうがないのですが!

日本は明治以来、富国強兵、立身出世主義でこの150年くらい走ってきたわけで、まず太平洋戦争での敗北で、そして20年ほど前のバブル崩壊で、馬脚を見せたはずなのに、今の総理は飽きもせずに大日本帝国の復活をめざしているような気配。

でも、この150年の日本の歴史って、2000年の長い時間の中で、どちらかというと例外的な時間だったのではないだろうか?
特に戦後の日本の経済力は、信じられないほどの幸運の中(東西冷戦下、軍事費を節約し、アメリカ市場への輸出に注力していくことで、ひたすら経済力を研いた時代)で達成されたもので、ほかの国々が教育に力を入れ、工業力をつけてくるにつれ、日本の相対的な力はどんどん低下してきたのが、この20年だった。

足るを知ること、身の程を知ること。日本人が好きな言葉のはずなんだけど、それらを良しとせず、世界ナンバーワンを目指そうという声が時に感情的に出てくる。

決して楽をしようなんていうのではないけども、自分たちの国の地理的限界、風土、文化。そういうものをよく理解した上で、なにがわれわれにふさわしい目標で戦略なのかをよく考えた方がいいと思うのです。

1980年代、アメリカの学者の本のタイトルを心から信じていた日本人はそう多くないと思います。たしかに一部の分野では世界を席巻した商品を開発したのだけど、そんな会社に働く社員の生活は会社の売り上げや利益とは違って、決して世界有数ではなかった。「世界一の日本」なんてタイトルの本がでようとも、80年代、90年代も、そして今21世紀になっても、われわれ日本人の生活水準は世界のトップ5どころか、トップ10にも入っていないというのが、僕の実感です。
80年代、90年代前半までの、あれだけ経済が成長していた頃でさえも、日本人の生活は決してうまく行っていたわけではなかった(反論があるなら、日本の家を欧米の住宅事情と比べてみればいい)。

アメリカと同じような都市空間を持ち、生活をしようと思っても、そもそも無理なんだから。この狭い国土の中で、どうやって快適に暮らしていけるのかを、よく考え直した方がいい。(そういう意味で、いまの東京はもう限界に達している。まったく良くならない通勤地獄。あの時間だけで、毎日、どれだけ多くのエネルギーが浪費されていることか。)
大学は東大、スポーツは甲子園、生活はアメリカン、経済はグローバル。そんな立身出世主義から卒業して、ある意味、もっとしたたかな、小国としての目標や戦略があってもいいのでは?

コスタリカじゃないけど、負けないゲームを目指したい。
会社経営も同じ。

最後に僕の価値観みたいなものを書いておきます。僕は、個々人の生活が一番大切だと思っています。個人主義を信じる経営者でありたいです。