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アリとキリギリスの寓話。

今日と明日は、黒犬たちとちょっと遅い夏休み。

夏の間、せっせと食べ物を蓄えていたアリと、音楽を楽しんでいたキリギリス。冬になって食べ物がなくなったキリギリスを、アリが、「君は夏の間遊びほうけてたじゃないか」とお説教する話。資源なき国に生まれた我々日本人は、死ぬまで、アリのように働かないといけないんだということを、小さい頃にしっかり植え付けられる。
僕もどちらかというとアリ派かもしれない。でも、キリギリスの生き方を全部否定しようなんて思わない。
だらだらと、働く振りをしているだけのアリは、多いように思う。日本では、特に、ホワイトカラーの生産性は非常に低い。今に始まったことではなく、長期にわたっていて、あまり改善されていないように思う。

日本の企業セクターには、バブル崩壊の処理も一段落し、無借金で、単に銀行預金になっているおカネがしこたま、溜まっている。個人セクターの金は、高齢化が進むにつれ、確実に減少しているのとは、対称的。無借金、銀行預金大好き、大きな事業リスクをとりたくないという大企業経営者が日本には多い。多すぎる。

以下の文章は、Financial Timesのコラムニスト、John Plender が、なんどもなんども繰り返し書いてきていること。(8月19日のFT別刷りの記事より)

Japan is a different kettle of fish. To escape from stagnation it needs to boost consumer incomes in an economy where business hogs
too great a share of income. Yet Prime Minister Abe's recipe for rejuvenating the economy exacerbates current imbalances. The big
devaluation of the yen will transfer income away from households into business profits. And Mr. Abe appears to be committed to
introducing a controversial consumption tax. This seems perverse when the obvious target for taxation is a corporate sector that
racks up excessive savings.

個人の所得をもっと増やせ、企業に溜まった金を放出させろ。円安は個人から企業セクターに利益を移転させるだけだ。消費税も個人所得にはマイナスだ。(この人は、日本企業は自社株買いや配当で、投資家に溜め込んだ利益を還元しろという意見)

「中庸」という言葉が好きな日本人(特に年配者)が多いはずなのに、中庸こそ、日本に足りないもののひとつのように思う。

誰か、アリとキリギリスの寓話を書き変えてもらえないだろうか?貧しい時代であればアリさんは立派な国民だろうけど、いまの時代、デリバティブだ、ソフトウェアだ、エンターテイメントだ、スポーツビジネスだ、なんていう時代なのに、百姓根性だけではやっていけない。アリさんはお情けでキリギリスに食べ物を分け与えるのではなく、長い労働のあと、心の潤いを求めて、キリギリスの奏でる音楽に対価を払うくらいのストーリーにしてほしい。

銀行預金の残高をながめながら、安心したり、喜んだりするだけの人生ではあまりにもつまらなすぎる。しっかり稼ぐ、しっかり楽しむ。
そのバランスだ。「よく学び、よく遊べ」って学生の後輩たちにいうだけでなく、自分は「よく稼ぎ、よく楽しむ」人生をめざしている。