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映画『風立ちぬ』

まったく見るつもりはなかったのだけど、先日、フィナンシャルタイムス(FT)やニューヨークタイムス(NYT)の記事で、この映画のせいで宮崎駿がたくさんの敵を作ってしまったという記事を読んで、それなら是非見てみようと思った。記事によると、この映画の反戦メッセージや軍人を揶揄したところが右翼を刺激し、零戦の設計者を主人公にしたことが平和主義者の失望を生み、そして主人公が喫煙者であることが反タバコ勢力の非難を浴びている、というような話だった。

これまですべての宮崎駿作品を見ているわけではないけど、僕にとっては、この作品がもっとも美しく、感動的な作品だった。

映画館には、宮崎作品ということで、子供連れが多かったけど、この映画は大人のために作られた作品だ(子供たちにとっては、すごく長い作品だったろうに、上映中はみんな静かにしていた)。堀越二郎の声を演じた庵野秀明が最高によかった。

安倍さんにもぜひ見ていただきたい。
そして、この映画が中国でも、韓国でも、上映されることを希望したい。

『「世界で戦える人材」の条件』(渥美育子著)

日経ビジネス(2013年8月12・19日号)の書籍紹介のページで知った本。グローバル人材に関する議論にはウンザリしていることもあって、はじめはこの書籍紹介のページもはしょって読んだのだけど、著者の以下のような発言を読んで、強く関心を持った。

「(日本の)経営者が人材育成にあまり興味がないことが気がかりです。人事部門に任せきり。人事も自分の任期中には変化を起こしたくない人が多い。海外赴任前に少しグローバル人材教育をするだけでお茶を濁しているように思います。」

すぐに同じビルにあるクロイヌ御用達の本屋でこの本を買ってみた。PHPビジネス新書。岩波新書じゃないよ、PHPビジネス新書。

期待以上の本だった。学者の本ではないので(岩波じゃないよ!)、文章や論理には荒さはあるかもしれないけども、グローバル化が進行する現在の世界のルールも、なにをすべきかということも、ほとんどの日本人はわかっていない、という彼女の言っていることには同意する。

この本の中で、僕の中で強く残ったいくつかの言葉ある。
そのひとつは、「大きな器」と「日本サイズの心」。

「私たちは、日本で生まれ、育ち、教育を受け、仕事に就くことで、自覚症状がないままに日本の現実を受け止めるのにちょうどよいサイズの心、日本サイズの心を育ててしまっている。」(103ページ)

以前、シリコンバレーで長く働いていたある知人(日本人!)がこんなことを言っていた。「金魚鉢のなかにいる限りは、金魚にしかなれない。」 確かに美しい金魚もいいだろうけども、僕は「大きな器」を持ちたいとずっと希望してきたように思う。問題はもっと強くそう願い、その実現のために、もっと行動していくこと。

この「大きな器」ということばは、以下のようなメッセージでも使われていて、それは日本の大学教育にもヒントになるようなメッセージだ。

『大事なのは、「大きな器」をもつことなのだ。一番大きな器をまず獲得し、そのあと徐々に知識や知恵の詰まった引き出しをたくさん作っていく。日本の大学では、こうしたリベラルアーツをほとん学ばない。体系的に学ばないために単なる知識として終わっている」(154ページ)

著者は人材育成に関するコンサルティング業を、アメリカで長年にわたっておこなってきたという実績がある。世界中の人たちといっしょに仕事をしてきたようだから、単にアメリカではこうですよ、って話ではない。

若い頃、アイオワ州立大学のクリエイティブライティングのコースに参加したことがあると本の中で紹介されている。もともとは、文学を目指していたのだろうか?アマゾンでチェックすると、同じ著者名で、『シルヴィア・プラスの世界』なんてタイトルがあるけど、同じ著者なのだろうか?

グローバル化というような話の中で、以下のような表現がとても新鮮に思えた。

「グローバリゼーションが持つパワーは、内から拡張していく力、つまり自国から外に出ていき他の国と関わりを持つ拡大する力expansion と、宇宙から見た地球という微細な存在の認識、つまり考えられないほど広大な宇宙の中に無数に存在する天球の一つが地球であるという理解が同時存在するところにあると、私は個人的に捉えている。」(72ページ)

僕は政府や企業が先導しようとする「グローバリゼーション」は信じていない。グローバリゼーションは、一人ひとりのこころや姿勢からスタートするものだと思っている。それが個人主義ということでもあるだろうし。

あまり期待していなかったからということもあるけど、この一冊の本をさかなに、日本のグローバル化についてさまざまな議論ができる、いい意味で、controversialな本。多くの人に読まれることを期待。

アリとキリギリスの寓話。

今日と明日は、黒犬たちとちょっと遅い夏休み。

夏の間、せっせと食べ物を蓄えていたアリと、音楽を楽しんでいたキリギリス。冬になって食べ物がなくなったキリギリスを、アリが、「君は夏の間遊びほうけてたじゃないか」とお説教する話。資源なき国に生まれた我々日本人は、死ぬまで、アリのように働かないといけないんだということを、小さい頃にしっかり植え付けられる。
僕もどちらかというとアリ派かもしれない。でも、キリギリスの生き方を全部否定しようなんて思わない。
だらだらと、働く振りをしているだけのアリは、多いように思う。日本では、特に、ホワイトカラーの生産性は非常に低い。今に始まったことではなく、長期にわたっていて、あまり改善されていないように思う。

日本の企業セクターには、バブル崩壊の処理も一段落し、無借金で、単に銀行預金になっているおカネがしこたま、溜まっている。個人セクターの金は、高齢化が進むにつれ、確実に減少しているのとは、対称的。無借金、銀行預金大好き、大きな事業リスクをとりたくないという大企業経営者が日本には多い。多すぎる。

以下の文章は、Financial Timesのコラムニスト、John Plender が、なんどもなんども繰り返し書いてきていること。(8月19日のFT別刷りの記事より)

Japan is a different kettle of fish. To escape from stagnation it needs to boost consumer incomes in an economy where business hogs
too great a share of income. Yet Prime Minister Abe's recipe for rejuvenating the economy exacerbates current imbalances. The big
devaluation of the yen will transfer income away from households into business profits. And Mr. Abe appears to be committed to
introducing a controversial consumption tax. This seems perverse when the obvious target for taxation is a corporate sector that
racks up excessive savings.

個人の所得をもっと増やせ、企業に溜まった金を放出させろ。円安は個人から企業セクターに利益を移転させるだけだ。消費税も個人所得にはマイナスだ。(この人は、日本企業は自社株買いや配当で、投資家に溜め込んだ利益を還元しろという意見)

「中庸」という言葉が好きな日本人(特に年配者)が多いはずなのに、中庸こそ、日本に足りないもののひとつのように思う。

誰か、アリとキリギリスの寓話を書き変えてもらえないだろうか?貧しい時代であればアリさんは立派な国民だろうけど、いまの時代、デリバティブだ、ソフトウェアだ、エンターテイメントだ、スポーツビジネスだ、なんていう時代なのに、百姓根性だけではやっていけない。アリさんはお情けでキリギリスに食べ物を分け与えるのではなく、長い労働のあと、心の潤いを求めて、キリギリスの奏でる音楽に対価を払うくらいのストーリーにしてほしい。

銀行預金の残高をながめながら、安心したり、喜んだりするだけの人生ではあまりにもつまらなすぎる。しっかり稼ぐ、しっかり楽しむ。
そのバランスだ。「よく学び、よく遊べ」って学生の後輩たちにいうだけでなく、自分は「よく稼ぎ、よく楽しむ」人生をめざしている。


オデッセイユニバーシティ_お取引先の皆様、ありがとうございます。

オデッセイユニバーシティ
東京丸の内で、今年夏のオデッセイユニバーシティを行いました。北海道から九州まで、100名以上のお取引先の皆様にお集りいただきました。日頃のご愛顧に心より感謝申し上げます。うちの会社が過去15年にわたってビジネスを行ってくることができたのは、今日お集りいただいた皆様を始めとする全国の試験会場の皆様のお蔭ですから。

来週30日には、大阪でも開催します。

タンタン

全国お取引先の皆さん、ときには疲れてしまい、投げ出したくなることもあるかもしれませんが、そんなときには一休み!ちょっと休んで、頭と気持ちをすっきりさせて、粘り強く一歩ずつ前進していきましょう。(写真はうちの会社の会議室にあるタンタンとスノーウィ)

宇野千代と瀬戸内寂聴。

世界学生大会もあって、一週間ほどアメリカに行きましたが、行く前から調子が悪かった耳鼻が、いっそう悪くなり、ひどい風邪のまま帰国。
ここ数年、冬の間に必ず一度はお世話になっている丸の内の某耳鼻咽喉科で薬をもらってきた。
ここの耳鼻咽喉科の女医さん、歳のほどは70半ばとお見受けしますが、現役で働いていらっしゃいます。あまり愛想がよくないのがたまに傷ですが、まだまだお元気に働いていることは素晴らしい。

ずっと公私のおつきあいがあるニューヨークのアメリカ人弁護士は80歳を過ぎた今も、現役で働いている。数年前、がんの手術もしたけども、まだテニスをやっている。さすがだと思う。

今週末、宇野千代の『行動することが生きることである』というエッセイを読了。すごい日本女性!若い頃の写真をネットで拝見すると、とても魅力的。「人生は死ぬまで現役である。老後の存在する隙はない」なんてことを口にしても、実態が伴っているから説得力がある。
この本で印象に残ったことは、宇野千代がドストエフスキー全集を自分の気力の源としていたということ。
「東京と那須と岩国とに、私は三軒の家を持っている。どの家にも、同じくらいの大きさの本棚をおいて、その中に豪華本のドストエフスキー全集だけを列べている。」「机の前に坐るたびに、その全集を見上げ、『あるな』と思う。その全集を観ただけで、私は勇気を感じる。」

もう一人、すごい日本女性といつも感心しているのは、こちらはまだ「現役」でご活躍中の、瀬戸内寂聴。去年だったかな、東京国際ブックフェアの基調講演でお話をお聞きして、とても感動した。
昨晩、久しぶりにテレビをつけてみたら、NHK教育テレビで、瀬戸内さんと、ExileのAtsushiの二人が対談をしていた。眠くなったので、途中で寝てしまったけど、おもしろかったのは、瀬戸内さんが、Atsushiの質問に答えて、「読んでいて面白いのは外国の翻訳小説。新しい動きに遅れないためにも、もっと読みたい」という趣旨の回答をしていたこと。この辺、宇野千代のドストエフスキーに通じるものがある。

そういえば、瀬戸内寂聴は、1996年6月に亡くなった宇野千代と親交があったようで、『わたしの宇野千代』という本まで出している。この本は、宇野さんが亡くなったあとの1996年9月にでている。弔辞も含まれているということだけど、古本を買って読んでみようかな。

宇野千代も、瀬戸内寂聴も、若い頃は男たちとの恋愛に生き、そばにいるとこちらが火傷してしまいそうな存在だったのかもしれないけど、「生涯現役」を貫く気力、体力はすばらしい。「青春とは心の持ちようだ」なんていいながら、ひたすら地位を維持しようとしている権力亡者の政治家たち、サラリーマン重役たちとは、まったく違う。

彼女たちは組織人ではない。一人で、自分の力で生きてきた、職人たちだ。
生きている限り、本当の意味で、現役で居続けたい。異性を思う気持ち、おカネを稼いでいくという意欲。
最後のページで、宇野千代がこんなことを言っている。
「私たち人間が、その生活している間に儲けた金、というのは、銀行預金の利子や、人に貸した金の利子であってはならない。必ず、自分の体力または能力を駆使して、昨日まではなかった金を、新しく儲けた場合でなくてはならない。」「これが私の、金というものに対する持論なのであった。これが私の、金というものに対する健康な解釈なのであった。」
会社や国に、老後のめんどうをみてもらうことが難しくなった今の日本で、厳しくもあるけども、文字通り「生涯現役」を貫くための覚悟がここにはあると思う。

(写真は動物病院で爪切りをしてもらっているカイ。彼女は宇野千代や瀬戸内寂聴とは違って、♂犬と関係することなく歳をとってきた、14歳のおばあちゃん犬。緑内障で視力を失ったカイですが、甲斐犬の世界の宇野千代になってもっと生きてほしい。)
カイの爪切り