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「グローバル化」の風景

今日の日経新聞朝刊に出ていると思うのですが(まだ目を通していません。明日会社にでる予定なので、そのときチェックします)、先日、日経新聞の方にインタビューいただき、グローバル化について、すこしだけ意見を言わせていただきました。さまざまな意見が出ているこのテーマに、ボクのような浅学なものが加わる資格があるのかどうか、あまり自信があるわけではないのですが。

ちなみに、Giftという文科省と外務省が協力しているプロジェクトに、以下のような応援メッセージを出しています。ボクの「グローバル化」についての考え方の一部は、こんな感じです。http://j-gift.org/message/

大阪市長が、刺青をしている職員に対して、非常に厳しい態度で望むということを表明して以来、日本国内では刺青に関して、新たな関心が高まっているのかもしれません。海外では、ファッション、あるいは一つの自己主張として、刺青をしている人が増えたなと思います。それらは「刺青」というとちょっと違っていて、「タトゥー」というのかもしれませんが。

先日、あるホテルで、「タトゥー」をしたアジア系の人がいました。プールのジャクージで見かけたのですが、この人が日本人であったら、ホテル側はどのような対応をしたのだろうかと、ふと思いました。よく温泉や銭湯では、刺青をした人はお断りと、はり紙が貼ってあります。日本語が読めない外国人には、日本語だけでは意味をなさないわけですが、このメッセージを英語にしているところには、滅多にお目にかかったことはありません。海外の客を中心としたホテルでは、このようなはり紙を出すことは、最初からないのでしょうか。

上得意の外国人が、「タトゥー」をしていた場合、ホテルや温泉旅館などは、見てみぬ振りをしているのかなと想像するのですが、どうなんでしょうか?これも「グルーバル化」のひとつの現象で、今後、日本国内における「刺青」議論への影響も含めて、どうなるのか、興味があります。

空港も変わっていく予感。

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この前羽田で国内便に乗ったとき、ターミナルに伊勢丹が入っていて驚きました。セレクトショップ風の品揃えで、「ゲーテ」や「レオン」で紹介されているような「男の小物」もあり、財布を引き締めながらさっさと店内を見て歩きました。

ここ数年、鉄道や地下鉄の駅構内がどんどんシッピングエリア化しています。デパートもうかうかしていられない状況です。

国際線のターミナル内には、免税店があって、空いた時間にウィンドーショッピングを楽しんでいましたが、これからは空港内で買い物をすることがますます増えるような気がします。買い物をゆっくり楽しむというような時間的余裕がなくなっていて、移動中の「すき間時間」を利用してでも買い物をしようという消費者のニーズを、企業側が掘り起こしているということでしょうか。

海外の空港内にはミニ美術館が入っていたりします。ヒースローのターミナルにはハロッズが入っていたりもします。先日の新聞によると、羽田空港で移動中の著名人に講演をおこなってもらおうという考えもあるようです。買い物はもちろんのこと、空港内における「婚活」、「コンサート」、「講演・講義」、「写真展」などなど、いろいろなイベントがでてくるかもしれません。これまで顧客を安全に、気持ちよく移動させることが主たる役目だった航空会社や空港管理会社の提供する価値が、すこしずつ変わっていくような気がします。

ナイチンゲールと統計学、そして「権力の病理」

午後に都内のある大学の先生(統計学)を訪問。先生からひとつ勉強になることを教えていただいた。クリミア戦争で兵士たちの看護にあたり、「白衣の天使」としてのイメージしか持っていなかったナイチンゲールが、実は、統計学を勉強し、統計学者の協力を得て統計分析をおこなった『英国陸軍の健康,能率及び病院管理に関する諸問題についての覚書』を発表、王立統計学会初の女性会員に迎えられた、バリバリの統計学の徒であったことを。「世界の偉人伝」のひとりとして、小学校あたりで伝記を読んだはずだから、その中で、ナイチンゲールと統計学の話もでていたかもしれませんが、そんなことはまったく覚えてもいませんでした。

ある本の中には、以下のような文章もあるようです。「人間社会をも含めた宇宙は、神の摂理に従って進展していて、この摂理を理解しようと努力し自己の行為を摂理に一致するように導くのが人間の仕事である、と彼女は考えていた。神の本質はあくまで神秘のままであるが、神の意思を理解するには統計を勉強しなくてはならない。なぜなら、統計は神の摂理を測るからである」(『知の統計学2』福井幸男著 共立出版)

「神の意思を知るには統計を勉強しなくてはいけない」。統計学の「広告」として、これ以上のコピーはないのではないかと思います。

それから、今週日曜日(17日)の書評コーナー(朝日新聞)には、「21世紀のシュヴァイツァー」とも呼ばれる医師であり人類学者でもある、ポール・ファーマー(ハーバード大学教授)の「権力の病理_誰が行使し誰が苦しむのか 医療・人権・貧困」(みすず書房)が紹介されていました。かれにはきっといつの日か、ノーベル平和賞が与えられると思うのですが、世界の貧困地域で、三大感染症の治療にあたっています。

この本の紹介文の最後で、評者の渡辺靖は、「日本の論壇などではなかなかお目にかかれない、スケールの大きな、真のリベラルの勇姿を、私は著者のなかに見いだす」と言っています。

ナイチンゲール、ポール・ファーマー、ともに医療に従事し、その分野にとどまらない大きなスケールの仕事を展開している(した)二人。

小林秀雄 on 論語

小林秀雄の発言を発信しているツイッターで、いかのようなことを小林秀雄が書いていたことを知りました。

「古典とは、私達が、回顧の情をもって近づく生きて考えた優れた人間の姿なのであって、分析によって限定する過去の一思想の歴史的構造ではない。従って、古典とは、理解されるものというより、むしろ直覚されるものだ」

昨日の『生きるための「論語」』(安富歩著)の追記として。

『生きるための論語』(安富歩著)

『原発危機と「東大話法」」(明石書店)によって話題になっている著者による「論語」紹介。先輩研究者たちの解釈にとらわれることなく、生きていくための知識として、どのように論語を読み込んでいけばいいかという意図のもとに書かれた「論語」の解説。読み終えたばかりですが、もう一度読み返してみたいと思っています。

論語を非常に権威的に解釈しがちな、学校のお勉強。それからはほど遠いところにあるのが著者の論語解説。孔子の人物像も、謙虚さにあふれ、かつダイナミックに時代を生きた、柔軟性に溢れる人のように思えてきます。

「現代の日本社会が、企業といわず、政府といわず、大学といわず、民間組織といわず、ありとあらゆる組織において、耐え難いほどの閉塞感に苦しんでいるのはなぜか。それは制度の問題でも、仕組みの問題でも、法律の問題でも、慣習の問題でも、文化の問題でも、グローバリゼーションの問題でも、途上国の台頭の問題でも、少子高齢化の問題でも、何でもない、と私には思えるのである。それはひとえに我々の社会が君子を欠いており、経営者が小人によって占められているからであり、「和」が失われて「同」と「盗」とに覆いつくされているからではないだろうか。」

著者がいう「君子」とは、どのような人物なのか、それは本書を読んでみてください。

古典を自らの権威づけに使っている学者や評論家の先生たちからすると、著者の議論は、粗の多いものとして片付けられるのかもしれませんが、僕自身は、「久しく枯渇して歴史文献とされている『論語』を、再び精神的源泉としての古典に蘇らせようとする試み」(北京大学教授・橋本秀美)として評価しています。

ちょうど先月、岩波新書から『論語入門』(井波律子著)がでています。次はこの本を読んでみようと思っていますが、著者は、「『論語』がいずこにおいても色あせない大古典として、長らく読み継がれてきたのは、単に教訓を記した無味乾燥な書物ではなく、読む者の心を揺り動かす迫力と面白さに富むためだと思われる。『論語』の魅力、面白さは、その中心をなす孔子という人物の面白さ、魅力に由来する」と序で書かれています。

そう言えば、井上靖の晩年の大作に『孔子』がありましたね。

扇子にみる日本と韓国

以前、「縮み志向の日本人」という本を、韓国人女性が書いていたように記憶しています。

先週、用事があって韓国に行ったのですが、そのとき、ある場所でもらった扇子をみて、この本のことを思い出しました。というのは、日本の扇子よりもあきらかに大きいからです。アマゾンで「縮み志向の日本人」をチェックしてみると、講談社学術文庫に入っていて、表紙には扇子が使われていました!

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タテにしみても、

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ヨコにしてみても、


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開いてみても、日本の扇子は一回りどころか、ふた回りくらい「縮み志向」になっている。

映画「この空の花」

大林宣彦監督の最新作です。(→公式HP
太平洋戦争の末期の米軍による大空襲から始まって、中越地震、そして昨年の東日本大地震に至までの時間の流れのなかで、長岡で生きてきた人たちを中心とした物語。大林監督の映画を観ると、いつも涙腺がゆるゆるになるのがちょっと困ることなんだけど、この映画でもそうなってしまった。

有楽町スバル座で観たのですが、8日までで打ち切りになるのが残念。

松雪泰子、原田夏希、それから富司純子の演技と表情がよかった。
長岡には一度だけ、それも取引先訪問で2時間程度、新潟に移動する前に訪問したことがあります。
長岡の花火大会や山本五十六などの記念館などをゆっくりと観に行きたい。