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アメリカ自動車メーカーの存在意義

 フィアットがクライスラーの救済に乗り出すというような話があります。偏見かもしれませんが、かつて潰れそうだったフィアットにクライスラーの救済ができるなんて思えません。クライスラーとイタリアの組み合わせは、かつてクライスラーを救済したリー・アイアコッカがイタリア系だったということくらいで充分なんじゃないでしょうか。
 ボクも自動車には関心がない方ではないと思いますが、これまで関心を持ったアメリカ車を思い浮かべることができません。関心を引いてきた車は、ドイツ車であり、イタリア車であり、そして日本車でした。
 この30年、40年間、いったいアメリカの自動車産業って、一度たりと、まともな車を作ったことがあるのでしょうか?財テク主導の経営、カネを貸して買いやすくした車。クライスラーにしろ、GMにしろ、一度として買って乗ってみたいと思ったことはありません。(社員の方達には申し訳ありませんが。)
 マスキー法ができ、燃費のいい車が必要とされはじめたのは、1970年代の始めのように記憶しています。マスキー法をチャンスとして果敢に挑戦したのは、ホンダでした。それに対して、アメリカのメーカーは、これまでも散々チャンスがあったのに、まったくやる気がなかったわけで、潰れるべくして潰れつつあるという印象です。まさに敗戦直前の日本における戦艦大和のように。
 ビッグスリーにはもう存在意義ってないのではないでしょうか?新しい存在意義を持った自動車企業がアメリカで誕生するとしたら、デトロイトからではなく、シリコンバレーから生まれてくるのではないかと思います。