『グローバル恐慌』(浜矩子著、岩波新書)

 金曜日、山形でも失業者が増えているという話をお聞きしました。日本中、特に地方において、多くの人が働きたいと思うような仕事が少なくなってきています。(ただし、贅沢を言わなければ、仕事がないわけではない、という声もよくお聞きします)日本にも、グローバル不況の波が押し寄せています。
 浜先生は新聞、雑誌等にもよく文章を書かれていますが、先日、NHKラジオで話をお聞きし、「ズバッ!」と物事の核心に迫っていこうとする話し方が気に入って、この本を読んでみました。文章もハキハキしていて、読みやすいです。
 副題は、「金融暴走時代の果てに」とあります。当初、モノについていたカネが、次第に一人歩きし、カネが独自の力学で動きはじめたこと、さらには、ヒトとさえも関係を絶つところまで来てしまったこと。ところがカネはモノの世界にも、ヒトの世界にも大きな影響を持ち続けていることを考えさせられます。
 ボクが金融の世界で働いていた1980年代後半から90年代半ばにおいても、カネの世界、特にアメリカのカネの世界の話はダイナミックで、ものすごい力を持っているものだなと感じていました。今振り返ってみると、あらためて感心します。(80年代の後半、ジャンクボンドのマーケットを作り上げたドレクセルバーナム証券のミルケンは、ある年に、600億円近くの年収があったように記憶しています。愕然とする金額です。)そのアメリカのカネの力が、経済のグローバル化にともなって、世界に広がっていったのが90年代半ば以降の10年間かと思っています。そのアメリカのカネの力を、後ろから支えてきたカネの大口の出所のひとつが日本で、アメリカの僕(しもべ)としての日本を思うと、これまた悲しくなってきます。
 現在の世界不況がどのような展開を示していくのか、凡人のボクには予想もつきませんが(浜先生はじめ、多くの賢い先生たちもご存じないようです)、このあたりで、一度カネの動きをスローダウンした方がいいんじゃないかと思います。政府の規制強化はあまり賛成しないのですが、ゴールドマンを始めとするウォールストリートの強者の議論を聞いていると、「いったいいくらカネをためればあんたたちは満足するのか?」と言いたくなります。10億も、あるいは100億もボーナスを取り、先々はメトロポリタン美術館やカーネギーホールに大口の寄付を行って偽善者、いや慈善活動家として偽りの名を残したいのか。
 うちの犬たちを始め、動物たちは「足ることを知る」ということを知っているようで、その点、人間よりか、犬たちの方が高等かなと思います。