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不便さがあるからモノが生まれるのかもしれない

 いつか、「地方」でもっと時間を過ごしたいと思っています。東京にはなんでもあるようで、実は「本当のこと」や「本当のモノ」はすくないのではないかと、しばしば、強く感じます。なんというのか、東京では、いろいろなことがバーチャルに思えるのです。
 この前、日経新聞では、経済記事よりも文化やスポーツのページをよく読むと書いたのですが、1月14日の夕刊の文化欄に、愛媛の宇和島市在住の画家・大竹伸朗さんのインタビュー記事が出ていました。宇和島はボクが小中高までいた南予(愛媛県の南西部の呼び名)の町で、子供の頃、映画を見たり病院に通ったりするために、バスに1時間ほど乗ってこの町に行ったことをよく覚えています。
 日経の記事では、東京出身の大竹さんがどうして宇和島に移住したのか書かれていませんが、ボクの記憶が正しければ、大竹さんの奥さんが宇和島出身だったからだったはずです。このインタビューの中で、大竹さんの次のような言葉が印象的です。
 
「東京だと一日がすぐに過ぎる。夕日に浮かぶ東京タワーを眺めていれば時間がたつ。思い出は自動的に生まれる。」
「何もない場所で何もしないでいると、自分が消えてしまう。それを食い止めるために何かする。昨日はなかったものを自分で創るしかない。芸術家は理不尽な状況に身を置く方がいいこともある。」
 まあ、ボクは芸術家でもなんでもないのですが、東京はあまりにも娯楽が多すぎるかなと思っています。地方に行くと、なにもやることがなんくて、パチンコにのめり込んでいる人が多いようですが、地方のよさを一番大切にしていないのは地方の人のような気がして、それが残念です。ボク自身、地方から都会に憧れて出てきた人間の一人なので、どちらかがいいと、決めつけているわけではありませんが、東京の生活では大切なものが抜け落ちていることは強く実感しています。

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