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学位のインフレーション

 フィナンシャルタイムスを読んでいたら、"Teaching demands a warm heart and a cold eye." (教育には、暖かい心と、冷たい目を)というエッセイがありました。戦後のイギリス教育のレベルが落ちてきていること、教師は学生たちにあまり厳しい成績をつけたくないのであまい評価をしがちであること、しかし、本当に必要なのは、(タイトルにあるように)熱心な教師が教え、しかし、「冷血な」コンピュータが結果をはかり、評価には主観を挟まないようにすることが大切なのではないか、というような趣旨でした。(8月20日付け)

 仕事がら、大学関係者からのお話をよくお聞きしますが、多くの大学が、たいへんな状況になっているなと思います。希望する高校生は、お金さえ払えば、すべて、どこかの大学に入ることができます。多くの私立大学では、大学入試もないような状況です。大学側は、完全な供給過剰になっていますので(つまり、学生数を、定員数が上回っている)、学生たちは「お客様」扱いです。日本の多くの産業にあるのが、この供給過剰という状況で、その結果、過剰サービスが発生したり、働く人たちに過大な負担があったりと、マイナス面が多く見られます。
 本来ならば、入学すべきではない学生たちが、大量に大学生になってしまっています。かなりの数の大学では、「リメディアル教育」という言葉を使って、高校レベル、時には中学レベルの勉強を、行っています。以前、大学の先生方は、「教授」と呼ばれ、ご自分たちの研究と教育を、どのようにバランスをとっていくのかが、お悩みだったような記憶がありますが、多くの大学の「教授」たちにとっては、授業について行けない学生たちの面倒をどうやってみていくのかが、課題になっているようにお聞きします(特に、理科系)。

 供給過剰の状況が続く限り、学歴のインフレは続くことでしょうが、いつかの時点では、需要と供給のバランスがとれること、本当に大学生の名に値する学生(この定義はここではおくとして)を排出する学校が増えることを希望しています。小なりとはいえ、会社を経営し、できるだけ優秀な人材を採用したいと希望している人間からすると、大学の関係者の方々には、少々古い言葉を使えば、「学士」という名称にふさわしい人材を、時には厳しさをもって、育てていただきたいです。これは相当に難しい話だということは、よーく、わかっています、が。

 追伸 教育の問題は、アメリカでも常に言われています。問題を抱えていない国はないように思います。あるいは、どこの国も、改善しないと行けないと思っているのでしょう。