大森実が甲斐犬の飼い主だった。

いま大森実って言っても、「それ誰?!」ということになるのだろうけど、ベトナム戦争時、毎日新聞外信部で大活躍した新聞記者。昨年3月にアメリカ・カリフォルニアの病院でお亡くなりになられた(享年88歳)。ベトナム戦争中、ハノイの病院を米軍が爆撃していたという記事を書いてアメリカからにらまれ、その後、彼は毎日新聞を退社し、フリーのジャーナリストとして活躍する。

大森の『アメリカとは何か100章』(講談社文庫)を読んでいたら、大森が甲斐犬を15年間飼っていたことを知った。それだけで僕の中で大森への親近感がぐーんと上がってしまった。

「ジェフが死んだ。(中略)長らく起居を共にしてきた愛犬の死が、こんなに厳しいものとは考えもしなかった。日本に一時帰国中、近所の犬猫病院に預けていたのだが、ジェフは私たちを恋いこがれて悶死したのだ。」
『「甲斐犬は二君に仕えず、といわれますので、日本犬でも数が一番少なく、保存のための保護犬になっているのです」と私がジェフを買ったとき、ジェフがいた愛犬訓練所の主人がいっていたが、私にはなぜかよくなついてくれた。私が一歳に近い成犬だったジェフを買ったのは、金大中誘拐事件の真っ最中だった。」

この文章の終わりにはさらにひとつの物語が隠されていた。
『「警察犬を買いたい」と私が、東京の訓練所を訪ねて、ジェフと初めて引き合わされたとき、「血統書がない」といわれたので、不思議でならなかったが、後日、血統書を手に入れるために調査していくと、ジェフの最初の飼い主夫妻は、ジェフを訓練所に預けたまま、日航機のモスクワ墜落事故の犠牲者となっていたことが分かった。』

ジェフは大森実といっしょだった15年の間に、カリフォルニアと日本の間を二往復したそうだ。

うちのカイとクウ太郎は、東京、長野、山梨くらいしか知らない。彼らといっしょにアメリカを旅行して、アメリカ人たちに、「どうだ、甲斐犬はすごくかっこいいだろう」と自慢してやりたい気もする。スタインベックの『チャーリーとの旅』じゃないけど、『カイとクウ太郎とのアメリカの旅』は決して実現することがないだろう、僕の夢のひとつ。