『平成幸福論ノート』(田中理恵子著)

 著者には、小社から出していた『オデッセイマガジン』の取材の際、昨年、お会いさせていただきました。1970年神奈川生まれの詩人・社会学者。以前、このグログでもご紹介した『黒山もこもこ、抜けたら荒野』(光文社新書)では、水無田気流という筆名で出版されていましたが、今回同じく光文社新書で出されたこの本では、田中理恵子という筆名(ご本名?)を使われています。どのような理由があるのか、お聞きしてみたいです。

 著者によると、『黒山もこもと、抜けたら荒野』と本書は、「昭和の鎮魂」を裏テーマとするということです。なぜ「昭和の鎮魂」が必要なのか?それは、現在の「内向き」「懐古趣味」「過度の安定志向」「保守化」という現象は、昭和が怨念化し、人々や組織にとりついているからで、その結果、幸福は遠ざけられているから。(第5章「昭和の鎮魂」から「つながりの再編」へ)

 昭和の時代、それは日本にとって歴史的にあまりにも幸運な時代環境を提供してくれた時代で、その時代環境は一変してしまった(日本をリードしてきたアメリカの凋落、右あがりの経済とピラミッド型の人口構成を前提とした年金や健康保険制度の崩壊、グローバル化の変化に取り残された日本の雇用制度などなど)にも関わらず、あるいはそうだからこそ、ますます、日本人は昭和の時代の夢から覚めようとしない。

 「昭和の鎮魂」という言葉が適当なのかどうか?1959年、昭和34年生まれの僕は、まさに昭和の時代の人間だなと、この本であらためて認識した次第ですが、僕たちから上の世代は、まだまだ昭和の時代を生きているのかもしれません。昭和の時代に区切りを付け、新しい現実の中で、新しい目標を見つけ、平成の時代にあった幸福論を作っていくことを、「昭和の鎮魂」というのであれば、まさに「昭和の鎮魂」は必要とされている作業でしょう。

 このような大きなテーマを新書で論ずるということで、浅くなりがちというところはありますが、著者のセンスやスピード感ある言葉の使い方、断定の仕方が好きです。もし機会があれば、僕のやっているポッドキャスティング「アイデアエクスチェンジ」に出ていただきたいくらいです。