夢や希望の前に、現実的な支援を。

 (これはあくまでも僕の考え。賛成してもらう必要はないよ。決して悪意で書いているのでないことは分かってほしいけど)

 通常業務、通常の経済活動を通して、復興に貢献するという考え方の人もいるのは知っている。でもちょっと違和感が残る。1万人をこえる同じ国に暮らしてきた「仲間」たちがなくなって、通常の経済活動というわけにはいかない。それに何10万人という人たちが避難していて、不便な生活をしている。

 Jリーグのとった判断(3月中のリーグ戦はすべてキャンセル)は素晴らしいと思う。それに対して、プロ野球の理事たちはまだ踏ん切りがつかないようで、駄目だなと思う。

 たかが野球(されど野球だけどね!)、1週間程度、開幕戦が遅れたって、生き死にには関係ないよ。野球ファンのひとたちには失礼かな。でも実は、今年初めて、僕も巨人戦のシーズンチケットを買っていて、ずっと楽しみにしていたんだけどね。野球が大好きな父親を東京ドームに招待しようと計画していたんだけど、我が家も「ピサの斜塔」になって、それどころではなくなっちゃった。

 1週間でも、なくなった人たちのこと、まだ災害で苦しんでいる人たちのために、喪に服することが必要だと思う。戦後、日本社会は死者をずっと軽んじてきた。1週間程度開幕戦を遅らせるということが実行できないのだろうか。失うものが大きい人たちは判断が遅くなるね。

 もし野球やるなら、その収益を全部、被害をこうむった人たちに寄付してもらえないだろうか?もしそうするというのなら、喜んで野球を見に行きたい。倍の料金を払ったっていい。(ただ、消費する電力、交通手段はどうなる?)

 被災にあった人たちに、野球で夢や希望を与えようなんて、うぬぼれないで欲しい。彼らが必要なのは、食糧、お金、住む家、薬、電力。いまは、夢や希望の前に、現実的なサポートが必要。

追記

プロ野球の理事の皆さん、映画「タワリングインフェルノ」を覚えていますか?福島原発という「インフェルノ」が見えないのでしょうか?