『永遠の〇(ゼロ)』(百田尚樹著、講談社文庫)

 先日、ビルの中にあるトイレですれ違った人がこの本を手にしているのを見ました。ちょうど僕も読んでいるところだったので一瞬声をかけたくなりました。文庫化されてベストセラーになっているのではないかと思います。数ヶ月前、新聞の書評コーナーで知って買っておいたのですが、週末にかけて読み終えました。うまいストーリー・テリングで、とても「酔わせてくれ」「泣かせてくれる」小説です。
 「エンターテイメント」としてすごくよく書かれた小説。「エンターテイメント」と言っても、物語の中身は特攻隊員として死んでいったシャープな頭脳と深い情を持った、最高に「クール」な男の話で、決して軽いテーマではありません。『永遠の〇』は、『虜人日記』(小松真一著)の著者が指摘した日本軍敗戦の理由を小説化したとも言えます。(→10月11日
 この小説の中で、著者は、日本軍のエリートたちの多くが、部下には死を命じながら自分は生き延びようとした卑怯な人間たちの集団だったとしています。それは今の日本社会でも、エリートと呼ばれる人間たちの多くがそうなのではないかと、著者はそのことをわれわれに考えさせよう、気づかせようともしています。自分たちの失敗は隠し、お互いかばい合う体質なんて、戦争のときと現在の政府、企業のありさまとほとんど変わっていないのでは?!
 この小説であげられていることで、現在につながる問題の一つをあげておきます。この本の中で、海軍のエリートたちが好機であるにも関わらず、リスクを冒して米軍を攻めて行こうとしなかった理由として、彼らの胆力のなさと同時に、勲章に目がくらんでいたのではないかという指摘があります。勲章の査定ポイントで最も大きいものは、海戦で敵の軍艦を沈めることだった反面、艦艇を失うことは大きなマイナスになったそうです。その結果、攻めないといけない時であるにも関わらず、攻めきらないことが幾度もあった。
 同じことが今も指摘されています。それは大企業の経営者たちが、勲章欲しさに、必要なことをやろうとしないという話です(日経新聞に出ていた、コーポレートガバナンスの専門家である若杉東大名誉教授のインタビュー記事)。大企業の経営者が勲章をもらうには、在任中、赤字を出さない、雇用を減らさないなどの暗黙の条件があるとか。その結果、やるべきリストラや(失敗したら困る)大胆なM&Aはやりたがらない老人経営者がいるというのです。
 日本の課題は根が深いなと思いながら、この物語を読みました。それはつまるところ、日本の教育の問題だからです。多様性を認めず、言われたことを忠実に行っていく人間を育てる、という目的の教育が行われ続ける限り、過去の失敗から学び、複数の視点から物事を客観的に見る訓練を受けた個人や組織が育ちにくい風土は、なかなか変わらないから。
 アメリカの教育、アメリカのやり方がすべて正しいとは決して思っていませんが、日本人ノーベル賞受賞者の多くが、アメリカで研究を続けた結果であることを、もうすこし謙虚に考えてみる必要はないでしょうか。