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安田侃@東京国際フォーラム

ずっと気になっている彫刻家、安田侃。北海道に彼の作品を集めた公園があったと記憶しています。いつか行ってみたいところ。
身近なところで体験できる彼の作品が、オデッセイのオフィスからもすぐのところにある、これ。

安田侃1

会社のHPで始めたコラム、「丸の内331」のために、昼休みを利用して、写真撮影。

安田侃2

最後にもうひとつ、すこし遠くから。

安田侃3

サンフランシスコ、そして大阪

先週はサンフランシスコに(4泊)、そして今日は日帰りで大阪に。
今月はシンガポール出張もあるので、結構忙しい月ですが、動きまわること、人に会って話をすること、そこから何かを感じること。それが大切。

そんな中、サンフランシスコから帰ってきてすぐの週末に、こんな写真を撮ってみました。(「葉と陰」1)
「葉と陰」シリーズ4枚はギャラリーにすべてアップしました。

「葉と陰」1

田淵行男記念館、まだ「戦後」が若かった頃。

テレビで知った田淵行男という写真家、自然観察者に関心を持っています。先週、安曇野にある田淵行男記念館に行き、彼が残した山の写真や彼が描いた安曇野周辺の高山で見られた蝶たちの絵を見てきました。戦争末期、疎開のために移り住んだ安曇野に戦後も残り、1989年、84歳の誕生日を迎える数日前に亡くなるまで安曇野で写真を撮り続けた人です。
彼が残した写真集はすべてが絶版になり、いまでは古本を入手するか、図書館で見るしか方法がありません。
田淵行男記念館にはかなり傷んでしまった写真集数冊が置いてありました。
また、記念館には彼が使っていた古ぼけたカメラが展示していて、道具を大切にしていた人だという印象を受けました。
1940年代、あるいは50年代の安曇野、浅間、八ヶ岳周辺の写真集が素晴らしいです。

昨年末高知に帰った時、高知県立美術館で篠山紀信のポートレート写真の展覧会を見に行った時、1960年代か70年代だと思うのですが、紀信を特集した雑誌の記事に、当時の紀信のオフィスの住所や電話番号などが記載されていました。
田淵行男の写真集にも、彼の自宅住所や電話番号などが記載されていて、いまのようにプライバシーの心配をする必要がなかった当時の「のどかさ」に驚かされました。

写っている風景とともに、「戦後」がまだ若かった頃の日本の一コマかと思います。

「南予写真」

生まれは高知県ですが、育ったのは愛媛県南宇和郡御荘町、いまでは町の合併をへて、愛南町と呼ばれています。

オデッセイコミュニケーションズで9年ほど働いてくれたHさんが、退職して新しい仕事として選んだ写真関係の会社が、愛媛県の南予地方の写真集を出したということで、一部いただきました。先月10日に、黒犬通信で紹介した写真集「南予写真」です。人の縁というのはおもしろいものだと、あらためて思います。

愛媛県からの依頼で出来上がった仕事のようですが、このプロジェクトを請け負っていたのが、広告代理店のアサツーDKさんだとか。セサミストリートのプロジェクトで数年に渡って親しくさせていただいた会社です。

この写真集を見ていると、自分が生まれ育った地方が、どれだけ美しいところなのかに気づかされます。

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もうすぐバレンタイン!

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初めてのデジタル一眼レフ

今週末、初めての一眼レフのデジカメを買いました。これまではコンパクト・カメラしか買ったことがなかったのですが。
それもお店に行くまで全く思ってもいなかったカメラを買ってしまいました。ペンタックスのK-01という商品で、デザインに惹かれて買いました。ボクみたいな永遠の初心者のカメラマンだと、発色の仕方がどうしたなんてことは、ほとんど関係がなく、持っていて愛着が生まれそうかとか、デザインが素敵かとか、そんなところがポイントになります。

下の写真は、このカメラで撮った近所のお家の庭に咲いている梅と椿。残念ながら、もう枯れ始めています。
それから、横になって休んでいる老犬(我が家のカイさん)の写真。

このカメラ、オーストラリア出身のマーク・ニューソンとペンタックスのコラボ商品で、「好き嫌いがはっきりわかれるデザイン」という声をネットでは見かけますが、ボクは「好き」派です。アップル商品にも共通するシンプルさが好き。

マーク・ニューソンのHPを見ると、これまで行った仕事には、ペンタックス以外にも日本のクライアントが多いのですが、それは彼が1987年から91年まで東京在住だったことも背景にあるのかと思います。(現在はロンドン在住)
(→マーク・ニューソンの仕事

銀塩のカメラは何台か持っています。銀塩(フィルム)カメラは、御用達の有楽町ビックカメラでも、定年退職後のお父さんみたいに居場所がなくなりつつあります。フィルムそのものさえ、無くなるのではないかと危惧しています。コダックは倒産してしまいましたが、フジにはこれからもフィルムを作っていただきたいです。

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「富士幻景」@IZU PHOTO MUSEUM

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静岡県にあるクレマチスの丘に2度ほど行きました。最初はグループで、二度目は一人で。グループでは十分見ることができなかったIZU PHOTO MUSEUM(クレマチスの丘にある複数の美術館の一つ)で開催されている「富士幻景」を見るために。
(→「富士幻景」

この展覧会の副題として「富士にみる日本人の肖像」とあるのですが、「富士にみる日本と外国の交差点」と言ってもいいような内容です。特に、ペリー来航以来の日米関係を振り返るいい機会になります。展覧会会場で一番最初に見ることができるのは、「ペリー提督日本来航期」の原本で、この革張りの本の表紙には、富士を背景に、相対する日本人とアメリカ人が描かれています。ペリーの時代から日本を象徴するもの、外国からのお客さんを迎える日本のシンボルは富士山だったようです。

特にショッキングだったのは、戦争末期、富士山を撮った米軍による写真。1944年以降、米軍が南洋の島々を奪還してから望むとおりに日本各地の爆撃を始めてからは、彼らは富士山を目指して日本に飛来、富士から分かれて日本各地に飛び、各都市に爆撃を行った後、再び富士に集まって南の基地に帰っていきます。1944年、45年頃、B29が富士周辺を悠々と飛んでいる写真が何枚も展示されています。また、戦時中、アメリカの雑誌に載った潜水艦の潜望鏡から取った富士山の写真なども紹介されています。

1936年に、台頭する日本軍を紹介するアメリカの雑誌記事も紹介されています。富士を背景に飛ぶ日本陸軍の戦闘機の写真を使った記事(見出しには、A Japanese Military plane over holy Fujiyama とあります)ですが、そのページには以下のようなコメントがありました。

The Japanese army has never fought a first-class opponent. Nevertheless it has long bullied Japanese Emperors and today runs the Japanese Government. (中略)The Army's equipment is in-adequate and mostly out-of-date. It has only about 1,300 planes, as against Soviet Russia's "mystery fleet" of 1,000 planes at Vladivostok. (1937年1月11日号「ライフ」誌) 

(日本の軍部は強敵と戦ったことはない。にもかかわらず、天皇を操り、日本政府を支配している。日本軍の武器は十分ではなく、時代遅れのものだ。ソ連はウラジオストックに1000機を配備しているか、日本は全体とし1300機程度の飛行機しかもっていない。)

日本軍が張り子の虎であることがあらわにされたノモンハン事件は1939年ですが、その数年前にはすでに、日本軍なんてたいしたことないとアメリカの雑誌に指摘されています。もうこの頃には日米間に将来戦争がありうることを想定した議論がなされていたことでしょう。

「富士幻景」で展示されている写真の中には、1945年9月2日の日本降伏文書調印前後に取られた米海軍の戦艦が富士山を背景に駿河湾を航行する写真や、降伏文書が調印されたミズーリ号の写真なども含まれています。数日前、沖縄の基地返還前後に交わされた日米間の密約の記事がでていました。それは米軍人が起こした犯罪はよっぽどひどいものでなければ、日本側は司法権を放棄するという内容のものでした。沖縄の問題を含む戦後日本のアメリカへの屈折した関係の出発点となっている9月2日の降伏文書調印こそ、戦後の日本の歴史のなかで忘れてはならない一日だと思うのですが、8月6日、8月9日、そして8月15日と比べるとあまり取り上げられることがないように思います。

雑誌の記事ではないですが、日露戦争を最後に、30年も40年もの強国と戦うこともなく、世界に通用するような力もなかったくせに時の権力者である軍人たちは国内ではさんざん威張り散らしたあげく、日本をぼろぼろにしてしまいました。軍人たちの台頭を許した政治家たちのいい加減さが酷かったからで、それは今の政治同様なのかもしれません。いまの日本で、1930年代の軍部にあたるような勢力がでてくるのでしょうか?これからも日本に対して、陰に陽に影響力を与え続けたいと希望するアメリカは?まあ、そんなことは暇つぶしに考えている程度ですからクロイヌの妄想みたいなものです。

IZU PHOTO MUSEUM の「富士幻景」はとてもいい企画だと思いました。11月頃、この展覧会の図録が出版されるようなので、とても楽しみにしています。

長倉洋海さんスライドショー、ジョセフ・クーデルカ展

昨日は写真三昧の一日。
新宿のコニカミノルタ・プラザで長倉洋海さんの「北の島・南の島」スライドショー。
東京ドーム経由で、恵比寿の東京都写真美術館で開催中のジョセフ・クーデルカ展。

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世界報道写真展2011

現在東京都写真美術館で行っている「世界報道写真展2011」を先週見に行った。写真は入場券。鼻と耳をそぎ落とされた女は、アフガニスタン女性。嫁ぎ先での家庭内暴力から実家に逃げ帰った彼女を、タリバンたちが荒野に連れ出し、耳と鼻をそぎ落としたという。恥をかかされた夫は鼻をなくすことと同じとされていて、それと同じことを、彼女に行ったということらしい。
アフガニスタンのすべての男が、こんな残虐なことを行うとは思えないが、この写真一枚で盲目的な原理主義者への嫌悪を持った。
いまでも同様の扱いを受けている女性は多いはずだ。

この写真以外にも見るべき写真は多い。
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ベティナ・ランス展@東京都写真美術館

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ベティナ・ランス写真展「女神たちの楽園」を楽しみにいきましたが、「芸術写真の精華_日本のピクトリアリズム・珠玉の名品展」が面白かったです。もうひとつの展示は「夜明けまえ_知られざる日本写真開拓史」。ベティナ・ランス展のみ5月18日まで、残りの二つは5月8日まで。

写真展を見る前に散歩した、白金のお寺で見た言葉:「子供は親の言うようにはならぬ。親のしているようになる」

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Cloud

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Last month while driving on a highway to Nagano, I saw this cloud. I stopped at the nearest service station and took this photo at the parking. I don't remember if it was before or after 3.11.