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Peace Hotel

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Peace Hotel、中国語で、和平飯店。占領と戦争の時期が長かった上海の歴史を思うとこのホテルの名前の重さを感じます。

「人生は忍耐」。

昨日から朝日新聞夕刊「人生の贈りもの」のコーナーに、建築家の安藤忠雄さんのインタビューが出ています。この前、槙文彦先生の講演を拝聴したことを書きましたが、もう6、7年前になるはずですが、安藤さんのプレゼンもお聞きしたことがあります。関西人のプレゼン上手とはこのことだと思ったことを記憶しています。
2回目の今日の話から。
「建築の美というのは数学です。目をつぶって唐招提寺の形を思い起こすと、その向こうにぽーっと幾何学が浮かんでくる。」
「みんなが生きることに真剣でした。喧嘩の原因はみんな生活のことです。毎日の暮らしのために真剣に喧嘩する人々の中で育ち、他人の気持ちを考えるようになりました。人生は忍耐だと思ったのも、このごろです。」
人生は忍耐だなんて、辛気くさい話ではあるのですが、それが現実かなと思います。単純に我慢していればいいとは思いませんが、そう簡単には結果はでませんし、「継続は力なり」というように、継続していてこそ、初めて力がついてくるのではないかとも思います。勉強も、ビジネスも。

槙先生のプレゼン風景

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昨晩、学士会館で建築家・槙文彦先生のプレゼン風景。スライドは、ペンシルバニア大学の図書館。

リスクと労を嫌うようになった結果。

夜、MITとハーバードクラブの集まりで、建築家・槙文彦先生の講演を拝聴する機会がありました。というか、先生を迎えての講演があるということで、参加しました。場所は竹橋の学士会館。一橋大学の如水会館の前です。
日本では先生の仕事では代官山のヒルサイドテラスが一番有名かもしれませんが、NYのワールドトレードセンター跡地の建物のひとつは先生の最新のお仕事になります。MITの人たちが先生に講演をお願いしたのは、MITメディアラボが先生の設計によるものだから。
これまでの作品の写真を多数見せていただきながらのプレゼンで、たいへん面白かったです。お話の中で印象に残ったのは、1950年代、世界の最高峰だったアメリカの建築業界がだんだん落ちていった理由として、
1組合が強くなり、組合の枠を超えた仕事をしないなど、硬直化が進んだ
2弁護士が強くなり、訴訟などを嫌うようになった
3他の業界に優秀な人間が移っていった(たとえば、宇宙産業やハイテク)
ということをあげていらっしゃったこと。
つまるところ、リスクと労を嫌うようになり、人材も集まらなくなったということです。
コンプライアンスでがんじがらめになり、失敗したときの失脚を恐れてすこしのリスクもとりたくない人間が増えている日本と同じだと思いませんか?さらに、人材の流出ということも、教育水準が落ち、全体的に人材に問題があると言われるようになっている今の日本のことかなと思ってしまいました。
槙先生は81歳ということですが、1時間の講演中ずっと立ったままですし、その後の懇親会でも講演参加者の質問に丁寧に答えていらっしゃいました。実際そうだとお聞きしていますが、紳士的な方でした。

横須賀美術館

期待以上の建物でした。本を買ったままで読んでいなかった「建築の可能性、山本理顕的想像力」の著者、山本理顕による設計。家に帰って早速本棚から取り出しました。できあがってまだ3年ほどの新しい美術館。観音崎公園と一体になっていて、建物も環境もすばらしい。
現在行われている企画展、「菅野啓介展」もいい内容でした。もう一度見たいと思っています。
横須賀美術館

DWELL

雑誌「DWELL」の「僕らが好きな家」のアンケート。
選ばれた20の家の中から、どの家が一番に選ばれるのか?

http://www.dwell.com/houses-we-love/

祝日本人建築家デュオのプリツカー賞受賞

以前も黒犬通信で紹介したことがある妹島、西沢コンビ。もうたくさん記事も書かれているはずですが、プリツカー賞受賞。
Dwellマガジンの記事から。
Dwell

土佐派の家

 この前高知に帰ったとき、「土佐派」と名乗っている高知県の建築家のグループがあることを知りました。実際、これまで3冊、「土佐派の家」というムック版書籍を発行しています。(「土佐派の家PART I、PART II、PARTIII」)この前泊まったオーベルジュ土佐山も、「土佐派」の中心人物の一人、細木茂さんの作品のひとつ。この本の中で、土佐派の建築家たちが高知県の木を使って、100年保つ家をつくろうという心意気で仕事をしていることが紹介されています。すばらしいと思います。
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 戦後日本の家は、安かろう、悪かろう(と言っては申し訳ないのですが)の家が多くなってしまって、ハウスメーカーの家なんて、20、30年で取り壊しなんてものが多いように思います。安い海外の木材をつかってコストを下げることが多いようですが、僕は家に関しては、ちょっと「ナショナリスト」に近いので、これからの家は地元でとれた木材を使って、100年保つような家を、飽きのこないシンプルなデザインで作るのがいいのではないかと考えるようになっています。毎年訪問している秋田の国際教養大学は、秋田杉をつかった校舎や図書館を建てていて、これもすばらしいです。
 うちの近所も、20年、30年程度の家がほとんどなのですが、どんどん壊されています。後には、ばらばらのハウスメーカーの家があっという間に建つというのがパターンです。昨日も、歩いていると、そんな現場に出会いました。ちょっとドキッとするような言葉かもしれませんが、「家が屠殺」されるような感覚を持ちました。でも、家畜たちと違って、家の廃材は、産業廃棄物として、すべて捨てられていくのでしょう。古民家と言われるようなしっかりした旧日本建築の場合、立派な柱が再利用されるようなこともあるようですが、20年前、30年前、既製品として安上がりに作られたハウスメーカーの分譲住宅には、そんな資材となるようなパーツは含まれていないのかもしれません。
 このごろのデフレの話しで、安いものばかりが売れる、適正な利益を上げることが難しくなっていると、言われています。利益を上げることに関しては、企業経営における努力が必要ということはもちろんなのですが、背景として、戦後の日本がじっくりとものを考える訓練をしなくなり、肝心要の家に関しても、20年程度でスクラップになるようなものしか建ててこなかったこと、安いもの、すぐに捨ててしまうようなものばかりが身の回りにはんらんしているというような状況があります。ちょっと値段が高くても、いいものを買って、末永くおつきあいする、そんな買い物の仕方が好きです。人との付き合いも同じ、かな。
 「土佐派の家PARTIII」の中に、こんな言葉がありました。「人が家を作り、家が人を作る」。

土佐派ネットワークス

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世界の建築家紹介サイト

海外にいる友人が教えてくれたサイト。
Architizer

PACO

これはおもしろいセカンドハウスになるかもしれません。
ただし、置き場所が問題ですが。
PACO

「ノルウェーの森」の映画化、建築家ヴォリーズ

 今日の朝日新聞夕刊によると、村上春樹の「ノルウェーの森」が映画化されるとか。この小説を読んだのは、もう20年以上前のような気もします。中身はほとんど覚えていません。村上春樹が、雑誌のインタビュー記事で、ウォークマンでビートルズの「ノルウェーの森」を聞きながらこの小説を書いたというようなことを話していたことを覚えています。おかしなもので、小説の大まかな筋さえもほとんど覚えていないのに、こんな些細なことは記憶に残っています。
 主人公を取り巻く女性の一人に、菊地凛子が抜擢されるということが記事に出ています。ボクは、映画「バベル」で菊地さんの大ファンになりました。来年公開予定ということですが、「ノルウェーの森」の映画化を楽しみにしています。
 話は変わりますが、昨日、NHKの「日曜美術館」でメンソレータムで有名な近江兄弟社を始めたことでも知られるアメリカ人建築家ヴォリーズの作品が紹介されていました。神戸女学院を始め、ミッション系の学校建築を広く手がけた人で、戦前、戦後の日本の建築界に大きな影響を与えた人です。とてもいい紹介番組でした。その建築物が「作品」となり、住む人の利便性を必ずしも優先していないと言われることもある、また、政治力もある某有名建築家が、ヴォリーズの設計した洋館を、「住む人のことを考えた家である」と言って褒めていたことが、ちょっと滑稽ではありました。
 

『建築家・安藤忠雄』(安藤忠雄著、新潮社刊)

ご存知日本を代表する建築家のお話。これまで安藤忠雄の本を何冊か読んでいる読者(ボクも含めて)には、特に新しいお話はそれほどありませんが、それでもおもしろい。昨日は腰痛でずっと寝込んでいたので、ベッドの上で、一気に読みました。
 「人生に”光”を求めるのなら、まず目の前の苦しい現実という”影”をしっかり見据え、それを乗り越えるべく、勇気をもって進んでいくことだ。情報化が進み、高度に管理された現代の社会状況の中で、人々は、『絶えず光の当たる場所にいなければならない』という強迫観念に縛られているように見える。」(中略)何を人生の幸福と考えるか、考えは人それぞれでいいだろう。私は、人間にとって本当の幸せは、光の下にいることではないと思う。その光を遠く見据えて、それに向かって懸命に走っている、無我夢中の時間の中にっこそ、人生の充実があると思う。」
5年くらい前かと思いますが、あるところで、安藤忠雄のプレゼンテーションを聞いたことがあります。それ以来のファンで、ほとんどの本は読んでいますが、まだ安藤忠雄を読んだことのない人たちにもおすすめの一冊です。
 安藤忠雄のポートレートは、アラーキーが、建築作品の写真は松岡満男。たくさんある写真のページも素敵な本です。

『ルイス・カーンとはだれか』(香山壽夫著、王国社刊)

先日(6月10日)ご紹介した映画の主人公で建築家であるルイス・カーンのもとで勉強した東大名誉教授によるルイス・カーン論。引用されているカーンの言葉にははっとし、感動するものが多々あります。
 「自然は、夕焼けのいかに美しきかを知らぬ。」(Nature does not know how beautiful the sunset is.) 
 「あったものは、常にあったものである。今あるものも、常にあったものである。いつかあるであろうものも、常にあったものである。」(What was has always been. What is has always been. What will be has always been.)

 
アオテンストア

西新宿に建設中のビル

Shinjuku 西新宿の某所を営業のため訪問。大学の大先輩が快く会ってくれ、予定よりも1時間余分に時間をくださったことに感謝。

写真は、現在、西新宿に建設中のビル。オーナーは、名古屋のある専門学校だったと記憶しています。銀座のデ・ビアスビルもそうですが、曲線をアピールするビルが増えているように思います。

Kamikozawa House

Casa Brutus (2008年2月号)はバイリンガル特別号。といっても、英語のページは12ページほどですが。この号で紹介されている上小沢さんご夫妻に惹かれました。ご主人は1927年生まれ、医者からゲーテの「詩と真実」に出会ったことから東大の独文に再入学。現在は東京農工大名誉教授。趣味は車(フェラーリF430)と家。奥様は1915年生まれ。趣味は囲碁。

 48年前、建築家・広瀬件鎌二さんの、無駄も媚もない空間に心底共感し、設計を依頼されたそうです。住むにあたっては、さまざまなご苦労もあったようですが、「戦後日本の住宅改革に対する広瀬さんの気迫に、負け、どうしてもこの家を壊そうとは思えなかった。」とか。

 この家とともに生きていくうえでは、「いらざるものは、入れない。これがモットー。モノは最小限にして、上質でなければならず、それを見極める選択眼も必要になります。ちょうど恋愛をしている人間と同様、適度な緊張感と知的な向上心をもって生きるということです。(中略)モノがないことで精神の自由を得るのです。豊かさとは、モノが豊潤にあふれていることではなく、心の満たされた状態のこと。」

 「人は、飽食をすると滅びます。しかし何回かの氷河期を越えてきた人類にとって腹八分目でとどめるというのは困難なことで、克己心が必要となってきます。わたしはあらゆる生活の場面において、この精神を実践しようと努力してきました。余計なものは捨て、余計な買い物はせず、家の建設に心血を注いできたという人生でした。」

 この家と出会って、わたしの人生は変りました、と言えることの素晴らしさ!

 英文ページでは、"Know what is truly of value and have the courage to get rid of everything else:" By always preserving and updating the beauty of his 48-year-old modernist home, Kamikozawa makes the very act of living in it the key to understanding its aesthetic richness. と紹介されていました。