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高知帰省で思ったこと。

アンパンマン列車に乗って高知駅から宿毛まで帰省してきました。
アンパンマン列車

土讃線は海に近いところを通り、須崎を通過したあたりからは太平洋の大海原が目の前に開けてきます。このあたりはすべて将来大津波が発生したときには、非常に危ない地域です。震災後、何度か訪問した東北の沿岸地方(津波によって地上にあった家々がすべて消え去った)のことを思いうかべました。いつか高知のこの辺りにも同じような景色が出現するのだろうか、と。

中村を過ぎると、田圃の中を列車はのんびりと走っていきます。ボクの写真ではあまりきれいに色が出ていませんが、それはそれはきれいな黄色と緑が広がる空間のなかを、浮遊しながらすべっていく気分になりました。
田圃の上をすべっていく列車
県境を越えた愛媛県愛南町で商売をしている、10年ぶりくらいに会った同級生によると、町はさびれていくばかりで、なにもいいことはないということでした。でも田舎の自然はきれいだ。ただし、その自然の景色をダメにしているのは、人間が作った醜い建物だったりするんだけど。田舎に住んでいると、自然のきれいさに鈍感になっていくのかもしれない。きれいなものであっても、「退屈」なもの、「無口なもの」は、正当な扱いを受けない。

司馬遼太郎の「街道をゆく」(南伊予・西土佐の道)にこんな文章があります。(ワイド版ページ59〜60)

「私どもはさまざまな点で奇民族だが、景観美についても、矮小な精神をもっている。すぐれた景観の自然のなかに村があっても、家々に塀があって、塀の囲いの中にちまちまとした庭をつくり、その小庭のほうをながめてよろこぶ通癖をもっている。(中略)ひょっとすると、自然や都市美を共有する精神がないのではないか。」

お取引先訪問のため、全国各地を訪問してきましたが、地方はどこもいいもの(自然、歴史)を持っているのに、それらを目先のカネに変えていくために、粗末に扱っている。安倍さんが言う「ニッポンをとりもどす」や「美しい日本」には、つい50年、100年前まで全国各地で見られた美しい景観を取り戻すことは、まったく入っていないようだけど、日本人が日本人らしさをとりもどすために、もっとも大切な要素が自然であり、歴史だと思うんだけど。(権力者に都合のいい歴史ではなく、普通の人たちにとっての歴史!)

今回、高知でまったく期待していなかったすばらしい「出会い」は、以下の写真展。
http://warakoh.com/museum-blog/files/0b214660814389b105c8e47be5baa8d9.jpg
海外の写真家が撮った高知はまた違って見えてきます。